武ニュースDiary


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2003年10月19日(日) 「向左走、向右走」北京プレミア&アンディ・ラウ、ウクライナへ

18日の午前、北京でプレミアが行なわれましたね。
その数日前に内輪の試写会もあったそうですが、映画の評判は上々だったとのこと。
この日の試写でも、ロマンチックな中にユーモアもある、
良い作品と好評を得たということです。
先にプレミアのあったアンディ・ラウとトー監督の「大塊頭〜」(香港でヒット中)と比べて、
こちらのほうが明らかに評判の良いことについて、
昨日ジジと共に出席したワイ・カーファイは、香港と内地の文化的な差だろうと言っています。
そういえば、日本で今公開中で大好評の「無間道(インファナル・アフェア)」も
大陸ではそうでもなかったというニュースをちらっと見た記憶も……(不確か)。

その会見の様子が50分(!)ぐらいの
動画
で見られますが、
やっぱり武は出席できず、ビデオでちょっとだけご挨拶。
それを見たくて15分待ちましたが、これはウクライナではなくて、
台湾の記者会見のときに撮ったみたいですね〜(服装・髪型と背景から)。

ジジの話は今まで話したこととほとんど変わらないけれど、
武について、撮影は別々だったけれど、いつも彼の演技を見に行っていて、
あまり演技が自然なので、彼の私生活を盗み見しているような感じがした、
と言っていたそうです。

ワイ・カーファイは、武は「パラダイス!」のときに比べ
非常に演技がよくなっている、一番の進歩は、表現が非常にきめ細かくなったこと、
と語りました。

香港プレミアにも来ていたワーナーの責任者の女性は
中国語、ペラペラなんですね。
中国語ですが、北京での司会やあちらの人の話のほうが聞き取りやすい。
授業で聞いているのと似てるからなんですよね〜
う〜ん、私は台湾なまりの武の中国語のほうこそ聞き取りたいのに……

脇に2人控えているのは、多分向こうの配給会社の人たちで、
あちらには中影と華影という2大映画会社があって、
話題作「向左走、向右走」はどこが配給権を取るかはかねて注目されていたわけですが、
無駄に争うより、一緒にやったほうが双方利益は大きいということで、
今回、共同配給になったという事情が、大分前の新聞に出ていました。

映画を見た記者の作品評を。
(白くしたところあります。公開が決まったから、ネタバレはできるだけ避けますね)

「これは近年まれに見る感動的な文芸映画である。
�爛錙璽福爾涼羚餮豈撚菎茖叡騰瓩離廛譽奪轡磧爾砲睇蕕韻襪海箸覆�、
高いクォリティーを見せてくれた。

映画はジミーの原作のエッセンスを大切にしながら、
同時に胡医師と小紅のストーリーを触媒として、映画に活力を与えている。
大げさな悲嘆と離別はないにもかかわらず、涙を誘う。
脚本・監督は全編のムードをあるポーランドの恋愛詩で統一し、
一編の愛のおとぎばなしに仕上げた。
また、キーポイントとなるシーンでは、宋の詩人、李之儀の「ト算子」を引用して感情を高める。
そこにバイオリンの心を揺り動かす音色がかぶさり、
かつて愛を夢見た経験のある人なら、誰でも鼻がツンとする思いを味わうだろう。
その他、金城武とジジ・リョンについては�猯匹け薺擦性瓩箸いι集修呂任�ない。
2人ともジミーの原作の人物に生き写しであり、
我々と非常に近しくも、また非常に遠くも感じさせると言えるのみである」
(楊勁松/京華時報)

中国の人の方が、ものの見方が素直(いい意味)なのかも知れませんね。

********

一方、既報の通り、アンディが昨日、ウクライナに向けて出発。
撮影するのはアクションシーン1シーンだけですが、
そのために15日間滞在するとのこと。
向こうはもう雪が降っているとかで、寒さに弱いアンディは、すごい大荷物で
飛行機の制限重量をオーバーし、追加料金を払って搭乗したそうです。
何でも、寒いと鼻水が止まらなくなるのだとか。

チャン・イーモウを高く評価するアンディの熱の入れ方も相当なようで、
涙の出るような剣術の訓練を積み重ねていたようです。
武の訓練風景は例によって公開されませんでしたから、
かわりにアンディの訓練の様子で、想像力を働かせたいと思います。

   

(今日のニュースは複数の新聞からのまとめです)


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BBS   12:50


2003年10月18日(土) 「人物クローズアップ」3●「十面埋伏」のスケジュール

「人物クローズアップ」3  1:12

アイドルからの転身開始――「不夜城」
新しい芸能キャリアへの一里塚


時は移り1996年。
この年、金城武は日本の宝塚出身のスター、天海祐希と、
「羅生門」のリメイク「Misty」に出演する。
日本の昔の衣装を着た金城武は
妻になるはずの女のせいで死ぬ貴公子を演じてぴったりで、
一種強烈な日本の雰囲気を発散していた。

97年の金城武の主演作品リストを見ると、
もしかすると学園物が流行らなくなってきていたのかもしれないが、
つまり、意図的に、容貌を見せるだけの作品から脱却し始めたのがわかる。
陳小春、チャーリー・ヤンと共演の「ダウンタウン・シャドー」では産業スパイを演じた。
観客は、金城武はこういう役も演じられるのだと知った。
カルメン・リーとの「パラダイス!」の落ちぶれた殺し屋役は、
彼の今をうかがわせるものがある。
後に存分に発揮されることになる退廃的な持ち味のいくばくかが、すでに見て取れるのだ。

しかしながら、金城武の映画での表現は、当時はまだ少々深みを欠いているように思われ、
その演技には、人の心を揺り動かす大きな力量が不足していた。
彼にはこのとき、1本の映画の本質を支え得る力が
まだ備わっていなかったと言えるかもしれない。

金城武、侮るべからずと、誰もが本当に悟るのは、1998年からのことだ。
「不夜城」で彼は日中混血の劉健一――
新宿歌舞伎町の裏通りで生きのびようとして、
復讐計画に巻き込まれ、愛する女を殺す羽目になる男を演じた。
この映画は、はみ出し者が生きようともがく悲哀と、
背中合わせの信頼と裏切りとを痛切に描き出し、
ラストはすこぶる日本のマフィアへの挽歌の感がある。
金城武演じる日本に取り残された日中混血の孤児は、
彼の現実生活と対比させると虚虚実実の感があり、
登場人物たちの虚実ないまぜになった言行を際立たせている。
彼はものを言う目と表情によって、生にしがみつく卑しさを生き生きと表現した。

「不夜城」の日本での大ヒットにより、金城武の芸能キャリアは日本において絶頂に達した。
この頃、国際的ファッションブランドのプラダは彼をイメージキャラクターに起用、
日本アジア航空も、台湾の美を伝えるCMキャラクターに彼を選んだ。

テレビドラマでは、アイドル深田恭子と組み、「神様、もう少しだけ」に主演。
人気は日本から台湾に逆輸入された。
彼の、クールな中に芸術家気質と情の深さを併せ持ったイメージは、
深い印象を与え、それまでの「その他大勢の1人」というイメージにとってかわる。
聞くところによると、ドラマのヒロインは援助交際でエイズに感染したにもかかわらず、
主役の金城武の同情と愛を得ることができたため、
日本の女生徒たちがそれに感化され、あえて同様の間違いをおかし、
保守的な道徳観を持つ人々の攻撃の的になるということがあったそうだ。

この年、金城武は木村拓哉、反町隆史、竹野内豊ら3人の日本の人気男性スターと並んで、
「今年最も注目された男性スター」に選ばれた。
きわめて排外的な日本の芸能界において、これに選ばれたことは、
彼のキャリアにとって、非常に大きな到達点と言える。
デビュー後6年、ようやく大きな成果を得た年であった。  (続く)




「十面埋伏」のスケジュール 3:47

事情があって、この数日、まめなニュースチェック及びお散歩をしておりませんでしたので、
既出かもしれませんが、「十面埋伏」のニュースを拾います。

アンディ・ラウ、今日2度めのクルー参加
「十面埋伏」まもなく本国で撮影


チャン・イーモウの新作「十面埋伏」は9月のクランクイン以来マスコミの注目の的である。
撮影班は遥か遠いウクライナだが、記者は昨日ついに撮影スタッフと連絡がとれた。
彼らによると、撮影は比較的順調だが、先週は雨が降ったために撮影が遅れたので、
あと半月滞在を延ばさねばならなくなったとのこと。
またアンディ・ラウは前回合流して撮影を行なったのに続き、
今日第2回の撮影をするそうだ。

チャン・イーモウ監督は、ウクライナでは1ヶ月間撮影の予定だったのだが、
現在、天候の影響で少なくとも半月延長しなければならなくなった。
幸い製作主任がすべての準備作業を早めに終わらせてくれている。
チャン監督は撮影の進行を速めるために、数週間前、
別の撮影班をウクライナによこしてくれるよう申請し、2班で撮影を進めていた。
が、先週ウクライナはずっと雨で、撮影は滞ってしまった。
ウクライナを舞台とした部分は全体の80%を占める。
アンディ・ラウの出番は金城武ほど多くはないが、非常に重要な役どころだ。
今日、彼はプロデューサーの江志強と一緒に再びウクライナでの撮影に向かう。

一方では撮影班の他のスタッフも、中国国内での撮影の準備を進行中だ。
国内の主な撮影地は2つあり、1つは北京。ここでは屋内のシーンを主に撮る。
そのときアニタ・ムイが北京に行って屋内シーンを多く撮る予定。
もう1つは永川竹海自然公園で、この映画の第2のロケ地になる。
製作主任の張震燕は、「竹林は数多くあるが、我々がここを選んだのは、
非常に広々とした感じがあるのが主な理由だ」と語った。
監督は、今回の竹林での撮影は、
「グリーン・デスティニー」とは違った感じのものにしたいと考えているという。
監督は近いうち帰国し、まず屋外ロケを行なってから、屋内シーンに移るが、
天気によってはスケジュールに変更はありうる。
映画制作は来年3月末に完成を見るが、「英雄」に比べると、すごい速さだ。
これは製作主任の周到な準備のおかげが大きいという。
(南方都市報 2003.10.17)

「英雄」と比べて驚くほど速いと言っているのだから、
撮影がじゃなくて、映画の完成が、ってことでしょうかね〜
「英雄」の撮影はどのくらいかかったんですか?
それと16日の、これも大陸のニュースに、
「『十面埋伏』のあるスタッフが言うには、11月10日、チャン・イーモウは北京に帰るが、
その折、全スタッフが集合して北京で大会を開く。
撮影班は大会の後、いくつかに別れ、1つはまっすぐ竹海に行って撮影、
他は浙江省と雲南省でセット組みを続ける、とのこと」(中国互聯網新聞中心)
とあるのですが、大会って、製作発表のことと思っていいのかな? それとも他のこと?


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BBS   


2003年10月17日(金) 「人物クローズアップ」2

幸運の鍵――「恋する惑星」

1994年、彼は大S(その頃はまだおっとりしていた徐熙媛)と一緒に
乳酸飲料のCMに出演した。
降る雪をバックに、2人の金童玉女は「雪露」を手に、
ワイヤーで吊られ、空を飛び回った。
(後の大Sのお相手選びの条件の1つは、金城武に似ているということである。
藍正龍が金城武にどのくらいそっくりかはさておいて、
筆者は個人的に、たぶんこのとき金城武が大Sの心に
極めて深い印象を残したのではないかと推測する。)

同じ年、彼は人気女優アニタ・ユンと、サスペンス映画「香港犯罪ファイル」で共演する。
彼が演じたのは精神科医。妹を何者かに殺されたアニタ・ユンは、
彼が犯人だと誤解し、あらゆる手を使って彼を葬り去り、妹の仇をとろうとするのである。
この作品では、アニタ・ユンが動きの多い表情と動作であるのに対し、
金城武は役柄上、陰鬱で静かな感じである。
幸運にも、これがウォン・カーウァイに武の陰鬱な持ち味に注目させ、
「恋する惑星」の出演依頼をさせることとなった。

カーウァイの映画で、金城武はプリジット・リンに恋心を抱く、失恋した警官223号を演じた。
クリストファー・ドイル撮影によるこの映画は、
ファンタスティックな持ち味の作品として大方の高い評価を得、
金城武の映画の仕事に明るい未来を開くことになった。
この作品の後、期限切れのパイナップルの缶詰といえば
金城武と連想されるようになった。

これもまた幸いなことに、この1年間は、「恋する惑星」出演があったおかげで、
台湾で次々にコメディー映画に出演しても――例えば「報告班長3」「死角都市香港」、
人気者・釈小龍、ハオ・シャオウェンと共演の「チャイナ・ドラゴン」、
あるいはイーキン・チェンのそばにいつもくっついている役(「人魚伝説」)でも、
つまらない役柄をさせられることがなかったのだ。

もしかしたら、金城武は他の人より本当に幸運だったのかもしれない。
まだ演技への評価が確立していない彼だったが、
「恋する惑星」が日本で上映され、大きな反響を得たことにより、
日本人が、この日本名前を持ち、
日本人の血を半分引いた台湾のスターに興味を抱いた。
そしてフジテレビが、人気アイドル宮沢りえ主演のドラマ「聖夜の奇跡」への出演を
わざわざオファーしてきたのである。
金城武は中国人留学生の役で、宮沢りえと淡い恋をし、
2人は心温まるクリスマスを過ごす、という話である。

その年、ウォン・カーウァイ監督の「天使の涙」でも、
5歳のときに期限切れのパイナップルの缶詰を食べて(!)
口がきけなくなった若者役の彼が見られる。
成長したこの若者は、真夜中に他人の店を開け、客を強引に引きずり込む。
死んだ豚をマッサージするシーンを、
フランスのルーアンの小さな映画館の暗闇で見た筆者は、
彼の台湾なまりの北京語を聞きながら、笑いながらも郷愁に涙がにじみ、
金城武がこんなにも深く人の心を動かす演技ができる俳優だということを
初めて知ったのだった。

その1年も、彼は依然として台湾映画界でコメディーに出演し続けていた。
飾り物として扱われるのが、90年代の台湾アイドルたちの宿命で、
ジミー・リンに始まり、リッチー・レン、ルビー・リン、あるいは金城武まで、
彼らが学園物映画にその顔をファンに見せるためだけに大挙して出演し、
毒にも薬にもならぬ役柄を演じているのを見ていると、
観客はしまいにはマヒしてしまい、
もったいないと惜しむ気持ちさえなくなってしまう。

大方はこういう状況の中で、金城武が日本から「名を上げて戻った」きた後、
世間はようやく、彼はこのような退廃的持ち味も出せるのか、
今までこの素晴らしい素材をいかに疎略に扱ってきたかに気がついたのだった。

このようにたくさんのコメディー映画に出演したことは、
実は金城武に対する疑問も生んでいた。
彼には作品を選ぶ力がないのではないか? 自覚がないのではなかろうか? 

これに対する答えが彼にはある。
日本映画「スペーストラベラーズ」の記者会見の折、
彼は、以前出ていたようなバカバカしいコメディーは
撮影の過程が非常に楽しかったのだと語ったのだったが、
「クォリティーは低い」ことは認めた。
彼はウォン・カーウァイの「恋する惑星」に出演して初めて目を開かされて以来、
映画を愛するようになっていたのである。   (続く)


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BBS   1:06


2003年10月16日(木) 「人物クローズアップ」1 (DVD info誌)

「向左走、向右走」台湾公開に合わせて、様々な記事が雑誌に載りましたが、
これもその1つ、「DVD info」2003年9月号のものです。
台北の書店で見つけて購入しましたが、金城武の芸能生涯を振り返ったもの。
事実関係に1、2、疑問もありますが、
台湾で彼がどのように受け止められてきたかうかがえる1つの例でもあり、
興味深いのでご紹介します。
かなり長いので、5回に分けます。

あの夏、始まったこと

金城武の出身や来歴については、彼が有名になってから、
絶えずマスコミに書かれてきた。それで、私達は、
彼の父親が初めて台湾にうなぎの養殖技術を伝えた日本人であること、
母親は若い頃すごい美人だったことを知っている。
金城武の容貌はまさにこの母親譲りだ。

1973年に萬華で生まれた金城武は、幼い頃から流暢な台湾語を話したが、
そのせいで、日本人学校に通っていた時期、アイデンティティーの問題を引き起こし、
ほとんど友達がいなかった。
その後アメリカンスクールに進学してからは、
スポーツに熱中したことで友人が出来るようになった。
幼い片想いをして、その女の子のために英語を必死で勉強したのも、
アメリカンスクールでのことである。この幼い恋はあっけなく終わったが、
知らず知らず、彼の後の人生に大きな影響を与えることになった

1989年、同級生の母親が金城武に目を留め、ある飲料のCMを撮影した。
名プロデューサーの葛福鴻は「バイクを買う金を稼げる」と彼を誘惑し、
フーロン・マネジメント会社所属の芸能人として契約させた。

「夏天的代誌」で知名度を高め、
「東方三侠」で映画界に進出


この飲料のCMは、記憶をずっとたどってみたが、あまり印象に残っていない。
というのも、金城武を知ったのは、1992年に発表された、
台湾語と日本語の交じった歌「夏天的代誌(夏のできごと)」からだからである。
当時のアイドルは男も女も、しゃれてきれいな発音の北京語でしゃべるのが売りだったが、
金城武は逆に、台湾語の歌で注目を呼んだ。
ミュージックビデオでの、はにかんだような笑顔は今も覚えている。
単純な歌詞の中に、彼の台日混血という背景が語られ、聞く者に強い印象を残した。
この陳昇プロデュースによるアルバム「分手的夜裡」の売り上げは、
まだ素晴らしいと言えるまでには行かなかったとはいえ、
彼の知名度を大きく高めることとなった。

同年、彼は林福地ディレクターによるドラマ「草地状元」で、
頭を角刈りにし、ラン・シャンのつっぱった息子を演じた。
林福地は厳しいことで知られていた。
当時まだ経験のなかった金城武が、いかに苦労したかは想像に難くない。
スタッフたちからも、いつも自分の昼の弁当用の金でおごらされて、
空腹のまま演技をしたという話もある。
育ち盛りの金城武にとって、それがどんなに辛かったかは、本人しかわからないだろう。

しかしデビューしたばかりの少年にとって、最初のドラマ出演が
名優ラン・シャンとの共演だったことは、得るものが多かったはずである。
――奇しくも6年後、2人は「不夜城」で再び顔を合わせることになるが、
このときには、金城武はもう以前の何もわからぬ子どもではなかった。

その2年後、彼は香港への進出を開始した。
ジョニー・トー監督の下、アニタ・ムイ、マギー・チャン、ミシェール・ヨーら大スターと
「東方三侠2」で共演したのである。
金城武は広東語がまるきりわからないまま、映画出演第1作をやりとげた。
彼が演じたのは、アンソニー・ウォンにあやつられた少年王。
出番は少なかったが、ストーリー展開上、極めて重要な役割をもつ役であり、
かつ無名の小アイドルと3大女優との共演は、
香港人の注意を引かずにはおかなかった。

とはいえ、金城武が最近になって新作「向左走、向右走」の記者会見で
語ったところによると、彼はこの映画初出演作についてあまり覚えていないらしい。
唯一記憶に残っているのは、
「死人の頭を演じて、アンソニー・ウォンにキスされたこと……」だそうだ。 (続く) 



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BBS  0:18
  


2003年10月15日(水) クワン監督の次回作&大陸「左右」のプロモスケジュール

スタンリー・クワン監督が映画化の準備を進めているという外国の小説は、
実はシュテファン・ツヴァイクの作品とのこと。
ところが、女優の徐静蕾も同時にこの作品に目をつけていたということで、
11日、彼女はインタビューに答え、監督と主演女優は彼女自身が、
相手役は姜文(「天地英雄」に出ています)が演じると語ったそうです。
映画のタイトルは書名のままで、「ある見知らぬ女からの手紙」。
今月末にとりかかるということですから、
時間的にはクワン監督より一歩先んじることになります。
このように、映画界で影響力のある人物が、
同時に一外国作家の90年ほど前の作品に目をつけたというのは非常に珍しいこと。

小説の内容は、ある女の20年にわたる片思いで、
過去に映画化されたこともあるとのことです。
どちらも、原作そのままではなく、徐静蕾は舞台を1930年代の北京に、
スタンリー・クワンは上海と香港に移すらしい。
男性主人公は、ヒロインより10歳以上年上という設定なので、
クワン監督のキャスティング希望について、
徐静蕾は「金城武の年齢では若すぎるのではないか」と言っているそうです。
(毎日新報から 2003.10.12)


「向左走、向右走」公開を間近に控えて、
大陸のメディアでも続々と映画について記事が出始めました。
気になるプロモーションですが、ジジと作者のジミーが
22日の北京でのプレミアに出席するとのニュースあり、ジジは上海にもいくとのこと。
一方、「遇見」の孫燕姿も、四川の方を受け持って、自分のCDの宣伝も兼ね、
プロモをするそうです。
四川については、主役の金城武がスケジュールが会わず、
出席できないのが確実なので――とありますが、
それ以外の場所については武のスケジュールに関して言及なく、
もしかしたら、映画撮影のスケジュール次第で可能なら急遽参加することも
考えているのかな……とも思いますが、どうでしょうか。
ぜひ何とか姿を見せてほしいものです。


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BBS  18:50


2003年10月14日(火) 雑誌「Milk」のインタビュー・2

Milkインタビューの続きですが、ストーリーにかかわるネタバレがありますので、
2ヶ所、白くしてあります。読んでもいい人だけ反転して見てください。
日本公開を待とうという人は、絶対お避けください。

縁
M あなたは以前、陳昇が音楽というものを教えてくれた師だと言いました。
映画では、俳優か監督か、一番誰に影響を受けましたか?
T 実際は仕事をした監督1人1人、みんな特色があって、
それぞれ違うことを教えてくれました。
今回はジョニー・トーとは3回目の仕事だけど、発見はたくさん。
以前は見られなかった彼の撮影方法を直接見ることができました。
もし、これまで出会った中で特別な人をというなら、ウォン・カーウァイですね。
彼の撮影の手法は他の人とは非常に違っているから。
あの仕事をして、ぼくは演技にはいろんな面があるということを知りました。
ある時期、ぼくは台湾でコメディーにいくつか出演したけれど、これもまたやり方が違う。
だから、毎回出会う監督がみな、ぼくを啓蒙してくれる先生なんです。

M 縁を信じますか? 過去に、縁はあると信じるきっかえになったできごとがありますか?
T 信じます。1つ1つのことは、すべて縁なのだと思う。
家族との関係はもちろん、友達づきあい、仕事仲間、恋愛ももちろん、そう。
「向左走、向右走」に出演したのがまさに1つの縁ですね。
監督と、スタッフと、あるいはジジと、みな縁があった。
だから一定期間を一緒に集まって仕事をすることになったんです。

M もし「向左走、向右走」の主人公のように、恋人と離れ離れになってしまったとしたら、
どんな方法で彼女を探しますか?
T 彼女が行きそうなところに行ってみる、電話をする、
彼女の友達に聞くか、彼女に手紙を出す。
もしそれでも見つからなければ、あとは待つだけ。ずっと待つ。
どのくらいかはわからないけど。
子どものとき、この主人公と同じようなことがあったんですよ。
家で電話を待っていて、一歩も外にでなかった。
数日間待って、だめで、でもどうしようもなかったんですけど。

挑戦
M 撮影中、楽しかったことは何ですか?
T 撮影の過程全体がとても楽しかったですよ。
スタッフはみんな前に一緒に仕事をしたことのある人たちだったから、気心が知れていた。
それに撮影上の必要で、香港と台湾を行き来したんですけど、
最近、どちらにもあまりいることがなかったから、とっても嬉しかったです。
少しも辛いとは思いませんでした。

M 映画の中で、一番忘れられないところは?
T あるシーンで、街頭に出て、たくさんの人の中でジジを探すところがあるんです。
ぼくは今まで大通りでの撮影はめったになかったから、
けっこう忘れられないものになりました。
おまけに通りでこんなふうに歩いては叫びしてたんです。
演技するときは緊張せずに、絶対恥ずかしがっちゃいけないし、
あまりNGを出すわけにもいかない。だから一番きついシーンでした。
一番感動したシーンでもあるんですけど。

M バイオリニストの役を演じるため、特別にバイオリンを習ったことのほかに、
この映画で最大の挑戦だと思ったことはなんでしたか?
T この話の原作は漫画で、漫画を映像にすることは沢山の人がしてきたことだけれど、
「向左走、向右走」のようなものはなかった。
この映画の製作スタッフは、ストーリーはもちろん、
ロケ地や衣装も、原作にできるだけ合わせることに非常に気を遣ってました。
それから、ぼくとジジは同じ場所で演技をするんだけど、交流する場面はないから、
感情をこめて、自分の想像に頼ってやらなければならなかったのが
1つの挑戦だったと思います」

結末
M 映画化された「向左走、向右走」では、結末が原作と違っています。
2人の主人公は、地震で部屋の内壁が崩れ落ちたことで、やっと会うことができます。
もし、あなたが別の結末を考えなければならないとしたら、
どんなふうに2人を出会わせますか?
T 多分、原作とあまり変わらないだろうなあ。
2人がその土地を去ることになって、空港で出会うとか。
でも、映画の、地震が2人を再会させるシーンは非常に特別だと思ってます。
人が思いつかない結末ですよ。


M 映画を撮ることになって、ジミーの絵本をごらんになったのですよね。
そのとき、どういう感想を持ちましたか?
T ぼくは、ジミーの絵本の特色は、その絵の技巧にあると思います。
他の作家とは非常に違っている。
彼の描くもの、使う色が物語全体の色彩をすごく豊かにしていて、
感情の表現が自由自在です。けれども、彼には独特の風格があって、
そのため、絵本全体がすごく特別な感じがしました。

M もし現実に、映画の中のように、別の女性がいつもあなたの前に現われて、
恋人との仲を邪魔したら、どうしますか?
T 逃げますね。すごく煩わしいから、もちろんその人に説明して、
こんなことをしないでくれと言いますけど、それでも無駄だったら、
相手にしないしか他に方法はないなあ……(笑)。
(完)
(Milk 2003年9月11日号)


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BBS  10:10


2003年10月13日(月) 雑誌「Milk」のインタビュー・1●ウクライナでの誕生日・2

雑誌「Milk」のインタビュー・1  3:40

ちょっと眠れなくて、香港の雑誌「Milk」のインタビューを――
「左右」公開前のもので、もうどちらかで翻訳がされていたかもしれませんが、
私は今頃になってようやく読めたので、自分のためにアップしておきます。
2回に分けて。
(MはMilk誌、Tは武の略)

**********

「縁」とは非常に面白いものだ。
彼女とめぐりあう? 彼と会えない?
すべて「縁」のなせるわざである。
この「縁」をテーマにした映画「向左走、向右走」の2人の主役、
金城武とジジ・リョンは異口同音にこう言う。
1999年の映画「心動」の後、再び共演できたのは「縁」のおかげだと。
「縁」はあなたをこの映画と出会わせ、感動させてくれるだろうか?

再び映画の縁
M もう2年間も香港映画に出ていなかったあなたが、
「向左走、向右走」の出演を承諾したのは、どんなところに惹かれたからですか?
T 監督の方々からのオファーはずっとありました。
今回「向左走、向右走」に出演したのは、特別な理由はないんです。
ただ、ぼくが初めて出た映画がジョニー・トーとワイ・カーファイの作品だったので、
またいつか一緒に仕事ができたらと思っていました。
それに、ジミーの絵本に惹かれたということもありますし、
また映画化の脚本もとても良かった。
あるいはワーナーの中国語映画第1作ということで、みんなすごく真剣だったので、
その仕事の一員になりたいということもありましたね。

M 「心動」に続き、この「向左走、向右走」で再びジジ・リョンと組んだ感想は? 
でも、一緒の場面は少ないんですよね、それは残念ですか?
T すごく良かったですよ。彼女はどんどん演技が上手くなっているし、
他の面でもすごく良かった。以前に比べて確実に大きく進歩しています。
それに、また共演して、互いに前よりもっとよく理解しあえたから、
仕事がやりやすいし、楽しかった。
ストーリー上、ぼくたちが一緒のシーンはとても少ないんですけど、残念だとは思わない。
2人一緒の演技がなくとも、事実上、どのシーンでもぼくたちは顔を合わせていたから、
交流の機会もすごく多かったので。

M ジジの演技がすごく進歩したと?
T 進歩はもちろんしているし、事実、ジジの演技はずっと良かったです。
ただ、「向左走、向右走」のストーリーと登場人物は、「心動」とは違うから、
演技のしかたも違ってくる。だから比べて言うのは難しいです。
でも、歌はすごくよくなったと思いましたよ。
最初、この映画の主題歌を聞いたとき、ぼくは映画会社のスタッフに、
えっ、これ、誰が歌ってるのって聞いちゃいました。彼女だとは全然わからなくって。
ほんとに上手いですね。

困惑
M なぜ、この映画の主題歌や挿入歌を歌うのに名乗りをあげなかったんですか?
T 実は何年も前、ずっと迷っていたんです。
いったいぼくは歌手なのか、俳優なのかとずっと自問してました。
その答えは僕自身もわからないから、観客や歌のファンはもっとわからないだろうと思う。
おまけに、この間、映画出演の機会が割に多く、
だから、まず演技の仕事をしっかりやりたいと考えました。
音楽をしばらく休めば、演技にもっと専念することができ、
それは観客にとってもいいことだと思います。

M 映画ファンはあなたとジジを映画界の金童玉女(美男美女のゴールデンコンビ)と
言っていますが、そう思いますか?
T ぼく個人は、そうかどうかわからないし、そういう風な考え方もしたことがないです。
共演して、人がぼく達を金童玉女と思うのは、映画ファンの側の発想ですからね。
でもそう思われるのは、とてもうれしいですね(笑)。

M 「向左走、向右走」はもともと夏休み時期の上映予定でした。
しかし、ポストプロダクションに時間がかかって、
上映時期が中秋節のシーズンまで延びてしまったわけですが、
これは吉でしょうか、凶でしょうか?
T いいか悪いかですか? ぼくもわかりません。
そうかもしれないし、違うかもしれない。
それはみんな縁で、でも良い映画はいつ上映されても、お客を呼べると信じています。
ですから、上映が延びたことは、成績には全く影響ないと思います。(続く)





ウクライナでの誕生日・2  12:52

金城武、30歳の誕生日に無事平安を願う
ウクライナでの撮影で真っ黒に日焼け


金城武は一昨日(11日)、ウクライナで30歳の誕生日を迎えた。
現地は物資に事欠き、ご馳走を用意してのお祝いなどできないので、
マネージャーのヤウ・イージュンは誕生日プレゼントをわざわざ携え、
台北からウクライナに飛んだ。
そして撮影が終わった後、武が台湾に帰り、
おいしいもので誕生日祝いの補いをしてもらえるよう取り計らうとうけあった。

チャン・ツーイーとおしゃべり
リヴィフの天気は変わりやすい。
金城武とチャン・ツーイーは雪が降り始める前に「十面埋伏」の撮影を終わらせるため、
ほとんど一日中撮影に忙しい。
スタッフが言うには、
「ここは日射が強く、金城武とチャン・ツーイーは日焼けして黒人みたいになってしまった」そうだ。
2人は初めての共演だが、現地は娯楽施設が少なく、テレビを見てもわからないので、
話をする時間がその分増えている。
チャン・ツーイーは金城武を実際の年齢より若く見えると褒めていた。

金城武は誕生日もゆっくりできず、
11日当日は、撮影の外、CM撮影の準備もあった。
実はCM放映の時期が間近に迫っているのだが、
なにしろまだウクライナにいて、いつ台湾に帰れるかわからない。
そこでCM製作会社は、武のスケジュールに合わせて現地に待機し、
撮影の合間を待って、CM撮りをすることにしたのである。

誕生日にも仕事がびっしりだったことについて、武は、
もう慣れてしまった、劣悪な撮影環境でも体重は全然減らないよと語った。
誕生日に何を願うかは、先日チン・シウトンに過って傷を負わせたこともあり、
平穏無事が何よりだそうだ。
(台湾りんご日報 2003.10.13)

また、今後の予定について、東亜経賀新聞は、
「11月に永川で全主演者がそろう。アンディ・ラウがまず、竹林でのロケに参加。
チャン・ツーイーと金城武はウクライナから北京に戻った後、しばし休みを取り、
その後永川に行って、アンディ・ラウと顔を合わせる」(2003.10.09)
と記しています。
その後、アニタ・ムイが加わるということです。


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2003年10月12日(日) 携帯用アドレス●ウクライナでの誕生日

携帯用アドレス

携帯から、ここをごらんいただくことが出来ます。
アドレスは、
   http://www.enpitu.ne.jp/m/v?id=23473
です。



ウクライナでの誕生日 11:42

ウクライナで「十面埋伏」撮影中の金城武は、
おそらく生涯で最も忘れられない誕生日を過ごしたことだろう。
現地の物資不足で、撮影班はささやかに誕生日を祝った。

天秤座の金城武の、今年の一番特別な誕生日プレゼントは、
熱望していたチャン・イーモウとの新作「十面埋伏」で一緒に仕事ができたことだろう。
チャン・ツーイー、アンディ・ラウ、アニタ・ムイといった強力なキャストの助けの外、
武侠アクションを経験することも彼の長年の願いだったから、
撮影が遠いウクライナであろうと、彼はまったくかまわない。

昨日は金城武の誕生日だった。
1度撮影に入ったら来年までかかるので、所属事務所のスタッフたちが
彼のために準備した誕生プレゼントも2ヵ月後に改めて渡すしかない。
が、現地の生活物資が不足していることから、事務所は先日
ビーフジャーキーとスナック、それに救急絆創膏まで、
必要なときのために1箱発送した。
「十面埋伏」で武は腕の立つ剣士を演ずるため、
撮影時に大小の怪我があるのは避けられないから、
医療品も特に必要になると思われるからだ。
その前に日本の事務所も小包を1つ発送していたが、
台湾の事務所もそれにならって、できるだけ簡単な実用品を送ることにしたのである。

ここ数日、ウクライナの気温はわずか5度前後。
金城武とチャン・ツーイー外スタッフは辛うじて耐えているが、
今後もっと寒冷になったら、大部隊はすぐ大陸に移って撮影を続けることになる。
内地での撮影になれば、通信も物資もそれほど不自由はしないので、
もっと過ごしやすいものになるだろう。
(大成報 2003.10.12)


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2003年10月11日(土) 金城武さん、お誕生日おめでとうございます●小さなニュース2つ(関穎/スタンリー・クワン)

健康に気をつけて、これからもよいお仕事を、楽しく続けていってください。

本当は1人だけの写真にすべきなのでしょうけど、
「向左走、向右走」のヒットも祝って、
�爐修慮紊裡何有瓩里茲Δ福�幸せそうなこの写真を……


       Click!(ただし重い)




小さなニュース2つ(関穎/スタンリー・クワン)   16:10

一昨日のニュースになりますが、小さいものを2つ。

関穎
「向左走、向右走」の助演女優関穎は好演を認められて、
金馬奨の助演女優賞にエントリーしてもらいましたが、
金城武のおかげが大きいと、こう言っています。

あるシーンで、彼女はソファーの上で飛んだり跳ねたりしますが、
この演技は彼の指導によるものだとのこと。
「彼は私のそばに来て、テレビのサッカーの試合を見る芝居は、
見ながら、飛び跳ねたら一番いいと思うよと言ってくれたんです。
私が飛び上がると、果たしてトー監督は、それはいいと言ってOKを出しました」
また、演技上のアドバイスだけでなく、武は彼女の広東語の小先生でもあり、
彼女がせりふを間違えないように、絶えず注意してくれたそうです。

関穎は、金城武とジジ・リョンという2人の先輩との共演にプレッシャーが大きく、
ことにトー監督の「鉄の規律」のもとで、
どうしたらよいかわからず、焦っていたのですが、
「幸い、金城武とジジ・リョンは2人とも私によくしてくれ、
いつも慰めたり、励ましたりしてくれました」
彼女は最後になって、ようやくトー監督の
「俳優はプレッシャーが最大のときこそ、学習も成長も早いんだ」
という言葉を身にしみて理解したとのことです。
(台湾りんご日報から 2003.10.9)

関穎はアメリカンスクールの後輩にもあたるのだそうで、
その点でも、ある親近感があったそうです。

スタンリー・クワン
もう1つはスタンリー・クワンの新作の話。
「恋の風景」のプレミアがあったばかりのクワン監督ですが、
「見知らぬ女性からの手紙」という、外国の小説の映画化を準備中です。
出演者には、金城武とチャン・ツーイーを希望しているとのこと。
スタンリー・クワンとの仕事は前から何度も噂が出ていました。
今回は実現するでしょうか。
(大公報から 2003.10.9)


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2003年10月10日(金) 「i-Weekly」からシンガポールの記者会見●「左右」製作発表時の報道について

「i-Weekly」からシンガポールの記者会見 12:30

「i-Weekly」の他のページから、記者会見時の写真を。
「記者会見のとき、視線の焦点はただ1つ、それは金城武だった。
めったにシンガポールを訪れない武の大スターとしての魅力は、
その一挙手一投足に会場の100名を越す記者達をくぎづけにした……」
とあります。



以下も同誌によるコメント。
●面白半分に噂をばらまく類のマスコミは、武とジジは、
オフでも右と左に離れ離れで、コミュニケーションがないと書きたてたが、
そういうときに使う最適な写真↓




●しかし実際は、以前よりもさらに親しくなり、互いに相手をほめ合う仲(^^)↓






「左右」製作発表時の報道について 20:20

少し古い話になりますが、「向左走、向右走」と「i-Weekly」つながりということで――
「左右」の製作発表が香港で行なわれたとき、
この雑誌からも記者会に呼ばれて出席しています。
その報告記事の中で、例の武の�犢�東語事件�瓩砲弔い討海�触れてありました。
(4月27日、28日の日記を参照してください)

*********

翌日、香港の新聞はこう書いた。

「昨日、記者会見が始まるとき、マスコミに対し、
インタビューの間は写真を撮らないようにと特に言明があった。
金城武が緊張して広東語がうまく話せなくなる心配があるからだという。
だが残念なことにそれを破る者がいて、
金城武はしまいには中国語での答えになってしまった」

記者会見場に一番乗りした私だが、不思議なことに
このような主催者からの表明は聞いていない。
私が知っているのは、記者会見が行なわれるとき、
インタビューを受ける側が話している際に撮影をしないのは、
国際的マナーにかなうということだけだ。

もともと広東語がすごく得意というわけではない金城武が、
話している途中で、堪能な中国語に変えてしまうのは、自然な行動だろう。
ルールを破ったものがいたから、緊張した?
目の前の武は一貫してふんわりした雰囲気で、
時にはっとしたり、ぼうっとしていたりで、緊張した様子は少しも見受けられなかった。
長年アジア各地でマスコミに対してきた大スターが、
100人に足りない記者達の前で緊張する?
まるでアラビアンナイトのような荒唐無稽な話である。
ニュースというのは、このようにしてこしらえられていくものなのだ。
(i-Weekly 2003.3.20)


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