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2012年11月15日(木)
野ダメの解散決断や森光子さんのご逝去のニュースに消されたが、 石原新党の名称が「太陽の党」に決まったね。 なにやら「政治はバクハツだ!?」とか言い出しそうな気がしないでもないのが…。 そして、一瞬の輝きも見せられないまま、民主党に吸収されていった あの羽田氏を党首とした「太陽党」を思い起こさせられるなぁ。 まぁ「タイヨウノトウ」という響を聞くと、石原慎太郎の小説より、 前衛芸術家の岡本太郎デザインの大阪万博のシンボル 「太陽の塔」しか頭に出てこない。 そもそも、今の若い人は「太陽族ってナニ?」って感じだろうし、 ヘタすりゃ石原慎太郎前東京都知事が小説家であることも、 岡本太郎の名前すら知らない人も多いだろうけど。 だけど、なんで新党の名前に石原氏の昔の小説から 名前を取らなきゃならんの分からん。 いい悪いは別にして「国民の生活が第一」という党名は、 その党が何を目的としているのか分かりやすいが「みんなの党」とか 「立ち上がれ日本」とか、いったい何をするために結党した政党なんだか、 名前だけ見てもさっぱり分からんね。 もっとも名前が実態を表しているとは限らないけど(by 国民の生活が第一) 同様に字面だけ見て、太陽の党なる政党が何を目的として結党された政党なのか ピン!とくる人ってどれぐらいいるんだか…。 石原氏の過去の栄光にあやかりたいのか、古き良き時代の懐古に浸りたいのか、 綱領の一部を見ても、自主憲法の制定とか保守色というよりも 行き詰まった現代民主主義に対する悪質な反動、 滅び去った大日本帝国の栄華よもう一度!といった感じ。
民主主義国家における憲法とは誰が定めたのか?ということよりも、 その憲法がどれだけ主権者たる国民にとって、 より良い国づくりの役にたっているのか?が重要なんだけどね。 現在の日本国憲法以前の「大日本帝国憲法」は、 一応は日本人の草案を元に定められていたが、 そもそも民主的な手続きによって定められたものではなく、 当時は明確に国家元首であった「天皇」自らが制定し、公布した欽定憲法だった。 それでも日本人自身の手によって作られた憲法であることは間違いないのだが、 この憲法の下、当時の大日本帝国は日本民族の誇りをもって米英など戦争をし、 多大な犠牲者を出して亡国の道を転げ落ちていったわけで…。 これに対し、現在の日本国憲法は敗戦後GHQの草案を元に定められており、 その内容には当時のアメリカ政府の対日政策に対する 様々な思惑が見られるものの、この憲法の下、 新しく日本国としてスタートを切った日本は、平和かつ経済的繁栄を遂げてきた。 たとえそれが自ら戦い抜いた市民革命の末の民主主義ではなく、 アメリカという大国から一方的に与えられたものであっても、 それをうまく運用、運営、活用して、今日の日本という国を築いてきたのは 我々日本人である。 制定から半世紀以上が経ち、国の実態や時代にそぐわない部分の改正や修正は 必要だろうが、いまさら自主憲法の制定をする政治的必要性が高いとは 思わなくもないんだけどね…。 もっとも、太陽の党が掲げる綱領を見てみると、石原氏と同年代の戦前教育を受けた 「日本人の誇り」を持つ高齢者には支持されそうな内容ではあるけど。
難い話になってしまったが、話を戻すと、太陽の党という政党名より 「石原新党」が一番ピッタリだし良いと思うが、 政党に個人名は使えないという決まりがある。 ならば、いっそ「石の決意を持って原野を行く党」とでもして、 新聞やテレビなどの略称を「石原」にしたら良いかもしれないが、 たぶんダメだろうな。 ならば逆から読んで「党新原石」とか、おもいきって「尖閣諸党」とかヾ(・ω・o) ォィォィ
石原氏としては、とにかく次の総選挙で自民、民主と対抗するためにも、 とにかく第三極が食い合わない状況を作ろうとして、みんなの党や日本維新の会と いろいろ話をしているようだが、なかなか難しいみたいだね。 明日、解散して約1ヶ月後に選挙じゃ、第三極がまとまるには時間が無さ過ぎる。 だけど結果的に第三極がそれぞれ勝手に候補を立てていけば、 それは自民、民主の大政党を利することになってしまう訳だし…。 さてさて、はたして石原氏の思惑を橋下、渡辺氏は受け入れられるか? 今の段階では民主党政権の後を任せられる受け皿には少し遠い存在のようだけど…。 結局、次の選挙はどこに投票すりゃいいのか迷うというより悩むよね。 あ、もちろんウソツキ民主党は、どんなマニフェストを掲げたって 最初から除外だけどさ。
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