フォーリアの日記
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2004年01月07日(水) 3日目

今日は朝からシータの家へ出かけました。
コロンボから車で2時間半。
シータが帰るときはバスを乗り継いでなのでもっとかかります。
家の近くまでのバスは一日に1本しかないので結局一日がかりになるでしょう。
途中シータの友人の家によってきました。
海辺の砂浜に立つその家はとても貧しい家でした。
シータの友人は足に障害がある人です。
この国に身障者の生活を保障するような制度はないようなので
最低限の生活を強いられるようでシータは何かと補助しているようです。

そのあとさらに車で1時間(?)。
海岸から少し内陸に入ったほうに進みます。
シータの家はゴムのプランテーション(の従業員)です。
コンクリートの小さな長屋のような建物の1室です。
床も土間で、電気もガスも水道も通っていないところです。
そこに、お母さんとおばあさんと一緒に住んでいます。
おばあさんは目が見えません。
行ったときはお母さんが留守で、シータは鍵を持っていなかったので
家に入れませんでした。
電話ももちろんないし、シータは携帯を持っているのですが
携帯もここでは通じません。
住人が皆出てきて見守る中、しばらく待っていました。
シータが途中で買ったバナナと、日本から持ってきたクッキーを子どもたちに分けました。
しばらくしてお母さんが帰ってきたのでお別れの挨拶をして帰りました。

夜はドクターのパーティーでした。
ドクターというのは名前も職歴も何度も聞いたのですが忘れます。
タミール人の知識人で、夫と一緒にジャフナに行った人です。
年寄りと言っていい年代の人なのですが
きちんとした英語を話すのでたいへんわかりやすいです。
話も教養の高さがうかがわれて面白いのです。

でも、いかんせん時差の問題で
7時ごろ訪問して、食事が始まる8時ごろにはかなり眠くなっています。


2004年01月06日(火) 2日目

朝から夫の会社へ行きました。
夫の会社でさよならの挨拶をするためです。
夫は会社に出るととてもあと数日でここを離れるとは思えない様子です。
残務整理と挨拶というような雰囲気ではなく、
どんどん仕事が舞い込んでくるという感じ。

そのあとパンジャブスーツを作りに仕立て屋に行きました。
夫がパンジャブスーツ用の生地を買ってくれていたのです。

午後、夜に夫が宿舎に友人を招いてパーティーをするというので
材料などを買いに出ました。
のりがたくさんあるし、日本からしそを持っていったので
手巻き寿司を作ろうということだったのですが
刺身で食べられるような新鮮なまぐろを探したけれど見つかりませんでした。
明日がポヤで休みになるので早めに売り切ってしまったようです。
手巻き寿司はあきらめて他の料理にすることにしたのですが、
なぜかわさびだけは買って帰りました。

夜、夫の友人達がやってきました。
なんと、シンガポール航空の方が刺身用のまぐろを持ってきてくれました。
なんという偶然。手巻き寿司復活です。
わさびを買ってきたのは偶然ですがラッキーでした。
この日の来客は国籍こそさまざまですが皆中国系の東洋人です。
なんと表現したらいいかわからないのですが、皆すごいです。

私はまだまだ体が日本時間なので夜のパーティーはかなりつらいです。
ひたすら眠くて困りました。
それと、1食の量が毎回多めでおなかが常に一杯です。
これをつづけているとあっというまに太りそうです。


2004年01月05日(月) 1日目 スリランカへ

13:20分成田発モルジブ経由コロンボ行き
今回はビジネスクラスなので成田で待つ間、ラウンジが使えました。
仕事用のテーブルにセントリーノのマークが貼ってあったので
無線LANが通じているのだと思ってPCを開いてIEを立ち上げると
インターネット接続の案内のページが立ち上がりました。
1日1000円だそうで・・。
一日ここにいるんじゃないのに。
やめました。

飛行機内は多少予想はしていたのですが
動けない上に次から次へと食事が出るので食べ過ぎます。
そのつもりでセーブもしているのに
食事の回数自体が予想より多かったりします。

日本から乗ったのは日本人が多かったのですが
ビジネスクラスで家族旅行ができるなんて金持ちなんだろうか。

モルジブのマーレで日本人はほとんど降りてしまいました。
その後はモルジブから乗った人でかなり満員になりました。

モルジブからコロンボまではそんなにかかりません。
12時ごろ発って、1時20分着。(コロンボ時間)

飛行機の座席では背中が丸まって痛くなるのであまり眠れません。
それでも1時間ぐらい眠ったと思います。
着いたときには眠くて眠くてぐたぐたでした。

空港へ迎えに来てもらって、宿舎に着いたのは2時ごろ。
寝たのは2時半ごろでしょうか。
日本とコロンボは3時間の時差があるので日本時間では5時半です。
ほぼ徹夜したみたいなものです。
眠いわけです。


2004年01月03日(土) 少しは準備

駅前に買い物に出てみたら店はけっこう開いていました。
仕入れは休みだったのか、品物は少なくなっています。

酒としその葉、お菓子などを買いました。

通常の食料品はコープの店の方がいい気がして
いったん家へ戻ってまた出ました。
こちらも年末よりは品物が減っています。

スリランカへ行く準備をしなければなりませんが
なかなか暑い国へ行くという実感が湧きません。
衣類を出してみてもこれでいいんかだ悪いんだか。

まあ、衣類なら何か忘れてもなんとかなるでしょうか。

それよりパスポートとかチケットとか
そういう方面を気をつけたほうがいいかもしれません。

P.S.
某所でしょうもない議論をして疲れました。


2004年01月02日(金) 落ち着かないお正月

そろそろお正月も胃に負担になってきて
早くも七草がゆでも食べたいです。

どうせ7日にいないんだから食べてしまおうか。
七草売ってるかな?

このごろはスーパーも1日から開いていて
通常の食料品には困らないとは言うものの
夫に頼まれた買い物も、お土産も
三が日では目当ての店が開きません。
4日なら日曜日だけど開いているかな?
あせってもしょうがないんだけど。


2004年01月01日(木) 小田原へ

明けましておめでとうございます。

今日は子どもたちを連れて、小田原の夫の弟の家へ行ってきました。
夫の母が今そちらに行っているので
様子見がてら賑やかしにというところでしょうか。

子どもたちは、家を新築してから行くのは初めてだったようです。
そういえば前に行った時は、アパートだったかもしれません。

お義母さんは、完全に元気とはいえないまでも
ほとんど寝ていた小田原に来た当初よりはだいぶいいそうで、
起きて普通にしていました。
でも、ずいぶんやせたように見えました。
調子の悪い時は食事が取れなかったそうで、
今はそれもよくなって、ある程度食べられるようになっているそうです。
それでも、肉類など重いものは食べたくないそうです。

みんなで宴会して、お酒も飲みました。
私はかなり酔ってしばらく寝ていました。

帰りは小田急から埼京線に乗り継いで帰ってきました。
こちらの駅について電車を降りると
小田原よりだいぶ寒い気がしました。


2003年12月31日(水) 今年も終わり

いろいろなことがあった今年もいよいよおわりです。
お世話になった皆様、ありがとうございます。

夕食時にワインで乾杯しようとしたら
いきなりグラスを倒して、座布団カバーに飲ませてしまいました。
赤じゃなくてよかった。

そのまま年を越すのもなんなので、最後に洗濯しました。
この期に及んでドジです。

では皆様、よいお年をお迎えください。


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