フォーリアの日記
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2006年01月04日(水) 定常状態第一歩

本日は仕事始めで夫は早速出かけました。
子供たちは相変わらず昼まで寝ていますが、娘は明日から学校が始まるそうです。

家の掃除は私がインドへ出かける前にしたきりで、ほこりが積もっているので掃除機をかけました。
掃除をしている間に、昨日買ってきた湯あかを溶かして漂白するカビキラー(?)のようなものを
風呂場のタイル(?)にまいておきました。
この頃、湯あかに守られて、通常の漂白剤もカビキラーもドメスト(トイレ用)も
撒いてしばらく置いておいても効かなくなってきていたのです。
下の黒ずみまで薬剤が届かないのです。
掃除機をかけ終わった後、風呂場を流してみると、完璧とはいいませんがずいぶんきれいになっていました。
もう一回ぐらいやれば、だいぶきれいになりそうです。
「湯あかを溶かして」という謳い文句もうそではないようです。

今日生協が来るかとおもって空き箱を出していたのですが明日らしい。
正月日程で通常週5日でまわるところを4日でまわるのでずれているらしい。

夫が食べる分も含めた夕飯の量がまだよくつかめません。
これは追々慣れるでしょうが。
今までの2倍くらい必要なようです。


2006年01月03日(火) 初詣

今日は昨日とは打って変わって寒くなりましたがお天気がいいので出歩きました。

昨日夜になって急に、ずいぶん前から貼らずにたまっていた写真を
アルバムに貼るなどという作業をして、ずっとかがんでいたので腰が痛い。

昼前頃、お散歩がてら買い物して、一旦帰って車を出し(久々に車が動かされました)
子供たちをつれてジャスコの回転寿司屋に昼食を食べに行きました。
その足で灯油を買いにガソリンスタンドへ行って、ガソリンスタンド併設の酒屋で酒を買って、
そのまま出かけるという息子だけ駅で下ろして、初詣に行きました。

近手のところですが、通称は調の宮(つきのみや)、本名調神社(つきじんじゃ)と言います。
調という字を書きますが月と関係があるそうで、うさぎがまつられています。

本殿への参拝の列が長かったので、不信心者は正面からの参拝は省略して
おみくじだけ買ってきました。
裏から入ったので逆に表に歩いていくと、本殿への参拝以外にも列があります。
何かと思ったら清めの御手洗(みたらい)です。
正面から入ってまずここで手を洗ってから本殿へ参拝するのが本来のはずですが
ここからこんなに並んでいたら大変です。

駐車場へ入る車の列も相当長くて、近くの道路へ違法駐車しているので
そそくさと引き上げました。


2006年01月02日(月) 旅行モード→お正月モード

今日は天気がよければ出かけたのですが、雨なので出歩きませんでした。
インドから帰って来るとどんなに寒いかと心配していたのですが
今日は出国前ほどの冷え込みではないようです。

朝はお雑煮を食べて、その後は
生協で多少注文してあって、こどもたちが食べていた出来合いのおせち料理がまだあるので
それを食べたりして、夜も多少の買い物はしたけれど、おせちの残りで過ごしました。

旅行モードからお正月モードに移行しているところで、
まだまだ通常モードに慣れるまでには遠そうで、あとが心配です。


2006年01月01日(日) 帰国

日本に帰ってきています。

シンガポールのホテルでは朝食はレストランが開いていない時刻の出発のばあい、ルームサービスを頼めたので、食べることができました。

シンガポールから乗ったUAの飛行機は
乗ってみると指定の座席には先に人がいてダブルブッキングでした。
乗務員が都合してくれたのが何とファーストシート。
こんな経験はこの先一生あるのかどうか。
贅沢なシートはひとりでゆっくり寝られるほど広く、得したといえば得したのですが
座席が単独なので隣と話すということもできず寂しいものです。
映画を見たり寝たりしていました。
音声英語、字幕中国語の映画って、漢字に目が行ってつい字幕を見てしまうので不思議です。

飛行機が成田に着いたのが14:30ごろ。
3時過ぎの京成線特急で日暮里へ。
日暮里でJRに乗り換え、最寄駅まで。
駅から家は近いのですが、とんでもなく荷物が多いのでタクシーで。

家に帰ってからは何だかもとの通りですね。
お正月なのに、お正月気分のないところで過ごしたのでまだまだノッていません。
とにかく明けましておめでとうございます。


2005年12月31日(土) Leaving from Mumbai シンガポールへ

I left from my husband's residence early in the morning and went to Munbai airport.
This day seemed to be very short because of time lug.
I'm almost in the plane.
Arriving at Singapore, count down party was being held at hotel Lobby.

ムンバイを経って飛行機はシンガポールへ。
来る時のエアサハラとシンガポール航空は大違いです。
シンガポール航空のエコノミーならそんなに狭く感じませんし、サービスもいい。
飛行機の中では映画を見たり寝ていたりしましたが、時差のせいで大変短い一日でした。

シンガポールでは夜7時ごろ着いたにも関わらす、トランジットホテルではなく
一旦入国してコンラッドホテルに泊まりました。
前に一家でシンガポールへ行った時に泊まったのと同じホテルです。
ホテル前のビルのテナントは当時はまだ入っていなかったり工事中で閑散としていましたが、
今はたくさんの店が入ってにぎやかになっています。
回転寿司や天ぷら屋もあります。インド料理店もあります。(さすがにもういい)
大晦日なので華やかにライトアップされています。

ホテルの中に入ると、ロビーに宴会場が臨時で作られていて
カウントダウンパーティーが催されています。

一旦部屋に落ち着いてからすぐに夕食を食べに出ました。
近くのショッピングセンターはインドとは別世界の都会の賑わいでした。
人がたくさん出ていて、ミニスカートの女の子もたくさん歩いています。
ちょっと足りなかったものをコンビニで買ってから食事に行きました。

夕食を食べたのは前に何度も行った周辺の屋台から何かを買って真中のテーブルで食べる形式の店。
(日本のスーパーなどによくあるような感じ)
そこの韓国料理コーナーの石焼ビビンバがおいしそうに見えてしまったのです。
注文したら、閉店前の最後の1品だったようです。

シンガポールのTVでは日本のNHKも映るので紅白をやっていましたが
あまり見ないお風呂に入って寝ました。


2005年12月30日(金) ムンバイ4日目

夫はまだ仕事が残っていて朝からオフィスへ。
もう荷物も残っていないので、ついていっても暇なのですが、私もオフィスへ。

昼頃中心地のサンドイッチ屋でパンと水を買ってエレファンタ島へ向かいました。
ムンバイの港にはイギリス統治時代に領事が来たときに迎えたというゲートオブインディアのあたりから
フェリーが出て、湾内の島まで1時間ぐらいでつきます。

島には石窟寺院があり、世界遺産なのですが
遠浅の島で、干潮時にはかなり陸が離れてしまうので
船はその入り口よりかなり遠くに着き、桟橋のようなところを延々と歩かなければなりません。
歩くには少々遠いのでゆっくり走るミニトレイン(蒸気)もでているのですが、
1台が往復しているだけなので、来るまで待っていたり乗り降りに手間取っていると歩く方が早いくらいです。

石窟寺院の像はかなりバランスのよい造形でした。
ここは観光地らしくインド人も外国人もたくさんきていて、日本人も見かけました。
島にはサルがたくさんいてみていると面白いのですが、パンを食べるのには苦労しました。
こっそり食べないとサルがもらいに来てたいへんなのです。

夜はムンバイの日本領事館の領事の方と中華料理店で食事をしました。
前にニューデリーで食べた中華料理のようなインド風ではなく、本格的な中華料理です。
領事館には日本人が代々いるので、そういうレストラン情報は伝わっているそうです。

インド式ではなく7時からの食事だったのですが、日本語で話すためか話がはずみ
帰ると11時になってしまっていました。

明日はまた飛行機です。


2005年12月29日(木) ムンバイ3日目

今日はムンバイ近郊、大変沢山あちこちに行きました。
こんなにあちこち行くと、頭の中が整理しきれないので
それぞれが貴重な体験のはずなのでもったいないけれど、わからなくなってしまっています。

まず、タクシーでVSNLという会社に行って
夫の会社がお世話になっているVSNLの方に最後のご挨拶。
次にガネーシュの祀られているヒンズー寺院へ。
その次に、ハジアリ(固有名詞)というダルガー(イスラムの聖堂)へ。
陸続きですが湾内に島状に出っ張っているところにあります。
普通のイスラム寺院はイスラム教信者以外は入れませんが、
ここは寺院ではなく聖職者の墓なので、一般人も入れるようです。
途中の道はかなり貧しい人たちがまわりにいて厳しい雰囲気です。

次に、ラクシュミという女神が祭られている寺院へ。
ここの参拝者は圧倒的に女性で、参拝のために並ぶ列は男女別なのですが
女性の列が圧倒的に長いのです。
知らないで列の外側を歩いていたら、警備の人が列の途中へ入れてくれましたが、
参拝に上がらないことにして列から抜けました。

昼食はザフランというレストラン。
庶民が行く店ということなのですが、立派なレストランで大変美味しいカレーを食べました。

その次がクロフォード・マーケット。
大変混雑して活気に溢れているが雑然として密集している、庶民のマーケットです。
地元に住んでいる夫がいないとまずここへは来ないと思いますが、
なんとなくタイの雑然とした商業地区にも雰囲気が似ています。

その次が、ビクトリアターミナス。
世界遺産になっている駅です。
改札などなくホームへ入れるので、電車のそばまでちょっと入りました。

駅から歩いて、ジニーさんというムンバイチェンバーオーケストラの代表者で
夫がお世話になった方のところへ挨拶に行きました。
今までの雑踏から急にハイ・ソサイアティの中に飛び込んだ感じです。
ジニーさんの話もいろいろ興味深いのですが、
いかんせん、いろいろなことが一日にありすぎてあとからまとめられません。

ここでレジデンスに戻って休憩。
夜はディナーに招かれているのでここでお風呂に入ってしまいました。
タクシーに乗って風に吹かれていくとほこりっぽくなりますが、
(たいていのタクシーは窓開けっ放しです。)
ニューデリーほどではないし、多少は仕方ないでしょう。

さて、この日最後はお世話になった会計士のビルモーリアさんというかたに招かれてディナーでした。
このかたはジャイナ教徒で、肉や魚だけでなく、根菜も食べません。
ベジタリアンレストランに招かれてのディナーなので、完全なベジ・ディナーです。
インド式に遅いディナーで8時からです。

ベジ・メニューは乳製品や豆や野菜のカレーが中心で、食べにくいものでもなかったのですが
毎日それでは寂しいかもしれません。
ウェイターがおかわりを持って常に回っていて
油断して断り損ねるとわんこそばのように注がれるので参りました。

ビルモーリアさんご夫妻にはジャイナ教についていろいろうかがいましたが
前から気になっていたサリーとパンジャビについての疑問も聞いてみました。
日本語で検索すると「サリーは未婚女性、パンジャビは既婚女性が着るもの。」
という話が1件ならず引っかかってくるのですが、それが本当かどうかです。
スリランカでもまったくそんな話も聞いたことがないし見たこともなかったのですが
インドでも、見ている限り、夫婦子供づれの女性も普通にサリーを着ているし、
そんな話はまったくでたらめにしか思えなかったのです。

ビルモーリアさんの話では、サリーもパンジャビも未婚でも既婚でもどちらでも着るが
インドの伝統的な衣装はサリーなので、年寄りはサリーしか着ない人も多いし
若い人はパンジャビの方が動きやすいのでパンジャビを着ることが多くなってきているといいます。
フォーマルな場合にはサリーだそうです。
ただし、パンジャビはパンジャブ地方では伝統的な衣装なので
パンジャブ地方ではパンジャビがフォーマルだそうです。

インドは本当にいろいろなものが混ざり合っている国で、
貧しい人たちは本当に貧しいし、とんでもないお金持ちもいます。
賢い人たち文化的な人たちもたくさんいます。
とても不思議な国です。


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