武ニュースDiary


* このサイトはリンクフリーです。ご連絡はいりません。(下さっても結構です。^_^)
* 引用は、引用であるとわかる書き方なら、必ずしも引用元(ココ)を表示しなくても構いません。
* 携帯からのアドレスは、http://www.enpitu.ne.jp/m/v?id=23473 です。
* 下の検索窓(目次ページにもあり)からキーワードでDiaryの全記事が検索できます。
* バナーは世己さんから頂きました。
* Se inter ni estus samideanoj, kontaktu al mi. Mi elkore atendas vin, antauxdankon!


目次|前の記事|新しい日記


2005年06月06日(月) 「Perhaps Love」クランクアップ●007プロスナンの後釜●韓国の投票

「Perhaps Love」クランクアップ?

上海のファンが上海の武を追って6回、撮影所等に通った経緯を
Derrickのサイトで報告してくれていますが、
その涙ぐましい努力には、本当に心から応援したくなります。
その話によれば、「如果・愛」は、今日クランクアップになるようです。

撮影所のセットで、彼らがやっとの思いで見ることのできた武は、
ボヘミアン風の衣裳を着て、
ジャッキーやジョウ・シュンと一緒だったそうですが、
雑誌が書く孤独癖のある彼とは全然違って、
気持ちのよい健康的な青年で、背が高く、
笑ってないときは「不夜城」に登場した時のようなクールな感じだが、
とても朗らかで子どものようにいたずらっぽく、
スタッフともとてもよい関係のように見えたとのこと。
5月の下旬には1度日本に戻ったらしいです。

このあと、ポストプロダクションを経て、
次にニュースを目にするのは、何かの映画祭のときでしょうか。
年末までに、またびっくりするようなこと、ないかな。



次は少し前の記事です。

金城武はリターナーとなれ

ピアース・プロスナンが「007が嫌になり」、出演辞退を申し出てのち、
欧米の映画界は、誰を彼の代わりにすえるか頭を痛めている。
ジョージ・クルーニーがいいと言う者あり、コリン・ファレルだと言う者あり、
またジュード・ロウが一番かっこいいと言う者あり、
ブラッド・ピットかジョニー・デップのどちらかしかないと言う者もいる。

さらには、「レオン」のフランスのスター、ジャン・レノを提案、
非常にかっこよく、表面は冷ややかだが心は優しく、最高にたくましい、
別のタイプの007候補だと言う。
そして欧米人があげた新ジェームズ・ボンド候補リストには、
なんと日本の金城武の名が上がっている。
金城武は彫りの深い顔立ちで、鼻はすっと高い。
腕も立つし、英語も十分水準に達している。
東洋風ジェームズ・ボンドとしたら、上々のキャスティングだ。
もし香港で金城武に対抗できる者をあげるとすれば、
もちろんダニエル・ウーだろう。

身の上を語りたがらない

台湾と日本のハーフである金城武は、
日本のマスコミに、常に十指にあげられるスターだが、
人柄はとても変わっていて、大変控えめであり、
自分の身の上について語りたがらない。
仕事をしゃかりきで取るわけでもなく、名利を追い求めようとしない。
ギャラやクレジットも全然重視せず、
名声と実益を争う場にある芸能人らしくなく、
逆に俗世間を離れた高貴な人間のようだ。

「日本の金という姓の者は、みなひっそりと控えめである」という説がある。
なぜなら、日本では、姓が金や崔の者は多くが朝鮮人の後裔だと
盛んに言われているからだ。
そして朝鮮人は50年代には一段低い人間とみなされ、
「賤民」に列せられて、その多くは肉体労働者として
清掃や土木工事の仕事にたずさわった。
そこで、金という姓の朝鮮人の多くが、日本に帰化するとき、
姓を「金子」「金大」「金木」などの日本式に改めたのだった。
例えば、日本で成功した香港のスター、アグネス・チャンの夫の名は金子力で、
彼もまた昔の朝鮮人の子孫である。
また、日本の人気俳優、金子信雄も同じであることがおのずからわかるだろう。

階級観念の強い日本

日本人の階級観念は非常に強く、今なお、富裕な家では
韓国・朝鮮の血を引く者との結婚を喜ばない。
韓国・朝鮮人は日本では非常にひっそりと控えめで、家族のことを言いたがらない。
金城武も姓が金である。
彼の父親は早くから日本を離れ、台湾で身を立てた。
これも韓国・朝鮮系だったからかもしれない。
だから、金城武は日本で「神様、もう少しだけ」「二千年の恋」など
高視聴率のドラマを持ち、「不夜城」「リターナー」など著名な映画に
出ているにもかかわらず、半ば身を隠すようにして、あまり活動しない。
したがって、本当にボンド役に選ばれても、必ずしもOKするとは限らないだろう。

目下、韓流が東アジアを席巻している。
韓国の男性スター、ペ・ヨンジュン、イ・ビョンホン、チャン・ドンゴン、
クオン・サンウは、日本で��21世紀の4大天王�瓩半里気譴討い襦�
だが、それが在日韓国・朝鮮人の地位を高めることには少しもなっていない。
階級意識は根深いのだ。
金城武はやはり香港や台湾に帰ってきて、
心を開いてこそ、真の心の喜びはあるように思える。
(新報 2005.4.30)

「リターナー」となれ、というのは、つまりあちらのタイトル「武者回帰」のことで、
金城武は香港台湾に帰って(回帰)こいという意味です。
彼が姿を現すのを好まないことが、このような解釈になるというのには
ちょっとびっくりしました。

内容的には、金のつく日本の姓がすべて大陸由来ではないし、
特に、ここに例に挙げてある金子姓は、日本の古い姓だとも、言われています。
ご存知の通り、金城は沖縄の姓です。
金大という姓も私は聞いたことがない。

だから、内容の信憑性はかなり怪しいのですが、それはそれとして、
これが印象に残ったのは、最後のくだりがあったから。
韓流といって韓国物が日本でも大いにもてはやされているけれど、
それが在日韓国朝鮮人の地位を改善することにつながっているのか――
ここは日本人じゃないから、できた指摘だと感じました。

姓のことが出てきたので、ざっとですが、ネットで日本の姓について調べてみたとき、
昔から聞いている、あの芸能人は実は韓国・朝鮮人……式の話が
今も盛んに言われていることを知りました。
こうしたことの底に流れる日本人の意識・感情は変わりつつあるのか、
相変わらずなのか……

金城武が日本で成功したことについて語るとき、
あちらの新聞では、よく�猗鷯錣貿啾湘�な日本で�瓩箸いι集修鮖箸辰董�
その快挙を強調します。
日本人は「日本人論」が大好きだと言われますが、
それはほとんど欧米人が語る日本人論、もしくは欧米人と比較した日本人論です。
アジア人がどう見ているかには関心はないというのが、
本当のところじゃないのでしょうか。
でも、自分が何者か知りたかったら、一見似ているように見える
同じアジアの国どうしと比べ合わせてみた方が、
ずっとよくわかるだろうと思います。

間違いだらけの記事だけど、いろいろなことを考えさせられたので、
ご紹介してみました。
(それとここでの五十年代というのが何をさすか、よくわかりません。
ご教示下さい)



韓国つながりで、
「大長今(チャングムの誓い)」の主演女優、
李英愛が香港の映画スターを共演するなら誰がいいか
というウェブ投票を、韓国最大の芸能ファンサイトでやったそうですが、
1位 トニー・レオン、2位 アンディ・ラウ、3位 レオン・ライ、
4位 金城武、5位 チャウ・シンチー、6位 ダニエル・ウー
という結果だったとか。

香港の新聞がこんなたぐいのニュースを大々的にとりあげるというのは、
この女優の人気がかなり高いということなんでしょうか、
私にはわかりませんが、ここで気がついたのは、
金城武が「香港スター」のくくりに入っているということ。
「恋する惑星」で韓国に登場した彼は、
いまだに韓国人にとっては香港スターなのかなと思いました。


BBS 0:05


2005年06月05日(日) 昔の話

96年から97年ぐらいの話ですかね、
KIMIKOさんが、主に中国時報からいっぱい拾ってくれている中から、
今、大した動きもないし、少しアップしてみます。

1つはスターストーリーとして、
穏やかな金城武にも、こんなことあったよ、というもの。出典不明。

もう1つは、ウォン・カーウァイ映画のプロモで来日していたときのじゃ
ないかと思います。



金城武の手には小さな傷跡がある。
小さく、人は気が付かないが、金城武にとっては、少年の日の成長の刻印だ。

金城武は上品で、裏表がなく、たとえ怒り心頭に発しても、
決して荒々しい言葉で人を罵ったりしない。
が、彼は、自分も子どものころ、かっとしたとき、
激するままに自動車のガラス窓をたたき割って
うっぷんを晴らしたことがあったと言う。
ひどく出血して、傷跡は今も残っている。
しかし、この流血経験のあと、彼は心を平らかに持って
冷静に人と社会に対することを学び始めたのだった。

彼は、そのとき、腹が立ってどうしようもなかったのだという。
友達と言い争いをしたか、ひどいことを言われたか、
でなければ相手の言ったことが彼の自尊心をひどく傷つけたかで、
気持ちがコントロールできなくなってしまったのだ。

なかなか血が止まらず、医者に行って止血してもらったと、
彼はそのときの様子を語る。

彼が言うには、今はもうそんなに腹を立てることはないし、
下品な言葉を口にもしない。
というのは、子どものころにそういう経験をしたことで、
不適切な言い方をするだけで簡単に人を傷つけること、
まして荒っぽい言葉を投げつけたらどういうことになるかを、理解したからだ。
このころの刻印は、傷の痛みという代償を払ったけれども、
大きく彼を成長させ、得るところは多かったと金城武は語った。


背が高くハンサムな金城武は、口数が少ないが、
一度口を開けば必ず人をびっくりさせることを言う。
周囲の人何人もの話を聞くと、彼の考え方は確かに普通の人と違っている。
例を挙げれば、もっとよくわかるだろう。

あるとき、彼が東京で、翌々日受ける予定の
日本のマスコミの取材の準備をしていたとき、
不意に、新しい靴を用意して、マスコミの人たちにいい印象を与えなければと
ひらめいた。そこで、泊まっていた新宿の旅館の近くで、
かっこいい新しいバスケットシューズを買った。

新しい靴を履いてみると、今度は靴が新しすぎて足を痛めると思い、
人に笑われながら、新宿の街を疾走し始めた。
靴を履き慣らして緩めつつ、ついでに町を見物するつもりだった。

ところがなんと、その夜金城武はどんどん遠くに行ってしまい、
あんなに大きい新宿の街だから、道に迷って旅館に帰れなくなってしまった。
公営民営の地下鉄に行ってみても、どれも運行は終わっており、
街頭の人影もすでにない。
彼は一人ぼっちで街中を歩いた。
生存本能を頼りに、最後には月の明かりのおかげで道を見つけて帰りついた。
もちろん、靴はとっくに緩んでいた。

旅館に着いたとき、金城武の両足はマヒ状態で感覚がなく、
部屋に入ると、すぐ棒のように布団に倒れこんで、動くこともできなかった。
2日後、その靴を履いて彼は日本のマスコミの取材を受けたのだったが、
足はまだ棒のようにマヒしたまま、顔には憂いのような表情があらわれて、
逆に一種の魅力を生み出していた。

金城武の考え方は変わっていて、たまたま飛び出した一言二言でも、
人を驚かしてやまないといった感じだ。
以前、ある人が彼に「おい、最近すごく景気がいいな」と言ったところ、
彼は間髪を入れず、答えた。「いつもこうじゃない?」
(科芸百代)


BBS  13:45


2005年06月03日(金) 「夜宴」について監督は?

「夜宴」の話が昨日出ましたが、監督本人はどう言っているのか?
大陸紙のインタビューから、それに触れた部分を抜書きし、
探ってみますと……


フォン・シャオガンへの独占インタビューから

新作の計画は�犹爐鵑任盡世┐覆���

新作の話になると、思い出すのが、2日前に噂の出たばかりの、
フォン・シャオガンは“パパラッチ”たちをあてこすった内容の作品
「娯楽大家」を取りたいと思っているという話だ。
これに触れるや、フォン・シャオガンは吹き出した。

「あのとき、ほんとに内輪の範囲でその話をしたのに、
翌日になったら、もうニュースになってるんだ。
おまけに葛優やカリーナ・ラウといった人選の話まで、すっぱ抜かれてる。
本当は、この映画の脚本はまだ影も形もない。撮影なんか遠い先の話なんだ。
君達マスコミは、きっと華誼兄弟会社に手先を送り込んでるに違いないよ」

噂では、以前香港の「東周刊」に昔撮られたヌード写真を公開され、
非常なプレッシャーに苦しんだカリーナ・ラウは、見事トップ女優となったが、
「娯楽大家」でそれを反映した役柄を演ずるとも言われている。
これについて、フォン・シャオガンは真顔で
「それはあるはずがないよ、あまりにそれは……あるはずない」

火のないところに煙は立たず、フォン・シャオガンの話は、
少なくとも、噂にあげられた新作はすべて彼の計画にはある、
ということは証明するものだ。
ただ、まだ意向の段階で、いつ実現するかは知るよしもない。

しかし、中国の人々にとって、お正月映画に「フォン・シャオガン出品」と
銘打たれた映画があるというのはならわしになってしまっている。
現在既に6月、フォン監督は半年間で、
お正月のごちそうをでっち上げることができるのだろうか?
「うーん、これはね、責任をもって言えるよ」
とフォン・シャオガンはまたもや「天下無賊」の�瑰媾猫瓩�
有名なセリフを思い出した。
「それはない! 以前、みんなが言っていた『貴族』だとか『娯楽大家』だとかは、
全部検討中で、脚本は何もないんだ。今年は不可能だね」

今回、長沙に来て盛和��と会った目的――「夜宴」について、
フォン・シャオガンは率直に�犂�弁してほしい�瓩箸海Ω譴辰拭�
「これは本当に言えないんだ。私たちは出資会社と契約をした、
彼らのスケジュールに合わせなければならない。
時機が来たら、すべてお話しすると約束するよ」
時機が来るとはいつのことをいうのか?
「もちろん、脚本、資金、出演者が全部決定して、
明確に契約が交わされ、本決まりになったときだよ」

先に華誼兄弟会社の責任者、王中軍が明かしたところによれば、
「夜宴」は国際的な出資のもと、製作費は3000万米ドルを超え、
さらに出演者の候補としてコン・リー、金城武、チャン・ドンゴンら
国際的知名度のある俳優が顔をそろえるという、実に大々的なものだ。
フォン・シャオガンは、国際舞台への進出の意志があるのだろうか?

これに対しては、フォン・シャオガンは完全に否定はしなかった。
「ハハハ、私は人民のために仕事をしている。
もちろん、国内10億を超える人民に十分尽くしたあと、
世界の人民にも尽くせる力があれば、それもいいことだ」
(瀟湘晨報 2005.6.3)

うーん、何となく、これは決まりかしらという気がしてきますが、
もう少し待たなくちゃいけないでしょうね。


BBS  23:50


2005年06月01日(水) 「夜宴」情報再び

フォン・シャオガンの新作にまた新しい動き
「夜宴」に名脚本家を依頼


「貴族」の脚本がなかなか出来上がらないことが理由で、
フォン・シャオガンはお正月映画戦線に加わらないことを発表。
彼が今年どんな題材の映画を撮るのか、あれこれと推測が飛んでいるが、
昨日の夜、フォン・シャオガンはひそかに長沙を訪れ、
著名な脚本家盛和��と面会し、新作「夜宴」について打ち合わせを行なった。
今回の長沙行きには、親友の監督、張黎と、
�狠羚颪離肇奪廛侫�ルム編集者�瓩噺討个譴詢�苗苗を同行、
ファン・シャオガンのこの脚本に対する重視のほどがうかがわれる。

昨夜、フォン・シャオガンは友人達とともに長沙に到着すると、
すぐ盛和��と脚本について打ち合わせを開始した。
これまで、フォン・シャオガンの今年の作品は、
香港のパパラッチ族をあてこする「娯楽大家」であるとか、
風刺性にとんだ「貴族」であるとか、いろいろと言われてきたが、
しかしこれらは全て煙幕だったのだ。
フォン・シャオガンが今年、本気で撮影をめざしているのは、
銀川金鶏百花映画祭の折、噂として名前の漏れた「夜宴」であり、
ただ、脚本担当は、この盛和��なのである。

内容が漏れるのを防ぐため、フォン・シャオガンは記者に対し、
余り詳しいことは明かさなかったが、記者は他にも取材を重ね、
「夜宴」は中国版「ハムレット」と言われており、
作中には「ハムレット」と相似する部分がかなりあること、
また、五代十国時代の有名な絵物語「韓煕載夜宴図」を種本とし、
中国の宮廷闘争における�牴�子の復讐譚�瓩鯢舛�ことなどを聞き出した。
ある事情通は、この作品の持ち味は、
フォン・シャオガンのこれまでの作風とは大きく隔たり、
コメディ風味は全くないとも明かしており、彼にとっては大きな挑戦となる。
さらに、製作費も今までの最高で、3000万米ドルになると予想されている。

盛和��が昨日語ったところによると、
もともと彼が北京に行ってフォン・シャオガンと会い、
脚本について相談することになっていたのだが、
湖南テレビ局の会議があり、局と契約をしている彼は抜けるわけにいかない。
そこでフォン・シャオガンが、自ら彼に会いに長沙に来たのだという。
フォン監督が脚本を非常に重視していることがわかる。

「夜宴」の全体的雰囲気について、盛和��は�狢臺兪饅鏑瓩箸い�4文字で表現する。
そして、ちょうど日本の監督黒沢明がシェイクスピア物を日本化し、
「リア王」を「乱」に生まれ変わらせたのと同様に、
今回ファン・シャオガンは「ハムレット」の中国化をしようとしており、
全く新しい感覚を与えるものになるに違いないと説明した。
現在、脚本は既に完成しており、今回のフォン・シャオガンの長沙訪問は、
脚本中の比較的細部の打ち合わせを行ったものである。
具体的な内容については、盛和��は今のところはまだ公表できないと述べた。

盛和��は、中国の脚本分野では、ずっと重厚な歴史物で有名だ。
その「走向共和」などの作品は、大好評を博している。
一方フォン・シャオガンはユーモア喜劇に長けており、
作風のかけ離れた2人が今回どんな火花を散らすか、
この点だけでも映画ファンは大いに期待できる。
「夜宴」のストーリーは、盛唐もしくは五代十国時代を背景に、
華やかな夜毎の歌舞音曲の陰で殺気漂う
宮廷闘争を映したものになるとのことだ。

この他、フォン・シャオガンの御用達俳優、葛優が今度も出演し、
時代衣装姿に挑戦すること、コン・リーも出演の可能性があること、
金城武、チャン・ドンゴンとも密接に連絡を取っていることもわかった。
このような顔ぶれから、フォン・シャオガンは明らかに
より広大な国際映画市場に野心を燃やしていると見られる。
(新聞午報 2005.6.1)


BBS  15:00


2005年05月31日(火) 小ネタ(「如果・愛」と「ダウンタウン・シャドー」)

製作発表のあと、ジャッキーとジョウ・シュンの撮影現場ぐらいしか
続報の入らない「Perhaps Love 如果・愛」。
しかし、ガードはどうぞ固くしてください。
予備知識は入れずに今度こそ見たいですもの。
と言いつつ、差し支えない範囲では、やっぱり知りたくなります。


チ・ジニは、自分の出番を終えて、28日に帰国したそうです。
この段階で映画は8割方撮影を終えていると、台湾紙が報じていました。

KIMIKOさんからいただいた南方都市報の記事がありまして、
誰が筆者か、というか、誰のリポートかわからないのですが、
一応訳してみます。


侯莎莎(大陸の新人女優)がピーター・チャンの「如果・愛」に出演するというので、
撮影地のチュードゥンは、上海市から車で1時間強かかるけれど、
ぐずぐずしてはいられないと、現場取材に出かけた。
現場は非常に賑やかだった。
大作というだけでなく、ミュージカル映画でもあるので、
もう�狄佑�多ければそれだけ賑やか�瓩班集修垢襪靴�ない。

金城武とは1998年に一緒に仕事をしたことがあり、それ以来の再会だった。
相変わらず親しみやすく、穏やかで、
しかも、時も彼のことは特別大目に見ているらしく、すごく若い!

嬉しいことにサンドラ・ンがいるではないか!
私は早速、親分の奥方として、目を光らせているんですねと冗談を言うと、
サンドラは笑って、ピーターが風邪をひいたので、見舞いに来たのだと答えた。
なんて優しいんでしょう!

ちょうど群舞シーンの撮影中で、俳優もダンサーも生き生きと踊っていた。
監督は1人の猛者(もさ)をわざわざ紹介してくれた。
すなわち�爛ぅ鵐匹糧�爺�瓩噺世錣譴訖局媚佞任△襦�
八爺とは袁和平(ユエン・ウーピン、有名なアクション監督で監督)先生のことで、
ということは、このあだ名からこの女性振付師の腕前がいかに大したものか
わかるということだ。

この「如果・愛」は楽しみだ。
香港の広東語映画の時代が終わってから初めてのミュージカル映画であり、
観客にとって、非常に新鮮なものとなるだろう。
(南方都市報 2005.5.27)

*********

これは全然別の話ですが、今、武について、せっせと情報収集中の
アメリカのファンのサイトで紹介されていたもの。
ジュード・ポイヤーというイギリス出身のスタントマンへのQ&Aです。
彼は10年ほどクンフーや空手などの訓練を積んだあと、
1996年に香港に渡り、スタントマンとして活躍をする人。
ジャッキー映画にも出演しているそうです。

その彼が初めて香港でスタントの仕事をした映画が「ダウンタウン・シャドー」です。
その話が、短いですが、回答の1つにあります。

Q:初めてのスタントのことを覚えていますか?

A:スタントとは何? 蹴られることもスタントですよ。
「ダウンタウン・シャドー」では、金城武が私の胸を蹴り、
私は床に叩きつけられることになっていました。
まず1回やり、私は床に倒れました。
すると、彼は本当に私を痛い目にあわせてしまったと思って、
大丈夫か見に飛んできたんです。
そのシーンがOKになったとき、彼は私のところに来て、私を抱き、
何回も蹴ったことを、謝りました――謝る必要なんてないのに。
(Q&A With Jude Poyer)


BBS  22:00


2005年05月29日(日) ビオテルム関係雑誌記事(「楽」)

ビオテルムの記者会見が行なわれたとき、
たくさん出た雑誌記事の1つです。
「TIMEOUT 楽」という上海の月刊誌の2ページの記事。表紙も武です。
ビオテルム関係の雑誌記事の写真は、すべてオフィシャルのものばかりで、
後は記者会見のときの写真ぐらい。
でも、何度見てもいい写真ですね。
大きくして見せてくれるだけでありがたいと思います。


ぼくは天使じゃない

もし、この世に本当に天使がいるなら、それは金城武だ

4月の商城シアター。
ビオテルム・オム中国地区イメージキャラクターの発表会。
金城武がついにライトのもとに姿を現わしたとき、
会場を埋めた、スターには何度も会っている大手マスコミの
編集長クラスの者達から、
なんと、若いファンのような歓呼の声があがった。

かつて、女性の友人達に、
「もし金城武と一夜を共にするチャンスがあったら、その過ち、犯す?」
と聞いてみたことがある。
私が聞いたのは、20から35までの、
ほとんどが安定した異性とのつきあいをしている者ばかりだったが、
異口同音に答えが返ってきた。
「やるわ。その過ちのためだったら、何でもする価値がある」

天使はこうして作られた

1990年、バイクを買う金を自分で稼ぐためだけに、
金城武はわけもわからず芸能界にデビューした。
17歳の彼は、すでに人の目を引く晴れやかな美しい少年だった。
しかし、まだぎこちなく、気後れでステージの前に出られず、
観客を正視することもできなかった。
美しいことは美しいが、中身がそれに追いついていなかった。

1994年、22歳で「恋する惑星」の、
毎日缶詰に向かってぼんやりしている警官を演じた。
内に秘められてはいたが、個性が形づくられ始めていた。
ウォン・カーウァイは、確かに偉大な監督だ。
彼の映画で、金城武は初めて沈黙を、1つの持ち味へと変えたのだ。
この持ち味は、それから何年も経つ今日まで、ずっと彼を満たしており、
今では彼のトレードマークにまでなってしまった。

1988年、「不夜城」での彼は、やはり寡黙で閉鎖的だが、ヤクザの役である。
その、アイデンティティーを見出せない外れ者の魂は、
彼自身ではないのだろうか?
中国では日本の血を引く者とみなされ、
日本では台湾の芸能人と思われている。
たとえ全アジアの人気者であろうとも、
根を持たずさすらう魂のままなのだ。
その年、彼の笑顔は光り輝くようであったが、
眼には実質が宿り始めていた。
彼は、本物の俳優となり始めていたのである。

このように自分の内にこもる子は、決まって極度に敏感なものだ。
それが、あいにく手のつけられないほどの人気者になってしまうと、
少なからぬ困惑と苦労があったはずだ。
もしかしたら、敏感であればあるほど傷つきやすいのかもしれないが、
だが、いったん心が通じれば、往々にして逆の極端になりうる。

どのように気持ちを整理しているのかはわからないが、
彼は人気絶頂のときも、なおシンプルな生活を維持している。
「仕事のないときは、映画を見たり、友達と話したり、
わざわざお知らせするようなことは何もないです」
我々が見ることのできるのは、彼の今も変わらないきれいな目だけだ。
その目に宿る純粋さは、レスリー・チャンと並び得るものだ。

こうしてここに、「神様、もう少しだけ」が日本で視聴率のトップに立って、
アジア中で最もセクシーな若者になった後、絶えず微笑み、沈黙したまま、
いつまでも映画の仕事だけを続けていく彼の姿がある。
マスコミが彼の性的傾向を取り沙汰し、家庭のことをほじくり出し、
果ては彼が日本にずっといるのは、
ヤクザを避けるためではないかなどと疑い、
所属事務所がかんかんになってデマに反駁するときも、
彼はやっぱりいつものように沈黙し、きらめく笑顔を失わない。
あらゆる醜さを見尽くして、それでも純白の飛翔を選ぶ、
これが天使の、たぶん宿命なのだ。

天使のシンプルな暮らし

芸能界の基準で測ったら、金城武の控えめさはお話にならない。
周りのスタッフが明かすところでは、
オフの生活は本当に「貧弱」という言葉が使えるほどだという。
映画を見る、ゲームをする、おいしい店で食事する――
わが街上海のどの平均的市民の生活よりもシンプルなくらいだ。

どのように肌の手入れをしているか質問されて、
金城武ははにかみながら答えた。
「ぼくがするのは洗顔です。
もともと顔を洗うのはあまり好きじゃない。
ずっと人に言われて、メイク落としや清潔にすることが
とても大切だとやっとわかるようになりました。
でも今もあまり上手にできなくて、周り中水浸しにしてしまいます」

「この仕事を始めたころは、
なんで化粧をしなくちゃいけないんだろうと思っていました。
すごく変だと思いましたよ。
その後、仕事上、技術的面で照明が必要だから、
質感や色調を補わなくてはいけないとわかったんです。
今、美容院に行く人は多いし、整形する人もいるけれど、
それはその人の価値観で、
自分なりの価値観を持っていればいいんだと思います」

気質は変えられないものかもしれない。だが、用心深さは積み重ねられる。
マスコミの、美容などに関する鋭い質問に、
このようなすきのない応答ができる。
そこに自己をしっかり持ち、必要に応じて自分を表現することのできる
成熟した男性の姿を見るのである。

「彼はとても楽しい人だと言えます。
もちろん、特に憂鬱な人間なんかではない。
時に、みんなと活発に談笑することもあります。
ただ、基本的に、内省的なほうで、
自分の心の世界に生きるタイプの人だと言っていいでしょう」

彼自身、マスコミにこう説明したことがある。
「個人的なことは、人にわざわざ披露するものじゃないと、
いつも思っています」
完璧な容姿、控えめな性格、シンプルな生き方――
これで彼を好きにならない女性がいるだろうか?

「ぼくはただの俳優です。その他の時間は、平凡で単純な生活をしています」

天使のように完璧に美しい彼だが、
自分が天使であるとは決して認めようとしない。

(Joyce文/「Time Out 楽」 2005年5月号)


BBS  21:30


2005年05月28日(土) Esquireの記事��

ロラン・バルトは言っている。
「人は人のイメージの中に迷う。
ちょうど薬におぼれるように。
顔は血肉の1つの表現であり、
触れることも難しいし、顧みないことも難しい」

ここで、私たちも彼の映画について語ってもいいかもしれない。
金城武は自分を運がいいと言う。
デビュー作でアニタ・ムイ、マギー・チャン、
ミシェール・ヨーといった名女優達と共演できたと。
それは1993年の「ワンダーガールズ2」のことだ。

これ以後、彼はほぼ年間5本というペースで、98年まで映画に出演し続ける。
この間には日本でドラマにも出演しており、
中で最もよく知られているのが「神様、もう少しだけ」だ。
99年から、ペースはゆっくりと落ち始め、
最近では、2004年のチャン・イーモウ監督「LOVERS」と
05年にまもなく撮影に入るピーター・チャン監督の
「Perhapa Love 如果・愛」くらいしか知らない。

金城武が演じた数多くの役の中で、真に人の記憶に刻み込まれるものとなると、
決して多くはない。非常に少ないと言ってもいいくらいだ。
しかし、そのことで、人々の心の中の彼の位置が揺らぐことはいささかもない。
依然として、その誰もとって替わることのできない金城武であり続ける。

映画を見終わったあと、彼の演じた役を忘れることはあっても、
金城武が出ていたということは忘れることはあり得ない。
人が、この役が何したこう言ったと語ることはこれからもずっとないだろう。
語られるのはいつも、金城武がこの映画で何をして何を言ったかなのだ。


ウォン・カーウァイの映画では特にそうである。
金城武が私たちに深い印象を与えたのは、彼が演じた刑事223号なんかではなく、
やはり金城武自身のイメージだった。
彼は、ひとり期限切れのパイナップルの缶詰を食い、
ひとりジョギングし、ひとり何かをしながら一生懸命話し続ける。
遠くもあり、近くもある。

人は人のイメージの中に迷う。ちょうど薬におぼれるように。
時に彼は、まず自分で自分を見失ってしまいさえするので、
そうすると、誰であろうと彼のあの顔を目にしながら、
尋ねあてる手がかりを失くすしかなくなっしまう。

彼自身が、そのような人を迷わせることのできる役なので、
その顔を認めるだけで十分、
触れることもできないし、振り捨てることはなおさらできない。
たとえ彼が物を言わず、顔の表情さえうかがえないことが多くても、
私たちは彼の顔をぼんやりとでも見ることができる。

彼は記者にこう語っている。
「本当は、ぼくは子どもの頃からあまりおしゃべりが好きでない。
だから、よくはにかみ屋だと言われるけれど、
実は何を話したらいいのかわからないだけなんだ。
賑やかなのも好きじゃない、1人が好き。
撮影のときは集中するけれど、宣伝には全然興味がない」

また、普段はゲームを愉しんだり、映画を見たり旅行をしたりしている、
他の人とほとんど何も変わらないと思うと言っている。

「いますごく望んでいるのは、私的な空間をもっと手に入れること。
私生活をマスコミからどうやって守るのかと聞かれるけれど、
相手にしないことしかない。
だって、人は生きることから逃げられないのだから。
あることを逃れるために自分の生き方を変えたりしたら、
どうしたって不健康になってしまう」

金城武は、人から忘れられることを気にしない人間のようだ。
ひょっとしたら、彼はかつて、ちょうど「天使の涙」での彼のせりふのように
強く望んだことがあったのかもしれないと思う。

「毎日たくさんの人とすれ違う。
中には友達や知り合いになれる人もいるかもしれない。
だからぼくは人とすれ違う機会を逃さない。
頭から血が吹き出したって、気にしない!
嬉しければそれでいい。

その夜、ぼくはまたあの女と出会った。
彼女と友達になれないのはわかっていた。
ぼくらは服がすり切れるほど、何度もすれ違える機会があったのに、
火花は散らなかったから。
天気のせいだったのか、その晩、彼女がとても身近に感じた……」
  (完)
(Esquire中国版 2005年5月号)

ロラン・バルトは読んだことないので、
訳し方かわからない。ご教示下さい。
遅まきながら、今『恋愛のディスクール・断章』は今机の上に。
大分前に、確か書店関係の企画で、金城武の愛読書として取り上げられていたもの。
ようやく取り寄せて、来たばかり。



BBS  16:30


2005年05月27日(金) 「如果・愛」他ミニ・ニュースいくつか

Esquireの役がまだ残っておりますが、時間がとれず、
短いものをいくつか先にメモ代わりに。
――と、夕べ書き始めましたが、眠気に耐えられず沈没。
さわやかな朝、仕事前にもう一度……


金曲奨
台湾の金曲奨授賞式は今週土曜日(28日)に行なわれますが、
金城武に触れた記事あり(私の見たのはTom娯楽で、
先に出たらしい自由時報は見ていません)


目下内地でピーター・チャンの新作「Perhaps Love 如果・愛」撮影中の金城武は、
チ・ジニ出演分の撮影が急ピッチで進められているため、
もし5月28日以前にクランクアップすれば、
金曲奨の赤じゅうたんあるいは式典に姿を見せるだろう。

カンヌの「如果・愛」
プロモーションの結果は?

金城武、ジャッキー・チュン、チ・ジニ、
ジョウ・シュン主演の「如果・愛」は、
カンヌ映画祭開幕後、数日にして映画業界の注目を集めた。
そして天映娯楽がこの映画の全世界(中国除く)の配給権を獲得したと
正式に告知すると、たちまち、多くのバイヤーが交渉に訪れ、
提携の取り決めに至ったものもある。
日本、韓国、そしてフランスなどで、映画配給契約が結ばれた。

天映娯楽の配給及び市場部執行副総裁、張��文は次のように語る。
「カンヌ映画祭の期間中、韓国、日本及びフランスのバイヤーと
『如果・愛』の配給契約を行なうことができ、非常に励まされた。
今後、さらに多くの世界のバイヤーと契約できると確信している」

張��文はまた、「『如果・愛』のこのように受け入れられたことで、
国際映画業界のこの作品への信頼が証明されたと言えよう。
監督のピーター・チャンとプロデューサー、アンドレ・モーガンは
必ずや極上の映画を作り上げるだろう」と語った。
(星島日報 2005.5,25)

なお、撮影現場付近にいたことから、参加が推測されていた
エリック・ツァンは、ジャッキー・チュンのマネージャー役で出演と、
昨日の上海青年報に、
現在撮影は東風飯店を借りて行なわれている最中だと
同じく昨日の新聞午報が報じていました。
東風飯店内の3つの部屋を、主人公3人の部屋に
それぞれ当てているそうです。

「扶桑」
これは新しいニュースというより、以前の話題を、
面白おかしく記事にするといった感じですな。
金城武出演の正式な報は、まだありません。


チャン・ツーイーとスー・チーは、「宿敵」と呼んでまず間違いない。
アン・リー監督の「グリーン・デスティニー」によって
国際映画界に進出したチャン・ツーイーだが、
実は彼女が演じた「玉嬌龍」の役は、元はスー・チーが考えられていたのを、
スー・チーの当時のマネジャーがスケジュールの都合で辞退し、
だからこそ第2候補のチャン・ツーイーが起用されることになったのである。
このことでスー・チーはハリウッド進出のチャンスを失った。

近々、アメリカの映画会社による1億ドルの出資で、
中国の監督、陳衝が大作「扶桑」の撮影を開始する。
原作者の厳歌苓は、ヒロイン役にはスー・チーをという心積もりだったが、
映画会社の方がチャン・ツーイーを提案、
重量級の大作であり、さらに男性主役が知名度もある金城武だと知った
チャン・ツーイーは即座に承諾、
またもやスー・チーの仕事をとりあげるのに成功し、
「LOVERS」に続く、金城武との再共演を果たす。

こればかりではない。
フランスの大監督レオ・カラックスは来年初めにクランクインする新作に、
中国人女優の起用を考えているが、目下、
チャン・ツーイーかスー・チーのどちらかをということになっており、
来年も2人は映画をめぐり、ひと争いあるだろう。
(星島日報 2005.5.22)


待望のInterview誌、武は6ページで、すごく素敵だそうです。(^^)/


BBS  9:00


2005年05月24日(火) Esquireの記事��

中国版Esquireの記事です。
彼の日記が引用されていますが、途中省略や
文章の位置の変更、単語の変更もされています。
意味自体はほとんど変わっていないと思いますが、
原文がわかれば対照してください。

金城武を見失って――すべて見えるのに、いずれにもたどりつけない

金城武について、彼らはこう言っている――
「彼はかつて成長のシンボルであり、
思いの理由であり
無理やりさらされた青春と天使の翼であった」
もちろん、昔のことだ……


我々は彼の誕生から初めて、一歩一歩、彼がかつて我々にくれたあれ……
ちょうど「恋する惑星」の中の、あのいつでも期限切れになりうる
パイナップルの缶詰のようなものへとたどることができる。

金城武は1973年、台湾で生まれた、だが、日本国籍である。
父親が日本人だったからだ。
父親は、日本と台湾を絶えず行き来して、養鰻業を営んできた。
後に金城武の母親と知り合い、武が生まれると、台湾に居を定めた。
この後、現在に至るまで、一家は台湾の天母という土地に住んでいる。
この土地は外国人が多く住む地区であり、美しく、静かなところだ。

金城武は小学生時代を日本人学校で過ごした。
高校になってアメリカンスクールに移った。
インターナショナルスクールの教育制度は、台湾の学校より
ずっと自由で開放的で、彼の初恋の舞台ともなった。
そのことを思い出すとき、彼は、初恋を経験したすべての人と同じように、
ちょっと幸せ、ちょっと感傷的、そしてちょっとばかりやるせなくなる。
一組の恋人は、ひょっとしたら、互いに自分の初めてのものを
すべて相手に与えた後、確かな関係を築いたのかもしれない。
だのに、少女は外国に行ってしまった。

「愛は願ってかなうもので、無理やり求めるものじゃあ絶対ない……」
「ぼくは感情の処理があまりうまくできない。
ときどき、愛はどうにもしようのないものだと思う。
誰かを愛すれば幸せを感じるけれど、煩わしさと不安のもとにもなる。
ぼくは恋愛が一番という人間じゃない。
ぼくの中では、友達の方が高い位置を占めている……」

だから、さらに彼が仏教を信じていると聞いても、とても自然なことに思える。
同門にいるのは、リチャード・ギア、アニタ・ムイといった人たちだ。

その愛の終わりは、ある偶然の機会ともなった。
彼は清涼飲料のCMに出演したのだ。
そのとき、15歳。
こののち、他の同年齢の者たちとは進む道をたがえ、
彼の芸能人としての人生が始まった。

ここで、触れておく価値があるかもしれないのは、彼の身分の問題である。
というのも、彼自身、それをよく口にしているからだ。
幼いとき、近所からは日本人だとみなされていた。
日本人学校に入学すると、同級生から、今度は台湾人だと言われた。
今は多分、香港人と思っている人が多いだろう。
彼自身、かつて、日記にこのように書いた。

「台湾人って、何? 日本人って何? 韓国人ってなに?
今この地に生まれたから、私は日本人、1000年前にここに生まれたら、
日本人、5000年前に,ここに生まれたら……何人かな? 
何人って、何を基準に決めてるのかな?
お釈迦さまが言うように、”万事必然にあらず”。
……
みんな自分になろうよ。
自分って、何?   
  (続く)
(文・CLEAN「時尚雑誌 Esquire」中国版 2005年5月号)



BBS  23:00


2005年05月22日(日) 「時尚健康」の記事��

レインボーママさんがBBSで見せてくださった
「時尚健康」の最後のページ、CM関連の文章です。
広告ですから、思いっきり誉めてますし、気取ってます。(^^)

本誌の大きな写真で見たら、広告の、あの白い無地半袖Tシャツは
CALVIN KLEINでした。


撮影・楽屋話

4月5日、上海商城シアター。
全ての者は背景へとフェイドアウトし、ざわめきひしめきあう中、
全てのスポットライトは、ただ1つの名を照らし出す、それは「金城武」。

この午後のキーワードはビオテルムのものだった。
なぜなら、我々ビオテルムは、
天使をバルコニーに降り立たせる機会を手にすることができたからだ。

有名な国際ブランドは、みな全世界統一のイメージを使用する。
だがビオテルムは、他に先駆け、
金城武を中国のイメージキャラクターとして起用した。

完璧なコラボレーションは、理念の出会いがもたらしたものか、
想像力が心を通じ合わせたからか、
あるいはまた、モナコのそよ風や東京のスタジオのもとに結集した
世界の精鋭によるのだろうか?

ビオテルムはこう答える。
都会のエリート男性をよく演じうる者は、金城武をおいてないと。
否、彼は実際演じる必要などない。
彼自身の持つナチュラルさと自信とを発揮すればいいだけなのだ。

なぜ「彼」なのか?

アジアで最も人気ある男性スターとして、
彼には多元的な国際的バックグラウンドがある。
多くの一流監督の寵児として、造り上げていく役の1つ1つが、
彼を都会の本質に深く入りこませ、
現代生活の真実を十分表現させる。

美しいと同時に深みある男性として、彼は控えめに世を渡る道を選び、
過度な商業的話題作りを拒み、自分自身を強く保ち、
自由な都会生活を追求する……

なぜ「それ」なのか?

ナチュラル――シンプル――ファッショナブル。
男性の定義を、「それ」はこう読み解く。

シンプルで強い心の男性は、自分自身を大切にすることを知り、
生活を積極的に愉しみ、快活で自信に満ち、
その独特な魅力は、なんびとといえど拒むことができない。
現代都会のエリート男性の面影を、「それ」はこう描写する。

モノクロの控えめな、自信を持ちつつおごることないビオテルムは、
あなたの心の奥底に潜む渇望を呼び起こし、欲望を体の外に解放する。

このような気質こそ、「彼」と「それ」との完璧な一致なのだ。


彼らは語る

■フランスの広告代理店パブリシス・グループ海外担当責任者
ルイ・セバスチャン・オール

金城武は、現代の都会男性の理想的なイメージを表している。
命を愛し、美しく、自分を大切にすることを知っている。
彼は確かに自然なエレガンスと大きな魅力を持っている。
またある目標に突き進むのでなく、自然に心のままに暮らす。

■名カメラマン 繰上和美
金城武の外見は非常にきれいだが、穏やかな人だ。
努力家で、彼と仕事をするのはとても楽しい。
彼こそ、ビオテルムが目指す現代の都会男性だと私は思う。
一番良い結果を得ようとして、あるモデルを俳優に押し付けるのはよくない。
幸い金城武さん自信がそういうナチュラルで自信に満ちた気質を備えていた。
彼は真の彼自身を演じている。

■スタイリスト 北村勝彦
彼は大変スタイリッシュだが、流行を追いかける人間ではない。
シンプルなデザインが好きで、細部に味わいをかもしだすことができる。
(時尚健康 2005年5月号)


BBS  15:30


前の記事|あさかぜ |MAIL

My追加