Web Masterの日記



五輪エンブレム問題

2015年09月02日(水)

物議を醸していた東京五輪のエンブレム問題、
結局のところエンブレムの使用を中止することが正式に決まった。
まぁ、仕方ないだろうね。
常識的に考え、ここまで疑惑が深まってしまうとスポンサーとしても使えないし。
問題は、すでに多くの企業がこのエンブレムを使った商品などを作っていること。
どうやら、まもなく発売に入るはずだったというから、
そこに対する補償などが出てくるんだろう。

それにしても競技場の次は公式エンブレムの白紙撤回かい。
今度は何が白紙撤回されるか考えちゃうよ。
それにしても本当に次から次へと世界に嘲笑されるようなことをやってくれるな。
まだ東京五輪までには5年あるが、来年のリオ五輪までには
競技日程まで進めておかないといけない。
それにリオ五輪の閉会式では次の開催地への引き継ぎのようなセレモニーもあるしね。
競技場のデザインで揉めて、建設費用を巡っては揉めて、
エンブレムを巡っては揉めて…。
本当にオリンピック組織委員会は何やってるのかね。

おそらくだが、メイン競技場の時と同じく、誰も責任なんか取らなさそう。
安倍内閣がどうだこうだではなく、日本の政治と運営の著しい劣化を感じてしまう。
自分が若い頃の政治家「三角大福中」でさえ、当時はレベルが低くなったと
言われたりもしたけど、今の政治家に比べたら皆、傑物だった。
もし、今が明治維新だったら日本なんて欧米列強に蹂躙されているだろうね。
ちなみに「三角大福中」とは三木、田中角栄、大平、福田、中曽根。

メイン競技場、公式エンブレムに続いて白紙に戻すなら
この際、森喜朗大会組織委員長を白紙にした方が良いと思うのだが。
昨日もエンブレムの白紙撤回で、関係者が一言でも何か語っている中で
「残念ですね」と言う記者の問いかけに「何が残念だ!」と
ぶっきらぼうに答えていたが、それを見て相変わらず「バカだな」と感じたよ。
誰が考えても公募して決定し、すでに一部使用が始まった
公式エンブレムの使用が中止されたのだから残念に決まっているのにね。
それに加え、メイン競技場に続いてまたしても東京五輪のイメージに
傷がついたのは間違いないのだから「何が残念だ!」じゃないだろうよ。
今日も「えらい目に遭った」って、まるで他人事のようだし。
さらに言えば、組織委員長って大会を成功させるのが仕事なんだからさ。
ならば報道するメディアや国民と良好な関係を築くべきであり、
当然、受け答えも、もっときちんとやるべきだということすら分かってない。
ならば、今回の責任を取って潔く辞めてもらうべきだ。
元ラガーマンだか何だか知らないが、スポーツに造詣がある元総理大臣、
こんな理由だけで選ばれたのかもしれないが、歴代総理の中でも
民主党のバカ3人にも劣らない脳無しにもかかわらず、
やたら偉そうにしてる人をこれからも大会組織委員長などにしていたら
必ず失言するし、東京五輪の開催の妨げになるだけだろう。

もっときちんとした人を探して大会組織委員長の何たるかを理解し、
スポーツに造詣が深いのは言うまでもなく、経済や大会運営などにも理解がある
そう言う大人を選ぶべきだろうよ。
当然、カリスマ性があるに越したことはないのだが。
では誰が相応しいのか?
政治家なら個人的には麻生太郎副総理が良いと思うんだけど。
何気に元五輪選手だし、当然だが世界の経済も理解しているし、
まぁ、ちょっとの失言はあるかもしれないが英語も堪能に話せるし。
何よりネットの住民たちに人気があるのもプラスだと思う。
しかし、財務相との兼任だと絶対に無理だろうけどね。


焦った

2015年09月01日(火)

自宅と仕事場、両方のパソコンで作業できるよう
チームやリーグのファイルはUSBメモリーに入れて持ち歩いている。
昨日、仕事場のパソコンで会報を作成して、いつものように帰宅する時に
カバンに入れて自宅へ持ち帰り、自宅のパソコンのUSBに挿入した時、
何も反応しない(-o-;)
おまけにエラー表示まで出てしまう。
何かUSBメモリーの挿入するところが変形している。
自宅のパソコンのどのUSBに差し込んでも、ウンともスンとも言わない。
このUSBメモリーには今季のチームやリーグの成績や作成途中の会報、
ホームページのファイル、その他にも大事なファイルが沢山入っている。
このまま使えなくなったら全て消えてしまう…。
そう考えたら一気に青ざめた。
特に今年作成したファイルは、まだバックアップを取っていないので
ほんとマジで焦った。
焦りながら自宅パソコンに差し込んだUSBメモリーを上下左右に
動かしたりしたら、その中である一定の角度だけ反応して
記録されているフォルダやファイルが画面に表示された。
その角度に固定したまま急いでUSBメモリーの中にある全ファイルを
パソコンにコピーして難を逃れることができた。
まさに九死に一生を得た感じだった。

このUSBメモリー、よく見ると差込口が少し変形してしまっていたため
通常の差し込みでは読み取ってくれなくなったようだ。
だいぶ長い期間、家と仕事場両方で毎日のように使っていたので
酷使しすぎたのかもしれない。
なのでパソコンにコピーした全ファイルを
別の使っていない新しいUSBメモリーに移動させて、
今まで使っていたUSBメモリーは引退させることにした。
しかし全く反応しなかったときはマジで焦ったね。
このUSBメモリーに入っているファイルが救出できなかったら
ほんと人生終わったのと同じくらいのショックだったから。
どんなアクシデントが起きるかもしれないので
大事なファイルはこまめにバックアップしなくちゃダメなんだよね。
あー、でも本当に良かった。


2015沖縄旅行記その5

2015年08月31日(月)

昨日、1日中安静にしていたので腰の痛みはかなり良くなってきた。
このまま無理しなければ今週末の試合は大丈夫そうだ。
さて、楽しかった2015年・沖縄旅行記の最終回。

●8月14日
楽しかった4泊5日の沖縄旅行も最終日。
2012年から4泊にして4度目だけど、やっぱり4泊は
余裕を持って楽しむことができる。
昨夜、フルコースディナーで超腹一杯になったが、朝食の時間になると
不思議と腹が減って全部食べることができる。
朝食後はチェックアウトの11時まで部屋でダラダラ。
チェックアウトを済ませ、ホテルの人達にまた来年に帰ってくることを約束し
車に乗り込んで向かおうと思ったのは那覇の国際通り。
58号線を南下したが、すぐに途中で左折。
そのまま中城のイオンモールライカムに向かうことにした。
今年の7月にオープンしたばかりの超巨大ショッピングモールで
観光客だけでなく地元の人も大勢、訪れるので駐車場は驚きの4000台停まれる。
今年は回避しようと思っていたが、開店してから間もない時間なので
少しは空いていると思い、那覇に行く前に立ち寄ることにした。

ライカムの駐車場は4000台も停まれるので本当に広い。
どこをどう行けばいいのか分からなかったので、前を走る地元の軽自動車に
ついて行ったら意外と店内入口近くに停めることができた。
やっぱジモティすごいね。
さっそく1階の専門店から見始めるが、やはり開店直後なので
思っていたよりも人が少なく、ゆっくり店内を見ることができた。
そして思ったのは、イオンモール幕張新都心の方が断然に広い。
ライカムも広いけど、幕張新都心によく行っていたので、
それに比べればコンパクトで見やすいじゃないかってこと。
とにかく幕張新都心は端から端まで歩くと、ものすごい距離があるが
ライカムの場合、え?!もう端っこなの?って感じ。
駐車場に相当のスペースを使っているだけで、店内は想像以上に見やすかった。

ライカムの専門店にはアメリカンイーグルアウトレットやユニクロ、
オールドネイビーなどもあり正直、沖縄で着るTシャツなんかは
現地調達した方がいいのでは?とも思った。
ちょうどサマーセール中でもあるしね。
また、国際通りにある店もライカムの中に結構入っていたりして
国際通りで買おうと思った品物も結局、ライカムで買うことができた。
なので、この後に、あえて国際通りに行かなくてもよくなり、
そのままライカムで長い時間を過ごすことにした。
国際通りは暑くて歩くのがイヤになるが、ライカム店内はどこも涼しい。
この日も朝から日射しが強く暑かったので、
もうライカムから出られなくなってしまったのが正直なところ。
てか、はっきり言って、ライカム超楽しいじゃん。
絶対に来年は初日にライカムに来て、沖縄で着るTシャツなんかは
現地調達しようと思う。

昼飯もライカムで済ました。
2フロアにまたがる巨大なフードコートもあったが、
ハワイの有名店「ROY'S」がライカム最上階に入っていて、
ちょうどランチだったので普段なら高くて入れないが
ランチはお手頃価格なので入ってみる。
ホキとサーモン丼みたいなランチセットを注文してみたが
さすが「ROY'S」これがメチャ美味かった。
結局、イオンモールライカムには4時間くらいいたかな。
思っていたよりも空いていたので端から端まで全部見ることができた。
ライカムを後にし、そのまま普天間基地の横を抜けて一般道で南下、
いつも必ず立ち寄る糸満の丸大というスーパーに寄ったり、
サンエーに寄ったりして最後の買い物。
丸大は沖縄で1番安いスーパーだったが、今年はそれほど安く感じなかった。
サンエーはローソン系になったので品揃えはあるけど沖縄で1番高い。
なので「かねひで」が沖縄で1番安いスーパーだね。

18時前に2度目の給油をしてレンタカーを返却。
この4泊5日の走行距離は驚きの700キロ超えだった。
やっぱ初日の南部から海中道路までの長い距離や2度の国頭行き、
宜野座や金武に寄るため太平洋側の山道を走ったのが大きいかも。
ヤンバルクイナに会いに県道2号の往復もかなりの距離だった。
ちなみに昨年は640キロだった。
来る時と同じエスティマで空港に送ってもらい、
空港土産屋横のカフェで甘いものを食べて飛行機の時間まで過ごす。
すると羽田空港が混雑のため19時10分の離陸予定だったが30分遅れのアナウンス。
その後、再び離陸が遅れて結局、羽田に着いたのが22時すぎだった。

9年連続13度目の沖縄旅行は初日に初めて3家族が沖縄で会って始まり、
初体験の漁船も面白かったし、ライカムも楽しかった。
ホテルの宿泊料金にレンタカーが含まれていたこともあり、かなり節約できた。
しかし、昨年のような「ぎっくり腰」のままの旅行ではなく、
体調万全だったつもりだが、食べ過ぎによる深夜のリバースもあり、
もう年齢的に昔のように無理して沢山、食べることができないことを実感。
沖縄の料理は安くて量が多いので気をつけなければ。
それでもまた早くも来年の8月のカレンダーをチェックしている。
もし来年、沖縄に行くことになれば10年連続だ。
今回、行けなかった瀬長島のウミカジテラスや久々に美ら海水族館、
あとUSJの予定地にもなっているネオパークにも行ってみたいかな。

沖縄旅行が終わり、夏休みも終わると本格的に夏も終わりだ。
ここ数日は完全に秋の気配のする気温だし。
早く来年の夏にならないかなぁ。


閑話休題

2015年08月30日(日)

リーグ戦の再開だった今日の試合は残念ながらグランド不良のため中止。
朝7時に起きた時は降っていなかったが、その後は降ったり止んだり。
一時は強く降ることもあり、やっぱ中止だよな。
出鼻を挫かれた感もあるけど、個人的には腰痛が治まっていないので
中止と知って少しホッとしたのは事実。
なんとか来週まで、この腰痛が治ってくれることを願うのみ。
今日は一歩も外に出ないで安静にしていたよ。

沖縄旅行記その5(最終日)は、また明日。


2015沖縄旅行記その4

2015年08月29日(土)

腰の痛さは相変わらずだったが、朝一で幕張のコストコへ
会員カードの更新に行ってきた。
さらにイオンモール幕張新都心も散策したので午前中のうちに8000歩到達。
腰が痛いのに、こんな歩いちゃダメだよな。
しかし14時前には帰宅し、その後は家で安静にしていた。
さて、明日の三郷の状態はどうだろう?
腰が痛いので中止でもいいと半分、思っているが、きっとできるような気がする。
というわけで沖縄旅行記の4日目。

●8月13日
朝食コース料理を食べて、この日は一般道で南に向かった。
まずは那覇市古島にある出雲大社・沖縄分社で御朱印ゲット。
これで沖縄にある寺社仏閣すべての御朱印を貰ったことになる。
琉球八社で行っていない所もあるが、それは御朱印がない場所。
なので沖縄県コンプリートした。
この出雲大社・沖縄分社のすぐ近くに甲子園に出場している興南高校があった。
続いて向かったのは毎年訪れるDFSギャラリア。
途中、浦添市にある仲里の母校の近くを通る。
ギャラリアもリニューアルしていて配置が相当変わっていた。
腹が減ったので、そのまま一気に南下し糸満の道の駅の近くにある
「まぐろ基地」という変わった名前の海鮮食堂へ。
前から行きたいと思っていたが、なかなか行くことができなかった食堂。
周囲にある工場や荷物配送のトラックの運転手が訪れる食堂だが
「まぐろ基地」というネーミング通り、マグロが名物。
なので鉄火丼を注文したが、鉄火丼だけでなく天ぷらまで付いてきた。
さらにコーヒー、紅茶はアイス、ホットともに飲み放題。
だけど、飲み放題とはメニューのどこにも書いていないから一見さんは戸惑うかも。
自分は沖縄県人の食ブログで、この店を知ったが、そこに飲み放題と書いてあったので
堂々とアイスコーヒーを3杯おかわりしたけど。

この日は夜にホテルでディナーが用意されている。
今年も3泊以上の宿泊客には無料でディナーがサービスされるが、
このディナーがまたスゴイ量なので、腹を空かせていないと食べられない。
なので「まぐろ基地」で早めの昼飯にしたのだが、
その後、再び名護に行ったり、いろいろな場所に行ったので腹が減ってしまう。
だけど腹持ちのいいものは食べることができないので
座喜味城跡の近くにある沖縄ぜんざいの「鶴亀堂」へ行って
ぜんざいを食べることにした。
2度目の訪問だが大きくない店は、かなり有名になっていて
自分達が着いた時は満席だったが、すぐにひとつしかない座敷が空いたので着席。
そして、ぜんざいを食べて店を出るまで15分もかからなかった。
頭の痛くならないフワフワ氷のぜんざいなのでアッと言う間に食べられるからいい。
スーパーに立ち寄りながら北谷のホテルに戻ってディナーの時間まで寛ぐ。

3泊以上の宿泊客にディナーサービスって相当なサービスだ。
だけど齢を重ねてくると年々、ボリュームの多さがツラくなってくる。
このディナーコースも前菜からデザートまで超ボリューミー。
食べ終わった後は苦しくてしばらく動けない。
翌日はチェックアウトなので荷物の整理をしたくても
とにかく苦しくて動けない。
ディナーサービスの代わりにマッサージサービスもプランにあるので
来年はディナーサービスを回避してもいいかも…と真剣に思ってしまったよ。

つづく


2015沖縄旅行記その3

2015年08月28日(金)

昨日からの腰痛、やっぱヒドイ。
まだ、ぎっくり腰じゃないから屈んだりできるが、
それでも普通にイスに座っていると、ぎっくり腰の時と同じような痛み。
今日は朝から1日中、腰サポーターをしていたよ。
幸い、明日は休みなので安静にしていよう。
さて沖縄旅行記の3日目、たぶん1番長くなりそうだ。

●8月12日
読谷漁業組合が土日を除く平日、漁船に乗って定置網漁を体験する
ツアーを主催しているのを発見し、6月中に申し込みをしておいた。
この日は朝7時出港の漁船に乗るために6時起き。
朝食は1番早い時間が6時からなので間に合わない。
ホテルに相談すると、ゴルフやダイビングなどで早朝に出発する人には
朝食を弁当としてテイクアウトしてくれるというので、
6時15分にフロントで弁当を受け取って読谷港を目指す。
昨夜、気持ちが悪くなり2度も深夜に起きてリバースしてしまったので
体調はかなり不安であった。
食欲も全然なかったため、車内で食べようと思っていた朝食の弁当も
まったく食べることができなかった。
約30分で読谷漁港に到着すると、集合場所のセリ市場前には
すでに大勢の人が集まっていた。
漁船の乗船人数により1日20名ほどしか参加できないが、
この日は夏休みということもあり家族連れが多く満席だったようだ。
車を漁港の裏に停めて受付を済ませ乗船名簿に記載しライフジャケットを受け取る。
出港まで少し時間があったので車内に戻って朝食弁当を無理やり食べる。
さすがに船に乗るのに空腹じゃヤバイと思った。
船と言ってもダイビングに行く時のようなクルーザーではなく本物の漁船。
クルーザーと違い、漁船は海面が本当に近いね。
ただ漁船にしては大きな船で、前方には大きな獲物に対応できるように
クレーンが装備されていた。

7時ちょうどに「よみたん丸」は漁船は出港。
目的地の定置網が仕掛けられてある漁場までは約2.5km。
目と鼻の先ほどの距離だが、問題は距離じゃなくて滞在時間。
漁をしている間、漁船を停めているので当然だが波で揺れる。
波酔いの恐れのある人は酔い止め薬を飲んで乗るよう言われたが
今まで船だけでなく乗り物全てで酔ったことなどないので
酔い止めなんて持ってきてない。
しかし昨夜のリバースもあり体調は本調子には程遠く、ものすごく不安はあった。

後ろに小さな漁船を曳航していくので、よみたん丸のスピードはゆっくり。
最初は何のために曳航しているのか分からなかったが、
この小さな漁船こそ定置網漁には絶対に必要な船だった。
不安とは逆に、この日は波も穏やかで絶好の漁業体験日和。
日射しはかなりきつく海面が眩しくてサングラスをかけっぱなしだった。

読谷沖に仕掛けられているこの大型定置網は水深40mに長さ360m、幅60mの
巨大な袋状の網を仕掛け、魚の習性を利用して魚を集める構造になっている。
曳航されていた小型漁船が海上に浮かぶ黄色いブイを目印に
よみたん丸を離れ滑るように定置網に向かって進んでいく。
よみたん丸が定置網の設置された、ちょうどその真上に到着。
ここからは小型漁船と自分達の乗っているよみたん丸とで挟み撃ちにして
網を引き揚げ、魚たちを徐々に追い込んでいく。
大きな網はウィンチだけでなく人の手でも引き揚げられる。
この風景を見つめていると、もう久々にないというほど興奮してきた。
やっぱり「猟」や「漁」といったものは、本能的に人を興奮させるものなんだろう。
すっかり船酔いなどの不安は無くなっていた。
一隻と一槽の距離が縮まり、かなり魚たちが網の中心に集まってくると
漁師さんの手招きを合図に自分たち参加者も網を引きにダッシュ。
そして、ついに姿を現した獲物たち。
定置網初体験の自分たちは誰もが歓声をあげて網の中に熱い視線を注ぐ。
ここからは漁師さんたちの慌ただしくも流れるような漁獲作業が始まる。

漁師さん達は最初に大物を引き揚げていく。
大きなロウニンアジやカツオが次々と船の上でビチビチと跳ねる。
小さな漁船には大きなエイが引き揚げられ、毒針をナイフで切られていた。
その他、アジや大きなサヨリのようなダツ、中には鮮やかなフグの一種やイカまで。
あとトビエイも大群でかかっていたが全部、売れない雑魚なので
船の上に適当に投げられて大量のトビエイが絶命していた。
また1メートル以上の大きなウミガメも2匹、網の中にかかっていたが
漁師さん達はウミガメを、あえて見て見ぬふり。
後で聞くとウミガメがかかった場合、サイズや重さを計って
タグが付いているかの有無と一緒に研究所に報告しなければならないらしい。
なので漁師的には一銭にもならない面倒な作業なので、
勝手に網から出ていってほしいとか。
魚の引き揚げ作業から除外されたウミガメは、そのうち網の端から
大海原に戻って行って漁師さん達もホッとしたみたい。
ウミガメにくっついていたコバンザメも売り物にならない雑魚なので無視されていた。

最後の一匹まで魚を回収し、漁師さん達は魚を種類ごとに分けて本日の漁は終了。
あとは港に戻るだけなのだが、ここからは別の楽しみが。
若い漁師さんが今、獲れたばかりのカツオを捌いて刺身にしてくれた。
これが信じられないくらい美味しかった。
今まで食べていたカツオと全然違った。
カツオって普通は臭みがあるので表面を炙って食べるが、
獲れたての新鮮なカツオは臭みもなく、それでいて歯ごたえがしっかりとして
今までのカツオとは全く別物だった。
まさに参加者だからこそ堪能できる海の恵みだ。

夏場の漁は海水温度が高くて獲れる魚も少ないらしい。
漁師さんには満足のいく漁獲ではなかったらしいが、
素人には十分すぎる内容だった
体験、刺身、共にお腹いっぱいって感じ。
冬場はマンタやジンベイザメがよく網にかかっているという。
美ら海水族館にいるマンタやジンベイザメは、この定置網にかかっていた。

体調不安があったものの、蓋を開けてみれば全然問題なし。
未知の体験と冷めやらぬ興奮の連続に本当に楽しかった。
この経験が1人2000円は安すぎる。
しかし、参加者の中には完全に船酔い、波酔いしてダウンしている人も少なくない。
7時に出港し、9時30分前に戻ってきたが、漁の最中は船は海上に止まって
約2時間近く波に揺れっぱなし。
それでダメになってしまう人も多い。
せっかくの新鮮なカツオを食べることもできずダウンしていた。

耳馴染みのある漁師の仕事だが、彼らにとっては日常の風景も
何も知らない自分たちの目には、こんなに新鮮に映るんだということを
強く認識した定置網漁初体験だった。
子供の情操教育にも良い経験だろうね。
漁師さん達も、見た目と違って優しいし。
あと、すごく残念だったのは定置網を引き揚げると魚と一緒に
大量のゴミも網の中に入っていた。
どこから流れてきたゴミだか分からないけど、漁師さん達は網の中のゴミも
取り除きながらの作業で凄く大変そうだった。
海は汚さないようにしないとね。

読谷漁港に戻り、参加費用を払って近くのGALA青い海という施設へ。
ここで塩ソフトを食べてパワーを注入し、前日に続いて再び国頭へ。
今回は道の駅ではなく、さらに北上し、県道2号を右折、
山道を約40分かけて走って昨年も訪れたヤンバルクイナ展示施設へ。
昨日、国頭まで来た時は、すでに終わり間近の時間だったために行けなかったので
2日連続しての北上となった。
昨年は朝一だったため県道2号で野生のヤンバルクイナにも遭遇したが、
今回は日中なので、さすがに遭遇することはなかった。

ヤンバルクイナ展示研究施設、昨年に来た時よりキレイになっていた。
中では昨年も見たヤンバルクイナが動き回っていた。
昨年は換羽の後だったので短い羽根だったが、今年は換羽前なので
通常の羽の長さだが、あと数日で換羽のため、自分で羽を抜きはじめそうだとか。
すると見学中、まさしく自分で羽を抜きはじめる行為を見ることができた。
今年も長い時間、ヤンバルクイナを見学してしまった。
まぁ、見学中に駐車場に行くのさえ無理なほどのスコールがあったのだが。

国頭から一気に北谷に戻り、数年ぶりに有名な沖縄そばの店「浜屋」へ。
前回、訪れた時、ここの名物でもある「ゆしどうふそば」を食べたかったが、
残念ながら品切れだったので今回こそ、と思って訪れたが今回も品切れ。
たぶん昼時に無くなってしまうんだろうな。
仕方ないので今回も「浜屋そば」を注文。
次回はもっと早くに来よう。

そのまま北谷の「サンエー」や「かねひで」などのスーパー巡りをしてホテルに戻る。
ジャグジーで汗を流してアメリカンビレッジへ。
年々、新しい商業施設が誕生しているアメリカンビレッジだが、
最近できたばかりのビルの中にあるパンケーキ屋へ。
本当なら漁業体験後に読谷にある「ヤッケブース」という
パンケーキ屋に行く予定だったが、運悪く定休日だったので
アメリカンビレッジでパンケーキを食べることにした。
完全なるシーサイドビューの店だったが、ちょうどサンセット直前のため
メチャクチャ西日がきつかった。
だけど今まで食べたことのないような食感のパンケーキは美味かった。

アメリカンビレッジ内を散策してホテルに戻ってこの日は終了。
2日連続で国頭まで行ったり、初日の海中道路などで
黒いノートの走行距離は今までにないほど増えていて
北谷に戻った時に1度目の給油。
やっぱ広いけどヴィッツやフィットより燃費は悪い。
残り2日間で、いったい何キロ走ることやら…。

つづく


2015沖縄旅行記その2

2015年08月27日(木)

なんだか腰がヤバい。
ぎっくり腰までいかないが、かなり痛い。
夏休みが明けて1週間以上経ったが、長い休みで身体がなまったままなのかも。
とにかく腰が痛いので湿布を貼って寝よう。
その前に沖縄旅行記の続き。

●8月11日
朝7時に起き、8時から朝食。
前日にメイン料理の希望(アグー豚、鶏、魚)と
卵の調理法(オムレツ、目玉焼き、出し巻き、茹で卵、スクランブル)を
申告しておく。
自分はアグー豚と出し巻き卵にしておいたが、
朝からけっこうなボリュームだった。
約45分かけてコースの朝食を終え、中城にある成田山の別寺、成田山福泉寺に
お参り&御朱印を貰いに行く。
ここへは2年前にも来たが、その時は御朱印を貰えなかったので再度の訪問。
今回は無事に御朱印を貰うことができ、旅の安全を祈願し、
続いて高速に乗って名護のJAへ。
そこで実家や親せきに送るマンゴーを買って郵送。
やっぱ名護のJAは沢山のマンゴーがある。
過去9年、はずれたことがない。
その後、腹が減ったので本部まで足を延ばしてハンバーガーショップへ。
ここはガイドブックには出ていない地元ダイバー御用達のハンバーガー屋。
自分は自家製ベーコンの乗ったスペシャルバーガー、
美穂は本部牛バーガーを注文。
この本部牛のバーガーの肉が分厚くてビックリ。
不思議だったのはソフトドリンク1杯300円なのだが、
飲み放題だと100円アップの400円。
ならば誰でも飲み放題を選択するよな。
コーラやオレンジジュース、ウーロン茶の他にルートビアもあったので
一気に3杯もルートビアを飲んでしまった。
今夏、初めてのルートビアだったが、やっぱ美味い。

北部の本部まで来たので、そのまま北上して国頭にある道の駅を目指す。
その手前にあるファミリーマートは沖縄では3店舗にしか置いていない
プレミアムソフトクリームが置いてある店舗なので、とりあえず買ってみた。
プレミアムというだけあり、かなり美味しかった。
ちなみに残り2店舗は読谷と豊見城にあるらしい。
旅の後半、偶然にもどちらの店の前を車で通った。

国頭の道の駅に着くと、ちょうど興南高校が甲子園で試合をしていたので
大勢がテレビにくぎ付けになっていた。
沖縄で1番落ちつく道の駅でもある国頭を後にし、
58号線から左折して山道を通って太平洋側に抜け、
今年できたばかりの沖縄で一番新しい道の駅「ぎのざ」へ行ってみる。
まぁ、許田や豊崎、糸満、国頭に比べれば、しょぼい道の駅だったけど。
そのまま太平洋側を南下し初めて金武にも行ってみた。
米軍のキャンプハンセンがある街なのでコザ(沖縄市)よりも
古きアメリカっぽい街並みに少しドキドキした。
おまけに歩いている人は全部アメリカ人。
店も英語表記や料金はドル表記で日本人が来ちゃいけないような雰囲気があった。
てか、かなり人通りが少なく、少し危ない感じもした。
だけど金武にある「ゲート1」というパーラーのタコライスボールを
1度食べてみたいと思っていたので店を探す。
街の真ん中の公園のような所の駐車場が1時間程度なら無料開放されていたので
車を底に停めて寂れて怪しい雰囲気の街を恐る恐る散策。
カメラで街並みを撮りたかったが、ちょっと勇気がなかった。
ゲート1という名前の意味はキャンプハンセンの第1ゲート前にあるから。
なので、すぐに店は見つかった。
持ち帰り用の小窓を開けると店員が日本人なので少しホッとした。
メニューはドル表記の下に円表記。
丁寧に写真付きなので分かりやすい。
タコライスボールとタコス、あとネーミングに惹かれた
チキンバラバラのハーフを注文。
チキンバラバラは簡単に言えばチキンの唐揚げ。
ハーフはチキンの半身の唐揚げで部位ごとに分かれているが
これが結構なボリュームでパックから完全にはみ出し状態。
タコライスボールも想像以上に大きく重くずっしりとしていた。
とりあえず全部テイクアウトして、そのまま太平洋側を通って一般道でホテルに帰り
近くのコンビニでコーラを買って、すべて部屋で夕食として食べたが、
相当な量だったので全部は食べきれなかった。
翌日は早朝から漁船に乗って漁に出るので早めに寝たのだが
深夜に気持ち悪くなって2度ほど起きて不覚にもリバースしてしまった。
タコライスボール、タコス、チキンバラバラと全て脂っぽいものなので
正直、油にやられたのかもしれない。
2度も深夜に起きてしまったため、睡眠時間もあまりないまま
翌朝、読谷港から漁船に乗って大海原に出るのはかなり不安があった。

つづく


2015沖縄旅行記その1

2015年08月26日(水)

8月10日から14日まで4泊5日で今年も沖縄に行ってきた。
今年で9年連続13度目だ。
例年より少し早目の日程だったので料金も例年より高めだったが、
帰ってきてしばらく休みだったので気分的には楽だったかな。
昨年は旅行2日前に「ぎっくり腰」をやってしまい、手負い状態だったが
今年は体調万全で臨んだはず…だったが、沖縄でヒドイ目にも遭ってしまった。
とりあえず毎年のごとく、記憶をたどりながら旅行記をダラダラと書いてみたい。

●8月10日
例年同様に朝1番の飛行機のため、4時台に家を出発し一般道で空港へ。
全日空の搭乗口に近い羽田空港P4の駐車場に車を停めたが
予想以上にガラガラで連絡通路のある4階に停めることができた。
飛行機は最新型のB787で満席状態。
搭乗前、イスに座って待っていたら30分後に飛び立つ飛行機に変更すると
1人10000円貰えるとアナウンスがあり少し考えてしまった。
2人で20000円浮くんだから、その分で現地の美味いものが食べられる。
どうしようか悩んでいるうちに締め切られてしまった。
離陸から爆睡、着陸の振動で起きるくらい深い眠りだった。
沖縄の天気は快晴とまではいかないが晴。
荷物を受け取り早速、レンタカー屋へ電話。
いつもは往復の飛行機とホテル、そしてレンタカーのパックで申し込んでいるが
数年前から泊まっている北谷のホテルが子会社としてレンタカー屋を開業。
ホテル宿泊者は宿泊料金の中にレンタカーも含まれることになったので
往復飛行機とホテルのみのパッケージで予約。
なのでレンタカー代金の分、少し安くなった。
そのかわり大手のレンタカー屋のようにバスが待っているわけではなく
空港に到着したら電話で報告しなければ迎えに来てくれない。
しかし全室14部屋しかないホテルなのでレンタカーを借りるのは最大でも14組。
なので手続きで長く待たされることもなく、迎えのエスティマに乗り
空港から5分ほどのレンタカー屋に着くと、そこの駐車場で
アッという間に手続き完了。
自分と同じ飛行機には他の宿泊客はいなかったのでエスティマも自分達だけだった。
車はヴィッツかフィットのようなコンパクトカーだと思っていたら
なんと黒の日産ノート。それも30000キロしか走っていない新型ノートだった。
昨年がスズキのスイフトでトランクが超狭かったが、さすがノートは広い。
そして昨年のスイフトの時、オーディオがCDとSDカードだったが
今回のノートもCDとSDカード。
毎年、沖縄ドライブ用にお気に入りの曲を入れたCDを3枚ほど用意するが
念のため今回はVOXYに入れているSDカードも持ってきていたので
作ったCDではなくSDカードを挿入し、飽きることなくドライブすることができた。

黒いノートがまず向かったのは例年同様に豊崎にある道の駅。
そこでマンゴーをチェックし、ポークたまごおにぎりを買って車内で食べ
糸満の道の駅にも立ち寄る。まぁ、これが毎年のパターンだ。
その後、いつもなら名護のJAに向かうのだが、今回は糸満からさらに南下。
「屋宜家」という各種ガイドブックにも掲載されている有名な沖縄そばの店へ。
11時30分にここで4日前から沖縄にいる手塚家と
3日前から沖縄にいる則家と待ち合わせしている。
2家族が沖縄で一緒になることは何度かあったが、3家族が一緒は初めてのこと。
則ぞーが「屋宜家」を予約しておいてくれたので、みんなでメシを食うことになった。
「屋宜家」に着いたのは11時少し前。
それから則家6人の乗ったアイシスと手塚家4人の乗ったフィットハイブリッドが到着。
総勢12人で店の離れで名物のアオサーそばを食した。
店内に入ってから外はゲリラ豪雨のようなものすごい雨。
食べ終わっても移動できずにいたが、雨もやんで店を後にする。

その後、手塚家、則家とも「斎場御嶽」に行くというので
昨年も行った場所だが、初日は完全フリーにしていたので一緒に行く。
則家のアイシスが狭いのか、ちぃだけノートに乗りこんできた。
海沿いの道を走って南城市の「斎場御嶽」へ。
正直、自分は昨年も行ったので駐車場にあるカフェで休んでいようと思ったが
先に着いていた則ぞーが気を利かせて全員分のチケットを購入していた。
則ぞーの好きな世界遺産系なので、いつもと違い積極的で
変な気を利かせてしまったため、カフェで休むこともできず仕方なく行くことに…。

「斎場御嶽」の後は南城市の観光案内所みたいなところで
子供達は沖縄の民族衣装に着替えて写真撮影。
最初はちぃだけだったが、嫌がるタクも琉球王のコスプレ。
あちがピンク、りさは黄色、ちぃが紫、亜美は赤の鮮やかな琉球衣装。
男の子が1人だけだったのでタクは少しかわいそうだったが
琉球王様の衣装、なかなか似合っていた。
あの写真、年賀状に使ってほしいくらいだよ。
写真も沢山撮ったが、本人の許可を貰っていないので、ここでの掲載は控える。

ここで空港へ向かう手塚家とはお別れ。
則家と一緒に海中道路の先にある宮城島を目指す。
則ぞーが宮城島にある沖縄天ぷら屋に行きたいらしい。
すると今度はちぃだけでなく里紗までノートに乗りこんできた。
アイシスって5ナンバーだから6人で乗るとキツイだろう。
せめてVOXYやセレナじゃないとね。
2人がノートに乗って正解。
海中道路までメチャクチャ長かった。
初日にして運転するのを飽きてしまったくらい。
里紗は後部座席で爆睡していたが、ちぃはずっとゲームしていた。
やっと海中道路を通って、右にある宮城島に到着。
島の先にある港の前の小さなパーラー系の店。
そこで揚げたての沖縄てんぷらを買って車内で食べながら
今度は中城にあるジャンボステーキで有名な「エメラルド」へ。
今年の7月にオープンしたばかりのイオンモールライカムの横を通って
則家とは2年前も訪れたエメラルド。
だけど到着して変な違和感が。
駐車場に車が全然、停まっていない。
いつもは駐車に困るくらい店前の駐車場はいっぱいなのに
停め放題的にガラガラだった。
時刻は17時過ぎなのでアイドルタイムでもないし。
店内には行っても客は数えるほどでガラガラだった。
右側の奥にある広い部屋の8人座れる長いテーブルに通された。
思うに、近くにできたイオンモールライカムの影響をモロに受けているのかも。
今まで絶対にガイドブックに載らない店だったが、
今年版のガイドブックに掲載されるようになったのも
ライカムのせいで客が取られてしまったからなのかもしれない。
エメラルドで注文したのは当然、350グラムのエメラルド特製ジャンボステーキ。
値段は2年前に来た時より上がっていたのは仕方ない。
メニューもキレイになっていたが、出てきたステーキは以前と同じもの。
出てきた時はビックリするが、意外とペロッと食べることができる。

エメラルドで則家と別れ、北谷のホテルへ。
このホテルに泊まるのは2010年から6年連続。
てか、沖縄ではこのホテル以外は考えられない。
14部屋しかないが全部屋100平米の広さとジャグジー付き。
朝食は約45分かけての琉球料理のコース。
そして今回はレンタカー付きと言うことがない。
北部にも南部にも足を伸ばせる立地も文句なし。
今回の予約も8月の予約が解禁となった1月中旬、すぐに申し込みを入れた。
14部屋しかないので早くしないとすぐ埋まってしまうからね。
ホテルにチェックインしたのは19時を超えてディナー時間中だったので
毎年のウエルカムスイーツは後日になってしまった。
今回は9階建ての8階の部屋。
部屋に荷物を置いてアメリカンビレッジを散策。
ここ数年、毎年行っているフローズンヨーグルトの量り売りの店に行ったり
イオン北谷店に行ったりしてホテルに戻る。
北谷はホテルの近くにアメリカンビレッジがあるので本当に便利だ。
部屋に戻りジャグジーに浸かって疲れを取り、この日は朝も早かったので
22時台には寝てしまった。

つづく


ヤル気ナッシング

2015年08月24日(月)

毎週のことだが休み明けの月曜日はヤル気が起きない。
週の始めなので築地へ仕入れに行くのが必須。
なので、いつもより早起きしなくてはならない。
おまけに昨日の試合、4打席中3打席出塁して塁間を走ったりしたので
久しぶりに左足のアキレス腱が異常に痛い。
さらに今朝、銀座線が車両点検のために全線で止まったので
ダイヤが大幅に乱れ、日本橋駅は大混雑。
東西線から銀座線へ向かう階段まで大勢の列ができてカオスな状態。
結局、ホームに辿り着いても電車に乗るまでも時間がかかった。
5本くらい乗れずに見送ったかな。
よく考えたら、日本橋から地上に出て歩いていけばよかった。
絶対にその方が早く着いたな。
でも足が痛かったから、どうかな?
そんなこんなで、ヤル気の起きない月曜日だというのに朝から疲れてしまった。
やっと仕事場に着いて築地へ仕入れに行き、仕込みをしたりで
あっという間に営業開始時間。
結局、昨日の試合の詳細をホームページにアップする時間はなかった。
明日は少し余裕があると思うので、できるといいな…。
それにしても疲れが取れない。
沖縄の旅行記もそろそろ書きたいんだけど長くなるからなぁ…。


減らない

2015年08月22日(土)

沖縄で1キロちょっと太ったが、東京に戻ってもなかなか減らない。
だけど体重は増えたのに体脂肪率が約1%減ったのはなぜだ?

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