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2018年05月17日(木)
昭和の歌謡史を情熱的な歌唱と激しいアクションで彩った西城秀樹が亡くなった。 まだ63歳、早すぎる…。 15年前の2003年に最初の脳梗塞で倒れたがすぐに復帰。 しかし8年後の2011年に再発。 それからは右半身の麻痺と会話をする際の言葉に障害が残った。 だが、2度の脳梗塞に倒れながらも懸命なリハビリを続け、 最期まで「生涯歌手」にこだわった人生だった。
新御三家の中でも西城秀樹は一番好きだったな。 子供の頃「情熱の嵐」の「♪きみが望むなら」とか 「激しい恋」の「♪やめろと言われても」とアクションを真似して 意味も分からず歌ったりしたし、大学の頃は「ギャランドゥ」とか 「炎」とか「悲しき友情」なんかをよくカラオケで歌ったりした。 「ブーメランストリート」や「ブーツをぬいで朝食を」「ジャガー」 「ボタンを外せ」「ブルースカイブルー」など名曲も多い。 オフコースの「眠れぬ夜」や洋楽のCareless Whisperを 「抱きしめてジルバ」としてカバーしたり様々な曲を歌いこなしていた。 子供の頃、衝撃的だったのは「薔薇の鎖」でのスタンドマイクパフォーマンス。 スタンドマイクを足で蹴飛ばし横にしたり回したりして歌っていた。 スタンドマイクパフォーマンスといえば矢沢永吉が有名だし 大友康平やダイヤモンド☆ユカイもやっているが、 西城秀樹は1970年代に始めてやっているので紛れもなく元祖だろう。 そして、なんといっても西城秀樹と言えば超人気音楽番組 「ザ・ベストテン」において、9週連続1位を獲得した「YOUNG MAN」で 唯一、番組史上最高点の9999点を出したのも衝撃的だった。 その後、誰もこの得点を出すことなく番組は終了したので伝説と化した。 いまや「Y・M・C・A」のあのポーズはアメリカに逆輸入されているほどだ。 本当に残念、ご冥福をお祈りします。
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