武ニュースDiary


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2003年11月23日(日) 映画エッセイ�◆紛眈詆陲箸いκ源�について・2)

以前、近所のビデオショップで物色していたとき、
「天使の涙」と「恋する惑星」を見つけた。借りて帰り、1回見た。
この2本は、前にも見たことがある。

「天使の涙」を初めて見たのは、ぼくらのバンドの初代ベーシストの家だった。
ソファーに人が固まって、盛んにおしゃべりをしていた。
彼は、私にあの�猝松賁稔瓩鮓�逃すなと、しきりに注意した
――それはあるクローズアップのシーンで、
ミシェル・リーが白い足に網タイツをはいてる。
窓の外からは、リズミカルな電車の音が聞こえてくる。
ミシェルの足は静かに、狂おしさを押し殺してくねり、
クライマックスのけいれんへと突き進む。
ぼくがこの�猝松賁稔瓩鬚靴辰�り見届けると、彼は満足そうな顔をした。

その内、部屋は次第にがやがやとやかましくなり、タバコの煙が立ち込めてきた。
人と人のすきまから、武演ずる口のきけない若者が
めちゃくちゃに逃げ回るのがちらちらと見えた。
それからチャーリー・ヤンとの狂気じみた彷徨へと移っていった。

これが最初の「天使の涙」体験だった。
その後、場所は違うが同じような状況で「恋する惑星」を見た。
武の警官が言った一言だけを覚えている。
「所詮、愛はパイナップルの缶詰と同じだ。期限がある」

そのころ、ウォン・カーウァイは今ほど人気が出ておらず、
「天使の涙」や「恋する惑星」のような映画は、
一握りの�狄佑箸楼磴Ν疣�中だけが見る映画だった。
ちょうどぼくと、われらがベーシストのような。
映画の話をしているとき、「天使の涙」と「恋する惑星」を見たと言うと、
相手の目の色が変わるのを、ひそかに得意がっていたものだ。

この2つの映画の武のように、ぼくらのベーシストもナンバーを持っていた。
もちろん、囚人番号ではなく、警察の取調べ番号でもない。
彼のナンバーは00。ぼくのナンバーが55であるのと同じ。
98年、99年当時は、中国ではちょうどヘビーメタルが人気を博し、
ジャンク・ミュージックがパンクとともに台頭してきた時期だったと記憶している。
そのころ、ぼくはバンドを始めたばかりで、
クールなイギリス風ポストパンクをやっていた。
00が当時傾倒していたのはガン&ローゼズだった。

00は、ぼくには「恋する惑星」のような小市民的色彩の作品が
気に入るはずだと思っていたのだろう。
「天使の涙」のようなパンク感覚の映画ではなく。
もしかしたら、彼にはぼくが小市民的なものへの憧れに
よだれをたらさんばかりであるとさえ映っていたのかもしれない。 (続く)


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BBS   11:28


2003年11月22日(土) 映画エッセイ�◆紛眈詆陲箸いκ源�について・1)

「なぜ金城武が好きなんだ? 見た目がいいからか?」
「名前の最後の文字が武という人間に興味がある、それだけさ。
北野武は顔は悪いが、やっぱり好きだ」

              *

ときどき、朝、目覚めて、1分ぐらいしてからでないと、
自分がどこにいるか思い出せないことがある。
DVDに顔を映してぎょっとする。
暗く、生気の全然ない、日光を浴びたこうもりのような顔があるからだ。

1999年、僕はマフィア映画のビデオをよく借りていた。
あるとき、店主が新しいビデオが入ったと教えてくれた。
金城武主演の日本マフィアの話だ。そこで、「不夜城」を借り、部屋に戻った。

ピンク・フロイドからポーティスヘッドに乗り換えたばかりのころで、
壁には歌手のトウ・ウェイの「黒夢」のポスターを張っていた。
部屋はひどく暗かった――黒いカーテンを引いていたからだ。
ブラウン管では、健一が孤独なコウモリのように、暗闇から暗闇へと動きまわっていた。
映画全体のトーンは、いかがわしく重苦しく、日中のシーンも月夜のようだった。

この映画は、ここ2、3年観ていない。
だが、健一が背をかがめ、ポケットに両手を突っ込んで、
暗闇から暗闇へとすり抜けていく姿は――
冷ややかで険しい目に警戒心をみなぎらせていたのは今でも覚えている。

当時、僕は2つのものを熱愛していた。木炭と音符だ。
しかし、この2つの世界のどちらも僕を受け入れてはくれなかった。
そのころ道を歩くときは、いつもポケットに手を突っ込み、
タバコをくわえるのがくせになっていた。
こうすると、自分が1人ではないと思うことができた。
少なくともたばこが一緒だと。

のちに僕は誰の目にもタバコ中毒になっていったが、
実際はほとんど吸い込んではいない。
タバコはただの鎮静剤であり、お守りみたいなもので、
この相棒がいなければ、歩いていても気持ちがくずおれそうになってしまう。
右足を出してよいのか、左足を出してよいのかもわからなくなる。

「不夜城」での健一のやや前かがみの背中、さめた険しい目つきは、
彼が中国人グループと日本社会のどちらにも属していないことの表れだ――
はみ出し者の孤独である。

映画のラストで、健一が車のドアを開けると、雪がどっと吹き込む。
雪は動き、人は動かない。
雪は冷たく、血はさらに冷たい。
武のこの映画での演技で一番、ぴたっとはまっていたのは、このシーンだと思う。
その目には、凍るような殺気も、警戒心も、心の高ぶりも、絶望も
認めることはできなかった。
唇の隅をわずかに上げ、内心のうかがえない笑みを洩らすが、最後は笑いも消える。

ところが、まさにその2つの全く無表情な、何ものも読み取れない目のうちには、
何もかもがあったのだ。
殺気があり、警戒心があり、心の高ぶりがあり、絶望があり、
もしかしたら、一瞬通り過ぎた、よきものも。
静かな湖水のようだが、何かのはずみに堤防が破れる。
もし僕が、このときの健一に歌を贈るなら、絶対これだ――「愛は死より冷たい」。

「不夜城」が日本で公開されてから、若者たちが、ヒゲをはやし、
髪をポニーテールに結びだしたという。
僕に言わせればそれでは不十分だ。
腹黒いボスと父子の縁を結び、秀蓮のような女を恋人にし、
死んだ方がましなくらい手ひどく騙されるのが一番よい。
それで初めてなりきることができる。クールになるなら徹底的にクールでなけりゃ。

「不夜城」を見終わって、まもなく、彼女に捨てられた。
そりゃあ辛かったが、健一のことを考えたら、まだましだと言える――
秀蓮のような女にさえ出会わなければ、愛はまだ望みがある。
ちなみに「不夜城」は、僕が古龍の小説のような味わいを感じる稀な映画の1つだ。
あとは「殺し屋阿一」と「暗花」だ。  (続く)

*********

中国のE視網に載ったものから。
かな〜り長いですが、ポツポツと。
今の言葉がけっこう出てきて、戸惑うことが多いです。
「后朋」って、なんだ!?って思ったら、ポスト・パンクだなんて。


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BBS   23:16


2003年11月21日(金) マスコミ、北京で「埋伏」

現在撮影中の三大注目作、ウォン・カーウァイの「2046」、
チャウ・シンチーの「功夫」、そしてチャン・イーモウの「十面埋伏」は、
図らずも、そろって完全秘密主義をとっているとのこと。
ダメと言われれば見たくなる人間の弱みを心得た作戦なのでは、と
新聞は書いていますが、
「2046」は先日製作発表が行なわれ、マスコミの攻略の対象は、
未だにかたくなに隠し続けている「十面埋伏」の方に移りつつあるそうです。

先日、セットの様子がスクープされて、製作側はかんかん。
さらに厳戒態勢を取っているとの噂ですが、
めげないマスコミは全国から集まって、北京に滞在し、
情報奪取の機会を狙っています。

遼沈晩報(11.21)の記者も、記者の身分を隠して潜入、
まさに撮影が行なわれている場所の入口までたどりついて、
雨宿りを口実に、門番とのおしゃべりで取材を試みました。
ちょうどそのとき、妓院のセットでは、
アンディ、武の警官が部下と共に牡丹坊に踏み込み、逮捕をするシーンを撮影中で、
牡丹坊にはチャン・ツーイーもいたと言います。

30分ほどして、撮影を終えたアンディと武が警官(捕快)の扮装のまま、
中から笑いながら出てきたそうです。
写真を撮ろうとしたが、もちろん制止され果たせませんでした。

この記者は翌日にももぐりこんで、出演の演劇学校の学生達から
話を聞いていますが、細かいことは省略。
少しでもニュースを、いち早くというマスコミ記事ですので、
そう大したことは書いてありません。
でも、武が元気に撮影をしているらしいということはうかがえますね。


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BBS    11:12


2003年11月20日(木) 作曲家・武

最新の絶品・武を見たあとに、また古い話です。
歌手が本業だったころの武は、歌って踊るだけのアイドルでなく、
自ら作詞作曲のできる歌手になることを目指していました。
もちろん、先生の陳昇の影響が大きかったと思いますが、
デビューアルバムにすでに自作の曲が収録されています。

94年ごろだったかのテレビ番組で、他の歌手達にも曲を提供していると
何人かの歌手の名前を挙げていたことがありましたけれど、
それらを実際に聞いたことはありませんでした。
最近のジジのための「聊天」が唯一です。

その内から、台湾の女優ウー・チェンリェン(香港ではン・シンリン)が歌った
武の曲についてKIMIKOさんが教えてくださったので、
ぜひ、みなさんにも聞いていただきたいと思いました。

歌のタイトルは「明天你是否會來帶我走」。
歌詞と、当時の武の歌作りにかける思いを報じた新聞記事も
KIMIKOさんの提供です。
まず、歌詞から。

明天你是否會來帶我走

又是下雨的夜 又開始吹起了風
又是一個人孤孤單單渡過
想念你 我想念你 你是否會知道
有些要求 不容易説出口

明天你是否會來帶我走
未來是否能陪我走到盡頭
你冰冷的温柔
別再讓我傷痛

明天你是否會來帶我走
可不可以別再離開我心中
所有的等候
別再讓我一個人承受

多分、こんな意味――
(歌手が女性なので、一応女言葉に)

また雨が降る また風が吹き始め
またひとりぼっちの夜を過ごす
恋しい あなたが恋しい あなたは知っているかしら
口になかなか出せない 望みもあることを

あした、あなたは私を迎えに来てくれるかしら
どこまでも一緒に歩んでくれるかしら
あなたの冷ややかな優しさで
もう私を悲しませないで

あした、あなたは私を迎えに来てくれるかしら
もう私の心から離れないでいてくれる?
待つことすべて
もう私ひとりで耐えさせないで

←歌はこちら Real Player

金城武、才能を認められる
ウー・チェンリェンのアルバムに金城武作の歌を収録


アイドルからシンガーソングライターへの転身は容易なことではない。
金城武は努力して創作を学び、美形アイドルのイメージから抜け出したいと思っている。
以前は、彼の書いた歌は彼自身が歌うだけだったが、
最近ようやくウー・チェンリェンが新アルバムで、
彼の書いた「明天你是否会来帯我走」を歌い、
ずっと自分の創作の力を証明したいと願ってきた金城武は、
やっと作品をわかってもらったことに、大変喜んだ。

金城武は自分の北京語アルバムでは毎回自作の曲を収録しているが、
メインの位置づけではないので、注目する人はほとんどいない。
だが、絶えず歌を作り続けてきた彼は、レコード会社に自薦、
会社は彼の曲が穏やかで美しい曲調なので、ウー・チェンリェンの声に合うと判断し、
その北京語アルバムに入れることにした。武の喜びはこの上なかった。

彼の仕事は忙しく、一体いつ作曲しているのか不思議に思う人は多い。
実は、撮影の合間を盗んで書いているのだ。
撮影所に行けば、彼が隅でうずくまり、
待ち時間にギターを抱えて弾き語りをしているのがわかるだろう。
つまり、映画の撮影のとき歌を作っているのだ。

最近、金城武は作曲の力を伸ばすために、ピアノの練習を始めた。
みな、その勉強熱心には感心している。
同行の士を探して、彼は同じように音楽を愛する仲間達と友人になった。
BEYONDとはいつも音楽を研究しあっているし、陳昇は師であり友でもある。
今の彼の一番の希望は、創作が早く認められて、
彼がいうところの「師匠」陳昇のような、確固としたシンガーソングライターになることだ。
(聯合晩報 1995.4.1)

歌については長いこと濁していたけれど、このごろ、もうはっきり言うようになりましたね、
しばらくお休みだと。
今の、映画への集中ぶりを見ていると、当分は歌に戻ることはないような気がします。
でも、いつか、何らかの形で、また私たちに「彼の音楽」に触れる機会を作ってくれたら
うれしい。


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BBS    0:46


2003年11月19日(水) 写実的な戦いのシーン(「十面埋伏」)

「十面埋伏」のニュース、続きます。
撮影も急ピッチだし、公開の予定も一応上がってるし、
ずっとこんな感じで、少しずつ情報が出されていくのでしょうか。

今朝の沈陽今報では、どうしてセットなどの情報が洩れたのか、
犯人を突き止めたらしく、今後、厳戒態勢で行くらしいとありますが、
まず、12月の記者会見も秘密厳守だそうです。
で、この記者会は、「アニタを迎えるために開催する」とはっきり書いてありますので、
一般の製作発表とは、少し趣を異にするようですね。

そのニュースの後半部分を。

*********

戦いのシーンは「写意」ではなく「写実」で

クランクインから今までに、
出演者の金城武、チャン・ツーイー、武術指導のチン・シウトンらが
アクションシーンで怪我をしたとの情報は何度も流れている。
プロデューサーの張偉平もその事実を認め、
「英雄」のアクションシーンが細かい具体的な表現ではなく、
情趣の表現に重きを置いた「写意」であったのに比べ、
「十面埋伏」はもっと写実に向かっているという。

撮影に入る前、監督のチャン・イーモウは、
わざわざ金城武とアンディ・ラウのために武術の教師を頼んでいた。
このように見てくると、俳優達のアクションが非常に重要なものになると言っていいだろう。
張偉平は例をあげてこう語った。
「チャン・イーモウは、何事も自ら試し、やってみる。
彼が出演した『秦俑』で言うと、彼が大通りを横切るシーンがあったが、
周りは全部30年代の旧式の車ばかりで、
どれもブレーキがよく効かず、非常に危険だった。
ところが、それでも彼は自分でやり、ぶつけられて足を骨折したんだ。
彼が、本当にやるよう求めたら、やらなきゃならない」

俳優達の演技について、張氏は大変満足だと言った。
「みんな非常に真剣で、だから怪我の確率も高くなる。
が、アクションシーンでの怪我は、俳優にとっては日常茶飯事だ」

音楽は譚盾を捨て、梅林茂を用いる

今回の「十面埋伏」の音楽を、チャン・イーモウは、
昔からの仲間の譚盾(「英雄」)ではなく、
「花様年華」「周漁的火車」の音楽を担当した日本の音楽家、梅林茂に依頼している。
張偉平は、これはチャン・イーモウが決めたもので、
梅林の方がこの映画の風格に合っていると考えたのだろうと言う。
張偉平は「十面埋伏」のストーリーは非常に複雑だとずっと言っており、
外部で�猊雍�謎解き映画�瓩噺世錣譴討い襪海箸砲弔い討癲¬枅Г靴拭�
「花様年華」の音楽からは、梅林の曲風の華麗で深みがあり、
かつ不思議な雰囲気が感じ取れるが、もしかしたら、それが
「十面埋伏」の謎の多いという雰囲気にぴったりなのかも知れない。

張偉平が明かしたところでは、帰国後すぐにチャン・イーモウは編集を行なっていたが、
ウクライナで撮った内容に非常に満足しているそうだ。
張氏はまた、「もし『英雄』が試作品だとしたら、
『十面埋伏』はチャン・イーモウにとって成算のある完成品だ」と語った。
(沈陽今報 2003,11,18)


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BBS   0:00


2003年11月18日(火) 6時間で撮った三菱新CM●追記

三菱の携帯CMに関して、台湾でいっせいに記事が出ました。
撮影の合間を縫って撮影されたのは、確かに三菱だったようですが、
キエフで待機していたわけじゃなかったようで、
その話はどうなったのでしょ?

CMの他に誕生日や落馬の件など現地の話もあり、
これは事務所発の間接的「大丈夫」情報なんでしょうね。
3本いっぺんに。細かい部分の訳語は間違っているかもしれません。
お許しを。

(追記)大陸でもこのニュースが。写真は角度がちょっと目新しい?  17:15

チャン・イーモウからせかされて、金城武は携帯電話のCMを6時間で撮り上げた。
三菱の携帯CMの撮影で、彼はまたしても記録を作ることになった。
撮影当日、現場にはウクライナに持っていく大小の荷物がずらりと並び、
きっかり6時間後には行かなくてはならない。
もし、追加撮影があったら、2ヵ月後でないと無理という状況だったのだ。

今年の中秋節の前夜、三菱携帯CMのキャラクターを務める金城武は、
「向左走、向右走」の台湾でのプロモーションが終わると、
まっすぐ東京に飛んで、携帯のCMを撮影した。
チャン・イーモウらは早くからウクライナで「十面埋伏」の撮影に入っていたため、
そのスケジュールをさらに遅らせないために、
CM会社に、最長でも午後半日しか時間が取れないと伝えるほかなかったが、
意外にも三菱側はそれをあっさりと受け入れた。

撮影の日、金城武は3通りの衣装に替え、何十ものおかしな表情を撮った。
完成したCMが届いたので金城武がウクライナのスタッフ達に見せると、
チャン・イーモウらはみなびっくりして、日本の特殊効果の巧みさを大いに賞賛した。
目下、金城武はウクライナ・ロケを終わっている。
落馬事故があったが、傷の痛みをこらえて最後の数シーンを完成。
この数日は休みをとっており、帰宅は早くても来年年明けになる。
(台湾りんご日報 2003.11.18)
 
金城武のかっこよさが日本女性を狂わせ、
今年初めにキャラクターを務めた三菱の携帯電話の売り上げが
好成績を収めたのを受けて、
同社は再び、礼と金を尽くして新CMへの出演を依頼した。
「向左走、向右走」のプロモーションと「十面埋伏」の撮影で時間のとれない金城武だが、
分身の術を使うわけにもいかず、
ウクライナへ出発の前日の午後を狙って、その魅力的な姿をつかまえたのである。

金城武がキャラクターを務めさえすれば、日本のファンは争ってこれを求める。
企業にとっては、彼は、まるでスーパー集金機のごとく、商品ヒットのシンボルである。
彼のスケジュールが詰まった中、広告会社は
要する時間は最短、製作費は最高の方法を編み出した。
金城武はわずか6時間で、3通りの衣装による撮影を完了、
その後コンピューターによるポストプロダクションがCMを完成させた。

CMの中で、金城武はいたずらっ子ぶりを発揮し、
あまり見ることのできないおかしな表情を見せている。
その後、その写真を100枚に分割し、もう1度組み合わせて、「紙ペラ人間」を作った。
金城武も出来上がりを大変楽しみにしていた。
マネージャーが完成したCMをたずさえ、千里の道を越えてウクライナをたずねると、
彼は何度見ても飽きず、楽しみは分かち合うべしという精神を発揮して、
撮影スタッフたちにも見せ、非常に満足した様子だったという。

わずか15秒のCMのポストプロダクションに、1000万円以上をかけても、
その価値はあると広告主は言う。
「2ヶ月以内に追加撮影なんてことになったら、
地球を半周して、ウクライナまで金城武を撮りに行かなくちゃならないんですからね」

「十面埋伏」のウクライナ・ロケを終えた金城武だが、
落馬による負傷後、1日休んだだけで、痛みを押し、撮影に参加、
最後の数シーンを完了した。
今はわずかな休息をとりつつ開始の指示待ちである。
長期間外国で奮闘した彼は、家族と台湾のおいしい食べ物が恋しいが、
帰ってその思いをとげるのは、早くとも来年になるだろう。
(大成報 2003.11.18)

ウクライナに2ヶ月近く滞在しながら、金城武は又もや日本の新CMをリリースした。
三菱が今年初め、金城武をCMキャラクターに迎えて後、
携帯の売り上げは好成績を続けている。
そこで、彼がウクライナに飛ぶ直前に、急いで新しいCMを撮り、
ポスプロを経て最近リリースされたもの。
金城武は次は北京に移り、「十面埋伏」の撮影を続けている。

金城武は先週ウクライナから戻って、
初めて宋美齢の死去など世界の動きを知り、驚きの連続だ。
実は彼自身も、「十面埋伏」の撮影で少なからず成長したのだ。
一番大きなできごとは、ロケ地で30歳の誕生日を迎えたこと。
花束を贈られ、ケーキを用意してもらった金城武は、
笑顔でお礼を述べ、その後自分に言い聞かせるように言った。
「もう子どもじゃなくなったみたいだ。もっとまじめにやらなくちゃ」

金城武らは、ウクライナに到着したばかりのころは、
電話もつながりにくく、ネットのない生活があまり嬉しくなかったが、
すぐにこの、早朝に起き、夜は9時に床に就くという、
農夫のような生活リズムになじんだ。
撮影で手がいつも傷だらけになっただけでなく、落馬までしたが、
幸い筋肉の痛みだけで、筋や骨は痛めていない。
ところで武はウクライナ山中の美しい景色と空気が非常に気に入っており、
付き人と、この映画の撮影は楽しくて、帰るのを忘れるぐらいだと冗談を言う。
撮影地は酸素が新鮮で、野菜やトマト入りスクランブルエッグ、
それに各種の肉など、みなとてもおいしく、
チャン・イーモウが北京から調理師を連れてきてもいたので、
みんなが少し太ったのも不思議ではない。

先月11日、マネージャーが、金城武の30歳(而立)という大事な誕生日を祝うため、
プレゼントを抱えてウクライナに到着。
その折、一緒に三菱携帯CMを持っていって彼に見せた。
自分が100枚もの紙からできた人間になって、
おかしな表情を見せているのを見た金城武は、非常に満足した。
チャン・イーモウ監督は彼を祝うために、
わざわざ人をふもとにやってケーキと花を買ってこさせた。
金城武の誕生日の願いだが、
彼は笑いながら、「本当の大人になった気がする。
もう遊び半分でやってちゃいけないんだな」と言ったという。
(民生報 1003.11.18)


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BBS   11:52


2003年11月17日(月) 北京での撮影始まる。武も参加(「十面埋伏」)

先日、映画のセットや衣装の写真が新聞に出て以降、
「十面埋伏」撮影関係のニュースが途絶えていますが、
今日の青年時報によると、果たして、
プロデューサーの張偉平がこの情報洩れに怒っているとのこと。
現在、誰がマスコミを手引きしたのか、内部を調査中だそうです。

それでも、怒りがおさまると、張氏は同紙記者に写真を見たかと質問。
見たと答えると、どう思ったかとたずねました。
やはり気になるのでしょう。
張氏自身は現在の進行状況に非常に満足し、自信をもっているようだったそうです。

記者の取材では、映画は一昨日北京の撮影所で撮影に入り、
アニタ・ムイ以外の出演者は全員そろったということです。
(2005・11・17)

また、同じく今日の沈陽今報では、
秘密のとばりに包まれていたウクライナ・ロケから北京に戻り、
芸能界の注目の的になっている。
数日前に張偉平は20日撮影開始と情報を流したけれど、
昨日得た情報によれば、チャン・イーモウは北京での撮影を、
すでに秘密裏に開始していると書いています。

「現在流れている『十面埋伏』の情報は、
チャン・イーモウは、北京で、ウクライナでの撮影部分の編集にかかっており、
出演者達はそれぞれ休息中、
ある美術班が四川での屋外セットの建設を始めたというものだ。

が、チャン・イーモウが目くらましを使っていたのかどうかはわからないが、
2,3日前、北京の撮影所内のセットの様子が外部に明らかにされ、
マスコミと人々の目が妓院と古寺の写真に集中していたときには、
彼はすでに内緒で撮影に入っていたのだった。

昨日、記者がチャン・ツーイーの身近な人間から聞いた話では、
大変だったウクライナでのロケのあとも、彼女は少しも休みなしだそうだ。
『チャン・ツーイーは、今、撮影中で、帰国後、まったく休みを取っていない。
アメリカで宣伝の仕事に行ったあと、すぐに帰ってきて撮影に参加した。
撮影スケジュールが非常にタイトに組まれているからだ』

そこで張偉平プロデューサーに確認すると、
昨日撮影を開始、チャン・ツーイー、アンディ・ラウ、金城武は
すでに妓院の場面の撮影に入っているということであった」

15日に撮影開始ということは、14日にわかっていたと思いますが、
ともかく始まり、武も参加しているということのようなので、
ちょっと安心しました。


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BBS   13:30


2003年11月16日(日) エリクソンR380解答CMメイキング

11月9日のエリクソンR380、クイズ仕立ての予告編CMの
解答版です。この映像も、その内、FIRE!されますので、お早めに。
1人1人演じていくにあたって、綿密に打ち合わせをしています。
Amuさん、今度もありがとうです。m(_ _)m




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BBS   14:08


2003年11月15日(土) 「十面埋伏」のセットと衣装(「明星BIGSTAR」続き)

13日の「明星BIGSTAR」の記事から、セットと衣装に関する部分を
大はしょりで。長いし、言葉難しいし、ま、セットとかだし、
丁寧に訳してみる根気がないので、これだけ。すご〜く短く。

14日に新浪娯楽にも独自に撮った写真と記事が出ましたが(ここ)、
これもほとんど写真眺めただけで……
6枚の写真をクリックして拡大すると、
ここで撮影が行なわれるのか……と感慨が湧いてきます。

********

「十面埋伏」は9月11日にクランク・インというニュースが流れたあと、
100人を越す一隊はウクライナ、カルパチア山中に消失。
ウォン・カーウァイも映画の情報を洩らそうとしないが、
マスコミは張り付いてはかぎつけ、1、2枚写真を撮ってくることもある。
けれども「十面埋伏」の場合は、まるで人間が蒸発してしまったかのように
2ヶ月が過ぎ、杳として消息は知れず、
マスコミもあまりに遠くてどうしようもなかった。

ようやく異国での撮影が終了したものの、帰国の日取りは秘密のまま。
外部には11月9日に北京に戻ると言っていたが、結果的に肩透かしとなった。
撮影部隊の帰国前から、北京撮影所では大勢のスタッフが、
労を惜しまずセットや衣装作成に取り組んでいた。
監督は7日には現場を視察し、進行状況をチェックしている。
現在、セット建設は終わりに近づいており、まもなくセット内での撮影が始まる。
その撮影は大体12月中旬に終了、下旬に重慶永川の竹林での撮影に移る。

セットの1つは牡丹亭(新浪娯楽では、それは間違いで牡丹坊が正しいと)という名の妓楼。
非常に細かな細工がされている。
従事している人の話では「チャン監督は大変満足していた」とのこと。
このセットにかけた労苦と費用から言って、
ここが主な舞台の1つになるだろうと記者は推測。

また、武侠映画で一番よく出てくると言っていいのが寺院。
ここでも荒れた寺院のセットが組まれている。
聞いたところでは、この荒れ寺は主人公が難を避けて身を隠す場所だそうだ。

その隣には円形の地下牢がある。
地下牢も武侠映画にはつきもの。
英雄が囚われ人を救出するシーンなどでよく出てくる舞台だ。

衣装は地方から呼ばれた職人が、朝早くから夜遅くまで完成を急いでおり、
ワダエミが最近毎日来ては指導をしているという。
製作中の衣装の中心は、妓女の短い丈の長袖の服。
ワダエミは多くの衣装デザインを手がけており、
職人達は非常にきれいなデザインだと言っている。
記者はそのとき、アルファベットのサインの入った、ワダエミのスケッチを発見。
すっきりして、特色のあるデザインだ。
衣装室には琵琶弾きの妓女の服ができていた。
白地に銀色の花を散らした長いスカートで、昔風でも今風でもある。
他に、黒地に白い水玉を散らした古代の兵士の冬服が製作中だったが、
全く特色のないもので、ワダエミのデザインになるものではあるまい。
(「明星BIGSTAR」から)


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BBS    21:25


2003年11月14日(金) 「十面埋伏」記者会見(南方都市報)

「十面埋伏」記者会見(南方都市報)   15:05

以下、ニュースのざっと訳。

「十面埋伏」は明日から正式に北京で室内シーンの撮影に入る。
昨日、2人のプロデューサーとチャン・イーモウがこれからの予定を話し合った結果、
闘病中のアニタ・ムイを受け入れるに当たって、
12月初めに記者会見を北京で行い、
金城武を除く主な出演者がマスコミの取材を受けることになった。

プロデューサー張偉平の話では、撮影は非常に順調で、
まもなく北京撮影所で、4人の主役が一堂に会し
1ヵ月で撮影を終わらせる。
そのあと、四川の竹林で1ヵ月間のロケ、
来年2月にすべてのロケを終了する予定。
ポストプロダクションはオーストラリアとアメリカで行う。

この映画はずっとマスコミをシャットアウトして進めてきたが、
マスコミの関心は依然として高い。
忙しいスケジュールを縫って記者会見をする必要もないのだが、
プロデューサー達は、闘病中のアニタ・ムイの熱意に打たれ、
彼女への敬意を表するために、12月初めに記者会見を開くことを決定。
ただし、限られたマスコミ対象の小型のものになるという。
(南方都市報からまとめ 2003.11.14)

北京での撮影開始は20日ではなかったですね。
で、武だけが出席しないのが気になるけれど、理由は書いてありません。
他の仕事が入るのでしょうか。でも、撮影中だと思うし……
いつも謎な方です。


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BBS


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