武ニュースDiary


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2004年11月16日(火) 愛さずにはいられない(中国BAZAAR)・2

続きです。
う〜長い。
しかし、まだ続く。

彼はインタビューがきらい、騒がれるのがきらい、
香港台湾マスコミのやり方がきらい。
映画のプレミアに姿をみせないことが多く、記者会にはいつも遅刻だ。
人前で歌ったり踊ったりしようとしない、
映画祭だって全然重要視していない。

彼は言う。
「映画祭でスターが派手派手しく姿を見せても、でも誰も映画は見に行かない。
なら、行かなくたって同じじゃないだろうか。
映画はこんな不景気なのに、
あんな派手な映画祭をするべきじゃないんじゃない?」

彼にとっては、芸能界の仕事は�猜枦�屋を開く�瓩茲Δ覆發里覆里澄�
開店すればその日は頑張るが、売れ行きが悪くても、
食えないのでなければかまわないし、
店を閉めることになったからって痛手というほどではない。

彼は芸能界では稀に見る、裕福な暇人だ。
日本にいてゲームをし、マンガを読み、
好きな哲学や仏教の研究をし、紅葉や雪を楽しむ。
手ずからハンバーグやステーキを焼き、
本当に何もすることがなければ毛筆で写経をして、
自分がスターだということをすっかり忘れている。
「ぼくはお高くとまっているように見えるとよく言われるけれど、
本当は無気力なだけ」

乗っている車で、その人の人となりがわかるものだが、
金城武は昔ながらの型の、実用性を重視したワゴン車(?)を好む。
きらびやかで高価なスポーツカーが、多くのスターはお気に入りだが、
金城武は少しも心動かされない。
恋愛についても同様だ。
スキャンダルを、嘘だろうと本当だろうと利用して
話題づくりをする芸能人はわんさといるが、金城武は一貫して慎み深い。
「愛情は完全にぼく個人のことで、公の場に引っ張り出して、
みんなの目にさらす必要のないものです。
そんなことは、ぼくにとっても相手にとっても、すごく不公平だと思う。
恋愛がうまく行かなくなるのには、たくさん理由があるだろうけど、
でもそれが、ぼくが芸能人だからというのはいやですね」
と彼は言う。

金城武にとって、いついかなるときにも、
自分の生活をし、自分の道を歩き、真に自然な人間であることこそ、
何より大切なのだ。
彼は控えめさと尊大さを使って城を築き、
1人の男としての尊厳をかたくなに維持する。
また自身のしっかりした心の世界を堅く守りもするのである。

15歳でスカウトされたとき、彼はアメリカンスクール高等部在学中だった
(この学校の自由な雰囲気が、彼の束縛を嫌う性格を育てたのでもある)。
キーウィジュースのCMは、彼が深く考えることなしに、
ただバイク代を稼ぎたくて出たものだ。

金城武の幼年時代は楽しく、少年時代は孤独だった。
幼年時代は母方の祖母にかわいがられ、なまけたくなると、学校に行かず、
祖母はそのために嘘までついてくれた。
何よりも懐かしいのは祖母の作ってくれた鍋料理だ。
お金をくすねたり、騒ぎを起こしたりして厳しい父親にきつく叱られても、
相変わらず愉快に日を過ごしていた。

中学に進んでからは、順調な日々とは言えなかった。
台湾人のクラスメートは彼のことを日本人だと言い、
日本人は台湾人だと言う。どちらにしても遊び相手がない。
大人になってからも、このような問題にいつまでも直面している。
内地の人間は彼を日本人だと言い、日本人は香港人だと考えている。
香港人は彼は台湾人だと思っている。
このことが彼からいつも安全感を奪い、
自分の静かで小さい世界にいることを好むようにさせているのである。
今も、金城武はインタビューにはとまどって言葉が出てこないが、
それはただ、何語で話すべきか考えているだけなのである。

金城武はこう話す。
「ぼくが中国人でも日本人でも韓国人でも、それが何なの?
1番大事なのは、自分自身じゃないだろうか? 
どの土地に生まれたかで何人かが決まるという。
なら、1000万年前にも、この場所は何々国なんて
誰かが決められたの?」

彼は傷付き、苦しみ、困惑している。
どこの人間でもあり、どこの人間でもない。
国籍が彼を縛ることはできない。
彼の心は自由に狭い国家からはみ出していく。
彼は北京語と台湾語と日本語と広東語を自由にあやつることができる。
ちょうど、殺し屋や天使や刑事や音楽家といった
様々な役柄を自由に行き来できるように。
事実は、金城武はその恵まれていることから逆に制限を受け、
と同時に、彼を深く困惑させるもの全てが、
彼独特の人格を作り出してもいるのだ。

金城武には、一種、人を魅惑する距離感がある。
彼の周囲にはまるで何層にもなった空気の保護幕があって、
彼を手の届かないところに隔離し、
自分の心の世界に安住させ、外には出歩きたがらなくさせているようだ。
まさにこの持ち味こそが、彼を多くの監督のお気に入りにさせているのである。

かつてウォン・カーウァイの作品で、彼は1つの成長のシンボルであり、
青春をいやおうなくさらけ出していた。
「恋する惑星」の彼は、棚に置き忘れられたパイナップルの缶詰だが、
見知らぬ女のために靴をそっと脱がしてやる。
「天使の涙」では死んだ豚にマッサージをし、
行動のみでしか他人とコミュニケーションが取れず、
頭を血だらけにしたって平気だ。

その後、パトリック・ヤウの「パラダイス!」では、
汚い、希望のない殺し屋で、大事をしでかしてしまう小人物だった。
シルビア・チャンはこう言っている。
金城武は宇宙から来たみたいで、私と彼とは脳波が違い、
コミュニケーションが取れなかった。
だからこそ「君のいた永遠」が生まれたのだと。(続く)
(柏法[女尼]文 張ロ米編集 ハーパース・バザール中国版2004年10月号)


BBS 10:30


2004年11月15日(月) 愛さずにはいられない(中国BAZAAR)・1

韓国版「BAZAAR」誌にインタビューが出たとき、
初めて聞く名前の雑誌だと思いましたが、
「ハーパーズ・バザール」だったんですね。
その中国版に「不能不愛金城武」という魅力的なタイトルの記事が
掲載されたのは、ネットで知っていたのですが、
問い合わせするも、入手できないままでした。
これを、台湾のAliceさんからにゃおさんを通じて、
雑誌をスキャンしたものを見せていただくことができ、
訳させてもらうことにしました。

ただ、この記事、Aliceには気に入らないものだったそうです。
良くないので翻訳もいらないとのことでしたが、
ざっと目を通して、その言う意味もわかる気がするし、
しかし、全体のコンセプトはタイトルの通りと思うので、
Aliceの承諾を得て訳してみることにしました。
私の感想はまた最後にということにし、
とりあえず始めてみます。
長いので、数回に分割します。

金城武を愛さずにいられない

――長身でハンサム、はっきりとした顔立ち、深くきらきらした目、
黙って思いにふける時は、クールで孤高の雰囲気が漂い、
微笑めば、氷の峰も融ける。はにかむ様子と素朴さは子どものようだ。
大勢の女達が彼を1秒見るために、90分の面白くない映画も耐え忍ぶ。
「ラベンダー」が上映された時、ヒロインはこう問いを投げかけていた。
「もし天使を愛したら、地獄に落ちるの?」
女性観客は声をそろえて言う。
「天使が金城武なら、地獄に落ちるからってなんなの?」――

「ぼくの名前の『武』は、お父さんによれば意味があるそうです。
ぼくは11日生まれで、十と一を合わせると『士』という文字になります。
それでお父さんは、合わせて「武士」となるよう、武と名づけたんです」

1973年10月11日、金城武は台湾の天母に生まれた。
父親は日本の沖縄出身で、日台両地を頻繁に行き来し、
ウナギ養殖業を経営していた。
母親は台湾の美女、家族は彼を小武と呼ぶ。

デビュー当時、金城武が1番多く口にした言葉は、
「ぼくの姓は金城で金ではありません」だった。
後に、彼は少しずつ沈黙を学んでいった。

特殊な出身、複雑な言語環境、
これが多くの監督達が彼を気に入る1番の原因だ。
彼にとっては、アイデンティティと文化的コミュニケーションの問題こそ、
生涯の難題である。
 
金城武が大人気を得て、天王級の大スターに
なるべくしてなれる人物であることは疑いの余地がない。、
が、長年にわたり、彼はずっと自分を芸能界の主流の外に置いてきた。
東京に身を潜め、半年、1年と消息不明になることはしょっちゅうで、
私生活はさらに謎であり、忘れられることを全く恐れない。 (続く)

(柏法[女尼]文 張ロ米編集 ハーパース・バザール中国版2004年10月号)


BBS 1:00


2004年11月12日(金) power men下(台湾VOGUE)

11月7日の続きです。


成長
成長の話になると、ここ数年、積み重ねてきた経験を振り返って、
彼はあたりさわりなく、こう、笑いながら言った。
「面の皮が厚くなったことかな! 
以前は人前に出るのが恐怖症の生徒で、
台に上って説明するものは、いつもすごく点が悪かった。
いつもうつむいてぶつぶつ言ってました。
デビューしたてのときも、緊張して震えてたし……」

彼が以前、自分をちょっと自閉的と表現していたのももっともである。
「性格的に、ぼくはすごく極端で矛盾してるんです。
愉快な時は猛烈に遊ぶ、いかれたみたいに。
ふさぐと、厳しい冬が来たみたい。落ち込んでわけがわからなくなる」
彼は話しては笑い、いたずらっぽい表情を見せた。
「ずっと同じことはやりたくない」
「違うことをすることで自分が成長していると感じられる。
いつも違う役をやりたいと思うのも、それだから」と
彼はまじめに言葉を足した。

金城武を見ると、すぐその瞬間的な爆発力を思う。
そして感性と柔軟性を。
もし、彼をあまりよく知らなければ、「ひどく不真面目」に見えるだろう。
彼の考えはある方向に固定されず、
どんな環境にあっても、生き生きできるタイプの人間だからだ。

「ぼくはあまりものを考えないし、将来を美しく思い描きもしない、
だから、たくさんのことをやるよう努力するだけ。
でも、あまり先のことは考えないし、高望みもしたくない。
喪失感がついてくるからね」

仕事好きも、彼の生活スタイルである。
「仕事のないときは、大いに遊ぶ。仕事と遊びとははっきり分けています」

友情
表に出ないが、彼の性格には負けん気の強さが潜んでいる。
特に困難にぶちあたったり、悩みがあったりするとき、
何人かの気心の知れた友人以外には、それを訴えることはほとんどない。
いつも1人で自分の心の中の傷口をなめて癒す。

「友達に電話していなかったときが、1番がっかりするときです」
友達づきあいの原則は「まこと」だと彼は言う。
「ぼくは真実のある人が好き。どんな考えだろうと口に出して話し、
警戒心を解くことで、自由な感覚になれる」
そうであるから、彼は学校時代の純真な歳月を特別懐かしく思うのだ。

「昔、仲間達と夜中にこっそり抜け出し、
学校の体育館でバスケットをして、草原に横になって、明け方の空気を吸った。
空が白み始めると、バイクを飛ばして
みんなで永和に豆醤を食べに行った。
また、一緒に朝まで酒を飲んでおしゃべりしたこともある。
でも年をとってきたら、徹夜はもうダメになりましたね」
すばらしい青春時代の話になると金城武が話す、いろいろなエピソードは、
何しろ前のことだから、記憶はあいまいになっているかもしれない。
しかし、あの、何ものにも束縛されない、自由な感覚を思い起こすたび、
気持ちが奮い起こされるのだ。

演技者
ずっとやってきて、金城武にとって、やりやすくなったことは何だろう?
1番難しいのは何だろう? 
いつから、自分を本物の芸能人だと意識し始めたのだろうか?
 
「ぼくは恥ずかしがりで、この仕事を始めたばかりのときは、
人前で『しぐさをする』のがつらかった。
でも、歌も演技も、今は慣れて、ずいぶんやりやすくなりました。
難しいのは、今までやったことのないものをやろうとするとき。
とても努力が要るし、結果は決まっていない。

最後の質問で言えば、面白い映画を撮っているとき、『俺は俳優だ!』と思う。、
初めてそういうふうに感じたのはウォン・カーウァイの映画に出てから。
ぼくは運がよかったと言うべきでしょうね。
ちょどそのころ、彼の映画が日本でいい評価を得て、
ぼくはうまい具合に日本語が話せた。
彼の映画に出してもらえたことに、心の底から感謝しています。
ぼくは映画は芸術だと考えていて、
それに参加するのは、確かにいい人生経験ですよ」(完)
(蔡耀文 VOGUE台湾 2004年10月号)


BBS 2;50


2004年11月10日(水) ロンドン橋落ちる

ようやくロンドン第2報。

金城武 イギリスで童謡を歌う

世間は金城武の新CMに興奮さめやらぬが、金城武自身も大変機嫌がいい。
1つには、パソコンをもらったこと、
もう1つは、イギリスでロンドン橋を見たことだ。
子どものように嬉しそうにニコニコしながら、
こんな寒い質問までイギリス人にしていた。
「どうして世界中の人がみんな、ロンドン橋を落としたがるんだろう?」

チャン・イーモウの「LOVERS」は、世界各地で宣伝を繰り広げているが、
金城武はスケジュールが詰まっているため、
イギリスでのプロモーションしか協力できない。
イギリスは初めての彼は非常に興奮し、
マネージャーも喜んで、きっと街を見て歩きたいだろうと思ったのだが、
彼が興味を示したのはロンドンブリッジ行きだけだった。
他の時間は、相変わらずホテルの部屋で
最新のネットゲームに打ち興じていた。

彼はイギリスでも大変人気があり、
多くの外国人がプレミアのあった映画館の外で彼の名前を呼んでいた。
彼が出歩きたがらない理由の大きなものは、
街でファンに出会ってサインと写真をねだられることで、
生来人見知りの彼はうつむいて歩く。
中国人のファンのカメラ攻撃につかまったときは、こう言うのだ。
「写真を撮らないでくれる? 握手でいいですか?」

いつもはプロモの折、何も要求する事ない彼だが、ロンドンでは
「ロンドン橋の見えるレストランでイタリア料理を食べたい」と希望した。
その後、ロンドン橋の前に車を停めると、
デジタルカメラを取り出して盛んに写真を撮った。
子どものように興奮し、「ロンドン橋が落ちる」の歌を口ずさんだ。
日本語でも英語でも中国語でも、歌の内容が同じことに気がついた彼は、
非常におもしろがって、現地のイギリス人になぜだろうとたずねると、
イギリス人は肩をすくめ、
「童謡ですからねえ。ロンドン橋の歌がそんなに人気があるというのも
とても面白いですけど」と答えたのであった。

イタリア料理にしたことについては
「イギリス料理はまずいって誰もが言ってなかったっけ?」と言って笑った。
世界各地のおいしい料理の大好きな彼は、独自な好みを持っており、
ソニーのパソコンのCMをタイで撮影した折には、
毎日必ず屋台の汁ビーフンを食べ、辛くて酸味のあるのに、
いろいろな具を入れたのをどれも好んだ。
現在、金城武は脚本を読むのに忙しい。
マネージャーのヤオ・イージュンは、
彼は近く香港映画の撮影に入ると語っている。
(民生報 2004.11.10)


キリ番 1111111はく〜さんでした。ありがとうございます。


BBS  8:35


2004年11月08日(月) 「ターンレフト〜」サウンドトラック

HMVのサイトを見たら、サウンドトラックの予約ランキングの
10位に「ターンレフト〜」が入っていました。
映画が気に入ったら、ほしくなりますよね。
今回は日本では発売されず(ノベライズもなかった……)。

宣伝充分にされたのに、同じく日本でサントラが出なかったのは、
「君のいた永遠」でしたけど、ノベライズはあった。
この2つの映画のサントラがないのは、共に曲がすごくいいだけに、残念です。

「ターンレフト〜」香港製のサントラは2枚組みで、
1枚はおまけのVCD。予告編2本と、
ジジの2曲(主題歌と広東語版遇見)のMVです。
それに12ページのカラーのスチール写真入り歌詞パンフ。
しかしHMVでは組枚数1となっているのは、
VCDは初版特典だったのかな?

孫燕姿の北京語「遇見」は「moment」というアルバムに入ってるんですが、
2枚組なんですよね。
でも、この歌で彼女に興味が湧いたのなら、
この機会に持ってもいいかもしれません。


BBS 9:00


2004年11月07日(日) power men上(台湾VOGUE)

いろいろとあちらの雑誌の記事を読ませてもらっていますが、
長いので、ついそのままになってしまってました。
これは10月号の台湾ヴォーグこ別冊に載った記事の本文です。
2回に分けて。
(10月24日のDiaryをご参照下さい)

power men
金城武

1992年7月、初めて彼に会った。
そのとき、彼はちょうどファーストアルバムの準備中で、
事務所と契約してから3年が経っていた。
今も1番強く印象に残っているのは、
必ずいいものになる、といった、その自信に満ちた口ぶりだ。
当時、まだ子ども時代から抜けきっていなかった彼は、
いたずらっぽい目をきらきらさせており、
答えは、しょっちゅうアルバム以外の話に飛んだ。
そして幼さの残る顔で、慎重に自己紹介をした。
「金城武はぼくです。ちょっと頑固だけど、心根は良く、
大変気骨があります」

2004年10月、彼が芸能界で占める高い地位と才能については
すでに何度も書かれてきたし、
早い時期に、世慣れた物腰の「スター」になって当然の人物だった。
しかし、歳月は流れ、季節は移る。
再会した彼は、片隅にいるだけで、その場の空気が重苦しさから解き放たれ、
ウキウキする気分にしてしまう雰囲気は昔のまま、
長い年月、彼はずっと幼子の心のままで、
俗世間をのんびりと歩き回ってきたのだった。
思考は相変わらずスーパーマリオのように、あっち飛びこっち飛びするし、
嘘偽りなく率直だ。
ただ、見かけの成熟と年を重ねたことが、
彼を以前にも増して自在に、軽やかに、そして感性豊かにしていた。

自然
「ぼくは写真を撮られるのが嫌いなんです」
かつて彼はそう言った。では、今は? 
「仕事ですからね!」
けだるい笑顔を見せた。
かくも長い年月が経ったが、金城武は今でも
公の人物であることになじんでいない。

彼は、自分は昔から特別な子なんかじゃなかったと言う。
「ただ1つ、クラスの友達と違っていたのは、
あの人たちのように、将来どうしようかとか、そのために何をしようとか、
全く気をもまなかったということだけ。
彼らに比べると、ぼくは木のうろの中のマーモットみたいに、
何にも考えず毎学期過ごしてた。
ぼんやりして、先生に叱られたり、お母さんに叱られたり、
将来なんか全然気にしない、気楽な生徒でした」
つまり、「別に構わない、そのときになったらわかるさ」
という性格だったのだ。
「だから、芸能界に入ることで、1番嬉しかったのは、
仕事の形ができて、これからの方向が決まったことでした」
彼は以前を思い出して、ほっとしたという顔をした。

愛情 
「前に隣に住んでいた母方のおばがぼくを見ると、
いつもからかって言ってました。
とってもハンサムだから、きっと色男になるよって」
彼は気がなさそうに笑うと首を振って言った。
「ぼくは、自分が気持ちを口に出すこと、
傷付くことを怖がっているのが分かります。
でも、もっとまずいのは、口にすることで、
それによけい執着してしまうことなんです」

学生時代、恋をしたことがあったが、
その後、彼女のほうがアメリカに留学したことで、そのまま終わってしまった。
金城武はそれについて、
感情は時間と距離の試練には耐えられないのだと真顔で言う。
そこでときどき彼は愛に垣根をめぐらして、熱を冷ます。
「人を愛するのは、そんなに簡単なことではありません。
1ヵ月たってもまだ心を奪われてぼうっとしているのでもないと、
その気持ちに確信が持てない」
ひと目ぼれがあるということは信じる。
ただ、金城武の愛の物語は、少なくとも1ヵ月間は温めなくてはならない。
となれば、その発生率は事実上大変低いことになる。
数日もたたない内に、仕事に紛れて薄まってしまう可能性がきわめて高い。

愛のことで、これは我慢できないということは?
「だますことですね。ぼくは恋人であれ友達であれ、
嘘がないという感覚を大事にしたいんです」(続く)
(蔡耀文 VOGUE台湾 2004年10月号)


BBS 21:15


2004年11月04日(木) VAIOのCMは6分間

今日のいくつもの台湾・香港の新聞に出ています。
以下、様々な新聞を寄せ集めてまとめました。
3回に分けてのアップというのは、
「線上影片」の「no more bounds」Part1〜3というところでしょうね。
壁紙は、あと3枚出るようですね。



金城武は最近、ソニーのノート型パソコン(Vaioシリーズ)の
イメージキャラクターとなったが、
6分間におよぶCMは、今のところ、テレビでは10秒の予告CMを流しただけ。
完全版が見たい人は、11月から、ネットで3回に分けて放映される。

今回金城武本人にとって最長のCMは、わざわざタイのバンコクに赴いて、
3日間で撮影されたもの。
CM中、彼は作曲家、ディレクター、泥棒の1人3役を務めている。
その内の1つの役では、皮ジャンを着て、38度の高温の屋外を走らねばならなかった。
また、40階の高層ビルの屋上の端での危険なアクションも要求された。
迫力を出すため、監督は映画のように、
3台のカメラを高く吊ったり、移動させたりして撮影を行った。
良いものにしたいという気持ちの強い金城武はスタントを使わず自分でこなし、
現場のスタッフは思わず拍手喝采したが、
後で「本当は高いところは苦手なんだ」ともらし、
彼の事務所は冷汗を流したという。

今回の商品は金城武が大好きなパソコンであり、
その上、現場には6台の最新型のパソコンが備えられ、
彼はヒマを見つけては研究にいそしみ、楽しんでいた。
そのため、難度の高い演技の連続だったけれど、
その苦労も忘れて楽しくやることができた。

暑いのも苦手な金城武は、あるとき、スタッフと車で街を通っていたが、
大好物の汁ビーフンの屋台を見つけ、がまんできず、車を降りて、買って帰ろうとした。
ところが、注文し終えるや、たちまちタイのファンに見つかって取り囲まれてしまい、
シャイな彼は急いで車に逃げ込んで、
気の利くスタッフがテイクアウトしてくれたものを、ホテルで味わったという。

ソニーVaioシリーズの新シリーズのキャッチコピーは
no more bounds(領域無限)。
今回初めてイメージキャラクターを使ったプロモーションを行うとのこと。
金城武を選んだ理由は、
その魅力と目をひく外形の持ち主であることが、Vaio商品と同じであり、
これ以上ふさわしい者はないこと、
さらに彼がコンピューター関連品が好きなのは周知の事実で、
きわめて説得力があることを挙げているそうです。


BBS   8:00


2004年11月03日(水) VAIOのCM出演●今日のシネマミラノ

VAIO(ソニー)のCM

ANNEさんがBBSでお知らせしてくださった
台湾SONYのVAIOのCMサイトをこちらに書いておきます。
ANNEさん、KIMIKOさん、ありがとう!


トップページ右のメニュー
線上影片 → 前導広告(ティーザーCM)
       幕後花絮(メイキング)

更多金城武 → クイズに答えてポスタープレゼント
        (あと3種出るようです)

下載VAIO → 左上の蛍幕保護程式(スクリーンセーバー)
        左下の金城武桌子(壁紙)

ティーザーでは、「ヴァイオをよこせ」と拳銃が突きつけられています。
メイキングにある、黒服武がこれかな?
ティーザーは既にテレビで放映されたそうです。
本格的なCMは11月15日にネットで公開。


祝日+レディースデイのシネマミラノ

今日は社会人の娘と「ターンレフト ターンライト」鑑賞に。
2:20からの回のため、予定よりちょっと遅れて2時に着いたところ、
今からだと立ち見の可能性がありますと言われ、
ともかく行ってみて決めようと映画館に向かうと、
既に、1階の階段下まで行列が。

これは無理、2時間立ち見はつらいと、次の回まで時間をつぶして待つことにしました。
4時半の回のために、今度は4時5分前に戻ってきましたら、
館内で行列。私達の3,4列目以降は、階段での並びになったようです。
この回は最終的に最前列まで、ほぼ全部埋まっていました。
男の人1人で、という方も結構いらっしゃるんですよね。

隣のカップルの女の子の方が、始まる前に、
「『LOVERS』の金城武、すごくかっこよかったよね」と話してました。
上映中も楽しそうに何度も笑っていましたね。
みな、笑うところでは笑い、クライマックスではシーンと集中している
様子が感じられました。
娘は終わってすぐ、「いい映画だね」とひとこと。
「ストーリーどうこう以前に、よくできた映画っていいよね。よかった」
と、反応は上々。この子は原作を先に読んでいます。
クチコミで広がっていくといいなあと、相変わらず宣伝マンのようなことを
考えながらも、クライマックスでは、日曜に泣いたばかりなのに、
また涙がにじみました。

映画館には、武グッズもいろいろおいてありました。


BBS 23:50


2004年10月31日(日) 「Lovers」、スウェーデンで公開

ヨーロッパでの上映が続く「LOVERS」ですが、
スウェーデンでも始まったそうです。
前評判は、星4つか5つで上々とのこと。

公開に先だち、宣伝も行なわれたそうですが、
その様子を、ストックホルム在住の方が、
写真で送ってくださいました。
なんと! 「LOVERS」バスが走ったそうです。
みなさんにご紹介するのを快諾してくださいましたので、
アルバムをご覧ください。→ こちら

先ごろオーストリアのウィーンのビエンナーレで上映されたときには、
最初から最後まで爆笑が続き、映画に入り込むことができず、
残念だったとのご報告も別の方からいただいています。
スウェーデンでは、どのように受け止められるでしょうか?


東風 左下の投票です

BBS 0:10


2004年10月30日(土) いよいよ公開!&映画の噂●ロンドンで英語のインタビュー●「左右」公開記念キリ番記念品

「ターンレフト ターンライト」公開!

まさか無いなんてこと、ないだろうな……と疑いさえ持って
新聞を繰ってようやく見つけました。
「ターンレフト ターンライト」の映画広告。
いよいよ今日からです。
私は行けないと思うので(日曜はがんばる!)、
初日行かれる方、ぜひ、劇場の様子の報告、お願いします〜

←朝日新聞夕刊(Clickすると大きくなります)


映画の噂

えーと、映画新作の噂、もう1つですが、
こういう段階で名があがって、本当に決まったことはあまりないのですが、
(「ターンレフト〜」は主役候補いろいろの中に上がっていたけれど)
ちょっと毛色が違うので、こんなのにも名前が出るんだなと、
軽く読み流してください。27日の記事です。

ロバート・ファン・ヒュ−リックという推理作家の作品で、
ディー・レンチェという、中国の唐代の実在の人物を主人公とした
推理小説があるそうですが、その映画化がハリウッドで進んでいるとのこと。

その主人公役に、製作側は、目下、ダニエル・ウーと金城武を検討中というのです。
文人気質で、アクションもすこしこなし、流暢な英語を話す、
年齢的には25〜29歳ぐらいの�狠侶歎臣議絖瓩箸いΕぅ瓠璽犬蕕靴い任后�

このニュースは香港のファンサイトでも取上げられ、
ファン達は、アメリカ育ちのダニエルになるのではないかという
見方が大勢を占めていました。

監督は「ダイ・ハードの」ジョン・マクティアナン。
マクティアナンは昨年末、中国の横店でロケハンを行なっているそうです。
(重慶晩報 2004.10.27より)


ロンドンで英語のインタビュー

そのメディアが、以前み〜さんが、きっとここよ、と予測した
BBCのサイトにアップされました。
み〜さんのニセコイサイト「二千年の恋」の部屋の
会議室(BBS)でアドレス張って下さってます。ありがとうございます!(´▽`)
白いハイネックの武、相変わらずいい……〆(゚▽゚*)ッ
(すみません、検索してね)
以上 1:15


「左右」公開記念キリ番記念品 22:35

やっぱり今日は初日に行けませんでした。
東京は盛況だったそうで、よかった!
いい映画だから、口コミで広がって、少しでも多くの人が
楽しんでくれるといいですね。
この映画のような、人が人を思う心こそ、今、伝わってほしいと思います。

さて、公開記念&ヒット祈願のキリ番企画ですが、
前後賞各2つずつとしまして、合計5つですが、
Hitはお1人1回までとしてください。
ささやかなものですが、映画をごらんになった方も、
まだの方も、この映画の雰囲気を少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

いつものように、カウントをコピーして、メールでお送りください。

キリ番1111111(111万1111)   「向左走向右走電影紀念画冊」台湾版
 仕掛けがいっぱいの写真集。台湾版は紙ケース付き。

前後賞
1111109   映画の帯付き原作本
  しおりも一緒に。

1111110   映画の表紙の写真アルバムとメモ帳
キャビネ版の写真と、CD1枚が入ります。表紙は厚くてしっかりしています。

1111112   映画の絵柄の紙バッグと03年台湾VOGUEの付録ポスター
ポスターの写真は、左下のチラシのもの。裏はモノクロ武。折り目はあります。紙バッグの反対側の面の絵は、これの武バージョンです。

1111113
   台湾のMRT(電車)のカードとレターセット
JRのSUIKAのように駅で手軽にチャージして使えるプラスチックカード。レターセットは便箋・封筒各2枚入り。


東風

BBS


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