フォーリアの日記
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2002年03月05日(火) ヴァイアラス

と、英語発音するんだろうな、向こうでは。
(そう言われるから今日はそう書いておこう。)

こんなこと書いていいのか?とも思うんだけど・・・

昨日の夜夫から電話があって
会社のノートパソコンがヴァイアラスに感染して駆除できないと言う。
駆除ソフトを走らせても、
ブートセクタに感染したVirusを駆除できませんでしたと言われるという。
(他の部分は駆除されるらしいが、ブートセクタに残って、起動するたびに
 他の部分にも感染するらしい。)

寝る前に、こんな所↓を見て修復してみたらどうでしょう?とメールを送っておいた。
http://www.ipa.go.jp/security/y2k/virus/cdrom/basic/1_05.html

今日、やってみようとしたらしい。

午前授業の娘が帰ってきて遅い昼食を食べているころ
また電話がかかってきた。

起動ディスクがないので感染したパソコンで作成しようとしたら
できたディスクが感染していて使えないという。(そりゃそうだろう)


「OSは?」
「Windows98 Second Edition. 4.10.2222A 」
「会社に同じバージョンのWindowsが入ってるパソコンはないの?
 そこから感染してない起動ディスク借りたら?」
「どれもみんな感染している」
「え・・・・みんな感染してる?会社中?」(絶句)

個人的な話じゃなかったんだ・・・・・・。

傍で聞いていた娘がつぶやく。
「会社にだれかいないの?なんでお母さんに電話してくるかなあ?」
(もっともだ)

「あの、今度帰ってきた時、うちから起動ディスク持ってく?」
夫が3月末に帰ってくるというので聞いてみる。
「うーん」(それまで待つのはまずそうな返事)

「駆除ソフトをFDに走らせたら、駆除されましたと言われたので
 それを使ってやってみる。」と言って夫は電話を切った。

夜、メールが来てた。
駆除されたと言われたFDでは起動できなかった。


FD、郵送しようか・・・・。
しかしどういう会社(部署)だ・・・なさけない。


2002年03月04日(月) 日程が強引

まだ中学校の授業があるこの時期
もう今日、入学説明会があった。
学校休んで来いなんて結構強引。

本人と保護者とで来るようにという。
開始は9時からなのだけど、8時半集合。
これが早い。
親まで行くのに7時半に家を出るのは結構きつい。

行ったら行ったで寒い体育館に3時間。
芯まで冷え切ってしまう。

その3時間も要領の悪い3時間。
今後の日程ぐらい印刷物にして配ってくれれば、説明はざっとでいいのに
何もないから何度も念を押す。無駄に時間がかかる。
一時が万事そんな調子。

印刷する予算をけちっているのかな?

こちらはその後、中学校の卒業準備。
卒対委員会で中学に行かなければならない。
気持ちはあせる。

また来週の14日に行かなければならない。
まだ学校あるのに。

もう少し、日程なんとかならないのかなあ。


2002年03月02日(土) テレビが壊れた

朝のニュースは時計替わりに重要なので
毎朝起きがけにテレビをつけるのです。

今日は第1土曜日で学校があるし、
私もPTAの会合で出かけるし

ところが今朝は、電源が入らない。
リモコンの電池が減っているから?

本体のスイッチを押しても入らない。
コンセントが抜けたりしていないよね?

コードをたどってみるが異状はない。

とうとう寿命かあ。
脅したり、すかしたり、なだめたりして、もたせたようなもんだ。
前からずっと不調だったので、壊れるのは時間の問題だとは思っていたけど。

でも、画面が映らなくなるとか、そういう壊れ方だと(勝手に)思っていた。
いきなり電源が入らないとは。

とりあえず朝は困る。
時計があってもなぜかテレビが頼り。

音だけでも聞こう。
パソコンからスピーカをはずしてきて、ビデオデッキにつなぐ。
ACアダプター・・差し込むだけで雑音がうるさいけど、この際まっいいか。

ビデオデッキとスピーカの電源を入れ、チャンネルをニュースに合わせると
うん、まあまあ通常の朝の気分。

ああ、でもテレビ買わなきゃならないのか?
壊れるのもうちょっと待ってほしかった。


2002年02月28日(木) 振り出しに戻る

今日長野の病院へ行って検査結果を聞いてきました。

そこでお医者様も予想していなかった結果が・・・。

長野の病院は元結核療養所で
総合病院となった今も呼吸器が主な診療科です。

担当の呼吸器科の先生は肺癌と言う前提で
昨年からの進み具合から余命1年、
肺癌の細胞には4つの種類があり
そのどれに当たるかによって効果のある治療法も違うし
効果の出ないものもある、
検査結果が出たときに(今日)治療方針を決定する、
とおっしゃっていたのです。

結果は「腎臓癌の転移」

父は10年程前に腎臓癌の手術をして
腎臓を片方摘出しているのです。

そんなこと言われても同じく肺にできた癌なら
種類は肺に準ずるのだろうと思っていたこちらには
いろいろ話を聞いてびっくり。

腎臓にできた癌が肺に転移した場合の細胞は
肺原発の癌とは全然種類が違うのだそうです。

癌の進み具合、効果のある治療法、すべて違うそうです。
そして、呼吸器科の先生には腎臓癌の知識はないのでわからないのだそうです。

余命1年と言うのも肺原発の癌の場合で
腎臓の場合にそれより長くなるのか短くなるのかは専門医に聞かなければわからないそうです。

ただし、主な患部以外に豆粒状の転移もあり、
手術は無理だそうです。

これから、腎臓専門の先生がいる病院に紹介していただいて検査をしなおし、
その診断を待ってからでないと、
治療方針や、告知するかどうか、今後の見通しなどすべてわからないのだそうです。

振り出しに戻ってやり直しです。


2002年02月25日(月) 父の病気

先日の日記にはっきり書かなかったので
皆様にいろいろとご心配(あらぬ想像)していただいて
申し訳ありません。

まあ、ここを父が読むことはないでしょうから・・。

母が死んでから10年、父は長野(須坂市)で一人で暮らしています。

昨年6月頃から肺に影があると言われていた父は
検査を繰り返していたのですが
このたびその影が大きくなっているということで
あらためて背中から穿孔して肺の組織を調べる検査をしたのです。

その結果、肺癌。
レントゲンに移る影以外にも転移があるとのこと。
昨年からの進行具合からして余命1年と診断されました。

どのような種類の癌であるかは2月28日に検査結果が出るのを
待たなければなりません。
その時に医者と話し合って治療方針などを決めます。
弟が行きますが、
私も長野の病院の方へ行ってこようと思っています。

父は今のところせきが出るでもなく、大変元気です。
今のところは何もありませんので
当面は普通に過ごせると思っています。


2002年02月24日(日) 昨日はオフ会

たのしかったよ、皆さんありがとう。

帰りがもう大変。武蔵浦和にたどり着けないかと思った。
酔っているとすぐに眠りこけちゃうらしい。

赤羽で乗り換えられないし、
やっと乗り換えたと思ったら大宮まで行っちゃうし
(どうせ大宮まで行っちゃうんなら乗り換えなくてもよかった・・なんて)
乗り越さないように用心してたら、なぜか北浦和でも降りちゃうし

そうやって時間を食っているうちにだんだん電車の本数が減ってくるし。

帰ったら10時だった。

今日になったら娘が風邪を引いたらしいと言う。
夜になったら熱も出てきた。

子供が風邪で不参加のマダムも多かったので
昨日だったらドタキャンだったかな。


2002年02月21日(木) 1年後はたぶん・・・・

所属しているコーラスはかなり年齢の行っているコーラスなんだけど
何年かに1度、コンサートをやったりする。

今年の秋か来年の春あたりコンサートをやりたいと言い出したのは新年会の時。
(言い出すのはメンバーじゃなくて指導者の先生なんだなあ、これが)

秋は無理!今から練習しきれない。
皆さん覚えてはまた忘れるし。

でもねえ・・って思う。

皆さん覚えないのは年齢のせいばかりでもなくて、
指導のせいでもあるからね。


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などとつらつら思ってたんだけど
私はそれどころじゃなくなった。

多分1年後の今ごろは・・・・。


神様、私に力をください。
私は何をすればいいの?

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私は自分の人生で過去に戻りたいと思ったことはなかった。
自分がたどった歴史は常に貴重な財産だから。

1度だけ、母が死んだ時
人生のこの1月分でも1年分でもチャラにしていいから過去に戻して!
と思った。


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