Web Masterの日記



6月終了

2023年06月30日(金)

今日で6月も終わり。
祝日がなかったせいか6月は長く感じた。
しかも、何気に忙しかったし。
結局、6月の売り上げはコロナ前の2019年6月とほぼ同じくらいで
昨年12月とも同じくらいだった。
サラリーマンの団体予約は未だ少ないが、少人数の予約は入るようになったし、
それよりもコロナ前には考えられなかったほどの外国人観光客、インバウンドの
来店が毎日のようにあり、ほんと毎日忙しい6月だった。
外国人客、特に6月に多かった欧米系の人達は日本人と違い、シェアをほとんどしない。
いろんなお好み焼き頼んでみんなでシェアして食べる文化ではないようで
1人1枚を頼んで食べる。鉄板焼きや焼きそばはほとんど頼まず
とにかくお好み焼きを食べにやってくる。
なので6月は外国人客の来店を予想して毎日、粉を多めに作るようにした。
ちなみにインバウンド客のほとんどはクレジットカード払いなので、
6月の売り上げは現金よりカード払いの方が多い状況になった。
昨日はシズラーが率いる団体で貸切営業し、かなりの金額を使ってくれて
嬉しい現金払いで1日の売り上げは6月で最高の日だった。

6月が終わったということは今年も残り半分になったということか。
なんかアッという間だな。
残り半分もアッという間に過ぎて来年になるんだろうな。
その前に今年いっぱいでチームも解散。
人生の半分以上も費やした34年に渡る草野球人生も残りわずかとなった。
明日の天候が不安だが日曜の試合は大丈夫だろうか?
火曜日くらいには左アキレス腱痛もだいぶ良くなっていたが
水曜日以降が忙しくて立ちっぱなしだったので今はまた痛みが再発している。
昨日なんて歩くのもツライくらい痛かった。
なかなか安静にできる時がないんだよな…。


梅雨?

2023年06月28日(水)

今日も暑かった。
夕方から雨が降る予報だったが結局、降らず。
夜は蒸し暑さ全開で梅雨はどこ行った?って感じ。
そういえば昨年も6月6日に梅雨入りしたが雨が少なく逆に真夏日ばかり。
6月下旬には観測史上初めての5日連続真夏日もあり、
6月27日に観測史上最速の梅雨明けが発表された。
その後、梅雨明けは7月23日に訂正されたので最速記録は取り消しになったが、
昨年は極端に雨の少ない梅雨だったっけ。
今年は6月8日に梅雨入りしたけど、今後どうなるかな?
沖縄は既に梅雨明けしているが、本州の梅雨はこれからが本番だと思う。
気持ち的には雨は少ない方がいいけど、あまり降らないと野菜が高騰してしまう。
水不足も心配になるし、やっぱ梅雨期間中は適度に降った方がいいのかね。
とりあえず今週末の試合の日は降らないでほしいけど。


逆戻り

2023年06月26日(月)

日曜日に約1ヶ月振りの試合。
前回の試合が5月28日で、本来なら6月4日、11日と3週連戦だった。
しかし台風2号の影響で江戸川が氾濫しグランドが全面冠水。
グランド復旧まで時間がかかり、6月4日も11日も中止となってしまった。
まぁ、5月28日の試合で、左足のアキレス腱炎および左足ふくらはぎの肉離れを
起こしていた自分にとっても、同じく足を負傷したヒデオやヤマチャンもいて
チームは野戦病院化していたので、この2試合の中止は正直、助かった。
6月18日は試合予定がなかったので、丸々1ヶ月、試合から遠ざかった。
その間に誕生日を迎え年齢はチーム初の60歳となり、
そして負傷した左足も順調に回復して、なんとか間に合った感じだった。
だけど違和感はあった。
1打席目、一塁前に小フライ。一塁手が前進したが捕れずに内野安打で出塁。
アウトにならないよう一生懸命、一塁に走った。
その時、その違和感はさらに大きくなった。
2打席目はショートゴロだったが相手ショートがエラー、
やはりアウトにならないよう全力で一塁へ走った時、左アキレス腱が悲鳴を上げた。
前の試合後、医者でアキレス腱の一番痛い箇所にステロイド注射をしてもらい
痛みが無くなっていたが、再び同じような痛みが左アキレス腱に発生。
その後は痛くてまともに歩けず、約1ヶ月前と同じビッコを引く状態。
やはり完治していない状態での全力疾走はダメだった。
また1ヶ月前に逆戻りしてしまった。
不幸中の幸いは左ふくらはぎはとりあえず無事。
痛いのは左アキレス腱のみ。
1ヶ月前は試合翌日に痛みが増して医者に行って注射を打ってもらったが、
今回は試合翌日でも1ヶ月前ほどの痛みは出ていないのも幸い。
ただ、左を庇って歩いているせいか、右のアキレス腱にも変な違和感はあるけど。
次の日曜も試合だが、なんとか走れるくらいに回復してほしい。
もう年だから無理なお願いだと分かっているけど…。


銀座にオーケー

2023年06月23日(金)

かなり衝撃的なニュースだ。
なんと今年の秋、銀座にディスカウントスーパーのオーケーストアが進出する。
場所は元プランタン銀座、今はマロニエゲートの地下1階と2階。
売り場総面積600坪の大型スーパーになる。
今まで銀座といえばデパートやブランド店だった。
日本一高い地価のため家賃も他の地域に比べて高くなる。
なので客単価の低いスーパーが出店するなんて考えられなかった。
しかし、ここ数年の間に銀座にもマンションが建ち、住民も増えた。
銀座の隣の晴海や勝どき、月島などは高層マンション群が立ち並び
多くの人が住んでいるが、晴海にも勝どきにも月島にも大型スーパーはない。
なので、その近辺の人も買い物に来ると考えたら勝算ありの進出だろう。
さらに銀座、有楽町、日比谷界隈の飲食店が仕入れに訪れるだろうから
想像以上に多くの人が待ち望んでいたのかもしれない。
マロニエゲートは1階から4階がユニクロで5階はGUが入っている。
さらにその上には100均のダイソーの大型店舗。
以前はニトリも入っていたので銀座の地に庶民的な商業ビルだ。
近くにはハンズやロフト、無印良品もある。
オープンする秋には混雑しそうだ。

地元にもオーケーはあるが、他のスーパーに比べるとかなり安い。
会員になるとさらに安く買えるので、最近は店舗数も激増している。
銀座にオープンしたら野菜の仕入れには最適かも。
昔から銀座の街を知っているが、時代とともにどんどん変化している。
だけど、庶民的なスーパーの進出は全くの予想外だったな。
もちろん否定的ではなく、むしろオープンが楽しみなくらいだ。


外国人来店の謎

2023年06月21日(水)

60歳と2日経ったが特に何も変わったことはない。
今日も開店と同時に外国人観光客6人組(アジア系)の来店があった。
しかも開店15分くらい前から店の前で開店するのを待っていた。
その後も外国人の親子(欧州系)の来店が続いた。
ほんと毎日、外国人の来店があり、国籍も多種多様。
コロナ前でも、こんなに外国人が来店することはなかったのに
一体、どこでどうしてこんなに外国人が来店するのか、その謎が知りたい。
明らかに飛び込みでの来店ではなく、最初からうちの店に来ることが目的のようだ。
まぁ、銀座で同じ業種の飲食店は、うちの店を入れて2店舗しかないし、
まして自分自身で焼くスタイルの店はうちの店だけしかない。
そうなると、それが目的なら必然的にうちの店に来店することになる。
ただ、なぜうちの店がそうゆうスタイルだということを海外の人が知っているのか?
特に海外向けに宣伝なんてしたこともない。
やっぱ今の時代、TwitterゃInstagramなどのSNSで拡散されているのかな?
4月以降、サラリーマンの来店数より圧倒的に外国人の来店数の方が多い。
この現象、いつまで続くのだろう?
とりあえず外国語メニューの部数を倍増させたけど、外国人の来店があるたび、
自分の英語力の無さにガッカリしてしまう。


60歳

2023年06月19日(月)

「40、50は鼻垂れ小僧。
60、70は働き盛り。
90になってお迎えが来たら
100迄待てと追い返せ」

これは、かの有名な渋沢栄一の御言葉。
そっか、まだ60歳になったばかり。
あと20年は働き盛りじゃないか。
ならば、一丁頑張って働くしかないか。

ついに本日60歳になってしまった。
ハッピーバースデー俺。
60歳、還暦…って初老、シニア世代、じいさん、ジジイ…なのは分かっているし
肉体も確実に老いているのは認めるけどさ、精神年齢と気持ちだけは
今だに20代のままで成長が止まっている感じがして仕方がない。
なので、自分はまだ60過ぎても鼻垂れ小僧かもね。

60歳といえば定年退職。
国家公務員の定年は、国家公務員法第81条の2第2項に規定されており、
原則60歳になっている。
具体的には60歳に達した日以後における最初の3月31日が定年退職日になる。
しかし、自分の職業に定年はない。
実際、父は90歳まで現役だった。
ということは、あと30年も働かなくてはならないのか?!
まぁ、老けるってことは細胞が歳をとることであって、
魂が老けるワケではないということだ。

日本は世界一の長寿国で平均寿命が伸びていて「人生100年」と言ってるが、
実際のところってどうなんだろうか?
今のところ、うちの店で100歳ぐらいの人が元気に焼酎やビールがぶ飲みして
沢山、お好み焼き食べているなんて見たことないからな。

人生100年とか言ってるが、どうせ100まで生きるなら、
最期まで元気な100歳にならないと意味がないような…。
いくら長生きしても、自分では何もできないような状態なら長生きとは言わない。
要はいくつになっても健康的な体でいられるかどうかだよな。
とりあえず、ここ20年〜30年くらい体重も体型も維持できている。
とりあえず外見だけはね。でも内臓はどうなんだろうか?
こればかりは外から見えないので、今年から人間ドックは毎年受けることにした。
胃カメラとか大腸の内視鏡検査もやった方がいいんだろうな。

人間はいつか必ず死ぬわけだけど、死に方は選べない。
なので病気に関しては早期発見、早期治療しかない。
だから人間ドックや検査にはカネを惜しまず使いたい。
人生で最も大事な健康が買えるなら安いものだろう。
それに死んだあと、あの世にカネは持っていけない。
あるならある分を生きているうちに使わないと、遺された人達の負担になってしまう。
5年ほど前、父親が95歳で亡くなった時、ほんとしみじみと思ったね。
遺産、財産、残して亡くなってはダメだと。
延納手続きして、あと10年以上も相続税を払い続けていく自分が言うんだから
妙な説得力あるよね(^^;)

60歳の誕生日だった今日は店にチャーミン家とノリゾー家が来店。
聞けばノリゾー家3姉妹がサプライズで誕生日プレゼントを渡したいので
店に行きたいと言ってくれたそうだ。
そして、3人からそれぞれ誕生日プレゼントをもらった。
メチャクチャ美味しかったTAKANOのメロンのケーキも。
3姉妹とも生まれた時から知っているし、アチとリサは家に何度も泊りに来た。
その3人が、もう28歳、25歳、20歳、自分が年を重ねたというのも
彼女たちの成長を見ると納得してしまう。
まぁ、思い出に残る60歳の誕生日となった。


リトラクタブルヘッドライト

2023年06月16日(金)

1970年代後半に大旋風を巻き起こしたスーパーカーや、
1980年代に若者を夢中にさせたスポーツカーやスペシャリティカーの
多くが採用し、スポーティな車の象徴的な装備として流行っていた
リトラクタブル(格納式)ヘッドライト。
空力性能に優れ、何よりもスマートでフロントノーズが精悍に見えるが
あれだけ流行ったのに現在では量産車の採用例は全く無い。

ちなみに「リトラクタブルヘッドライト」とは、普段はヘッドライトを
ボンネット前端部に格納し、点灯時にポップアップしたり、
反転して突出するヘッドライトのこと。
フロントノーズを低くシャープにデザインでき、空力性能も向上できることから
1970年代から1980年代にかけて多くの車に採用されていた。
車大国のアメリカでは、キャデラックなどで戦前に誕生していた
リトラクタブルヘッドライトだが、国産車で初めて採用されたのは
1967年に登場し、映画007のボンドカーにもなった
トヨタの幻の名車「トヨタ2000GT」だ。
そして1970年代後半には漫画「サーキットの狼」の影響もあり、
日本でスーパーカーブームが起こり、ランボルギーニカウンタックや
ランボルギーニミウラ、フェラーリ365GT4BB、ランチャストラトス、
マセラッティボーラなど多くのスーパーカーが採用していた。
このスーパーカーブームからリトラクタブルヘッドライトが注目を浴びる。
国内での流行の火付け役となったのは1978年に登場した
マツダの「サバンナRX-7」だろう。
以降、トヨタから「スプリンタートレノ(AE86)」「セリカXX(2代目)」
三菱は「スタリオン」日産から「シルビア(2代目)」「パルサーEXA」、
ホンダの「プレリュード(2&3代目)」、マツダ「ユーノス(NA型)ロードスター」
などが採用したことで、スポーツカーや当時ブームになっていた
スペシャリティカーの定番装備となり、ホンダの「アコード(3代目)」や
トヨタ「ターセル/コルサ(3代目)」といった大衆車まで採用が拡がった。

実はリトラクタブルヘッドライト普及の背景には、見た目のかっこよさだけでなく
北米の安全基準に適合するためという理由もあった。
当時のヘッドライトに要求された安全基準の地上高を満たすことと、
低いノーズのスタイリッシュなデザインを両立させる手段が
まさにリトラクタブルヘッドライトであり、世界最大の北米市場に
輸出するためには必須装備だったのだ。

当時は「スポーツカーといえばリトラクタブルヘッドライト」というほど
流行していたが、2000年を迎える頃にはすっかり廃れ、
日本では2002年に生産終了したマツダの3代目「RX-7」、
世界では2005年に生産を終えたGMシボレーの「コルベットC5」が
リトラクタブルヘッドライトを採用した最後のモデルとなった。
リトラクタブルヘッドライトが採用されなくなった一番の要因は、
普及のきっかけでもあった北米の安全基準が緩和されたことだ。
1990年代に入ると北米のヘッドライトに関する規格や高さの規制が緩和され、
リトラクタブルヘッドライトを採用しなくても、ある程度シャープな
フロントノーズが実現できるようになったし、他にも保安基準の突起物規制で、
歩行者との衝突事故時に引っ掛けたり、大ケガを引き起こす
ボディの鋭い突起物がないことが定められたことで、
リトラクタブルヘッドライトを採用することが難しくなったことも衰退の原因だろう。
北米の保安基準が変わると同時にトヨタの「スープラ」や三菱「GTO」は
フルモデルチェンジし、スタイルはほぼ同じながら、
リトラクタブルヘッドライトから普通のヘッドライトに変更になった。
また、プロジェクターヘッドライトのようなヘッドライトの技術進化も
リトラクタブルヘッドライトが不要となった一因といえる。
配光が自在にコントロールできるようになり、ヘッドライトのレンズを
スラントさせたり、レンズ形状を自由に変更できるようになったことで、
空力性能への影響を軽減できるようになった。
さらに、リトラクタブルヘッドライト装着によるコストアップや
重量増加なども大きな障壁だったのだろう。

現在、量産車では世界的に見ても17年以上、リトラクタブルヘッドライトを
採用した車は現れていない。
ヘッドライトの技術も進んでいる現在、コストや重量面でハンデのある
リトラクタブルヘッドライトを選ぶ理由はなく、おそらく今後も
出現する可能性は低いだろうね。
しかし、薄め目横長のLEDヘッドランプが多い昨今の車において、
まばたきやウィンクするように開く大きなリトラクタブルヘッドライトは
むしろ新鮮な感じもする。
コストと重量のハンデは避けようがないし、安全面でも問題は多いが
安全性やオートライトなどとの相性をクリアすれば、多少割高になっても
デザイン性に特化した車やBEVのような先進的な車の装備として、
再登場する価値はあるんじゃないのかと、密かに期待している。

日本が元気だった1980年代、男にとって車の魅力的な三大装備といえば
「オープンカー」「ガルウイング」そして「リトラクタブルヘッドライト」だった。
この三大装備の中で一番、現実味があったのも「リトラクタブルヘッドライト」
子供の頃にスーパーカーブームを経験し、大人になったら絶対に
リトラクタブルヘッドライトの車に乗りたいという夢があった。
そして大学時代、2台目に乗った「スプリンタートレノAE86」で実現し、
4台目に乗った三菱「GTO」でもリトラクタブルヘッドライトを経験、
2台ともスタイリッシュでオシャレだったし、何より目立って注目を浴びる車だった。
開かなくなるといった故障もなく、2台とも楽しく乗れたなぁ。
先の見えない今の世の中じゃ、遊び心のある車など無理な時代かもしれないが、
無個性車の多い今、リトラクタブルヘッドライトのような夢のある車、
どこかのメーカー、冒険して造ってくれないかな。
個人的にはリトラ車、昔から好きなんだよな。


ベストマザー賞

2023年06月15日(木)

ベストマザー賞ってヤバすぎだな。

2009 今井絵理子→不倫、離婚
2010 江角マキコ→不倫、芸能界追放
2012 土屋アンナ→離婚
2013 長谷川京子→離婚
2014 小倉優子→離婚
2017 後藤真希→不倫
2019 吉瀬美智子→離婚
2021 篠田麻里子→不倫
2022 広末涼子→不倫

主催 森松伸治→妻を暴行し逮捕

なんだか呪われている。
今年2023年に受賞した仲間由紀恵は大丈夫か?


中国系

2023年06月14日(水)

水際対策緩和直後は韓国系、その後は欧米系と外国人観光客の来店が多かったが
ついに中国系というか中国人の観光客まで来店するようになった。
韓国系や欧米系に比べると中国人が帰った後はテーブルとか汚いんだよな。
それに日本語も英語も通じない場合が多いし。
だけど、銀座の街には3年ほど前と同じように中国人が増えだした。
今後も増えてくるんだろうな…。


カウントダウン

2023年06月13日(火)

いよいよ50代のラストウィーク。
あと1週間もしたら60歳。
還暦へのカウントダウンが始まった。
まぁ、だからと言って特に何も変わることはないが、
そんなことより最近、何かと忙しくて
誕生日が近いなんてことは気にもしていなかった。
とりあえず60になっても50代同様に健康でいられたらそれが一番だ。

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