フォーリアの日記
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2003年01月01日(水) 新しい年です。

皆様にも私にもこの1年が素晴らしい年でありますように。

昨夜から夫の実家に来て年明けはこちらで迎えました。
昨日の夜は夫の弟一家とみんなで飲みました。
今年は息子にも飲ませたら、かなり酔って
紅白にあわせて歌など歌っていましたがあまり覚えていないそうです。
私は今回は二日酔いになるほどは飲んではないので
朝から元気におきてお雑煮を作ったり食べたりできました。

元旦の朝、こちらはいいお天気です。

夫の実家ではPHSで繋いでいるのでもったいないのでこのへんで。

ひとこと追加。
3大テノール元旦に放送するなんて反則だー。
帰省中で聞けないし、録画もできないじゃん。


2002年12月30日(月) 再び帰省

朝から訪問してくださった方にはバレバレですが次の日に書いています。

こちらの風習で、暮れの31日には「お寂しゅうございます」といって
お参りの方がいらっしゃるというので
夜実家にまたやってきました。
最寄駅に11時半頃到着しましたが、車で迎えに来てくれた弟が開口一番
「VAIO持ってきた?」
「持ってきたけど」

話を聞くと、今回弟の持参PCはLibrettoとマックのiBook。
Librettoに挿していたcoregaのPCMCIAのLANカードが
接触不良でだめになったのでBUFFALOのカードを買ったと言う。
ところがこれのドライバがCD-ROMに入っていて
Librettoの外付けCD-ROMドライブは持ってきていない。
とりあえずメルコのサイトからマックでドライバをダウンロードしたものの
これをLibrettoに読ませる方法がないそうな。
カメラ用に持っていたコンパクトフラッシュとそれを読み込むPCMCIAのATAカードも
マックにPCMCIAがないので使えない。

そこで家に着くと早速VAIOにそのLANカードのドライバを落として
ATAカードを挿してコンパクトフラッシュに書き込み。
それをLibrettoに挿してハードディスクに取り込んで
無事ドライバ読み込みできました。

夜中に家に着いてこんなことをやっているバカ兄弟・・・でしょうかね。


2002年12月29日(日) 何もする気がしない

今朝8時、夫がスリランカへ発ちました。
年末年始の休みを繰り上げての帰国だったので
お正月は向こうで過ごすことになります。
スリランカには正月休みはないので仕事だそうです。

この半月、まわりに人がいてドサクサしているのが普通になっていたから
ひとりになると何をしていいのやら。
今更大掃除もする気にならないし。
すぐにまた帰省するし。
お歳暮も出してないし、喪中はがきも書いてないし。

一気に気が抜けて何もする気がしない。


2002年12月27日(金) ADSLへの切り替え(職場)

13日にバイト先の接続環境をISDNからADSLに変えるための申し込みをしたのですが
そのまま出勤していなかったので、すっかりそのままになっていました。
確認の電話が入っていたりしたらしいのですが誰も応答する者がなく
昨日久しぶりに出勤したら確認の電話を入れるようにとのはがきがパソコンの前に置いてありました。
早速確認の電話を入れ、連絡先に勤務先の番号を伝え
誰もいなかったときの連絡先を聞かれたので私の携帯の番号を教えておいたら
今日、のんびり台所用品(洗い桶とか石鹸受けとか)を買いに出ているときに
早速かかってきました。
出先なので、と言ったら、必要事項をFAXで勤務先の方へ送ってくれるというので
送ってもらいました。
そしたら今度は勤務先の方からこんなFAXが来たけどどうしたらいい?と電話がかかってきました。
とりあえず、工事日は1月17日だそうだし、年明けに私が行ったときに対処すると言っておきました。

でも、昨日念のため、万一私がいけなかったときのために
最悪ISDNから普通回線に切り替わったら、モデムはいいから電話だけでも通じるようにTAははずして
わからなかったら最悪、壁の配線から直接電話につなぐように言ってきたのだけど
それもよくわからなかった様子。
うーん。
ここからここへつなぐ、とコードや接続部分に紙を貼ってきたけどそれでわかるかな?


2002年12月26日(木) 眠い

今日はバイトの今年最終日です。
ここへきて疲れが出てきたのか、午後ずっと眠かった。
仕事が終わったら眠気も覚めるかと思ったのだけど・・・。

今日は早寝します。おやすみなさい。


2002年12月25日(水) 帰ってきました。

やっとさいたまの家に帰ってきました。
皆様、本当にどうもありがとうございました。

父が亡くなったとき病院から家に向かう霊柩車に同乗しながら胸に浮かんだことは
私は幸せ者だなあということです。
愛されて育ち、最後まで愛されて看取り
そして大勢の人によくやったね、よく頑張ったね、と言ってもらい、
こんな幸せなことはありません。

今までの経過を日記を書くようなまとまったことはなかなかできませんが
ちょっとずつ、何か書くかもしれません。


2002年12月17日(火) 父死亡

昨日から病院に詰めていました。
12月17日18時48分、父死亡。

詳細は日を改めて。


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