書きたいことがないとは言わないけれど、何も文字にできそうにない。 そんなことをいうために、これを開いたわけではないけれど。 心にあてた光はすぐに薄暗くなって見えなくなってしまうようだ。 何かを書き記すにしても、自分が何か成り切っていなければ出来ない事 のように思えてきた。 何かはっきりとしたスタンスというのだろうか、 視点をしっかりすえた根底がなくては言葉にならない気がする。 私が人と話しべたなのはそういうこともあるかもしれない。
口癖・・、表現癖というか、 〜のようなきがする、〜かもしれない 〜のだろうか。 そこから発展させる事もないまま、思考はストップする。 私の悪いクセ。 自分を知らなければという意味はこんなところにもあるの だろう。ここは断定して書ける・・。
友人を持つという事は、自分の意見を磨いていくための試練なのだと、 学生だった時に覚えそびれたんだなと思える。 自分にバリヤーをはって いた訳は、必死で隠しておきたいことがあったから。
誰も見ない日記だから、本当のことを書けるといいけれど、浮かんだと思ったら次には意識が誤魔化したがって消すというか、隠すというか、つかまらなくなる気がする。 そんな事を繰り返しながら、結局自分とは向き合う術をなくして生きているから、それを形として、部屋の乱雑さが物語る事はなはだしい。
最近疲れて夜は寝ぼけ眼というよりは、頭をたれて意識をなくしてすっと、眠りに入り込んでいるのに気がつくパターンを繰り返している。体調がよかった頃にそうだったように、すっと眠りに入る感覚は悪くない兆候か。
自分の本当がチラリと垣間見えた気がした。それをそのときにきちんと書き留めて置けばよかったのに、 今になると、勇気がうせる。
なんで勇気がないんだろう。また、なんで勇気がいるんだろう。誰も知りはしないのに、何を書こうと、書くまいと。 自分自身にさえ見栄を張っているわけか・・。そこがそもそもの、根本的な道の誤りね。
最後の一枚のクッキーを食べたら、何を書こうか。
ずっとずっと遡って、自分の歴史を辿らなければ。 眺めてみなければいけない。
| 2013年04月27日(土) |
感動を失っていくのかな |
仕事について2年めの春がきているわけだ。今年の4月の気候は、とくに寒暖の差が激しくて違和感を感じたと思う。
先月の家族行事も終えて、気分もほっとしたり、力を得たりした後は、ちょうど2連休が月初めにやってきて、部屋の模様替えをやっと、重い腰を上げて始めたりした。気候もよくなって、体も動かさないわけにはいかなかったし。 思いのほか部屋はこその場の流れで機能的な形が出来て、満足した。
毎日の片付けという作業は全く、自分の中にインプットされないままで生活をしてきた私。現実の中で何も成せないことと同じだった。
いまだにそれは続いていて、間抜けなミスを繰り返しては人から認めてもらえない人生が延々と続くのかもしれない。
変えたいのなら今すぐの努力だろう。 孤独であることに負けてひがんで、思考を放棄したようなクセに引きずられてきたことにも気がづく。
人と接する中での気疲れを嫌がって、自分の好き勝手にしてきた事。負い目を言い訳にしてきたこと。 これではいけない。周りの人がそう気づかせてくれる。 自己愛が強くて、その分だけ他人を嫌って、小さい頃から育ってきた気がする。
変われるかどうか、結果ばかりを気にしても仕方が無い。やれることをやっていくだけだろうと思う。 危ない事をしてはいけないけれど、出会いパーティーに参加することまで決めてしまった。
ちょうどゴールデンウィークの真っ最中という時期に、気持ちが動いてしまったし、春の出会いに思いを寄せてもいい時期ではないのかなと。
企画会社はたくさんのパターンを用意していて、中年同士の集まり、離婚経験者中心というものを、休みの日と相まって予約をとれたのだ。
ただ何事も経験だなと、時間つぶしもいいかな。 予定の無いままの5月連休で3日間も時間があるなんて・・。 先週職員旅行で岩国、広島へいったばかりなので、遠出も気が向かない。本来ならこの良い気候の時にどこかへいってもいいのだけれど。
あれは何年前になるのかな・・。まだみーこも生きていたし、前の仕事に就いてから2年目くらいの、もうずいぶん前のことと思う。 ありえないような偶然を体験して、その衝撃で初めて不眠とはこういう事かなんてしったりする。 いつも寺参りで降りる駅の正面。 その日 友達に誘われてたまたま待ち合わせする場所になる。 目的の場所はもっと先だったのに、たまたま友達がランチを食べたい店へ行くのに都合がよかったからだ。
車で迎えに来るその友達が来るまで、トイレを済ませることにした。出てくると駅の前には車を降りた友達と、もう一人、車から降りて道を尋ねている男性が二人だけ立っていた。
なぜ、こんなところで、偶然にその人が会うこともないはずの父親だったのだろうか。 姿を見るのはデパートで一度ある。もうそのときから何年だろう。やはり、10年近い時間だった。
8歳のときに父が家庭を捨てて、新しい人のところへと出て行った。 もう、戻ることはないんだと、なぜか本能的に理解していた。 そんな父に 鈍い怒りを燻らせながら、淋しい少女時代が過ぎていった。 会いたいとも思わなかったし、会えるとも思わなかった。会いたいのは7歳で出会ったかわいい恋人である弟のこと。父が連れ去った血を分けた兄弟だった。
21歳になって、母の知り合いの紹介で中学校の事務室で働く事が決まった。 すると、そこは、別れた愛しい弟が成長して通う中学だという事が判った。 父はPTA役員で頻繁に学校へ顔を出していた。 私のことを親戚の娘だと苦し紛れに人に告げるのを横で聞く。
1歳3ヶ月で別れた弟は14歳の少年になっていた。 どうしても話してみたくて、いとこなんだよとウソをついて、顔をみた。
LCCというものを知ってからは、常にその会社のサイトをチェックしていた。先月半ばに片道2480円というのが出ている。タイムセールでもあったらしく、異常な安さなので、思い切ってなじみの無いエアアジアで申し込んだ。帰りの時間が早朝なので、大変だろうなと覚悟もして。 確認メールが来なかったから、問い合わせのメールを送って、ちゃんとした返事は待っても来なかった。予約もなされていないものと勝手に思い込んでいて、今度は京都行きを迷った末に決めて、夜行バスも辛うじて取れた。高野山へ行ってみる計画を立てた。 すると、クレジットの請求で予約が成立していることがわかった。あわてて確認を取りたくても、あいにく土日をはさんでしまい、2日も遅れて連絡を取る事になってしまった。何度もwebサイトの中をあれこれと駆け巡って時間も費やしてしまう。出発の3日前にやっと予約番号の確認はとれて、東京行きが現実のものになる。 それまで京都のことで頭は固まっていたので、東京行きのあれこれを想像する時間が足りなくなってしまった。宙ぶらりな感じと、不慣れなLCC体験で無時に終えられるかノ心配で気持ちはハイに達する余裕がなかったせいで、着ていく服のことがおろそかになる。もうちょっと旅らしく、お気に入りの満足する格好がしたかったのと、少し前の大雪のイメージで寒さを想像していたのが空振りで、暑い事。 浮いた感じのダウンコートがダサかった。 安宿も3箇所みつけられたし、それぞれにリッチな感じが味わえたラッキーさではあったけど、おばさんの地を忘れる気力が足りない。もう年なんだなあ、ほんとにいよいよ。当たり前だけど。 一人旅なんてほんとは、50過ぎだらもうおかしいだろうと思っていたのに、そんな頃に、ちゃんとおばさまたちが宿に泊まっていたりして、平気になったようだ。たまたまだったんだろうけど。 何気ない出会いもあとあとにまで記憶に残り、形になっていくもの。それが人生そのものかもしれない・・。 相変わらず何もできず、何も残せず、これからも同じようにして、生きていくだけの私だろうと、つくづく現実の重みを実感できるそんな時期が訪れたようだ。 自分の顔 自分の思考能力 ずっと、ずっと何かの振りだけして、思い込みだけで生きてきたなあと思う。大人らしくも無い女らしくも無い、賢くもなければ、しっかりもしていなければ、人懐こくもなければ、ぼーっとして、いい気なだけの厄介者の自分がここにいる。
朝の新聞を開いて、いきなりの一面記事から兄の会社名が飛び込んでくる。いつもこんな状況を気にしていた。海外赴任の兄が被害にあわないかということを。 去年一度はサウジアラビアへいくとなっていたのが、幸いにもまた立消えで、今度は韓国へしばらく赴任という事になっている。 ホット胸をなでおろすが、兄の会社も大変だろうしその御家族の心配ははかりしれない。
神戸淡路の震災がおきたのがちょうど今日の日付だった。何事もなく朝を迎えられる事を信じたかった。 世界では今もどこかで人が争い、血を流している現実に改めて気がつかされる。 生きていられる事、無事でいられることを今、自分自身でどうとらえるつもりか。 ぼんやりしてなどいられないはず・・。
久しぶりにフルートを吹いてみた。この部屋では気が引けるので、歩いてもいける距離の市の施設の音楽室へと出かけた。 音はもうまともに練習もしないで長いけれど、始めたばかりの頃に比べれば、全然きれいな音がまだでせるので喜ぶ。 指が・・。左の中指と薬指の付け根の関節が壊れてしまっているのはもう元にはもどらないのかもしれない。仕事で常に力が加わっていた場所。曲がってしまった。使いすぎだった。ただでさえ仕事で僧なのに加えて、ギターひいたり、フルート吹いたりして、常にその部分を横に曲げていたから、リューマチの腫れとともに軟骨が磨り減ったのだ。
なんと12年前からもこのサイトを使わせてもらっているというのに、有り難いもんだ。途中の分をきれいに削除してしまうなんて、私らしいブレもここにある。実際のところは一度この日記はもう削除して、もうないはずだった。 忘れていた頃になってあるとき、ふとムーンリバーの歌詞を訳したものを検索したときに、なんと自分の、しかももうないはずの日記に書いていた訳詩が出てきてびっくり仰天。 リンクしてみたら繋がって全部ある。 やっぱりほとんどを消してから、また書き始める。
伊勢白山道というサイトを読み始めなかったら、こんなにブログに親しみも覚えないままで過ごしたかもしれない。 ネットで触れる言葉に命を感じること。一人だけでは深めることが簡単ではないかもしれない。
年明けしての連休というのが、今日が初めてだった。明日までのわずか2日間。これがもう30歳からのずっと当たり前のパターンなのだけど。その30歳というのが、もう22年も前のことなんだなあ・・。 1月も小正月という15日を迎えるとやっと、気持ちがほ〜っとするのも、体に染み付いた気分だと思う。
思いっきりぐっすり眠ったんだな。目が醒めたらまた、朝と勘違いしてしまった。得したといえば得だけど・・。
また、葉っぱが伸びてきた。おととしの冬に買ったシクラメンの小さな鉢。ずっと、緑が耐えないまま、過ぎてきた。土がいいのか、一緒に買った同じものは、とっくに終っているのに。何かが宿った感じがして不思議な気持ちでいつも眺めている。
みーこの命日は昨日で7回目を迎えた。 長いような短いような年月。 日曜の朝 お腹の辺りで眠っていたみーこの痙攣で目が醒めた。前の晩は とても冷えていたのに、ベットの中にも入らずに部屋の真ん中で眠っていたみーこだったものの、もちなおしてまだ大丈夫だと思い始めた矢先だったので何か起きるとは思えないまま、一緒に眠ったのだった。
大晦日は一人で過ごすには淋しすぎる。もう一人はきついと思う。若さがないのと、テレビが無いのと。
毎日掃除するのを仕事の一部として、楽な職場で過ごせた一年が終った。給食の仕事のような重労働と過酷な気温と向かい合う事もないのだ。 その分何か他にストレスはあるものだけど、生きて上で当たり前なだけのこと。
自分の部屋も掃除しないわけにはいかなくなる。平気で散らかして新年を迎える気にだけはなれない。玄関も床も拭いてさっぱり。 こんな気持ちのいいことなら普段からやっておけばいいんだと、感じながら、簡単に終える。 こんな流れの中で感謝の気持ちが流れ込む。 有り難い。ひたすらに。
それでも何もかもうまくいっているとはいえない。 何もかも考えたくないばかりになってすらいる。 自分の力で他者をどうこうするなんてこと、よく言ったものだ。オオミエを切るばかり。 自分のことを何とかしなきゃならないというのに。 幻想ごっこもできない。
母のところで手料理を食べる。買ってきた刺身用の魚の切り身はとろけるような柔らかさと甘さ。冬の魚は信じられないほどのおいしさだった。弟にも食べさせてやりたい。 彼はお金でなんだって好きなようにおいしいものも食べられる人。 貧乏な姉は面倒をかけるかもしれない厄介な存在にともすれば陥る代物にしかならない。 ちゃんと結婚して家庭を築いた成熟した姉として、関わるべきだった。 何もしてやれないのはこういう事なんだなあと今になってやっとわかった。
なんか、苦手な算数と数学の世界が果てしなく広がっていくような感覚を覚える。 両親と兄弟の歩いてきた歴史。 どう答えをみつけたらいいのか、さっぱりわからない。
ばかなんだろうけど、間違ったことしたのかもしれないけど、もうそれを後悔したり、責めたりしたくない。 すべてなるべくしてなった。自分の未熟な性格が望んだ行動だけど、反省はしつつも、卑下したりしたくない。
このまま図書館へ逃げ込んで またしっかり考えてみようといつも思う。そして、行けば絶対そんなことはしないというパターンを踏みにでかけようかな。
お金は使えないのにじっとしていたくはない気分。年の始めはいつも何かに後押しされてる気がする。
ミー子は年明けの一週間後に旅立ったんだな。 その年はほんとに寒かったのを思い出す。 やせ細ったミーこの姿を毎日眺めて辛い日々が続いていた。別れが近い予感が苦しくてたまらない日々。もうあれから、あさっての命日で7年になるんだな。
クリスマス近くなって寒さが本格化してきたようで、朝の出勤時には粉雪もお目見えして、これなら雪のクリスマスの景色が見られるかと喜んだけど、すぐにまた暖かい日がきてしまう。 もう少し驚きを強めてもよさそうな位に寒さはやさしくて、でももう慣れっこで・・、年末だというのも忘れているような私だと思う。 かろうじての窓拭きだけ。 掃除は嫌いだと思ってはいないけれど、固まったようにして、でかけることも考えられずにここにいたまたこんな休日で終ってしまった。 台所の天井の汚れはえらいことに。 私の怠慢のカルマが仕事のポカにぬうっと顔を出しているわけね。
少し落ち込むくらいに、少し本当に頭がおかしいんじゃないかと思うくらいに判断力がない。トンチンカンで、会話もイマイチ抜けていて。これで勤まるほど世の中甘いものじゃないぞと、容赦せずに脅し続けていく事を良しとしている人たちに苛められていくのがわかる。 持久戦の始まりが新年の始まりでもあるだろう。リーマンさんの言葉に従って、自分を見直して、改善していきたいと思うのが来年の抱負ということかな。
一年が終るんだなあ。あっという間。こんな風にしてまた一年もあっという間に過ぎてくれたら逆にうれしくてたまらない。無事に生きられた事を改めて感謝します。
思考能力はどんどん退化していくのではないか・・。何をするにも気合が入っていないから。 パッチワークで手先を使うのも 組み合わせを考えるのもおっくうだ。何かをしようという気持ちがおっくうだ。
両親ともに高齢まで、たゆまない努力を続けながら、健康と頭の活性を維持している姿を知っていて、この私は何をしているんだろう。
反省することばかりだ。 お酒もおいしくなって、ほんの少しをやめることが出来なくなりそうだ。 寂しさからか、不安からか、逃げの姿勢。リューマチの悪化も心配しないつもりか。 コンビニまでは出かけたい。外の空気を吸ってこようかな。
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