武ニュースDiary


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2005年07月27日(水) 今日の小ネタ

互いに関係のない小ネタ3つです。

その1 ニコラス

昨日の重慶商報がニコラス・ツェーへの、
やや長めのインタビューを掲載していました。
最後に即問即答とでも言うのでしょうか、短い質疑応答がついてまして、
それはこういうものでした。


――自分とルイス・クーとどちらがクールだと思う?
ニコラス 何をクールと言うのか全然わからない。
けど、彼の身長は実際うらやましいよ。
――エディソン・チャンはかっこいいと思う?
ニコラス ぼくたちはまだまだ若い。本当を言うと、
ぼくは金城武がやっぱりすごくかっこいいと思ってるんだ。
――金城武が好きなの? 彼は男性のほうが好きらしいよね?
ニコラス 知らないよ。ほんとなの?
――あなたは喘息があるって自分でも知ってるのに、どうしてタバコを吸うの?
ニコラス 人生は難儀で短いだろ。
(重慶商報 2005.7.26)

オイ、重慶商報の記者――って、感じですが、
ニコラスはいい子だわ。
私が個人的に集めてる言葉の中にニコラスのもありましたが(60番)、
すぐそれを思い出しました。
ニコラスは、外形のことだけ言ってるんじゃないわね、きっと。

彼の映画は「ラベンダー」の監督イップ・カムハンの
「わすれな草」しか見たことないんですが、自然で良かったです。
この映画では、同じく「ラベンダー」に出ていたテレンス・インも面白かったし、
ピーター・チャンの恋人のサンドラ・ンも、印象的な役柄で出ています。
おなじみのエリック・ツァンは主役ですし、
武つながりでも、作品としてもファンは見逃すべからず……が私の見解。


その2 飛行機で

次は、大陸の掲示板に投稿されていたもの。
友達がスチュワーデスで、飛行機で武に会った話をしてくれたそうです。
ただし、彼女はファンではないとのこと。


彼女の言葉「その日、ファーストクラスのお客は2人だけで、
その1人が阿武だったの。
でも、それは夜行で、阿武はとても疲れていて、
ずうっとヘッドレストに頭をのせて眠っていた。
とっても可愛かったわよ。
食事はとらなかった。
起きてから点心食べて、お酒をちょっと飲んだわね。
英語が凄く上手。
けど、スターぶってなくて、それどころか親しみやすくて、
礼儀も正しいし、ほんとうに素敵だわ!」

投稿者は、自分が武を好きなのは、やっぱり正しかった、
と嬉しそうに報告しています。


その3 「夜宴」

3つ目も大陸の掲示板への投稿ですが、
内容が本当かどうかはわかりません。
小武が「夜宴」に出演できない本当の理由! として、
次のように書いています。


「最近、ある集まりで、フォン・シャオガンの親しい友人
(スタジオのスタッフでもある)がこう明かしました。
ファン・シャオガンは本当は金城武に「夜宴」に出てもらいたいと
(今、ダニエル・ウーの役)思っていたのです。
でも、小武は脚本と役を読んで、婉曲に断りました。
小武のフォン・シャオガンへの正式な答えは、
チョウ・ユンファやリー・リンチェーとの共演でなければ、
第1主役しかしない(「夜宴」の第1主役はおそらく葛優でしょうね)
というものでした。
2人は約束をし、フォン・シャオガンの、
準備に一番時間がかかっている作品「貴族」に
小武は第1主役で出演します」

真偽は全くわかりません。
主役じゃなきゃやらないという理由もどうなのかなあ?
でも、どちらにせよ、「夜宴」に関しては、
あんなに前から名前がさんざん出ていたのに、
結局出演がなかったというのが、気になる人が多いのでしょう。
武の場合、企画に名前が出て、何でもなかったというのがあまりに多く、
我らは初めから半信半疑ですが、この映画に関しては、
やはり、何らかの接触はあったのだという気がします。



BBS  ネタバレ(随時リンクを追加しています)   1日1回!  23:00


2005年07月26日(火) Perhaps Love、ベネチア映画祭に●随時ニュース追加

ピーター・チャンが「ラヴソング」から10年を経て
再びメガホンをとった恋愛映画「如果・愛 Perhaps Love」が、
今年のベネチア映画祭のクロージング上映作品に選ばれ、
今年9月、ベネチアで初めてその姿を見せることになった。
主演の金城武、ジャッキー・チュン、チ・ジニ、ジョウ・シュンは、
このニュースを聞いてみな非常に喜んでいる。
この作品はクリスマス・シーズンに、香港、大陸をはじめ、
アジアの多くの都市で同時公開される予定。

ベネチア映画祭のディレクター、マルコ・ミューラーは
最近北京を訪れ、未完成のこの映画40分を鑑賞した後、
その場でクロージング作品にオファーした。
さらに映画会社に代わって大きなパーティーを企画しようと
自ら提案、この作品を重く見ていることが明らかにうかがわれた。
実は彼は長年のピーター・チャン作品のファンなのだという。
(民生報 2005.7.26)


「Perhaps Love」が動き出したようです。
香港には精選した主役4人の精選ポスター(武は前に見たのと同じ)がお目見え、
またチャン監督は先週台湾に飛んで、武のアフレコと歌の録音を、
また、監督自らインタビューをしたとのニュースも出ています。
このときの写真はこちらに。
これが最新の写真ということになるのかしら?
でも、髪型は映画の中と同じような気がする……

詳しくは後ほど。



**************

その後、どーっとニュースが出ましたが、内容はほとんど同じです。
上の記事の補足になる部分を、
各ニュースからかいつまんで以下にまとめます。


このベネチア関連のニュースは、
星美伝媒(Stellar Media)の責任者が明らかにしたものだそうです。

それによると、マルコ・ミューラーは半月前に北京で映画の選定をしたとき、
まだ未完成の40分の「Perhaps Love」のフィルムを見たのだそうで、
見終えてその場でクロージング作品とすることを依頼しました。
ミューラーは、この映画は言葉の壁を越える力を持っている、
金城武、ジャッキー・チュン、チ・ジニ、ジョウ・シュンの4人の俳優の
目と表情の演技は劇中人物の感情のもつれを非常によく表現して、
見る者の心を震わせる、と語ったとのこと。

ただし、映画祭に参加できるかどうかは、
今の時点では最終的に決定していません。
ピーター・チャンは非常に喜んでいますが、
編集、アフレコなどのポストプロダクションが終わっておらず、
まだまだ多くのことを処理しなくてはならないからです。
「チャン監督はベネチア映画祭に参加するために、
香港で、不眠不休で編集作業をしている」とのこと。

そのかたわら、彼は台湾にも飛びました。
「数日前、金城武と、アフレコや歌の録音などのポストプロダクションを行ない、
また9月の映画祭への出席について相談した。
さらに、自分自身でカメラを操り、金城武のインタビューを行なった。
2人は夜パーティーに出席、その場で抜粋した映画のシーンを鑑賞、
金城武は、北京の雪景色の中でジョウ・シュンと演じた、
未練を断ち切れないシーンを見たとき、かなり心を動かされ、
ふと目をうるませていた。
また、素晴らしいミュージカルシーンを見たときには、
撮影当時のおもしろかったことを思い出して、くすくす笑っていた」

「プロモーションの第1弾となるポスターを、ピーター・チャンは非常に重視し、
このためだけにアートディレクターを依頼して、10数回の会議を持った。
最初のポスターは、少なくとも、人々の足を止める吸引力を
持つものであってほしいと考えたのである。
1枚のポスターにそれぞれ1人の写真が使われ、
パッと見は互いに関連がないようだが、
仔細に見れば、からみあった関係が見てとれる。
ジャッキー・チュンのやるせなさ、ジョウ・シュンの驚愕、
金城武の沈鬱は彼らの複雑な三角関係を表している。
チ・ジニの穏やかな微笑みと、まるで人々の愛欲を
外から眺めているような表情が、天使の役を表している。
この4枚に決めるにあたり、チャンは5000枚のスチールを引っくり返し、
選びに選んでこれにしたもの」

昨日から、香港全市の、
星美系列の大きな映画館ホール内に掲示されているそうです。

その4枚のポスターはこちらです。



BBS  1日1回!  8:50


2005年07月22日(金) 東京映画祭

「夜宴」への出演が決まったジョウ・シュンですが、
彼女の動向に関してのニュースで、
「如果愛Perhaps Love」が、今年の東京映画祭での上映ないし、
コンペティション部門への参加が考えられているとの記述がありました。
その折には、「夜宴」撮影中のジョウ・シュンを、
「夜宴」製作部との話し合いのもと、プレミアに派遣するであろうと。
決定情報ではないけれど、ありそうではあり、日本のファンとしては
ぜひ、実現を望みます。
(聯合報 2005.10.22)


BBS  1日1回!  10:00


2005年07月21日(木) 「ダウンタウン・シャドー」の頃��

「ダウンタウン・シャドー」の頃・2

金城武がウォン・カーウァイの影を濃厚に背負っていることは避けられない。
たとえどんなに努力しても、おそらく結果的には、
ウォン・カーウァイのレンズで見慣れた金城武になってしまうだろう。
ジョニー・トーは金城武との仕事において、特にこの点に注意を払った。

「いえ、ジョニー・トーはウォンとは似たくないと思っていて、
撮影が終わった後、ウォン・カーウァイ映画のようにならないよう、
似た感じにならないよう、チェックすることもありました。
ぼくの演技も、前の『恋する惑星』の感じとは違います。
逆にエリック・コットの『初恋』は、そういう雰囲気が出ているかもしれません」

「この映画の感じは、とても汚くてめちゃくちゃ、面白い特色です」
金城武の創り出す、イメージは深みがあり、演技は真に迫っているのは、
実は彼のとぼけた持ち味のせいかもしれない。
「とぼけているというのは、映画の役がそうだからで、
『パラダイス!』や『ダウンタウン・シャドー』ではそんな感じはないです」

ジョニー・トーと金城武が組むのは、これが2回目だ。
1本目が「ワンダーガールズ2」。
そして、「パラダイス!」までの間に、どちらも絶えず変化し続けてきた。
「ジョニー・トーは、『ワンダーガールズ2』のときと
『パラダイス!』のときとでは、少し違います。
本当を言うと、ぼくは『ワンダーガールズ2』のことは、ほとんど覚えていない。
シーン3つで、ぼくの出番はなくなりましたから、
そんなにたくさんのことを覚えているはずないですよね」

「前のときは、彼と接触する機会はありませんでした。
ただ、とてもいかめしかったのを覚えているだけです。
俳優に対してはとても優しかった。
今は、とても遊び好きということもわかりました。
「ぼくの方の変化は、よくしゃべるようになったことですね。
現場でよく話すようになった。
人とコミュニケーションできるようにもなりました」

「こんなにたくさんの映画に出てきたけれど、映画に対しては今も好奇心いっぱいです。
1作撮るたびに、いつも監督から何か知識を引き出す。
それは必ずやりますね」
「映画を作ることは、「スタート」から「カット」まで、
撮影からポストプロダクションまで、そして完成してやっと1本の映画ができる。
それが映画館にかけられて、ようやく完全な映画になるのです。
そのとき、観客が見てとったものが、正しい、その映画の感じです」
これが、金城武が最後に語った、映画の感じについての意見だった。
インタビューの後、彼はまたあわただしく
「ダウンタウン・シャドー」の撮影へと舞い戻っていった。  (完)

ジョニー・トーとの話が中心でした。
まだ「恋惑」「天使」からまもない97年だからか、
ウォン・カーウァイの影響のことが書かれていますね。
カーウァイ俳優というイメージが、まだまだ強かったのかなと思わせる記事でした。
これは、�爐い弔眛韻献Ε�ン・カーウァイ風�瓩隼廚錣譴討い拭△箸い�
別のDiary記事と呼応しますね。

金城武は、カーウァイから声がかかればいつでも行く、と言っていたけど、
それは今も変わらないのかもしれないですが、縁がなかったのかなんなのか、
結局実現しないで今日まで来て、
10年近く、一緒の仕事はしていません。

今、彼にはカーウァイ風とは関係なく、仕事の話が来ていると思うし、
周りも、またカーウァイと仕事してほしいとは思っても、
武は武として、演技に幅のある独立した俳優として見ていると思います。
なら、しばらく縁のないことも、残念がることばかりではなさそうです。
(私も「ぜひもう1回」派ではありますが)



BBS  1日1回!  1:00


2005年07月20日(水) 「ダウンタウン・シャドー」の頃��

96〜97年の、映画に出まくっていた、けれど、確実に新しいジャンルに挑戦して
少しずつイメージを変えつつあった時期についての文章は
目にすることが割に少ないのですが、
「ダウンタウン・シャドー」撮影現場で行なわれたインタビューを元にした
香港の某映画雑誌の記事があります。
「パラダイス!」にも触れているという点で貴重な記録です。
タイトルは、今、元記事のファイルがみつからず、わかったら書きます。


「ダウンタウン・シャドー」の頃

「恋する惑星」は、金城武の映画界における新たなスタートである。
もし「ワンダーガールズ2」で線を引くなら、「ワンダーガールズ2」以前は、
まだ形のできていない、真価の表れない金城武だ。
「恋する惑星」での彼は、あたかも束縛から放たれて疾走する車のようだった。
固定したイメージをその手で打ち破り、新たな自分自身を掘り起こした。
車はいまだかつてない効能を発揮し、目を奪う成績をあげた。
その輝きはただちに彼を日本映画へ、さらにはアメリカ映画という
2大マーケットへと連れて行った。

好評を得て戻り、96年になると、彼は2本の映画にのみ出演した。
リー・チーガイの「世界の涯てに」と、
ジョニー・トープロデュース、パトリック・ヤウ監督、
ワイ・カーファイ脚本による「パラダイス!」である。

そして97年、彼はウォン・カーウァイプロデュース、
エリック・コット監督「初恋」への出演を終え、
現在、テディ・チャンの「ダウンタウン・シャドー」撮影中である。


映画にやたらに出るわけではないが、年とともに
確実に映画経験を蓄積してきた彼は、今回「パラダイス!」に出演した。
ジョニー・トーは、こういう物語には。金城武の存在が不可欠だと話す。
彼がいて初めて、あの、自分の世界だけに生きている役が成り立つからだと。

この映画について、金城武はいわく言い難い感じを抱いている。
「映画全体の感じは、はっきり言いにくい。
映画は、撮影中、上映される時と、それぞれ違う。ぼくもどんな感じかわからない。
どの撮影でも、その映画をどう感じているか、よくわからないんです」

「パラダイス!」の2人の主人公、カルメン・リーと金城武は、
外見からして変わり者だ。ストーリーは、
映画のタイトル(原題「生き残るのは2人の内の1人だけ」)から想像することができる。
演技面で金城武は、以前とは全く違うやり方をとった。

「この映画を撮影していて、自分のセリフが少ないのに気がつきました。
ほとんどの場合、感覚を表現するだけでした。
それに、疲れと。撮影はひどく疲れました。
アクションが多かったですからね。
でも、段取りの決まったアクションではなく、
乱闘で、しょっちゅうひどく殴られました」

ひどく殴られるといっても、アクション映画では決してない。
このような感覚と表情で物語を語るのは、セリフで語るより難しいものがある。
おそらく俳優は監督の要求するところをつかみにくいだろう。

「いいえ! ジョニー・トーが何を求めているかは、とてもわかりやすかった。
彼は演じて、手本を見せて指導してくれるので、すごくわかりやすい。
ただ、ぼくがときどきからかっただけです。
『これでいい? こんなふうにするの?』って」

映画は、ジョニー・トーとパトリック・ヤウの2人が分担してあたった。
ヤウはトーがテレビ局から連れてきた人間だ。
2人の分担の割合は、金城武の見たところではこうだ。
「トーさんはずっと先生でした。
現場で指揮していました。
そしてパトリック・ヤウは、たくさんやりたいことがあり、
たくさんアイデアを持っているけど、
まだ実践する機会があまりないのだと思いました。
彼はいろんな技術を持っていますよ」   (続く)


BBS  1日1回! 1;00


2005年07月19日(火) 入隊日記(報告班長)3

これで一応終わり。
「報告班長」は(あちら版で)DVDも出ているので、
機会があったら、見てください。
単純な話だし、コメディ要素もあるので、言葉がわからなくても
話の流れはなんとなく推測できます。


「報告班長」撮影日記・3

5月12日(木)

今日の撮影はぼく1人の芝居だった。
実は1分にも満たないシーンだけど、
その前にスタッフは朝から晩まで大変な思いをしていたのだ。
ぼくは、成語の使い方があまりうまくないが、
真っ黒に日焼けしたみんなを�狹秒困龍譴靴澂瓩班集修靴燭蕁�
この言い方のどこが悪いのかわからないが、みんな涙を流して大笑いした。

映画では、ぼくはバスケットボールの達人で、
やむを得ないときでなければ、絶対その腕前を見せない
�狠�人中の達人�瓩澄�
そして、つむじ風のようにシュートを決める。
ああ、いくらぼくが少しくらいバスケットができたとしても、
シュートを決めるには�爐い気気��甬�離がある。

幸い賢い監督はとうに承知していて、高い台やはしごなどの道具を持ってきて、
ぼくがこのプロレベルの動きをやりおおせる手助けをしてくれた。
こんなシュートのやり方を、少しの人しか見ていなくてよかったと思った。
でなけりゃ面子丸つぶれだよ!
1つ秘密を明かそう。
ダンクシーンには、ほんのちょっとした技巧も使われているのだ。
それは――両面テープ。

神様がぼくを慈しんでくださったのかどうかはわからないが、
ちょうど暑くて焼け焦げそうだと思ったそのとき、
突然、ザーッと大雨が降ってきた!
ワー! 広大な黄砂の地面が突然大雨に見舞われたその瞬間は、
奇景といってもよかった。
からからに乾いた土地が濡れると、まるでやっと息を吹き返したかのように、
空に向かって重々しく一陣の白い煙が吐き出されたのだ。
実に壮観だ。この土地にうといぼくは、ただぽかんと見ていた。

ぼくは軒下で静かに待っていた。
子どものとき見ただけの虹が見たいと、ずうっと念じていた。
30分経ち、1時間経ち……どのくらい経っただろうか、
はるか向こうからジミー・リンが大声で呼ぶのが聞こえた。
「タケシ、飯だぞ」
やっと我に返って、心も軽く、向こうでさざめく兵隊さんたちの方に行った。
ぼくは思った。
これから1カ月、虹を見るチャンスはきっとある!  (完)

    恐らくプレミアのとき。これもClickして拡大(重いデス)。


BBS  ネタバレ  1日1回!  12;30


2005年07月18日(月) 入隊日記(報告班長)2

「報告班長」撮影日記・2

5月11日(水) 救いの神の午後の大雨

静かな南台湾に着いたら、
ついでに�狄箸鮟い畧鎖世鰤祥椨瓩靴茲Δ隼廚辰討い燭里法�
ベッドの中でさえ、穏やかな眠りは得られないようだ。
毒蛇にも軍事教練のようなものがあるらしく、
�狠畚�ある�畚弦臧�隊がぼくに向かって攻撃してくる。

朝9時、映画会社の梅長錕オーナーが車でぼくを迎えに来たとき、
超スピードで顔を洗い着替えをした……
一番乗りの�爐�りこうさん�瓩砲覆襪弔發蠅世辰燭里法�
同室のジミー・リンが、すでに早朝、
お気に入りの車で�犖�栄なる入隊�瓩魏未燭靴討い燭箸蓮�

司令部に行くと、衣服係のおばさんと部隊の若い人が
てんてこまいでぼくのために一番合う軍服を探してくれた。
オーナーの�犲蠅魏辰┐燭虔鷙陲擦茵▲�ーダーメイドは厳禁�瓩量仁瓩�
彼らを大変苦労させた。
なぜなら、ぼくは生まれつき肩幅が広く、
普通の寸法の軍服では全然着られないのだ。
箱という箱を引っくり返し、やっと2組の体に合った装備を集めてくれた。

初めて軍装をするぼくの、服を着る速さは、
部隊の他の仲間に言わせると�犹爐砲燭い里��瓩世辰拭�
というのも、シャツから、上着、ベルト、S字ベルト、軍靴、ゲートルなど、
一連の煩雑な動作を終えたときには、20分を軽く越していたから……
後でぼくは、彼らは60秒もかからずに全部やってのけると聞いた……
うわぁ! 恥だ!

さらに、鏡で自分の顔をはっきり見もしないうちに、
メイクのおばさんに化粧鏡の前に引っ張っていかれ、
もう1つの恐怖の工程が始まった――「傷跡作り」だ!
「もっと小さく! もっと短く! しわになりすぎ!」と、
事務所のスタッフとぼくは、必死でこの傷口のために戦った。
おばさんは悶死しそうだったが、
芸能人がああだこうだ言うのにはなれていたので、
てきぱきと、監督言うところの�爛�ールな�畚�は完成した。
けれどぼくには全然クールには思えない。
�爐�ゆい�瓩世韻澄�

軍服に着替えたぼく、ジミー・リン、リッチー・レン、トォ・ゾンファの
�猝橘省嫉涼��瓩蓮△�っこうはついていた。
みんな一列に整列し、クランクインの儀式が正しく行なわれた。
お香を1人1人手にしたとき、みんなはふざけるのをやめ、
それぞれ天に向かって黙って祈りを捧げた。
いくつの願いが捧げられたか知らないが、
ぼくは任に堪える兵隊さんになれますようにと願い、
「報告班長」がヒットしますようにと願い、
これ以上暑さが続きませんようにと願い、
夜中、蚊がいませんようにと願い……。  (続く)

     自転車が好き? これも頂き物です。


BBS  ネタバレ  1日1回!   0:45


2005年07月17日(日) 入隊日記(報告班長)1

唯一日本版の出ていない映画「報告班長」。
98年のブレイクで、こんなものがと思うものまで発売されて、
この映画もリストに上がっていたのですが、お蔵入りになった模様。
今後も予定はないかと思われます。

「恋する惑星」の後の仕事がこの映画だったわけで、
おそらく1994年だと思いますが、台湾の芸能誌(誌名不詳)に、
金城武の入隊日記として、3日分が掲載されていました。

ちょっと珍しいかも……と、引っ張り出して、3回でご紹介します。
ストーリーについては、簡単なものをネタバレDiaryにアップしましたので、
ご参照下さい。



「報告班長」撮影日記・1

5月10日(火) 暑さに汗が背中を流れる

朝7時になって、「恋する惑星」の監督ウォン・カーウァイ、
主演女優のブリジット・リン、フェイ・ウォンに別れを告げた。
仕事を終えてこれから帰ってぐっすり眠ろうというみんなは、
急いで飛行機で台湾に帰り、�狷�隊�瓩里Δ�めに遭うぼくを、
憐れみの目で見るのだった。

もう頭のてっぺんまでぼうっとなっていたぼくは、
実は、みんなは「終わったよ」と、もう報告できるのが羨ましいだけでなく、
それ以上に、10時間後の「班長への報告」が心配になっていた。
暑いだろうか? 軍服は似合うだろうか? 基本動作は難しいのだろうか?
ああだこうだ考えているうちに、
窓から外を見ると、もう小雨の降る中正空港だった。

嘉義への出発までの合間を利用して、髪の毛を徹底的に�犲蠅鯑�れ�甦△蟾�む。
事務所の人は、ぼくの頭のてっぺんが2センチにも満たない
�猜実發気麁��瓩砲覆辰討い襪里鮓�て、目をむいた。
ぼくはふざけて、次のアルバムを出すときまで
このスタイルでいなくちゃならないんだと言った。
事務所の人が慌てて、本気でこの問題について相談を始めたのを見て、
ぼくはこのささやかないたずらに、ちょっぴりすまないと思いつつ、得意になった。

嘉義空港に着くと、部隊の連絡官の人が、迎えに来ていた。
彼の穏やかそうな様子を見て、�猝ね茘瓩紡腓い飽多瓦魍个┐拭帖弔�、
その気持ちも、車がゆっくりと基地に入るに従って、
驚愕の思いと共に雲散霧消した
……整然とした宿舎、きちんと整備されたジープ、
1枚の落ち葉さえ見当たらない芝生……
見るもの全てにぼくは呆然とした。
特に、行進する部隊とすれ違ったときは仰天した……
一体彼らのように歩けるだろうか……記憶の中のロボットのように……

眠りにつくまで、ぼくはずっと、今日のことを思い出してはドキドキしていた。
身の回りのシーツ類を整理しながら、絶えず考えていた……
ここにある、このベッドの柔らかいふわふわしたものが、
どうやったら、さっき見たばかりのあの�狷ι絖瓩硫瑤吠竸箸垢襪里世蹐Α� (続く)

     頂き物です。Clickして拡大。


BBS  ネタバレ  1日1回!   12:45


2005年07月14日(木) �猗梢班埒鎰�(昔の記事)

ご無沙汰です。
まず第一には金城武さんが文字通りのご無沙汰で、
ニュースではないけれど、面白そうな内容のものは
か〜なり、歯ごたえあって、すぐには翻訳できず、
第二に、ここのところ時間がとにかくとれず、少し時間があれば
眠くなってしまい……という状況でした。
本日、やや復活(いつまで続くか)。

以下は、前回とおなじ媒体の別の日のものですが、
内容的には、2003年7月27日のDiaryに直でつながります。


金城武 半身不随の謎の真相

少し前、金城武は映画の撮影中、アクションシーンで脊椎の古傷にさわることがあり、
腰痛で耐え難い思いをした。
後になって、台湾の民生報がでかでかと報道した。
「金城武に半身不随のおそれ!」

このような見出しを見て、心中、
「とんでもない! 阿武はあんなに若いのに。それに仕事だって順調だ。
こんなときにこんなことが起こるなんて、ありえない!」
との思いを抑えられなかった。

初めにしたのは、当然、本人に事情を聞くことだ。
だがいかんせん、彼はすでに天津と北京での撮影
(チン・シウトンの映画「冒険王」)に出かけてしまっていた。
戻ってくるのは、8月、「天使の涙」撮影のときになる。

これはどういうことか。
1つは、これらの仕事は早い内に受けてしまっていたので、
個人的事情で仕事を遅らすということはできないから、
我慢するしかなく、ゆっくり養生ができないでいる、というものだ。
悪ければ、「半身不随」になる可能性だってある。
もう1つは、彼はピンピンして仕事に専念しているということだ。

結局、やはりそのわけがわからなかったので、
金城武の台湾の所属事務所の責任者に問い合わせた。
フーロンのヤオ・イージュンは、金城武、チャーリー・ヤンと一緒に
天津に行ってしまっていたが、送ったファクシミリを読んで、
新聞の見出しは少し大げさだと言ってきた。

彼女はこう語った。
「実は、これは、金城武の足の親指が、
最近ずっと麻痺したような感じになっているところから起こってきた話なんです。
たまたま、彼が以前、撮影中にアクションシーンで腰を痛めてしまったとき、
子どもの時おろ学校の鉄棒から落ちて脊椎を傷つけた、
という話が出たのです。
今は腰はもう大丈夫で、大きなアクションでなければ、再発しないはずですが、
今回は、足の親指の麻痺のことだったのです」

聞いた話では、親指が麻痺するようになってしばらくになる武だが、
そのことを一言も口にしなかったそうだ。
後に、何気なく事務所側と話をしていたときに、
問題があるかもしれないことがわかったのだ。
医者に行くのが昔から嫌いで、注射が一番こわい武を、
事務所のスタッフがおどしたりすかしたりしながら医者に行かせた。
その結果、いったん診てもらうと、わからないことが出てきて、
3、4人の医者がそれぞれ違うことを言うのだった。
が、正しい治療法と病因はわからず、武の親指は相変わらず頑固に麻痺したままだ。

「どれを信じたらいいかもわかりません。
ある医者は過労だから何が何でも休みを取らなくちゃと言うし、
別の医者は、靴のせいで親指が十分伸ばせなかったからだと言います」

北京でも彼は検査を受け、本当の原因を知りたがった。
そしていろいろと検討した後、
彼が長いこと履いている靴のせいだという意見が多数を占めた。
であるなら、武が素直にその「旧友」を暫時お蔵入りさせさえすれば、
遠からず回復するだろう。ただ、今回は予想外な収穫もあった。

ヤオ・イージュンは、こう話す。
「以前、彼はどんなことがあっても医者に行かなかったんです。
風邪をひいても数日我慢すればいいと。
今はもう大丈夫ですね。自分から医者に行きますから。
もう若さに頼っていないで」と言う。

ということは、彼は多分、保険にも入ろうとしない?
「彼は大変楽天的な人間で、いつもそんなふうで心配をしないんです。
でも、最近彼は保険に入ろうとしていますね。
彼さえイエスと言えば、私たちはすぐにでも手続きをしてあげるのだけど、
相談している途中でまた他の仕事が入ってしまいました。
9月、�犹余�天王�甼Ρ蕕留撚茲暴个襪箸�にならないと台湾には戻らない。
そのときになったら、また彼の気持ちを聞いてみましょう!」
そう、ヤオ・イージュンは説明した。

年も非常に若く、芸能界での仕事も順調で、
生活に困らず、当然心配事もなく、
所属事務所が仕事はすべて手配してくれるし、
母堂が財政面や個人的な事務関係は管理してくれる。なんともうらやましい。
が、健康だけは他人がどうこうしてやれないものである。
どうやら、彼の場合、まず、自分の健康面に時間を注ぐべきであるようだ。
(取材・菊菊 Young-Express 1995.7.22)


上↑とは関係ありませんが、
KIMIKOさんが送ってくださった古い記事から、
初めて読む内容なので、ごく短いのをおまけに。


19歳の金城武の話である。
アメリカンスクール在学中、端午の節句にちまきを作る習慣があるのは
クラスの中でも彼の家だけだった。
そのころ、端午の節句の前日になると、
彼は数十個のちまきを持っていって、クラスメートに食べさせたのだという。
今年、彼が休学すると、大勢のクラスメートが端午の節句の前日、
次々と電話をかけてきて、一緒にちまきを食べたいと言ってきたので、
自分の思いがけない重要さに、突然気がついたのだった。
(聯合晩報 1993.6.24)


BBS  1日1回!  1:40


2005年07月07日(木) 「失約」の頃

しばらくまたニュースが途切れています。
こんなときこそ、これまでの作品を鑑賞するとき。
特に露出の多かった台湾・香港時代(無茶苦茶多い)、
日本ブレーク時代(本人出演はそんなにないが)のメディアを見ていると、
思わず時間を忘れてしまいます。
その時代時代で、素敵だし、面白い人なんですよね。

そういうわけで、以前の雑誌記事から引っ張り出したのは、
香港の「Young Express」という芸能紙(雑誌?)。
これは日付がわからないんですが、
「失約」を出してすぐらしいので、1994年?



金城武の「約束違反」は大きな反響を巻き起こしただろうか?
金城武は紳士であるから、非常に信用を大事にする。
軽々しく信用を失うようなことは絶対にしない人間だ。

彼の「約束違反=失約」は、実は広東語の歌で、
彼にとって初めての広東語歌であるが、
歌の技巧も発音も非常にきちんとしている。
1年近く、香港ではアルバムを出していない金城武への見方を一変させた。

ニッキー・ウーは金城武より早くから香港に進出し、
広東語の歌を歌って1年以上になる。
が、金城武のアルバムが出てからは、
ニッキー・ウーの広東語は金城武に及ばないと言う人が大変多い。
金城武は比較はしないのが一番だと思っている。
彼はこう言っている。

「ぼくは語学の天才なんかじゃありません。
でも、子どものころから、北京語のほか、日本語、英語などもできたから、
多分、発音も割に早く正確にできるんだと思います。
でも、ニッキー・ウーの歌はすごく心がこもっています」

彼は大変謙虚に、台湾でニッキー・ウーとは比べてほしくなかった。
なのに、香港でまで比べられる、と語る。
そして、2人の経歴や背景は違っているけれど、
2人とも台湾から香港に来て仕事をしているから、
ある種のなんともいえない親近感がある、
機会を得てニッキー・ウーと共演したいと言った。

「ぼくたちはレコード会社が違うから、
一緒に歌の仕事をするのはきっと難しいでしょう。
だから映画で共演するしかない。絶対いい結果が出ると思いますよ」

以前、彼とニッキー・ウーが、
それぞれチャーリー・ヤンと温碧霞にお熱だという噂が流れたが、
仕事上でトップを争うだけでなく、2人は恋愛面でも何かと縁がある。
金城武はその噂の話に触れて、思わずため息をもらした。

「ぼくとチャーリー・ヤンは知り合ってずいぶん経つのに、
なんで今になって噂を立てられるのかわからない。
彼女のことは妹のように思ってるし、
今まで惚れたはれたという感じになったことはありません」

男女間の感情はとても面白いもので、縁がなければもちろんだめなだけでなく、
ある、ビッとくる感覚も必要だ、と彼は考えている。
そして、デビューしてからそういう感じになったことはないという。
彼が芸能界に入ってしばらく立ったが、
女性スターに対し恋愛感情を持ったことはない。
芸能界の女性はもみんな美人だから、と私は笑って彼に言った。
特殊な傾向があるのでなければ、美人を見たら誰だった心が動くだろう?
金城武は答える。
「ぼくはブリジット・リンがとてもいいと思います」

「恋する惑星」で共演した、子どもの頃からの憧れの大スターに、
気後れを感じながらもすごく嬉しかったという。
彼は自分は若すぎて、彼女に振り向いてもらえることは絶対ないと自覚している。
ということは、自分より年上の女性が好きなのだろうか?

「人と知り合ったとき、もちろん相手の年齢は聞けないけど、
その人を見て自分より年上だとわかれば、まず覚えるのは尊敬ですね。
年齢差が少なくなって初めて、心引かれ、慕う気持ちがわいて、
気持ちが育っていく」

金城武は、自分は理知的なタイプで、感情にはなかなか流されないと言う。
感情的になってしまうのを恐れているのだ。
それなら、温碧霞は、どうして彼とあれこれ言われるはめになったのだろう?

「ぼくが覚えているのは、初めて香港に来たとき、
ある公開の場で温碧霞を見たんです。
そのころは彼女が誰だか知らなくて、横にいたスタッフに
「あの人、きれいだね」と言ったんです。
それ、が今になって、彼女を追っかけてると噂されるなんて
思ってもなかったですよ」

彼は仕方なしに説明した。
芸能界というのは、敏感なところで、
そよ風が吹いただけで、たちまち大風が巻き起こり、天地を震撼させてしまう。
金城武はこの世界で生きるからには、それに適応しなくてはならないのだ。

「ぼくも受け入れるようになりました。だから、過剰反応はしません。
ただ噂があまり多くないことだけを願ってますよ。
外部の人が誤解して、ぼくが男女のことにかまけて、
まじめに仕事をしてないと思われるのはいやですからね」

金城武は、アイドルになりたいと思ったことはない。
アイドルは、いつも外見だけうんぬんされて、
中身のことは言われないと、彼は言う。
しかし彼は若い。実力派になろうとも思わない。
実力派にはまだ距離があると考えており、
いたずらにそのような肩書きを求めることはしたくない。

私は笑って言った。
なら、金城武になれば、それでいいじゃないか。
君に似た人は誰もいない。絶対間違えられないさ。
(文・藍藍 Young-Express)


BBS  1日1回! 1:30


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