年齢のせいもあるのと来月からの身辺の変化を 控えているのとで 夏の開放感はちょっと感じられない。
若さがある時はあれもしたい、これもしようとか夢や期待という 光にきらめくのが夏のはずだったけどな。 孤独で辛くて寂しくて その分感性も鋭くて 夏に体を溶け込ませて街の中、ビルの中 華やかな 夏の服が並んでいるのを見て気持ちを高めたりした。
わたしにとってそれもあまり意味がない。 面倒で疲れるし夢がないんだよね。
この世のことも死ぬまで大事だけど あの世のことも興味がわく 次元という 表現のほうが相応しのか。
先祖供養とは、自分供養ではないのか・・。 生きているこの瞬間の自分をいたわることになるように わたしには思える。 死後の親 そのまた親・・。いつしか すべての親になるわけで・・。とりあえず何世代かの近いかった 人びとを忘れず思い出し感謝を捧げることの大事さなのか。
それはわかっている。 でも、もしかしたら 死んでしばらくの間 その人たちは違う次元において、まだ生きていたときの延長で 次の段階へ登るまでの営みがあるように思えてきた。 やっかいだな。 死んでまた親に再開してまた親子なのか?
受けると言う字の中に”心”が入ると愛と言う字ができる。 心を受け取る 受け入れることが"愛”だということに なるのか。
「give untie it hurts」
痛みを覚えるほどに与えること 傷つくまで与えること
マザーテレサの言葉があるけれど 本当に愛するということはそういうものなのだと。
与える前に その人を受け止める 受け入れるということが 先に存在するのかもしれないと思えるところがある。
何不自由なく現代社会の恩恵の中で、飢えも危険も知らないで 生きている私が 人に感謝をすることを忘れて愛を忘れて ただずんでいるなんて おかしいよね・・。
今の自分が実践する機会を終えたときに何が待っているんだろう 心の癖もこんな発想に出てくるし・・。
始まりはここにある肉体の私の心を受け入れることからかなあ。
愛だよ 愛 心を受けるんだよ 自分の! そしてそこから広げていくことだよ。
夏の香りはまたすぐ消えて またすっぽり蓋をかぶせたような 灰色の雲を眺めている
7月に入ったとはいえまだ梅雨そのもの 今の自分にはそれがちょうどお似合いの 感覚
今月は有給消化で5日休みが増える 退職金に ボーナスにそして最後の 給料日ということになる。
お金と暇がある時には若さはないって いうパターンにはまりそう。
職場の図書室へ通って1冊読み終えた 「愛は寿命をのばす 体を癒すラブパワー実証的研究」 医学博士 ディーン・オーニッシュ
以下引用=============== 食事やライフスタイルはたしかに大事だ。 しかし一番大きな力は愛と親密な関係がもつ 癒やしの力と それによってもたらされる感情的 精神的変化だろう =================
今の職場へ入った年の春 当時70才を超えたばかりの 父は大学の通信部へ入学している。 その父が 3年前に宮城支部のHPへコメントを投稿していた。
小さい頃に事情があって別れた父親である。
それで父のメールアドレスを知ってやり取りを始めた。 気になっているのは連れて行かれた弟のことだった けれど しばらく平静を装った。
東京本社へ行っていることを告げられて 気が焦った。 長崎にいるからそのうちに会おうとグズグズしていた 自分への後悔が押し寄せてくる。
しかも近くには 赤ちゃんのとき以来一度も会っていない 年の離れた兄が存在しているのだ。すぐに会わせたい。
半年前に私の この何十年間かの夢は実現した。
この愛しい弟が 試練を受けていた。これは思いもよらないこと だった。 何の不自由なく父とその新しい奥さんの家庭で 愛され 大事に育てられて エリートと呼ばれる道を歩んで 来た人。
子供心に年をとっている母親にどこか違和感を感じて本能的に 事実を悟っていたようだった。 うかつに戸籍まで目に触れさせた 父がいて 説明を強く拒否されショックだったに違いない。
反動的に無防備な結婚 悲惨すぎる相手 失った時間と財産
それから慢性の病気の苦労がやってくる。 彼は両親も伴侶も 不信のもとに愛情を手放し 一人で完治することのない病と 向き合っている。 唯一 自分の専門分野の研究をその道 一筋で好きでやれていること。
今 奇跡のように3人の兄姉弟が 出会うことができて 私がしてあげられることが”愛と親密な関係が持つ癒やしの 力”を使うことだろう。
今日は今月最後の休日 夏の匂いを追いかけて これまでの自分なら間違いなく 外へと出かけるところだったろう
私も若さをなくして坂道を転げ落ちて 行く反面 気持ちの中だけ変わらない ところを良くも悪しくも残している
この日記を始めたのが今の仕事に就く 直前の9月のこと 今から10年前に なろうとするところ その記念すべき10周年を目前にして また いつものパターンで職場を辞めることに なる。7月末で退職だ。
少しも変われない未熟でいい加減な自分 人を嫌って蔑んで その分同じようにして 人から疎まれる。
大人になろうとしない それをどこか 愛していたりする。
5月は私にとって これまでも大きな変化を 経験してきた月だと言えそうだ。
生まれた街に戻ってやりなしたのが5月 30才 体調を大きく低下させる経験も2年前の5月から
今年5月のそれは9日 頑なに辞めてなるものかと 踏ん張っていたものの 朝出勤前に突然頭の上から 降りてきたようにして 辞めて新しい生活を選択 することが自分のためであり 職場のためであると いう考えが湧いたと思ったら次の瞬間の決心は その後全く一度も変わることはなかった。
夢心地 現実離れの考えで動いたのは確かでも それを裏切るような失望にも出会うことなく 一ヶ月後のまた、9日に次の仕事に採用が決まった。
退職願を提出しその後東京へ行くかもしれないと とっておいた連休は職安へ職探しの下調べに行く。
思いがけずここはというところが出ていたので さっそく頼んでみる。
今と同じで 最初に惹かれた所へまず行ってみると すぐに受け入れてもらえるというパターン・・。 職探しの苦労からは免れることしか経験がない。
自慢になることでもなさそうだけど・・。 長続きしなかったんだから。定年までうまくいけば あと10年の日々があったのだが・・。人徳の問題 がひとつと 体の問題とがあった。
9日というと 祖父の月命日なので きっと 助けてくれたんだと勝手に想像して喜んでいる。
頼れるのは目に見えなくなったご先祖さまよ。 私はたった一人の甥っ子の先祖にはなれるんだなー。
9年前の今日から今の仕事の生活が始まった。 なぜか今年はこの日をとてもありがたい気持ち 安らいだ気持ちで迎えている。
これまではあわただしく何かに夢中だったり 必死だったりで余裕がなかった。 あと一年するときりのいい10周年が訪れる。
たぶんこれから新たな変化の時を迎えるはずだ。 仕事の面でも 何もかも。
職場のこと全般において相変わらず ぱっとしない自分がここにいるな。
精進を心がけるしかない・・けど。
今日のこの記念日の時に 少し静かに反省してみたら? この日記はちょうどその頃にはじめたものだ。
久しぶりに運転した 小1時間位で 耳納連山と呼ばれる緑の山の裾野に着く。 自分のアパートのある街の喧騒から離れて 緑を目にするとほ〜っと息が深くなるものだ。
心の中で言葉が流れる 目を閉じた闇の中から声が聞こえる
どこから生まれて どこへ流れる
光のもとへ帰りたい
もうすぐ 今年もさようなら そして別れは始まりの合図となる
何も終わらず 何も始まらず
命は形を変えて 楽しげに踊っているだけ
失うことを恐れて 得ることに夢中になる
誰かがそう教えるからか
人がこの世界に生れ落ちたということは ただそれだけでは 何も出来ないから
できるのは呼吸だけ
体を包む衣 母の乳 人の暖かいまなざしがいる
それを守るためにまた 人は命を賭して 奪い合いをし その中から
生み出してきたものが文明 歴史というもの これからも ずっと そうなんだろうか・・
あの頃 5年前の自爆テロ事件に 今年はまたスポットをあてた映画が いくつか公開されていて 改めて 思い出す
今年の春に ニューヨークへ5日間滞在して その場所へ行ってみたりした。 ビル街のなかに、広々と ぽっかりと空いた地面があった。 金網で囲われたその場所を 遠目で 眺め見下ろしながら 何を思ったろう・・
その当時の混乱は もちろん もう 鳴りをひそめて、感じられることはない。 そこに立っていて 変わらぬ日常の流れ があるだけ
また より高いビルが2年後にできるらしい。 完成デザイン画も掲げられていたけど、 私は違和感をおぼえた。
力を持つ国が すること していること 貧しい国が していること されていること
人間の日常の生活の中で 起きている諸々の 出来事の拡大が 国際問題として あぶりだされ ているというか・・すべてのことは合わせ鏡
自分のこと 自分が過ごす日常は この地球の 出来事の雛型
今日も 意地を張り合って 人を妬んだり 憎んだりする自分が生きている
その一方では 気に入るものを愛したり 慈しんだりする自分
それらが 呼吸をするのと同じごとく 吸っては吐き 一対となって存在しているのだ。
昨日はニューヨークの衝撃的なテロ事件も知らずに 早々と寝ていた私
朝からテレビにくぎ付けで見入ってしまった ビルが燃えているのが映画ではないことを 理解するのに時間を要した そのあとは 凍りついた
暗いニュースが続いてショックだ 大変な被害を受けてしまったものだ
胸がつまってしまう
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