武ニュースDiary

* このサイトはリンクフリーです。ご連絡はいりません。(下さっても結構です。^_^)
* 引用は、引用であるとわかる書き方なら、必ずしも引用元(ココ)を表示しなくても構いません。
* 携帯からのアドレスは、http://www.enpitu.ne.jp/m/v?id=23473 です。
* 下の検索窓(目次ページにもあり)からキーワードでDiaryの全記事が検索できます。
* バナーは世己さんから頂きました。
* Se inter ni estus samideanoj, kontaktu al mi. Mi elkore atendas vin, antauxdankon!
目次|前の記事|新しい日記

BBS
DVD到着につき、3日間お休みいたします。
世界の涯てに
BBS
| 2003年03月07日(金) |
香港修行時代の金城武(再録) |
「向左走、向右走」の話が本決まりになってから トー監督つながりでアップしたことのある、1993年の雑誌記事です。(ちっと長い) 撮影中の「武侠七金剛」が何をさすのかはわかりません。 香港のファンにも聞いてみましたが、タイトルからだと、 お坊さんの出てくる映画のようだし、知らないとのこと。 時期から言うと、「香港犯罪ファイル」ですかねえ。お分かりの方はどうかご教示下さい。
ニッキーが出演することになった「新同居時代」はオムニバスで、 ニッキーはシルビア・チャンとの共演。 シルビア・チャンが、昔、武と仕事をしようとしたとき、 若すぎて見送ったと言ったのは、この映画です。
************
この半年ほど、ほとんど香港にいる金城武。 最近は台湾の家族のもとに帰る以外、めったに公の場に姿を現わさない。 ことに、先日台北で行なわれた誕生会と公益CM出演の後は、 香港の「訓練所」にすっかり引きこもってしまっている。 2ヶ月前、香港で偶然彼に会ったときは、 あれもこれも勉強しなくちゃいけなくて忙しく、くたくただ、とこぼしていたものだ。 が、今、再会した武の表情は輝きがあふれ、香港での修行の成果がうかがわれる。
先日の台北での20歳の誕生会には、ニッキー・ウーが、 抜けられない仕事のある中、お祝いに駆けつけてくれたが、 番組収録に遅れてしまい、スタッフの不興を買うことになった。 それが武はずっと気にかかっていた。 だから、ニッキーが「新同居時代」撮影のため香港に行き、 商業テレビの特別生放送でファンを招いて誕生パーティーをするのを知ると、 飛んでいってお祝いを述べたのだった。 台湾の両小天王の仲のよさの一端がうかがわれる。
「ねえ、武。今君は、本当に幸せだと思うでしょう? 台北であんな立派な誕生会をしてもらって、大勢のファンと一緒に楽しく過ごせたんだから。 ニッキーの方は、それほど幸運ではなかったよね。 映画の撮影に忙殺されながら、あわただしく夜中の10時なんかに ファンとの誕生会をしなけりゃならなかったんだもの。 それに比べると、とても満足だったはずだよね」
「そうですね。いや、でも……誕生会のときは、ほんとうに満足でした、 すごく感動しました。 あのとき、泣いてる女の子たちもいて、忘れられないですね。 でも、ニッキーが運が悪いとは言えないですよ! 彼は今、台湾で仕事をしながら、何日か時間をさいては香港でも映画を撮ってるでしょう。 たまたまそれが誕生日にぶつかって、台湾ではできなかったけど。 今商業テレビが彼の生番組を提供してくれてるし、すごくいいじゃないですか」 武はニッキーの現在の活躍をわがことのように喜んでいる。 ニッキーが広東語を流暢にあやつり、 メディアのマイクを通して香港中のファンや聴取者と声を合わせて誕生日の歌を歌ったことが、 本当にうらやましそうだった。
ニッキー出演の「新同居時代」の青年役は、もともとは金城武に来た話だったが、 そのことで2人が気まずくなったりということは全くなかった。 実は、武は目下、映画「武侠七金剛」の仕事が進行中だ。 もしかしたら台湾のファンは聞いてみたいのじゃないだろうか…… 「武の演技は上手なの?」
「ヘタですよ。まあ、ゆっくりやりますよ。 今はたくさん映画をやってみたいと思っているんです。経験を積みたいから。 でも、ああいいなと思ったからその映画に出られる、ってものではないし」 そのとき、かたわらの広報担当が急いで口をはさんだ。 「ジョニー・トーだって、すごくいいと言ってましたよ! 武と私がトー監督と一緒に食事をしたとき、 ツイ・ハークが別のテーブルにいたんですけど、 急いでやってきてあいさつして言ったんです、 『おい、彼を使いたいんだけど、いいかい?』 トー監督はすぐ答えましたよ、『いいとも! 彼はいいよ!』って。 後になって、その映画『青蛇』の役は頭を丸めなくちゃいけないらしいってことがわかり、 具体的な話になる前に取りやめになったんですけど」 なんと! 香港の大監督2人の覚えますますめでたい金城武なのだ。
当人は現代劇と時代劇、どちらが好きなのだろうか。 「どちらがいいということはありません。 今は、オファーがあることだけで嬉しいですから。 でも、今香港では時代劇は少なくなりましたよね。人気ないんでしょうか」 「どんなタイプの映画をやりたい?」 「どのタイプにもいいのとよくないのとありますからね。 ねえ、でもすごく変なんですよ、 『ワンダーガールズ2(東方三侠2)』には現代の服装もあれば 昔の服装もある、おまけに軍服まで出てくるんです。 いつの時代っていうのがないの。わけわからない」
金城武は「草地状元」「ワンダーガールズ2」「武侠七金剛」に出演しているが、 こういう映画の後は、「天長地久」のようなラブストーリーを やってみたいなんて思わないだろうか? 「ぼくにできますか? とても残念だけど。 そりゃあ思いますよ、スケールが大きくて感動的なストーリーの 文藝ロマンを演じられたらいいなって。 だけど、今は経験不足だから、多分うまく出来ないと思う。 何年かしたら見てくださいね」
「『武侠七金剛』の撮影は順調だね! 撮影所ではみんな広東語を話しているんでしょう、 大体わかる? 台本は覚えられる?」 武は一瞬ぽかんとすると、吹き出して言った。 「台本なんて、ない。撮影前にこういうふうに演じろと言われるだけ。 『ワンダーガールズ2』も同じでしたけど。 それで、もしセリフが覚えられなかったら北京語で言っちゃう。 監督も北京語はけっこう上手だし、どうしても広東語を覚えなきゃいけないとか、 広東語の口の動きにしなきゃいけないとかないし。 どっちみちあとで吹き替えすればOKだから」
武は「ワンダー…」撮影時、かなりNGを出したと記憶しているが、 あれからずいぶんたって、経験をつみ、進歩したのだろうか? 「NGは多くなかったですよ! ぼくはトー監督が厳しい要求する人だったらどうしよう、 NGばっか出したらどうしようって、ずっと心配だったんですけど、 全然そんなことはなかった。 多分、監督はぼくがお気に召さなくて、どうでもよかったんですよ。 ぼくの演じた若い教祖役が何しゃべったって誰も別に聞いてないんだから、 どう演じてもかまわないと思ってたのかも知れないよね。
本当はね、撮影期間は監督はとても無口なんです。いろいろ言わない。 いつも、ぼくが何通りか演じてみて、監督がその中でいいのを採る、 というようにやっていました。 だから、監督に話したことがあるんです、おかしかったら言ってください、 ぼくも勉強したいですから、って。 そうしたら、監督はにっこりして言ってくれたんです。 『心配いらないよ。この映画は難しくない。君はとてもよくやってるよ』 それですごく気が楽になったんですよ」
今、金城武は香港で、広東語、歌、ダンス、作詞作曲、香港の芸能界に慣れることなど あらゆる方面での訓練に真剣に取り組んでいる。 一方で、映画撮影と並んで、陳昇のプロデュースによるCDの選曲も始まった。 もちろん、武自身も歌作りをする。 今回も、事務所は武を香港清水湾のある一室に「軟禁」し、2週間創作に専念させて、 年末年始休みの時期になんとか新アルバムを発売したい心積もりだ。 私たちは様々な訓練を経たこの素敵な青年が、 上々の成果をひっさげてくるのを心待ちにしようではないか。
(「蛍幕偶像」1993年末頃?)
BBS
| 2003年03月06日(木) |
金城武をモデルにした画家 |
1998年プラダの春夏キャラクターをつとめた金城武をモデルに、 絵を描いた画家がいます。 アメリカの若い前衛アーティスト、マンロー・ギャロウェイで、99年の終わりごろ、 ニューヨーク、チェルシーのDe Chiara画廊における個展で発表したもの。 3幅の巨大な油絵です。
ギャロウェイは武に会ったことはなく、写真をもとに描いたとのこと。 彼は武の容姿を賞賛し、「彼はアジアで最も若く美しい青年だと思う」、 そして「プラダの彼のCMを見て、すごく描きたくなったんだ」 と笑って付け加えました。 画廊のスタッフは、武のアジアでの人気を知ってびっくりしましたが、 にこにこしながら、口々に「彼は本当に魅力的だよ」と言ったそうです。 (大成影劇報より 1999.12.7)
De Chiara Galleryのホームページには、 以前はMunro Gallowayと、この個展のことが記録されていたようですが、 すでに削除されたらしく、小さな武の絵の写真からは、残念ながら飛べません。
 ギャラリーの様子
BBS
前衛的な作品も、正統派悲劇も、アイドル映画も喜劇もアクションも 見事にこなせるばかりか、それぞれハマって独自の魅力を出せる…… そんな俳優、めったにいない。 でも、不思議と賞には縁がない……とファンは嘆く……
本人は全然こだわっていないし、でも、とれば素直に喜ぶ人だから、 正当な評価のチャンスをあげたいと――それは自然な気持ちでしょうね。
でも、映画やドラマを作る側は、彼の価値をわかっているからこそ、 次々とオファーがあるのでしょう。 日本語のセリフが云々とこだわる人が多いけれど、 広東語がまだまだおかしかったころに出た「恋する惑星」で、 王家衛はそんなこと、全く意に介さず、彼の真価をしっかり見ていました。
俳優仲間も、「ラベンダー」のイーソンは、金像奨で助演男優賞にノミネートされるほど チャーミングな演技をみせましたが、前にも紹介したけれど、 それまでにも映画に出ていたけれど、ばかばかしくて泣く演技のできなかったイーソンが、 初めて自然に泣けた、と本人が喜ぶほど、シーンに入り込めたのは、 相手役の武あってだと……実は思っているわけです。 今までの作品を見ても、上手に相手を輝かせる人だと感じます。
それはさておき、彼も受賞したことはあります。 雑誌の小さな企画などはのぞいて、わかるだけ拾ってみました(ノミネートも含む)。
日本では、 ・「ザ・テレビジョン」テレビアカデミー賞 主演男優賞(1998) ←一応入れておきます。 ・エランドール賞 特別賞(1999) 日本映画テレビプロデューサー協会により、 年度内に顕著な実績を示した者に与えられる賞 ・ブルーリボン賞 主演男優賞に北野武、織田雄二らと共にノミネート(1999) (りんご日報による。国内資料では確かめていません。受賞は北野武) ・第1回ブルガリ・ブリリアント・ドリーム・アウォード(1999) 輝ける未来を感じさせ、若者や社会に夢を与えている人物への賞。 (審査に坂本龍一・大宅映子・浅井慎平がアドバイザーとして参加)
海外では、 ・香港金紫荊奨 最優秀主演男優賞ノミネート(天使の涙) 1996年度 (香港の影評人協会が主催する賞) ・香港電影評論学会大奨 最優秀男優賞ノミネート(アンナ・マデリーナ) 1998年度 ・アジア・テレビジョン賞 連続ドラマ部門主演男優賞次点(ゴールデン・ボウル) (2002)
香港電影評論学会大奨のときの選考過程の様子が明らかにされていますので、 参考までに――
まず審査員たちによってエントリーが行われ、8人が選ばれました。 そのときの推薦の弁 「私は、光り輝いていた、というほどではないが、 98年、きわだった仕事をした2人をエントリーしたいと思う。 1人は金城武で、もう1人はアーロン・クォックだ。 2人はこの1年の間にちょうど、役柄を交代するかのように演じている。 例えば「アンナ・マデリーナ」で金城武は失恋者を演じ、 アーロン・クォックは�猴桂厂鵜瓩魃蕕犬拭�失恋者と流浪者の友情の物語だった。 そしてアーロン・クォックは「風雲」で今度は失恋者を演じ、金城武は「不夜城」で流浪者になった。 2人の演技は98年の主潮であった「流浪者」のテーマに触れるもので、 かつ的確なできばえだった」
8人の候補は、さらなる討議を通して絞り込まれ、5人がノミネートされます。 そのときの支持の言葉 「金城武が「アンナ・マデリーナ」で演じたのは、香港映画の中では 無名の端役の役どころで、ライトをあてられることはめったになかったし、 その内側の世界をフィルムを費やして描くこともなかったような役だ。 また、金城武はこの作品中で2つの異なったタイプの演技を見せている。 1つは現実社会の中の無名の人間、 1つは愉快でロマンティックな世界の中での無名の人間だ。 その対比ははっきりとして、また金城武の魅力が発揮されている」 (「1998香港電影回顧」)
BBS
| 2003年03月03日(月) |
アーロンに代わるスターとして(1993)(再録) |
今回も1度アップ済みのものです。 1993年の芸能誌「新星心」の記事ですが、 前年にデビュー、着実に人気を伸ばしている金城武を、 年代は、年代を離れようとしている人気者、 アーロン・クォックにかわるスターとして力を入れたのです。
アーロンは香港人ですが、台湾のバイクのCMに出たのがきっかけで、 まず台湾で人気が爆発しました。 当時は、中性的な美青年で、彼のヘアスタイルは 他のアイドルスター達のお手本になっているように思われます。
スターになるかならないか、 こういう事務所の方針、芸能界の事情も大きく関係していることを 思わせる記事です。 少し長いですが、当時の武を取り巻く状況の一端がわかるでしょう。
(ちなみに、このころの記事には、何を指すかわからない 映画の作品名が良く出てきます)
**************
アーロン・クォックの身辺が最近騒がしい。 レコード会社の争奪戦の的になっていることのほかにも、 以前の契約が少なからぬ問題を生んでいるのだ。
「美しい夢」という歌がアーロンと年代との衝突の発端となった。 原因はアーロンのマネジャー小美がこの曲のテープを 香港の商業ラジオ第二放送に渡して曲が流されたことだ。 年代レコード会社の社長・陳志光は社長室でこの放送を聞くや、 商業ラジオの局長にただちに放送中止するよう要求した。
陳志光が言うには「あの歌を聞いたとき、誰かが年代の著作権を盗んで 録音したのではないかと、まず思いましたね。徹底的に調査をします。 我々は、福隆制作会社からマスターを受け取るのを待ちつつ、 香港でのリリース方針について、検討しているところでした。 まだ発売時期も決まっていないのに、こんなに早く歌が流されてしまっては、 宣伝計画はめちゃくちゃだし、海賊版にもいい機会を与えかねない」 コトの真相がどうであろうと、年代とアーロンの契約は9月30日で満了になる。 広東語アルバムの録音がまだ残っているが、 アーロンは10月中にはすべての動向をハッキリさせると言明した。
アーロン・クォックと年代との関係が膠着(こうちゃく)状態に陥ったのは、すでに明らかで、 年代の方では、目下金城武を全力で売り出す構えだ。 アーロンにかわるスターとするということだろう。 映画「衛斯理伝奇」への出演のほか、アクション女優・揚麗青との夕食の席を設けたが、 その間武はずっとこの先輩にアクション映画の心得を教えてもらっていた。 この夕食のせいで、金城武は警察に出頭するはめにもなったのであるが、 いったい何が起こったのか?
夕食が終わった後、揚麗青が車を運転して金城武を送ることにした。 ところが途中で急に具合が悪くなり、吐き気が止まらなくなった。 金城武によると、 「緊急を要する事態だったので、早く病院へ送り届けることしか考えていませんでした。 免許証のことなんて、全然思い浮かばなかったんです」
金城武がもっていたのは台湾での運転免許証で、香港での免許ではなかったのだ。 そこで警察の検問にあって、交番まで連行されただけでなく、 2250香港ドルの罰金を払わされることになった。 武はしょうがないという顔で、 「助けなきゃとばかり思っていて、それが面倒を引き起こすなんて 思ってもみませんでした。でも交番ではみんなやさしくて、 サインをほしいという人までいて。そんなふうに温かく迎えられたんで、 すぐに気が楽になりました。 今度のことで一番心配なのは、マスコミです。 揚麗青とのうわさなんか流さないでくださいね。 そんなことになったら、泣きっ面に蜂ですから」
金城武は、香港台湾で、すでにかなりの人気を得ているが、孝行を忘れない。 「赤柱で、竹製のマージャンセットをおかあさんに買いました。 おかあさんはマージャンが好きなので、メンツが1人足りないときはぼくが入るし、 だれもいなければ、ぼくがマージャン友達に声をかけて回ってそろえるんです。 もし仕事がこんなに忙しくなかったら、 両親にとっていい子でいられるかもしれないけれど、 しょっちゅう台湾を離れてあちこちでプロモーション活動をしていると、 家族と会える時間はほとんどありません。 でも、男だったらやっぱり仕事を主にすべきだと思っています」
金城武はこのようにきちんと先を見通しているが、 しかし自分を野心旺盛な人間だとは思っていない。 「自然がいいと思うんです。一足飛びに成功しようなんて望みませんし、 少しずつ着実に進んでいって成功するなら、それがいいですね」
金城武はまた、自分の忘れっぽさを治さなくてはと考えている。 彼の健忘症が引き起こした笑い話はいくつもあるが、一番忘れられないのは、 「香港で番組録画をしているとき、急にハッとして、ある心配が頭に浮かんできたんです。 パスポートを放りっぱなしにしてきたんじゃないかって。 いつも、こっちに来るときはパスポートは社長に預けることになっていたんですが、 そのときの担当の人は事情を知らなかったんですよ。 だから、仕事が終わるとホテルに飛んで帰って探しました。 そうしたら、ホントに見つからない! ワア、ヤバイって!」
優しくて、親孝行で、ドジな金城武は、 ダークホースとして、今まさに香港台湾に殴りこみをかけようとしている。 すでにファンである人たちは、引き続き支持してほしいし、 まだファンでないあなた方も、ファンの輪に加わってほしいものだ。
(「新星心」1993.10)
BBS
| 2003年03月02日(日) |
19歳の金城武・一問一答(再録)●「兵法」を愛読する金城武(りんご日報) |
情報の洪水(どうせ一時的ですけど)の後は、少し気持ちを落ち着けて、 久しぶりにアイドル時代の武に戻り、最新の彼と比べて見るのもいいかも知れません。 前にアップしたことのあるものですが、台湾の芸能誌「青春快逓」に載った一問一答です。
一番好きなこと ゲーム、給料をもらうこと 一番会いたい人 日本の友人 一番尊敬する人 おとうさん 一番得意な料理 水餃子 一番好きなおかず 何でも好き 寝る前にいつもすること ゲーム 起きて最初にすること 目をこする 一番好きな季節 秋と冬(暑くなるとすぐ調子悪くなる) 一番自信のあるのは? 自分の会社 自分の体で一番満足しているのは 眉毛 自分の体で一番嫌いなのは 歯 今まで行った一番遠いところ カナダ 怒ったときは? 物にあたる 泣くときは? 黙って涙を流して我慢する 一番好きな動物 犬、猫、ライオン、虎、とんび 一番好きな花 バラ 一番聞きたい話 ほめことば 一番好きな色 赤 一番気まずいこと 大勢の知らない人の前でほらほらと指さされること 忘れられない思い出 中学校卒業のとき、みんなで抱き合って大泣きしたこと (酒びんを空にした) 一番失望したこと CDがもし売れなかったら、すごく失望すると思う 最大の望み 将来死ぬときにあまり痛くないこと 自分の中で一番魅力的なところは? 右側面 一番嫌いな食べ物 にがうり、ナス、なまこ 一番好きな果物 小玉スイカ、さくらんぼ、黄色いスイカ 一番好きなスポーツ 水泳、球技(バレーボール、ビリヤード、バスケット ……学校のバレーボールチームにいたことがある) 一番好きな映画のジャンル SF冒険物 一番好きな音楽 抒情的なもの 一番好きな雑誌 「青春快逓」、漫画雑誌 一番好きな女性スター(中国人と外国人) ブリジット・リン、デミ・ムーア 一番好きな男性スター(中国人と外国人) チャウ・シンチー、パトリック・スウェイズ 初恋の年 高1 ファーストキスの味 感覚なし(イニシアチブは向こう) 好きな異性のタイプ 特になし 家庭状況 おとうさん、おかあさん、おにいさん2人、小犬、小犬の友達(ノミ)、 魚が何匹かとゴキブリ大勢 性格 良識的で堅い 視力 1.5、1.5または2.0、2.0 変でしょう! デビュー 1992年8月3日 座右銘 「若いときに努力しないと、年取って嘆くことになる」 「夜道を歩くと鬼にぶつかるものだ」「善い行いには善い報い」 一番好きな酒 Royel Salutes Whisky* 一番好きな服 全部好き(子供っぽく見えさえしなければいい) 一番好きなアクセサリー ネックレス 一番好きなペット 犬およびその友人 一番好きな音楽グループ チャゲと飛鳥 一番好きな歌手(男女) 陳昇、潘越雲 一番好きなビデオ Mieheal Jakson* 一番好きな国 台湾、日本、アメリカ 一番好きな人 気が合えばそれでOK(悪い人は嫌い!) 一番好きな漢字 金城武 一番好きな英字(日本文字) なし 一番好きな娯楽の場所 ゲームセンター 言語 国語(北京語)、台湾語、英語、日本語 一番好きな本 マンガ 特技 ゲーム、スポーツ(球技)、歌 連絡先 福隆公司または宝麗金唱片(レコード会社) 異性のどこをまず見る? 目、ヘアスタイル 一番聞きたくないことは? 歌の録音のやり直し、写真の撮り直し 一番きらいな動物(または昆虫) ゴキブリ 一番好きな数字(ラッキーナンバー) 2 一番好きなタバコ マイルドセブン、マルボロライト、キャメルライト 一番好きな交通手段 自動車(バイクは盗られた!) 一番好きな飲み物 炭酸、コーヒー 一番好きなおやつ インスタントラーメン 一番の悩み 不眠、何を着ていいかわからない 一番気持ちがいいのは? 前の車を追い越すときの感じ もしほかの仕事をするなら何がいい? 店を開く 目の色 茶褐色 健康状態 良好 自分の一番の長所 温厚で人あたりがよい 一番の短所 時々かんしゃくを起こすこと 特別なタブー なし 眠る時の習慣 横向きになって眠る(ふとんに抱きついて) 一番好きなヘアスタイル 後ろの髪が少し長い 一番好きなファッションブランド(デザイナー) なし 今まで旅行でいった国 日本、カナダ、アメリカ、フィリピン、シンガポール 一番好きな香水ブランド Polo、Chanel 一番好きな香水の香り 少し強い香りのもの 一番満足のいった自分の作品 無照青春** 出演テレビドラマ 草地状元 出演映画 今現在はなし 一番好きな仕事仲間 マネージャー、宣伝担当とプロデューサー 一番助けになる人 友達 (1993年8月号)
注 * 違うと思うんですけど、一応原綴りのまま。 ** 原文は無照駕駛(無免許運転)なんですが、これだと思います。 (↑これはこれで面白いですが)
BBS
--------------------------------------------------- 「兵法」を愛読する金城武(りんご日報) - どうということない記事で、 ジジ・リョンが、アンディ・ラウ、古天楽、金城武などの素敵な男性たちと共演しても、 イーキン以外、心がぐらつくことはない……といういつもの趣向ですが、武の部分だけ。
以前は武のことをクールな人間だと思っていたが、 今回の共演で印象が変わった、という話のあと、 ……でも、彼は出番でないとすぐ本を手にとって、「孫子の兵法」を読んでいました。 かなりの本好きです。1日中、私と人生の哲理について話したりもします。 幸い私も本が好きで、一緒にいろいろなことをおしゃべりします。 でも、彼はお兄さんみたいなもので、それ以外の気持ちが動くことはありません…… と言っています。 (広東語の訳文、Kさんに教えていただいて直しました)
BBS
| 2003年03月01日(土) |
撮影現場取材(北京娯楽信報)●ワーナー関係者へのインタビュー(金羊晩報) |
撮影現場取材(北京娯楽信報)
記者会見で終わりかと思ったら、撮影現場取材も用意されていたんですね。 北京娯楽信報の記者のレポートです。(2月28日)
***************
ワーナーブラザーズによる初めての中国語映画「向〜」が ついに香港の観塘で記者の前に姿を現した。 昨日ジョニー・トー監督自身のプロダクション、銀河映像会社が主催した記者発表会の後、 記者は五階にある撮影所に移り、撮影現場、 また金城武、ジジ・リョンのそれぞれの部屋を訪れた。
金城武は昨日は白地に青い縞の寝巻きを着て、ジジ・リョンと雨の中で別れた後、 1人部屋のベッドでせきこんでいるシーンを撮影中だった。 記者のインタビューに対し、金城武はその国際的に発展していける資質を充分見せ付けた。 北京語、日本語、広東語を使い分け、香港、内地(中国大陸)、マレーシア、シンガポール、 さらにはアメリカのマスコミの取材に難なく対応する、 その流暢なコミュニケーション能力は人々を驚かせた。
金城武はインタビューに答え、 「ジミーの原作は読んだことがあり、とてもよかった。 実生活の中で人と人の間には、小説や映画に描かれているようなことは充分起こり得る。 たとえばひそかに思っている人と知らずにすれ違うとか、そういう経験はぼくにもあります」
この映画は金城武とトー監督の3度めの一緒の仕事になるが、 この「痩身男女」や「ザ・ミッション」などの作品で アジアの大ヒットメーカーである監督をどう思うかとたずねると、 「僕の映画初出演作「ワンダーガールズ2(東方三侠2)」は、トー監督との仕事でした。 彼がぼくを映画界に引き入れてくれたんです。 彼のことをよく知っていたから、今度の作品への出演を決めました」
金城武が扮するのは素晴らしいテクニックを持つバイオリニスト。 そこで彼は撮影前に、わざわざプロについて、レッスンを受けた。 しばらくレッスンを続けた結果にトー監督は大変満足し、彼の聡明さに賞賛さえ送った。 金城武本人は謙虚にこう語る。 「もし、映画の中でもっと完璧に近づけたいなら、 撮影に入る前に、少なくとも2年は習わなくちゃだめですね。 今回は弾いている感じを学ぶぐらいです」
ジジ・リョンは記者たちを�犲�室�瓩望靴呼�れてくれた。 ストーリー上、記者会見のとき着ていた紫の縞のコートから、 アニメキャラを散らした寝巻きに着替えている。 彼女はマスコミの記者たちに、�犲�室�瓩貌�り、中を見学するよう熱心に勧めてくれた。
ジジ・リョンの話。「ジミーの小説は、私は前から読んでいました。 彼の新しい作品を読むたびに、いつも感動します。 この物語は、都会にはまだ純情を大切にするために、 たとえそれゆえ辛い思いをするとしても、 出会いを待ち続けようという人たちがいると伝えてくれました。 今度、彼の小説の映画化に出演できるのは、とても光栄です」
1999年の「君のいた永遠」以降、2度目の金城武との共演だが、 ジジは、「もう2回目なので、お互い呼吸がよく合います。 いつもあまり話さなくても、お互いどう考えているかわかります」 ただ、映画の中ではジジと武一緒の演技は割に少ないので、ジジはとても残念がり、 「映画を2つ撮っているみたいなの。だけど、オフでは逆によく一緒で、 食事もいつも一緒に行んです」と言った。
この映画は、昨年のクリスマスにクランクインした。 今回の製作発表の後、まもなくすべての撮影を終えることになる。 一番印象に残っているシーンをジジに聞いてみた。 「2人が初めて池のほとりで出会うところですね。 見つめあったその一瞬、本当にロマンチックな気分になりましたね。 そのとき、池には2羽の白鳥がいたんです。たぶん、映画の中でも一番楽しいシーンでしょう。 だって、その後は私たちは離れて思い合うだけでとても辛いんですから」
ワーナー関係者へのインタビュー(金羊晩報)
これで「向〜」関係、一段落かな? 2月27日付の記事です。
米国のワーナー社、中国語映画投資で中国市場へ進出
昨日、アメリカのワーナー・ブラザーズによる初の中国語映画、 ジョニー・トー監督、金城武、ジジ・リョン主演の 「向左走、向右走」の製作発表が香港で盛大に開かれた。 本紙は上海から唯一招待されたメディアとして出席し、撮影現場取材も行った。
この映画はワーナー初の中国語映画であることから、同社では非常に重視、 3年の準備期間の後、昨年末台北でクランクインした。 年明け後、全撮影クルーは香港に移ってロケを行い、3月上旬にクランクアップの予定。 本紙はこの機会にワーナーアジア支社の責任者に単独インタビューを行った。 このワーナー上層部の関係者は、マスコミに対し、 今の段階であまり多くを明らかにする意思はなかったが、 名前を明かさないということで、ようやくインタビューに答えてくれたものである。
なぜ、ジミーの作品を選んだのか? 「彼の作品が中国人社会全体で大変人気があるということが、まずあります。 中国内地と香港のほとんどの書店で売られており、 �犖胸挫廊畭耋僂任呂い錣困發�なです。 しかし、大きな理由は、ジミーの作品には地域性が薄く、どの現代都市でもありうる物語で、 従ってどこの観衆も自分の身近な話とうけとめることができるからです。 他にこのような条件を備えた人気小説はありません」
その中でも「向左走、向右走」を選んだわけは? 「ジミーの作品中で一番ストーリー性が強く、映画化素材としてもやりやすかったからです。 我々は彼の他の作品についても、大変興味を持っています。 しかし、今のところ権利を買ったのはこの作品だけです。 もしこの映画の反応がよければ、他の作品も映画化することになるでしょう。 もちろんジミー本人が結果に満足し、 我々と引き続き仕事しようと思ってくれればの話ですが」
なぜ、ジョニー・トーなのか? 「トー監督は、商業的側面と芸術的側面を見事に結合させることができるからです。 実は、我々は数年前彼と話をし、まだどんな作品にするか決まる前に 彼に依頼することを決めました。そして何度も交渉を繰り返した結果、 「向〜」が最も適した素材であることで一致し、撮影に入ったのです」
中国市場への進出計画は? 「中国語マーケット、時に中国内地の映画市場はきわめて大きい。 中国のWTO(世界貿易機関)加入にともない、 外国の映画会社の中国進出はどんどん増えるでしょう。 中国人向けの映画製作は、今や大きな趨勢です。 だから我々もこの部門をシリーズ化する計画です。 現在「向〜」の他に、2本の映画が準備中ですが、まだ詳細を明らかにする段階ではありまん。 すべて順調に行けば、2004年までに公開できるでしょう」
「向左走、向右走」の上映はいつ? 「私は映画部ではないので、正確なお答えはできませんが、 映画部の話では6月に上海映画祭で大々的にプレミア上映を行うことになるはずで、 トー監督と金城武、ジジ・リョンの出席が決まっています」 「2003年のわが社の3大作品は、すでに公開済みの「ハリー・ポッター、秘密の部屋」、 「向左走、向右走」、それに「マトリックス�供廚任后� その他、トム・クルーズの「サムライ」が日本とニュージーランドで撮影中で、 年末にはアメリカで公開され、来年初めには中国内地でも上映の予定です。 「ハリー・ポッター�掘廚盪1討魍�始し、 2004年に中国内地の観客にお目見えすることになります」
BBS
--------------------------------------------------- 撮影現場取材2(北京青年報) - 同じく撮影現場取材です。北京青年報の記者によるニュース記事の中から、 ↓前項の記事の補足になる部分を抜書き。
******
記者はジジ・リョン、金城武扮する主人公達の部屋を見学した。 印象に残ったのは、2部屋ともセットであるにもかかわらず、 室内の生活用品がすべてそろっており、 装飾品も2人の主役のそれぞれの境遇にぴったり合っていること。 例えば、小説の翻訳家であるヒロインの部屋には本がびっしりで、 バイオリニストである主人公の青年の部屋には、 レコードのポスターが色々と壁に張ってある、といった具合。
金城武とジジ・リョンはそれぞれ寝巻きの衣装で現われた。 武のパジャマは病院の患者用風で、ジジはかわいいアニメキャラがいっぱいの柄。 このシーンは、ジジと武扮する主人公達が初めて出会った後、大雨に降られ、 それぞれ家に帰ったが、武扮する若者は雨に濡れたため、セキが止まらないというところ。 小さなシーンなのだが、何テイクも撮影を繰り返し、 武は何度もセキを繰り返す。 無事終わるやいなや、彼は飲料水のところへ飛んでいって、水をごくごく飲んだ。
******
映画化にあたり、ジミーの原作のセリフの少なさを、どのようにクリアしたのか、 また撮影の中で感じていることについて、 共同監督それぞれ次のように語った。
トー監督「脚色の際、セリフを少し付け加えた。 しかし、他の映画に比べれば、かなり少ないほうだ。 俳優の身体表現による、言葉で表されない部分の感情表現が中心になる」
共同監督で脚本担当のワイ・カーファイ「セリフは確かに少ない。 そこがこの映画の魅力だと言える。 金城武とジジ・リョンの2人の主演者は、イメージが原作の人物に非常に近く、 俳優自身が観衆をひきつけることができる」
BBS
| 2003年02月28日(金) |
香港記者会見・台湾と中国の新聞報道 ●香港記者会・香港の新聞報道 |
香港記者会見・台湾と中国の新聞報道
この記者会見には中国・香港・台湾から数十人の報道陣が来て、 大盛況であったそうですが、台湾の新聞記事には、 当然のことですが、香港マスコミのようなねじれはありません。 この問題については、次のような書き方をしています。
「(昨日の記者会見の開始に先立ち)金城武は、広東語での会話に影響するので、 発言中は写真撮影は許可しないでほしいと主催者に申し入れ、 会見では北京語と広東語を交えて質問に答えた。 2日前、香港に到着したときも、空港の記者たちに北京語で質問するよう 求めたことがちょっとした誤解を生んでいた」 (星報・民生報)
台湾の新聞記事からジョニー・トー監督の発言を補足。 監督がこの美男美女のペアを主役に起用したのは、 ジミーの本を読んで、主人公が彼ら2人にとても似ていると思ったから。 2人とも役の人物の特質を備えているからということです。
*********
中国大陸からは北京青年報の記者が取材に参加しています。 <「向左走 向右走」香港製作発表は厳戒態勢>と題して、 <会見に参加するマスコミ記者には入場証が発行され、 それを持たないと、ベテランの芸能記者さえ入れてもらえなかった> と書いているのが、星島日報の言う、「ワーナーの初の中国語映画だから、 記者会まで�牾姐饉悪瓠廚瞭睛討琉貮瑤任靴腓Δ�。
また、やはり言葉のことに触れているのが興味深いのですが、 これは武の広東語のことではなく、
「主催者側からは質問はすべて広東語で行うようにとのことだったので、 北京から唯一招請を受けて出席した小紙記者は、 言語面の障害による不便を深く感じるはめになった。 10分間という質疑応答の限られた時間の中で、できるだけ多くの収穫を得るには、 この要求を気にかけているひまはない。 北京語を使ったり英語を使ったりして質問をしたが、これに対しては、 ジジ・リョンも金城武も理解を示してくれ、非常によく協力してくれた」
*********
そんなこんなで、期待の映画「向左走 向右走」の製作発表は無事終わり、 後は完成に向けて一路ひた走るということになったわけです。
香港記者会・香港の新聞報道
星島日報をご紹介しようと思いましたが、変更。 結局、
<広東語、北京語、日本語を流暢に話す金城武は、 昨日ジジ・リョンと「向〜」の記者会見に出席した際、 なんと「言語障害」になってしまった。 会見に先立って、写真を撮られたら広東語が話せなくなるとの説明があったが、 まさか本当に「効果てきめん」、フラッシュを浴びた金城武が突然「2カ国語放送」、 つまり北京語広東語ちゃんぽんになってしまうとは>
という前文でわかるように、なんか恨みつらみ感じるんですね。 香港の新聞は全体に態度とかそういうことばかり、かかずらっている気がします。 写真を撮っちゃあかんとはなんだ、昨日は北京語で話せと言ったが、 さすがに今日は「郷に入っては」で広東語でしたね、 でも、それも途中で写真を撮られたのがおきに召さなくて 北京語まじりになる始末……とか。 太陽報なんか、�犁�者会見では本当に大層な感じで、 話してるときは写真を撮るななど、 まるで日本のスターのような格好の付け方�瓩覆鵑独蘰�ってます。
言葉の問題では、以前「ターザン」の香港プレミアのときも、 記者に「中国語を喋れないのか」と言ったと、同じようにバッシングしてました。 武側はそんなこと言ってないと否定しましたし、台湾の新聞も擁護してましたが。
香港の新聞では、他では大公報が、珍しく言葉のことは一切書かず、要領よく報じています。 そこから少し補足すると、
「君のいた永遠」で共演のとき、武と不和説が流れたことについて聞かれたジジは、 �猊陲呂い弔盥畊舛砲い覆い�ら接触する時間が少なかったので、 あまりコミュニケーションが密ではなかっただけ。 でも今回は充分触れ合ことができて、 彼は思っていたようなクールな人ではなく、とても面白い人なんだとわかった、 多くの人は彼を知らないから、見かけで誤解してしまうのだろう�� と語った。
武は、台湾で映画の仕事ができたことが大変うれしかったそうです。 それにまた、家族のもとに帰り、台湾のおいしい料理を楽しめたことも。
BBS
| 2003年02月27日(木) |
「向左走、向右走」香港記者会見(東方日報)●>「武の声が聞こえた! |
「向左走、向右走」香港記者会見(東方日報)
いっせいに会見記事が出ました。 新聞によっていろいろなことを言っていますが、2つざっと紹介します。 まず、客観的で穏やかな東方日報です。
***********
金城武とジジ・リョンが先頃台湾で「向〜」のロケを行ったとき、 金城武がずっとクールで、演技以外では全然ジジと交流しなかったと伝えられた。 だが、昨日、香港で記者会見に出席した2人はの様子はそれを打ち消すもので、 互いに話したり笑ったりするだけでなく、賞賛しあい、 ことにジジは、金城武は非常に楽しい人で、 言われているようなクールな人では全然ないと手放しだった。
昨日、記者会見の開始にあたって、マスコミに対し特に注意があり、 インタビュー中は写真撮影は決してしないでほしい、 金城武が緊張して広東語をうまく話せなくなるので、とのことだった。 だが残念なことにきまりを破る者がいたため、 武は最後の方では北京語での回答になってしまった。
彼は、「君のいた永遠」以後、2度めの共演のジジは何か変わりましたかとの質問に、、 北京語で次のように答えた。 「変わりました。ますます綺麗になって、大人っぽくなり、演技も以前とは違います。 ただ1つ変わらないのは、まじめで誠実なこと。とても安心しました」
武は今回の映画の特徴として、まるで2人別々の映画を撮っているようであることだと、 「僕たちは同じとき、同じ場所にいるけど、片方は左に行き、片方は右に行く。 だから一緒に演技することがとても少ない。 休憩時間だけ顔をあわせることになるので、 彼女とは別の映画を撮っているような感じがします」と語った。
ジョニー・トーは、この映画に2年の準備期間をかけ、2400万香港ドルを投資している。 彼によると、映画はすでに台湾で5分の3を撮了、あとは香港でセットでの撮影が残っており、 夏休み時期の上映になるとのことだ。
金城武との仕事は6年ぶりのジョニー・トーだが、 武について、演技が大変進歩し、外形も大人っぽくなったと言う。 「すごく男らしくなり、92年に初めて一緒に仕事をした 「ワンダーガールズ2(東方三侠2)」とは全く別人のようだ。 演技も大変自然で、「パラダイス!」のときのような混乱もない」
ジジの演技については「もちろん素晴らしいと思っている。 そうでなければ彼女を使わないよ」
「武の声が聞こえた!(香港記者会見)
香港のファンが、ラジオ番組で記者会の様子が聞けると教えてくれたのですが、 広東語の2時間番組で、どの部分なのかなかなかわからず、募る焦り・・・ ようやくわかりました。 なぜこの映画に出たかという答えから広東語で話し始め、 ジジについて話す頃には北京語になり、 また次の質問では広東語・北京語が交じり合い……という様子がわかります。 武とジジの答えが大体交互に出ますが、 合間にはさまる複数の声は、この番組の出演者たちで、 会見の録音を聞きながら、何か話しているのですが、 まったくわかりませんです。
何語で話しても武は武だなあと、ほっとするような、 気持ちが温かくなるような、いつもの声です♪
2月26日の娯楽滿天星のページに行って、Choose Playerの欄をクリックし、 メディアかリアルか選びます。私はリアルプレイヤーで聞きました。 リアルの場合、右やや上に 1/2 というのが小さな枠の中に出るので、 その右にある右向きの三角印をクリックして2/2にします。 で、4分34秒あたりから武の声が始まります。 8分41秒ごろが最後です。
BBS
|