| 2004年02月10日(火) |
ミソギなのか?!←今頃寝込んでます… |
**************************************** today's moon おとめ29'〜てんびん13' **************************************** 10th 0:14〜11th 14:43 VOID
★☆今日のbody & mind☆★
大変にゃりね。 あれから金曜に発熱して、平熱が35.6度と めちゃめちゃ低いから、37度台でフラフラに なっていたらば。昨日の月曜朝になって快復! のはずが一旦平熱に戻ったのに悪寒がとれず、 病院に行って戻ったら39度台の高熱に(T^T
何故か右目が結膜炎起こすし、誰かに恨みをかったか?! な〜んてヨワヨワ思考回路になってましたが。
今日謎が判明。上の子ぴよこの園で溶連菌の 症状での発熱が流行しているらしい。ぴよこ の友達ママから今朝メールが入って。そういや 何日か前、ぴよこがナニナニちゃんのママが熱が 出て藤テれちゃったと思ったら、ダレダレちゃん のママも熱で倒れちゃったんだって!って教 えてくれてたな…。
いや待てよ、そう言えば、火曜にぴよこの卒園 の準備に借り出された時、ナニナニちゃんママ、 休んでたな。ダレダレちゃんママはいたけど… なにぃ?!あの日に溶連菌貰ったってこと??
火曜は確か旧暦の大晦日。"今日から新年!" と、水曜日にカマタク先生が嬉しそうに乾杯を 交していらした。とすると、ひょっとして、 今更ながらに、年越しのミソギをしてるって訳ね?!
例年、あたしは暮れから元旦にかけてが絶不調。 急に発熱して倒れて、3〜4日は起きられない。 今年は鑑定のお仕事が入っていたのと、なんやかや と暮れにバタついたのとで、一年の終りを きちんと迎えられていなかったのかもなぁ。
そんな無理が祟って、今頃こんな形で出たのかも。 はぁい、この熱から快復したら、気持ちも新たに 新しい一年を清々しく迎えさせて頂きます〜☆
なーんて日記をベッドの中からけーたいでup してみたり。こりゃ寝正月だぁね…(--;
| 2004年02月04日(水) |
へこへこ。〜ちょっぴり占い師風味。〜 |
******************************* today's moon かに12'〜24' *******************************
★☆今日のbody☆★
徹夜明け。昼寝を少々しておいたので、徹夜自体は そんなにキツくなかったけど。んー。夜更けになって やっと本題に本腰入れられたけど、それも普段と そんなに変わらない。集中力に火をつけるのに 本題と全然違うことを一通りやって気持ちを高める、 ってのがいつものパターンだし。
せーりは終わりかけで、体のむくみ感は解消。 肌の調子も回復してきた。
徹夜明けのエネルギー切れは、ドリンク剤で なんとかごまかしてみた。眠かったけど(笑 日中コーヒーをがんがん飲んで、ドリンク剤も 飲んでいたのに、眠くて眠くて、帰宅したら あっちゅー間に眠れてしまった。
途中で頂いた、とっぷりと濃くておいしい 梅酒のロックも効いたのかな?
☆★今日のmind★☆
へこへこだわ、へこへこ。 気持ちが凹んでしまった、depressed. というより、気持ちが弱ってしまった。 徹夜して課題を片づけたから、寝不足なのは 確か。でも、徹夜明けで気持ちが弱くなる、 なんてのは、あたしはあまり経験してない。
弱り目に祟り目。 体が疲れたから、気持ちに来ちゃったのかな。 なんだか今日はショックなことが多かった。 え〜?!なに、そうだったの〜? 先に教えてくれよぉ、、、ってなことが 次々と。
あと、どーでもいいことなんだが、 恵比寿にある某Pの店員がえらく感じ悪くて むっとしました。飲食店の店員にあんなに 露骨に感じ悪くされたのも久々。 しかも自分がへこへこだったから、その 嫌なエネルギーにやられてしまう始末。 とほほ。
こんなに妙なテンションの日には、何が 起きているのだろう?と思い月を調べたけど、 あたしのnatal chartにtransit chart乗せて みても、これといって、月から悪影響ある 感じしない。むしろ月が一端になって、 素敵な天体たちとgrand trine形成中だし、 sextileもあるしな。あんまり禍々しい 感じはしないんだけどな。
んー。月がかに。あたしのnatal chartには かにの要素が欠落しているんで、自分にないものが 月のパワーでlunaticに反応しちゃったとか?? 唯一lilithがかにだけど、もうorb圏内から 外れてるしな。
あたしのnatal chartにはcardinalがひとつもない。 月がcardinal sign移行中は、空白のハウスで grand cross?? ふむ。次回てんびんの月の時期を ウォッチングしてみよう。
つか、こんなに弱ったの、久々。 あたしは思春期の乙女かい、ってなくらい fragileな状態に陥ってしまって、あまりの 馬鹿馬鹿しさに、凹んだ自分を横目で見て 呆れてる自分もいて。自己憐憫の罠に陥らなかった のがせめてもの救いかな。
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ちなみに、こういう日記にしてみようと思いついた 時間帯にさっきの月が一端のgrand trineができて ました。nさそりの海王とnうおのdragon head。 dragon headにはt金星conjunction!なんか 素敵〜♪fortune telling artistには願ってもいない 配置に見えるわぁ♪なーんて、いきなり浮上してみたり(笑
ついでにtうおの金星ちゃんはnおとめの木星&天王に opposition中なので、さっきのt月とn海王とn木星天王の sextile合わせると。美しいkiteのできあがり〜☆
なんだか縁起のいい日記になってきた予感←と勝手に解釈 凹んでも転んでもただでは起きない、おうしの 土星金星conjunctionパワーは健在、ってとこかしら?
ちなみに、数年前に、body & mind & 排卵日という タイトルのweb日記を公開していたことがあって。 そこでも、こういうスタイルで書いていたんだな。 あの時は、月経前緊張症がひどくて、それでせーりとか 排卵日の周期で自分がどう変化するのか観察してみたんだけど。
そのお陰で排卵日を割り出すことができて、開始してから 2ヶ月くらいで計画妊娠と相成ったので、その後は双子の 妊娠生活記録と化してしまったのでした。
その頃は、まさか自分が占い師になるなんて、 考えてもいなかったんだけどなー。って、 ほんの数年前なんですけど(笑
ま、こんな感じでしばらく続けてみよう。 、、、マニアックな内容ですんません(^^;
| 2004年02月02日(月) |
あんまりびっくりしたもんだから。記念にメモ一発目♪ まだまだ立ち上げ中ですが(苦笑 |
はぁ、びっくりした。 今read me に参戦登録してきたんだけども。
思わぬところに思わぬ方のお名前の書き込みを見つけて。 むひーっ、てなもんです。 つか、マニアックすぎて、多分あんまり一般の方には 有り難みがないと思うんだけど。
とりあえずメモメモ。
http://bbs.readmej.com/afbbs/afbbs.cgi?tr=1284;rt=1
↑ここに、石川源晃さんのお名前で書き込み発見!! 御年83才であられたのね〜、びっくり。
つーことで、またあちこちいぢくるでつ。
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えーと。ボタンなんかを追加してみつつ、、、
| 2003年02月21日(金) |
ある日の正夢/流れ星と飛行機雲と海星 |
****************************************************** today's moon おうし26'〜ふたご9' 注) 夢日記の月は前日の正午から 当日の正午の時間の位置を表示してあります。 ****************************************************** 14th. 11:42〜16th. 9:26 VOID
★☆今日の夢☆★
流れ星を見た。長い尾を引いて、夜の空にいくつもいくつも流れていた。 一緒にいたふたごのやもちゃん2号に、ほら、あそこにも、あそこにも、 と教えてあげた。 ----------------------------------
すごくすごく、本当に綺麗な夢でした。 そして、この夢を見て起きた日、この夢が正夢になりました。 あまりにも不思議で、あまりにも美しく完璧で現実じゃない みたいだった。
この夢を見た2日前、わたしは長女のぴよこと大げんかしてしまい、 そして、図らずも自分の心が病んでしまっていたことが露呈して しまったのでした。その辺の詳しい経緯はindexから "夢の効用/虐待の亡霊とACコンプレックスからの解放"の巻を 参照して頂くとして。
とにかく、壊れかかってしまったわたしの心の回復への 第一歩が始まったのが、この夢を見た頃からでした。 この夢を見た翌朝は2月だというのに、日差しが暖かくて、 空に雲一つ無い日でした。あんまりいい天気で、わたしは 海に生きたいなぁ、ってぼんやり考えていたのでした。
それを察してか、知らずにか、旦那が一緒に海に行こうと 誘ってくれました。上の子ぴよ子はもう幼稚園に行った後 だったので、旦那とやもちゃん1号2号の4人で近所の海に 散歩に行くことにしました。
風が少し強くて、海には白波が立っていました。わたしは 何をする訳でもなく、ただ、海を眺めていました。わたし 自身は海の無い土地で育ったので、こうして好きな時に 歩いて海にこれる生活なんて幸せだなあ、って思いながら。 旦那も、小さい頃から、そうやって海に慣れ親しんできた とのことでした。いつ来ても、海は違う表情してるでしょ、 って、海の楽しみ方を教えてくれているようでした。
お昼時になって、そろそろご飯食べに帰ろうか、と やもちゃん達に声をかけて、砂浜の上を歩き始めました。 すると、空で大きな音がするのが聞こえてきて、わたしは やもちゃん達と空を見上げました。飛行機が通過する音でした。 その時、空に飛行機雲が何本も流れているのに気づいたのです。 まるで夢で見た、流れ星のしっぽのようでした。夢の中の 流れ星も、真っ白な軌跡をひっぱりながら、真横に流れて いたのです。
やもちゃん達と、飛行機だねえ、なんて話ながら、また帰路に つこうとすると、今度はやもちゃん2号が、何かを見つけた らしく、まだまだおぼつかない足取りで、必死に何かに向かって 歩いて行くのに気づきました。声をかけても振り向かないくらい 夢中になっていたので、わたしも気になって、どうしたの? と2号の向かった先に目をやると。
なんとそこには乾いて真っ白になったヒトデが落ちていたのです! わぁ、2号、すごいねえ、空からお星さまが落ちてきたねえ! 海辺で乾いたヒトデを見つけたことなんて、この年になるまで なかったので、わたしもすっかり興奮して、2号や1号と一緒に はしゃいだのでした。
そしてはたと気づいたのです。あ、これ、正夢だ、って。 真っ青な空に何本もたなびいていた飛行機雲と、その雲に 気づいた直後に目にした真っ白な海星(ヒトデ)。そして、それを 見つけたのもやもちゃん2号。夢の中で話しかけていたのも 2号だったのです。
あまりにも綺麗で、あまりにも不思議で。わたしは嬉しくて 家に向かって海岸沿いを歩きながら、その後も点々と 落ちていたヒトデを、いくつも拾ったのでした。
これから、いいことがいっぱいありそう、って思ったのでした。
| 2002年01月15日(火) |
夢日記:ちょっとお目出たな、孔雀の夢。〜全てはここから始まった、気がする。 |
****************************************************** today's moon みずがめ0'〜12' 注) 夢日記の月は前日の正午から 当日の正午の時間の位置を表示してあります。 ****************************************************** 14th. 11:42〜16th. 9:26 VOID
★☆今日の夢☆★
家の庭に、何羽もの孔雀が現れた。雄も雌もいて、雄の孔雀は 羽を綺麗に広げていた。同居中の義父母も出てきて、義母と一緒に 地面に落ちていた孔雀の羽を何本も拾った。とても興奮した。
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この夢は今でも印象的な夢。大人になってから見た夢の中で、 最もインパクトがあった夢のような気がする。
この前の年の秋、かねてから念願だった、旦那の両親家族との 同居を始めた。旦那が生まれた頃から住んでいた旧家を取り壊して、 新しく二世帯住宅を建て直して、の新生活だった。
前年の初夏には、杉並の借家を引き払って、リハウス中に近所で 旦那の両親が借りていた貸家で仮住まいをスタートしていた。 貸家には、引っ越しの為に運び入れた荷物も沢山詰まっていて、 一家総勢8人で住むのには、少し窮屈だった。その上、それまで ちょくちょくちび達を連れて遊びに来てはいたものの、長期に 渡って一緒に生活をするのはその時が初めてで、その頃は、なんとも 形容しがたいストレスを帯びた空気が家中に充満していたように思う。
そんなんで、旦那ともぴりぴりムードで、しょっちゅう喧嘩していた ある日、わたしはついに業を煮やして、一人プチ家出を慣行したの だった。いや、ここだけの話、たま〜に、MCに堂々と鎮座まします いての火星が真っ赤に燃えると、糸の切れた凧のように、ふつっと 誰の手も届かない所に飛んで行きたくなる衝動に駆られるのですよ。 その時のプチ家出も、実は結婚後何度目かの敢行で、旦那にしてみたら あ、、、でたでた、ってなもんだったと思うんですが。
で、向かった先は、方向音痴のわたしでもなんとか土地勘のある 伊豆。といっても、誰か知人がいる訳でもなく、頼るあてもなかった。 でも、高原駅に着いてから、ふと思い出したのが、伊豆高原の とある場所にある、占い喫茶。入ったことはなかったのだが、 わたしは前々からその店が気になっていたのだ。人生に疲れ果てて、 絶望モード入っていたわたしは、普段は占いには絶対お金を使わないのに、 この時ばかりはどうしても自分の人生がどうなってしまったのか知りたい と思い、思い切ってその喫茶店を訪ねることにしたのだった。
その日は丁度、夏の最後の台風が関東エリアに向かってくる途中で、 シーズンが終わりかけた伊豆は、もう人影もまばら。普段は知らないけれど、 占い喫茶も、わたしの前に一組のお客さんがいただけで、わたしの後には 訪ねてくる人もいない様子。占い師のおじさんも、暇をもてあましていたのか、 わたしの質問に一通り答えてくれてからは、今度はおじさんが身の上話を 聞かせてくれてしまうという、なんとも呑気な展開となり(笑
それが不思議なご縁で、お店に通された時、おじさんに顧客カードの ようなものに氏名などを書かされて、ちょっとイヤだなー、なんて 思いつつ、訪ねていった立場で無碍にすることもできずに、わたしは バカ正直に住所などを書き込んでいたのですが。なんと、その住所を 見たおじさんが、いきなり、小田原に住んでいるんだったら、○○って 土地は知ってる?と聞いてくるの! ○○といったら、家の隣町で、 行く行くはちび達が幼稚園、小学校へと通うことになる先!!旦那も そこまで通っていた経緯があり。
おおー、おじさん、なんでそんな場所知ってるの?!と訪ね返すと、 なんとおじさんのお父様が、以前そこに住んでいたことがある、と いうのだ。しかも、そのお父様という方が、陰明師を名乗る程の 実力を持った占い師さんだったそうで、はるばる遠方から、その方を 慕って、鑑定をしてもらいにくるお客さんも少なくなかったとか。 おじさんは、当時そのお父様が宣伝の為に、近所の駅に貼っていた という、張り紙まで見せてくれたのだった。
おぉ、、、。こりゃこりゃ、、、。わたしはなんだか因縁めいたものを 感じずにはいられなかった。だっておじさん、占いをしてくれていた時 には最後に、自宅で仕事するといいよ、水商売とかもいい引き立てに 恵まれるし、なかなかいいと思うけど。あなたの風貌だったら、雰囲気も あるし、占い師になってみるなんてどう?って勧めてくれていたのですよ!
でも、その時は占い師になるなんてねー。子供も小さいし、今更 誰かに弟子入りできるような生活スタイルじゃないしな、第一、 あたしは暗記モノが大の苦手で、勉強したところで、自分でその 技術を駆使できるものか、全然自信がなかったの。いや、占い自体は とてもとても大好きで、雑誌とか買いあさって、ちょっと面倒な占い とかでも、鉛筆片手に、あれこれ計算したりしながら、勉強のような ことはしていたんですがね。それとプロになることとは、全然別のこと だと思って、プロの占い師になってみる可能性なんて、そのおじさんに 一言言われるまで、夢にも考えていなかったのですよ。
まあ、その後もおじさんは楽しい話をたくさんしてくれ、 あたしはすっかりおじさんの雰囲気に引き込まれて、時の経つのも 忘れてしまうような勢いだったんだけど、流石に日が暮れて、 おじさんの方がわたしの身を案じてくれて、もうお帰りなさい、 一人でもちゃんと家に戻れるでしょう?と諭してくれて。 で、本当は一層のこと、どこかのペンションにでも一泊していく ような勢いで家を出てきたのに、おじさんに元気を分けてもらい、 背中を押されるように、家路に着いたのでした。
まあ、途中でそんなばたばた劇はあったけど、それでもなんとか 秋も深まる頃には新居が引き渡しになり、わたし達一家は、無事に 皆揃って、新しい家に移り住むことになり、同時に新しい生活を スタートしたのだった。当初は、家事の分担など、不慣れな同居生活で 戸惑うこともたくさんあったのだが、とても理解のあるご両親のお陰で、 ふつつかに10ガケしても足りないくらいのダメ嫁のあたしを、温かく 受け入れて下さったのだった。
新居には、あれこれモノを作るのが好きなわたしの為に、友達が アトリエスペースを設計してくれていて、わたしは、そのスペースで 何かできないものか、とアトリエの有効利用の方法も兼ねて、自分の 将来の身の振り方のようなものを考える日々が続いた。おじさんに 言われた、占い師の仕事はどう?という言葉も耳について離れなかった。 それにも増して、わたしはその頃、雑誌などで読む西洋占星術が全く 当たらなくなっていた自分の身が気になり、おじさんに相談しに 行った時もそうだったが、一体自分の身の上に何が起きているのか 強い疑問と不安を抱える毎日だったのだった。そして、それを期に、 自分の人生の謎を知る為の勉強が始まったのだった。
インターネットや本屋で、西洋占星術の専門書を探しては買い求め、 本を読みあさっては勉強をしてみる日々。何より嬉しかったのは、 ネットサーフィン中に、無料で詳細なホロスコープチャートを出して くれるサイトに巡り会えたことだった。実は、わたしは海外生まれな身 なので、自分の手で正確なチャートを作ることが、それまではできずに いたのだ。それもあって、どうも今一歩、ホロスコープチャートを 使った詳細な西洋占星術に踏み込めずにいたのだったのだが、無料で 海外生まれのわたしでも正確なチャートを手に入れることができて からは、まるで堰を切ったように、今まで突破することができずに いたレベルの内容にまで、足を踏み入れるようになっていったのだった。
そうしてその年は暮れていき、次の年の正月明け早々に見た夢が 冒頭に出てきた孔雀の夢!!
なんだか、あまりにも目出度い印象で、あたしは起きてからすぐに 同居中のおかあさんにその夢の話をしたのだった。孔雀が羽を ぶわぁっと広げているだけでも、相当にメデタそうな夢なのだが、 そこに落ちている羽をおかあさんと一緒に拾った、というのが、 なんだかおかあさんとあたしが協力しあって、この家で大運を 手に入れられそうな、そんな暗示があるような気がしたのだ。
そして、何故かこの時、あ、あたし、占い師でやっていけるのかも、 と思ったのだった。だって、なんだかあまりにも不思議な印象の 夢だったから。なにか、非日常的な将来が待ちかまえていそうな 気がしたのだ。
この夢を見た直後の頃だったと思う。独学での占いの勉強に、早速 限界を感じつつあったわたしの目に、占いの学校、という情報が 飛び込んできたのだった。それが、雑誌に出ていたAkademeiaの 情報だったのだった。確か、子育てと仕事を両立する、なんていう 類の特集に組まれた、学校案内だったような気がする。
最初は本屋でみつけ、立ち読みして家に帰ったのだが、どうしても 気になって、後日再度本屋に足を運んでその雑誌を家に買って帰ったの だった。それから一人であーでもない、、こーでもない、と思いあぐね、 思いあまって旦那に相談すること何日間か。旦那が珍しく、やってみれば? と言ってくれ、次は、あたしが学校に通う間、ちび達の面倒を見てもらう ことになるであろう、おかあさん達に相談して。トライアルの教室を 体験しにいったり。そうして、無事に家族の了承と協力を得て、なんとか、 その年の4月期の開講講座には準備を整えることができたのだった。
今でもこの夢が、今のわたしの全ての始まりだったような気がする。 だから、わたしは孔雀の羽を、自分のlucky itemに決めたのだった。
鳥が苦手な方には大変申し訳ないのだけれど、孔雀づくしのホーム ページの由縁は、こんなところにあったのです(^ー^ ちなみに、 わたしの手作りこってこての名刺も、孔雀の羽を大々的にフィーチャー しとります(笑 ご縁のある方には、いずれお手元に届く日があるかも しれません♪
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