Espressoを飲みながら

2001年06月02日(土) なんとなくカルパッチョ

自宅から散歩に出掛けた。ずっと坂道を下って阪急の
御影駅に出てまだ下がってマクドナルドの隣の漫画・ビ
デオ店に行く。北斗の拳2・シティーハンター2が連載
されているコミックバンチという漫画雑誌が先々週くら
いに創刊されていて、創刊号は読めたんだけどそれから
後が近所のコンビニに置いていなかった。仕方ないから
マンガ中心の書店に行けば置いてるかなと思ったけれど
も置いていなかった。どうなっちゃったんだろう?

 書店でしばらく時を過ごした後、気分に任せて西へと
歩く。すると御影公会堂の前に出てくる。ここはかつて
ものすごくオムライスとハヤシライスの美味しかった所
なのだ。もう震災前の話なんだけれども。現在はオムラ
イスとハヤシライスのなかなか美味しい所。久しぶりな
ので入ってみる。震災前と同じとは行かないが、雰囲気
も味もやっぱり好き。

 それから公会堂を出て、さらに西へと歩く。やがてJ
R六甲道駅近くの高級&輸入食材に強いスーパー、パン
トリ−にぶつかる。僕はかつてこの界隈、駅から徒歩1
分位のところに住んでいたことがあるので、その時には
よく利用したものだった。1階の肉屋がなくなって、魚
屋が新しく入っていた。変化の激しい時代故のことなの
だろうか?魚屋の売りは、明石の昼網のようだった。取
れたてなのは素人の僕にもよく分かった。何しろまだぴ
ちぴちとはねている。呼吸困難で苦しんでいる魚を水に
返してあげたくすらなる。気の弱い人はひいてしまうか
もしれない。

 結局そこでは何も買わなかった。駅の下にあるJ-Mall
で新鮮な昼網の蛸を手に入れた。ああ食材買うなら御影
より六甲道だよ。阪急御影にはライフとイカリスーパー
しかない。イカリも芦屋店や三ノ宮店のようには充実し
ておらず、比較的小さな店鋪だ。それに較べれば六甲道
は素晴らしい。J-MAllにダイエー、イタリアーノ、パン
トリー、さらに商店街もすぐ近く。個人商店の八百屋さ
んや肉屋さんも充実している。競争が激しいからどこも
がんばっていいものを適当な値で売ってくれている。

 とりあえず今日買い物した中で注目株は明石の昼網の
蛸と酒屋で買った土佐淡麗仕込みの四万十川純米酒。さ
てこれをどうしようって熟考の結果、カルパッチョ(の
ようなもの)にすることに。実は僕はカルパッチョを食
べたことはあるものの、作ったことはないし作り方も知
らない。ただ食べた感じから生魚をハーブとオリーブオ
イルと調味料で漬け込んだような感じなんだろうなと推
測する。

 家に帰るととりあえず蛸を洗ってスライスする。蛸は
滑りやすいけれどもがんばって何とか薄く切ろうと心掛
ける。イタリアンハーブミックスとか、塩、コショウと
か、にんにく、しょうが、オリーブオイルをかけて蓋を
して置いておく。自分達で食べる分には問題の無い味に
仕上がるだろう、素材も良いし、と勝手に安心する。
 食べてみたらやっぱりおいしかった。歯応えも良い。
お酒もどちらかというとマイルドではあるけれども、
すっきりとしたよい感じ。

 ふふふ、満足、満足。
 




2001年06月01日(金) 腹式呼吸の勧め

 日記のテーマというのは、色々あるだろうと思う。例
えばコーヒーをテーマに書いてもコーヒー飲まない人も
いるし、折り畳み自転車をテーマに書いても自転車なん
て乗りたくもないという人もいると思う。

 よく考えてみれば、全ての人に関係あることと言うの
は非常に少ないかも知れない。お米、とかなら全国民的
な話題かな、とも思うのだが友人の中にはほとんど米を
食べない人もいる。

 そこで、今日のテーマは呼吸だ。この日記を読まれて
いる方の中で、呼吸をしたことがない方はおられるだろ
うか?たぶんいないと思う。だから多くの人が関心を持
って読んでくれるだろうと思う。

 呼吸とは、単純に言えば、息を吸って吐くこと。今更
説明されなくてもわかっているはず。しか〜し!じゃあ
誰でもちゃんと呼吸できているかと言うと全然そんなこ
とはないのである。現代社会に生きる人間の大半は意識
しないうちに浅い呼吸を身に付けてしまっているのだ。
もちろん酸素不足になって死ぬ程呼吸が浅くなることは
まず無いだろう。けれども呼吸が浅いせいで折角の才能
を100%発揮できていない人はたくさんいるのだ。

 なんでそんなことが言えるのか?答は簡単。姿勢を見
れば分かる。呼吸の浅い人は姿勢が猫背になりがち。姿
勢が良く見える人で呼吸の浅い人というのもいるが、姿
勢の悪い人で呼吸がしっかりと深い人は先ず見かけない
ものだ。背中を丸めてしまうと横隔膜が充分に伸びず、
空気が肺を満タンにしないからである。

 僕は、呼吸については10年以上自分の体験により、実
験及び観察を続けてきた。今まで色々な呼吸を試した。
速読のための呼吸法、仙道の呼吸、ただ呼吸を観察する
という瞑想の技法、出産時のトラウマを再体験するため
のブレスセラピー、インドの神秘家OSHOが開発したダイ
ナミック瞑想の第一ステージの渾沌とした深く速い呼吸
、等々。

 呼吸が変わると、それにつられて精神の状態が変化す
る。だから武道から宗教に至るまで、人間の精神と関係
する領域では全て呼吸が重要視されたのである。

 背中を伸ばして、肩の力を抜く。首も軽く伸ばす。息
を鼻からゆっくり長く吸う。息を吸った時に肺の底まで
空気でいっぱいになって、お腹がふくらむようにする。
空気は肺でとまるが、呼吸の見えない部分である気は臍
下にある丹田と呼ばれるポイントにまで達するようなイ
メージで呼吸する。このポイントは人によって個人差は
あるが大体臍下5cmから10cmくらいのところに位
置する。お腹の皮と腰の皮のちょうど真ん中くらいの所
、まさしく身体の重心である。

 息を吸いきった時に気持ちを丹田に置いて、少しの間
呼吸を止める。丹田に気が集まる様なイメージを持つと
良い。

 息を吐くのは、とても大事なこと。肺の中に古い空気
が残らないようにす〜っと時間をかけて吐ききってしま
う。呼吸法では、吸う息より吐く息のほうが大事である
と言われることが多い。

 息をたくさん吸ってたくさん吐くと、当然細胞が活性
化する。頭が冴えたりもする。直観的なことに敏感にな
ったり、健康になったり、人間関係が良くなったりもす
る。要するに身体の本来持っていた潜在能力が、充分な
燃料を得て動き出すと言った感じ。

 他の生活環境が同じならば、間違いなく呼吸が深い方
が呼吸が浅いよりも健康も生活も充実する。今の所空気
は無料。もっとたくさん呼吸して、パワフルな自分を見
付けられるなら、悪くはない話だと思う。

 

 



2001年05月31日(木) ハワイを想う昼休み。

 梅雨入り前の蒸し暑いうっとうしさが肌に重い今日この頃。

通勤・通学は幼稚園の年中で不登校になって以来僕の苦手なことの1つ
だが、今朝も例によって朝寝坊してしまった。普段は朝8時5分前後に
家を出るのだけれども、今朝目を覚ますと8時半前。ピンチだ。服だけ
着て歯も磨かず顔も洗わず家を飛び出してしまう。なんせ5月は体調そ
の他の理由で4日も休んでしまったから、これ以上の遅刻は困るのだ。

普段は歩いて通勤する地下鉄一駅間の距離を今日は地下鉄に乗る。地下
鉄は困った時のために存在するのだ。かつて交通費を浮かすために梅田
からバイト先がある本町まで徒歩で歩いていたこともある僕はそう思っ
た。初乗りで200円。高いぞ神戸市営地下鉄。通勤が痛勤になりそ。
空港作るとか言う前に地下鉄もう少し安くしろ株式会社神戸市!ゴミの
分別収集もきちんとできないで綺麗なイメージ作って金儲けのことばか
り考えてんじゃねえ!ああ、200円払っただけで思考がこんなになる
僕は何年芦屋に住もうが神戸に住もうが大阪人なんだろうな。ううっ!

一駅なので考え事が終わる前に職場からの最寄り駅に到着。急いで職場
へ。幸い1分遅れただけで済んだ。

適当に事務仕事を片付けているうちにお昼休み前。弁当は持参しない習
慣なので、今日は何を食べようかと考える。普段の昼食費は大体500
円から700円の間を行き来する。贅沢する日には1000円になるこ
とも。最近のお気に入りは職場の近くにあるオープンカフェで、サンド
ウィッチランチ500円をよく食べる。ベーコンの効いたサンドウィッ
チか、スクランブルエッグのベ−グルのサンドイッチかどちらかが選べ
る。600円でチキンランチやカレーランチ、パスタランチもある。

それはさておきここのカフェのいいところは、雑誌が充実しているとこ
ろ。それも週刊**とかではなく、季刊だったりするやつや普通の書店
では置いていなくって、裏に通販での購読の勧めが書かれていたりする
レアなものが多い。ここで雑誌名を紹介したいところだが、名前を忘れ
た。

ぱっと何気なく手に取った雑誌の特集は、「最後の楽園」というテーマ
だった。横尾忠則をはじめとするアーティストや建築家達が自分なりの
「楽園」というものへのイメージを語っている。横尾忠則にとってのそ
れは、地球のどこかにある場所というものよりも、自分の内面や、創作
活動の中にあるものということだった。他の人達もそれに近い様な意見
がほとんどで、「バリがいい」とか「ゴアへ行こう」とか、ありがちな
旅行雑誌的なものではなかった。

が、が、が。そのページから少し先に進んでみると、突然ハワイ特集。
「なんでやねん?」と、一瞬思う。ここまで格好付けといて、なんでハ
ワイやの?しかし良く読んでみると、ハワイは先住民が自分達の思想や
アイデンティティーを、しっかりと保持していて、それはとても珍しい
ことだそう。昼休みは短いので記事は適当にしておいて写真を見る。

きれい、きれい、きれい。青い海。熱帯の空気。ヤシの木。褐色の肌を
したハワイの人々。明るさと暖かさが伝わってくる。あああ、僕もハワ
イに住みたくなってきた。何かハワイで暮らせる方法ないかなあ?

しっかりあっさり洗脳されてしまった昼休みであった。ビジュアルの力
はパワフル。





2001年05月27日(日) 自家培煎

 去年くらいから、コーヒーをよく飲むようになった。
最初はドリップしていたけれども、ある日思いたって
神戸国際会館のとある店でエスプレッソマシーンを購入。
スタバで豆を買ってエスプレッソ生活をエンジョイ。

 それはそれで幸せな日々であった。

 しかしある日のこと。私こと空遊は遠方に住む友人より
「コーヒーは煎りたてが美味しい」という人類が存続する限り通用する
絶対法則を知らされるのであった。

 本当かどうか試してみた。友人に贈ってもらったコーヒー豆で入れた
コーヒーは確かに美味しい。黒船がやってきたようなショックだった。

 こうなったらスタンハンセンのウエスタンラリアートを
受け続けながら自分の必殺技リキラリアートを開発した長州力のように、
このショックをばねとして自分も自家培煎するしかあるまい。
そう決心した。

 東急ハンズに行って一番安い胡麻とか用の培煎器を買った。
豆は東京のとあるコーヒー会社から取り寄せた。

 早速培煎。注意しないとすぐ真っ黒こげに。
火からの距離が肝要と思い知る。

 何回かトライした後に、ようやくなんとかそれなりにいけそなのが
出来あがる。エスプレッソにして飲んでみる。

 おいしい!

 ところでエスプレッソの苦味と酸味によく合うのがチョコパン。
チョコクリームが入っているやつより、板チョコがはさんであるタイプが
良い。一緒に食べると気分がほのぼのする。

 そんなこんなで、こんな題名の日記をつけ始めるのであった。


 



2001年02月08日(木) 隙間という名の時間

 遊んだり、働いたり、学んだりする時間でも無く、
休んだり、眠ったりする時間でも無いのだけれども、
ただ、ひたすらに時が過ぎるのを待っているより他に為す術が
無いような時間が確かにある。

 できることなら何かするのに使えればいいのだけれども、
もしそう出来ないとしても休息したり睡眠を取ったりできれば
いいのだけれども、それすらままならずに精々可能なのは
前の方をぼうっと眺めていることくらいだったりする。

 そんな風にして過ぎ去って行ったたくさんの時間。
山のように積み重なっているに違いないたくさんの時間。

 そう、時間が過ぎ去り続けていることさえ忘れさせるほど
何ごとも為すことなく過ぎ去って行ったたくさんの時間。

 生きている、そのプロセスの中の隙間。
一つのこととそれより新しい一つの事の間の隙間。
百貨店の入口の2枚の自動ドアの真ん中のスペースのような時間。

 田舎じみたアメリカ中西部の空港で乗り換え便を待つ時、
掛かってくるはずもない電話を待ち続けている時、
晴れたら自転車で出掛けようと思いながら曇り空を眺めている時、

 隙間の時間は私の前に姿を現わすのだ。
 



2001年01月17日(水) 6年になるのか

いろんなことを思い出した。
冬の風が肌に冷たい。



2001年01月12日(金) 浦島太郎

 ある時からずっと時間が止まったままになっているような感じがしている。
とはいえ自分の外側で起こっている出来事についてはそれなりにきちんと認識している
つもりだし、様々な生活の変化は目紛しく、大きな規模で起こっているものだ。

 だからもっと時間の変化を一つの感覚と言うか、体感として感じていても
いいはずなのに。

 なぜか時間が経っているということが実感できない。
時間はずっと止まったままで、時折周りの人やマスメディア等によって
その変化を告げられるというだけのよう。

 例えば、ハイペースで仕事して、疲れてきたからそろそろこれくらいは
時間がたっているだろうと思って時計を見るとか、それくらいの短い単位の
時間の感覚はあるのだけれども、何ヶ月、何年、といった長い単位の時間は
全然実感することができない。

一日という時間の長さでいろんな事が起こる。引っこ抜かれたり、食べられたり、
という訳ではないけれども(筆者はピクミンではないので)。
けれども、一旦夜になって眠りについてしまえば、それは全て記憶の中のこと。
昨日のことも、10年前に起きたことも、20年前に起きたことも、何の
違いも無いように感じられる。

 体験は、一定の時間が経つと、永遠というアルバムの中の一枚の写真と
して綺麗に保存されてしまうかのようだ。そしてその写真は「忘却」に
よっていとも簡単に破壊されてしまう。

 「現実」はその原形をとどめないほどに変わり続け、「記憶」のみが
過去の証人となる。しかしその証人も「忘却」という容赦ない死刑執行人
により日々殺され続ける。長い時間の中で見るならば、結果は単純。

 「とどまるものは、何も無い。」

 「とどまることも、変化することもないそれを除いては。」

 



1995年01月17日(火) 阪神大震災当日の思い出

 奈良県内の実家で目を覚ました。
ただし目覚ましなどという生易しいものによってではなく、
激しい揺れによって。
次の瞬間私がしなければならなかったことは、大型本棚と大量の本に
よって押しつぶされないように本棚を一生懸命支えることだった。

 家族が目を覚まし、「すごい揺れだった」とお互いの衝撃を相互確認。
「一体何が起こったんだ」とTVをつける。
地震のニュースが流れるが、全体像は全然見えて来ない。
「淡路島で急いで外に出たお年寄りが瓦で頭を打って軽い怪我で病院に
運ばれました」とか、その程度の事しか最初報道されていなかった。

 当時芦屋市内のマンションに住み、神戸市内の大学に通っていた。
数日前に実家に帰り、すぐに芦屋に戻ってくるはずだったが風邪をひき、
実家での滞在が長引いていた。1/17は英語の授業があって出席する必要が
あったため、早朝に家を出て登校する予定だった。

 奈良で受けた地震の衝撃から判断して、電車は午前中は動かないだろうと
思い、今日はのんびり家でくつろいでいようと思った。どれだけ大変な事態
なのか、まったく知る由もなかった。

 少しずつ時間が経つにつれ、事態の重大さがマスメディアによって
知らされた。

 この地震は思わぬところで空遊の人生に影響を及ぼすこととなる。
良きにつけ、悪しきにつけ。



1992年07月18日(土) 新しい名前

 インドのPune市のOSHO Commune Internationalに滞在していた。

毎日いろんな瞑想法を学んだり、ボディーワークを受けたり、
インド音楽を聴きにいったりしていた。

OSHOのSannyasinといふものになると新しい名前がもらえると聞いていた。
OSHOはかつてバグワン・シュリ・ラジニーシと呼ばれていたインドでは
大層有名(かつ悪名高い*1)精神的導師で、
Sannyasinとは「探究者」とか「弟子」とかそういう意味だそうだ。

空遊は、親からもらった苗字と名前に満足していなかった。
「これがきみの名前だよ」と言われても、そんな頼んだ訳でもなければ
自分のセンスに合ったものでもないし、「自分の」名前と言う感じが
しなくってサイズの合わない服を着ているみたいな居心地の悪さがあった。

新しい名前、しかもおそらくサンスクリット語の名前。
それはとっても魅力的に感じられたのだ。

「今度は、それなりに納得の行く名前がやってくるかもしれない。」

ほとんど事務的なものに過ぎない事務手続きを済ませてしばらくすると、
名前はもらえる、しかも御祝いまでしてくれるとの知らせがあった。

もちろん出席。

美しい音楽と、世界中のあちこちからやってきたSannyasin達の祝福の
中、新しい名前の書かれた紙と、素敵なネックレスをいただいた。
名前の意味は「覚醒」とか「宗教性」とか難しい意味だった。

とにかく私は自分のもらった新しい名前についてハッピーだった。

同じ時に名前をもらった友人達と正真正銘の本場インド料理レストランに
出掛けておいしいものをたらふく食べた。夜遅くまでいろんな話をしていた。

*1:インドの伝統や因習とは折り合いがあわなかったため。


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空遊 [MAIL]

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