頑張れ!小さな個人店 - 2011年03月17日(木) 震災後、外食を控えている人はかなりの数に上ると思われる。 そういう中でTwitterとかで「このままでは外食産業がダメになる!」とかと叫んでいる人達がいるが、当面はこういう状況が続くのは必定で、外食=不謹慎だなんて思っている人は彼らが考えている以上に少ないはず。しかし、心情的にちょっと控えなければ・・・と思っている。 また、外食産業がダメになる!問屋もダメになる!生産者もダメにある!という書き込みも何度も見たが、当然連鎖反応でそうなることも予測される。でも、こういう状況が一ヶ月も二ヶ月も続いている訳ではないし、まだ一週間だよ。少しの間はこのまま推移していき、次第に客足も戻ってくる。 ただ、思うのは以前のように大手やチェーン店に行っていた客が小さな個人店に流れるのではないかと思っている。やれクーポンだ、飲み放題だ!なにがサービスだ!って飲食店本来の立ち位置から外れてしまったところでの集客ばかり。それに釣られて客はそういう店に流れるようになってしまって久しいが、ここでもう一度原点に返って考えてみることも必要なのではなかろうか? 誤解して欲しくないのは、何も大手やチェーン店がなくなれと言っている訳ではない。これまでそういう店に押され気味で元気のない小さなお店に立ち直って欲しいという思いからのことである。 個人店の良さは沢山あるんだよね。 絶対に大手には出来ないことが沢山ありながらそれを忘れてしまい、大手の競合店が出来たからダメになった・・・とか、勝てる訳のない価格競争に走ってしまったり・・・。でも、そんなことで争わなくても十分に勝てる要素を沢山持っていることに気付いて欲しい。 それはお客様との距離感。 店と客との距離はそういう店に比べたら断然に近いのである。そして客同士の距離感も然り。こういう時だから誰かと話したい・・・、人の温もりが欲しい・・・そう思っている人は多いはず。そういう時に小さな個人店がその役割を果たせるのではと思う。 昔からこういう店では人生を学んだり、酒の嗜み方なんかも学んだりすることが出来た。直接的に役立つことは少なくても、何かの時に間接的に役立ったことは多かった。また、仕事帰りにその店の暖簾を潜ると一日の疲れが吹っ飛んでしまうくらいの女将の笑顔や、美味しい料理があった。プロの料理人が良い食材を使って作ったものは美味しくて当たり前。でも、こういう店の家庭料理っぽい味は心を癒すものを持っている。 正直言ってチェーン店の居酒屋とかで不必要なくらいに飾り付けられた創作料理なんて美味しいと感じたことはない。でも、店のオバちゃんが作った芋の煮っ転がしや温かいご飯と味噌汁に何度癒されたことか。大手の定食屋で同じものを食べてもそういう気持ちにはなれない。 そこには「心」や「温もり」がないから・・・。 そして、上っ面の薄っぺらい言葉ではなく、心の奥底から発せられる言葉があるから・・・。 「いらっしゃいませ」のひと言を採ってみても同じで、耳から同じ言葉が入ってきても頭の中に響くものが全く違うんだよね。片方は直ぐに消えて行き、もう片方はいつまでも消えずに残っている。 私は個人経営の店しか引き受けないのには訳がある。 会議室でのプレゼンではなく、ビジネスライクに片付ける打合せではなく、膝と膝がくっ付くくらいの距離感で、互いに喜怒哀楽を出しながら話しをしたいから・・・。事務的処理ではなく人間対人間のお付き合いをしていきたいからである。 そういうお店って絶対にこういう時に求められるんだと思う。 だから頑張って欲しいと願うメッセージなんです。 - 被災者なのに・・・ - 2011年03月16日(水) 今日からこの日記を再開しようと思う。 そう思ったのには訳がある・・・。 先ほど、地震直後以来5日半振りに前妻と電話で話すことが出来た。いつものように明るく元気な声で安心したのだが、そういう風に育ったのは彼女の両親のお蔭である。言葉は悪いが、いつもあっけらかんとしているとしか思えない振る舞いや言動。 そう、常に前向き思想なのである。何事も決して後ろ向きには捉えない考え方には驚かされる。今回の震災に関しても直接の被災者であるが、驚くほど前向きな考え方・・・。 義父は屋根に登って補修工事をやろうと思っていたそうだが、翌日の方が天気が良さそうだからと止めたとのこと。そう考えた直後に地震が起こったとのことで、「地震が来て梯子が外れたら屋根から降りれなかったよな〜」言っていたそうだが、地震の揺れで自らが屋根から落ちるということを心配するのではなく、梯子が外れたら降りれないと考えるなんて・・・。 義母は津波の被害のあった海岸近くの家庭菜園の畑に野菜を採りに行こうかと思っていたそうだが、何故か思い直したそうで、「あの時、畑に行っていたら大根と一緒に流されたかもね」と。(不謹慎な言い方かもしれませんが、被災者自らの言葉なので御容赦下さい) 何もなかったから・・・、助かったから・・・ということもあろうが、常にこうやって前向きに考える姿勢はその娘である前妻にも継承され、彼女もいつも両親同様に前向きであった。 地震で買ったばかりの大型テレビの液晶が壊れたそうだが、それで落ち込むでもなく、ひょっしたらその内に映るかもね・・・と。 happy- go- lucky 彼女のモットーだ。 私もその姿勢に何度も何度も助けられた。 そして、今日は本当はこっちが助けてあげなければならない立場なのに、彼女の言葉や両親の話しを聞いて逆にこちらが勇気をもらってしまう結果となってしまったのである。 テレビとかでも被災者の方が前向き。 そう報じているところも多々あったし、本当は逆の立場でなければならない我々はもっと姿勢を正し、前向きにチャレンジして行かなければならないのかもしれない。 だって、被災者が前向きなのだから・・・。 - 大震災 - 2011年03月11日(金) あまりの惨事に言葉が出ない・・・。 ここで何を綴れば良いのかもわからない・・・。 少し、落ち着くまでは更新を控えることも考えている。 -
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