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2020年10月14日(水)
昨日、いきなり開店前に旧友が訪ねてきた。 50歳になった時に会ったきりなので約7年ぶりの再会。 当時から目が見えにくくなっていたが今や左目の視力は失われ 白い杖を持つ2級の障害者になっていた。 さらに腎臓もやられて週3回も人工透析に通っているとか。 さらに髪はすべてなく丸坊主。 だけど丸の内の寿司屋で働いているらしい。 昨日は昼勤務だったので終わった後に銀座まで来てくれた。 いろいろ身体はボロボロだが、とりあえず元気にしているようだ。 年内で仕事を辞めて後は生活保護で悠々自適に暮らしたいと笑いながら言っていた。 彼とは高校時代からの付き合いで、大学時代は先輩のしごきに一緒に耐えた 言わば戦友のような間柄。 そして今から30年ほど前、草野球チームを立ち上げた時に監督として招き入れた。 1993年に始まったリーグ戦の最初の大会で優勝し、みんなで彼を胴上げした。 那須や白樺湖での夏合宿なども良い思い出だ。 しかし1997年の途中に十二指腸潰瘍や糖尿病など体調不良で戦線離脱。 そしてグランドに戻ることなく1998年のシーズン前、ひっそりと引退した。 だが、チームの創成期を語るうえで彼の存在は大きい。 今も彼に初代監督を頼んで良かったと思っている。 昨日も「まだ野球やってるの?」と聞いてきたので 「やめるタイミング完全に失ってるよ。今年で30周年だよ」と返したら 「もう、ここまで来たらずっと続けていきなよ」と笑いながら言って 白い杖を突きながら銀座一丁目の駅へ向かっていった。
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