武ニュースDiary
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2008年08月13日(水)
smart maxのインタビュー�◆聞洪掘�
今日(13日)からしばし夏休みです♪ 昨日の続き。 ――歴史上の諸葛亮は、万能の完璧な軍師です。 映画でのこの役の性格付けは、あなたの想像していた、 あるいは本にある人物設定とぶつかるものでしたか? 「ぶ つかるものだったか……そうは思いませんでした。 監督は最初から、三国の歴史映画を撮るのではなく、 自分が表現したい歴史風英雄映画を撮るのだと明らかにしていましたから。 初めて脚本を読んだときは、演義と違うな、とは、もちろん思いましたが、 監督がそういう風格を求めているなら、そうやるだけです。 実際、監督の撮影方法、各登場人物の関係、 それを順に紹介していくやり方は、どれもとても面白かった。 監督は人間的なシーンやセリフ、ストーリーを多く挿入することで、映画を生き生きとさせ、 後編も見たいと思わせます」――この役の解釈に、自分自身のアイデアは入っていますか。 「い くらかは。監督には少し意見を言いました。 例えばぼくが読んだバージョンでは違っていることとかを話し、 監督はそのバージョンは何で読んだのと聞きます。 もしそれを面白いと監督が思えば採用し、 同意できなければ、そのバージョンは間違ってるよと言います。 コミュニケーションはよかったし、気持が通じ合っていたと思っています。 とはいえ、孔明の役はぼくのものではなく、監督のものです。 ぼくはいろいろ考えすぎていたかもしれません。 いくらこの役には愛憎の要素はなく、リラックスした感じに演じたとしても、 役のプレッシャーは、やはりものすごく大きかったですね。 何といっても、誰もがよく知っている役ですから、プレッシャーがあり、 それを突破して、自分のカラーを少しでも入れたいなと思っていたんです。 たとえぼくが違う風に、演義バージョンとは違うように演じていると思っていても、 やっぱり演義風になっていたのかもしれません。 幸い監督が、もっと肩の力を抜いて、もっと活発にと注意してくれました。 監督は役を、型にはまったものでなく、生き生きした、ユーモアのあるものにしようとし、 ぼくが彼の求める表現に近付けるようにしてくれました」――「投名状」の匪賊から「死神の精度の」死神、そして「赤壁」の諸葛亮と、 一番難しかったのはどの役ですか。どこが難しいですか? 「全 部難しかったですね。それぞれ違う難しさで。 『赤壁』の難しさは、有利な点でもあるんです。 これが難しいのは、誰もが知りつくした人物を演じることで、 みんな、この人物については、自分なりの意見や考えがある。 そういう役を演じるのは大きなプレッシャーですが、でも、そのプレッシャーには別の面もある。 ひげをつけ、扇を持ちさえすれば、人はぼくが孔明だとすぐわかるんです。 それがちょっと自信にもなりました。 たとえ、どう動けばいいかわからなくても、羽扇でずっと仰いでいればいいんですから(笑)。 ただ、やっぱり監督が求めるものが重要ですね。 それはどの映画でも同じです。 「投名状」も同じ。演じる方向の見えない役をやるときも、プレッシャーがありました。 匪賊になんかなったこともないのに(笑)、演じる! 監督はそばにいて指導してくれ、ぼくはその指示に従って演技をしました」――監督自らお手本を見せてくれるんですか? 「そ うですね、でも監督の演技力には差がありますよ(爆笑)。 一番上手なのはチャン・イーモウだと思います。 彼は芝居を語るとき、実はもう演じているんです。 話が終わってから、そのままやればOK。表情をもう見せてくれていますから。 ウー監督は何を語っても同じ表情。 でも、彼はスマートさがほしかったのかもしれないですね、 だからウー監督の演技はとても垢ぬけていました。 ピーター・チャン監督は理論を語る方で、だからぼくは彼とはそれを語りました」――この映画は割とまじめな題材を扱ってますが、 あなたはおかしみとユーモアのある演じ方をしているように見えます。 そういう演技は脚本が要求していたものですか? それとも、あなたと監督が討論する中で生まれてきたものですか? 一番好きなところはどこでしょう? 「後 編はまだ見ていないので、どこが一番かはわからないけれど、 でも、監督が加えたそのユーモラスな部分は、大好きなんです。 ぼくの「赤壁」の最初の撮影シーンは、ぼくにとって、一番大事なシーンでもあったんです。 孫権を説得しに東呉に行き、そこの文武百完と渡り合う芝居で、 台詞がすごく長かったので、何日もかかって暗記しました。 本を読むと頭が痛くなるんだということを、初めて知りましたよ(笑)。 頭ががんがんするまで暗記をして、初日、 新しい環境、大監督、おまけに有名な中国の俳優たちがずらっといて、 ぼくだけがしゃべる。プレッシャーはほんとに大きかったです。 その上、監督もまだいろいろと試している段階で、 そのシーンの撮影にはかなり時間がかかり、すごく疲れました。 ここは割にまじめな感じで演じることができるところだったので、まだよかったのですが、 このときから、監督からはずっと、もっと活発にできないかとずっと注意を促されました」――映画を見た批評家やマスコミの中には、 映画の台詞が現代的すぎると言う人もいますが、あなたはどう感じますか? 「ぼ くは……いいんじゃないでしょうか。 台詞には現代的なところがありますが、受け入れられる程度だと思います。 とにかく、監督が撮るのは三国の歴史映画じゃなく、 赤壁の英雄たちとそのシチュエーションを使って、 ジョン・ウースタイルの映画を撮ることなんですから。 実際は大部分の役の台詞は結構古い、厳粛なもので、 それに監督の軽いユーモアの要素を加え、 1つの映画にその対比が現れるというのは、成立しうると思います。 それにあの笑いの部分では、そのユーモアセンスをみな、受け取ることができると思う」――劇中、鳩が敵軍に向かって飛んで行くシーンがあります。 これは、ジョン・ウー映画の「白鳩」スタイルの延長と考える人が多いのですが、 あなたはこの場面はなんだと思いますか? それとも、後編に答えはあるのでしょうか? 「答 えはあると思いますが、ぼくもまだ後編は見ていません(笑) 。 監督は白鳩が敵軍に飛んで行く動きを通して、 全貌と敵の巨大な陣容を説明しようとしています。 もちろん鳩が飛ぶのは、任務があるからでもあります。 というのは、孫尚香があちらにいるので。 我々は鳩による伝書を利用することで、初めて相手の行動をつかむことができ、 計略は成功の見込みが生まれる……この話はあとの方で出てきます。 が、このシーンは実にきれいに撮れているなあと思いますね」――今回、「赤壁」には、大勢の中国香港台湾日本などの演技派の俳優たちが共演しています。 この顔ぶれは、二度とないでしょう。その中で忘れられない経験がありましたか、お話しください。 「ぼ くが共演シーンが一番多かったのはトニー・レオンで、 それと魯粛とのいいシーンも多かったですね。 草船借箭や東呉行きは、みんな彼の勧めによるものですから。 今回とても良かったのは、中国でこんなにたくさんの 有名な演技派俳優の演技を見ることができたことだと思っています。 彼らの演技を見て、揺さぶられましたし、いい影響を受けましたし、またとても嬉しかったです。 それにみんなとてもいい人たちでした。 彼らの演技法、台詞回し、発声方法は実際ぼくらと違うもので、影響されました。 あれは学んで得られるものではなく、どのくらい吸収できるかは人によります。 ただ1つ残念だったのは、チャン・フォンイーの演技を現場で見られなかったこと。 彼の曹操はすごく良かった。とても味があります。 それで、彼に言ったんです、あなたの軍に身を寄せて、いっしょに演技したいものだと」――あなたが一番共演シーンが多いのは周喩――トニー・レオンですが、 彼との共演の経験を少し話してくれますか? 「ト ニー・レオンとの共演……ぼくは、あまり難しくはありませんでした。 なぜかというと、ぼくらが演じるものはすでに1つの枠があり、 監督が求める枠組みがはっきりしてもいたからです ――それは互いの間に愛憎のしがらみはなく、 あるのはただ、英雄、英雄を惜しむという関係だけということ。 芝居自体は決してそんなに大変じゃなかったのですが、環境の方が本当に厳しかったです。 とにかく酷暑の中で衣装を着て、かつらをつけ、ひげをつけ、 汗びっしょりで動いちゃいけない。 何千人もが同じ動作をしなくてはならず、時間がものすごくかかりました。 トニー・レオンはその上アクションもあり、もっと疲れます。 ぼくら2人の芝居は割と気が楽で、時には彼がずっとぼくをからかっていたくらいです。 ぼくは笑うとひげが落ちてしまうんで、我慢しなくちゃならない。 じゃないと、ひげが外れると、みんながやってきて顔を触るから。 暑くて汗をかいてる上に、みんなに触られて気持ち悪い。 なのに、彼は笑わせようとするんですよ……で、ひげは繰り返し外れる(笑) 」 (続く) BBS ネタバレDiary 3:00
2008年08月12日(火)
smart maxのインタビュー��
台湾の雑誌「smart max」8月号は、表紙と4ページの記事が金城武。 記事は2ページがアルマーニ武の写真で、今までに見たのとほぼ同じですが、 やや大判の雑誌なので、素敵に見えます。 「赤壁」についてのインタビューが、私は結構面白かったので、以下に。 Special Interview 金城武彼は「如果・愛」の情の深い男優であり、また「投名状」の義を重んじる匪賊でもあり、 さらには「死神の精度」の冷やかに人間を見る死神でもある! 金城武、この控え目な態度、ミステリアスな行動の国際大スターは、 今、「赤壁」の、当代並ぶものなき軍師、諸葛亮に変身、 白衣をまとい、羽扇を揺らめかせて、この伝奇的な役を、 厳めしさを捨て、活力を注ぎこみ、ユーモラスな新しい風貌で現してみせた。 ――諸葛亮はあなたが子どものころから尊敬している人物だそうですね。 初めてこの役を引き受けた時のお気持ちを話していただけますか? このような、時代を超越した魅力を持つ人物をどのように理解しましたか? 「ぼ くは、三国のいろんな人物が好きなんですよ。 彼だけでなく、英雄たち1人1人がクローズアップされていて。 でも、孔明はちょっと特別。賢くて、孫子の兵法を熟知していて、 完全に頭脳を使うタイプで、武術にはよらない。 関公がなぜ人々に崇拝されるのかはわかります。 要するに彼はとても勇敢だから。 でも、孔明となると、あまりよくわからない。 自分がもっと賢くなりたいと思っているから、 孔明があんなに人に崇拝される原因を、すごく知りたいのかもしれないですね。(笑) この映画のオファーのことを知ったときは、ちょうど「投名状」の撮影中でした。 すぐ、スタッフに、この良い知らせを持って飛んで行きました。 みんな、とても喜んでくれて。 で、中国の人たちはみんな言うんです。 『そういうことなら、中国のテレビドラマ「三国演義」をぜひとも見なくちゃ』。 絶対見なくちゃいけない、唐国強の孔明はいいと、みんな言うんです。 『一番いい演技してるのは彼だよ』って。 ジェット・リーもそう言うので、よけい見ないわけにいかない。 ついでに三国の話をちょっとおさらいもできました、演義バージョンですけどね。 それとは別に、違う著者の孔明伝も何冊か探して読んで、その一生や戦法について知りましたけど、 本が違えば、書いている人も違い、少し異なる個所もいくつかあるのがわかりました。 でも、誰のが正しいというようには思いません。 結局、1つの出来事が起こったとき、見る角度は人によって違うし、記された考えも違う。 だから、そういう違いはそんなに重要じゃない。 ただ、いくつかの共通点が強調されていて、そういう共通点のほうが重要です。 現場に行けば、監督の求める孔明もまた違いました。 監督は英雄たちを、演義バージョンにこまごまとこだわるのでなく、 むしろ義侠心と団結力の感覚でとらえたがっていました。 曹操でさえ、悪役じゃあないんですよ! 蜀漢と孫呉から見れば曹操は敵ですが、第三者の観点からすれば、曹操は実は英雄。 ぼくは、三国志全体の中では、曹操こそが主役ではないかとさえ思っているぐらいです。 監督は、その視点から映画を撮っています。 なので、周瑜と孔明の関係を含め、すべての人間関係もそうなります。 監督は、周瑜は孔明を嫌っていたとは考えない、逆に2人は互いに認め合う関係だった。 といっても戦乱の時代ですから、君には君の主君があり、私には私の主君があり、 もちろんそれに従うけれども、君のことは高く評価する。 君が素晴らしいことも知っている。 できれば敵同士にならず、共に力を合わせて行動するのが一番いい――。 ぼくも、みんなの持っているイメージや、資料から読み取れる孔明、 あるいは民間伝説の中の孔明を全部ミックスして表したいと思いました」 (続く) BBS ネタバレDiary 0:20
2008年08月07日(木)
「赤壁」記者会見@日本●追記(更新)
「赤壁」の記者会見のニュース。 いろいろありますが……以下の2つがまともな報道。 アジアンパラダイスは、後日きちんと紹介してくれるそうですので期待! アジアンパラダイス シネトレ ●追記 8:00Dolphinさんが紹介してくださったGyaoのページでは動画が見られるのでうれしい! 獅童さんと話してますね。 ここも同じく紹介してくださったとこ。自分の心覚えに。 映画の森 動画もアップされるそうですし、左下の 「金城武写真集 」、いい写真ばかり、何枚あるんだ……って感じで、朝から目の保養です。 なんか、オリンピックのことも聞かれたそうで、 「選 手にプレッシャーを与えたくないですね。 中華料理をたくさん味わってもらえるといいと思います」と答えたそうです。 (明報よりの訳なので、実際の言葉とは違っているかも) Dolphinさん他のファンサイトで丁寧に報道を拾ってくださっています。 ご参照ください。私は気持ち良くなったところで、仕事に行ってきます。 (途中で中日スポーツ買っていこう〜♪) ●さらに追記 22:20帰宅して、あちこち回って情報をもらい、写真や動画を楽しみました。 テレビ番組も見せていただきました。 今日はとっても満足です。すっきりして、いちだんと目の綺麗な金城さんでした。 なかでも 映画の森 のメディアは、記者会見ノーカットなので、貴重です。 全体がわかってうれしい。 こちら BBS ネタバレDiary 1:30
2008年08月05日(火)
娯楽亜洲のインタビュー��(赤壁)(更新=完結)
まだ続く。でも、あと1回で終われるかな。 完結しました。(21:50) ――でも、現場で見ると、もうすっかり弾ける人のように見えるけど。 武 多分、あの場面だけですよ。――あるシーンで、あなた方が赤壁に立って、それからあなたの目が、遠〜くを見る! (指さす) (両手で顔をおおうように) あれは明らかにこのぐらい近くから撮ってるのよね。 武 (笑。同じように顔を手に近付けて) そんなに近くはないよ。――こんなに近くない? でも、どうやったら遠くを見る感じが出せるのか、やり方を教えて。 武 わー、だめ、だめ、できないよ。――できてるじゃない〜! 武 だめですって。――「赤壁」ではいつもすごく遠くを見てたわよ。 武 こういうことなんですよ、ぼくは……アクション、という声を聞くと……――初めてできる。 武 それで初めてできる。――今、カメラで録画しているわよ。 こんな低級なカメラじゃだめ? (武、笑う) フィルム(映画)じゃなきゃ絶対だめ? 武 そう、フィルムでなきゃ。――フィルムでなきゃ(笑)。この機材も結構高画質なんだけど、だめ? 武 テレビは、遠さが出しにくいと思うんですよ。――感覚が、そうね。 武 別の……――情感、情感ね。 武 情感じゃなくて、なんと……ウォン・カーゥアイの映画のとき、 いつもカメラがどーんと前にあって、 でも、そう、カメラを突き抜けた向こうを見る、カメラを見るんじゃなくて。とても難しかった。 自分でもできたかどうかわからない。――できてたわよ。 武 ちょうどあのときは、だって……――だってカメラはあなたのすぐ前にあって、で、あなたはどこを見るんですか? 武 それを見るしかない。だけど、ちょうどあのときは、確かカメラマンが酔っ払ってた。(笑) ――だからピントがあってない? 武 だから彼もわからない。でも、そういうことがみんなとても面白かったんです。 初めはもう仰天しましたよ。以前、こっちに(右手を伸ばし) カメラがあったのが……(前を向いて) こっちに来てて、(右を見て前を見る) というのはまだいい。 でも、こっちを向いたら(左手を顔に近く置いて) 、(指さして) わあ!、 どうやってこの向こうを見るんだ! すごく難しいです。――あなたはこんなに有名で才能のある監督たちと仕事をして、 誰と一緒のときが……一番……気が楽ですか? 武 一番気楽なのは……(しばらく考える) 。一番気楽ということだと朱延平ですね。うん。――なんて言うのか、だからコメディが好きなのね。 武 なぜかというと、わからないけど、監督はとてもよくしてくれましたね。 多分あのころ、ぼくもまだ子どもだったでしょう。以前……――「危険な天使たち」ね? 武 そう、そのころ。そのころ監督と一緒で、甘えて言ってましたよ。 「監督、明日の夜のあのシーン、他の時間に変えられませんか?」 「おお、どうした? タケ、一体どうしたんだ?」 「ぼく、ぼく、デートがあるんです」 「おう、よし、行ってこい、行ってこい」(笑) でも、監督とはとてもいい感じでしたよ。もう親しい友達になってました。 いや、どの監督もとても素晴らしいですよ、 1人1人が違う成長をさせてくれたと思ってるんです。――コメディをやりなさいよ、金城さん。 武 いいけど、みんなに次の計画はって聞かれるんです。 ぼくは、今まで計画を立てたことがない、と答えてる。 いつでも、ラッキーだったなあと思ってるんです。 いつも誰かがオファーをくれて、それがいい作品で、いいことばかり。 多分、今、市場が、中国市場が開放されて、たくさん映画が撮られるようになって、 それも大作が多くて、ぼくに出演させてくれる。 けれど、こういうことは計画して実現したことじゃない。 実際、とても幸運だったということで……――あなたが努力して得たものよ。 武 (聞いてない) 「赤壁」も同じです。「投名状」がもうすぐ終わるころに 突然、こういうことだからとオファーがあった。 「OK、もちろんOKだけど、できるだろうか?」 そのとき、ぼくはそう思った。ちょっと心配だったんです。 というのは、スタッフの大多数は突然金城武に代わるなんて思っもいないだろうから、 例えば、気分悪くするんじゃないかと、ちょっと心配だった。――そういうこと、気になるの? 武 ぼくは……気になりますね。 だって、みんなもう長いこと準備を進めてきていて、俳優たちもみんな心の…… 心の中で既に考えができているでしょう。 なのに、急に1人変わってしまった。 そうするとこう思うんじゃないか……わからないけど、 でも自分は後になって参加したので、当然気まずさはありました、いくらかはね。 ――今、映画スターが、国外も含めて、ハリウッドスターも 大勢テレビドラマに出るようになっていますが、 あなたは、またテレビドラマに出ることはあるのかしら? 武 あー、ぼくは何だけやる、ということはあまり言わないですけど、 前は……映画の仕事をやりたい……映画を作ることをやりたいと思ったんですね。 もちろん、テレビも出ますよ、以前やっていたし、交渉は今もしています、もし、オファーが来たら。 やっぱり、それがどんなものか、ストーリーはどんなかを聞いてから検討をする…… 自分は映画が、フィルムが好きなんです。――フィルムが…… 武 はい、というのは……――(カメラを指して) こういうのではレベルが低すぎる?(笑) 武 違います、これにはこれの作品があって、脚本も違う。 テレビドラマの脚本の書き方はまた違う。 どんなことにもその専門的な技術があって、学ぶことができる。 だから、ぼくはまず映画に専念しようと思う。 テレビはまた別の世界だと思いますね。――今あなたを見ると、最高レベルの演技を見ることができるし、 何を演じてもそれらしく演じていると思います。 昔、子どものころ、あなたの「危険な天使たち」を見て、わあ、かっこいい、と思ったんですけど、 今のあなたを見ると、あなたは外見がいいだけでなく、 映画の中でのあなたの工夫や役への打ち込みを感じるんです。 では、もし今、ある監督がいい脚本を持っていて、あなたを起用して、 でも、こういうことをあなたに要求するかもしれない……つまり、オールヌードになることを、 例えばアン・リー監督がトニー・レオンに要求したように。 それで、あなたは多分、普通だったら決して受け入れないけれど、犠牲を払うことはできる? 武 どの俳優の答えも同じだと思います。 つまり、「映画の内容でそれが必要なら、断る理由はない」。まず、鍛錬しなくては 。――OK。 武 でも、ぼくが観客の立場なら、ぼくは見たくないですね、本当言って。 必要ないと思う。観客としてみたら。――いいえ、OKだと思うわ。 武 もし、好きな俳優、あるいは女優でもいいけど、その人の……裸を見たら、 ぼくはいやな気になりますね。――いやなの? 武 どうしてぼくだけに見せてくれないんだ、って思う。(笑) ――それも一理あるわね。 武 ぼくはそういうふうに思う。――でも、もしあなたがオールヌードになっても、私は嫌じゃないわよ(笑)。 OK、でも大事なことはあなたが、私たちの前に現れるたびに、 いつもいい作品を見せてくれてることよ。 武 そうだといいです。――今回の「赤壁」は、きっと中国語映画界全体にブームを巻き起こすと思います。 金城武さんが、これからもっといい作品をもっともっと見せてくださることを期待します。 武 ありがとうございます。――ありがとうございました。(2人握手、ツーショット) (完) BBS ネタバレDiary 0:40
2008年08月03日(日)
娯楽亜洲のインタビュー�◆弊嵎鼻法聞洪掘法�アルマーニ看板、今度は北京
昨日の続きです。 ――それで、そのときに、もし自分で選ぶとしたら、 例えば孔明以外の役でどれに挑戦したいと思う? 武 もし、今選べるなら……。――ええ。 武 曹操(笑) 。曹操を……悪人を演じる。 でも、年齢がまだ足りない。けど、曹操はきっと面白いと思う。 というのは、実はこの映画は大好きななのだけど、監督の考え方は、すごく先まで行って、 多分遠いところから物事を見ている感じがするんです。 曹操は奸雄だと人は言うかも知れないし、悪者だと言うかもしれないけれど、 もし彼の立場に立ってみれば、 実は彼自身の人生のために頑張っているのだと解釈することもできる。 だから、この映画では、誰がいい人で、誰が悪い人かということは言わない。 ただ、互いが敵対しているというだけなんです。――子供のころ、三国の話を読んだときは、諸葛亮はすごく年取った人だと思ってました。 印象かもしれないけれど……。 武 ずっとそういう印象ですよね。――すごく成熟している、でも本当はこの赤壁の戦いが起こったとき、諸葛亮は実は27歳。 そして、世に出たばかり。あなたは27歳の諸葛亮を演じたわけだけど、 あなたは27歳のとき、何をしていたかなんて考えました? 武 (溜息を吐くように) 映画ですね……。――映画に出ていた……そのころは…… 武 こう考えるだけです。みんな既に英雄のいろんなイメージを持っている、 とてもはっきりした印象を持ってしまっている、 だから映画では新しいのをやりたいとぼくらは思ったんです。 同時にあまり変えすぎると、受け入れてもらえるか、心配でもあった。 それと、ああいう扮装もよかったです。 見ればすぐ誰とわかるから。おそらく特に外国人は。 もし張飛がああいう格好でなかったら、関公がああでなかったら、 たぶん誰が誰かわからないと思う。それは良かったところだと思います。 でも、監督は英雄たちをそれぞれ、もっと生き生きさせるために、 たくさんのものを付け加えています。 もともと、衣装合わせのとき、ぼくが衣装合わせをしたときは、 ひげがいるのかどうか考えて、いらないと、さっぱりなくそうということでした。――少し老けさせるかどうか、考えたのね。 武 それから、羽扇はいるかどうかとか。 後で、やっぱりあった方がいいということになりました。 で、考えたら27歳でああいうふうにひげを蓄えているのは、実は変なんですよ。 すごく老成した感じに変わったんです。――今回の大がかりな場面を見て、すごく大変そうだとも思ったの。 だって、夏にたくさん服を着込んでたんでしょう? 武 ちょうど7月だったでしょう、4月に撮影を開始して、だから6月、7月で夏になって。 それから……ぼくは9月、10月までやっていました。他の人は12月までですね。――とても暑かった。 武 とても暑かった。――じゃあ、かつらをつけたり、ひげをつけたりしなくちゃならないのは、どうしたの? 武 そう、汗をかきっぱなし。 特にひげをつけると、あまり笑えなくて、ずっと我慢してました。 幸いぼくには羽扇がありましたけど。――あの羽扇は本当に役に立ちました? 武 でも、それでもじわじわ汗をかきましたけどね。 汗をかいてしまうと、ひげが落ちやすくなるんですよ。 時代劇を撮るときは、いつも周りに人がいて、(顔に手をわらわらとやる動作) ずっとポンポンポンと顔をたたいて ……そうやって汗を取るんです。ずっとポンポンとやってる……。 初めは、(両手で振り払うしぐさ) 後にして、もうそれやらないで、と思ってたんだけど、 その後、慣れて、感じなくなった。 ずっとこんなふうにたたいてるんですよ。――早く汗とって〜。 でも、映画を見ていたとき、劇場の中の人みんな、諸葛亮がセリフを言うとき、 この人は知恵者だから、すごく退屈だろうなと思っていたんですよ。 ところが、あなたが登場するたびに、みんな、アーハハと笑ってしまったの。 あなたのセリフには機智に富んだものが多かったですよね。 特に周瑜とのやりとりが。例えば、彼の陣立てが古臭いと言うところとか。 (映画の1シーン) 孔明 雁型陣。悪くない。惜しいことに既に時代遅れですな。周瑜 あなたも陣立てをご存じか?孔明 生かじりですが。周瑜 私の陣立てを時代遅れとおっしゃいましたな。孔明 ……さすが、都督殿、あんなに離れていても、一切聞き逃さぬとは。武 監督はこの2人の関係を、別なふうに描きたかったんです。――ユーモラスに? 武 2人を、実は互いに認め合っているというふうに監督はしたかった。 それから、英雄、英雄を惜しむ。 だから、いわゆる、誰が誰と言い争って、嫉妬して、陥れようとして、ということでは決してない。 それで、周瑜が孔明に「草船借箭」をさせて、実は彼を殺そうとしていたというようなのではなく、 互いが、相手の考えを知りながら、口には出さないという関係。 相手がしていることを承知していて、やりとげたら、相手への評価はさらに高まる……というような。 だから、監督はこの2人の関係を感情の交流のあるものにしたかったんです。 それで、こういう手法はコメディではなく、ユーモアの感覚で処理するもので、 ぼくはとても好きですね。 温かみが出るし、監督の脚本にはたくさんのことが込められています。 監督が必要とするもの、自分の考えが。 もっと軽やかに、もっと溌剌としたものにしたいと望んでいました。 いつも言っていましたね、もう少し溌剌として、と。――そうなの……。 武 鳩を仰いで(手を振って仰ぐ動作) 、洗ってやって(笑) 。 監督は鳩が好きなんだなあと思いましたよ(笑) 。――かわいいですよね。鳩との芝居は結構ありましたよね。 武 鳩との……――ええ。あなたは動物が好きじゃなかったかしら、人間よりずっと。 武 人によります 。いや、実際ぼくは動物は好きですよ。――じゃあ、女性は? (字幕) 爆弾回答 CMのあと、すぐ。 ――じゃあ、女性は? 女の人とはコミュニケーションが難しいって言ってたと思うけど。 武 うん、女性はちょっと難しい。(ささやくように言ってうなずく) ――本当? 好きな人に心配事があるんじゃないか聞かれたら、言う? 武 もし、心配事を聞かれたら……――例えば、今日、撮影で疲れて帰ってきて、ふさいでいるとき、 「ハニー、今日はどうしたの?」って聞かれたら? 武 ぼくはもうあまり話さないのが習慣になってしまってるんですよ。それは多分……――そして「ハニー、私に話して」って言われたら? 武 (笑) 話してわかってくれるかどうか、まず知らなくちゃね。(笑) いや、いやなこと、辛いことにぶつかったら、なるべく、 例えば家族が、母がぼくに聞いても、兄がぼくに聞いても、話さないですね。 家族も聞かないです、もう聞かなくなってしまってます。 なぜかって言うと、話すってことは、要するに辛さを訴えるだけのことだから。 訴えて、もし気が軽くなるならいいけれど、 実際は、訴えれば訴えるほどよけい辛くなるじゃないですか。 そう思うんです。――本当? 武 だから、自分で……考える。自分で考えてわかればいいんです。 なんでこんなに不愉快なのか。――じゃあ、考えてもわからなくていらいらしちゃうときもある? 武 (まじめに) ありますねえ。――どうするんですか? 武 「フレンズ」を見ます。(爆笑) ――「フレンズ」を見る! じゃあ、それなら、普段、ガールフレンドとは何を話すの? 武 未来について。――本当! どこで部屋を買おうか、とか、そういうこと? 武 (微笑しながら) 世界平和ですよ〜。――例えば、未来をこんなふうに語るの? 「ハニー、いつお嫁さんにしてくれる?」 これは未来のこと? 結婚したいとは思ってます? 武 もちろん。――ほんとに? もし結婚したら、みんなに知らせる? 武 しませんね。――ほんとにしないの? 武 必要ないと思うんです、自分からわざわざ、結婚します、と言うのは。――見つかってしまったら……? 武 見つかったら、仕方ないですね。――認める? 武 状況次第 。(笑) ――写真に撮られちゃった中身によって? 武 芸能人じゃないか、と言われるけれど、でも公開するのが好きな芸能人もいるけど、 ぼくは性格が違うんです。 多分、ぼくは割に内にこもって、おとなしくしてる方だと思う。 こういうことは自分個人のことだと思うんですよね。 公開するのが好きな人、みんなと分かち合いたい人はいるけれど、それはその人の個性で、 その人自身がそういう感じを楽しんでいる。で、ぼくは……――好きじゃない。話す習慣がない、そうなの? なら、今はつきあってる彼女はいるのかしら? 武 それは言えない。――じゃあ、今あなたはこちらの方を見てるわよね。 で、もしいるなら、2回まばたきをしてみて。(武笑う) 安心したわ、OK、OK。 武 ね、ぼくはあっというまに…… 同じことをよく聞かれるんですよ、付き合ってる人はいるのかって。――そうね……。 武 ぼくは言うんですよ、どうやって付き合うんですかって。 去年なんか、ずっと北京や上海にいて、あっというまに1年間たってしまったんですよ。 ちょうど去年だけでね。しかもどれもすごい奥地で(笑)。 夕食のレストランさえないようなところで、スタッフばかりのところで毎朝……――大丈夫、ハニー、私は気にしないわよ(笑)。 武 オー。(笑) ――女性はそんなの構わないわよ。 武 ぼくが、構わなくないの!(笑) ――そうなの? 武 ぼくは、ああ、ずっと傍にいたいなあって思う。 だから、「考えまい、まず仕事をちゃんとやってからだ」と考えます。 今チャンスをもらったんだから、 わあ、どんどんすごい監督がぼくに仕事をくれるようになってきたんだから、 できるだけ、参加しよう。 今無理して恋愛しても、すごくつらいかもしれないと。――集中できなくなるんですか? たとえば彼女がいると、早く仕事を終わらせたいと思うとか? 武 そうですね。仕事できないですね、影響されてしまう。――ということは、ベタベタと一緒にいる。 武 きっとね。(横向いて笑う) ――とてもいいことですよ、ベタベタするのは。(笑)でも、実際はあなたは暇がない。武 そう。そうなんで、やっぱりまず仕事をちゃんとやる。――今度の「赤壁」の撮影では、訓練しなくちゃいけないことが多かったですよね。 馬や武術はいいとしても、琴を練習しなくちゃならなかったでしょう、トニー・レオンとの……。 武 実はしてない。――してないの? しなくちゃいけなかったんでしょ、ちゃんと弾けてるようだったけど。 武 練習はしなくちゃいけなかったんです。 映画会社は親切に、最高の先生をつけてくれて、 週末に多分国宝クラスの先生が来て教えてくれた。 で、そのとき、言ったんです、先生、まず先に弾いて見せてくださいと。 その弾く姿を見たら、もう、「いやあ、これを学んじゃいけない」(笑) 。――先生、大丈夫、形だけ真似しますからって。 武 不可能だと思いました。先生は魂と体と楽器がもう一体になってるんです。 できるだけ、監督が求める表情や雰囲気を出すことしかできない。 でも、あれは実際、手が出ない、プレッシャーになりましたね。 だから、見せていただかない方がいい。不安に陥れないで。――不安にさせないで。どう弾いたらいいか考えなくていいように。 武 だから、ぼくらが専念したのは、しなければならなかったのは、 たぶん、特に手の部分を見ることです。 手の位置と、タイミングを合わせること。 他のところは、監督が要求する、互いに相手を見る目が大切だったと思います。 (続く) ●アルマーニ看板、今度は北京 23:20 同じくDerrickのBBS(金城武NET討論区)で、北京のファンが写真をアップ。 素敵です! 謝謝! → こちら BBS ネタバレDiary 3:20
2008年08月02日(土)
ついに登場(EA)●娯楽亜洲のインタビュー� 弊嵎鼻�
●ついに登場! アルマーニの看板 Derrickのサイトでファンが報告してくれています。 エンポリオ・アルマーニの大看板が、香港についに登場! → こちら ●娯楽亜州のインタビュー� 弊嵎鼻�台湾) 東風でパティ・ホウがチャン・チェンと金城武の2人に対して行ったインタビューですが、 もちろん、武部分だけです。字幕のメモに時間がかかり、やっと訳に入れます。 少しずつ、随時更新します。 知謀にたけた諸葛亮 金城武編 ――金城武さんはつづけて2つの時代劇大作に出演しました。 「投名状」、そして「赤壁」です。 実はこの2本の撮影の間隔はとても短かったんですね? 武 ぼくにとっては、とても短かったです。――大体…… 武 「投名状」がちょうど終わる頃、なんと言うか、 ぼくが知らせを受けたのは、まもなく「投名状」の撮影が終わるころでした。――例えば、こういう、内面演技が多く、しかも大がかりな場面もある 2本の映画を続けてやるのは、プレッシャーがありましたか? そのかん、気持ちの転換はどうしたんですか? 武 「赤壁」は、ぼくのことを言えば、内面演技の部分は 実はそれほど大きくない、率直に言うと。 ただ、これは大作で、とても……とても大規模な製作で、人も多く、 エキストラの兵隊は多分2、3千人いたと思います。 すべてそういう風でした。それは疲れることでしたね、実は。 というのは……統率する人も大変だったと思う。 俳優も今回は多かったし、英雄たちもあんなにいっぱいいて。 孔明はまだよかったと思います。恋愛の要素もなかったし、 アクションもなかったので、だから、中では楽な方だったと思います、正直。――でも、孔明は、人々の心の中では天才で、すごく賢い人で、だからいろんな表情で語っている。 例えば彼の言うことはとてもユーモアがあって、映画ではわざわざそういうシーンがあるけれど、 実は大事なところではいつももうちゃんと考えができている。 それを画面で表すのは難しかったのでは? 何もないのに、考えがあるらしく見せるのは。 武 もちろんこの映画のぼくの役は、一番楽だと思う、はっきり言うと。 それは……他の人はみんなアクションが、アクションシーンがあって、 それは大掛かりでどれも大変、火も水もある。 孔明はない。彼は普通の演技だけだから、比べると楽です。 でも、別の言い方をすれば、ぼくは普通の演技だけで、自分の役を表現しなくちゃならない。 たとえ、あなたの言った……表情、振り向く、であっても、本当はとても重要だと思うんです。 そのユーモアも含めて、監督は表現したい。 というのは、孔明と周瑜の間の感情、関係、また他の人物とのかかわりのことごとくを、 ちょっとしたユーモアの軽さを利用して、もう少し豊かな人間らしさを表現したいと思ったからです。 ぼくもそれはとてもいいと思った。 このアクションなしの演技は、実はぼくにとっては非常に重要だったんです。 * * * 武 監督は、ぼくはとてもすごいと思います。――あなたがこういうことを話してたことがありましたよね、 例えばウォン・カーウァイとの仕事でも、 ピーター・チャンとの仕事でも、いつも何か新しい発見があると。 今回、ジョン・ウーとは初めての仕事になるわけだけど、彼との交流はどうでした? 武 とてもよく心が通じてたと思います。 それに……本当に彼自身から学ぶことがたくさんありましたね。 現場で見てて一番印象的だったのは、こんなに偉くて有名な監督が、 こんなにも謙虚で、こんなにもいい人だということ。 それから人のことをすごくよく考えてくれて、つまり、1人1人の俳優にすごく気を配って、 誰もが心地よくやれるようにと願っていたことです。 あるいは、何を考えているのか耳を傾けて、どの俳優の意見も尊重してくれていた。 それから……彼が他の人を撮っているのを見る、あるいは、例えばぼくなら、 ぼくはこの映画では曹操には全然会わない、チャン・フォンイーとは全く会っていないんです。 けれども現場でチャン・フォンイーの出番を見てる。 というのは、彼には彼の戦略があり、ぼくらにはぼくらの策がある。 監督は面白いものを撮りたい。 撮影済みの映像を流して見て、それからぼくらの側の話を撮る。 例えば、監督が男優たちそれぞれをしっかり把握しているのを見ると、 ああ、監督はこの男の魅力をちゃんと出しているなと感じるんです。――そうそう、あのとても味のある、英雄の気魄ね。 武 そういうものは、監督のセンスだと思うんです。 練習して出せるものではない、けれど、それに感化されることはできる。――ところで、監督があなたに電話してきて、あなたは「赤壁」出演をすぐに決めたと聞いてます。 武 んー、実はぼくが初めて監督に会ったのはずっと昔のことなんですよ。 彼が「フェイス・オフ」の宣伝で東京に来て、彼が東京にいるとき、ちょうどぼくも東京にいた。 それでなぜかわからないけど、食事に誘ってきたんです。 もちろんぼくは、わあ、いいぞ、 もう1人のファンみたいに――ぼくも「フェイス・オフ」を見たし、 もちろん「男たちの挽歌」とか、全部好きだし、一緒に食事ができるのはもちろんいいなと思いました。 ずっと緊張していましたよ。 それで、ちょっとおしゃべりをしてから、不意に監督が聞くんです。 「ところで金城君、君はどんなタイプの映画をやってみたいか?」っていうふうに。 ぼくはすぐ、コメディ です、って答えた(笑) 。 そしたらマネジャーが下の方でぼくの太ももをつねるんですよ、(顔真似、口真似しながら) 「アクション映画よ、なんでコメディだなんて言うの! 」って(笑) 。――2丁拳銃、二刀流! 武 それが初めて彼と会ったときですね。 そのときの感じは、とてもいい人、かわいい人。 それで2度目が金馬奨だったはずです。 ぼくも後で、金馬奨で一緒にプレゼンターをやったなと思い出したんですが、 それから、最初の電話が突然かかってきて、それでオファーされたんです。 ぼくは、もちろんぼくもすごくびっくりして、 だって、「赤壁」のことは長いこと国内でも国外でも語られていて、 出演者も全員決まっていたし、急にこんな話がきたので、 本当を言うと、そのときはちょっと信じられなかったです。 それから……あー、ホントなの? あー、ぼくなの? いいけど、できるんだろうか? できるかなと思いました。うん。 そのころ、ぼくはとても疲れていたんですよ。(走るように手を振りながら) 「投名状」がようやく終わるところで、 9か月走り続けてきた(笑) 、戦い続けてきた感じ。 もちろん、ジョン・ウー監督だってことが1番の理由です。 それと……孔明ということ。あー、孔明は闘わなくていい、いいぞ(笑) 。――トニー・レオンが、あの甲冑が痛いと言ってましたよ。 あなたは幸せだって(笑)。 武 だけどさ、それは、あなたが自分からやらないって言ったんじゃない (笑) 。 ぼくはそうしか言えない。でも、彼はすごく義侠心のある人だなあとも思います。 今回彼が戻ってきたのは。 というのは、ぼくがそのニュースを知ったとき、監督からの電話の後で、 まずトニーに電話して、聞いた。 いったいどうしたの? 実際すごく心配だったから。 本当に、新聞やみんなが行っているように、体力が原因なのかって。 そうしたら彼は本当だと言いました。 「色、戒(ラスト、コーション)」に出演して、その撮影のとき、 本当に精神的に能力を全部注ぎ込んで、疲れを感じていた。 それで、「赤壁」は大作すぎて、やりとおすことができないんじゃないかと不安になったんだと。 (続く) BBS ネタバレDiary 1:30
2008年07月27日(日)
美麗佳人(marie claire)��(更新)
眠くてなかなか先に進めない…… 続きです。後1回。更新、完結しました。 21:0011年前に戻ったら 彼は役の本質の把握が的確だ。可愛く、聡明で反応の早い俳優だ。 ――ジョン・ウー、金城武を語る 1997年、東京の喫茶店で、ジョン・ウーと金城武は初めて会った。 このとき、ジョン・ウーはハリウッド進出第1作「フェイス・オフ」の上映を控えて、 わざわざ東京にプロモーションに来ていたのだ。 ちょうど少し時間ができたので、友人のつてをたどって、金城武と短い時間、話をした。 その日、ウー監督は、彼にどんな映画が好きかと尋ねた。 金城武は少しも考えずに答えた、「コメディーです」。 後になってスタッフや友人たちは誰もが笑って言った。 「頼むよ、アクション映画だって答えなくちゃ」。 しかし、正式の一緒の仕事はかなり遅くなった。 10年後、金城武が「投名状」の撮影を間もなく終えようとしていた時になって、 やっとウー監督が電話をかけてきて、 「赤壁」に出てみる気はないかと尋ねたことから、 ようやく彼ら2人の正式のコラボが実現したのである。 彼は言う。 「監督の頭の中にはたくさんの情景があって、 それを少しずつ試してはほしいものにたどりつくんです。 そしてこう言う、『そう! それだよ!』。 それからそういうのをつないでいく。 初めから終わりまで同じやり方しかないのではないんです」 新聞雑誌は、「赤壁」撮影の終わりごろ金城武とジョン・ウー監督の関係が 悪くなったと書きたてたものだが、 事実は、2人は諸葛亮という役について何度も話し合っていた。 羽根扇をどう持ったらいいか、どのくらい高く持つべきか、どんなふうに振り、 指し、ちょっと動かし、あおいだらよいか。 それは師でもあり友でもあるような関係だった。1994年に戻ったら そのころ、ちょうど金城武を「恋する惑星」に起用した。 みな、金城武は基本的に野心がなく、ぼうっとしていると言った。 私は彼は本当は多くを持っている、 つまり、すごくきれいなので、みんな彼を美男だとしか思ってないが、 実はいろんな芝居ができる。 ――ウォン・カーウァイ、中央電視台の番組で金城武を語る 1994年、金城武はおそらく「恋する惑星」の撮影所にいたと思う。 かたわらにはウォン・カーウァイ、クリストファー・ドイル、ブリジット・リンもいた。 これが彼にとって初めて脚本を手にしなかった映画である。 普通映画を撮るときは、脚本が支給されるが、 今回もらったのは、いくつか文字の書いてある紙1枚きりだった。 金城武の心に、いったいこれはどういうことだと疑問がわき起こり、 こらえきれずにドイルを見ると、ドイルは何でもないように水を絶えず飲んでいるだけだった。 ドイルに次は何をやるのかと聞くと、彼はごくんと水を飲み、肩をそびやかせて言った。 「俺も知らないんだ」 即興演出という状況のもとでは、誰も何をやっているのかわからない。 金城武はこう言う。 「そのころ、演技しても感情のことは何も考えなかった、 あるいは、感情というのがどういうものであるべきかも知らなかった。 ただ、みんなとても楽しんでいるなと思った」 そのときから、ウォン・カーウァイの弾力性のある撮影方法の影響を受け、 彼は映像制作はまだまだこんなに多くのことができるのだ、 無数の撮影方法があるのだ、ということに気付いたのである。 その後、1995年に「天使の涙」を撮ったとき、 彼は夜中になると肉を売り始める男になることができたし、 大きな母豚の背に飛び乗ってマッサージをすることもできた。 「その時思ったんです、もし演技を続けることができるなら、しっかり俳優をやろう。 俳優はたくさんの違った撮影方法を見ることができるのだから。 歌はやめたほうがいい、おしまいにしよう――」と金城武は語る。1992年に戻ったら 私が台湾で仕事をしていたころ、彼はフーロンに入ったばかりだった。 ちょっと内向的で、気分に左右されやすく、とうとうとしゃべり続けるることもあれば、 一言も発しないときもあるという具合だった。 ――葉錦添の見た金城武 このころ、金城武はファーストアルバム「分手的夜裡」を出したばかりだった。 葛さんに見いだされてまだ3年だったが、 その濃い眉と大きな目のおかげで、早くも少女たちの人気者になっていた。 現実には、当時の彼はまだ少年で、歌が好きだった。 だが、その歌を歌うのは、みんなとカラオケに行って思う存分楽しく歌う、というのではなく、 ほとんどは1人録音室の中で、そこにいるのはマイクと自分だけ、 ガラスと黒いカーテンの向こう側には大勢の、彼よりも5歳、10歳、 なかには20歳も年の離れたスタッフたちだけという中でだったのだ。 金城武は当時の自分を振り返って、こう語る。 「あのころは映像制作というのはとても面白いなと思っていました。 CD制作と比べると、CDはどちらかというとアイドル商品のようです。 ぼくは自分の考えを詞や曲にできるだけ盛り込みたいと努力したけれど、 その創作の仕事に、もちろん、誰もが注意をむけてくれるわけではありませんでした。 それに、音楽作りの環境は、どちらかというと、 チームの人たちと一緒に室内にこもってやる創作、という感じがする。 映画はそれと違い、1人1人がそれぞれ互いに働きかけあうことができるという感じです。 それはCD制作では感じられないものでした」今、この1秒間 この業界で、こういう芸能人に出会うことができたのは 非常に得難い、貴重なことだと思っています。 彼は……とてもいい人で、親孝行で、物事に対し、全然功利的なところがない。 一緒に仕事ができて、とても幸せだと思わせてくれます。 ――金城武と長年仕事をしてきたスタッフが語る金城武 金城武が撮影を終え、試着室に戻っている間、 私の前で煙草に火をつけ、吸って吐きだす間、 私は、この1秒間の彼は、本当の彼自身であり、 ネット上に記された、あの無数の単なる名前なんかではないと感じた。 彼は途切れなく話し始めた。 「本当は、人がスターだと言っているだけで、 ぼくは、ただ映像の仕事に興味があるだけなんです。 創作に、少なくとも俳優という立場で参加することができます。 毎日違う人と仕事をするのも1つの勉強ですから。 違う国の人、違う監督、違うカメラマン、違う技巧、どれも勉強になります。 それが物を作り出すことの最大の面白さです。 褒められることは、もちろん誰でも好きですよ。 恋愛物、あるいはコメディーを問わず、 観客が見て気に入る、共感してくれる、それは1つの慰めですね。 しかし、仕事を続けられるのは、映像制作が好きだからこそです」 「以前、写真を始めたころは、何枚も何枚も撮っていました。 でも今は、撮ってもそれで何をするんだ、と思ってしまう。 それでも、撮影や映画製作にはやっぱり興味はあります。 視覚、色彩、表現された画面が組み合わさって、とても面白いものになりますから。 俳優がやりたいと思う映画と、 監督が撮りたいと思う映画は別のものでありうる。 時には、自分がどう演じたいかなんか、全然重要じゃないこともあるかもしれない。 というのは、映画が、第三者の目にどう映るかの方が、多分大事なんですだから。 けれども、この四角い画面は、監督が掌握するもので、 上から撮るか、別の角度から撮るか、すべて監督が決定します。 角度も1つの芸術なんです。 角度が異なれば俳優の演技に60%くらい影響します。 だから視覚というものは、まだまだいろいろ面白いことができるんですよ」 映像制作の話になると、また、うれしくてたまらないという表情になる。 彼は途切れなく語った。 「最近よく思うのは、なんで毎日出番があるのかということ。 普通映画は何日かすると自分の出番はなくなるのに、 どうしてぼくはこんなに毎日毎日撮影所にいるんだろうってね」 彼はまだ話していた。声が流れ続ける。 しかし、私は目の前のこの人を見ながら、 精力的で、まるでデビューの頃のまま年齢が永遠に止まってしまった人間のようだと、 いやおうなしに思い始めていた。 ひょっとして、あまりに早くブラウン管に出始めてしまったため、変わることなく、 依然として少年に特有のある雰囲気を持ち続けているのかもしれない。 かつて南極で潜水し、氷山のかけらを持ち帰ってウィスキーに入れよう、 と言っていたみたいに。 話はいつも短く、しかし好きな話題になると、 「恋する惑星」の何志武のように、1人とめどなく語り始めるのだ。 ただ、より多くの時間は、彼はあまりにも早く隔離されてしまった子供のように、 いくつもの異なる部屋を順繰りに移動しているだけなのかもしれないと思う。 私たちは彼の美しさを見る。 しかし、彼の部屋の内には、閉じ込められていることへの、 ちくちくとした淡い悲しみがあるのかもしれない。金城武の諸葛亮について ジョン・ウー夫人、金城武扮する諸葛亮を語る 諸葛亮は西暦208年、有名な赤壁の戦いに勝利したとき、わずか27歳だった。 身長6尺、端正な容貌の男で、劉備の三顧の礼を受けて蜀の国の軍師に招かれた。 金城武本人は、魅力とユーモアと知恵を兼ね備えた特徴を持ち、 この役は彼にあてて書かれたかのようである。葉錦添、金城武の衣装をどのようにデザインしたか、語る 「赤壁」の諸葛亮は若く策略を秘めた軍事家で、独特な言語能力があり、 思考は綿密、自然現象を理解し超人的な機知がある。 我々は以前、この役をどう造形するか綿密な討論を行なった。 高い冠をかぶり、ひげをひねっているステレオタイプの諸葛亮は、後世の作りごと。 我々は金城武という俳優に諸葛亮を体現させるため、 その若さゆえのはやる気持ちや上品さに重きを置いた。 私は当時のもっとも優雅な装いを採用し、映画全体で彼だけが純白の服を着ている。 その仙人っぽさを表現するためだ。金城武、諸葛亮を語る 監督の望んでいるのは、若い諸葛亮で、 用意周到、重苦しい諸葛亮ではありませんでした。 そこで、表情も少し穏やかにし、 無邪気で子供のような、はつらつとした面を表現するようにしました。 (完) BBS ネタバレDiary 1:15
2008年07月25日(金)
美麗佳人(marie claire)��
続きです。 8カ月前に戻ると このアジアの人気俳優は、今まさに真の世界のスターになろうとしている ――「ニューズウィーク」より もしかしたら、中国大陸と東京を往復する飛行機のファーストクラスで、 眠りこけている金城武を目撃した人がいるかもしれない。 スーツケースは、パソコンとゲーム機と本と防寒下着と即席めんなど 必需品で満杯だ。 これらは撮影の合間の時間のために必要な物なのである。 このころ、彼は「赤壁」のほか、「死神の精度」の撮影にも忙しかった。 諸葛亮の小さなひげこそ、変身のカギだった。 河北では、彼はひげをはやした孔明だ。 東京へ飛ぶと、ひげのない死神・千葉である。 ここ数年の金城武は、このようなあちこちと渡り歩く生活を送っていた。 大作「赤壁」の撮影に入ると、一気に5か月という月日が過ぎ去り、 一息入れるひまは全くなかった。 彼は言う。 「一度仕事に入ると5カ月かかる。だから自分の家がどこかもわからず、 いつもスーツケースをぶら下げて行ったり来たり。 どこの人間だろうと思うこともあるし、両親が寂しがっていると耳にすることもある。 でも、どうしようもない、これがぼくの仕事なんだ」 時には台湾の牛肉めんやルーウェイ、屋台、 あの熱い湯気が立ち上り、遠くから漂ってくるにおいが恋しくなる。 だが、仕事が終われば、少なくとも故郷、台北に帰ることはできると彼は知っている。11カ月前に戻ると 考えるのは仕事のことだけ、他の人がどう考えるかは気にしません。 一番心配なのはそれらしく演じられるかどうかではなく、 その役が見る人の心に残るかということです ――「赤壁」北京記者会見にて、諸葛亮について金城武語る このころ、金城武は「赤壁」の撮影の真っ最中だった。 毎日早朝5時に起き、10数人の俳優たちと化粧室で、メイクの順番を待つ。 朝暗い内に目をさまし、まだぼうっとしている内にそこに来て、 メイク係が1、2時間かけてメイクする間、ただじっとしている。 だが、この撮影チームが作り上げる小集落は、 アクション班、ドラマ班、道具班、CG班、俳優班、エキストラ班、 さらには馬たちまで、同じように早朝から仕事の準備に入るのである。 「仕方ないですよ、この映画は英雄がたくさんいるし、兵隊も大勢いますから。 主な出演者だけで10数人。 だからすごく早いうちから作業を始めなくちゃいけないんです」 と彼は言った。 金城武が演じるのも、その英雄たちの1人だ。筆と口の立つ諸葛亮である。 ジョン・ウーは彼にこう言ったことがある。 周瑜と諸葛亮を「英雄、英雄を惜しむ」という感じにしたい。 競り合って活気のなくなった様子ではなく、 若く、溌剌として団結した、夢を持った英雄たちにしたいのだと。 そこで、金城武は大陸のテレビドラマ「三国演義」を通して見、 たくさんの違った諸葛亮像があることを知った。 孔明を道士と考える者もいれば、読書人と思う者もいる。 演じるにあたって、彼はいくらか折衷を行い、道士のような仙人っぽさと、 ジョン・ウーが求める才能豊かな若者としての個性を取り入れ、 これまでと異なった孔明を演じだしたいと思った。 撮影初日、それこそ諸葛亮の最も有名な場面――「舌戦群儒」だった。 彼はこう語る。 「初日のセリフは長いことかかって覚えました。 あの日、ぼくがひたすらしゃべり、他の人はずっとぼくが話すのを見ていました。 諸葛亮の道士の雰囲気をつかむため努力が必要でした。 ウー監督もそばで指導していて、ものすごい緊張でしたね」 そのシーンでは、彼が扮する諸葛亮は孫権の陣営に行き、 巧妙かつ、やや饒舌な弁論で孫権の家臣の張昭や魯粛らを説得し、 呉軍が劉備と手を結んで曹操に当たるようにしなければならないのだ。 だが、「舌戦群儒」にとどまらない。 金城武はさらに、諸葛亮が農村の出身というバックグラウンドにも 挑戦しなければならなかった。馬のお産の世話だ。 「脚本に書いてある通りにやるんです、 例えば母馬の足を結えて、それから仔馬をとりあげるというように」(注・映画では仔馬の足を結えていたと記憶しますが) 生身の動物にこんなに触れることは、彼にはあまりない経験だった。 このほか、「草船借箭」も大がかりな場面だ。 無数の船、無数の矢、それはめったにない大シーンの1つで、 金城武は諸葛亮の才気と知恵を把握し、趣深くこの場面で表現した。 ただ、細かいところは 「すべて、スクリーンで見てください」と、彼は謎めいて言うのである。 (続く) BBS ネタバレDiary 23:50
2008年07月24日(木)
美麗佳人(marie claire)��
「marie claire」台湾版7月号の記事です。 始まりがこんななので、ん……と最初は思いましたが、結構面白い内容です。 少しずつ。 Sorrowful Splendor 謎様金城武 「赤壁」の諸葛亮を演じるために、 彼はすべての三国志大好き中国人のいばらの批判を引き受けた。 最愛の作品に出るため、1年の内8か月を国外で過ごした。 美貌の俳優であるが、映像のクリエイターと呼ばれるほうを好む。 彼、それは金城武。 こ のネットの発達した世界では、探せば400〜500万の金城武を見つけられる。 もし、「Takeshi」で検索したら、 2004年に彼が「鬼武者」3のイメージキャラクターになったニュースが見つかるし、 3年前、オフィシャルサイトで日記を書いていたのを知ることができるし、 2008年には「赤壁」に出演したことがわかる。 もし、「金城武」で検索するなら、おそらく408万本の、 この179センチの身長で、10月11日生まれ、「分手的夜裡」を歌い、 プラダとエンポリオ・アルマーニのキャラクターを務めた男に関する基本資料にヒットする。 さらには、例えば「金城武の頬骨は左が右より高い」とか 「金城武に似た強盗が銀行から30万元を奪って逃げた」といった、 大したことないニュースまで目に入ってくる。 彼はミステリアスで追いかけようのない男だ。 私が彼のいるところとつながった空間に1歩踏み入れたとき、 そこにいる誰もが絶えず彼の名を口にしていた。 「金城武は部屋で着替え中です」「金城武はメイク師と一緒に部屋で食事中」 「この服は換えてもいいね、部屋に行って金城武にいいかどうかきてもらおう」 だが、この空間に踏み入れてから1856秒間、コーヒーを1杯飲み、 レコーダー用の電池を買って帰ってきても、まだ彼は姿を現さず、 私と彼とを1枚の扉が依然として隔てていた。 1859秒たった時、つまり、その3秒後、ようやくその神秘の門は開いて、 伝説の179センチの男性が、白いスーツに包まれ、 部屋の白熱灯の逆光の中を歩いてきた。 その1秒間、現場の23人の46の目が、すべて同じ方向を向き、彼に注がれた。 ネット上の幾百万の資料の見出しの名前が、 すべてこの世界に2人といない人間――金城武、を指しているのとそっくりに。 話を聞くために彼と一緒に腰を下ろすとき、 実は彼が何もかもは話してくれないことがわかっていた。 彼は私生活や過去や人間関係や、恋愛は話してくれない。 かくも長いことスターであり続けたので、すでに垣根を作り終え、あの更衣室のように、 プライベートな自分とマスコミに対する自分とを切り離してしまっているのだ。 今の頭の中は話してくれない、しかし、それなら、もし過去に遡ったら、 私たちに心を開いて何か話してくれるだろうか? (続く) BBS ネタバレDiary 1:40
2008年07月22日(火)
主播會客室のインタビュー��
続きです。 陸浩明 (インタビュアー) 心を本当に動かされた人はいますか?ケリー・チャン 金城武ね。陸 そうなんですか?ケリー ええ。陸 どうして?ケリー 本当にハンサムなの。――私たちの番組で、以前ケリー・チャンのインタビューをしたことがあるんです。 彼女は大勢のクールな男性たちと共演してきました。 もちろん、あなたとも。 それで、彼女が映画デビュー以降、、たった1人だけ、心を動かされ頭が真っ白になった人は、 それはあなただと(笑)。 武 どうして?(笑) ――あなたに聞いたらわかるかと。私も知りたいの(笑)。 武 彼女に聞かなくちゃだめだよ、ぼくじゃなくて(笑) 。――何をしたら彼女がぼうっとしてしまったのか知りたい。 武 ぼくらは何本も一緒に映画を撮ったでしょう。 それで、どれも……どう言ったらいいのかな、初めは互いによく知らなかったんだけど…… そのあと、2本目、3本目と共演するにつれ、 どんどん彼女がどんな人かわかるようになった。 で、彼女もたぶん少しずつ、ぼくがどんな人間かわかって、 しゃべったり笑ったりするようになったんですよ。 いい感情を持つようになって。 ある映画のときはフランスに行かなくちゃならなくて、撮影班も全部行ったり来たり。 ベトナムにも行った。で、たぶん親友という感じだと思う。――彼女がそんなふうにボッと来るのははすごく珍しいことよね。 知ってるでしょ、彼女は絶縁体で、全然浮いた噂がないこと。 武 ほんとに知らないよ(笑) 。――無意識に彼女を引き付けてたってわけ?(笑) 武 そう? そんなことないよ。たくさん共演したから。――あなたは大勢の女優と共演していますけど、 なかでは誰とよく心が通じてたと思います? 武 どの人ともそうでしたよ。映画の内容が違うから。 ケリーとぼくもラブシーンがだんだん多くなった。 確か、最初はなくて、お互い知らない同士という感じだった。 その後の映画では恋があって、彼女は可笑しな面もあり、 実際、とても天真爛漫で可愛いんです。そういう彼女の一面が見られましたよ。――恋愛映画に何度も出て、大勢の女優と共演してるのに、噂がすごく少ない。 女優と共演してカメラの前では愛を語り、終わったら完全に離れられる? どういうふうにやっているの? 武 ぼくは……何て言ったらいいんだろう。 映画のストーリーの中の男女の愛は、ぼくが見る立場だったら、 彼らと同じようには考えないかもしれない。 でも、いったん恋愛の芝居を始めたら、実はそれは仕事に過ぎないから、 百パーセント主人公と同じ気持かと言えば、たぶんそうではない。 でも、撮影のときにはそうなんです。それは一種の訓練ですね。 だから、仕事の時はできるだけ努力する、うん、 この主人公はこんなふうに彼女を抱くはずだとか、こんなふうに向き合うはずだとか、 接するはずだとか、そういうふうにやります。 けれども、カメラが止まれば、それはなくなる。 それは物語だからで、ぼく自身は違うんです。――自分自身の恋愛経験は多いの? どうやってなりきるのかしら? 武 ぼくは、映画の中のヒロインに対して、映画の中ほど簡単には好きにならないですね。 そんな簡単に惚れない、共演してるときは。――なぜ? 武 それは仕事だから。――でも、その後も連絡を取り合ったりします? 武 ある、ある、やっぱりありますよ。でも、ときどき、 「やっ、いけない、いけない、これ以上続けたら、好きになっちゃうかもしれない」(笑) ということもある。 自分でわかるから、やっぱりありますよね。――そういうような経験、あったの?(武うなずく) それは誰? 武 君には言わない。(2人大笑い) だけど、自分でストップをかけるのは難しいことだと思う。――コントロールできるの? すごいわ。 トニー・レオン オフでも親友です。ですから、共演はすごく気持ちがよく通じ合いました。ジョウ・シュン 彼がとても映画を愛しているのがわかりました。ジャン・レノ 前途あり、才能もある俳優と競演できて実にうれしく思います。――やってみたい役はあります? 武 「如果・愛(ウィンター・ソング) 」が終わってから、恋愛映画が1本もないんです。 兄弟の情ばっかり(笑)。男同士の情を描くものばかりなんですよ。――もし、選ぶなら、男同士の情の物語より、恋愛映画のほうが好き? 武 「如果・愛」のとき、ピーター・チャンに言ったんです、もう恋愛映画はいい、って。――なぜなの? 武 わからない。そのときは急にこう……わからないけど、 ぼくはまだ何かをやれるのかと考えてた。 今は恋愛映画がやりたい、兄弟の情義はもういい(笑) 。――監督になりたいと思ったことはありますか? 大監督と大勢一緒に仕事をしてきたでしょう、 だからひそかに学ぶものはあったんじゃないんですか。 武 前はやりたいと思ってました。後になって、監督のやることを見たら、 大作の撮影を見たら、思いましたよ、「アイヤー、監督はやめだ、すごく疲れる」(笑)――俳優のほうがまだいい。 武 とてもしんどい。現場で、監督がすごく大変なのに落ち着いてあそこで座って、 自分のやりたいことを追求しているのを感じました。すごく敬服します。――資料を見てみたら、デビューのころは創作的な仕事もしていたんですよね、 曲を作ったり、詞を書いたり。 映画のほうでもこんなの、撮ってみたいというのありますか?考えたことはない? 武 考えましたよ。全部、断片ですけど。全部、断片だけ。 でも、ぼくはコメディを撮ってみたいです。――コメディは難しいわよ。 武 難しい。コメディが一番難しいと思ってるんですよ。――他人を笑わせるのは、泣かせるよりもっと難しいわよね。 武 そう、だから試してみたい。コメディを。 メッセージのあるのもやってみたい。でも、メッセージ物は難しい。 人によって考えが違うから。――たくさん恋愛映画に出たでしょう、どの映画が一番心に残ってます? あるいは、どれが一番あなたの恋愛観に近い? 私は「心動(君のいた永遠)」が大好きなの。 武 ああー、「心動」、「心動」ね。ぼくも大好きですよ。――名作よね。 武 「心動」は、シルビア・チャンの脚本がいいし、監督としての力もすごくある。 雰囲気全体がいいですよね。――あれはすごく悲しい物語ね。 武 多分、悲劇だから、普通のハッピーエンディングじゃないから、 だから特別なものに感じるのかも知れないですね。――みんなも、心残りがあるからこそ美しいのだと思ってるわね。 武 大切なものを学ぶという感じ。――相当心に残ります。 武 そうですね。「日本×台湾+中国香港=金城武」 ――みんな、あなたのことを、日本人で、台湾人みたいでもあり、 香港によくいるから中国人のようでもあると思ってるけど、 あなたは自分はどこの人だと思ってますか? 私も、どこにいても受け入れられてない感じがするの。 武 今は、どこの人だとか考えない。 聞かれたら、台湾育ちだと言うでしょう。それは事実だから。――そうね。 武 (ふっと笑う) 台湾育ちで、でも仕事は香港とか日本とか、全部よその国で、うん。――情を感じるのはどの地方? 台湾? 武 台湾なのはどうしようもないですよね、そこで育ったんだから。 母も台湾人だし。ぼくが最初に話せるようになった言葉は台湾語なんです。――台湾語なの?(笑) 武 はい。台湾語が一番うまく話せると思いますよ(笑) 。――そうなの?(笑) でも、あなたが台湾語話しているのは合わないわね(2人笑う)。 武 近所隣や遊び相手が全部台湾人で台湾語を話してましたからね。 それから……父親が日本人だったので……学校に行って日本語を学んで。 学校では日本語だったので。 家に帰るとやっぱり台湾語を話して、北京語を話す場所がない。 その後仕事を初めて北京語を話して、その間に英語もちょっと勉強して、 香港に行ったら今度は広東語。――あなたの語学の才能はすごい。 武 そんなことないですよ。広東語はやらなくちゃ…… こうした言葉は、みんな、使わなくちゃいけなかったんです。 (広東語で)話さなかったら、出ていけない。 だから、しばらく話して何とかできるようになった。 それからまた日本で撮影があって、日本で撮影してた頃は、 実は日本語をしばらく使ってなかったので、 本当はちょっと練習しなくちゃいけなかったんです。 日本で仕事を始めた時は、初めはぼくの日本語は多分十分じゃなかったと思う。 で、どこに行ってもよくわかってないよなあと思いました(笑)。――そうね、私も、どの土地も少し知ってる、けど、どの土地にも完全な帰属感がないと感じます。 だから、もし、ずっとずっと後になって引退することがあったら、 でなければゆっくりするときが来たら、その場所はどこにします? 武 台湾でしょうね。あるいは……――でなければ、知らない人ばかりのところとか。完全にリラックスできるでしょう。 引退したら、楽しい小さな家庭を持てるわよ。 武 友達や家族も必要なんですよ。でないと寂しいよ。――だから、やっぱり台湾を選ぶと。 武 前に1人で知らない人ばかりのことろに行ったことがあるんですよ、本当に快適だった。 でも、1、2日したら、誰も話す相手がいないのに気がついた(笑) 。――それは退屈だわ(笑)。 武 で、ちょっとつまらないと思った。――それで、やっぱり台湾なのね。 武 そうですね。そうでなければ台湾の近く。 親しい友達のいるところの近くに。比較的楽に訪ねられるように。――でも、あまり外出しないで家にいるんでしょ。 武 そうとは限らないよ。今はマスコミの状況がこんなだけど、どう変わるか、 あるいは個人や社会の考え方がどう変わるかわからないから。 「天王級身分 平民式生活」 ――いろんなブランドのイメージキャラクターをしていますね。 きれいな服を着て、いい品を使って。 実際のあなたはそういう面の要求は高いですか? 武 高いものもあれば、低いものもあります。いろいろ。――普段外に出るときはパリッとした装いで行きますか、それとも…… 武 いいえ。――適当な服装で? 武 そう、適当な。――それで、みんなが外であなたを見かけたら、錯覚か幻覚と思うかも。 だって、あなたは本当に神秘的で、ベールを隔てているみたいだから。 武 それは仕事だと思ってる。宣伝や、プレミアやイベントに出席したり。 多分、その仕事を大事にするから、もちろんちょっときちんとする。 そうでないといけないと思います。――次の日本の仕事は何かあるんですか? 武 まだ決まってないんです。今はまだ交渉中で。 ここ数カ月はプロモーションが忙しいはずですよ。 「赤壁」の宣伝であちこち行かなくちゃいけないし、日本でもあるでしょう。 日本映画も次に宣伝が控えてるし。――松たか子との映画の撮影は終わったのですか? 武 そうそう、これから宣伝です。――それで次もあちこちへ宣伝に。 武 はい、宣伝が割に中心ですね。――今日はお疲れさまでした。 武 とんでもない……――健康に気を付けてください。 武 ありがとうございます。――ありがとうございました。(両手握手) お疲れさま。 (完) BBS ネタバレDiary 1:00