フォーリアの日記
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2008年01月16日(水) 電車の中で腹痛

きょうはまあまあのお天気です。
土日のような冷え込みはありませんが、寒さもまずまずです。

今日はコーラスでした。
家を出るのがぎりぎりになってしまったので駅まで走りました。
電車には間に合いましたが、やけに混んでいました。
奥の方まで入れなかったので扉の前の真ん中辺で立っていました。
走って冷たい空気を吸ったからか、のどが少し渇いて痛くなりそうでした。
次の駅で人が降りたときに真ん中に移動し、人が乗ってきたらまた両側までいっぱいになりました。
つり革の列の間の通路に立っていましたが、池袋で前が空いたのでつり革につかまりました。
池袋でまた混んで通路は2列になりました。

このころから、なんだか気分が悪くなりました。
はじめは肩が懲りすぎたのか喉がおかしいのかわからないような重苦しさでしたが、
そのうちお腹が痛くなってきました。
風邪かなとも思いました。
この頃には痛みは押し寄せたり引いたりしていたのでなんとか我慢していました。
新宿をすぎた頃から吐き気がしてきたのでかなり立っているのが限界に達し、
その場にしゃがみこんでしまいました。
電車は新宿で少し空いたので、しゃがみこむ場所はあったのです。
前の席の人が「大丈夫ですか?替わりましょうか?」と言ってくれましたが、
「このまま乗っていけないので、次で降りるのでいいです。」といって
渋谷で降りてホームのベンチで少し休んでいました。

休んでいると楽になったので、家へ帰ることも考えたのですが
さっきの電車の中のつらさを思うと立って電車に乗ってまた帰るには遠くまで来過ぎています。
このまま目的地まで行って椅子に座って休んでいて、空いている時に帰ったほうがいいような気がします。

ゆっくり山手線のホームまで歩き、電車に乗りました。
山手線に乗ったらまたお腹が痛くなりました。
一駅で降りるか?と思ったら、前の座席の人が降りたので座ることができました。
座ると大丈夫だったので、そのまま目黒まで行き、目黒線に乗りました。

目黒線の下りはこの時間空いているのでいつも座れます。
無事に西小山に着き、なんとか練習場にたどり着きました。
余談ですが駅の構内トイレが完成していました。
先週はまだ工事中で外に仮説トイレがあったのです。

さて、練習場で立って歌うのを勘弁してもらってしばらく座って休んでいたらだんだんよくなって、
歌えるようになって、最後には立って歌っていました。
終わったあと熱いお茶を飲んだら、胃が動き出し、ずいぶん楽になりました。
休んでいたらなおってしまうようなら、風邪でもないようです。
痛みをこらえていた間力が入っていたのか、背中がだるい感じは残っていました。

やっと空腹感がでてきてお昼を軽くたべることができました。
家に帰ってからも夕方には空腹感がちゃんとあったので大丈夫なようです。


2008年01月15日(火) 「ペルセポリス 2」

今日は昼間は昨日ほど冷え込んでいませんが、
夜は夫が冷え込んでいると言って帰って来ました。

おばあちゃんは比較的元気ですが、せきがなおらないので病院に行ってきました。
こういうのこそ対症療法でも薬が効きます。

血圧計のACアダプターが届いたと昨日連絡を受けたので買いに行き、
本屋まで足を伸ばして「ペルセポリス」の2巻を買ってきました。

ウィーンに渡ってなかなか適応できずに退廃的な生活を送るようになり、
イランへ帰ってまた渡仏を決意するまでのマルジです。

1巻でのイランでのマルジは、
イランの厳しい生活が実感できるとまでいいませんが想像はでき、
規制が激しくなる中での生活に反発する様子がなんとなく理解できました。
しかしウィーンでの生活は理解できないことの方が多い。

フランス語はわかるけれどドイツ語はわからない、
さらにイラン人であることで侮辱されるマルジが厳しい状況であることはわかりますが、
ウィーンでの退廃振りは共感できません。
もちろん、自由な日本でずっと暮らし、外国に住んで孤独の中で差別を受けたこともない私には実感できないことの方が多いからかもしれません。

その他、イランにいるマルジがお母さんやおばあちゃんに怒られる場面がありますが
その時やったことはかなり「人間としてやってはいけないこと」であって、
そういうことをしてしまうのは社会背景のためなのか、マルジ自身の問題なのかと疑問に思いました。


2008年01月14日(月) 「ペルセポリス」

ううう、今日も寒いです。
昨日より日が出ない分、家の中も寒いです。
洗濯物を干すのにちょっと外へ出ているあいだも寒いです。

今日もあまり出歩きませんが、午後駅前へいって
本屋へ寄ったり食料品を買ったりしました。

本屋へ寄ったのは、最近夫が「カラマーゾフの兄弟」を昔の文庫で読んでいて、
最近新訳が出たのも読みたくなったからなのですが、
息子が持っているのでは?と言い出して買うのをやめました。
でも、息子は寮に住んでいるので、めったにうちに来ませんが。

その代わり(でもないが)夫が目をつけたのが「ペルセポリス」
ちびまるこみたいなシンプルなイラストで描かれたマンガ(と言っていいのか)なのです。
イランの少女の目でイランが描かれています。
この本を買って帰り、夫より先にざっと読んでしまいました。

イランという国の情勢はたまにニュースでは聞いても遠い国の出来事であまりよく知りません。
イラン革命後、ヴェールをかぶらなくてはならなくなり、男女別学になる。
小学生の少女がそういう状況を体験し、それを痛烈に批判して生きてきたいうのがあまりに新鮮でした。

イスラム諸国の女性が昔からの戒律に従順にしたがっているわけでもないこと、
また、イランそのものの宗教が古くはゾロアスター教で、
イスラムは侵略者によってもたらされた宗教だということ、
歴史の知識としてどこか頭の片隅にあっても、
これを読まなければその複雑な宗教事情やそれにまつわる感情に思い至ることがなかったでしょう。

続編もあるようなので、読みたくなりました。


2008年01月13日(日) 寒い一日

昨夜から寒くて寒くてしかたありませんでしたが、
朝は早起きしていないのに冷え込んでいて非常に寒い一日でした。
晴れているので家の中の日当たりはいいのですが、ちょっと廊下へいくと空気が冷たくなっています。

洗濯物を干すのにちょっとベランダへ出るだけで寒いです。
あとから洗ってすっかり忘れていた洗濯物があり
夕方早めにお風呂に入った時に気づき、お風呂から出てから干そうとしたのですが、
髪がぬれていると凍るかと思うくらい寒くて、
やっぱり家に入ってドライヤーで髪を乾かしてから干しました。


2008年01月12日(土) 「魔笛」

今日は不運にも雨です。

今日は前からチケットを買ってあった「魔笛」を聞きに行きました。

おばあちゃんが調子が悪かったら行けないかとおもったけれど、
今日はもう普通にしていて、郵便物を出しに外へでかけたりもしていましたので
夕食の用意をしていけば出かけられそうでした。

昼には一日遅れの鏡開きのお汁粉を食べて
昼食後買い物に行って、
午後からおでんを作っておばあちゃんと娘の夕食としました。
夫はポテトサラダをつくってくれました。

プラハ国立劇場の今日の公演は川口リリアホールなので比較的近いのです。
このホールは駅前で、デッキの上からそのままのもありがたいです。(特に雨の日は)

魔笛というオペラのストーリーはわかりやすいとは思えません。
あまりにも有名なのでなんとなく知ってはいても、
細かいところは何回か見てもわからなかったり、謎がたくさんあります。
おとぎ話といわれるけれど、変に宗教的だったり説教くさかったりして、
フリーメースンの影響でもあるのかと思ったりもします。

そうはいいながらも音楽は素晴らしいので、結局飽きることなく3時間過ごしてしまいます。

この公演はこじんまりとしていて、舞台装置もあまりなく、出演者も少なく、オケの人数も少なく、合唱団も少なく、合唱の一部は録音だったようです。
しかし、プラハ国立劇場はなかなか実力者ぞろいらしく、
どれをとってもなかなか水準の高い演奏でした。

夜の女王の初めの登場は舞台装置の布を衣装にして、本人は高いところにいて
舞台中にひとり分の衣装が広がる小林幸子のようになっていてすごかったのですが、
歌いにくいだろうと思いました。それ以外は普通に登場しました。

舞台は幕を閉めず、天井から吊り下げた大きな布が時には怪物になり、
時には幕になり、時には壁や物陰になり、時には夜の女王のスカートになり、
時には背景に映像を移すスクリーンになるなど、いろいろ工夫して使われていました。

会場は1階席はほぼ満席のようですが、2階席はかなり空席がありました。
私たちの席の前の列がほとんど開いていたので、後半はそこへ移ってしまいました。
でも、なんで2階席最前列などという良い席が空席なんでしょう。
チケットを買った時にこんなところがあいていたら初めからそちらを買ったのに。
1階席の前の方にはなぜか制服の高校生がたくさん来ていました。
何か団体で来ているのでしょうか。


2008年01月11日(金) おばあちゃん、その後

雨が降る降ると予報では言っていますが、まだ降っていません。
夜になると曇りがちになり、あまり冷え込んできていません。

おばあちゃんは今日は普通に起きてきたし、本人も大丈夫だと言うので、
病院に車で連れて行って、かえってきてから仕事に行きました。

病院では、両手の握力を確認するなどいつもより丁寧に診て、
その時にはもう大丈夫なようだったので、血圧の薬(降圧剤)も減らさなくてよいそうです。

昼に電話したら元気そうな声でしたし、仕事から帰って来たら、
夕刊も取って来てあったし、洗濯物も入れておいてくれていたので、普通に元気だったようです。

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マンションの管理人さん、困ってしまうほど話し好きで、
おばあちゃんが病院から帰ってきて車から降りたところへ、
「おばあちゃん、具合がわるかったんですか?」と話しかけます。
それだけでなく何だか長くなりそうだったので、
疲れるから帰らせてあげてと、機械式駐車場を上昇させながら思っていると、
私が車を入れようとしている駐車場の2段目が上がりきったところで
今度はこっちへ飛んできて、
「チャンスなので掃除させてください。」
と車がいないうちに台を掃除してくれました。
仕事に出るので急いでいたのですが、まあいいか。
これは自分で車を出して掃除しないといけないかと思っていたところなのでありがたいといえばありがたい。
話をしないでやってくれるともっといいんだけど。


2008年01月10日(木) おばあちゃんが立てない

午前中は晴れていましたが、午後は曇りがちです。

私は午前中からガタガタ探し物をしていましたが、
いろいろ見つからないでいました。

おばあちゃんは数日前からのどの風邪を引いて(夫からうつされたか)
声が変だし咳もしていて、日課の散歩にも出ていない日もありました。
でも、熱はなさそうで、散歩に出た日もあり、そんなに悪いわけでもなさそうでした。

今日お昼ご飯におばあちゃんを呼んだときには、
おばあちゃんは普通に部屋から出てきました。
いつもより食べる量が少なかったようで、残していましたが、
普通に会話もして、普通に食べていたのです。
食べた後お茶を飲んでいた時、とっくに食べ終わっていた私は
午前中からの探し物が気になって席を立っていました。
戻ってみると、おばあちゃんが片付けようとした食器を持ったまま突っ伏しています。
立とうとしたら力が入らなくて立てないと言います。
頭もふらふらすると言います。
こういうときに限って血圧計のACアダプターの断線で血圧も測っていません。

とりあえず、これは医者に診てもらったほうがいいと、
かかりつけの医院の診療時間を調べました。
午後の診療に連れて行けそうなので、少し休んでもらってから車ででかけることにしました。

立ち上がるときに手を貸すと、すこしずつすり足程度なら歩けるようなので
手をとって部屋に連れて行き、一旦ベッドに寝てもらいました。

出かける用意をしているうちに、手をとらなくてもすり足程度で歩けるようになっているようでした。

3階からエレベーターに乗って車に乗せるまでに、足に小さい車輪のついた椅子にでも乗せて
転がして行かないとだめかと思いましたが(ちょっとあぶない)
なんとか付き添いつきで歩けるようでした。
(ドアはドアストッパーが重いので開けられないようです。)

車を機械式駐車場から出して、また家へ戻っておばあちゃんを伴って下まで降りて車に乗せました。

かかりつけの医院が今日定休日だったので別の医院へ行きました。
血圧を測ると低くて、そのせいで脳へ行く血が足りなくなったのではということでした。
高血圧の薬を飲んでいるので、明日かかりつけの医院へ行って
薬を見直してもらったほうがいいということでした。

帰ってきてからは新聞を見たり少し動いていたようです。
私は一旦落ち着いたら、急にガクガクして力が抜けてしまいました。
それまで緊張していたのだと思います。

夕食まで寝ていたので、呼んだ時には1人では起きられませんでしたが、
食事は普通に食べ、食卓から立ち上がるのも1人では無理でしたが、
いったん部屋へ帰ったあとは、ひとりでトイレへ行ったり歯を磨いたりしていました。

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私は明日仕事へ行く予定でしたが、
おばあちゃんが元気なら病院へ連れて行ったあとに遅刻して行き、
元気がなければ休むということにして、電話で連絡を入れておきました。


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