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2023年07月28日(金)
かつて女子大生ブームを巻き起こした伝説のフジテレビ深夜番組 「オールナイトフジ」が、2023年4月から「オールナイトフジコ」として 約32年ぶりに金曜日深夜枠で復活しているが、ほとんど話題になっていない。 今日のように仕事が忙しくて遅く帰った日、テレビを点けっぱなしにしていると 始まるので途中までつい観てしまうこともあるが、正直全然面白くないし はっきり言って電波の無駄遣い、なんでこんなつまらない番組を垂れ流すんだ? 昔のオールナイトフジは自分が大学生の頃に始まったのでドンピシャ世代。 中学時代の同級生がオールナイターズだったし、自分が大学1年の時、 4年生だった超美人の先輩もオールナイターずだったので 土曜の深夜は必ずと言っていいほど観ていたが、今やっている オールナイトフジコは、あの頃とは全く違うくだらない番組だ。 このオールナイトフジコだけでなく、フジテレビ深夜枠は 完全に死んだという証明になっているような、ほんとつまらない番組だ。
思い返せば1990年代前後のフジテレビ深夜枠は実験的かつ 挑戦的な番組が多く、どの番組も面白かった。 1991年にはクイズ番組として異例の深夜枠で「カルトQ」が放送され、 「ブラックミュージック」「B級映画」「ポップアート」「ラーメン」といった それぞれのテーマに長けたツワモノたちが集まり、そのとんでもない知識量で 視聴者を置いてけぼりにし圧倒した。 こうした深夜番組帯は「JOCX-TV2(後にJOCX-TV+などに変更)」と総称され、 フジテレビが1987年から1996年の間に使用。 番組が始まる前、脚の生えたテレビがガシャガシャ歩いて 「どんばんは、よなかんばって。」と言うアイキャッチが懐かしい。 「カルトQ」だけでなく、当時のフジテレビ深夜に放送されていた番組は 実に衝撃的な内容が多く、今でも観たいと思えるものばかりだ。
電子音声やCGで描かれた脳など当時としてはインパクトある オープニングが採用された1989年に放送されたクイズ番組「IQエンジン」 この番組では一般的なクイズ番組で重要視される知識・記憶などは あまり必要とされず、トンチや機転など「頭の体操」のような ヒネリの入った問題が多いのが特徴的だった。 明確な司会や解答者は存在せず、視聴者に対してアニメやドラマ仕立ての 問題VTRが12問ほど出題され、シンキングタイム前に 「こんなことがありえるのだろうか…?」など疑問を投げかけられるが、 数秒後の答えに「やられたーっ!」と白旗を上げることが度々あり 観ていて刺激的な番組だった。 これらVTRでドラマや声を演じたのが、筧利夫や大高洋夫が所属していた 劇団「第三舞台」で、週により「ドラゴンクエストっぽい」ものから 「インディ・ジョーンズっぽい」ものなどバラエティに富んだ演出で クイズ番組でありながら、答えを知った後でも何度も 録画したビデオを見返すほど面白かった。 「地球最後の男がいる部屋をノックしたのは誰?」とか 「三人の死刑囚と帽子」とか何度、答えを聞いても今だ難問だったように思う。 当時ベストセラーとなった多湖輝による「頭の体操」シリーズをベースに 作られていて、当初は同著を参考にした出題だったが、後半は視聴者からも 問題を募集し、ある意味で今では珍しい視聴者参加型クイズ番組でもあった。
作曲家・服部克久氏の名曲「夕陽」を使用し、まるで教養番組のような 雰囲気の1990年に放送された「カノッサの屈辱」は秀逸な深夜番組だった。 俳優の仲谷昇が番組の案内人「教授」役に扮し、視聴者を生徒に見立てながら 日本の流行や文化を歴史上の出来事に当てはめ講義(紹介)をする。 ちなみに仲谷教授による冒頭の決まり文句 「やぁ皆さん、私の研究室へようこそ」は当時いくつかのバラエティ番組で パロディ化されるほどの認知度を誇った。 講義テーマは「アイスクリーム」や「ニューミュージック」など多岐に渡り、 内容に沿うよう西太后を模した松任谷由実の肖像画を 歴史資料のように作る徹底ぶり。 1991年3月に同番組が終了した後に番組で使用した小道具などを展示する 「カノッサの屈辱展」が開催され、多くの人が足を運んだが、 これらの作り込みの細かさや完成度の高さにはかなり驚いた。 また、番組ではテーマに対しての史実のチョイスも面白かった。 例えば日本のホテル文化を取り上げた第1回放送「ホテル四大文明」では 帝国ホテルを有する日比谷を「日比谷エジプト文明」とし、 移転前の都庁や国会議事堂などの存在を「肥沃な三ケ(日)月地帯」と 称することでエジプト文明に関連付けて解説。 また当時のお笑いを戦国武将に当てはめた際には、上杉謙紳助(島田紳助)や ドリフターズのギャグを称して「東村山文化」などダジャレもてんこ盛りだった。 特に印象的だったのが「コミック新大陸の発見と争奪」の回で集英社を 「大集英帝国(大英帝国)」小学館帝国の船(雑誌)を 「サンデー・マリア(サンタマリア)号」に見立てた時だ。 さらに大人向けの「淫画(インカ)帝国」や少年誌に登場したラブコメ路線を 「マゼランブコメ(マゼラン)海峡」に例えるなど、 思わず「やられた!」と笑ってしまうほど本当に各回とも秀逸すぎる内容だった。
1992年10月より半年間放送された「征服王」も今では考えられないほど大がかり。 同番組はバルバリア大陸の覇権をめぐり、プレイヤーが スパルキアとガイアスの二国家に別れて戦う「対戦型シュミレーションゲーム」を 1時間かけてプレイするというもの。 両陣営には同額の軍資金が与えられ、軽装歩兵などのユニットを購入し 配置させゲーム開始と同時に互いの布陣が分かるという仕様だ。 ユニットにはそれぞれ戦闘力や移動力が割り振られており、 高額なユニットほど性能は高いが合計戦闘力や地形効果などにより 格上を倒すことも可能。 さらに途中から導入した「伏兵」により、最後まで勝敗が分からないなど 作り込まれたゲーム内容だった。 とはいえ、本番組で一番の魅力と言えば、実際に作られたバトルフィールドで 甲冑姿の人間を駒のように動かす、いわば「人間将棋」を模した 大掛かりなスタジオセットに他ならない。
「5年後」も好きだった番組だ。 あるジャンルの商品がこれから5年の間にどう発展・変化していくかを 今から5年後の時代設定で振り返っていくという趣旨だった。 覚えてるのは「ハイビジョンテレビ」の回で、画面比が16:9と 従来テレビより横長になるため、全日本プロレスが横長のリングを開発して 更なる人気を高めた一方、テニスは縦長のコートを映すため 左右に余分なスペースができてしまい衰退したといった話や、 高画質化するためテレビ番組のセットも、ごまかしが効かなくなって 美術費が高騰したり、八代亜紀のようや厚化粧の芸能人は人気が低下したという、 どこまで本人に許諾を取ったのだろうと、こっちが思わせるようなくだりもあった。
フジの深夜番組のオープニング帯番組だったマルイ提供の 「チキチキ・バンバン」も懐かしい。 チーム戦で「逃走中」みたいな格好で町中のミッションを クリアしていくみたいな番組で、参加したいなぁと思いながら観ていたっけ。 そのあとに「rooms」という番組になって、マルイの家具で統一された オシャレ感溢れる部屋紹介番組になった記憶。 そういえば「逃走中」も最初は深夜帯だったし「トリビアの泉」も深夜枠だった。
あとフジ深夜の伝説の番組と言えばB21スペシャルの「1or8」 {デビ珍・ 珍道中」が面白かった。 ソープランドのマットに乗って多摩川を下り海まで出るとか面白すぎた。 ヒロミのロケット花火の事故が無ければ…と思う。
さらに、この時期は深夜ドラマも秀逸なものが多く、 三姉妹のドタバタな日常をまるでアドリブで演じたような 「やっぱり猫が好き」や、豊川悦司と武田真治の出世作「NIGHT HEAD」なども 面白いし、「世にも奇妙な物語」の原型番組だった「奇妙な出来事」も 不思議な感じで少し怖くて面白かった。
あと好きだったのは毎週放送ではなかったが「The Debate」 2チームが題目に対して肯定側と否定側に分かれてディベートを行い、 後半でその立場を入れ替えて再度ディベートをし、どちらの討論能力が 優れていたかを審査員がジャッジするもの。 それと英国のブックメーカーをヒントにした「TVブックメーカー」や 1969年〜1989年のうちのある年を取り上げ、その年にリリースされた歌謡曲を その年の映像をバックに30分間流し続けるだけの「19XX」や 「マーケティング天国」「第8法廷」「アインシュタイン」「地理B」など 当時のフジテレビ深夜枠は趣向を凝らした様々な番組ばかりで本当に魅力的だった。
レギュラー番組ではなかったが定期的に放送していた「出たMONO勝負」という 深夜通販番組でホンダのマクラーレンF1が売られていた時は驚いた。 まだバブルの名残があった時代だからね。だけど買った人いたのか? 当時はF1中継もフジ深夜枠だったので、ほんとよく観ていた。
当時の深夜番組は本当に「子供が寝ている深夜だからこそできる大人のテレビ」 という感じだったので興味ある番組だらけだ。 正直、ギリギリを通り越した番組もあったのも事実だが、 それもまた時代だったんだろう。 しかし今は深夜帯ですらコンプライアンスを求められる時代。 そりゃ、テレビなんてオワコンだよな。 いったい、いつから深夜帯がつまらなくなったんだろう? 時代を見ると1997年にフジテレビは河田町からお台場へ移転して ダメになったのではないかと思う。 やっぱり新宿へ行くのと、お台場へ行くのでは社員のモチベーションも違うのかも。 フジテレビが、そして日本のテレビ局が「何か新しくて面白い事をやってやる」 という「気概」と、その為には「資金も人材も惜しみ無く投入する」という 「余裕」が在った本当に良き時代だった。 「気概」も「余裕」も失った日本のテレビ局の状況は、正に 「先進国から滑り落ちる寸前」までに落ちぶれた日本国の象徴かもしれない。
ダラダラと長く書いていたら点けっぱなしテレビから流れていた オールナイトフジコが終わった。 何をやっていたか全然、記憶に残らない、やっぱつまらん番組だった。
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