フォーリアの日記
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2025年11月03日(月) 東京に木枯らし一号が吹いたらしい

今日は東京周辺で木枯らし一号が吹いたそうです。
ここでもやはり風が冷たくて寒いです。

寒いのに夜中に夫を和室に呼び込んだら羽根布団が重いと言って出て行きました。
これから寒くなるのに何でも重いと言っていたら防寒用に掛けるものがありません。

さて、今日は祝日なのですが、7時半までには朝のマドパーは飲んでもらいました。
そうすると8時ぐらいには朝食を食べられます。

今日は午前中に夫はお風呂に入るからといって追加のマドパーを飲みましたが、
お風呂は入りませんでした。
それがなぜか昼まで効いていて、昼にもうオフになっている様子なのに炒飯を作ってくれました。

午後2時半から訪問リハビリの予定でしたが、担当者が確認の電話を掛けてきたとき、
今日は無理かもしれないので後で連絡するなんて電話に出た私に言わせていました。

でも昼の分の定時のマドパーを飲んだら元気になって、訪問リハビリは受けました。
夫はベッドからの起き上がりが上手くいかないのを方法を教えてもらって、
足の硬さをほぐすマッサージをしてもらっていました。

病気になる以前から体が相当堅いので、たぶん動けなくなった時の動作には不便していると思います。

訪問リハビリが終わってから夫は買い物に行こうと言い出しました。
でも、そろそろ薬が切れるころだったので、また追加のマドパー(半量)を飲みました。
十分寒いのでコートを着て行きました。
私に自転車で行ってほしかったみたいなのですが、私は自転車に乗れません。
今日も足が上がらなくて乗れそうにありませんでした。
なぜか自転車を自転車置き場の上段から降ろすと前輪の空気が抜けていたので、
夫は急遽自転車屋さんに行くと言って自転車を押して行きました。
私はその間に速足(自分比)で生協に向かいました。
生協で先に買い物を始めていました。
そうしたらそのうち夫が来て、買い物に合流しました。
買い物が終わってから帰りも夫は私を自転車で帰らせたかったみたいですが、
やはり足が上がらなくて乗れないのであきらめました。
夫は自転車に乗って先に帰りました。

先に帰った夫と自転車置き場で会いました。
建物に入ってからリュックを忘れたと夫が自転車のところに戻りました。
私はその間に郵便物を見に行って、戻って裏の入り口のドアを開けました。
エレベーターで3階へ上がり、家に入りましたが、夫はもうオフでした。
買い物荷物を片付けてから、2度目の追加のマドパーを飲んでもらいました。

それから夕食の準備をしました。
夕食の支度が終わるころには少しは追加の分が効いて、食事を食べられるぐらいにはなっていました。
それから定時のマドパーを飲んでもらいました。
これで合わせ技で10時ぐらいまでは大丈夫です。

でもいろいろ手順が狂って10時までには私の歯磨きが終わりませんでした。
まあ、途中でも行くのですが夫もまだ何かやっていたので歯磨きしていました。
10時半過ぎたら急激に切れてきて、動けなくなっていきました。

明日は燃えるゴミの日です。


2025年11月02日(日) ドンキとオオサキへ行った(吉野家へ行くより歩いた)

今日は日曜なので何も予定はないと思ってのんびりしていたらもう夫が起きていました。

8時台に夫にマドパーを飲んでもらって、着替えたりカーテンを開けたりしていたら、
夫が少し元気になってから「パンを食べよう」と言い出しました。
そのうち夫がフライパンで目玉焼きを作り始めました。
フライパンで作った目玉焼きはレンジでチンより圧倒的においしいのですが、
洗い物が増えます。
それからご飯をチンしているので、「パンを食べるんじゃなかったの?」と言ったら、変更したと言います。
まあ、どっちでもいいので、ご飯を食べることにしました。

そのあとドジャーズ対ブルージェイズのワールドシリーズ最終戦が始まったので、何となく見ていました。

それから10時半ごろ私はトイレクイックルを買いに行きたくてウェルシアに行ってくると言ってでかけようとしました。
ついでに何か昼食に食べられるものを買ってこようと思ったのですが、
汎用品ならドンキでいいじゃないと夫が言うのでドンキに行くことに変更しました。
夫がピザが食べたい、スーパーのピザじゃなくてオオサキのピザというので、
オオサキにも行くことにしました。
ちょっと遠いけどと言ったらできるのを待っている間休めるじゃないと言われました。

まずドンキですが、それだけでもウェルシアより遠いです。
そこからオオサキまで歩いて、オオサキでピザを注文しました。
オオサキは開店時刻が11時半なのか、開店直前だったようで、外で人が大勢待っていました。
そこへ入って行ったら、杖をついていたせいか、椅子を譲ってもらいました。

そのうち開店したのか待ってた人が中へ案内されて、
みんな入ってからテイクアウトの注文を聞いてくれました。
テイクアウトは他のお客さんの後に回されるのではなく、別に作ってくれたようで、
会計も早かったし、出来上がるのも早かったです。
受け取った箱からバジルのいい香りがただよっていました。

家に帰ったらピザはすっかり冷えていました。
でもまだ、スーパーのピザよりバジルのいい香りはしていました。
夫はオフになって固まっていて、ベッドの手すりにつかまったまま動けなくなっていて、
20分もこうしていると言っていました。
私ももう足がほとんど進まない状態で帰ってきたので、いろいろ素早くはできません。

まずは夫にマドパーを飲んでもらって座ってもらってから、他の作業はしました。
ピザを箱から出して家のピザ皿にのせ、レンジで温めたりしました。
何分温めたら柔らかくなるのかわからないので試行錯誤でした。
昔の紅茶でまだ無事だったものを使って紅茶を入れて、
温めたピザを最初に食べた時はまだ固かったのでもう一度温めました。
何回か温めたらだんだんやわらかくなってきて、ナポリピザらしくなりました。
夫は薬が効いて元気になるまでなかなか食べられないので、先に食べていました。

夫が元気になってきてからテレビを入れたら、
まだワールドシリーズをやっていたので見ました。
夫は早めにベッドの方へ引っ込みましたが、
私は最後ドジャースが勝つまで見ました。

それから足がかなり疲れていたので寝ました。
「少し寝るけどいい?」と聞いたら「たくさん寝てもいいよ」と言われました。
そのあとずいぶん寝たので夕方になってしまいました。
起きたらまずはご飯を炊飯器に仕掛けました。

足は昨日ほど痛くなく昨日ほど動けなくはありません。
まだピザが残っていたのでどうやって食べたらいいか考えました。
二人の2食分のご飯をいつもより多めに取り分け、夕食に食べる分を少なめにしました。
その他に朝のご飯が残っていたので、思ったよりご飯が多くなりました。

そうしたら夕食時に夫が全部食べて、古いご飯は終わりました。

夜中に夫が何度か叫んでいましたが、声かけても特に用があったわけでもなさそうでした。
何かの夢を見たのでしょう。


2025年11月01日(土) 夫がベッドを嫌う・息子が来た

今日は晴れ。

午前中に整形外科のリハビリでした。
リハビリの開始を早くしてもらったので、まだ夫がオンの時に出かけました。
もし余裕があったら吉野家の牛丼を買ってきてと言われました。
リハビリの内容が足のあまり使えていない筋肉や立ち方の問題だったので、
それを復習しつつ吉野家まで行ってみようと思いました。

行ったはいいけれど、帰りはかなりきつくて、やはり無理したなあと思いました。
ほとんど足が進まなくなって帰り着いたら
もうバタンとテレビの前に転がって、整形外科のテレビで見た
ロジャース対ブルージェイズ戦の続きを見ていました。
そうしたら夫に呼ばれたので行ってみました。
夫はすぐ来たと言って喜んでいました。

そのあと昼食は牛丼を食べましたが、かなり味が濃いのでお茶を入れました。

今日は夫は電動ベッドを傾けなくても起きています。

昼過ぎに息子が来るということになっていましたが、私は足が立たないので寝ていました。
息子は電話では泊まると言っていましたが、夫が断ったので、今日は嫁さんのところに帰ることになっています。
明日新潟の嫁さんの実家に行くそうです。

夫の状態の話をしてから、夫が休んだので息子に買いものを頼みました。
ありがたいことに重いものをいろいろ買ってきてくれました。

夜は夫はベッドじゃなくて、こちらの布団で寝るそうです。


2025年10月31日(金) 担当者会議があった

今日は雨。
気温も上がりません。

今日は雨なのに担当者会議で、ケアマネさん以下、訪問リハビリの人や介護用品(手摺工事など)の人たちが集まりました。

11時からなので朝のマドパーが切れるのに夫は追加のマドパーを飲まず、
「たまにはオフの時の様子を見せよう」などと言っていました。
本当にオフになっていたので、ベッドに寝たまま電動ベッドの頭を起こして対応しました。
でも夫は電動ベッドの頭を起こすのを嫌います。
ほとんど動かないくらいの断続的な押し方で上げないと早すぎると言います。
モーターの速度は決まっているので、ゆっくり上げるには断続で上げるしか方法がないのです。
そのベッドの上げ下げでかなり話の腰を折ってしまいました。

話し合いが終わって他のメンバーが帰ってから、介護用品の会社と縦型ツッパリ手すりの契約をしました。
これはもう夫がかなりオフだったので、私が居間で代筆で契約をしました。
銀行振替の用紙などは書かなくていいのかと思ったら、もうべっどをかりているのでいいそうです。

夕方息子から電話があり、明日来るそうです。
息子は泊ると言っていましたが夫が嫌がり、夜は都内の息子の嫁さんのところへ帰ることになりました。
次の日には新潟に行くそうです。

今日は色々あったので疲れました。
昼間少し寝ました。


2025年10月30日(木) 胃の経鼻内視鏡検査・夫がドーパミン切れ気味でお風呂に入った

今日は晴れで幸いでした。

今日は近所のクリニックで胃の内視鏡検査の予約をしています。
朝10時半と11時で、夫が先です。
10分前には来るようにとのことで、夫が10時20分に来院してくださいと書いてあったので、
10時ごろには出かけました。

今日は朝食抜きなので夫の薬はパーキンソン関連の物しか飲んでいません。
それも朝食を食べないので少し遅めに飲みました。
その方が検査まで持つのではないかとの魂胆も入っています。

出掛けるときは夫は元気に歩いて行きました。
まだ足が自由にならない私の方が追い付かないくらいです。

検査も台の上に上がったりなどいろいろあるのに問題なくできたみたいです。
私の検査が終わるまで待っていた(待たされた)みたいです。
ふたり一緒に今日の検査の画像を見せてもらいました。(そのために待ったがかかっていたようです。)
帰るころにはもうあまり元気はなさそうでした。
それでも家に帰ろうと言ったら、「どこかで食べて行こう」と言います。
この調子で外食していくと帰りは歩けなくなりそうなので、「家へ帰ろう」と言い、帰って来ました。

夫に昼の薬を飲んでもらってから、私が飲食可になるまでまだ時間があったので少し待ってもらいました。
その間に薬が効いてくることを期待しました。
昨日の夜の残りのうどんの鍋で昼食を食べました。
そのあと朝飲むはずの糖尿病関係の薬も飲んでもらいました。

午後4時すぎになって、お風呂に入ると言い出したので、そろそろ薬が切れて危ないころだと思いました。
実際危ない時間帯でしたが、追加のマドパーを飲んでもらってお風呂に入ってもらいました。
実際に入ったのは5時過ぎです。
お風呂は結構長時間入っていたので、私は夕食のポトフを煮込んでいました。
夫がそのうち呼びました。
行ってみるともうドーパミン切れになっていました。
シャワーチェアーは濡れていましたが、乾いたバスタオルを敷いて体を拭いたり服を着るために座ってもらいました。

夫は完全にドーパミン切れの時にはお風呂に入れないので、結構お風呂に入るチャンスを逃しています。
今日入ったのも久しぶりです。

出てからすぐ夕食にするのではなく、私も入っていいというので、入りました。
夫はなぜか、その間待っている自信があったようです。

夜は全体に遅くなりました。
夫が止まっていてあまり食事が進んでいませんでした。
9時過ぎまでなんとなくぐだぐだ食べていました。(つきあって私も)
その後寝る準備をしたので、寝るのも早くありません。


2025年10月29日(水) 明日胃カメラなのに寝ない

今日はそんなに冷えていません。

今日夫の訪問リハビリを入れなかったのは、合唱があるかもと思ったからでしょうか。
何も予定がない日となりました。

でも、朝から夫は勝手に残り物を食べていました。
そうすると薬が効きにくいので困るのです。
私は卵かけご飯を食べました。
納豆に注意しながらヨーグルトは作りました。

昼はいつもの朝食のようなものを食べました。
ヨーグルトは朝作ったので作らないし食べませんでした。

夫は相変わらず朝昼晩の薬が切れるとそれぞれ動けなくなります。
追加のマドパーを飲んでもらおうとしても「いらない」と断ります。

今日は日付が変わってから、夜中にトイレに行くにも歩けないので薬を飲みたいと言い出しました。
でもマドパーは飲むと夜寝られなくなると言われています。
ネットで確認してほしいというので、確認しましたが、
夜寝られなくなるという傾向は本当らしいですが、飲んではいけないとは書いていません。
マドパー50をのんでもらうことにしました。
飲んでもらってからなぜか起きだして居間へ行って座ったり、寝室へ戻ったりしています。
マドパー50ではあまり薬効がないので、あまり消費しないで少し寝てくれるといいのですが。
明日の胃カメラが心配です。


2025年10月28日(火) 北浦和の病院に行った

今日は曇りか晴れ。
雨が降らなくて良かったです。

私は今日は北浦和の病院(手術した病院)へ行くので、9時過ぎに出かけました。
夫が薬が切れそうな危ない時に出かけましたが、
居間のテーブルの上に「12時過ぎたら飲んでください」とメモして薬を置いてきました。

行く時は元気だったので電車で行こうと思っていました。
出掛ける前にSuicaを散々探して、出てこないので別のSuicaを持って
それでも探していたら、どこかから出てきたのですが、どこから出てきたか忘れました。
駅まで歩くつもりで歩いていたのですが、途中で転んでしまい、それで元気をなくしたので
一旦改札のあるデッキの上まで上がったのですが、エレベーターで降りてタクシーに乗りました。

今日は病院は混んでいるということで、病院で同室だった9時半の予約の人が
まだ診察前だと言って待っていました。
診療が終わってから転んだ時の傷を消毒して絆創膏を貼ってもらいました。
11時の予約のリハビリも、診療が終わった時には11時過ぎていました。
そのあとは別に滞りなくすすみ、リハビリ棟の方へ行き、リハビリしてきました。
(退院後のリハビリは経過観察程度です。)
料金の支払いをしてから、院内のコンビニに寄っておにぎりを買ってきました。
それを持って、駅前まで歩いてタクシーに乗りました。
どこかで買い物するのはやめにして直接家まで行ってもらいました。

家に帰ったらテーブルの上の薬は飲んであってメモに「12:15 ok」と書いてありました。
夫はすでに昨日の残り物で何か食べたようでした。
それで私は1個ずつと思って買ってきたおにぎりを2個食べてしまいました。

その後、2時過ぎになって夫は夫がかかっている病院に行くと言い出しました。
病院に行くことは予定していたのですが、昼の薬が切れるころです。
行く前に追加のマドパー50を飲んでもらいました。

私が疲れて休んでいた時に夫から電話がかかって来て、
「何か買い物して帰ろうか」と言います。
そんな元気があるならありがたいので買ってきてもらいました。

家に帰ってからも夫はバタンキューではなくてまだ動けました。
そんなに追加のマドパーが効いたのでしょうか?

そのあともずっと元気だったので、夜のマドパーは50mgにしました。
少し足りないと心配でしたが、本人はそれでいいという感じでした。

早めに寝たかと思えば、10時ごろから起き出して、
2時間ぐらい起きていました。
却っていつも寝ている時刻より寝るのが遅くなりました。


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