フォーリアの日記
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2002年10月30日(水) ミー

木枯らし吹くのは今日だったんですね。
朝から寒かった。

父は、歩けないながらもなんとかやっています。
起こすのは、ゆっくりやれば何とかなるのですが
向きを変えるのは難しい。
また、寝かせるのも大変です。
痛くないようにするのが難しい。

今日は誰かが前にお見舞いに持ってきた栗鹿の子を食べると言うので
ミニ缶を一缶あけました。
お気に入りの看護婦さんに食べさせてもらったことがあるらしく
その看護婦さんにも食べて欲しかったらしいのですが
看護婦さんは辞退していました。

父は、み○○○さんというその看護婦さんを時々「ミー」と呼んでは
言い直しているのですが、
「ミー」と言うのは母の一回りも離れた妹の呼び名で
数年前50代で亡くなりました。
私が幼い頃、家に寄宿していました。
み○○○さんだから「ミー」というだけでなく
どうもその叔母の面影を見ているような気がします。

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今日はさいたまへ帰ってきました。


2002年10月29日(火) 不自由ながらも安定

今日は木枯らしが吹くなどといわれていたので
長野はどんなに寒いだろうと覚悟してきたのですが
山の上の方は雪化粧しているものの、今日は風はあまりなく、
先週もこんなものだったというところです。

父は足腰の方は動かさなければ痛くなさそうです。
やっぱり、骨折ではなかったのでしょう。
動かすと痛いので、起きあがったり立ち上がったり
移動したりするのには介助が必要です。
どこかにつかまって立っているときは、力が出なくて大変そうではありますが
痛くはないようです。
足を踏み出すのは痛いので、自力で歩けはしません。
不自由なりに落ち着いていて、痛がっていた時より顔色もいいです。
看護婦さんも、食事のため起きあがる時やトイレや介助のために
いつもより頻繁に覗いてくれています。

私が着いたときはちょうど、
寝たままで入れるお風呂が一般病棟の方にあるといわれ
そこへお風呂に入りに連れていってもらうところでした。
ベッドより幅の狭いストレッチャーに3人がかりで乗せられたときは
「落ちる」と不安そうでしたが
戻ってくると「楽ちん」だったとごきげんでした。
でも、かなり疲れたようで寝てしまいました。


2002年10月28日(月) あんまり書くとおこるかな

寒がりの息子がトイレの便座のヒーターを入れました。
先日娘に洗濯物を取り入れさせたら、
私の物として分類されていた靴下は息子のです。
長野は寒いので、私が厚地の靴下を買ったと思ったらしい。

関係ないけど、電子レンジを使っていると無線LANは妨害されて
まったく使えないらしい。
私は電子レンジを使っているときにはパソコンに触らないので
息子に聞くまではまったく知らなかった。

明日は長野です。気圧配置は冬型に。寒そう。


2002年10月27日(日) アスパラの胡麻和え

スーパーに買い物に行ったらアスパラを安売りしていました。
試食用にアスパラの胡麻和えが置いてありました。
アスパラを胡麻和えにしたことはなかったけど
食べてみたらおいしかったので、早速アスパラを買って帰りました。

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父は昨日よりは今の状態に慣れて
落ち着いているらしい。
今日はトイレには行っていないらしい。

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余談ですが、長野へ行くたびにいつも思っていたのですが、ささいなことなので
父の様子など書いているとすっかり忘れていたことを思い出しました。

大宮駅の新幹線のホームで「あさま」2号車は自由席の禁煙車なんですが
その乗り口の前が喫煙所なのです。
禁煙車に乗ろうとしている人たちがここで待つのは何だか矛盾しています。
ここで待っていると、喫煙所のタバコの煙をもろに浴びてしまいます。
のどの風邪をひいていたので結構つらかった。
なんとかならないもんでしょうかね。

ついでに、在来線も大宮駅の案内はひどく不親切です。


2002年10月26日(土) 骨折ではないらしい

父の骨折の報を聞いて、今日は日帰りで長野へ行ってきました。
午後4時から整形外科の先生を交えて話を聞きました。

(3時からの予定でしたが弟がまにあわないので変更)
レントゲンを見ながら説明を聞くと
昨日取ったレントゲン写真で骨折が疑われたところも
一日経ってからの痛みの様子や、角度を変えて再度取ったレントゲンを見ると
折れていないかもしれないとのこと。
説明できないからちょっと他のサイトの図を借りて説明。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Sakura/5263/report/daitaikotu.htm
レントゲンであまりはっきり見えないが、骨折しているとしても
反対側まで達していないので、↑この中の大腿骨内部骨折の図のStageIのケース。
しかし痛みの経過からすると、骨折していないようだとのことです。

まあ、一安心と言うことでしょうか。

昨日の夜眠れなかったので睡眠剤を飲んだのがまだ効いているという父は
私がついてからずっと眠っていました。

夕食時に起こすとだいぶ経ってから目を覚まし、トイレに行くといいます。
室内にあるのでほんの数歩でドアに達するのですが、自力で歩けません。
寝たままでいられるように、尿は管を入れてとり、オムツをしているのですが
大のほうらしく、トイレへ行くといって頑として聞きません。
でも、骨折じゃないと判断されたとはいえ、かなり痛そうです。
自力で起き上がれないし、足に体重もかけられないので
手をひいて起こし、弟がかかえて体重を支え、トイレへ連れて行きました。

さあ、どうしたらいいんでしょう。
と課題を残したまま私は日帰りで帰ってきてしまいました。
弟も、父が夕食後すぐに寝てしまったので実家のほうへ帰ったようです。


2002年10月25日(金) やばっ

今(12:30)病院から電話があって
父が転んで骨折したと言う。
大腿骨の股関節部分
よく、老人が転んで骨折して寝たきりになるきっかけになる部分らしい。

今後の対応まだ未定。
手術することになるかも。


2002年10月24日(木) 帰ってきました。(さいたま)

長野の朝は寒い。
昨日ほどではないようだけど、
それでも寒いのでストーブをつけた。←ちょっと学習して進歩
部屋は暖まっても廊下は寒い。
簡単に朝食を取る。

もう少し暖まるまでこたつから出たくないのに電話がかかってくる。
8時少し前。水道屋が今から行くという。
8時半から9時の間くらいといっていたのに早いなあ。
田舎は始動が早い?
8時半までうっかり寝ていると困るので8時にアラームをかけてあったけど
水道屋が来たころ鳴った。
寝てなくてよかった。
錆付いたトイレのタンク内の部品を取り替えて
8時半には終了していた。

今回来てからずっとYahoo!BBはちゃんとつながっている。
朝からネットにつなぐ。
書類を書いたり片付けたりいろいろしながら。
やっぱりいいなぁ、常時接続。

昼過ぎ病院に行く。この時は看護婦さんは出払っていた。
父は寝ていたので、私は切手を買いに行ったり雑誌など読んでいた。
2時ごろ、父は昼時寝ていて声をかけても起きなかったといって
看護婦さんが食事を持ってきた。蕎麦なんて、病院にはめずらしい。
「蕎麦か。蕎麦なら起こすほどでもなかったのに。」などど文句を言う父。
でも、全部食べた。

今日は私は夕飯を待たずに早めに帰ることにした。
久しぶりに新幹線の中で横川名物峠の釜飯を食べた。
コンビニ弁当を病室で食べるよりずっとおいしい。
事前に娘に「とんかつか釜飯買っていこうか」メールしたら
釜飯と言うので子供達にも買って帰った。
(↑あとから息子に「重いのにそんな選択肢を与えるな」と言われた。)

夜8時台はまだまだ普通の通勤の帰宅時間で駅も道も人通りが多い。
なんだかこの雰囲気も久しぶりの気がする。


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