武ニュースDiary


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2004年03月15日(月) 金城武を語る6●若手スター、郭品超のアイドル 

金城武を語る6   3:00

少しですが、久しぶりにアップしました。






若手スター、郭品超のアイドル  23:00

郭品超(クォ・ピンチャオ)は台湾GTV放映の
アイドル総出演ドラマ「闘魚(Outsiders)」で人気の若手俳優。
彼のアイドルは金城武だというのです。

郭品超 → 

郭品超、金城武に臣服

芸能人にだって、大切な心のアイドルがいる。
「闘魚」の郭品超の心中では
金城武がまさに一番重要な位置を占めている。
彼は心から敬服してこう言う。
「金城武は僕にとって大スターだ。男の中の男さ。
アイドルという名に値するのは彼だけ。僕は彼を目標にして進みたい」

最近「闘魚」が毎週日曜にGTVテレビで再放送され、
ファンは郭品超の悪の魅力を再びブラウン管で味わうことができるが、
彼自身は自分を男らしいと思っているだろうか? 
郭品超の答えは謙虚だ。
「僕はまあまあかな。金城武こそ、男らしいよ!」

自分の大事なアイドルを思わず口にしてしまい、郭品超は思う存分、語った。
「金城武はデビューして10年、日に日に成熟している。
ダントツの地位のまま、ずっと揺るがない。出演作は良い作品ばかり。
たまにCMに出るだけで、普段は神秘性を保っている。
僕は、これはアイドルスターのある特別な境地だと思う。
しかし、その境地に達するチャンスのある芸能人は、
それこそ少数中の少数だ」

「もし、将来の目標を聞かれたら、彼のようになりたいと思うよ」
金城武の男らしさを、郭品超はよくわかる。
彼はこう言う。
「女には男は理解できないと僕は思ってる。
男のことを理解できるのは男だけだ。
もしかすると、こんなふうに精神的に近いからかも知れない。
もし僕が金城武のレベルに到達できないとしても、
それでも彼は間違いなく僕の精神的指標だよ」
(星報 2004.3.15)


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BBS   22:55


2004年03月13日(土) チャン・イーモウ、オスカーについて語る

ずっと「Lovers 十面埋伏」のプロデューサーの話を紹介してきましたが、
チャン・イーモウ自身は、アカデミー賞について
どう考えているのか、北京青年報に先日載った記事です。

中国人がオスカー・コンプレックスを断ち切るには
二、三十年かかるだろう


米アカデミー賞の話に入る前に、チャン・イーモウは記者にこう質問した。
「アカデミー賞について、まだ何か語ることがあるだろうか?」
言外に、オスカーについてはさんざん語られてきたと言っているのだ。

オスカー・コンプレックスが解消するには、
中国はまだ30年必要だ

果たして、チャン・イーモウは、
直接「中国人のオスカー・コンプレックス」の話題に入った。
「私のこれまでの経験から見ると、20数年前には、
中国人が国外の賞を獲得するのは大変なできごとだったように思う。
「紅いコーリャン」のように、国中で話題になった。
だがこの10数年、各種大小の映画賞を受賞することは
まったく普通のことになっている。
3大映画祭しかり、5大映画祭しかり、8大映画祭でも受賞するようになって、
中国人の賞コンプレックスは、基本的には解消したと言えるし、
映画祭コンプレックスはなくなった。
ただ、オスカーだけがまだ脱け出せない。だから、毎年話題にするのだ。
いつになったら、中国人がオスカーを獲得するのが
珍しい話ではなくなるのだろうか」
その時期について、チャン・イーモウはこう予測した。
「あと二、三十年はかかると思う」
そして言い終わらぬうちに笑い出した。

アカデミー賞は1つのゲーム、特別なものじゃない
もし、オスカー・コンプレックスが、
中国人なら誰しも持っている民族心理であるとすると、
中国文化の創造の最前線に立つ1人としてのチャン・イーモウの内面に、
オスカーはどのようなものに映っているのだろう? 
これに対し、チャン・イーモウは、やはり簡潔にこう答える。
「オスカーは、実は、愉快な、アメリカ人による、アメリカ方式の
大がかりなゲームだ」
そして、「何回か式典に出席したが、実際に見ると、
誰もが非常に楽しんでいるなと感じる。
受賞者は泣き、落選者もまた泣き、祝福して抱きあい、
壇上に上れば相手をほめたたえる……
1人1人が、服装からキャラクター、スピーチまで、
自分の独自性を上手に発揮することができる。
最後にまた一堂に集まって、一晩中にぎやかに過ごす。
絶えずあちこちの輪から輪へと移り歩き、交歓する。
それは我々のような外国から来た者も同じだ。
だから、これは1つの楽しい、アメリカ人の、
アメリカ方式の大がかりなゲームだと言うのだ」

しかし、それゆえに、彼はこう考えてもいる。
「このゲームは終わってしまえばそれまでだと思う。
これによって利益を受ける者を多く生むかもしれない。
例えばある俳優が1度オスカーを獲得すると、
次の年は、1000万ドルを越えるギャラで5本の映画と契約できるように。
これは非常に具体的な話だ。
だが、それ以外は終わってしまえばそれまで、何にもならない。
毎年このようなゲームが繰り返されることに、何も特別な意味はない」

国家が強大でありさえすれば、�爛押璽爿瓩盒�力に
アカデミー賞もまた、その実一場のゲームではあるとしても、
このゲームの背後で引き起こされる無数のテーマは、
決して�犒歿愁縫紂璽広瓩覆匹�簡単に解明できるようなものではない。
チャン・イーモウはこれについても、こう問いを立ててくる。
「1つのゲームが、なぜこんなに多くの話題を巻き起こすのか? 
なぜ全世界が注目するのか? 
なぜ、こんな遠い我々中国人でさえそうなのか? 
それはアメリカ映画の力が強いからさ!」

彼は話を続けながら言い直す。
「アメリカ映画は商業映画が中心なのだよ。
アメリカ映画が強いというのは、商業映画が強いということだ。
興行成績と市場占有率が高く、全世界に影響を与えている。
だからアメリカ人は毎年楽しくこのような大きなゲームをして、
世界中の人間が無視できない。
このゲームには30部門の賞があるが、
世界に向けて開かれているのは最優秀外国語映画賞ただ1つだ。
この30分の1に、全世界100余りの国がこんなにも騒ぎ続けている。
なぜだ? 

私が最も身にしみて感じたことは、文化的産物だろうが、商品だろうが、
影響力を持ちたければ、強くならなければならないということだ。
強いというのは、何よりも国の力が強くなければならないということだ。
国家が国際舞台で強大な影響力をもって初めて、文化も力を持つ。
オスカーを悪く言う者が何人いる? 
中国人が言う悪口は、ヨーロッパ人のそれに比べたら遥かに及ばないよ。
オスカーの話を持ち出したりしたら、さっと顔色が変わって、
『君は俗物だね、どうしてぼくにそんなものの話をするのだ?』と
言い出すヨーロッパ文化人は大変多い。
だが、いくら罵っても、アメリカの恒例のこのゲームは、
いつだって全世界を興奮させ、大騒ぎさせることができるのだ。
私は、これこそが、中国や世界中の人々が
オスカー・コンプレックスから脱け出せない本当の原因だと思う」
(北京青年報 2004.3.2)


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BBS   22:25


2004年03月12日(金) 初めて「十面埋伏」を見た張偉平・3

この項、やっと終わりです。
張偉平が、どうしてあんなにもチャン・イーモウを買っているのかの
理由を語っています。

ところで、「Lovers 十面埋伏」が出品されると言われている
カンヌ映画祭は5月12日開幕、23日閉幕でこの日、各賞が発表となります。
審査委員長はクエンティン・タランティーノ。
ホームページは。

チャン・イーモウを選ぶ
――あなたがチャン・イーモウと仕事することを選んだのは、
市場で危険を冒さなくて済むからですか。
彼だってつまずくことがあるかもしれないとは思わないのですか?

「プロデューサーとして、私は、映画に投資するということは
すべて危険を冒すことだと考えている。
我々が投資した映画が完成すると、上映館チェーンと協力して配給をする。
上映館は、どんなリスクのある状況でも50パーセントが分配される。
投資会社の取り分は3分の1をわずかに超えるぐらいだ。
それにまた海賊版の横行や、興行成績のごまかしがあるから、
投資会社にとっては泣きっ面に蜂だ。
それなら、どうしたら我々は損失を最小限に抑えることができるだろうか?
私が身にしみて感じたのは、監督を選任するときは、
その実力を総合的に判断しなければならないということだ。

チャン・イーモウの場合、彼は監督としての芸術面での能力において
国際的巨匠の水準にある。
アメリカの最新のランキングで、彼は世界10大監督の第6位に選ばれている。
同時に、撮影技術の点でも国際的巨匠レベルだ。
彼が撮影監督を務めた「黄色い大地」や「大閲兵」は
どちらも国際撮影大賞を獲得している。

さらに演技面でも国際的水準にある。
例えば「古井戸」によって、アジアで最も影響力のある
東京国際映画祭の主演男優賞を得たが、
これは中国の男性俳優としては初めての国際的演技賞の受賞だったのだ。
王志文がこのことで、かつて私にこう言ったことがある。
当時、王はまだ映画学院に在学中だったが、
チャン・イーモウの受賞のニュースを聞いたとき、
クラス全員が呆然としたというのだ。
「撮影を学んだ人間が、我々が夢にまで見ている
国際的演技賞を獲ってしまうというなら、
我々はこれ以上何をすればよいのだろう」と。

そしてまた、別の例をあげれば、私が初めて投資した
「キープ・クール」で、彼の出演は3分たらずだったが、
この映画を見た者は1人残らず、彼の素晴らしい演技を今でも忘れない。

チャン・イーモウの映画では、どの俳優もその能力が引き出され、
極限まで発揮されているのがよくわかる。
実例をあげることもできる。
「キル・ビル」の監督、クエンティン・タランティーノが
スタジオで中国のスタッフを指揮していたが要領を得ず、
どうにもしようがなくなっていたときに、チャン・イーモウが現われた。
タランティーノの周りのスタッフは、とたんにシャキッとして、
別人のように仕事をし始めた。タランティーノは非常に驚いて言った。
「チャンが私の撮影班に活力を与えてくれた。
チャン監督に毎日10分間来てもらうことはできないかね?」

チャン・イーモウが、まさにこのような総合的な実力を備えているからこそ、
映画の質とマーケットに莫大な保証が与えられるのだ。
映画の成功は、的を絞った商業的働きかけを離れてはありえないとしても、
映画自身の力こそが、最も重要な保障なのである」(完)
(青年時報 2004.3.2)


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BBS   22:15


2004年03月10日(水) MUCHテレビのCM

「十面埋伏」ニュース、まだ続きがありますが、ちょっとお休みして
MUCHテレビが開局したときのテレビCMを。
AMUさんがメディア化してくださったのですが、
期待はいっぱいだが、なかなか動く武を拝めない今の時期、
これを見て和んでほしいと思い、こちらにもアップさせていただきます。
(いつもありがとうございます)



マジで照れているのが、らしくてカワイイ……
(声はクールなのにね)
セリフは、「神様、もう少しだけ」の台湾タイトル、
「神ロ阿! 請給我多一点時間」(神様、もう少し時間を下さい)
をもじっています。

給我多一点時間、多一点快楽、多一点空間、多一点自由、
給我MUCH−TV(ウフッ)MUCH−TV
(もっと時間を、もっと楽しさを、もっとスペースを、もっと自由を、下さい。
MUCHテレビを下さい。MUCHテレビ)


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BBS   22:55


2004年03月08日(月) 「Lovers 十面埋伏」での金城武(プロデューサーの言葉)

なんだか、この映画の宣伝係のようになってますが、
今日も、張プロデューサーが金城武に言及した部分を、
ニュースから抜書きします。

プロデューサー張偉平インタビュー から

1週間前、張偉平とチャン・イーモウは、
北京で「十面埋伏」の音入れ前の版を見た。
最後のシーンが終わると、2人とも黙ったままだった。
2分後、張偉平がチャン・イーモウに向かって、ひとこと言った。
「これは『活きる』よりいいよ」

ひどく興奮している張偉平は、本誌記者に、
興行成績が億を越えることには成算がある、
現在チャン・イーモウは日本で最後の音入れの監督をしている最中で、
4月10日前後にすべてが完成し、7月中旬全国で公開すると語った。

張偉平の話では、「十面埋伏」はチャン・イーモウの全作品中でも
一番感動的な作品で、「英雄」と比べ、ストーリー性がずっと強い。
「この作品は、俳優とストーリーの良さが十分出たと思う」という。
また、これはまず第一に、ワダエミの衣装制作の功績であり、
次に、チャン・イーモウが俳優の潜在能力を引き出したことによると語った。

中でも、最も驚くべき艶かしさなのが金城武だ。
「金城武にはみんな目を見張った」
日本の血を引いた金城武は、これまでは物柔らかな印象が多かったが、
「十面埋伏」では、彼の持つ男らしく勇猛な一面を存分に見せる。
「アクションシーンは数多く、金城武は実に見事なアクションを演じた。
これも彼がすべて自分自身で頑張って演じたおかげだ。
彼が馬で敵を追跡するシーンを撮ったとき、落馬してしまい、
しばらく動くことができなかった。
そこで日本に送って治療するしかなかった。
撮影班の者はみな、彼のことをこう言っていた
――非常に強靭だね。やつは男だよ、と」
(新聞晨報 2004.3.8)


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BBS   23:55


2004年03月07日(日) 初めて「十面埋伏」を見た張偉平・2

金城武とは直接関係ない話が続いていますが、
彼がどのような映画に出たかということが少しわかるかと
思って、ご紹介しています。
記事はこのあと、このプロデューサーが、
なぜチャン・イーモウと仕事をするのかについての質問と答えで、
初め、ここは省略するつもりでしたが、
訳すうちに、このプロデューサーのことを
何だか面白い人だと思うようになってきたので、
次回、そこもご紹介したいと思います。

竹林シーンの決定版
チャン・イーモウが武侠映画の第2作を撮ると決めるや、
マスコミはすぐにこれを「英雄2」ではないかと考えた。
「『英雄』という非常にアピールする映画が、
このように大きな市場を開拓した。
なぜ、この勢いを利用してシリーズ化しないのか? 
『ロード・オブ・ザ・リング』は『3』まで撮っている」
張偉平は『英雄2』を撮ることを強く主張した。
「イーモウはこう言った。『映画は挑戦だ』と。

彼がこの言葉を口にしたとき、
私は、彼には既に成算があるのをすぐに悟った。
彼が『英雄』の欠点を補いたいと思っているのも知っていた。
自身の芸術において繰り返しをしたことのない監督として、
彼のその苦心が私にはよく理解できた」
その苦心はついに豊かに報いを得た。
「『英雄』がチャン・イーモウの実験作であるとしたら、
『十面埋伏』は完成品だ」
張偉平はこう明かした。
「映画を見終わって、イーモウがこうたずねた。『どう思う?』
私は言った。『感動したよ、揺さぶられるような感じだ』と。
イーモウはうなずいた。
『ぼくも、この方が「英雄」よりいい、満足感があると思う』

私は「英雄」を良く知っているから、
『十面埋伏』が『英雄』とは何一つ似ていないことに驚かずにはいられない。
例えば香港の武侠映画は、1作見たあと、他の武侠映画のどれを見ても、
みな見たことのある感じがする。
『十面埋伏』は、何かに似ているどころか、見たこともない、
いや、想像すら全くできないものだ。
私は以前言ったことがあるが、武侠映画であることは同じでも、
『十面埋伏』が『英雄』と異なるのはリアルなアクションである。
だが、私が見たあのアクションシーンを正確に語れといわれても、
言葉で説明するのは非常に難しい。

竹林のシーンをとると、あれは完璧なできばえだ。
『十面埋伏』以後、あえて竹林を舞台に撮ろうとする者はいないだろうし、
誰も越えられないだろう。
『グリーン・デスティニー』が過去に竹林を撮ったのに、
なぜ我々は竹林で撮影を行ったのか? 
それはあの竹林がチャン・イーモウに、新たな想像力と創造力を与えたからだ。
『十面埋伏』は『グリーン・デスティニー』と形が違うだけでなく、
本質も違う。
どうしても何か形容しなければいけないとしたら、
すばらしい、ユニークだという言葉になるだろう」

――ストーリーの完成度という点では、チャン・イーモウの過去の作品中、
どれが一番だと思いますか?
「もちろん、『活きる』だよ」
張偉平は同時にこう強調した。
「だが『十面埋伏』は『生きる!』よりもっと優れている。
観客を観に行きたいと思わせるし、途中でやめたくなることなどありえない、
見ずにはいられない。『活きる』は感動的で、少し物悲しい。
『十面埋伏』は感動的で揺るがされるような感じがし、
人をその世界に引き込んでしまう。
武侠映画の中でもちょっと別の面白さと刺激を与えうる作品だ。
そしてきっと全く新しい視覚的、感覚的ショックを与える映画である。
私は、これはイーモウの全作品中、最上のものであり、
その芸術における新しい高みに達した作品であると、はっきり言おう」(続く)
(青年時報 2004.3.2)


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BBS   23:40


2004年03月06日(土) 初めて「十面埋伏」を見た張偉平・1(北京青年報)

遅ればせですが――



「十面埋伏」あとは合成を残すだけ
字幕でアニタ・ムイをしのぶ


張偉平は驚いた。
「十面埋伏」のプロデューサーであり、発言の責任者として、
常にマスコミに対し、この観客をうずうずさせてやまない
武侠大作をちらつかせてきながら、
彼は実際はまだ目にしておらず、
ただチャン・イーモウへの超級と言うべき篤き信頼と、
「英雄」の成功による意気軒昂とによって、大いに弁舌をふるっていただけだ。

それが昨日、チャン・イーモウと一緒に、
ほぼ完成形の「十面埋伏」を初めて見て、
口跡流麗な彼が、形容の言葉を見つけられなかった。
そのため、昨夜、本紙記者と会見したときも、
まだ並ならぬ興奮から抜け出していなかった。
「この『十面埋伏』は、『英雄』とは全く違う、ある感覚、
ある今までにない、揺さぶられるような感覚を観客に与えるだろう。
アクションや物語、ストーリー運びなど、いたるところに
�爛船礇鵝Εぁ璽皀Δ涼匏鱈瓩�充満している」
現在、映画は最後の合成作業を残すだけになっている。

音楽は梅林茂
――ストーリーと映像のほか、音楽がその映画に及ぼす影響も軽視できません。
監督の音楽に対する要求は厳しいのですか?
「チャン・イーモウはいつも、何人かの作曲家を映画音楽のために選定する。
そしてその旋律や与える感覚、影響力、映画とのコンビネーションに従って、
どの作曲家の書いた音楽が、その作品に最もふさわしいかを決定する。
彼は作曲家ではないが、音楽に精通しており、
例えば「キープ・クール」で用いた北京の評弾
(琵琶と三弦の調べにのせて語り物を上演する、講談のようなもの)や、
「初恋の来た道」「英雄」などの音楽は、実にきわだって、映画と呼応しあい、
物語や人物の感情、映画の雰囲気を引き立て、強調する働きをしていた」

チャン・イーモウは何人もの作曲家が「十面埋伏」のために作った音楽を聴き、
最終的に「花様年華」の梅林茂を選んだのだと、張偉平は明かした。
「梅林茂が『十面埋伏』のために書いたものは、
チャン・イーモウの全作品中でも、私が一番感動し、酔いしれた音楽だ」

字幕でアニタ・ムイをしのぶ
――チャン・イーモウは、具体的な行動でアニタ・ムイを悼むと報道われています。
その場合、それは字幕形式になるのですか?
「そうだ。チャン・イーモウがこの話をしたのだが、字幕形式になる。
しかし、あなた方がこの映画を見終わり、映画館を出るときには、
きっとチャン・イーモウの言葉に心を動かされるだろう。
必ずや、彼が感情をきわめて大事にする、非常な創造力を備えた巨匠だと
痛感するに違いない」
張偉平はまた新しい�爛汽錺雖瓩鬚舛蕕弔�せ、
我々はまたもや気をもませられるのだ。(続く)
(北京青年報 2004.3.2)


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BBS   18:00


2004年03月05日(金) 張偉平、オスカーへの抱負を語る・3

オスカーは中国映画のワールドカップ
昨年、チャン・イーモウ監督と共に「英雄」をたずさえ、
アカデミー賞授賞式に出席した張偉平は、
アカデミー賞の,、中国映画にとっての重要性を
いっそう深く認識するようになった。
だから、�狡ツキ瓮灰鵐咾痢▲▲�デミー賞における、
戦っては負け、負けては戦いの突撃精神も理解できる。

張偉平は、去年、チャン・イーモウと授賞式会場に入ったとき、
学ぶことが多々あったという。
「前も後ろもハリウッド・スターだった。
そのとき、私とチャン・イーモウは、オスカーは確かに違う、
唯一無二の影響力と、世界中の注目を呼ぶ力を持っていると、
大きな感慨を持った。もちろん、映画祭は授賞式だ。
出席するスターの数や人気など総合的な要素がすべて
アカデミー賞自体の知名度に反映される。
以前、三大映画祭に行ったとき、
ハリウッド・スターが数人姿を見せただけで大騒ぎになっていたものだ」

そのときから、張偉平は中国映画が世界に進出するには、
アカデミー賞が最良の足場であるとますます深く意識するようになった。
「我々が何度もアカデミー賞に参加したのは、ただ賞を得るためではなく、
全世界で最も注目されるアカデミー賞によって、
中国映画を世界に進出させたいと願ってのことだ。
ちょうど中国サッカーにとってのワールドカップのように、
オスカーは中国映画のワールドカップなのだ」

オスカーは�猖簓��瓩療群爾�
張偉平にとってずっと残念なことに、
�狡ツキ瓮灰鵐咾呂�つてカンヌでパルム・ドール(金の椰子)を摘み、
ベルリンで金の熊を抱き、ベニスで金の獅子に見事届くことが出来たが、
ただオスカー像だけが欠けている。
しかし、今年はこの歴史を変える可能性は高い。
「十面埋伏」があるからだ。張偉平は自信をもってこう豪語した。
「『十面埋伏』はオスカー獲得の力を完全に備えている」

昨年、「英雄」がアカデミー賞を逃したのは、
アメリカの合作相手の戦術の失敗の他に、作品自体にもある欠点があった。
たとえばストーリー性の弱さなどである。
今回、「十面埋伏」がストーリー性を強化したほか、
出演者の陣容、美術、音楽面でも十分に力を注いだことで、
再び挑戦する決意であるのが見てとれる。

「去年、『英雄』が最優秀外国語映画賞を争ったとき、
他の各賞も狙うことを考えた。
だが、最終的には働きかけがうまく行かず、機会を失した。
アカデミー賞の規定では、外国語映画賞に参加する作品は、
条件にかないさえすれば、他の賞レースにも
参加することができることになっている。
イタリアの「ライフ・イズ・ビューティフル」が、
最優秀外国語映画賞を獲得しながら、
ベリーニが主演男優賞を勝ち得たようにだ。
「グリーン・デスティニー」は外国語映画賞と同時に、
オリジナル映画音楽賞など3つの映画賞を得ている。
張偉平は、「十面埋伏」は外国語映画賞を狙うほか、
各賞レースにも参加することを考えると語った。
�猖簓��畧鐔僂里發函△�っと良い戦いとなることだろう。(終)
(青年時報 2004.3.2)


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BBS   23:45


2004年03月04日(木) 張偉平、オスカーへの抱負を語る・2

4日の青年時報によると、「Lovers 十面埋伏」は国内版・国際版で
内容を変えることはせず、全く同じものになるとのことです。
また、第2弾スチールは4月初めに公開、
前の報道にあったように、ウクライナでの雪景色。

遅々として進みませんが、昨日の続きを。

原因は米アカデミー賞の「ユダヤ」テーマびいきに
国内の監督で最もオスカーに近いのは誰かと問えば、
もちろんチャン・イーモウをおいてない。
チャン・イーモウと張偉平が生み出す作品は、
世界の大映画祭を総なめにしたあと、
オスカーで恨みをのむ結果となっている。
�狡イ板キ瓮灰鵐咾�何度も挫折している原因は一体何なのだろう? 

去年、オスカー授賞式に参加した張偉平の言葉にはいわくがある。
「実力で行ったら、我々は完全に受賞可能だ。
だがオスカーにはある奇妙な法則がある。
ユダヤが題材の映画にぶつかると、必ず敗れる。
アカデミー賞審査委員会はユダヤ系が多くを占めているので、
ユダヤ人の苦難を描くものはとりわけ好まれるのだ」

振り返ってみると、こういうことがわかる。
去年「英雄」がドイツの「Nowhere in Africa」により苦杯を喫したが、
これがユダヤがテーマの映画だった。
もっと昔にさかのぼれば、「紅夢」はイタリアのコメディ
「エーゲ海の天使」に破れている。これは第二次大戦が題材の反戦映画だ。
1990年、「菊豆」が、同じく第二次大戦の話である
「ジャーニー・オブ・ホープ」に負けた。

もしもこのような題材の映画に負けたのが1度なら、偶然だろう。
2度、3度となれば、これは法則である。
張偉平が指摘するのもむべなるかな。
現実に、アカデミー賞審査員会は第二次大戦ものがお気に入りである。
特にユダヤ人の不屈の精神を描いた映画は、業界で公民権を得てもいる。
(続く)


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2004年03月03日(水) 張偉平、オスカーへの抱負を語る・1(青年時報)

�狒膿佑浪擇笋�さを見、玄人はその内幕を見る�瓩噺世錣譴襪�、
大勢の人が、ただオスカー授賞式を、きれいなスターが見られることや
映画ガイドとして楽しんでいるとき、業界の人間の関心は、
映画界の目に見えぬ競争と、賞獲得の背後にある多くの要素に注がれている。

中国で最も有名なプロデューサーとして、
新しいコダック・シアター落成後、初めてオスカー式典会場に
足を踏み入れた中国映画プロデューサー、
チャン・イーモウの10数年来のパートナーである張偉平が見たオスカーは、
受賞の栄誉よりも、これが作り出す、中国映画にとって無限の商機だった。

昨日、彼はマスコミインタビューを受けたが、
我々に話した内容は、専門家が見た内幕である。

オスカーはアジア映画に厳しすぎる

「例えば、ヨーロッパや北アメリカなどの映画が60分あれば、
オスカーに突撃できるとすると、
我々は80分から90分あってようやく進軍できるというところだ」

昨年のオスカーは「英雄」があったので、人々の関心を引いたが、
今年、たとえ「無間道(インファナル・アフェア)」
「天地英雄(ヘブン・アンド・アース)」が
ノミネートさえされなかったとしても、
中国の観客と業界人のオスカーに対する関心の高さには全く影響がなかった。

アジアの映画人にとって残念なことに、
今年呼び声の高かった日本映画「たそがれ清兵衛」は敗れ、
最優秀外国映画賞を獲得したのはカナダの「みなさん、さようなら」だった。
この結果について、張偉平は全然意外ではないという。
なぜなら、「アジア映画がオスカーを狙うのは、
もともと欧米の映画より難しいからだ」

張偉平は、以前、チャン・イーモウは3作品(「英雄」「紅夢」「菊豆」)で
最優秀外国語映画賞にノミネートされた。
それは中国、そしてアジアの監督としてもめったにないことだが、
それでもまだ受賞していないのは残念だ、と率直に語った。

「実際、たとえ世界三大映画祭(ベルリン、ベニス、カンヌ映画祭を指す)で
受賞しても、オスカーではおそらくダメだろう。
アジア映画にとっては、最優秀外国語映画賞にノミネートされただけで、
もうある意味成功なのだ」(続く)
(2004.3.2)


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