武ニュースDiary

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| 2003年02月26日(水) |
「二千年の恋」最終回を報じる香港の新聞(2000年) |
突然ですが、 「二千年の恋」が好きという方の話に続けて接したせいか、 ちょっとニセコイモードになり、当時の香港の新聞をご紹介したくなりました。 写真(折り目が入ってきれいでなくてすみません)は以前アップしたことがありますが、 今回はその記事も一緒に……。
「二千年の恋」今夜、最終回 金城武 中山美穂 寒風と冷雨の中、クライマックスを演じ切る
――寒風! 冷雨! 雪! 金城武と中山美穂の「二千年の恋」は,今夜最終回を放送する。 このドラマの香港での視聴率は優秀で、追い風と波に乗ったといえるだろう。 だが、ラストシーン撮影時は悪天候、寒風と冷雨の中のクランクアップだった――
「二千年の恋」最終回撮影は、非常に厳しいものだった。 第1のクライマックスは、船上で撮影された。 美穂が金城武の銃弾に倒れ、武が美穂に歩み寄る、悲痛なシーンである。 撮影時は小雨が降っており、途中、雪さえ混じった上、 船が沖へと進むため寒風が吹きつけ、 骨を刺すような感覚は、普通の人間にはとても耐えられない。 金城武と美穂は芝居のためあまり厚着できず、この冷たさは耐え難かっただろう。 だが、武と美穂はプロそのもの、撮影は大変順調に進み、 すべて終わったときには、スタッフから花束が贈呈され、感動を呼んだ。
第2はこのドラマのエンディングである。 仲間由紀恵が美穂と金城武の子どもを抱いて、ゆっくり道を歩いてくる。 だが、その後ろに2人の姿はない。 これは一体何を意味するのか、どうぞ自分の目でラストをごらんください。
「二千年の恋」の視聴率は、第1回を除き、日本では15%を越えなかった。 それに対して香港では、2月14日のバレンタインデーの15%以外、 平均18%以上を獲得、なかでも第5回は20%に達した。 日本とは著しい対比をなし、以後、香港で日本のドラマがより多く放映される助けとなった。 (太陽報 2000年3月26日)
 美穂が撃たれた後、武が命の危険を冒して美穂のもとに歩み寄るシーンは感動的だ。
 撮影終了後、スタッフは金城武と美穂に花束を送り、4ヶ月間の苦労に感謝の意を表した。
BBS
| 2003年02月25日(火) |
金城武、香港に(大成報ほか) |
昨日、戻ったそうです。 以下は大成報の報道。
「相変わらず控えめな金城武、昨日軽装で香港の空港に現れた彼は、 記者たちの襲来を受け、風のように大急ぎで立ち去った。 金城武の今年の年越しは満足のゆくものだった。 「向〜」が台湾でロケをしたため、両親のもとに帰る機会が割合多かったからだ。 公益広告の撮影が済むと、年越しのご馳走を家族と一緒にとり、二日後また日本に飛んだ。 今回の日本行きの主な理由は、キャラクターを務めている商品の新CM撮影と、 多数のオファーの検討。 昨年出演した「リターナー」が日本と香港で好成績をおさめ、 日本の映画会社からは新たな出演要請が来ている。 マネジャーのヤウ・イーチュンは、 昨年は「ゴールデンボウル」に多く時間をさかれて仕事にかなり影響が出た、 今年は映画をメインに、CMもやりながらという方針でいくと話している。 ジョニー・トー監督は最近ベルリン映画祭より戻り、「向〜」に再びとりかかった。 金城武は香港に戻った後、ジジ・リョンと共に撮影に参加、 映画は5月か6月に香港と台湾で上映の予定」
「日本行」「返港」なんですね。 星島日報には、そのときの様子も少し。
「金城武は午後2時30分、香港に到着、 記者のインタビューは受けようとしないが、ずっとニコニコしていた。 ただ写真撮影は付き人に阻止されっぱなし。 記者が今回は映画の撮影のためかたずねると、彼は「北京語で話してくれる?」と言い、 付き人も「インタビューの時間はとっていません」と質問を断った」
写真はここに。(エンコードをBig5に) 太陽報にも記事があり、髪は結んでいたそうです。 同行の付き人は女性2人。
BBS
--------------------------------------------------- RE:金城武、香港に - 24日の北京娯楽信報が、「向〜」を期待作として紹介した後、 明日、記者が香港に発ち、この映画を取材してくる、と言ってます。
マスコミ取材あるのかな? 成功を祈る♪
BBS
| 2003年02月24日(月) |
日本語「ラベンダー」への疑問3(「悪かった」) ●4(アンジェロ) |
日本語「ラベンダー」への疑問3(「悪かった」)
3色入り乱れてるのが続くと読みにくいかなと思いましたが、 このテーマ、やっちゃいます。 すみません、お付き合い下さい。
3つ目は、大筋には関わらない、小さいけれど、 毎回、落ち着かないところです。
��「愛があるんなら与えて」と、年老いた乞食天使にキスをするよう エンジェルに言われたアテナは、怒ってエンジェルの足を踏みつけて行ってしまいます。 そのとき、エンジェルは「悪かった」と叫んで後を追いますが、 全然すまなそうな様子ではありません。
画面の演技と言葉が合わないので、見るたび気になるところです。
例によって、北京語・英語字幕です。 ○我説過你没有的。(小説では、●我都説你没有啊!) ▲I rest my case.
北京語の方は、「君にはないって言っただろ」というような意味でしょうか。 英語は直訳だと「ぼくの意見はこれで終わりだ」で、 どう日本語で表現したらよいかわかりませんが、 いずれにしろ、謝っている気配はありません。 「ない」のは何かというと、その前の会話での、 「地獄に落ちるのは愛のない人」を受けていると思います。
日本語版「ラベンダー」への疑問4(アンジェロ)
最後です。これも小さいことですが、 �▲薀好箸如▲譽好肇薀鵑離�ーナーの名前が「アンジェロ」とされているが、 これは店のことを言っているので、オーナーの名ではないのではないか?
日本語は、 「あなたの名前はエンジェルね」「名前? アンジェロだ」 とあって、店の「ミケランジェロ(マイクルアンジェロ)」の電飾看板を指差します。
私は、ここは、アテナの質問に、オーナーは店の名前と思って答えているので、 彼の名前はまだわからない、という説を取りたいと思います。 DVDの字幕です。 ○「你是不是叫Angel?」「Angelo。你怎麼知道?」 ▲“Is your name Angel?” “Angelo! How did you know?” (「あなたの名前はエンジェル?」「アンジェロ。どうして知ってるの?」)
彼の名前がアンジェロと解釈することも、もちろん可能です。 (香港で�爛▲鵐献Д蹲瓩亙僂錣辰討襪箸六廚い泙垢韻鼻� しかし、もし彼自身の名前だとしたら、彼は、なぜアテナに名前を聞かないんでしょう? アテナも何も言わないまま、2人は店に入っていってしまいます。 不自然ではないでしょうか。
「ラベンダー」では、登場人物同士の、かみあわない会話がちょくちょく出てきます。 相手の意味を誤解していたり、聞いていないで別のことを言ったり……。 アテナ・天使・チャウチャウの間で交わされる、それらのちょっとズレた会話が、 それぞれの役柄の心理と互いの関係を浮かび上がらせる役割を果たしています。
このシーンも、自らの手で造り上げた、開店間近の店のことで頭がいっぱいであろう男が、 その店を得意げに見せているときに、名前と言われて、 とっさにそれを店のことだと思うのは不思議ではないでしょう。
小説では、こうです。 ●「你是不是叫An……」「Angelo……」「Angelo?」「是呀、Angelo、Michelangelo……」 (「あなたの名前はエン……」「アンジェロ」「アンジェロ?」 「そうさ、アンジェロ。マイクルアンジェロだ……」)
このシチュエーションのやりとりとしては、店の名のほうが自然であり、 画面が暗転して本編が終わったところから、 2人は名を告げあい、新しい愛が始まるのだと思って、私はいつも見ています。
PS. レストラン「ミケランジェロ」には、チャウチャウがバスルームに飾っていたのと そっくりの天使の絵が装飾に使ってありましたね。
BBS
| 2003年02月23日(日) |
日本語「ラベンダー」への疑問1(愛の告白) |
ちょっと気にかかることがあって、再び「ラベンダー」ネタです。
「ラベンダー」の日本版ノベライズは、内容を見ると、映画に忠実で、 映画をもとに小説としての解釈を加え、細部をふくらませてできたものではないかと思います。 ですから、映画を見てから読むと、自分の解釈と比べられる面白さがあります。
ただ、気になるところがいくつかあり、 ということは、小説というより映画の字幕への疑問かも知れませんが、 映画の解釈にも幾分関わってくると思うので、それをあげてみたいと思います。
大きく気になるところが2つ、ささいなことではあるが、どうかなと思うのが2つです。 まず、大きな疑問の1つ目は、これです。 �.侫薀鵐垢諒凖勅砲留悗如▲┘鵐献Д襪魯▲謄覆飽Δ鮃霰鬚掘� アテナはそれを受け入れなかったとなっているが、 アテナはエンジェルの告白を耳にしていないのではないか。
アテナが1度は愛の告白を聞きながら拒否したのか、そうでないのかは、 アテナの心理上、小さなことではないと思います。 映画では、天使が「でも失敗した。自分が泣くなんて」、そして続けて 「僕は」と言いかけたとき、汽車が入ってきて、 天使が「君に恋しているのかも」と言うのと同時に、アテナは汽車の方に顔を向けます。 振り返ったアテナは、 (字幕)「ダメ、気の迷いよ。あなたは天使、天国へ帰るのよ」 それを聞いて、エンジェルは泣き笑いの顔になります。
DVDの北京語(広東語はわからないので)と英語の字幕を見てみます。 ○不会的。你不会有事的。你是天使。你一定可以飛上天堂。 ▲No! You’ll be fine. You are an angel. You’ll go to heaven.
このNoは、愛の告白に対するものではなく、失敗して泣いて、 意気消沈しているように見える、エンジェルに対しての励ましではないでしょうか? アテナはエンジェルがなぜ辛そうなのか、誤解しているのです。
香港版の小説の方はこうなっています。その少し前から引用します。 ●我想……我可能……」正在説喜歓Athena的時候、突然有火車轟。 「不会、你不会有事的、你是天使啊、你一定可以回去的…… (「ぼくは……もしかしたら……」アテナを好きになった、と口に出したちょうどそのとき、 突然汽車の轟音が聞こえた。 「いいえ、大丈夫よ。あなたは天使でしょ、きっと天国に帰れる」)
エンジェルの最後の言葉は、アテナの耳には入っていないのだと思います。 それに、あの場面のアテナの反応は、そんな大事なことを聞いた表情ではありません。 無邪気すぎはしないでしょうか……
BBS
--------------------------------------------------- 日本語「ラベンダー」への疑問2(人間になる) - 2番目の疑問です。 �⊆崔罎膿蠎紊靴織┘鵐献Д襪蓮�日本語版では 「天に戻れなくても、普通の人間になって暮らすから心配しないで」と言います。 でも、オリジナルには「人間」になるという言葉はありません。
字幕は…… 「戻るのに失敗しても心配ないよ。普通の人間になってどこかで暮らすよ」
「普通の人間になる」としたのは、ラストの、 人間であるレストランのオーナーとの出会いを暗示するためでしょうか。
北京語と英語の字幕ではこうです。 ○如果我真的回不了天堂、你別担心。我只不過不[イ故]天使。 去了叧一個地方。 ▲If I don’t make it back, Don’t worry! I just won’t be an angel! I’ll go somewhere else! (もし本当に天に帰れなくても、心配しないで。天使じゃなくなるだけだから。 別の所に行くんだよ) 小説もほとんど同じで、「第二個地方(次の場所)」に行くだけだ、と言っています。
第一、もし、アテナと同じ人間になるのなら、 天に戻れないとしても、そう悲愴な気分になることもないような気がします。 アンドリューは死んで牡牛になりました。 エンジェルだって、何になるかわからないのです。 エンジェルは以前、チャウチャウに向かって、 死んでも他のものに生まれ変わるから全然悲しいことじゃない、 と言いましたけれど、アテナへの愛に目覚めた今のエンジェルには、 人間以外のものになるのは辛いことではないでしょうか。 ここは原語通り、「人間」と特定しない方が、オーナーとの関係についても 想像の余地ができていいような気がします。
ちなみに、エンジェルのこの言葉に対するアテナのせりふですが、 日本語では、「何言ってるの? 大丈夫よ」でした。 北京語・英語字幕は、 ○為甚麼? 你不会有事的。你一定可以返回天堂。 ▲You’ll be fine. You will go back.
つまり、駅でエンジェルが「君に恋しているのかも」と言ったあとの、 アテナのせりふと同じなのです。 このことからも、駅でのアテナは、エンジェルが天に帰れるかだけが問題だと思っていて、 エンジェルの愛の告白は、聞いていないと考えた方がいいのではないでしょうか。
BBS
| 2003年02月22日(土) |
「リターナー」特別上映(東京)●韓国でのCM撮影・現場報告 |
「リターナー」特別上映(東京)
文化庁メディア芸術祭の催しの一環として3月1日に、 東京・恵比寿ガーデンプレイス内の東京写真美術館で上映されると、 教えていただきました。 無料らしいです♪ 文化庁メディア芸術祭とは 「CG・ゲーム・web・インスタレーション等のデジタルアート作品や, アニメーション・マンガの優れた作品を顕彰する」催しとのことですが、 「リターナー」は、2002年度のデジタルアート/ノンインスタラクション部門のCG動画として 最終選考に残った関係での上映のようです。
関連サイト1 関連サイト2
韓国でのCM撮影・現場報告
台湾の雑誌記者による、韓国でのCM撮影現場のレポートです。 猛烈なスケジュールの中で、様々の仕事をこなしていたようですね。 王家衛プロデュース作とは「初恋」でしょう。日本映画はMisty」。新CDが「多苦都願意」。 この頃というのは、歌手から俳優への転換期と言えるのでしょうか。 結局、彼は香港型オールラウンド芸能人の道を選択しなかったことになります。 日本でのインタビューで、中途半端になるので歌はやめたと語っていますが、 彼の、歌への現在の思いや抱負、本当のところを知りたいものです。
*************
韓国美女がそばにいるというのに、金城武は眠くてたまらない。 その上、韓国人スタッフが周りでがやがやと話しても、彼は何ひとつわからない。 一晩でタケは少なくとも5,6ぺんは「えっ?」と聞き返している。 深夜、人様がぐっすり眠っている時間、タケは徹夜のCM撮影を耐えたあげく、 「お母さんのご飯が食べたいな」ともうろうと言い始めた。 要するに、彼は本当に眠くて仕方ないのだ。 両目とも三重まぶたになってしまった。 早朝4時、彼を見ると、眼が閉じかかかっているではないか。
このCMのために、タケはともかくも非常に真面目な仕事ぶりだったと言える。 夜8時に撮影を始めて、休まず昨日の朝8時まで。 その後、彼と相手役の女優はエスカレーターを何度行ったり来たりしたことか。 それもこれも都会のファンタスティックな感じを出すために。
韓国のディレクターとのコミュニケーションは、英語でだったが、 変わったアクセントで、日本人のようにクシャクシャッとした英語を話すので、 タケは全然聞き取れない。 それでも、仕事は完成したのだから大したものだ。 ディレクターは彼を「Very Good!」と称賛し、 タケは思ってもいなかったのでびっくりしたけど、やりとげた、という深い満足感も味わった。
最近タケは人気がうなぎ昇り、日本では記者が彼の名を挙げ、賞賛する。 映画の出演依頼は絶えず、すでに「ピックアップ・アーティスト」が撮影終了したほか、、 6本の映画が控えている。次の作品は香港での仕事で、王家衛プロデュースの新作。 例のごとく、王監督の映画は撮影が始まってみないと何をするのか、わからないが、 金城武は大変楽しみにしている。
さて、彼が「本業」と考えている歌の方は? 新アルバムはいつ出る? 彼は笑って、プロデューサーの陳昇が2週間関島に行ってしまったので、 今は「中断」しているのだと言った。 が、自分は引き続き作曲に励んでおり、今度のアルバムで発表するという。 日本での映画出演の予定は? とたずねると、 半分寝ているタケは、自分もはっきり知らないと答え、 マネジャーが、7月中には動き出すだろうと明かしてくれた。 (COLOR 1996年6月号/写真も)

| 2003年02月21日(金) |
「向左走、向右走」は今?(北京青年報)●顔の変化●RE:顔の変化 |
「向左走、向右走」は今?(北京青年報)
足跡をすっかり消してしまったかのような新作製作情報。 5月に公開という話もあり、いずれにしてももうすぐなのですから 黙って待っていればよいようなものですが……
今日の北京青年報に「撮影隊は今月25日に香港に移動する……」との記述が。 どこから移動? この前には「先日、台湾で撮影を開始したが、」とあるだけで、 古いニュース? とも思いましたが、 クランク・イン後、台湾から香港に移ると言われていたのは1月10日少し過ぎる頃。 実際に行ったのはそれより遅い時期(空港武目撃は17日)でした。 その後、大陸で撮影していたということだったし、よくわかりません。 とにかく、まだ撮影は続いているということでしょうか?
顔の変化
デビューから10年の間に、金城武の顔が変わってきているのは事実。 大きく変わるきっかけになったのは、 やはり「不夜城」と「神様、もう少しだけ」など、日本での仕事だと思います。 このときのイメージチェンジは、台湾でも非常に印象的だったようで、 日本では、それ以前のイメージをむしろ本来の金城武として懐かしむ向きもありますが、 あちらでは、ずっと肯定的に受け止めているように思われます。
1994年にアルバム「標準情人」を出し、自分のやりたいものに一歩近づいた頃から、 年齢的なこともありましょうが、顔つきが変わってきているように私には思えます。 この後、「偸偸的醉」「多苦都願意」とリリースする頃には、隣のお兄さん的雰囲気ながら、 よく見ると、輝くような若さの美があふれていて、捨て難い時期です。
その次の変わり目は97年頃かなと思っていたのですが、 この写真の表情、どこかで見たような気がしませんか?

服とか髪型とか、少し手を入れたら、「神様〜」撮影中の「啓吾」になりそう。 メイキングでこんな様子を何度か見ました。
でも、これは96年、韓国でマクスウェルのCMに出たときのなんですね。もっと早い。 前の年の秋以降、武はCDリリースのテンポを落とし、怒涛のように映画に出演しています。 結局、この年(96年)秋のアルバムを最後に、現在まで新CDリリースはありません。 人気はあったと思いますが、いわゆるアイドル人気は以前ほどではなかったのか、 人気投票でも、トップ10、あるいは20からも姿を消していたりします。 この撮影現場直撃の取材記事は、項を改めます。
RE:顔の変化
この項で、プラダ撮影が「不夜城」の前と書きましたが、それについて、 「不夜城」終了後、3月頃に撮影されたはず、とご指摘をいただきました。
春・夏のキャンペーンであり、彼の持つ雰囲気から 1998年初め頃、と思っていたのですが、10月の準備段階の話に引きずられ、 いつのまにか、この時期と思い込んでしまいました。 「不夜城」の撮影は12月12日に始まり、健一出演分の最後は2月5日、 このときにラストシーンのため、髪を切っていますから、 その後、プラダというのが妥当です。
とりあえず、プラダについての記述を外し、 時期がわかりましたら、それを考慮して書き直します。 これについて確かめる資料をご存じの方はどうかご教示ください。 また、これに限らず、誤りの訂正はぜひ、よろしくお願いいたします。 追加資料などもありがたく思います。
(ちなみに左下の花マークから、BBSに行けますので、 そちら、またはメールにてご連絡下さいませ)

| 2003年02月20日(木) |
「プラダ」イメージキャラクターの仕事 |
�犖�出された�瓮轡蝓璽此福�)として、 1998年のプラダ春・夏キャンペーンの仕事があります。 デザイナー、ミウッチャ・プラダがカーウァイの映画の金城武を気に入って、 起用につながったと言われています。 これは具体的な仕事に即、展開するものではありませんが、 武にとっては大きなステータス、イメージ形成に多大な影響を与えたでしょう。 「金城武個人網站」に、この仕事に関しての記事が載っていましたが、 このサイトは消滅してしまったようなので、ちょっと紹介しても……いいかと。
***************
優雅でシンプル、国際的で都会的センスのブランド、プラダは、 ずっと西洋人モデルをキャラクターとしてきた。 なぜ今年、わざわざアジア人をイメージ広告に起用したのか? 名デザイナー、ミウッチャ・プラダは、 注目を引くためでも、金城武の東洋的イメージを狙ったわけでもないと言う。 「プラダのイメージは国際性を持っており、国境を越えるものです。 重要だったのは、金城武には一種の非常に今日的な気質が備わっていて、 しかも品の良さが感じられること。 プラダのブランド精神にぴったり合っていたからです」
金城武のマネージャーであるヤウ・イーチュンは、 プラダはかなり以前から映画や資料を通して金城武を気に入っていたが、 直接連絡はなかった。 去年(1997)の9月になって初めて接触があり、すぐ話が成立したと語る。 「プラダは、心の内面の情緒まで表現できる『俳優』を使いたいと思っていたんです。 金城武が美形のアジア人顔だからというわけではなくて」
慎重を期するため、10月の準備段階で、カメラマンがわざわざアジアの地にやってきた。 金城武と会い、じかに彼を観察して、 どのような仕上がりにするか、よく検討するため、写真を撮って帰った。 武がローマに着くやいなや、カメラマン、ライティング、ヘアメイク、スタイリングの 国境を越えたプロのチームが直ちに集合、撮影にとりかかった。 そして7日間ぶっつづけの撮影の後、ようやく完成を見たのである。 「撮影の全プロセスは非常に印象深かった。 スタッフは大変なプロで完全な美を追求していました」 ヤウ・イーチュンはそう語る。
彼らはある閉鎖された工場を撮影場所に選んだ。 そして、廃棄され、湿気を含んで寒く、暗い感じを出すために すべての窓を黒幕でおおった。床に霧を吹き、 スモークをたいてぼんやりとした雰囲気を作り出した。
「今私たちが見る、どの広告も、すべて、100枚以上試し取りをして構図を決めていた」 とヤウは次のように説明する。 金城武が1つのポーズをとり、それを10数枚から20枚、まず撮ってみる。 現像ができると全員が集まり、構図や色調や光の具合、印象等々について意見をたたかわす。 絶えず修正を加え、どの要素もOKとなると、いよいよ本番だ。 1日に1、2シーンの撮影が1週間続いた。 そうしてついに、国際版ファッション誌で見られる、 あの8ページのイメージ広告が完成したのである。
現在日本で映画撮影中の金城武本人は、事務所を通してこう述べた。 「プラダのイメージキャラクターを務めたことは、ぼくにとっては大変面白い仕事だった。 俳優は生まれ持ったものだけでは演じられない。 絶えず様々な生活をしてみて経験を積み、 違う監督と仕事をして、そこから吸収することが必要だ」 「ぼくは必ずしもとんとん拍子に成功しなくたって構わないし、 特別大きなことを考えているわけでもない。仕事の過程が面白ければそれでいい。 人々が一緒になって1つの作品を作り上げるのは、実に達成感がある」

| 2003年02月19日(水) |
F4、金城武を目標に海外進出(星島日報) |
なかなか金城武本人のニュースは出ませんが、これは
<金城武が近年日本を中心に活躍、日韓両国で高い人気を得ていることから、 最近事務所を変え、正式に金城武と同じ「年代」所属となったF4も、 この先輩の両国での人気の助けを借り、積極的に海外進出をしていくという>
という話です。要するに、台湾の人気4人組、F4のニュースですが、 武の話も出てくるので、以下、かいつまんで。
*********
日本と韓国の市場で成功した金城武は台湾芸能人の最高位にあり、 先頃出演した自動車のCMのギャラは約1000万元と言われている。 が、最近心路社会福利基金会のためにCMをノーギャラで撮影、 進行中の日本での仕事を抜けることもいとわず、1日飛んで帰り、 子ども達と一緒にテレビCMと平面広告を撮影した。
今回は心路への2回目のボランティア出演で、新しい施設のための基金募集を援助するもの。 CMはまもなく台湾国内で放映される。
先日F4は、金城武が所属する年代マネジメント会社に正式に移籍、 前マネジャー江一朋は、引き継ぎは順調に済み、 F4が以後、ヤウ・イーチュン(金城武のマネジャー)の管轄下に入ることを明かした。 移籍後の予定は、やはり年代の先輩ジジ・リョンとの新作映画の撮影に入る。 今後も歌・映画・テレビの3方面での活動を続けながら、 日韓で成功を収めた大先輩金城武を目標とし、積極的に海外進出も図っていくという。
*********
すでにドラマ「流星花園」は現在韓国で放映中で好成績を収めており、 サントラやアルバムも売れ行きが良いそうです。 F4が全員年代の旗下に入るというのは少し前、報道されていましたね。

| 2003年02月18日(火) |
甘國亮の話(「恋する惑星」の頃) |
1995年のインタビューです。
<王家衛監督が、毎回出演俳優を選ぶのは、もちろん少しも気まぐれなんかじゃなくて、 彼は自分の勘と縁を大事にする。 それで、私は彼が「恋する惑星」の撮影にとりかかるとき、 1人の若い子を推薦した。 その子の名前はタケシ・カネシロという。(彼はタカシと発音しています)
王は初め彼を日本人だと思った。後になって日本人でないとわかったとき、 関係ない奴らが王に……関係ない奴というより、讒言(ざんげん)する奴だな、 あれやこれや言って、彼を使わないように勧めた。 広東語がだめだって言って。 私はそれを聞いて腹が立ってね。 それから何ヶ月か経って、やっと金城武は王の新作の出演者となったんだ。
演技の天分があるということはまれなことではない。 しかし、赤子のように純真な心を持つことは、 求めて得られるものではないと思っている。 金城武はその特技を持っていると思うよ。
当時、「恋する惑星」でこういうシーンがあった。 王家衛が金城武に、去っていくとき、眠ってるブリジット・リンのハイヒールを手にとって、 それを拭いてきれいにしてから出て行けるかと言った。 王は予想しなかったんだ、本番で、彼がまさかネクタイを持って、 こんなふうにハイヒールを拭いて出て行くなんてね。 思いもよらなかったし、指導もしなかった。 それで彼は思った……この俳優には心の内から発する感情があると。
その後、一度ならず彼が言ってたのを覚えてるよ、 「なぜ金馬奨で、香港の電影金像奨で、 金城武がノミネートされないんだ?」って。 彼が金城武に心中深く満足してたってことの証明だろう?
金城武は、これから変わっていくのか…… 香港の普通のアイドルのような方に行ってしまうのか、 あるいは一種、崩れたような感じになるのか、私にはわからない。 予想するのは難しい。若い人には無限の進む道があるから。 だが、私たちは、彼はそういう風にはならないでほしいと思う。 彼は本当に子どもだよ、とっても若い>

| 2003年02月17日(月) |
天使はなぜ舞い戻ったか?●見出されて次のステップへ・「恋する惑星」の場合 |
天使はなぜ舞い戻ったか?
映画「ラベンダー」は、なかなか日本に来ないのにしびれを切らし、 DVDで繰り返し見た上、小説まで熟読。ですから、 ようやく実現した日本公開も、大きなスクリーンで見たらどうだろう―― ぐらいの期待で見に行きました。 以後、3回見たわけですが、不思議ともう1回見てみたい、という気になるのです。 武の役としては、私は天使派よりミヤモト派ですが、 映画のあのテンポで、時間を登場人物たちと共有することで、 心が落ち着くというのでしょうか、柔らかくなって映画館を出てこられる気がします。
***
さて、もしあれがアテナの夢だったとしても、 天使自体、もともと夢のような存在ですから、彼はそれとして、いた、 と言うこともできると思います。 しかし、チャウチャウは? 現実の彼も同じような夢を見ていたのでしょうか? あの、「ディスカバリー・チャンネル」で世界旅行をしていたトウ夫人は?
トウ夫人は、実際にはアテナには何も言わなかったのかも知れません。 実は独身だということ、消せない恋の思い出があること…… アテナも、ちょっと俗物の、教室のお客としか受け止めてなかったかも知れない。 でも、トウ夫人の存在そのものが、知らず知らず発信していたものを アテナも無意識に感じていて、夢の中で、彼女の内面を理解したのではないか、 そんな気もします。気づかせてくれる夢の力。
***
武エンジェルは今回も、素晴らしい表情を何度も見せてくれますが、 最後に、空から舞い戻って口づけし、離れる一瞬、アテナを見るところが、 個人的に大変好きです(ほんとに一瞬ですが)。 香港のDerrickがHPリニューアル前に、「ラベンダー」のストーリーを、 彼自身の言葉で画像つきの短い物語にしてアップしてくれていました。 そこで、この最後のキスシーンを、 「エンジェルが空から戻ってきて、祝福のキスを送った」というように 表現していたのにハッとしたことがあります。
人を愛することを知ったエンジェルですが、その未練のために舞い戻ったと思うよりは、 別れは確かに辛いけれど、再び生きる力を取り戻したアテナに、 最後に祝福を送って帰っていったという方が、天使らしいと思いました。 ただの男に成り下がるのでなく、より深い愛に昇華したんだと解釈したとき、 私にとっての「ラベンダー」が、より納得できる物語になりました。 他の人は、また違うでしょう。 見る人それぞれに、そのような、解釈の余地を与えるだけのものを持っているから 単純そうに見えて、この映画は飽きないのかも。 Derrickが、またアップしてくれるといいんですけど。
***************
ところで、去年、雑誌「ViVi」が、 「リターナー」の武へのインタビュー記事をモノクロで1ページ掲載しましたが、 ここがWebページを持っていたのに今ごろ気がつきました。 文章は同じですが、写真が違うのですね♪〜 もし、まだご存じでなければ、こちら。
見出されて次のステップへ・「恋する惑星」の場合
誰か(それもその業界でしかるべき地位と実力を備えた人々)に見出されて―― と言うのは、「恋する惑星」もそうだからです。 時間が少し先に飛びますが、 自分が今あるのは王家衛監督のおかげ――と武自身が言うとおり、 重大な転機になったこの名作に抜擢されることになった理由については、 「……会った事もなかったんです。僕の写真を見ただけで突然「出ろ!」って言ってきた。 それも僕が話を聞いた時には、撮影まで1週間位しかない」 (「恋する惑星」パンフレット) この金城武の言葉がずっと流布していました。 本当に監督はそう言ったんでしょう。
しかし、実は人から薦められて決めたのだということを、 私が初めて読んだのは、暉峻創三によるインタビューです。 (『香港電影世界』1997)
「無数にいる新人の中で彼をどのようにして発見したのですか」という 質問に、王家衛は、香港のニュートン・ホテル・カウルーンの 喫茶店で甘國亮(カム・コクリョン)と話していたとき、 偶然、ホテルに泊まっていた金城武が姿を見せたと次のように語っています。
<ここで僕は『恋する惑星』に出演してもらう…新しい血の件で 彼に相談してたんだよ。そこにちょうど、金城武が 友だちとコーヒーを飲みにエレヴェーターで降りてきた。 彼も別の仕事で偶然このホテルに滞在してたんだ。 それを見た甘國亮が「あいつは素晴らしいぜ」って言う。 そこで僕は「OK、あいつでいこう」って言った>
撮影の始まる2,3週間前のことだったそうです。 甘國亮は、1954年生まれ(ちなみに王家衛は58年生まれ)、 俳優・脚本家・監督・プロデューサーとして多彩な活躍をする映画人で、 最近「パープル・ストーム」で久々に俳優に戻り、大変好評のようです。 王家衛が、インタビュアーの 「あなたにとっては親分である甘國亮ですね」との問いかけに答えて、 「いや親分ではない。師だ」と訂正するほどの人です。
その甘國亮本人が、そのあたりのことについて、 台湾のテレビで語っていますので、それを次の項に。

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