Web Masterの日記



中止

2011年09月03日(土)

やっぱり明日の試合は中止。
こっちの方は、たいして降っていなかったけど風は強かったね。
豊洲に買い物に行った時、いきなり豪雨に見舞われた。
間一髪、濡れなかったけど。
それにしてもクソ遅い台風だな。

試合のなくなった明日は久々のコストコ→則家コンボ発動だ。


台風12号

2011年09月02日(金)

数日前から超大型の台風が来るぞ、来るぞとニュースや天気予報で煽っていたが、
東京は今朝も晴れていた。
昨夜遅くに雨が降っていたみたいだが、朝には路面も乾いていたし
日中も陽射しが眩しいくらいの晴天だった。
一方で、北関東や東海、近畿、四国など広範囲で記録的な雨が降っていたみたいだが、
東京銀座の晴天の下にいると、本当に台風が来るの?と思えるくらい
なんか全然、実感が湧かなかったよ。
このまま日曜の試合も無事にできるんじゃないかって思えるくらいだった。

しかし、テレビで台風接近を煽るものだから昨日も一昨日も家路を急ぐ人ばかりで
夜の銀座は寂しく、当然店も開店休業状態。
早じまいして地下鉄に乗っても、いつもの混雑はなかった。
もちろん今日の夜も金曜日だというのに人気はまばらでヒマな状態。
まぁ、ようやく少しは東京にも雨が降ったし、
なんとなく風も台風らしくなってきたので、みんな早く家に帰るよな。

しかし、テレビの煽り方には文句も言いたくなる。
昨夜だって一昨夜だって、東京都心は台風の影響なんてほとんどなかった。
傘は持ち歩いていたが、結局差すようなことはなかった。
それなのに何度もテレビで台風に用心するよう煽られたら、みんな早く帰ってしまう。
こんな時の水商売って、ほんと商売にならない。
水商売とはよく言ったもの。
雨だの台風だの水モノには弱いんだよね。
だけど昨夜、一昨夜は雨も降っていないのにテレビの煽りで商売を邪魔された気分だ。

さすがに明日は東京でも一日中、雨みたいだ。
やっぱり日曜の三郷は厳しいだろうね。
てか、グランド横を流れる江戸川の上流って、かなり雨が降っていたのでは?
こっちが降っていなくても水位上昇で冠水する危険もありそうだ。
まぁ、無事にできれば一番良いんだけど、中止の場合は、
できれば明日中に連絡が欲しいね。
みんなの予定も立てやすくなるからね。


新規開設

2011年09月01日(木)

えらく遅い台風だな。
進路もだいぶ西寄りになったけど、やっぱ日曜の試合は厳しいだろうな。
今週は仕方ないけど、来週まで被害の残るような荒れ方はしないでほしいぞ。

さて、昨日もらった給料の増えた分を貯金しようと思い、
銀行に新しい口座を開設しに行ったが、最初に行った東京三菱UFJ銀行は
他にも同銀行の口座を持っているという理由で新規開設ができなかった。
銀行口座の開設に関して以前より厳しくなっていると聞いてはいたが、
まさか開設できないなんて思いもしなかった。
持っている同銀行の口座っていっても、今から30年以上も前に
地元で作った口座であり、当時は「三和銀行」だった。
それが銀行の都合で合併を繰り返し、三和と東海が合併してUFJ銀行に、
三菱と東京が合併して東京三菱銀行に、さらにその2行が合併して
今の東京三菱UFJ銀行になっているんじゃないか。
そりゃあ、そんなに合併を繰り返していたら、誰だって合併前の
どっかの銀行口座くらい持っていたって不思議じゃないだろうよ。
それなのに当時の三和銀行の口座を持っているという理由で
新規開設してもらえないのは納得がいかなかった。
もう通帳もキャッシュカードすらどこにあるのか分からず
何十年も使っていない口座なのに。
しかし、それらのことを話しても理解してもらえなかった。

これ以上言っても仕方ないので、東京三菱UFJ銀行の近くの
みずほ銀行に新規開設をお願いしに行ってみた。
みずほ銀行の口座もすでに持っていて、それも行った同じ支店の
口座を持っているので、やっぱり新規開設できないと思いきや、
三菱東京UFJとは逆に、驚くくらい、あっさりと新規開設ができた。
それも、すでに同銀行の同支店で口座を持っているので
身分証明証のコピーすら取らなかった。
いったい、この差は何なんだ?

会社のメインバンクでもあるみずほ銀行で開設するのは、
できれば避けたかったが、三菱東京UFJ銀行があんな調子だったので、
まぁ仕方ないかな。
とりあえず給料の増えた分の貯蓄専用口座が新規開設できたので良しとしよう。

それにしても、やっぱり納得いかないな。
そっちの都合で統合やら合併ばかり繰り返しておきながら、
合併前の銀行口座があるという理由だけで新規開設を断るのって何様なんだよ。
まぁ、行った支店は東京でもかなり大きな支店なので、より厳しかったのかも。
悪いことに使うための口座売買って今もあるみたいだしね。
もう少し小さな支店に行けば、あっさり開設できたのかもしれないね。
今度、試しに違う支店で新規開設を頼んでみようかな。
だけど、やっぱりもう三菱東京UFJ銀行には何も頼みたくない。
三井住友銀行あたりも厳しそうだね。
みずほ銀行とりそな銀行くらいかな、融通が利きそうな都銀って。
てか、以前は13もあった都銀、今は4行だけか…。
住友、三井、三菱、三和、協和、大和、東海、東京、埼玉、第一勧銀、富士、
太陽神戸、北海道拓殖…この13行だったっけ。
確かBANCS加盟13都市銀行のマークって13行の1と3を組み合わせて
BANKの「B」の字にしていたよね。
それが北海道拓殖銀行の破たんや破たんを免れるため90年代の
金融ビッグバンと呼ばれる時代から合併が増え、今じゃ僅か4行…。
自分が学生の頃、銀行に就職なんて超エリートコースだったけど、
まさに栄枯盛衰だね、都市銀行って。


70%アップ

2011年08月31日(水)

明日から9月、今年もアッという間に8ヶ月が経ってしまったか。
大きな台風が接近中だが、この台風が通り過ぎたら
季節は夏から秋に変わっていくのかな。

さて、今月から給料が上がった。
そんなに儲かっていないように見えて、実はかなり黒字経営のため、
今まではあまりにも法人税を払いすぎていたので、節税対策の一環として
代表取締役である自分の給料を一気に上げたのだ。
プロ野球選手のように年棒で換算すると実に70%アップの大昇給だ。
だけど正直、こんなにいらないんだけどな。
てか、ちっとも嬉しくない。
給料が上がれば必然的に所得税をはじめとする各税金も上がるし、
厚生年金だって健康保険料だって上がってくる。
住宅ローン減税があと数年あるので所得税は実質0だし、
厚生年金だって将来的には戻ってくる(?)予定なので
そんなに考えなくてもいいのかもしれないが、
先月までの金額でも十分に生活できたというより毎月余っていたので、
身の程を弁えた金額だけ貰えれば、それだけで本当に満足なんだけど…。

昔に比べると欲ってものが無くなってきたように思える。
若い頃は、あれも欲しい、これも欲しいと欲しいモノが多かったが、
今、本当に欲しいモノって特に無いなぁ。
まぁ、昔はカネの使い方がヘタだったから、本当に欲しいモノを
いざ買おうとしても、なかなか手に入れることができなかったので、
欲望が強かったのかもしれないね。
ある程度の年齢を重ねてくると、カネの使い方も若い頃に比べれば上手になるもの。
そして限られた金額を上手く使っているので物欲が自然と無くなっていった。
欲が無いのでグリード化は避けられそうだね、
鴻上会長には怒られそうだがヾ(・ω・o) ォィォィ

一気に上がった給料を来月からどう使おうか?
たぶん上がった分はそのまま貯蓄しちゃって、今までと同じ生活だろうね。
会社がもしもの時のため、社長からの短期借入金の財源として
貯金するのがベターなんだろうし。


不調

2011年08月30日(火)

日曜の試合の時から左アキレス腱が痛い…。
やっぱりスパイク履くと痛みが出るな。
おまけに雨だとさらに痛む。
どうにかならないものかね。
あぁ、明日起きたら奇跡的に痛みがなくなっていないかな。
いろいろ書きたいことが溜まっているが、痛みに負けて何も書けん。


民主党代表選

2011年08月29日(月)

別にどうでもいいことなんだけど、今日は民主党の代表選があった。
1回目の投票では、海江田が143で野田が102。
この2人による決選投票。
ちなみに前原は74、鹿野が52で馬淵は24票。
基礎票を単純に積み上げれば、小沢派、鳩山派、赤松グループで
190を超えるはずだったのが、なんと143票とは、かなり小沢派から野田に
流れた票があると言うことだろう。
圧倒的な強権政治を行っていた小沢一郎の力が衰えてきたことの証明が、
この第1回目の得票に現れた。
新人議員達にとっては、やっぱり海江田が3党合意を白紙から見直すと言ったのは、
相当な衝撃だったはず。何を今更って感じだ。
この発言を受け、石破自民党政調会長は「海江田は論外、海江田になったら
全面戦争になる」とまで明言した。
となれば、新人議員たちが最も恐れる解散総選挙が近くなることが予想できる。
新人達はそこから逃げた。
前原になった場合も国民的な人気という幻想があるだけに、
万一には解散総選挙の可能性が出てくる。
それを避ける最善の候補が、野党ともうまくやってくれて、
何とか選挙を先に伸ばせそうな野田だったということなのではないか?

こうなれば勝ち馬に乗ろうという流れが出てくる。
野田、前原を単純に足せば海江田を圧倒する。
馬淵の票も乗ってくれば、ほぼ半数になる事が確実なだけに鹿野票も流れてくる。
この勢いで泣き虫総理の誕生ではなく、小太りドジョウ総理か…。
だけど、この人にも、これと言うだけの何かが足りない気がするだけに、
与野党のバランスを図りながら、何とか第3次補正を作った後、
新年度予算成立を引き換えとした解散総選挙、そうなりそうな気がするけどな。
まぁ、その時は小沢・鳩山の時代が完全に終焉を迎える時だろう。
ん…菅は?所詮は小物だからどうでもいい。

とは言え、今後の野田新体制も茨の道が待っている。
財務相として、これという独自色を全く打ち出せず、
財務省の言いなりになったていたしね。
野党としては責め所がなかなか見出しにくい総理になるかもしれないが、
かと言って万全の体制を作れる総理になる可能性も低そうだし。
まぁ、しばらくはお手並み拝見ってとこかな。

本音は早く解散総選挙をしてほしいんだけどね。


2001沖縄旅行記その3

2011年08月27日(土)

さて昨日からの続きだが残り2日分を一気に書いてみたい。

●8月18日
沖縄3日目も気持ちいいくらいの晴天。
ニュースでは東京は38℃くらいまで上がったと言っていたが、
沖縄は31℃で湿気が少ないので絶好の天気だった。
過去4年間と比べても今年の沖縄は本当に天候に恵まれた。
なんせスコールさえないほどの晴天続き。
もう、このまま帰りたくない気分にさせるには充分だった。
昨年、一昨年の3日目はホテルをチェックアウトして那覇のホテルに移動があったが、
今年は北谷に連泊のため、その煩わしさがない。
この日はゆっくり目の朝食にして、車を南へ走らせた。

2月に和歌山県の熊野神社に行った時に美穂が御朱印帳を買い、
熊野本宮、熊野新宮、那智大社と熊野三宮神社の御朱印を貰い始め、
正月には自宅近くの富岡八幡宮や深川不動尊の御朱印もゲット、
せっかく沖縄に来たので沖縄の神社巡りを初めてしてみた。
沖縄には琉球八社と言って8ヶ所の有名な神社がある。
その中でも最も有名なのが那覇にある波上宮。
まず、そこの御朱印を貰わなければ沖縄神社巡りは始まらないらしいので
那覇の波之上へ向かった。
波之上という町は沖縄でも有名な歓楽街。
ソープランドや無料相談所の看板の奥、海沿いに波上宮はあった。
けっこう閑散としていたな。
波上宮のあとに離島行きの船が出ている港でもある那覇の泊にある天久宮へ。
ほんの数分の距離だったが、平日の朝の那覇市内国道58号線は混んでいた。
やっと天久宮に着くものの、なんと改装工事中?のため無人…。
完全に空振ったので今度は普天間市にある普天間宮へ向かった。
普天間市は米軍基地問題で揺れている町でもあるが、実際に現地に行ってみると
そんな雰囲気は微塵も感じられず、普通に町の真ん中にある基地と
現地の人たちが共存しているように見えた。
だが、普天間宮の喫煙所で1人タバコを吸っていた時、突然ゴォーーッと轟音がし、
見上げたら、ものすごい低空を米軍の輸送機が飛んでいた。
米軍のマークも機体番号も地上から読めるくらいの低空を
飛んでいるのには、さすがに驚いた。
ちょうど普天間宮のある場所は普天間基地のはずれでもあり、
着陸滑走路の位置と近いため、着陸する米軍機が本当に低空を飛んでいる。
自分は沖縄には米軍基地反対派ではないが、さすがに毎日、轟音と
着陸失敗した時のリスクと隣り合わせだったら簡単に賛成とは言えないのかもな…。
米軍機をあんな低空で見たのは初めてだったので、いろいろと考えてしまったよ。

波上宮、普天間宮と御朱印をもらったところで琉球八社巡りは終了。
他にも那覇地区にあるらしいが、公園内にあったり、時間帯や曜日によっては
無人だったりするため、今回はこれだけで良いみたい。
続いて向かったのは普天間市の隣、浦添市にある外国人住宅跡を改造したカフェ。
なんか最近、沖縄のガイドブックにもよく載っているが流行っているらしい。
カフェ自体にはあまり興味ないが、そこのクッキーが良い土産になりそうなので
まぁ、ちょっとお試し程度に覗いてみた。
国道58号から一本内側に入った所が元外国人住宅地であり、
その家を改造したカフェがいくつもあった。
どこも同じような作りのために案内板も設置され、完全なる観光地化している。
ガイドブックを持った明らかに観光客の若い女の子グループと何度もすれ違った。
女の子には良い観光地かもしれないが、道が超狭いし駐車場もあまりない。
今回はお試し程度だったが次はもう来ないだろうな。

とりあえず元外国人住宅カフェで目的のモノをゲットしたら
早々に立ち去った。自分達には似つかわしくない場所だったしね。
次に行ったのが那覇の新都心にあるデューティーフリーDFS。
とりあえず毎年、必ず寄っているがブランド物にも興味なし。
姪っ子の誕生日プレゼントを買って、サンエー那覇メインプレイスへ。
そこの方がはるかに面白かったね。
有名な富士屋のぜんざいが出店を出していたので買ってみたが、
ひがし食堂の沖縄ぜんざいの方が何倍も美味しかった。
ただ、富士屋のぜんざい、金時豆の量がハンパなかったけど。

この日は沖縄最後の夜ということもあり、贅沢にもホテルでディナーを予約していた。
なので少し早めにホテルに戻って、北谷のアメリカンビレッジを散策。
昨年は台風の最中に行ったため奥のアメリカンデポまで行けなかったが、
初めてアメリカンデポも覗いてみた。
やっぱり那覇の国際通りに比べれば北谷は安いね。

19時からホテルでディナー。
ピアノの生演奏の中で、石垣牛の炙り握りやアグー豚、沖縄コーチン赤地鶏、
北谷漁港直送県産魚などが次から次へ出てくるフルコースディナー。
このホテルは自家農場、自家牧場を持っていて、朝食も含め、
そこで栽培された有機野菜や飼育されたアグー豚、赤地鶏を使って提供される。
なので、どの料理も本当に美味しかった。
この5年間で初めてオリオンビールも飲んでしまったので気持ち良くなり、
部屋に戻ってジャグジーに入ったら、翌日の荷造りをすべて任せて寝てしまった。

●8月19日
今年の沖縄最後の日も超晴天。
結局、沖縄滞在中は雨が一滴も降らなかった。
こんなことって本当に珍しい。
しかし東京はヤバイくらいの土砂降りだったみたい。
沖縄にいると全然、実感なかったよ。

この日も遅めの朝食でチェックアウトギリギリの11時頃までホテルでくつろいだ。
「沖縄の我が家」から離れたくない気分を断ち切り、しぶしぶチェックアウト。
そして例年通り最終日は那覇の国際通りへ。
特に国際通りで買う物はないが、なんとなく国際通りを歩かなくては
沖縄の旅は終わらない感じだ。
今年もまた新たな店が多くオープンしていた。
買う物はないと言いつつも、興味ある新たな店が多かったので
なんかいろいろ買ってしまったよ。
昼食は国際通りから少し外れたところにある穴場的なステーキハウス。
ランチは225グラムステーキか300グラムハンバーグか450グラムチキンが
いずれもライス、スープ、サラダ、ドリンク付きで1000円とお得。
昨年は300グラムハンバーグを頼んだが、今年は225グラムステーキにした。
しかし国際通りは本当に暑い。
やっぱり車通りも激しいし、コンクリートだらけだからなのか異常な暑さを感じた。
結局、国際通りには2時間くらいいたかな。
その後、さらに南下して糸満地区へ行き、いつも寄るスーパーに行ったり、
再び糸満の道の駅に行ったり、豊崎にあるブルーシールでアイスを食べたり、
その近くにできたばかりのシークァーサー加工工場併設のショップに行ったりした。
そこは蛇口を捻るとシークァーサージュースが出てきて飲み放題だった。

なんだかんだしているうちに夕方となって気付いた。
今年はまだA&Wのルートピアーを飲んでいないことに…。
というわけで、いつものA&Wに入ってハンバーガーとカーリーフライ、
そしてルートピアーを注文。もちろんおかわりしたよ。

沖縄を走っていて気付いたことがある。
台風被害の多い沖縄の一軒家はコンクリート作りが基本だが、
どの家にも貯水タンクが設置されていた。
大抵は屋根の上に設置されているが、デザイン的に無理な場合は
庭にタンクがあったりする。
アパートやマンションの屋上にも貯水タンクはあった。
なんで、そんなに貯水タンクが設置されているのか不思議に思ったが、
沖縄県特有の水事情が理由だった。
沖縄には水源となる河川が少なく、そのほとんどは北部に集中している。
人口の集中する中南部に河川は少ない。
降水量は台風の通り道でもあるため少なくないが、河川が小規模なため
ほとんど雨水は蓄積されずに海に流失してしまっている。
そのため昔から水不足に悩まされることが多かった。
梅雨が早い分、夏の台風に頼っている面もあるという。
最近では北部の河川のほとんどにダムが造られているので
断水は少なくなったものの、それでもやはり水不足の不安は大きく、
住宅の屋根の上に貯水タンクを設置し断水に備えているらしい。
ダムをもっと大きくしたり増やしたりすれば貯水量も増え、
断水も無くなるのだろうが、ヤンバルクイナ、ノグチゲラ、
リュウキュウリクガメなどの天然記念物が多く棲む北部の自然保護の観点から
ダムの増設はまず無理なので各家庭で自己防衛しているという。
台風が多いので水不足なんて無縁だと思っていたが、
そんな理由があるとは知らなかった。
またひとつ沖縄の不思議が分かった。

レンタカーを早めに返して那覇空港へ。
ちなみに今回の旅の総移動距離は500キロ。
例年より行動を抑えていたので少なめかな。
那覇空港で荷物を預けて案内板を見て驚いた。
なんと、この日の飛行機、朝から全ての便が遅れていた。
理由は関東地方を中心として沖縄以外の全国で降った豪雨や雷雨のため
各飛行場から飛行機が飛び立てず、那覇に着く便が軒並み遅れたためだ。
羽田も雷雲が羽田上空にあったため、何時間も離陸が遅れた。
羽田から那覇に飛行機が着かないため、その飛行機を使って羽田に戻る便は
大きな遅れになっていた。1時間遅れなんて可愛いもの。
中には20時台の離陸なのに深夜2時に変更になったJALがあった。
自分の搭乗する飛行機はANAの那覇発羽田行き最終便。
その前に飛ぶ飛行機(ジャンボ)は1時間遅れが発表されていたが、
自分達の便は予定時刻通りの離陸になっていた。
たぶん前のジャンボは羽田から来るのに遅れた便のため那覇発も遅れが出たが、
自分達の最終便はジャンボではなく小さな飛行機。
遅れがないのは元々、那覇空港に待機していた飛行機だったのではないかな。
おかげで定刻通りの離陸で羽田に定刻通り到着して帰ることができた。
本来、その前に出発する予定だったジャンボより早く羽田に着くことができた。
しかし、そんなスゴイ雨だったんだ東京は。
羽田に着いた時は雨はあがった後だったので全然、実感ないんだけど…。

帰りの飛行機を含めても今回の沖縄旅行は本当に幸運に恵まれた。
天候も毎日、雲ひとつない青空ばかり。
沖縄の方言で言うと「てぃーだかんかん」ばかり。
湿気も少なかったので、あまりクソ暑さも感じなかった。
過去の沖縄旅行の中でも最高の天候だったな。
さらに、その中でも青の洞窟に行った2日目は特に良い天気だったよ。

沖縄旅行が終わると夏も終わりのような気分になる。
何もやる気が起きなくなるよ。
とにかく良い旅行だったのでまた来年も行くぞ!という気持ちにはなってる。
ただ…、けっこう歩いたので左アキレス腱痛が完全に再発。
旅行から帰ってきて1週間経った今もかなり痛い。
帰ってきて2日後に予定されていた練習試合、中止になってホッとした。
たぶん、いや絶対に走れなかったと思う。
明日の試合も不安だ…。

ちなみに今回の沖縄旅行の家庭内決算が出たが、
5年連続のうち、今までで1番カネを使わなかったようだ。
たいしたモノ買っていないし、食事も地元の人が行く安いとこばかりだし
何より雰囲気を楽しみに行っているからね、最近は。
ちなみに今回、海は青の洞窟しか行かなかったが、
本来3日目の朝に本部の地元の人しか知らないようなビーチに行って
自然のシュノーケリングを楽しむ予定だったが、
なんか青の洞窟のコンディションが最高だったので満足してしまったため
次の日の海は回避してしまった。
水着2枚持って行ったのにヾ(^-^;)

というわけで5年連続9度目の沖縄も超満喫できた。
早く来年の夏が来ないかなヾ(・ω・o) ォィォィ


2011沖縄旅行記その2

2011年08月26日(金)

昨日の日記に書いた豊見城にあるマンゴー直売所のブログを久々に見たら
8月22日の日記にこんなことが書いてあった。
「今季の沖縄は、5月、6月、8月と相次ぐ大型台風の直撃を受け、
マンゴーたちにも『栽培史上最大の被害』となってしまいました。
特に 8/4 〜 8/6 の三日間も吹き荒れた暴風雨は、
収穫最盛期のマンゴーの出荷に大きな打撃となり、
落下してしまった果実やキズがついた果実が多く出荷量が激減しています。
そのため、今季のマンゴーを終了とさせていただきます」

栽培史上最大の被害だったのか、あの台風…。
運良くゲットできて本当に良かった。
さて、やっとバ菅が退陣表明し、日本にとっておめでたい日がきた。
所詮、首相の器ではなかった。
バ菅が退陣表明したら東京はものすごい豪雨。
雷も鳴って夜のニュースでは様々な被害を伝えていた。

たとえば池袋の各所で冠水したとか、
あちこちの交差点付近が浸水しマンホールから水しぶきだとか、
中野駅のホームでは激しく雨漏りしたとか、
板橋区中丸(山手通りと川越街道の交差点)では冠水でタクシーが動けなくなり
3人が車内に取り残されたとか、
中野区で15件の床下浸水とか、
練馬区で床上が2件とか、
板橋区では床上が23件とか、
北区の石神井川で非難判断水位に達したとか、
神田川もかなりヤバかったらしいとか、
横浜で6000人に避難勧告とか、
東海道新幹線が止まったり、丸の内線が神田川の水位が上がったため
一時見合わせたり、山手線や中央線が遅れたりとか、
羽田空港で一時離発着を見合わせたりとか、
羽田空港トンネルで合計8台が水没したとか、
墨田区ではアンダーパスに車3台が取り残されたとか、
葛飾区で400世帯が停電したとか、
都内各地で水害と呼べるほどの被害になったようだ。

あと練馬区で竜巻のような雲の写真があったけど、
それは局地的なゲリラ雲で、真下に豪雨が降ってるところだろう。
マンホールが噴水になって水が吹き出してるのは、
下水管に大量の雨水が流入したために、中の空気がマンホールの穴から
噴出している状態で、蓋の上に水があるから噴水になってるだけ。
環七で冠水してた箇所の排水溝には、街路樹であるプラタナスの
落ち葉が詰まってたから。
雷が怖いって騒いでる奴、都内は避雷針がいっぱいあるから大丈夫だよ。

さてさて、それでは昨日の続きをダラダラと書いてみたい。

●8月17日
朝から青の洞窟シュノーケルツアーのため朝食は6時スタート。
毎日、翌日の朝食希望時間を聞いてくれるのだが、1番早い6時にした。
と言うのも8時30分には恩納村の前兼久漁港に集合だから。
その漁港から青の洞窟の手前までボートで行くツアーの第1便である。
青の洞窟が最もキレイで魚も多いのが朝一なので第1便に申し込んでいた。
ちゃんとホテルに集合場所のFAXが届いていて所要時間も書かれていた。
北谷から恩納村まで車で約30分と近い。
6時から7時まで沖縄料理の朝食コースを食べて、
いろいろ用意して出発しても充分に間にあう。
北谷は本当に便利な場所である。

昨年も青の洞窟ツアーに申し込んでいたがツアー前日の夜に突然、
沖縄本島の西に台風が発生し、直撃はしないものの波が高くなったため、
当日の朝に中止になってしまった。
2年前も申し込んでいたが、やはり雨のために那覇から恩納まで行くのを断念した。
今回が3度目の正直となり、絶好の天気に恵まれた。
過去4年の中でも最も天気の良い日でもあった。
漁港から申し込んだショップ所有の船に乗って青の洞窟へ。
乗船しているのは船長とショップのインストラクターと
自分達ともうひと組のカップル、計6名だけの身軽なツアーとなった。
波もなく穏やかで真っ青な海原を船は進む。
そして僅か5分ほどで青の洞窟の手前に到着。
すでにウェットスーツ、ライフジャケットを着て、足ヒレもシュノーケルも装着。
防水デジカメを持って、真っ青な海へ。
そこから水中を優雅に泳ぎまわる魚を見ながら青の洞窟まで泳ぐ。
途中でインストラクターのお兄さんが魚の説明をしてくれた。
そして「絶対に振り返らずに進んで」と
インストラクターのお兄さんに促され洞窟へ。
もっと混んでいると想像していたが、朝1便ということもあり洞窟内は空いていた。
ピーク時間帯は渋滞を起こすほどだというが、全然余裕で自由に泳ぎまわれた。
途中、ものすごい魚の大群を見ながら洞窟の奥まで行って
インストラクターのお兄さんが「振り返ってください」
すると想像以上の青の世界だった。
本当に青の洞窟は青いんだな〜と感動。

洞窟から出て、船に行くまで魚にエサをあげたり素潜りしてみたり楽しかった。
クマノミもツノダシ、ツバメウオもいたし、長いヤガラ(リュウキュウヤガラ)や
水面にはサヨリ(リュウキュウダツ)も泳いでいた。
帰りの船ではトビウオの稚魚が船に驚いて一斉に水面から飛び出す光景は
なんか草むらから飛び出すバッタのようで面白かった。
ボートで行く青の洞窟、なかなか良かったね。
でも本来はシュノーケリングじゃなくダイビングがしたかったが、
心臓に負担がかかりそうだったので今回は止めておいた。
精密検査の結果が沖縄に行く前日だったし、もし深刻な事態だったら無理だと思い
シュノーケリングにしたが、来年はダイビングもしたいね。

漁港に戻り、シャワーを浴びて解散となったが、ちゃんと風呂に入りたかったので
とりあえずホテルに戻ってジャグジーへ。やっぱ近いといいね。
少ししてから腹が減ったので昨年も行った北谷のハワイアンプレートの店へ。
ライスにマカロニサラダ、そして2つのおかずを選ぶ2チョイスは600円。
昨年同様、テリヤキチキンとチリビーンズをチョイス。
ちなみに昼時だったが、店内は外国人のみ。
まぁ、メニューも英語だし、ドルも使える店だし、ガイドブックにも載っていない
北谷の米軍基地御用達の店なので必然的に客は外国人ばかりだね。
知らなければ絶対に入れないと言うよりも、
まず店自体目立たないので素通りしちゃうだろうね。

腹一杯になったが、昨日買えなかった沖縄いなりとチキンを買いに行き、
それから車を北へ走らせた。
毎夏恒例となった沖縄旅行だが、5年連続で訪れている場所は少ない。
那覇の国際通りやDFS、許田の道の駅は5年連続で必ず訪れているが、
テーマパーク系で5年連続はここだけ。
名護の「ネオパーク・オキナワ」に今年もやってきた。
ネオパークの駐車場でいなりを食べてから入園。
もちろんファミマで安いチケット(630円→500円)を購入。
そして例年通り鳥たちのエサも入口で買って入ったが、
昨年も感じていたが、鳥たちのテンションは低め。
なんか年々、寄ってこなくなった気がする。
そして数も減っていた。
さらにヤンバルクイナのいる研究施設に入るには
今年から別途300円が必要となっていた。
だが世界中探しても生きたヤンバルクイナが見られるのはここだけ。
いまやヤンバルクイナを見るためだけにネオパークに
来ていると言ってもいいくらいなので惜しまず300円を払って研究施設にも入った。
今年は昨年いたヤンバルクイナだけではなく、
昨年に産まれた若いヤンバルクイナもいて2羽体制で迎えてくれた。
なぜか本来はエサがあげられるゾーンにいたはずの鳥たちも、
なぜかここの施設にいた。
理由を聞くと、やはり先日の台風9号の影響でフライングゲージのネットが
破れる危険があったため、台風前に施設に非難させておいたらしい。
実際にネットが破れてしまった箇所もあり、数羽が台風で落鳥してしまったという。
第2フライングケージは本当に寂しいくらい鳥がいなかったもんな…。

5年連続で訪れてきたネオパークだが、来年はもういいかな。
そろそろ美ら海水族館行きを復活させてもいいのかもね。
ネオパークの後はさらに車を北に走らせ、本部の先、国頭まで行ってみた。
世界で唯一ヤンバルクイナの生息地で有名な国頭だが
大きなホテルは日航のオクマリゾートくらいしかない。
しかし、ここの道の駅は広くてキレイで落ち着く作りである。
ここでしか買えないヤンバルクイナのグッズもあり、何気に好きな場所だ。
そして近くにあるチキンバーガーが地元で有名なパーラーに行ってみた。
パーラーと言っても、見た目はただの掘立小屋だけど。
とんねるずの「きたなトラン」に出てもおかしくない作りだが、
注文が入ってから揚げるチキンカツを挟んだバーガーは絶品。
ボリューム満点なのに僅か250円と安い。
地元の人のブログで見て是非とも食べてみたいと思い買ってみたが、
評判通りの美味しさだった。

国頭の帰りは昨年12月にできたばかりのワルミ大橋を渡るため、
国道58号を古宇利島の手前の屋我地島に向かって、
屋我地島から今帰仁につながるワルミ大橋を渡ってみた。
ワルミ大橋からは古宇利大橋も見える絶景。
しかしワルミ大橋へ向かう屋我地島の道路はまだ到る所で整備中。
綺麗で広い道が続くと思うと、いきなり農道のような道になったり継ぎ接ぎ状態。
でも来年には道路は完成しているだろうな。

今帰仁から付近から太平洋沿いを通って再び国道58号へ。
許田ICから沖縄南ICで北谷のホテルに戻った。
夕食は北谷中心部からはずれにあるステーキハウス。
Aサインが飾られ戦前から続いている有名な場所だが、
時間が早かったのか客は自分達だけだった。
この沖縄旅行初めてのステーキ250グラムを食べて大満足。
満腹感と朝から泳いだ疲れもあって昨夜より早く寝てしまった。

つづく


2011沖縄旅行記その1

2011年08月25日(木)

島田紳介の引退やら民主党代表選やら書きたいネタが湧いてきたが
とりあえず8月16日から19日まで3泊4日で行った
沖縄旅行記を思い出しながら書いてみたい。

●8月16日
自分が行く10日ほど前に沖縄に行く予定だった手塚家が、
沖縄本島を直撃した台風9号により飛行機が欠航、
沖縄行き自体が中止になったため、天気図と睨めっこしながら当日を迎えた。
幸い、台風や台風に変わりそうな熱帯低気圧は発生していない。
それどころか沖縄本島全体が大きな高気圧に包まれていた。
5年連続9度目の沖縄上陸であるが、この4年間は車を羽田空港近くの
民間駐車場に預けていたが、今回は直接、羽田空港の駐車場へ停めた。
2月に和歌山に行った時、羽田空港の駐車場に停めたが、
思っていた以上に空いていたし、何よりとても楽だったし、
今回の駐車料金を計算しても1000円くらいのアップなので
羽田空港駐車場に停めることにした。

全日空朝一番の沖縄那覇行きの便、空港に5時くらいに着いて
荷物を預け、出発を待った。
飛行機が離陸すると同時に例年のごとく深い眠りに着く。
そして約2時間半で沖縄到着。
南の島特有の眩しい陽射しが今年も迎えてくれた。
今回のレンタカーは初めてトヨタレンタカー。
空港から大きなバスに乗って営業所へ。
そして事務的な説明の後、この旅で4日間お世話になる車と対面。
トヨタレンタカーなので新型VITZを期待していたが、残念ながら旧型VITZ、
それもメタリックシルバー、地味でおとなしめのカラーだった。
早速、旧型VITZに乗りこみナビを豊崎にある道の駅に設定してGO。
豊崎の道の駅はJAが併設されていて県産マンゴーが安く売っている。
昨年、豊崎から実家や世話になっている方へ送った場所である。
しかし、今年は8月中旬の旅行だったため、マンゴーの出荷が微妙。
早ければ7月前半から8月前半で終わってしまう。
今年は沖縄への台風が多かったので、成長も出荷も遅れていると期待していたが、
豊崎ではすでにアップルマンゴーはほとんどなく、
アップルマンゴーの後に収穫されるキーツマンゴーすら
完熟状態で終了寸前の状態だった。

その足で近くの糸満にある道の駅に行くものの、すでに完熟のために
県外への発送ができないマンゴーばかりだった。
やはり南はもう終わっていた。
仕方ないので腹が減ったし糸満の道の駅で今年の沖縄、初の食事。
いきなり沖縄そば(ジューシー付き)を食した。
その後、ネットで調べておいた北部の大宜見村にマンゴー農場があり、
直売所が南部の豊見城にある所に行ってみると、僅かながら残っていた。
もし北部でもなかった場合を考え、ここから一番お世話になっている人へ発送。
実家や他の人は、毎年行く名護にあるJAに賭けてみた。
この直売所の人の話によると、先日の台風9号の影響で、収穫直前だった実が
かなり落ちてしまい、もうこの直売所も数日後には締める予定だったそうだ。
この後、丸2日間も飛行機を欠航にした台風9号の影響は沖縄全土で見られた。
台風慣れしている沖縄の人たちでさえ「ヒドイ台風だった」と言っていた。

沖縄自動車道の最南端である名嘉地ICから最北端の許田ICまでVITZを走らす。
今までデミオ3回、フィット1回と沖縄でレンタカーを乗ってきたが、
正直、VITZが一番パワー無い気がした。
特に緩やかな上り坂、アクセルべた踏み状態でも全然スピードでない。
むしろ、燃費向上のため、わざとパワーが出ないようにしているのでは?と
思ってしまうほど非力な車だった。旧型だからなのかな?

いつもの許田の道の駅に寄ってから名護のJAへ。
さすが沖縄の北部は南部に比べ、まだマンゴーの数は多かった。
それでも、やはり収穫は終わり間近なのか例年よりは少なく値も高かった。
これを逃すとヤバイと思い、実家や他の世話になっている方へ送って、
とりあえずマンゴーに関しては今年も何とか入手完了。
その足で、昨年に寄るはずだったのに、中尾彬と美川憲一がロケに来ていたため
入れなかった名護の「ひがし食堂」に行ってみる。
だが、昼時と重なってしまったため、狭い店内は地元の人たちで超満員。
確か沖縄ぜんざいはテイクアウトもできたので
仕方なくテイクアウトし車内で食した。
沖縄で一番、ふわふわな氷と言われている「ひがし食堂」の沖縄ぜんざいは、まさにその通りだった。
めちやくちゃ美味くて、あまりかき氷好きでない自分が
「もっと食べたい」と思うほど。
最近はガイドブックにも載るようになってしまったのが残念。

ひがし食堂の沖縄ぜんざいに大満足してから名護の中央市場に寄ってみた。
昨年は大がかりな工事が行われていたが、キレイな市場が完成していた。
しかし、人気がなく寂しい感じ。
特に買いたいものもなく、さーっと流し見程度。
その後、再び沖縄自動車道に乗って沖縄北ICで降りて、沖縄県うるま市へ。
県内で一番大きな養鶏場が経営しているショップに初めて行ってみた。
ここは養鶏場オーナーの個人的趣味で集めた動物たちが展示してあり
入場無料の「ミニミニ動物園」が併設してあるが、とてもミニミニとは思えないほど
立派な施設で、多くの動物たちが大切に飼育されていた。
入場料100円でも安いのでは?と思うほどなのに入場無料は太っ腹だ。
ミニミニ動物園の手前に沖縄一美味しい自家製シュークリームや
タマゴプリンが売っている養鶏場直営の販売所がある。
その他にも養鶏場直営らしくタマゴを原材料とした菓子などが多くあり、
ちょっとした土産に良いかも。
もちろん卵も売っていて、大勢の地元の人たちが買いに来ていた。
ここでは沖縄一美味しいシュークリームとタマゴプリンを購入。
車内でプリンを早速、食べてみたが濃厚でホント美味しかった。
シュークリームは夕食後のデザートとして残しておいた。

その後、うるま市にいるので昨年も行った沖縄いなりを売っている店に行ってみたが、
閉店時間前なのに、すでにシャッターが閉まっていた。
確か、商品が売り切れたら閉店してしまうので、
きっと早々に売り切れてしまったんだろう。
仕方ないので申込の時に報告しておいたチェックイン時間には少し早いが
ホテルに向かい、17時頃にチェックイン。
今年は3泊とも北谷である。
昨年は2泊が北谷で最後の1泊は那覇、
一昨年は2泊が本部で最後の1泊は那覇、
その前2年間は那覇に連泊だったが、昨年に泊まったホテルが
あまりにも良かったので今年は最初から北谷に3連泊と決めていた。
まぁ、北谷は位置的にも那覇や南部にも恩納、名護などの中部、北部にも
簡単に足が延ばせる位置。
行動的な自分達には最適な場所なのかもしれない。
そして100平米+ジャグジー付きの部屋が用意されているホテルは最高である。
いつでも好きな時に混雑や他人を気にせず大きな風呂に入れるのは魅力的だ。
朝食は安っぽいバイキングではなく、約1時間かけた
沖縄料理を中心としたコース料理。
ホテルのコンセプト「沖縄の我が家」と言うだけあり、
本当にくつろげるホテルである。

ホテルに着くとウェルカムドリンクとウェルカムスイーツが運ばれる。
沖縄のドラゴンフルーツやパッションフルーツで作ったケーキを食べてから
部屋に案内されるが「今年も昨年と同じお部屋を用意しました」
部屋の扉を開けると何か「帰ってきた〜」という感覚になった。
さすが「沖縄の我が家」というだけある。
早速、ジャグジー風呂に入って疲れを取ってから近くのメキシカン料理の店で夕食。
北谷の国道沿いにあり、タレントの高見知佳の旦那がオーナーのメキシコ料理店、
初めて入ってみたが、場所柄外国人も多かった。
働いている女の子も日系アメリカ人。
そしてアイスティーおかわり自由が沖縄っぽい。
腹一杯食べてホテルに戻って再びジャグジーへ。

沖縄はこの日の前日までウークイと言って旧盆に当たる日だったためか
この日の沖縄は南部も北部も道路はガラガラ。
昨夜は遅くまでエイサーで盛り上がったため、休みの人も多いらしい。
なので車通りも人通りも少なかったのではないだろうか。
そしてスコールのような雨もなく、まさに南国の晴天で
海も過去4年に比べ最高に輝いていた。
翌朝の青の洞窟シュノーケルに期待し、初日は早めに就寝。

★テラスガーデン美浜リゾート
http://www.terrace-garden.com/

つづく


精密検査結果

2011年08月24日(水)

長かった夏休みも終わり、今日から仕事再開である。
相変わらず何もやる気が起きないが、11日ぶりに満員電車に乗った。
やはり夏休みの人もいるせいか少し空いているように感じたね。

さて、沖縄旅行前日に東京女子医大病院に検査結果を聞きに行ったが、
そのことについてまだ書いていなかったので、少しだけ書いてみたい。
7月22日にホルター心電図を約24時間装着し、採血をして血液を調べてもらい、
翌23日にはホルター心電図を取り外した後に心臓エコーをしてもらった。
心電図の解析結果には時間がかかり、8月15日にその結果を聞きに行った。
診断の結果だが、まずホルター心電図に関して、
24時間中に不整脈は6回ほど記録されていた。
しかし人間の心臓は24時間で約10万回〜12万回も動いている。
そのうち僅か6回は完全なる許容範囲であり、
どんな人でも1日20回くらいは不整脈が表れるという。
なので、とりわけ心配する必要はないという診断となった。
心臓エコーに関しても特に気になる血管の詰まりや影もなく、
正常に左右の心房、左右の心室と4つとも動いていることが確認された。

続いて血液検査の結果だが、稀に甲状腺の病気などで不整脈が出る場合があるため
採血して調べてもらったが、40代後半にしては健康すぎるほどの血液と言われた。
尿酸値、蛋白、糖尿など血液関係全く問題なし。
以前から健康診断でよく引っかかる白血球が多少、多いだけで
20代の血液とほぼ同じ数値であり、とても健康だと褒められた。

精密検査の結果、不整脈に関して現段階では
特に気にする必要はないという診断となった。
毎分の心拍数が平均より高い件に関しても120くらいまでは許容値らしい。
さすがに常に150以上だと危険らしいが、最近は高い時で90くらいに落ち着いている。
もしもの時に証拠として心電図を取りたいと思い、
楽天ショップで簡易心電図計を購入し、仕事の時も野球の時も
沖縄に行った時さえも、常に持ち歩くようにしているが、
不思議と買ってから一度も危険な不整脈を起こしたことがない。
心電図計を買ったことによって、いつでも心電図がとれるという
心に安心感ができたのも良い方向らしい。

今まで急に脈拍が高くなり、一時200以上を超えたりした不整脈の原因は、
やはり過度なストレスだろう。
ちょうど、3月に父親が心筋梗塞で倒れ、店のことだけでなく
今まで父親がやっていたビルの経営に関してもやらなくてはならなくなり、
家賃滞納していたテナントを追いだしたり、確定申告があったり、
店の決算も重なったりしたため、過剰なストレスが身体にかかって
不整脈として表れたのだろう。
しかし、父親も仕事復帰はできないまでも無事に退院し、
家賃滞納していたテナントも円満に退去させ、決算も終わり、
仕事に対するストレスがなくなってきたと同時に不整脈も起きなくなった。
最近のストレスは試合の欠場者が多くて、毎試合参加人数を
気にしてしまうことだが、3月〜4月頃のストレスに比べれば可愛いもの。
まぁ、もともと性格的に楽天家でストレスなんて無縁だったのが、
あの時期はいきなり、いろいろと抱え込んで身体が悲鳴を上げたんだろうな。

とりあえず今後も心電図計は持ち歩くことにしている。
また何かの原因で脈拍が一気に高くなった場合、
その時の心電図を証拠として記録し、それを医者に見せれば
最善の治療を考えてくれるだろうから。
とりあえずは大事に至らなかったどころか、今の状態は
20代と変わらないということが分かっただけでも良かった。
やはり健康は一番の財産、とりあえず半分は終わってしまったが、
もう少し楽しい人生を過ごしたいからね。

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