Web Masterの日記




2019年12月12日(木)

年末恒例の京都・清水寺で発表される今年の漢字。
令和初の2019年は「令」の字が選ばれた。
まぁ、新元号「令和」が今年5月から始まったので妥当かな。
自分は令和の「令」ではなく「和」の方が選ばれるかな…なんて思っていた。
新元号以外に日本中が熱狂したラグビーW杯で桜JAPANが
抜群のチームワーク(和)でベスト8に進出したことから。
流行語大賞も「ONE TEAM」だったしね。
それに「令」より「和」の方が使い幅の広い漢字でもあるし。
ちなみに最多票を獲得した「令」に次ぐ2位は「新」で「和」は3位だった。

「令」が選ばれた理由として、新天皇即位による新元号決定はもちろんのこと
法「令」改正による消費増税や芸能界の不祥事などの法「令」遵守の意識、
災害による警報発「令」などが挙げられた。
これらの理由を見ると「令」の字にも、様々な使われ方があるんだな。

来年2020年は東京オリンピック開催の年でもある。
きっと、いや必ず2020年・今年の漢字は五輪関連である事は間違いないだろう。


1400万人都市

2019年12月11日(水)

令和元年11月1日現在、東京都の人口は13,953,744人となった。
つい最近まで東京1200万都市と覚えていたが、来年には確実に1400万人都市となる。
これは日本人の10人に1人が東京都民ということであり
もっと簡単に比較すると、北海道と東北7県の総人口が、
あの小さな東京都内に集まっていることになる。
さらに埼玉、神奈川、千葉などから通勤、通学などで
都内に入ってくる昼間の人口はこの倍以上あるとも言われている。

日本の人口は年々減少しているのに、東京や一部の都市部にだけ人口が集中し、
地方はどんどん衰退している現状だ。
しかし、30年以内に直下型大地震が来る可能性が70%もあるのに
これだけ東京に人口が集中して大丈夫なのだろうか?
もし、その日が来た場合の被害はかつてないほど甚大なものになるだろう。
また人口に対して避難所も足りないのは明らかだ。
日本は地震大国で危険な段階まで来ていることが分かっているのに
人口の分散が進まず、政治経済が東京に集中していることは致命的だ。
先進国は必ず一極集中を避けてリスクを分散させる。
それが日本は全くできていない。
4つのプレートの上にある島国で他の国より危険度が高いのに…。
それに中国や北朝鮮からすれば、一発ミサイル落とせば即終了の
オイシイ国に思えちゃうだろうなぁ。
まぁ、台風の大雨や僅か5センチほどの積雪で都内の交通網は
ズタズタにされてしまうほど脆いんだけどね。

一極集中を無くす現実的なのは首都機能の移転、遷都しかないだろう。
遷都すれば建設需要が増加して好景気にもなる。
首都機能を移転したオーストラリアとかブラジルはそれなりに効果を上げているし。
遷都が無理でも行政の分割程度は考えてもいい時期だと思う。
だけど国会議員も官僚も東京から離れるのを嫌がるだろうね。
何か起きてからだと遅いんだけどな。
現状では東京に大地震とかミサイルが飛んで来たら日本という国は終わりだろう。
ちなみに毎年というか毎月、人口の増えている東京だが、
東京都の出生率は僅か1.1しかない。
いかに地方や海外から入ってくる人が多いということが分かる。
同じ仕事しても地方より東京の方が稼げるってのも問題だろうな。
家賃の高さなんて超越するほど便利だし。

このままどれだけ増えていくのだろうか想像もつかないね。
2018年3月に東京都総務局が発表した談話では
「東京都の人口は2025年に1408万人となりピークを迎える」だったが、
正直もう来年の春には超えちゃいそうな勢いだよ。
役所の見立てなんて、ほんといい加減だ。
まぁ、この件に限らず日本の衰退は決定的で、それこそ東京に甚大な被害の起きる
大震災とかがない限りは、あらゆる問題が改善されることはないと諦めている。
なので、行き着くところまで行ったらどうなるのか見てみたいという気もする。


健康診断

2019年12月10日(火)

土曜日に風疹の予防接種を受けたが、翌日の日曜日は健康診断に行ってきた。
今年は初めて池袋にある健康保険組合のビルでの集団検診。
ここで受けると無料で血管年齢を測ってくれる。
またオプションだが血液検査からの癌検診および39種のアレルギー診断もある。
せっかくなのでオプションも頼んで健診してもらった。

池袋駅東口から歩いて3分もかからない場所だが、
隣は全フロア風俗店の入っている怪しいビルだった。
本当にここでいいのか不安になりそうな場所だが、
そう感じる人が多いからだろうか、健康保険組合の人がビルの前で案内していた。
開始20分前に着いたが、すでに健康診断は始まっていて自分の整理番号は5番だった。
最初に受付をして問診票を渡しオプションの代金を払って隣で身長と体重測定。
やっぱり身長が数ミリ縮んでいたが体重は減っていた。
続いて腹回りを測られてから心電図。
そして血圧を測ってもらい医者の問診。
採血はオプションもあるので3本採られた。
最後に人差し指を機械に入れて血管年齢測定。
血管年齢はその場で分かるので印刷してもらえた。
ちなみに血管年齢58歳と実年齢より2歳ほどオーバーだったが血管偏差値は正常。
疲れやストレスでオーバーすることがあるというが
喫煙を止めれば血管年齢はもっと若くなると指導を受けた(^^;)
最後にアンケートを記入して喉スプレーの試供品をもらって健康診断終了。
早めに着いて始められたので、ほとんど待つことなく30分もかからないで終わった。
自分が終わったのは10時頃だったが多くの人が待っていた。

あまりにも早く終わったのでタカセの喫茶でモーニング。
まだデパートも開店直後のため人もあまりいないので
久々に池袋西武、池袋東武、パルコなどを散策してみた。
さすがに昼頃になると池袋はどこも人混みだらけ。
昼飯を食べようと東武デパート上のスパイスに行ってみるも
どの店も大混雑していたので断念。
朝に発見した蕎麦屋で昼飯を食べてから帰宅した。
土曜は雨も降っていて寒かったが、日曜は日差しも強く寒さも感じない
過ごしやすい陽気だったので池袋を散策するには良かった。
ただ、サンシャイン通りやビックカメラなどは行く気が起きなかったけど。

健康診断は毎年受けているが4年に1度は人間ドックで
MRIを含めて診てもらっている。
前回は2017年に受けたので次は2021年の予定だが、そろそろ毎年でもいいのかな。
昔から言っているが、健康は何よりも大事な財産。
健康でなければ何もできない。
今後も自分の体に関しては健康を維持したいね。


風疹抗体検査→予防接種

2019年12月09日(月)

先月末11月30日に地元の医者で風疹抗体検査を受けてきた。
今、なぜか日本それも東京などの首都圏で風疹が流行している。
これが大きな社会問題となり、昨年から行政が力を入れ、各市町村から補助金が出て
成人男性は抗体検査が無料で受けられるようになった。
自分の住んでいる江東区では昭和37年生まれから53年生まれまでの男性は無料。
しかし無料クーポンは昭和47年生まれ以降の人にしか送られず、
それ以前に生れた人は区の保健所に連絡して送ってもらわなければならない。
まぁ、電話1本で送ってもらえるので、先日クーポンを送ってもらった。
無料クーポンは風疹抗体検査クーポンと、検査の結果、もし抗体がなかった場合の
予防接種クーポンがセットになって早々に送られてきた。
ネットに掲載されていた区内の検査のできる病院を予約して
訪れなければならないが、家から近い、何度か世話になった内科も
検査のできる病院として載っていたので、さっそく予約して行ってきた。

風疹は子供の時に予防接種をした場合、体内に抗体ができて罹ることはないというが
抗体にも限界があり、歳を重ねると抗体が消滅してしまう場合があるという。
また、自分の世代は子供の時、特に男児は予防接種を受けた人と受けてない人がいる。
子供の頃、確かに何かしらの予防接種は受けているが、
それが風疹だったのか何なのか記憶が定かでない。
成人になってから風疹に罹ると重症化するらしい。
なので無料対象者は昭和37年生まれから昭和53年生まれと限られている。
それ以降の若い人たちは必ず風疹の予防接種を子供の時に受けているので対象外だ。

時間通り病院に行き、採血されて呆気なく終了。
結果は1週間ほどで分かると言われたが、実は12月3日にその病院から電話があった。
検査の結果、なんと自分には風疹の抗体が少ないらしい。
ワクチンを打つ場合は取り寄せないといけないので、どうしますか?と言われたが
そりゃあ、抗体が少なく風疹に対して無防備な状態。
いつ風疹に感染してもおかしくない…当然、ワクチン打ってもらうでしょ。
ワクチンの接種も区の助成金で無料だし。

というわけで12月7日、再び地元の内科に行って風疹の予防接種をしてきた。
検査結果も聞いたが、ほとんど体内に風疹に対する抗体がなかったという。
子供の頃、風疹の予防接種を受けていれば、ある程度は残存しているのが普通だが
ほとんどないと言うことは、子供の頃に風疹予防接種をしていないということだ。
確かに自分が子供の時に風疹ってあまりなかったと思う。
麻疹(はしか)に関しては予防接種は受けたと思うが、
風疹の予防接種はなかったんだろうな。
風疹は麻疹の一種であるが抗体は全く別物。
麻疹の予防接種では風疹の感染は防げない。
特に昭和30年代後半から40年代生まれの世代は
風疹の予防接種を受けてない人が多いという。
だからこその行政が真剣になって検査を推奨しているわけだ。
しかし残念ながら無料にもかかわらず抗体検査を受けた人は10%もいないらしい。
無料の期限は3月末までだが、あまりにも受けていない人が多いので
地域によっては延長されるらしい。
これを機に検査だけでも受けた方が絶対にいいと思う。
自分のように抗体が少なく無防備な状態かもしれないしね。



2019年12月05日(木)

食材無くなったので明日は豊洲市場行きだ。
早起きだ。
早朝は寒そうだな…。


久々の築地場外

2019年12月03日(火)

今日、久しぶりに築地場外に仕入れに行った。
10月から牡蠣を扱っているため毎週のように豊洲市場に仕入れに行っているため
築地場外へは1ヶ月ほど行っていなかった。
生鮮物は豊洲で仕入れ、築地場外では主に乾物や冷凍物を仕入れているが
頻繁に築地に行かなくて済むように1度の仕入れで大量に買い込むようにしている。
なので約1ヶ月ぶりの築地行きになった。
本来なら遅くても9時までに行って仕入れを済ませているのだが
今朝は酒屋の配達が遅れたために11時過ぎに行ってきたが築地場外に着いて驚いた。
豊洲市場ができた頃、閑古鳥が鳴いていた築地場外だったが、完全に立ち直っていた。
多くの人でまっすぐ歩くのも大変なほどの賑わいになっていた。
ただ、ほとんどが観光客だ。それも外国人観光客だらけ。
たぶん築地場外を歩いている2/3は外国人だろう。
中国系だけでなく白人も黒人もインド系もアラブ系もいた。
唯一、築地場外内にある喫煙所は多国籍軍のアジトのように
様々な言語が飛び交っていた。
築地場外にある店も、ほとんどが食べ歩きできるような物を売っていて
商品説明は日本語の下に英語や中国語が書かれていた。
客引きをしている海鮮丼なんかを食べさせる店のおばちゃんも
歩いている外国人によって言語を使い分けている。
流暢な中国語や英語で客引きをしていた。

築地場外は外国人観光客をターゲットにした完全なる観光地化に成功し
築地市場が移転した直後のような寂しさは全く無くなっていた。
ただ狭い道をウロウロと歩く外国人観光客は急に立ち止まったりするし、
高級な一眼レフカメラで写真を撮りまくっているので
行きたい店が最初から決まっている仕入れ人にとっては本当に邪魔なだけ。
やっぱ最低でも仕入れは9時までには行かないとダメだね。
11時過ぎなんて昼飯前に多くの外国人観光客が集まってくる時間だから。


12月突入

2019年12月02日(月)

気が付いたら暦は12月に入っていた。
今年も残り1ヶ月を切ってしまったことになる。
先月11月は過去最も暑い11月だったそうだ。
ついに木枯らし1号も吹かなかった。
確か昨年も吹いていないので2年連続で吹かなかったのは観測史上初。
そして11月中に発生した台風も過去最多の6ヶと完全なる異常気象だ。
果たして令和初の12月はどんな月になるのやら。


101歳

2019年11月29日(金)

今朝、元首相の中曽根康弘氏が101歳で亡くなった。
1982年に第71代首相に就任し、在任期間約5年の1806日間は
安倍晋三、佐藤栄作、吉田茂、小泉純一郎に次ぐ戦後第5位の長期政権を担い、
「戦後政治の総決算」を掲げて国鉄や(現JR)の分割・民営化や
日本電信電話公社(現NTT)、日本専売公社(現日本たばこ産業=JT)の
民営化など行財政改革を進めた。
また、戦後の首相初の靖国神社公式参拝や、防衛費の国民総生産(GNP)比
1%枠撤廃など国政上のタブーに挑み、対米関係でも当時のレーガン大統領を
自分の別荘に招いて「ロン・ヤス」の関係を築いた。
その後の日米友好関係の礎になった首相でもあり、他にも日本の現職首相として
初めて韓国を公式訪問し、当時の全斗煥大統領と会談もし、
とてもアグレッシブな首相だった。
1986年の衆参同日選で自民党史上最多獲得議席となる圧勝となり、
その功により総裁任期が1年延長された。
しかし、経済政策ではアメリカの貿易赤字解消のためプラザ合意による
円高ドル安政策を採り、これが結果的に日本をバブル経済に突入させたこともあって
批判の声も少なくない。
また、消費税の元になったと言われている大型間接税の売上税導入を目指したが
公約違反との批判を浴び断念したこともあった。

第一次中曽根内閣では外務大臣に安倍晋太郎、大蔵大臣に竹下登、
官房長官には後藤田正晴を起用。
第二次中曽根内閣は文部大臣に森喜朗を初入閣させた。
さらに第二次改造内閣では海部俊樹を文部大臣に、
自治大臣と国家公安委員会委員長に小沢一郎を初入閣させ、
第三次中曽根内閣で国務大臣に金丸信、大蔵大臣に宮澤喜一、
運輸大臣に橋本龍太郎を起用し、歴代の首相や自民党総裁のほとんどが
中曽根内閣を経験した人達だった。

実は中曽根氏は自分的にとても親近感のある首相だった。
我が母校の第12代総長でもあり、その後は名誉総長でもあった。
そして自分が大学時代の1985年に開催された「つくば科学万博」を訪れた時、
ちょうど当時の中曽根首相も訪れていて、その姿をはっきりと見た。
生れて初めて生の総理大臣を見て興奮した記憶がある。
まして自分の大学の元総長でもあるので親しみを感じてしまった。
余談ではあるが、大学時代、つくば科学万博には2度行ったが、
中曽根首相と会ったのは2度目に行った時。
初めてつくば科学万博に行った時は、なんと当時の昭和天皇が見にいらしていた。
会場内を菊の御紋の付いた御料車に乗って移動されていた。
その直前、会場の通路を封鎖され、全員その場で立ち止まるように指示され
いったい何が起きるのかと思ったら、真っ黒な御料車に乗られた昭和天皇のお姿が。
こちらに向かって手を振られていたので感動した記憶がある。

つくば科学万博に行った1度目は天皇陛下、2度目は総理大臣に
偶然にも遭遇するなんて、まず考えられないことだ。
当時、大学生だったが「自分、マジすげーな」と真剣に思ったね。

話は少し逸れたが、昭和に総理大臣を務めた存命の政治家は中曽根氏が最後で
時代の証人がまた一人、この世を去った。
中曽根元総理のご冥福をお祈りします。


再診

2019年11月27日(水)

ここ数日、雨が降って湿度が高い日が続いたからなのか
腰の痛みが耐えられないほどになっていた。
それも最近は左側だけに痛みが出ている。
なので今朝、約1ヶ月ぶりに地元の整形外科で再診してもらった。
結局は慢性疼痛のままだが、やはり湿度が高いのと毎日の立ち仕事で
痛い部分をかばって歩いたりしていたので、左側だけに痛みが出ているようだ。
また前回と同じ副作用でものすごく眠気の出る強い薬を処方してもらった。
前回は1週間分だったが、今回は2週間分。
実際、薬を飲んでいる時は確かに痛みはやわらいだ。
2週間分あれば、しばらく痛みから解放されるかな。
薬に頼ることがいいんだか悪いんだか分からないけど…。


シーズン終了

2019年11月25日(月)

日曜に予定されていた今季最終戦は残念ながらグランド不良により中止。
台風19号の影響で大宮など河川敷グランド壊滅によりグランド難民となっていたが
幸いにも2年前の7月に潮見に招待したチームからお誘いを受けた。
15時から開始で16時からは照明が点灯する久々のナイター試合だった。
しかし11月としては5ヶ目となる台風の影響で金曜、土曜と
2日間に渡って雨が降り続けた。
日曜の明け方に止んだが、あんなに降り続けたら中止も仕方なし。
いくら都営公園の整備されたグランドでも、さすがにダメだと思っていた。
結局、30年目のシーズンは過去最少タイ記録の13試合しか消化できなかった。
リーグ戦は雨天中止がなく今までで最も早い9月中に終えたが、
なんかタイミングが合わなくて試合数が少なかったな。
リーグ戦後の練習試合も台風の影響で中止になったし
真夏の練習試合も1試合が中止で結局1試合しかやらなかったし、
まぁ、これも仕方ないことだね。

最終戦が中止になったので2年連続で最高出塁率のタイトル獲得となった。
ヒット数こそ少ないが、四死球数の多さと打撃妨害出塁も2度あった。
とりあえず今年も年齢にしては頑張ったんじゃないかな。
それにしてもシーズン中盤から後半にかけては腰痛に悩まされた。
バットを振りたくても痛みで振れず、結局は四球で出塁というのも何度かあった。
そして試合翌日は必ず地獄のような痛みが。
病院を変えても強い薬にしてもらっても全然、治らなかった。
今回も金曜、土曜と雨で湿度が高かったからか相当痛かった。
立っていても座っていても痛い状態が2日間続いていた。
もし最終戦ができたとしても、まともに走れなかったかも。
なんとか来年までには痛みがなくなってほしい。
このまま一生、腰痛に悩まされるのだけは勘弁だ。

来年はチーム創設30周年か…。
ちょっと前に20周年とか思っていたのにアッと言う間だな。
26歳の時に作ったチームが、こんなに長く続くとはね。
来年も楽しめるように早く腰が良くなってくれ。

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