武ニュースDiary

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| 2003年10月09日(木) |
「十面埋伏」撮影は重慶に(成都商報) |
まだ気分は「左右」なんですが、「十面埋伏」のニュースも入ってきています。 来月、いよいよ中国国内での撮影が始まりそうだということで、 マスコミはこの機会に少しでも映画の情報を得ようと、準備におおわらわだそうです。 これは大陸の四川省の新聞ニュース。
チャン・イーモウ、竹海のよい部屋をアニタのために手配
重慶の永川茶山竹海が、チャン・イーモウの大作「十面埋伏」のロケ地に選ばれたことで、 全国のマスコミの注目を集めている。 「撮影隊が永川にロケハンに向かう」という一片の噂に接し、 記者は昨日、当地の事情を知る人から確かな情報を得た。 「十面埋伏」の2人のスタッフが10月5日に茶山竹海に赴き、 1日実地踏査をしたというのである。 記者の知ったところによると、チャン・イーモウは茶山竹海の茶畑が ことのほかお気に入りなのだそうだ。 病気を抱えているアニタ・ムイも、永川で撮影に参加することが決まっているという。
イーモウはこの地の茶畑がお気に入り 今回永川に行った「十面埋伏」の2名のスタッフは、 茶山竹海に着くと、すぐロケハンの仕事にとりかかった。 以前、チャン・イーモウは茶山竹海の地を見ているので、2人の任務は、 当時チャン・イーモウが見たものと大きく変わっていないか確かめることだった。
「十面埋伏」スタッフは現地の案内係に対し、 ロケハンの情報を外部に一再漏らさないよう一再ならず伝えていたが、 記者は事情を知る人から、スタッフが選んだ主な舞台は2つあり、 1つは山中の竹林、もう1つは茶畑だと聞くことが出来た。 チャン・イーモウは茶山竹海の茶畑が大変気に入っているということだ。 彼は、竹はすでに多くの監督が使っており、 竹と同様中国の伝統文化の代表である茶の方が まだあまり手をつけられていないという考えだ。
「埋伏」の舞台は「英雄」に酷似 現地の案内係の説明を受けながら、2人のスタッフはそれぞれカメラを持ち、 撮影しながら進んでいったが、非常に真剣な様子だった。 1人は1組の絵コンテを携えていたが、 そこにはチャン・イーモウがここぞと選んだ竹海の景色がそれぞれ描かれており、 竹造りの家の書かれているものもあった。 おそらくここで組むセットの予想図だろう。 これらの絵コンテはみな彩色されており、どれも緑が主調であった。
1人のスタッフはチャン・イーモウと電話で話していた。 主な用件は、チャン・イーモウに山中の竹と茶の葉の色がどうか伝えることだったそうだ。 チャン・イーモウは特に竹の色に関心があるらしく、スタッフは電話で、 「竹の色は良く、よい効果が出るはずです。もし、うまく行かなくても、 あとで手を入れられます」と何度も繰り返していたという。
撮影隊はコックを伴って四川にやってくる ロケ予定地を見たあと、2人は山の上にある茶屋でもあるホテルを訪れた。 ホテルの副支配人と細かく話をし、 とりあえずそこを茶山竹海での撮影時の本営地として内定した。 聞くところによると、撮影隊は料理人を連れてきて食事を用意するという。 これは主に、撮影スタッフの食事の衛生上の問題と、味を保証するためである。
アニタ・ムイの部屋に配慮 スタッフはホテルの部屋をさらに詳しく見て回り、大いに満足した。 そしてその場で、このホテルを撮影隊の大本営とすることを決めた。 滞在期間は、当面1ヶ月と決められたが、その費用は数十万人民元(1元は約13円)。 またスタッフが部屋の手配をしているとき、 はっきりと、アンディ・ラウ、金城武、チャン・ツーイーの名があげられ、 さらに一番湿気の少ない部屋はどこかとたずねていたという。 アニタ・ムイのためである。 2人はすべて手配を終えて、5日の夜に永川を発った。 11月、「十面埋伏」の撮影隊は永川に向かって壮大な移動を行い、撮影に入る。 (成都商報 2003.10.09)
竹林と茶畑。どんな映像になるんでしょうね。 現地の竹林の写真もありました。

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BBS 16:00
| 2003年10月08日(水) |
2002年の「i-Weekly」 |
今回ご紹介した「i-Weekly」のインタビューを担当した編集者、 楊麗玲ですが、昨年、シンガポールでの「リターナー」公開のときにも、 金城武についての記事を書いています。
実はこのDiaryの5月1日「男之魅惑」での武評がそれだったんですね。 最近、実物を手に入れて、知りました。 その他にも「リターナー」からの写真入で3ページ、記事がありますが、 これは主に日本でのインタビューを元に書いたものなので、 改めてご紹介することもないかと思います。
シンガポールでの「リターナー」のタイトルは、「未来救世者」。 上映館は2館だけでしたが、いつもいっぱいで良い成績だったそうです。 (シンガポールのファンの話による)
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BBS
| 2003年10月07日(火) |
金城武びいき(i-Weekly)・3 |
間があきましたけど、シンガポールの雑誌「i-Weekly」のインタビュー、 これでおしまいです。

どんな恋愛映画が好きですか? 「泣けて、笑える映画が好き。一番心に残っているもの? いっぱいありますよ。 恋愛ものじゃないのもありますけど。涙でぐしょぐしょになったのは『A.I.』。 アニメを見ても泣きます。アニメは大好きです」 長いこと日本にいるのは、仕事のためですか? 「仕事もあります。今、友達が日本にいっぱいいるし。 小学校の同級生で、みんな卒業後、日本に帰ったんです」 日本の芸能人はどこか違うところありますか? 「どこでも、そこにはそこの大変さがあると思います。それでもみんな努力している。 日本で他の芸能人を見ていると、すごく疲れているみたい。 毎日毎日忙しくて、それは香港と台湾も一緒ですけど」
アジアにはスターがいないと思っている人が多いけれど、あなたはその数少ない…… 「どうもどうも」 その原因はなんだと思います? 「原因ですか? 事務所がいいからでしょう……あっ、ここにいたっけ?」 彼はマネージャーの方をちらっと見て、今、いるのを知ったというように 慌てるふりをしてみせたので、みんな吹き出した。 自分にスターの特性があると思いますか? 「ぼくに? ハハハ……ないなあ……スターの定義ってなんだろう。 誰が決めるんだろね!」 あなたが比較的神秘的で、目立とうとしないからかしら? 「そうかも知れない、わからないけど。 毎日人前に出てる芸能人にたずねてみるといいですよ。 ぼくはスターはたくさんいると思いますよ。 みんな歌手やアイドルとしての役割を果たそうとしていると思う。 アイドルはアイドルして、作曲者は創作で自分を表現して、 どの人も自分が表現したいことを表現しようと努力している。 それに比べたらぼくは何にもしていないみたいだなあ」
マンガが好きなのは、非現実の世界の中に何か求めるものがあるから? 「いや、ハハハ。マンガは面白いから」 ファンタジー空間がマンガのほうが大きい? 「いやいや、字を読むのはけっこう疲れるから。マンガはわかりやすいでしょ」 今までしたことのある空想で、一番変わっているのは何ですか? 「変わっているもの……あなたはどんな変わった空想をするんですか?」 私はしませんよ。あなたはちょっと特別な人だから。 「どんな空想かなんて言えないですよ、マンガを読むのはマンガを読むことで、空想はしない」
マスコミはあなたのことをよく�狎�熟と天真爛漫が同居している男性�瓩噺世い泙垢�、 どうやって長いこと純真さを保っているんですか? 「いい事務所につくことですね……ハハハ!」 事務所はあなたがしたくないことは強制しないのね? 「ハハハ……」 彼は体をよじって笑い、それから厳粛な顔つきで咳払いしてみせた。 「その質問は映画と関係ある?」 ええ、これは映画の話です。事務所は、あなたが出たい映画に出て、 出たくないものには出ないように任せているんですか? 「そんなことはありません、やっぱり事務所と相談する。 いい作品かどうか、興味がもてるかどうか、あるいは信頼できるかどうかを話して、 自分で決めることはできないです。 どうやって子どもの純真さを保つか、ねえ…… 成長しないように努力することかな! ハハハ!」 笑ったあと、ぶつぶつつぶやく。 「待てよ、間違ったことを言うと帰って叱られる。もうおしゃべりしないように」
まもなく30歳ですね。今まで歩んできた道を振り返ってどういう感触を持ってますか? 「長かったようでもあるし、短かったようでもありますね。感触? まあまあですねえ」 以前の自分を見るのはいや? 「おかしくて、きまりわるくて、嫌ではなくて……あーあ!」 10年後の金城武はどんなふうになってると思いますか? 「10年後の金城武は10年前の金城武みたいだと思う」 と、彼は恥ずかしそうに笑った。 変化なし? 「やっぱりあるでしょう、人は変わっていくものだから」
30歳の男性としての望むことは何ですか? 「ああ、戦争がなくなることですね……こういう話もすべきですよね? No More War! 自分のことは、まあ、やっぱりいい作品に出会えて、チャンスに恵まれることかな。 それはめぐりあうもので、求めるものではないし、求めて得られるものでもないです」 それとも、もう求めるものはない? 「いや、何ももう求めないなんてことは言えない。まだ望みはあります…… 演ずることはやっぱり面白いと思うし、とても好きだから、もっと機会がほしいと思う」 監督として自分のオリジナルの物語を撮ってみたくないですか? 「出来たらね、いいと思う。考えても、『物』だけで、『語』まで考えつかないんだ。ハハハ!」 もし力があったら、現状の何を一番変えたいですか? 「何も。人類を消滅させたい、ハハハ……ぼくもわからないけど、たくさんあるでしょう。 でなければ、何も変わらないのが一番いい」
最後の接触、独占撮影
写真を撮らせていただけますか? 彼はうなずいた。だれも何も言わない。 カメラマンは部屋の隅に控えていた助手に、大急ぎでライトをつけるよう合図しながら、 時間を引き延ばすように、まず彼にソファーで撮らせてほしいと頼んだ。 それからもともと設定されていた撮影位置に移動した。 3回フラッシュをたいたところで、かたわらの女性アシスタントが言った。 「もうよろしいでしょうか?」 さらに何枚か撮った。武はただ微笑みながら、こちらの要求に従い、かたわらに立ち、 向きを変え、カメラのほうを見る。 OK! いいですよ。 ありがとうございました。武はお辞儀をした。 全部で5分と経っていない。 本誌史上記録的な表紙撮影が、なごやかに終了した。 (i−Weekly 2003年9月11日号)
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BBS 21:18
| 2003年10月06日(月) |
台北で観た「向左走、向右走」 |
帰国して、ヨタヨタと、久しぶりにご近所回りしてみますと、 けっこう台湾や香港で「向左走、向右走」見られた方、いらっしゃるのですね。
私の場合、実は今年の今頃、台湾に行くことは、去年のうちから大体決まっていたので、 今回、「向左走、向右走」を向こうで見られたのは、まったくの偶然。 SARSのなせるわざでした。 それに、ヒットしていても、日本で言う1番館での上映は長くない 台湾での公開時期に当たったのは、幸運の一言。 運がよいといえば、帰宅して、たまった郵便物の中に、CREAのDVDが。 日頃くじ運が悪く、たくさん書いても当たらないだろうとの諦めから、 おまじないのように4枚応募しただけでしたから。 それも自分と子ども達と1枚ずつ書いて、 結局、自分で書いた分が当たっていたんですね。
ま、そういうわけで、旅行のメインは留学生と同じ宿舎に泊まってのお勉強。 旅行社には学校と宿舎の申し込み、それに空港までの出迎えを頼んだだけで、 あとはとにかく全て1人でやる旅でした。 私はもともと内気なたちで、目的を達するのに人と面倒な話をしなきゃいけないなら、 何もしない方がいいという引っ込み思案なところがあり、 過去3回フリープランで台北に行ったとはいえ、 そこからあまりはみださないままだったのです。 が、今回はそうも行かず、いろいろとやってみるうちに、 帰国のときは、今までならタクシーで空港へ行く道を選んだと思うのですが、 長距離バスを探して切符を買うほうを選ぶまでには変化しました。
お勉強と行っても、全部でたった15時間、 それでどうにかなるとはハナから期待していませんでしたが、 やりたかったことをやってみたと、気が済んだというか、 それに、前より格段に現地での行動力がついたということで、 一応所期の目的は果たせました。
**********
1日3時間、12時半から3時半という時間帯の上、予習復習があり、 余暇は遊びに出かける時間も取れませんでしたけど、 それでも、まず到着初日に、先に一人旅で台北訪問中のネットのお友達と待ち合わせ、 プレミアの行なわれた、あのワーナー・ブラザーズの映画館で北京語版を鑑賞。 5日目の夕方から、1人で、同じワーナーで広東語版を。 しめくくりに、7日目、唯一のフリーの日、 微風広場という新しい、洒落たショッピングセンターにある、 きれいな国賓影城でもう1度北京語版と、3回見ることができました。
出発前は、中途半端に見るより、日本語版まで待とうかとも迷っていたところを、 上記の友達の、大丈夫、絶対見るべきの言葉に見ることに決めたのですが、 字幕で意味はほぼわかり、見てよかったと思いました。 この映画はさわやかに笑わせて泣かせる作品なのですが、 向こうの人たちの反応はとてもよく、楽しい経験でした。 平日5時半からの、しかも広東語版は空いていましたが、他は入りもよく、 観客は楽しんでいたと思います。
広東語版と北京語版とでは、私の見た限り、2ヶ所違いがありました。 広東語版にあって北京語版にないところ、 北京語版にあって広東語版にないところ(というか、短くされたところ)が それぞれ1ヶ所ずつ。北京語版のほうが絶対いいです(特に武ファンなら)。 日本で公開されるときはオリジナルの広東語版になるのか、 舞台の台湾に合わせて北京語版になるのか―― VCDも、2通り作られるのか、気になるところです。
2回目を見るまでに、ノベライズ本が出版され、これ幸いと、 わかりにくかったところを復習。VCDで先に見ようという方には、 よき参考書としておすすめです。 でも、字幕ではよくわからない方なら、私は日本公開まで待ったほうが―― それも、これ以上、前情報を入れずに(映像も含めて)見たほうが、 楽しみが大きいのではないかと思います。 きれいな映画なので、大きなスクリーンでぜひ見たいですし。
*********
原作を1時間40分の映画にアレンジしてありますが、 どちらもファンタジーであることは同じ。 色々な意見はあるようですが、私は、奥深いところも持ちながら、平易で、 楽しませてくれ、後味のよい、人にプラスの気持ちを与えてくれる映画だと思いました。 そして、回を重ねるほど、好きになっていくし、楽しめるのに気がつきました。 ワーナーの周到な戦略の上に製作された映画ですから、 当然日本公開も射程に入れているでしょうし(主眼は大陸かなとも思いますが)、 いずれはきちんとした形で公開されるでしょうけれど、 本当に1日も早く日本で見られますように。
武君は、自然にファンタジーの主人公になっていて、 本人は演技に苦労したと言っているけれど、いつものように、そういう感じを与えません。 1ヶ所、普通なら、ともすれば誇張した表現になりかねないシーンで、 彼はほとんど表情を動かさず、しかし、心中の動きはありありとわかって、 うまいなあと思うところがありました。 その彼の表情を見て、観客はどっと大笑いするんです。 すごく自然で、こういう場面だったら、 実際に人はこんな表情になるんだろうなと思わせて、しかも笑いを誘う。 うまさをうまさとして出さず、地でやっているように見せて、 でも作品全体にしっとりとはまりこんでいる、それはこの作品でも健在です。
ビジュアル的にも、普通の人なんだけど、とってもきれい、 普通なんだけと、どこかちょっと違う、そんな感じをうまく漂わせて、 彼を見ているだけでもお金を払う価値はあります。 ジジも素朴な感じが上手く出て、同じようにファンタジー世界にはまって、 2人のコンビは正解と思いました。
もうごらんになられた画像と思いますが、ワーナーの看板と、 微風広場の地下の紀伊国屋書店で遭遇したVOGUEの展示です。 こういう場所で写真を撮るのは恥ずかしかったので、1枚だけ、パシャリと撮りました。 (Clickすると少し大きくなります)


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BBS
| 2003年09月27日(土) |
「リターナー」アメリカ版予告編●金城武びいき(i−Weekly)・2●台湾プレミアについて少しだけ |
「リターナー」アメリカ版予告編 1:23
前によそで教えていただいた、アメリカの「リターナー」サイト、 工事中だったトレイラーができていました。 日本や香港のと全然違うんですね。 それは、どうとらえて、どう売り込むかという違いなのかな? 面白いです。
金城武びいき(i−Weekly)・2 12:17
やっぱり終わりませんが、続きを――
簡単な問いに、彼は考え込む。 だが、いつも自分の考えを的確に表現する言葉が見つからないようだ。 そして笑ってやめてしまうのである。
「向左走、向右走」での役柄には共感する部分がありますか? 「やっぱりありますよ。誰かを思っていて、また会いたくなるという気持ちは、 誰でもありうると思う。 ある人に会って、すごくその人が好きになって、相手も自分のこと嫌いじゃなくて、 お互いにそういう感覚を抱いて、でもどうしてそういうことが起こるんだろう。 やっぱりいろんな感覚があると思う」
日本での滞在が長く、中国語を正式に勉強したことがない上、 考えが飛躍するので、武の話は時々わけがわからなくなる。
映画の中で、人はどうしても主人公の外見に目が行ってしまい、 才能に注目してくれないのですが、そういうことはありますか? 「歌手をしていたとき、歌を作るのが好きでした。 ものすごく好きというのではなかったけれど、でもみんなによく見てほしかった。 後になって、ぼくに創作の才能があろうがなかろうが、 大して関係ないのだとわかったんです。 才能のある人は大勢いるから、人の注目を呼ぶには外見の感じが重要になる。 でも、これは客観的な話で、いわゆる……きれいでなきゃと言っているんじゃなくて、 その人に、何か強くひきつけるところがあればいいんだと思う。 その人の内面は、その人を理解している人なら、必ずわかるものだから、 あまり気にかけることはないと思います」
登場人物の失意と挫折感が理解できますか? 「理解できます」 今、こんなに成功しているのに、わかります? 「成功している? そうかもしれない、だけど、はなはだうまく行ってない、ハハハ!」 と、彼はちょっと愚痴をこぼした。
劇中の人物は非常に孤独なように見えます。 「思うんですけど、いわゆるラブストーリーは、いつも主役2人の特徴を描き出すけど、 往々にして周囲の事情はよくわからない。 描かれることもあるけれど、重要ではなく、彼と彼女がいるだけ。 ぼくたちはジミーの物語中の人物に友人がいるのかどうか、いつも話し合ってました。 みんなはいるはずがない、画面に出てこないのだからと言いました。 ぼくは、ジミーが描かなかっただけじゃないかと言ったんです」
寂しさとに耐えられますか? 「もちろん耐えられませんよ……でも、ちょっと我慢ならできる(笑)。 ぼくも外には出かけないほうで、いつも家に引っ込んでます。 でも、孤独なときは孤独だなあとしみじみ感じるし、寂しいときは、すごく寂しいと感じる。 やっぱりそうですよ」 主人公がバラの花に向かってバイオリンを弾き、犬に話しかけるように? 「ぼくは動物と話が出来るんですよ」 彼は、可愛い動物をいとしげに見るふりをすると両手をあげ、 その顔をちょっとつねるジェスチャーをして、言った。 「可笑しな顔してるぞ! ハハハ!」
映画の中では、恋人同士を「影をなくした人」とたとえています。 愛についてどう考えていますか? 「ある人を愛して、でも結局別れてしまったとしたら、 きっとそういう感じを抱くと思います。恋人でなくて、親しい人でも同じだと思う。 失うのはなくしものをしたような感じがします」
映画の恋愛はあいまいでつかみどころがないですが、 それに身を投じるには信じることが必要ですか? 「ぼくは信じます。いえ、きっと信じると思います(笑)。きっと起きると思う。 あなたも思い出してみてください(笑)、きっとあるはずですよ」 一目惚れを信じますか? 「信じます」 「定められた人」に出会ったのだと、どうしてわかりますか? 彼は10秒間考えていた。 「ぼくもわからない。信じるけれど、わからない。 この人が好きだ、と感じるかもしれないけれど、 彼女が自分に定められた人かどうかはわからない。 本当に出逢ったとき、そう感じたときにわかるかもしれません」 出逢ったことはまだない? 「まだありません。結婚した人たちはよくこう言うんです、 『初めて会ったとき、彼女と結婚することになるとすぐわかった』って。 本当に出逢ったとき、その感じは起こるので、出逢わなければそれはないのでしょうね」 (続く)
台湾プレミアについて少しだけ 20:17
もうご存知のニュースですが、その中から拾い書き、走り書きします。
たくさんのニュースにあったのは、映画では台北の街が非常に美しく撮られていること。 原作では、どこの町かはあいまいで、ヨーロッパの町のようにも見えます。 なぜ映画は台北を舞台に選んだのか。 1つは、映画離れ、特に国産(中国関係)映画を見なくなっている、 台湾の観客を呼び戻すため、というのがあります。 当初、ロケをボストンで行なおうかと考えたこともあったそうですが、 原作者のジミーは台湾人であり、 本を書いたときは、おそらく台湾の風景を参考にしたのではないかというので、 台北に決まりました。 また台北の街に監督は非常に日本的なものを感じ、 それも台北を選んだ1つの理由だそうです。 ジミー自身は、自分の街である台北がこのように幻想的に美しく描かれたことを喜んでいます。
それから、前からちょこちょことニュースに出ていたのですが、 トー監督がジジの演技と歌に満足しなかったという話。 トー監督は、現場で厳しいので前から有名な人。 記者達に聞かれて、せっかちなのだと、修養ができていないのでついそうなってしまう。 今回はスケジュールも厳しく、かっかとしてしまったが、それはジジにだけではない。 しかし、映画の初めの頃、ジジは猛烈なスケジュールで、 それでは感情を維持できない。撮影に専念できたらもっと良かっただろう、と語りました。
監督たちは「心動」を見ずに2人を主役にキャスティングしたしたのことで、 武については、撮影が始まって、彼がこんなに成長しているとは本当にびっくりした。 彼の出演部分は、むだになったフィルムが一番少ない、 とまで言っています。
トー監督と武は「パラダイス!」のあと、仲の良い飲み友達になったそうですが、 トー監督いわく、 「武にユーモアのセンスがあるかどうかわからないが、彼の冗談はどうも日本っぽい。 うれしがって笑っているけれど、ぼくにはどこがおかしいのか分からない。 反対に、彼はぼくの冗談がわからないようだ」
古くならないうちにこんなところで――
では、5日までお休みさせていただきます。m(_ _)m BBSも同時にお休みとします。今日の夜か、明日の朝には 書き込み不能になります。 何があっても、武を静かに、温かく見守っていきましょうね。
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BBS
| 2003年09月26日(金) |
金城武びいき(i−Weekly)・1 |
9月20日にご紹介した、シンガポールの雑誌「i周刊(Weekly)」の 武へのインタビュー本文です。 ちょっと長い。かなり難しい。で、終わるかどうか分かりませんが……。
金城武びいき
医学的に言うと、人間の心(臓)は少し左に偏っている。 だから、特別容貌のいい人があり、特別に好かれる人がおり、 特別魅力ある人がいるし、特別に何をやってもうまく行く人がいて、 特別に成功する人がいる。 たとえ、その人物がめんどうくさがりで、マスコミのゲームに加わらず、 わざわざ意を迎えようともしなくとも、彼を嫌いだとはっきり言う人の数はあまり多くない。 彼が姿を見せようとしないと、私達は、控えめなのだと言う。 外見を飾らないと、自然なのだと言う。 宣伝をしなければ、鷹揚な人だと言う。言葉数が少なければ、誠実だと言う。 人は、もともとえこひいきするものなのだ。 だが、ひいきは対象を選ぶものだ。例えば……金城武。
物語を始める前に…… 1993年10月19日「テレビ放送Weekly」。 当時の記者、呉秋蓮さんがもうすぐ20歳を迎える金城武氏を取材した。 彼女はこう書いた。 「取材の体験は大変不首尾だった。私はボロボロになって息も絶え絶えだった。 インタビュー中は頭痛がして、アスピリンを3錠のまなくてはならないほど」
2003年9月10日「i−Weekly」。 私はまもなく30歳になろうとする金城武をインタビューし、こう書こうと決めた。 「インタビューの体験は戦いのようだった。私は身も心も疲れ果てた…… 取材前は目一杯緊張し、取材後は抜け殻のようになって、 36時間の養生が必要だった」
それでも私は彼女よりは幸運だった。 少なくとも、映画の共演相手についての質問に、 「どうして共演者のことなんか考えなくちゃならないんですか? ぼくはぼくの演技をするだけです」なんて言われなかった。 少なくとも、もし監督するとしたら、どんなものがやりたいかという質問に、 「どうしてぼくが監督をするんですか?」などと言われることもなかった。 30歳の金城武は、20歳の金城武と比べると、 芸能界のゲームの規則をもう理解していた。 ただ、彼にはそれは不要なものであり、従うのをさぼっているだけである。
1+1=3456789 インタビューは2人でする仕事ではなかったのだ 武との1対1のインタビューは、シンガポールでは本誌だけである。 彼と顔を合わせるのは4回目なので、私は他の記者達のような興奮はなかったが、 限られた短い時間の中で、撮影とインタビューを、 どううまくやろうかということで頭が一杯だった。
私を迎えた映画会社の宣伝部員は重々しい顔つきをしていたが、 私の後ろにいるカメラマンがカメラの機材をたくさん抱えているのを目にすると、 たちまち難色を示し、うろたえて言った。 「いいんでしょうか……出さないで……いけません……まずしまってください……」 ――インタビューのとき、撮影していいとおっしゃいませんでしたか? 「そうですけど、でもさっきマネージャーがだめと言ったので、 無視されたと思うんじゃないかと……」 大変忍びないけれど、急いで機材をしまった。
武が現われた。午前中の記者会見と同じ白いシャツと黒ズボンで、 髪は無造作に束ね、古の世をさすらう日本の浪人のようであった 日本式の腰をかがめるあいさつをすると、彼は私の近くにすわった。 私の目の前には、香港とシンガポールの映画会社の責任者、 そしてもう1人、とても権威のある感じで腕を組んでいるいかめしい女性、 予想の通り、これは名マネージャーのヤウ・イージュンさんがずらりと並んだ。
「あの……映画の話に戻してください」 インタビューの途中、横から絶えず遠まわしの、礼儀正しいさざ波が押し寄せてきた。 ――質問は全部、あらかじめマネージャーに目を通してあるのではなかったか? ――たしかに。が……それでも現場での相手の様子をやはり見なければならない。 武はずっとニコニコしている。ヤウ・イージュンは表情を変えなかった。 不機嫌な様子は少しも……あ、全然見えないというわけではない。
1200秒の対談が始まった。
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BBS 3:50
| 2003年09月23日(火) |
「十面埋伏」共演者の話(アンディ・ラウ)●ウクライナについて付け足し |
「十面埋伏」共演者の話(アンディ・ラウ) 23:05
昨日の大陸の新聞に、アンディ・ラウのことが出ていました。 当然「十面埋伏」にも触れていたので、そこのところだけ、と最初思いましたけど、 全部読んでみたら、もう少し紹介したくなりました。
**********
既に受賞歴300回を超えるというアンディ・ラウだが、自分に全然自信を持っていない。 質問に答えるとき、彼はいつも、初めにこう言うのだ―― 「他の人が僕の歌と演技をどう思っているか知らないが……」と。
しかし、昨日、新作「大塊頭有大智慧」の宣伝の折、天王アンディはやっと満足げに、 チャン・イーモウが自分を非常に励ましてくれたことを口にした。 「十面埋伏」で巨匠チャン監督との仕事できるということは、 外部の自分に対する見方がようやく変わり始めたことの証明だと。
記者とおしゃべりをしていたとき、アンディは率直にこう言った。 「ぼくが一番人気があった頃、マネージャーがマスコミに向かって、 アンディ・ラウがこんなに一所懸命やっているのは、 彼には芸能の才能がないからだ、と言ったんだ。 そのときはマネージャーと大喧嘩したよ……」 今は笑い話ですませるアンディだが、実際、この問題はいつも彼を悩ませてきた。
昨日の朝、上海でアンディの誕生日パーティーに集まったファンの中には、 かなりの10代の少女達がいた。アンディは感慨深く、 「こんなに長くアイドルをやり続けるとは思わなかったよ」と言った。 実は、アンディは、�猗狃�たち�瓩�、同時に、 自分の成長をずっと阻む存在でもあったことを知っているのである。
最近の例が「大塊頭〜」だ。 監督のジョニー・トーが撮影前にアンディに、冗談めかしてこう伝えた。 「アンディ、すまない。前回の『痩身男女』の最後のシーンで、太った君から 本来の君の姿に戻したのは、トップスターとしての君の座を危うくさせないためだった。 (記者注:その当時、金像奨の選考委員会は、最後でアンディを痩せさせ、 かっこいい男にしてしまったのが作品の疵(きず)だったと評した) でも、今度の最後のシーンでも、やっぱり�爛爛�ムキ男�瓩�ら元の君に戻すよ。 すまないね」
本紙記者のインタビュー前に、アンディはあるテレビレポーターから、 芸能人であることは多くのものを失うことでもあるということを認めさせようと、 粘られていた。おそらくこの質問は、アンディの結婚生活についての疑問を 暗に指していたのだろう。 アンディはいささか機嫌を損ね、しかし、はっきりと 「ぼくは自由に、楽しく生きているよ」と答えた。
(中略)
アンディによると、チャン・イーモウがアンディに出演依頼をしたのは 「無間道」を見て、それまでのアンディに抱いていた印象ががらりと変わったからだという。 チャン・イーモウは、こう言ったそうだ。 「君の演技の幅がこんない広いとは思わなかったよ」
既に天王とまつりあげられていても、アンディ・ラウは チャン・イーモウとの今回の仕事を非常に重視しているようだ。 ストーリーについては明らかにするのを断って、ただ、このように表現した。 「ぼくの今回の役は、第一主役ではない。 役柄としては『英雄』の陳道明の役と大体同じような感じだ」
10月中旬、アンディ・ラウはウクライナに発つ。 シリコンを貼り付けて筋肉もりもりの田舎者に扮するかと思えば、 金城武の下で�狢萋鷦臾鬮瓩亡遒鵑粘鼎鵑犬襦� アンディは常に「努力することで、他人の自分に対する見方を変え」ようとしている。 (新聞晨報 2003.9.22)
ウクライナについて付け足し
これも大陸のニュース。先日の台湾りんご日報とソースは同じかと思うのですが、 重ならない部分だけ、抜き書きです。
撮影場所はキエフの近くの小さな町、里沃夫であると書かれています。 里沃夫の風景は独特で、広大な非常に美しい山地らしい。 以前、ジャッキー・チェンが「白金龍」の撮影をここで行なったことがあり、 そのときは雪景色だったそうですが、 チャン・イーモウは初秋の風景を選びました。 風景が美しいことと、中国から比較的近く、資金の節約になることが、 この地を選んだ大きな原因だそうです。
前の記事のように、里沃夫は交通が未発達で、 宿や飲食などどれをとっても条件が悪く、中国の80年代の水準だと書いています。 しかし、そんな中でも、みな意気盛んで、撮影は順調に進行しているとのこと。
ただし、この里沃夫ですが、リヴィフのことだと思うのです。 台湾では羅佛と書くようです。 しかし、ここはキエフの近くではないんですね。ウクライナ西部です。 さらに、古い都市で、大学もあるようだし、どうも記事の印象とは合わないんですが……。
今撮っているのは、チャン・ツーイーと金城武の部分で、これが撮り終わると、 年末に北京に移動し、そのとき、残りの2人の主役、 アンディ・ラウとアニタ・ムイが撮影に加わります。
武術指導のチン・シウトンは、金城武とチャン・ツーイーのアクション演技には 大満足とのことでした。 (毎日新報による。2003.9.23)
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BBS
| 2003年09月21日(日) |
お腹の空くウクライナ・ロケ●お休みのお知らせ |
お腹の空くウクライナ・ロケ 14:17
気分は「左右」なんですが、ウクライナからも、熱心な記者による ニュースが入ってきています。
金城武とチャン・ツーイー、かゆをすすってコミュニケーションを深める ウクライナでのロケは、携帯通じず、冷水でシャワー
金城武がウクライナに赴いてチャン・イーモウの「十面埋伏」の撮影に入り、 1週間余りが経った。 彼は難しい立ち回りは大丈夫だったが、 それよりもまず、現地の貧しい生活の方が大変だった。 「金城武はいつもご飯を食べられるわけではなく、 ご飯のないときはおかゆを食べています」と あるスタッフは、大スターの目下直面している事態をそう表現した。
チャン・イーモウが映画を撮るときはいつも厨房を現場に設営するが、 今回のウクライナでの「十面埋伏」でも同様。 ただ、現地の物資の不足に妨げられるばかりか、 撮影場所が辺鄙な山の中のため、水も電気もけっこうな状態。 膨大な数のスタッフの三食をまかなうために、 製作班は切り詰められるものは切り詰めており、 たっぷりの魚や肉なんてとんでもない話。 米が足りなくてかゆをすするしかないこともある。 金城武はいつも撮影のときは自分の分は自分で購入するが、 今回は食べるものがない。 ウクライナに来る前に台湾でおいしものをたらふく食べてきてよかったと、 彼は胸をなでおろした。
ホテルはしょっちゅう停電 食べものが大変なのは金城武1人ではない。 共演のチャン・ツーイーも、ご飯があるときはご飯を食べ、 おかゆしかないときはおかゆという食事だ。 2人の大スターは大変しんどい環境のもと、非常によく心が通じ合ってきている。 金城武が言うには、宿泊しているところは、とても「ホテル」とは言い難く、 停電したと思ったら、お湯が出ず、お湯の出ないときは寒い中、 がまんして冷水でシャワーを浴びるしかないそうだ。
余裕の剣さばき 去年、「英雄」が大陸で撮影されたときは、マギー・チャンもリー・リンチェーも怪我をした。 今回金城武はウクライナで2週間近く、殺陣のシーンを撮影したが、まったく無傷。 武術指導者でさえ「奇跡」だと言っている。 金城武は、日本で1カ月間剣術を習ったから、剣さばきはなれたと言うが、 チャン・ツーイーも感心するほどだ。 ウクライナではなぜか携帯は通じないので、気晴らしはテレビしかない武は、 台湾からの食料の到着を心待ちにしており、 ウクライナでの撮影が早く終わって、北京に移るのを待ち望んでいるという。 (台湾りんご日報 2003.9.21)
お休みのお知らせ 22:40
休暇を取ると申しましたが、来週の日曜日、 9月28日から10月5日まで、Diaryもお休みにいたします。 「た」のつく所へ参りますが、ネット環境にないため、メールも受信できません。 どうかよろしくお願いいたします。
様々な準備のため、時間的余裕があまりなく、 BBSの方も、初めての方に来ていただいてもレスもせず、大変失礼しています。 とても楽しく素敵な書き込みをたくさんしていただいて、 まじって色々おしゃべりしたいのですが、 休みまでに、ご紹介したい記事をできるだけ上げていくことに 精力をさきたいと思いますので、どうか失礼の段、お許し下さい。 5日の夜には戻れると思います。
投票所
BBS
| 2003年09月20日(土) |
シンガポールでの金城武評 |
「向左走、向右走」の宣伝でシンガポールを訪れた金城武について、 当地のマスコミには様々な記事が載りました。 それらを読んで、少なからず気が重くなっていたのは、 武のことを、非常に口数少なく、自分自身を表に出さず、 気難しく、孤独な人物のように書いたものが多かったからです。
あるいは、プロモのやり方が、何かと大スターぶっていて、 非協力的というのを匂わせたものもまた多く、 そのため、シンガポールの記事はほとんどご紹介しませんでした。
それは私たちの知っている武とは別のイメージで、 あまりに表面的な観察ではないかと思われたからです。
中で、唯一、独自のインタビューをすることができたのが、 「i」という中国語の週刊誌でしたが(I weekly)、 インタビューを担当した編集者、楊麗玲がインタビューとは別に書いた コラムを読んで、ようやくつかえがとれた気持ちになりました。 そこでその文章を以下に。
この号の「i」は、「向左走、向右走」(武)特集といってもいいくらい、 表紙の他、武関係で7ページ、ジジに3ページ、 映画広告が1ページ2カ所、映画紹介に2ページ、 さらに目次にも大き目の写真、おまけに、テレビ欄には 「ゴールデンボウル」の第4回の予告が芥川の写真付きで載っているという、 断然お得な号だと思います。(写真も多い)
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金城武のシンガポール来訪は、当然のことながら大騒動を引き起こした。 彼はアジアでは近年まれなスターであり、 それは所属事務所のイメージ作りの成功と、 彼自身の天性の魅力のしからしめるところだ。
多くのマスコミは不満を持ったようである。 あるいは彼らがあまり慣れていないということかもしれない。 スターが保護されているということに、 映画会社が戦々恐々といろいろな制限を加えてくることに、 そして周囲に動かされることなく我が道をゆくスターがいることに。
あるマスコミは彼を皇帝のようだとマンガで揶揄し、 面白みがないと言い、 すぐ機嫌が悪くなると言い、 わけのわからない人物だと言う……私は非常に意外に感じた。 これは金城武のことか?
私にとって彼が非常にインタビューのとりにくい相手であることは それはもう確かだし、 取材するときも、非常にしんどいけれども、 何回か彼に会った印象はいつも大変良かった。 誠実で率直だからである。 他の芸能人のように、自分をアピールしてやまないということがない。 答えはいつだってさっぱりとして、時には無駄話に興じてしまうこともある。 わからないことはわからないと言い、 無理に意味のある言葉をしぼり出すこともない。 例えば「向左走、向右走」の中で使われた詩のことを話したとき、 彼は自分はあまりよくわからないと言い、 中国語訳が硬すぎると言ったこともあった。
一体マスコミには、インタビュー相手に向かって、 これまで何をしてきたかを公衆の面前に並べあげるよう要求し、 また、自分のことをよく知りもしない記者相手に、 個人的な感情を丁寧に説明しろと要求する権利があるのだろうか? たくさんの金城武についてのニュースを読んでから、 インタビューの録音テープをもう1度聴き直し、 そんな疑問を抱いた。
もちろん、これは見方の問題であり、 絶対的な答えはいつになっても永久に得られないに違いない。 それでも確かなのは、マスコミがどのように彼のことを書き、 人がどのように彼を見ようと、金城さんは初めっから気に留めはしない。 悪口は空回りし、彼は相変わらず楽しげに日本に潜んで 気ままに愉快にやっていくに違いない。
スターは悲劇的宿命を逃れられないと思っている人がいる。 なぜなら、いつも体面を保っていなければならないし、 常に大衆の目を意識しなければならない。 人々を照らす重々しい光背を背負い続けねばならないからだ。 ところが実は、その命運を決めるのは、個人の性格なのである。
とらわれず、自分が何者か、何が必要か知っている者もいる。 周りの人間はただ騒ぎ立てているだけで、 彼らはひっそりと自分の足で生きていく道はとろうとはしない。 金城武はそれができる。 フェイ・ウォンも、マギー・チャンも、できる。 だからゆったりと自在でいられるのだ。 スターだって、楽しく生きることはできるのだ。
投票所 23:30
BBS
| 2003年09月19日(金) |
Woman's Wold |
休暇を取れることになりました。 それはいいんですが、休む前って、逆にけっこう大変なので、 なかなか時間がとれません。 BBSの方もお返事ほとんどできないで、失礼しています。m(_ _)m 休みに入ったら、またゆっくりできる(はず)と思います。
そこで写真1枚だけ…… シンガポールの女性誌"Woman's World"9月号から。 これ、マリ・クレール台湾と同じときの撮影ですよね? こんなバージョンもあったのか…… (重いかも)

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BBS
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