ここ数日、普段から考えると異様にアクセス数が増えている。 千客万来、の感あり。これがレストランとか喫茶店だったら、 忙しく接客に追われるが、ネット上の日記書きはいつもと同じように 日記を書いていれば良い。なんとも楽である(笑)。
今日はTVを買った。近所のミドリ電器で。
昨日いきなり長年愛用してきたテレビデオが死んだのだ。
嗚呼、思えば震災の後、大学の生協設置の仮設寮(家賃月25000円、 4畳半、バス、トイレ、キッチン共用、夏暑く冬寒い)に引っ越さざる を得なかったため、それまで使っていた21インチTVを実家に置き (現在実家のメインTV)、代わりに実家から持ってきて以来約7年半 の付き合いであった。
これは12インチテレビデオの寿命としては短いのか長いのか? ちょっと分からない。途中、色々あって天板に穴が開いたり、ビデオが 死んだり(ただのTVになってしまった)、満身創痍。
「ありがとう」と言って送ってあげたい。
新しいTVは、やはりAIWA製。15インチにグレードアップ。 音声は、ステレオ。これも少しグレードアップ。ヒッキ−のDVD見ても、 ドラクエ7で遊んでも、断然音質が良くなった。中低音がしっかりと 出ている感じ(あくまでも12インチモノラルのテレビデオとの比較)。
後、以前と変わったのは画面が平らなこと。なんとなく高級感。
言っても中途半端が大嫌いなミドリ電化さんで税込み特価2万円のやつを
「もうちょっと安くならへん?」 「もうっちょっとでええから安くならへん?」 「もうちょっとでええから安くならへんかと小一時間問い詰めたい。」
と言っても折れへんから(すでに特価品だってば)仕方なく、
「持ち帰る。配達せえへんでええから、その分くらいは安しいや。」
と言って、ようやく気持ちだけ程度に税込みで19600円にまけさせた。 ミドリ電化さんの大嫌いな「中途半端な値段」に値引きさせた(笑)。
400円と言えど、安いに超したことはない。値切った自分をほめる。
ほんと、この生活も残り1ヶ月と少しになっているのに、こんな時に なってTVを買い替えることになるとは。
| 2002年10月10日(木) |
脂がのってて次の客に出すスプーンにまで付いてくる、虫も食べたくなる美味しいデザート、コックさんは禿げてはいないお店 |
誰でも、子供の頃には運動場や公園で、遊ぶ場所取りを した記憶があるものだろうと思う。子供同士の力関係とか、 何時の間にか合意を取り付けてくる交渉能力とか、まあ 子供なりにいろいろな要素がからみあって、グラウンドの 大部分を占拠してたり、中庭の隅っこの方で遊んでたり、 様々だったような気がする。
要は子供の遊び。楽しく遊べていたならそれでよかった。
大人の世界にも、やはり場所取りがあるようだ。 「会社」という集団単位での激しい場所取り競争もあるようだ。 こっちは無邪気なものではなくって、場所取りの出来映え1つで どうしようもない最悪なファミレスでも繁盛できたり、良質な サービスのお店でも閉店に追い込まれたりしてしまうようだ。
便利な場所にあって、誰でも知っていて、たくさんお客様が来店 しているからといって、まともなサービスを提供しているとは 限らない。油断はできない。いつ何時、油まみれのスプーンや、 髪の毛が入ったメインディッシュや、虫入りのデザートが 運ばれてくるかは分からない。
食べ歩きの心構えの初歩の初歩であるが、とかく人間基本を忘れがち。 1つ間違えると、大変不快な経験をしてしまうのが外食だということを、 最近お気に入りの良いお店しか行っていなかったので、すっかり忘れて 気がゆるんでいたのであろう。
自分1人なら自分が不快な思いをするだけだが、人を連れている時には その人まで不快にさせてしまいかねない。細心の注意が必要。
外食は、店選びを間違えると大変なことになる。 フランチャイズは管理を怠ると、チェーン全体の信頼を損ねかねない。 (アメリカに居た時には、デニーズに対して好印象を抱いていたのだ。) 私にそのようなことを考える機会と場所を与えてくれた、神戸市東灘区の デニーズ住吉店、一生懸命子供のために新しい料理を持ってくるように 店員にお願いされていた家族連れのお客様、率直にお皿の中の状態を 店員に指摘されていた若い女の子のお客様に感謝したい。
ありがとう。
また、デニーズの上にある青冥、周辺のお店で私が行ったことのない お店にも、デニーズは感謝されてしかるべきである。 なぜなら、まさしくデニーズのサービスによって、私は次回からこの近辺で お腹が空いたら、それらのまだ行ったことのないお店の方に入ってみよう かなと思ったからである。潜在的顧客が増えた(笑)。
仕事探し、つかれた。 ハローワーク行っても、ろくなのないし。 求人雑誌は、嘘つきで充満してるし。 何より蟹より、モチベーション切れ。
来月の家賃とか、生活費とか。 いろいろあるが。
とりあえず、来月くらいに一度実家に帰ってしまおう。 どうせあそこからでも、一時間で難波と天王寺には出られるし。 もうちょっと時間を取れば、梅田だって大丈夫。
というわけで、空遊の神戸食べ歩きも、もうすぐ終わりだ。 この日記は何をネタにすればいいのか?
実家の環境を考えると、 ・古墳レポート ・昆虫レポート ・峠越えサイクリングレポート
とか。
なんかなー。
ブルーハーツのBE NICE(人に優しく)を聴きながら 日記を書いている今。
実は、彼らが活躍していた頃、少年だった僕は全然彼らの ことが好きではなかった。なんだか馬鹿の集まりのように 思えてしまったのだ。
最近は不思議と彼らの歌が好きである。ベスト盤をMP3にして PCに放り込んで聴いている。あの時代にはやかましいとしか 感じられなかった彼らの音が、今は逆に元気づけてくれる パワフルなものに感じられる。
ただただ勢いにまかせて突っ走る勢い。突き抜けた明るい空の ようなTRAIN TRAIN(今聴いてる)。
他にも素晴らしいバンドは山程あるが、 ブルーハーツはその代わりになるバンドがないバンドだ。 今TVを付けっぱなしにしてても、ラジオを付けっぱなしに してても、ブルーハーツのようにひたむきなパワーで プッシュしてくれるバンドはなかなか流れてこない。
昔たくさん聴いてた曲なのに、今聴いても昔の曲の感じがしない。 まるで今そこに居て、歌ってくれているような感じだ。
全身全霊で歌える人の歌というのは、そういうものかも。
昨日、ドラクエ7を買った。
ソフマップの中古で1800円。 これが発売された当時は、まだプレステを 手に入れていなかったような。 買わずにどんどん時が経ち、 気がつけば安値で中古が買えるようになっていた。
ドラクエは1から5くらいまでは最後までクリアーした。 6は、したのかしてないのか記憶が曖昧。 テリーの大冒険は、途中までやって放り出してしまった。
1の頃はファミコン時代で、今のように記憶メディアが 発達していなかったため、前回終わったところから始める ために、復活の呪文というパスワードを入力する必要があった。
人間、不必要なことほどよく覚えてしまうのか、 1のレベル30の復活の呪文は今でも覚えている。
しそつうな ぬこみここすた てざらばべ れすめ
これをファミコン版ドラクエ1に入力すれば、 レベル30から始められるはず。ファミコンとドラクエを お持ちの方はどうぞ御自由に御試しあれ。 もちろん他人に教えようが、どこかの掲示板にこの呪文をコピぺ しようが、全くかまいません。
ちなみに復活の呪文は、2になると異様に長くなってしまい、 ゲームが終わりに近付けば近付く程、写すのに必死で、 写した後に間違っていないかどうかの確認に更に必死になって しまうのであった。なにしろ2はゲームが進行するにつれ、 次のレベルに上がるのに必要な経験値が異様にたくさんになる。 多分ユーザーからそういう苦情もあったのだろう、3ではもっと レベルアップが簡単になっていた。
さて、今回のドラクエ7であるが、やたらめったらパズルのような 洞窟が多い。それも中盤以降になって現われてくるのならわかるが、 いきなり初めっから、それもモンスターはスライムの一匹もまだ登場 しない内からややこしい謎解きと、パズルのような仕掛けの連続。 モンスターがいないなら、ややこしくても楽じゃない?と聞く人は わかっていない。謎が解けないストレスをモンスターをどんどん殺して ストレス解消しながら進んでいくからドラクエシリーズは楽しいのだ。 モンスターが来てくれないと、あっちに行ったりこっちに行ったり、 ストレスばかりがたまっていく。
ひょっとして今日中にスライムが見れないのではないか、とか モンスターに辿り着くまでに飽きて止めてしまうのではないか、 とかいろいろ危惧したが、とりあえずモンスターの出る辺りまでは 進めたので、今日も安心して寝れる次第である(今何時よ)。
3D画面はさすがプレステ。ただし逆に操作がややこしかったり、 方向音痴の身には辛かったり、ぐるぐる回している間に乗り物酔い しそうになったりすることもあるかもしれない。
一度は卒業したかと思ったテレビゲームだけれども、 なんだか昔の情熱が再燃しそうな勢いである(笑)。
| 2002年10月05日(土) |
はかなき蟷螂(かまきり) |

路上で見付けた蟷螂(かまきり)。 小さい癖に随分と強気なやつで、人間にすら向かってくる。 いくら両手の鎌があるといっても、ちょっとなあ、、。 とにかく怖いもの知らずの感あり。
空地か、人家の庭から飛び出してきてしまったのだろうか、 アスファルトの道を、あちらこちらに走り回っていた。
その様子が、可愛らしかったので、持っていたデジカメで、 写真を撮った。車が通行するので、なかなか落ち着いて撮れない。
被写体が小さいこともあるし。
それでもようやく、何とかして1枚撮った。それが上の写真。
そしてそれから30秒もしないうちに、 道路を一台の乗用車が通行した。運転していた人には、 何も見えなかったに違いない。
走り去った車の後には、 パンに塗られたバターのように、 ペシャンコに、身体と体液が混ざってマーガリンのように、 アスファルトの凸凹を緑色で埋めるかのように、
哀れまったいらになってしまった、可愛らしかった 蟷螂の身体であったものが。
ほんの少し前まで、そこで元気に生きていた。 ほんの少し前まで、健気に飛び跳ねていた。
1分前には、まさかこのような最期が訪れようとは 思ってもみなかった。こんなに早く。
嗚呼、死は時に予測しなかった瞬間にやってくる。 時には蟷螂(かまきり)に、時には人に。
押し入れの中を覗いていた。いわゆるひとつの雑多な状態。
フランスを旅行した時の写真が目に入った。 アビニョンの法皇庁だっけ。一人で関空を飛び立ち、 シンガポール航空でパリを目指して飛ぶと、なぜか私は高熱を 出してしまい、英語の表記とスペイン語から類推して文を読む 以外には言葉のわからないフランスに、頭がぼうっとした状態で 降り立ってしまったのであった。
ユーレイルパスとかいうヨーロッパ数カ国の列車の乗り放題 チケットをあらかじめ手に入れていたのは幸いであった。
なにしろただでさえ電車の切符を買うのはどちらかというと 苦手で、特に東京なんかに行った日には、目的の駅がどこに あるのかすら探すのに一苦労。それから乗り換えがどこなのか、 何色の電車に乗ったらいいのか、分かりにくいことこの上ない。
フランスで、1からチケットの購入だの、時刻表の確認だのして いたら、どこか知らない国に行ってしまいそうだ。 でも駅の数は(日本と比較すると)そんなに多くないから、 迷いはしないだろうけど。
年月というのは残酷なもので、5年も経つと、あんなに楽しかった はずの旅行ですら記憶の中でおぼろげなものとなっている。 物持ちが悪い私なので、記念の品とか日記とか写真の大半は、 すでにどこか遠いところに散逸してしまったようだ。
結局のところ、空港からすぐ電車に乗ってパリを出て、 (なぜかパリには全く興味がなかった)アビニョンを目指したのだった。 過剰なまでに一極集中したパリと違って、アビニョンに行けば、 自分のイメージの中にある、「綺麗なフランスの街」というものに 出会えるのでは、と思っていた。実際、あの街は綺麗だった。 ただし、道中は高熱+耳のひどい痛みで、アビニョンでホテルを 見付けた時にはふらふら。Ibizaとかいうチェーンのホテルに泊まった。
かの街の法王庁は、信者ではない私の目にも美しく映った。 法王庁から街を見下ろして、近くや遠くに見える小さな家々。
雑踏。声。犬の鳴き声。オープンカフェから漂うハーブの香り。 ピザにやたらオリーブオイルがまったりと塗られていたのが まだ印象に残っている。
私は、なんだか魔法にかけられたように、酩酊したように、 感じられる印象の全てを吸収しようとしていたのか。
9月下旬のアビニョン。
| 2002年09月29日(日) |
宝塚(Qlogに移転済み) |
一日で走って帰って来れるサイクリングコースを、 もっと知ろうと模索中。
大阪−神戸間というのは海と山に挟まれているので 東西の移動が主体になりがち。大阪−明石間の、東西移動 には慣れっこになっていた。だって、どこに行くのも それが基本になってしまったりする。
どこかから、北へ抜け出る道。それならありそうだ。 地図とにらめっこしている時間の多い今日この頃。
宝塚とか、池田とか。近場ならそんなところか。
今日は、宝塚を走ってみた。 いつも通る道を、川沿いに北上するだけで、宝塚に着く。 道の間違えようもないシンプルなコース。
土地のエナジーが変わって行くのを感じながら走る。 ちょっとだけ、田舎にやってきた感じがする。
宝塚ファミリーランドは、家族連れでそれなりに賑わっていた。 宝塚大劇場のすぐ近くに位置し、ある意味阪急電車の重要拠点で あったここも、今年度いっぱいで閉鎖されてしまうそうな。 空遊はここで遊んだことはないが、アルバイトに何度も来たことが あるのでなくなると言われると寂しい気もする。
宝塚駅前から、国道176号線を北上し、生瀬橋東詰交差点で右折。 10kmで300mくらい登る坂道。しかし部分によっては急なところも。 ギアチェンジを駆使。
「関西サイクリングマップ」によると、大峰山への登山口から 雑木林の中の山道を登って行くといいそうだが、道は細く険しく、 何よりも半袖半ズボンの身で入ると切り傷と虫さされの嵐になり そうだったので止めた。
十万辻のトンネルを超えて少し行ったくらいのところで 引き返した。ここから三田や北神戸に行くのも面白いのかも知れない。
この辺のコースは、バイクの走り屋もびゅんびゅん走っている。 四輪の方の走り屋がいなかったのはせめてもの幸いかも。 バイクは膝がほとんど地面に着きそうな状態でコーナーを 攻めている。ああいうのも楽しいんだろうなと思う。
でも頼むからセンターラインだけは超えないで、対抗車線御一同様。
自分と同じように自転車で走っている人々にもたくさん出くわした。 ローディーや、MTBな人々。確かに山の中を走るのは気持ちが良い。
登り坂が多少続いても、緑に囲まれていて、空気が綺麗なら許せる。 おまけに帰りの下り坂はきつすぎず浅すぎず気持ちよかった。
また一つ、近場で楽しい場所を見つけたようだ。
| 2002年09月27日(金) |
光と影、記憶という名の幻想 |
平日の人通りの少ない時間に、北野(神戸市中央区)の 細い坂道を自転車でくるくると散歩するのが好きだ。
アクセサリー屋、カフェ、雑貨屋、異人館、アイスクリーム屋。 利用することは滅多にないが、眺めていることは結構多い。 (訂正:アイスクリームはよく食べてる)
高台から海を見下ろす。雑多なビルの向こうに海が見える。 この風景は、神戸に空港が出来てしまったら、全く違うものに なってしまうかもしれない。今のうちに見ておこう。
観光客と、生活者と、労働者と。3種の人間が、あたかも 互いの存在に気付かぬかのように、すれ違って行く。
古びた店の埃と同じくらいに積もっている記憶と言う名の幻想。
地元の人とレストランとかカフェの話をすると、 「震災前にあった店だけど、、」と震災で壊れた店の話になる ことが多い。もう無いお気に入りの店。もうそこで食べも飲みも 出来ないのに。それもまた記憶という名の幻想。
子供の頃、老人と大人はこう言っていた。
「昔は、大変だった。」
今の大人達は、若者や子供にこう言っている。
「昔は、良かった。」
どうやら私が夢見心地に幸せに暮らしている間に、 この国の状況は、かなり変わってしまっていたらしい。
この街も。光も影も昔からあったもの。でもちょっと影が強くなった。 画家なら、その光と影のダイアローグを見逃さず、キャンバスに 閉じ込めてしまえるのだろう。
曇りの日は曇り空の下を歩く。 晴れた日は晴天の下を歩く。
それはそうでしか有り得ないこと。
私達に与えられた選択は、曇り空や晴天の下を、 笑顔で歩くか、悲しい顔で歩くか。
好きな方を選べば良い。
私は、とりあえず、この世界を笑顔で歩かせていただくことにする。
最近、自転車(Bike Friday Metro7)が汚れてきたので、 今日は分解掃除をした。ついでにチューブも交換。
まず前輪を外して、次に後輪を外して、シートポストを抜く。 かさ張らないようにステムを本体から引っこ抜く。 さらに自転車本体も折畳んでしまう。
ここまでくると、サムソナイトのスーツケースに綺麗に入る サイズになる。飛行機でも荷物の追加料金が取られたりしないサイズ。
この際、タイヤもホイールから外してしまう。 チューブから空気を抜いて、タイヤレバーを使えばあっという間。
分解された部分ごとに、中性洗剤と水で洗う。 油汚れも良く落ちる。ギアやチェーンは、それ専用の道具やケミカルが 売っているのだが、今回は歯ブラシを使った。
変速機のプーリーに油とほこりが固まったようなものが挟まっていた。 油がなくなってもいけないが、油を付け過ぎてもこのようなことになる。 定期的な掃除が、やはり必要。
空遊の場合、前輪より後輪が先にすり減る傾向がある。 前輪と後輪を時々入れ替えたら、均等になるのかしら。 前後のタイヤを入れ替えてみる。
車用のケミカルでフレ−ムを磨いてみた。 きれいにはなったが、やはり傷は傷として残るもの。 木の年輪のようなものと勝手に思うことにする。
洗い終わったので組み立てに入る。 ブレーキとか、ディレーラ−とか、再調整。
なんとか元の形に戻って、動くようになった。
すぐ走れる形になっている時より、コンパクトに分解されている 状態の方が、かっこいいと思うのは空遊だけ?なんだかメカメカしてる のがいいのです。
メカと言えば、スターウォーズのシリーズを、ツタヤでレンタルして 観なおしてます。今日は帝国の逆襲。空遊が一番好きなキャラは、 R2だったりします。クールなところが素敵。
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