フォーリアの日記
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2001年12月25日(火) ストリーミング

もはやトップページでお気づきかもしれませんが
前からやってみたかった自演のストリーミングを
音楽のページに貼り付けました。

歌とピアノは今日急にその場で録音したのでへたくそです。
本当はもっと練習して完成させたものをお聞かせしたいのですが
とりあえずストリーミングファイルを作ってみたいという気持ちの方が優先しました。

巷のクリスマス気分とあいまって、それじゃあクリスマスソングなど。
でも、伴奏が初見で弾けるものでなくちゃ。
そして、著作権の問題がないもの。
・・というたいへんいいかげんな選曲です。

ちょっと音量のバランスがとれなくて
高音のせいか音量が大きいせいかわからないのですが
中間部は音が割れています。
もう少し研究の余地があるな。

まあ、住所録入力に疲れたので遊んでみました。


2001年12月23日(日) 住所録

今頃になって、夫が前に送った住所録の訂正分をチェックして送り返してきた。
もう、住所さえそろえば印刷スタンバイだと思っていたのに。

チェックしてきた分はこっちで調べて書き直さなければならない。
もうちょっと早くしてほしかった。
たくさんある。
なんだか名前だけではどの方面の関係者かわからないし。
また問い合わせる羽目になりそう。日数取られるな。
おまけに足りない分は会社から郵送させるって?今から?
紙のデータはつらいな。

はじめの話とずいぶん違うよ。
最低限必要な所にしか出さないといってたのに。
だんだん欲が出てきたのかこれじゃ例年並じゃないの。


今日は車洗ったし(明日雨降る?)
雪の長野への帰省に向けてチェーンつける練習したし
(去年とタイヤがちがうので、はまるかどうか調べるのも兼ねて)
それで泥んこになったので、また洗濯したし。
なんかいろいろやったような気がするのだけれど。

夜になって住所を打ち込んでいたら娘が言う。
「パソコンできょうは遊んでないで仕事してるじゃん。」
はい。たまには役に立つこともします。
少しは遊んだけど。少し?いやもうちょっと。

でも、住所を何とかしなければ落ち着いて遊んでられない。


2001年12月19日(水) 娘の年賀状

今日帰ってきたら、娘がパソコンを開いていた。
何をしているのかと思ったら、年賀状を書いていた。

わっわっ、ペイントで書いた馬の絵うまいよ。
シルエットを使った技法も凝ってる。

本文もワードアートを使ってきれいにデザインされている!

ほんとに私の子?
親はいまいちのしかできなくて四苦八苦しているのに。
完全に負けた!
あんたセンスあるね。驚いたな。


2001年12月16日(日) N響アワー

娘の同級生が「N響アワー」のファンだと言う。
面接で「よく見るテレビ番組は?」と聞かれたら「N響アワー」と答えていいのだろうか、と迷っていたらしい。
「いいじゃん、堂々と答えれば。」と私は無責任発言。

その同級生が、娘のクラスの担任がN響のクラリネット奏者の誰かと似ていると言っているらしい。
「そんな人いる?」と娘が聞く。
思い当たるふしがないでもない。
「横○さんかなあ。」
あまり顔が似てるとは思わないけど、雰囲気とか髪型とか似てないでもない。
実はその担任の先生は服装とか髪型の雰囲気が夫に似ている。
ややこしいな。一段階経ると似てない。

その横○さん、今はおじさんだが、昔はものすごくカッコよかった。

私が高校生のころ、地元の楽器店が講習会を開いていた。
その一環でクラリネットの講習を受けた。
講師は当時N響の浜中浩一先生、講習を受ける生徒は10人ぐらいだったか?
その浜中さんが「弟子です。」とお手伝いに連れてきたのが横○さん。
当時まだ20代。
サラサラの髪を時々払いあげながらクラリネットを吹く姿に
もうドキドキ。
講習で何を習ったかって?あーー、覚えていない。

当時横○さんのいた何とかフィル(なんだっけ、よく知らないオーケストラ)の演奏会を聞きに行き、
トップ奏者を差し置いてサインをもらってきた。
今は立派なN響奏者。



でも、近頃のN響の木管は魅力がない。(音楽がだよ)
味も素っ気もなくただ吹いているように思える。
そのせいで、「N響アワー」もだんだん見なくなってきてしまった。
番組編成が変わって「N響アワー」と「芸術劇場」が同じ日曜日になってしまったせいもあるのだけど。
時々昔の演奏もやるが、それを見ると浜中さんはうまかったなと思う。
ほかの木管も含めて要になっている。

名指揮者に引っ張ってもらうと変わらないかなあ。
デュトワさんにはできなかったみたいだ。

今日のN響アワー後にちょっと追加。

準メルクルいい!


2001年12月11日(火) 今日は年末らしく。

某友人のサイトで換気扇掃除法をこまごまと書いてしまったので
これはやらねばなるまい、と今日はがんばった。

うーん、久しぶりにきれいになったと大満足。

それから髪を切りに行って
その足で郵便局へ行って、娘の受験料(為替)とか願書と一緒に出す返信用切手とか買ってきた。

でも、それだけでもう夕方になってしまった。
年賀状に取り掛からねば。
まずは「Oh!BEST住所録」インストールするか。(ちょっと気が重い)
夕飯が済んでからだと思っていたら夜中になってしまった。
相変わらず使いにくいソフトではある。
いろいろ試しているうちに日付が変わった。
うぅ、また睡眠不足だ。

年賀状の文案を夫にメールしなければ。
(夫の書いてきた親戚へ出す文案が気に入らなかったので)
ああ気が重い。
毎日そう思って返信が遅れている。
単なる近況なら書けるんだけど。

もう遅いから寝なきゃ。明日書こう。
と毎日思って延ばしているな。
仕方がない今から書くか。


2001年12月08日(土) のんびり

土曜日恒例だった学校説明会も今日はもうない。
志望校も決まり中学校の三者面談で先生に報告した。
あとは願書を書くだけ。(だけって、それが重要なんだけど)

久しぶりにのーんびりとした土曜日を過ごしている。

いや、ほんとはのんびりしてちゃいけないんだ。
大掃除が、年賀状が・・・・!

いや、やっぱり今日はのんびりしよう。

年賀状といえば
昔Windows3.1で使っていたベストシステムの「Oh!BEST住所録」というソフトがある。
これに年賀状を出すような人の住所は全部入れてあるのだ。
一回住所を打ち込んだら、修正ならするけど、全部入れ直す気にはなかなかならない。
それでも、MS-DOSからWindows3.1に変えたときに
それまでのデータベースが使えなくなって全部入力したんだから。(古い話だ)

Windows3.1とWindows95対応なのだけど、それを強引に(?)Window98SEに入れて
昨年もこれで住所を印刷した。
5桁郵便番号時代のものなので、
7桁になったときに新テンプレートはないのかサポートに聞いたら、
データはそのまま使えるので新しいバージョンを買えという。
このバージョン(初代だ)では優待アップグレードもない。
買わなかった。
7桁用の位置あわせが大変だったが、一度できてしまえば保存しておけばいい。

その住所録ファイルは今もDドライブに入っているんだけど
アプリケーションは入れていない。(リカバリーで消したあと入れなかった)
こんな古いのどうしようかなあ。
でも今年の年賀状書くのに、あれば便利だけどなあ。
と思いつつ、ベストシステムのサイトを見たら・・・。

「JUNK市」と称して旧バージョンの「Oh!BEST住所録ver3.0」を10名様にプレゼント、
とある。
ver4.0が出たので古いのを放出するのかな。もしかしたらver5.0を出す準備かも。
Windows95/98/Me/2000/NT4.0対応、とある。
メジャーなソフトではないけど、データがそのまま使えるし、ただでもらえるならと早速応募した。

それが、なんと当選した。
こいつは運がいいや。年末ジャンボ買わなきゃ。という話じゃなくて・・・。

今は「筆まめ」とか「筆ぐるめ」とか、知らないけどいろいろ便利な年賀状作成ソフトがあって
誰もこんな住所録が主なものには見向きもしないからだろう。
近所の電気店にも売ってないよ。
きっと、応募者少なかったんだよ。

今日それが届いた。
郵便やさんがエントランスのチャイムを鳴らしてから上がってくるまで
鼻歌を歌っていたら(なぜかマイスタージンガーの前奏曲の中間部)
娘に「曲がハイだね。」といわれた。
受け取ってから「ほらほら当たったんだよー。」と娘に見せた。
「ごきげんなわけだ。」と娘。

まだ入れてないけど、今年はこれを使ってみよう。



2001年12月06日(木) 友人の話

その友人と知り合ったのは6年くらい前のことだ。
引っ越した先で入ったコーラスグループに彼女もいた。
よく聞くと、たまたま息子どうしが同級生だった。
2年間、ともにコーラスで歌ったり
声楽を学び始めた彼女の伴奏を私がしたり、
ともに人生論、音楽論を語り、楽しく過ごした。

夫の転勤で私がその地を去ってからも
時々長電話で話し込んだ。

その当時から彼女の人生は波乱含みだった。
事業が倒産し、新しい事業を始めていた。
彼女の実家の資産があったので深刻な事態にはならなかったようだが
生計を立てるには必死だったようだ。

まもなく彼女の実父が亡くなった。
相続でかなりもめたらしい。
大半の遺産は実家の事業を継いでいる兄のものになったという。
彼女は、自閉症の子供を抱えて離婚した妹にもう少し残してやりたかったと言っていた。

その兄が相続した遺産をほとんど詐欺師に奪われ
自殺した。
相続争いの影で糸を引いていたものを目の当たりにし、
また、相次ぐ肉親の死に
彼女の混乱と悲しみは相当のものだったと思う。

それから3年くらい経っただろうか。
様々な出来事を一人で背負いながら
彼女はいつも明るい心をもち、周りの人々に幸せを与えていた。

だが、人生のパートナーたるべき人は
その重荷をともに背負ってくれなかったようだ。

今年の春、彼女は離婚した。
長年一人で背負ってきた重荷からも開放された。
その疲れが出たのか、なかなか元気が出なかったようだ。
最近になって体力を回復してきたらしい。

その彼女が、今、恋をしている。
声も華やぎ、かわいらしい。
私は彼女の幸せを願ってやまない。

人生半分以上過ぎちゃったけど、
今までの分まで幸せになってね。

電話代高くなるからパソコン買ってネットで話そうね。


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