フォーリアの日記
目次|過去の日記|未来の日記
伊豆へ行ってきました。 昨日旅荷物を持って出勤して初めて、河津へいくということを聞きました。 昼まで仕事をして1時台のスーパービュー踊り子ででかけました。
宿は部屋数は少ないこじんまりしたところなのですが 部屋はすごく立派で、女性3人部屋だったのですが おもな部屋のほかに掘りごたつのある4畳半(?)があり まるで誰かの家へ行ったような気分です。
部屋にもお風呂があって、露天風呂までついているのですが せっかく温泉なので大浴場へ行きました。 大浴場は、午前5時に男湯と女湯を交代するそうです。 着いた晩は女湯が広い方で、湯船にバラの花が浮かべてあり、 バラの香りがただよっていました。
だいたい、宿の夕食と言うのは多くて 食べ過ぎた上に食べきれないのですが 大皿の料理は唯一の男性がかなり平らげてくれたので 個々にどれくらい食べたかは別にして、けっこうきれいに消費しました。
ところで、はまぐりのお吸い物が出たのですが はまぐりの貝柱をきれいに取る方法を聞いたことがありますか? 私は貝柱を取ろうとして、ぐちゃぐちゃにした上に取れないでいたら Iさんがカラの貝柱のうしろにあたる部分を箸でこするととれると教えてくれました。 そういえば、夫の母もそう言っていました。 すっかり忘れていましたが言われて思い出しました。 でも、どうしてそうなのかは謎です
Iさんはさっさとやって見せてきれいに取って食べました。 私もぐちゃぐちゃになったのをこすってみたら、取れそうになかったものが何とか取れました。
朝は6時半ごろに一人で起き出して、まず、部屋の露天風呂にちゃぷんと漬かってみました。 それから朝風呂に行きました。 すっかり温まって気持ちよく出てきましたが、 部屋に戻って窓から外を見ると、もうサーファーが海で泳いでいました。 うわあ、寒そう。
外は雪です。 伊豆では10年に1度ぐらいしか雪は降らないけど2,3年前に降ったと仲居さん。 一見まじめで品のよさそうなのにおもしろい冗談が多い人です。
朝食もいろいろ出るので食べきれないかと思ったのですが、 おいしかったし、主食に古代米のおかゆが出たので、それを食べて白御飯を食べなかったら なんとか食べきれました。
寒いし、雪は降るし、ほとんど観光せず 予約の電車よりはやい電車に変更して帰ることになりました。 寒い思いをして歩き回るほうがいいという剛の者はいなかったのです。
それでも、日常から離れて贅沢な気分を味わってのんびりしたので みんな満足でした。
今日は荷物を片付けると言って夫が休みを取って家にいました。
荷物といっても大きな引越し荷物は船便で3週間くらいかかるので まだまだ着きません。 今日片付けると言うのは飛行機で一緒に持ってきた荷物です。
夫の荷物は大きなトランクと、2輪でころころ引っ張れる旅行バッグの大き目のもの。 その二つにぎっしり衣類やお土産や最後まで必要だった物などを詰めているので 広げると一部屋占領していました。
たくさんあると言っても一日中かかるほどではないので 今日は夫はのんびりしていました。
私も昼寝をしたので少し睡眠不足を解消しました。
明日は私は社員旅行で伊豆方面へ行きます。 スリランカから帰ってきたばかりの落ち着かない時に出かけるのは 気分的にあわただしいのですが 行くことは11月ごろから決まっていたのです。
伊豆と言っても候補が3ヶ所ほどあり、 どこへ行くかは12月時点では決まっていなくて 1月になってから私がスリランカへ行っている間に決まったようなので 実は私はどこへ行くかはっきりは知らないのです。 一度電話をかけた時には聞きそびれました。ま、いいか。
午前中仕事をして午後から出るので、通常どおり出勤すればいいのです。 1泊して土曜日には帰るのですが、帰る時刻も知らない・・・。
というわけで明日は出かけます。
P.S. スリランカの「4日目」も書きました。
| 2004年01月14日(水) |
コーラス、乳がん検査 |
なんだか今夜はfogliaのページが開きません。 iswebが落ちてる? 直接日記サイトのエンピツから飛んで書いています。
今日はコーラスでした。 先週もあったのですが、スリランカへ行っていたので休みました。 それを年末から言ってあったのに、 言付けておいた人がすっかり忘れていたので みんなにどうしたのって聞かれました。
午後は乳がんの検診の継続検査に行ってきました。 エコー検査で少ししこりのようなものが見えるので 継続して観察するため11月から予約してあったのです。
エコーの検査をしたら、前よりしこりがはっきり見えるとのことで 細胞診をすると言われました。 注射針のようなものを刺して、そこから細いチューブでつながっている 注射器の本体のようなもので吸い出すようにして エコーで採取する場所を見ながら採ります。 たぶん普通の注射程度しか痛くないのだろうけれど 深いのと、注射より長い時間がかかっているのとで、 なんだか痛いような気がします。 気のせいかもしれません。 無駄に緊張したので消耗したかもしれません。
終わったらばんそうこう(変換できない。なんかまちがってる?)を貼られました。 今日はお風呂に入ってはいけないといわれました。 結果は来週聞きに行きます。
今日は夫は通常どおり出勤しました。 時差と飛行機での移動で、まだまだ睡眠不足です。
食べ物の消費量が今までと段違いな他は そんなにあたふたすることもなく また2年前と同じ生活が続いているようです。
日付順に書こうなどと思っていると滞るので 旅行中の日記は元気な時に書くことにしよう。
今日は朝から夫が会社へでかけ、私は宿舎に残っていました。 夫が使っていた会社のパソコンThinkPad T21は、昨日クロスケーブルで夫の個人のFMV-BIBLO MG8につないで データを移しておいたので、個人データをすべて消して夫は会社に持っていきました。 (これは日本語Windowsですが、また日本の方が使います) 夫が会社に行っている間に、 私は日本語Windowsの入った古いパソコンThinkPad 380EDに 現地の人が使えるように英語版Windows2000をインストールしました。 これはもともとはWindows95が入っていたPCですがWindows2000にアップグレードしてありました。 でも、日本語版では現地の人が使えないので英語版にするのです。
この英語版Windows2000のインストールの顛末はPC関連掲示板に書きましたので 詳細を知りたい方はそちらをご覧ください。
夫が帰ってくる昼までにはなんとかWindows2000のインストールを終えました。 午後はそのPCにOffice2000を入れたいと言って 夫が知っているほにゃららな(自粛)店で英語版Office2000を買ってきました。
それから大変だったのはメイドの職探しです。 夫が暮れから日本人会に広告を出していて、3件の問い合わせがあったそうです。 そのうち一軒は電話してみるとプロのコックさんを求めているようなのでちょっと対象外。 その次の家に電話したら、1月4日に日本から来たばかりという一家でした。
その家に面接がてら訪問しました。 クイーンズコートというところにあるマンションで まだまだ引っ越したばかりで、荷物が全部着いていないそうです。 小さな子どもが3人いて駆け回っています。
その方も乗り気ではあったのですが、問題がありました。 メイドが宿泊できる部屋がないのです。 部屋がないとなると、通いということになりますが 3日目のところに書いたようにシータの自宅はコロンボに通えるようなところではありません。 なので下宿を探さなければならないのですが 矛盾していることに、通いにすると労働時間が限られる上に下宿代と交通費が余分にかかるのです。 費用の問題で、双方悩んでしまいました。
とりあえず保留にして宿舎に帰り、夫はシータに直ちに下宿を探すように言い含めました。
夜はコンサートに行きました。 前にスリランカのオーケストラと競演したソプラノのコンサートで 伴奏のサウンダリーさんはオーケストラでバイオリンも弾いているそうです。 客演のチェロもオーケストラの人で夫が習っていた先生の一番弟子だそうです。
いろいろ用があって遅れていったのですが 指定席はほとんど空いていなくて、2階の自由席に入りました。 2階のほうはちょっと雰囲気が違い、演奏中に出入りするななどといわないようです。 食べ物を持ち込んでいる人もいるようです。
ドアを開けて入った途端にはっとするようなピアノでした。 すばらしいピアノでした。 もちろんソプラノもよかったのです。 声もいいし、明るくて愛嬌があって素敵です。 でも、それより先にピアノがすばらしいと思ってしまいました。
帰ってからまた、夫はシータと話しましたが どうしてものんびりムードのシータにお説教してしまいます。 なかなかむずかしそうです。
今日は朝からシータの家へ出かけました。 コロンボから車で2時間半。 シータが帰るときはバスを乗り継いでなのでもっとかかります。 家の近くまでのバスは一日に1本しかないので結局一日がかりになるでしょう。 途中シータの友人の家によってきました。 海辺の砂浜に立つその家はとても貧しい家でした。 シータの友人は足に障害がある人です。 この国に身障者の生活を保障するような制度はないようなので 最低限の生活を強いられるようでシータは何かと補助しているようです。
そのあとさらに車で1時間(?)。 海岸から少し内陸に入ったほうに進みます。 シータの家はゴムのプランテーション(の従業員)です。 コンクリートの小さな長屋のような建物の1室です。 床も土間で、電気もガスも水道も通っていないところです。 そこに、お母さんとおばあさんと一緒に住んでいます。 おばあさんは目が見えません。 行ったときはお母さんが留守で、シータは鍵を持っていなかったので 家に入れませんでした。 電話ももちろんないし、シータは携帯を持っているのですが 携帯もここでは通じません。 住人が皆出てきて見守る中、しばらく待っていました。 シータが途中で買ったバナナと、日本から持ってきたクッキーを子どもたちに分けました。 しばらくしてお母さんが帰ってきたのでお別れの挨拶をして帰りました。
夜はドクターのパーティーでした。 ドクターというのは名前も職歴も何度も聞いたのですが忘れます。 タミール人の知識人で、夫と一緒にジャフナに行った人です。 年寄りと言っていい年代の人なのですが きちんとした英語を話すのでたいへんわかりやすいです。 話も教養の高さがうかがわれて面白いのです。
でも、いかんせん時差の問題で 7時ごろ訪問して、食事が始まる8時ごろにはかなり眠くなっています。
朝から夫の会社へ行きました。 夫の会社でさよならの挨拶をするためです。 夫は会社に出るととてもあと数日でここを離れるとは思えない様子です。 残務整理と挨拶というような雰囲気ではなく、 どんどん仕事が舞い込んでくるという感じ。
そのあとパンジャブスーツを作りに仕立て屋に行きました。 夫がパンジャブスーツ用の生地を買ってくれていたのです。
午後、夜に夫が宿舎に友人を招いてパーティーをするというので 材料などを買いに出ました。 のりがたくさんあるし、日本からしそを持っていったので 手巻き寿司を作ろうということだったのですが 刺身で食べられるような新鮮なまぐろを探したけれど見つかりませんでした。 明日がポヤで休みになるので早めに売り切ってしまったようです。 手巻き寿司はあきらめて他の料理にすることにしたのですが、 なぜかわさびだけは買って帰りました。
夜、夫の友人達がやってきました。 なんと、シンガポール航空の方が刺身用のまぐろを持ってきてくれました。 なんという偶然。手巻き寿司復活です。 わさびを買ってきたのは偶然ですがラッキーでした。 この日の来客は国籍こそさまざまですが皆中国系の東洋人です。 なんと表現したらいいかわからないのですが、皆すごいです。
私はまだまだ体が日本時間なので夜のパーティーはかなりつらいです。 ひたすら眠くて困りました。 それと、1食の量が毎回多めでおなかが常に一杯です。 これをつづけているとあっというまに太りそうです。
|