Web Masterの日記



怒涛の1週間

2011年03月28日(月)

2001年の5月から日記を書き始め、こんなに書かなかったのは初めてかも。
この1週間、まず何から書こうか…。
とりあえず東日本大震災やガソリン不足の影響から「静寂の3連休」と呼ばれた
3月19日、歌舞伎町に行ってた。
銀座と違って歌舞伎町は賑やかだった。
しかし大きな看板照明は全て消えていたし、あえて3連休の間、休業する店も多く、
いつも使う焼肉屋も3連休中は臨時休業していた。
違う焼肉屋で食べている最中も震度3の揺れがあり、
急いで店員が火を消しに各テーブルを回っていた。
まだまだ落ち着いて遊ぶには時間がかかりそうだ。

そして20日、昼前に妹から電話があった。
親父の具合が悪いので休日診療してもらえる病院をネットで探してほしいと…。
すぐに実家の練馬区にある休日診療している病院や
区庁舎内の緊急診療所を調べたが、どうも母親が見ても
親父の様子がおかしいようなので、西東京市に住んでいる妹は実家に向かい、
すぐに救急車を呼んだ。
親父はたとえ家族でも人に迷惑をかけることを極端に嫌う性格なので
かなり救急車を拒んでいたが、なかば強制的に呼んでもらった。
近くの総合病院に着いて急患で診察してもらうと、かなり危険な状態のために緊急手術。
心筋梗塞と心不全と動脈硬化のトリプルで心臓が今にも止まる寸前だった。

救急車がどこの病院に行くのか分からないために、
自分はすぐにでかけられる用意をして自宅待機。
この時間はとても長く感じた。
そして妹から電話が入り、実家から近い病院で手術中との連絡を受け、
すぐに車を走らせた。
医者は最悪の事態を想定して話すので母も妹も「覚悟もしておいてください」と
言われショックだったようだ。
久しぶりに木場ICから首都高に乗り、高井戸ICで降りる。
連休の中日だったし、震災やガソリン不足の影響で首都高はガラガラ。
いつもよりスピードを出していたとはいえ、予想以上の速さで病院に着くことができた。
まだ手術中だったが30分くらいしてストレッチャーで親父が運ばれてきた。
手術は成功だったが、心臓に近い血管が詰まっていたので予断は許されない状態。
なのでICUよりは少し軽いHCUに入院。
執刀した医者の話を聞くと心臓が普通の状態を10としたら、
親父の心臓は3も動いていない状態だったという。
手術には成功したが、何ぶん高齢のため、まだ7くらいしか動いていないので
今後、しばらく様子を見なければならない。

とりあえず最悪の事態は避けることができホッとした。
術後に面会した時も意外と元気だった。
当時は震災の影響から節電のために電車が思うように動かず、
西武新宿線は西武新宿〜鷺ノ宮というフザケタ区間での運行しかなく、
実家の上石神井から鷺ノ宮まで無理して自転車で行ったり、
様々なストレスや心労が重なり、発症してしまったのかもしれない。
翌日の日曜日も見舞いに行ったが、かなり落ち着いた様子だった。
早く身体に様々な機械が付いているHCUから一般病棟に移れるといいのだが
今月いっぱいくらいまではHCUかもしれない。

幸運だったのは休みで自宅にいる時に発症したこと。
これが通勤中とかだったら…考えると怖くなってしまう。
そして救急車も5分かからずに到着したという。
静寂の3連休中だったので道路も空いていた。
さらに心臓のエキスパートが揃い、365日24時間体制の病院が近くにあったこと。
なので、搬送直後に緊急手術してもらえることができた。
「心臓血管センター」を備えた救急病院に連れてきてもらえたので本当に良かった。
自宅で心筋梗塞を起こした場合、7割の人がそのまま亡くなっているという。
本当に幸運続きで3割の方に入ることができた。

翌日からも母と妹は見舞いに行っているが、
自分には店があるので土曜まで見舞いには行けず。
震災の影響で銀座の夜は寂しいくらいに暗い。
デパートは18時に終わり、ネオンも全て消え、銀座通りなんて本当に暗くて寂しい。
こんな時に外食とか飲みに行くなんて、ほとんどないだろう。
暗いと早く家に帰りたくなるだろうし、電車だって通常運行していないので
帰宅を急ぐサラリーマンで夕方の地下鉄は猛ラッシュだとか。
今じゃ残業もないだろうし、自宅待機の人もいるだろうし、ほんと銀座は寂しい。
なので節電のためもあるが閉店時間は少し早くにしてるが開店時間は通常通り。
仕入れも仕込みもしなけれぱならないし、今まで親父がやっていた
ビル関係のテナントのことも全部やらなければならないので何気に忙しい。
火曜から木曜まで3日間、かなりの早出で様々な資料を見直したりした。

木曜日はビルテナントの消防機器点検もあったので朝かなり早かった。
東陽町駅に行くと東西線が止まっていて復旧にはしばらくかかると…。
こんな時、他の路線が乗り入れしていない駅は困る。
門前仲町まで行けば大江戸線があるが、振り替え輸送をしているバス停は長蛇の列。
ならば新木場から有楽町線に乗れば銀座一丁目まで1本で行ける。
自宅で洗濯中の美穂に電話して車を出してもらい、新木場駅を目指すが、
明治通りに出ると大渋滞。
とっさに、京葉線の潮見も考えたが、有楽町線で新木場の前の辰巳駅を
ナビの目的地に入力。
裏道を通って渋滞なく辰巳駅へ、そこから有楽町線に乗って
銀座一丁目までは10分足らず。
なんとか消防機器点検に間に合うことができた。

3日間、ほとんど睡眠時間なく働いていたため、自分の身体も悲鳴をあげた。
25日の金曜日、この日は少し遅く行こうと思い、と言っても
いつもの早出くらいの時間だが。
東陽町駅に向かって歩き駅まで数メートルに近付いた時、
急に心拍数が高まり、呼吸困難、頭はくらくら、手足の痺れ…。
以前にも時々、起きていた心臓の鼓動が急に高くなる症状が久しぶりに起きてしまった。
とりあえず階段を降り、駅のホームまで来たが、とても電車に乗れる状態ではなく
しばらくホームの椅子に座って鼓動がおさまるのを待った。
顔面蒼白でうつむいていたためか、駅員が心配して「事務所で横になりますか?」と
声をかけてくれたが、しばらくこのままの状態でいればおさまると思い断り、
目を閉じて鼓動が普通になるのを待った。
携帯のアプリに心拍数を測るアプリがあるので、これで心拍数を測ると110もあった。
駅のホームの椅子に30分以上も座っていたと思う。
なんとか落ち着いてきたので電車に乗って銀座に着くも、まだ動悸がしていたので
ゆっくりとした歩きしかできなかった。
店に着くと同時にコートを脱いで椅子で横になって動悸がおさまるのを待った。

父親が心臓で入院したが、これってもしかして遺伝なのか?
自分も救急車で運ばれたら店はどうなるんだろう?
このまま心臓が止まったら夕方まで発見されないな…。

いろいろ考えてしまった。
そのうち寝不足もあって知らないうちに眠ってしまい、
セールスの電話の音で起きた。
その時は心拍数も平常に戻っていた。
寝不足やいろんなストレスが溜まってるのだろう。
仕事関連でもやらなきゃいけないことだらけだし、
チームのこと、リーグのこともある。
自分は今まで、あまりストレスというものを感じる方ではなく、
多くのことをいっぺんにできる方なのだが、さすがにいろんなことがあって
ストレスが溜まっている感じがする。
その後、金曜は1日中、また動悸が激しくなるのでは?と不安な気持ちだった。
なんとなく息苦しい感じが続いていたし。
とりあえず落ち着いたら本気で心臓を調べてもらおうとは思う。

土曜も父親の見舞いに病院に行き、日曜は我が家系の墓を管理している霊園から
手紙を貰っていたので墓参りも兼ねて霊園に行ってきた。
その手紙というのは、先日の地震で墓が倒れたりした所があるので確認してほしい…。
行ってみると、墓は大丈夫だったが、石燈篭が見事に倒れてバラバラになっていた。
さすがに重くてどうすることもできないので、1ヶ所にまとめておいたが、
今度、石屋を手配して何とかしてもらわなければ…。
なんだか、ほんとやらなきゃいけないことが増えるな。

そんなこんなで日記を書かなかった1週間ちょっとは大変だった。
これからもまだ同じ状態なので、日記も普通に書けないかも。
地震のこと、原発のこと、停電のこと、東電のこと、政府のこと、都知事選のこと、
秋葉原死傷事件死刑判決のこと、プロ野球開幕のこと、春の選抜のこと、
金八先生最終回のこと、いろいろ書きたいことばかりだったが、ほとんどスルーだな。
早く通常に戻りたいが、いつになったら落ち着くのやら…。
その前に自分の身体が壊れないよう注意しなくちゃね。


休み

2011年03月20日(日)

一身上の都合により、しばらく日記を休みます。


1週間

2011年03月18日(金)

あの未曾有の震災から1週間が経った。
現地のことはニュースでやっているので、あえて書かない。
それと原発に関しても様々な憶測が乱れ飛んでいて
何が本当なのか知識がなく判断できないので書かない。

とにかく地震の日から今日まで店は開店休業状態だ。
まぁ、こんな状況では仕方ないと開き直っているけど。
どこの飲食店も同じように悲惨な状態だし。
ネオンが消え、デパートが18時で閉店した銀座の夜は、
人通りも少なく本当に寂しい。
あんな寂しい街を歩いたら、どこかに寄って行こうなんて
とてもじゃないけど思えないよな。
こんな状態が長く続けば、体力のない店が次々と潰れていくだろうね。

電車も空いている。
震災前は帰宅する頃の銀座線なんて超満員電車だったのに、
今じゃ座れるんじゃないかってくらい空いてる。
たぶん今のピークは夕方頃なんだろうな。
会社じゃ残業もなく定時で仕事が終わり、どこも寄らずに帰宅、
そんな日常なんだろう。
店を開ける頃、足早に駅に向かうサラリーマンの多いこと。

営業が仕事の人なんて、いまだ自宅待機の人もいるらしいね。
今の状態で営業なんてしても売れないよね。
ほんとこの状態が長く続けば日本経済にとっても大打撃だね。
無能な政府の時に震災が起きるなんて運が悪すぎる。
日本が立ち直るにはかなりの時間がかかりそうだな。
とりあえず連休明けは少しくらい好転してほしいよ。


千春

2011年03月17日(木)

松山千春がラジオで今回の地震に関して
「知恵がある奴は知恵を出そう。
力がある奴は力を出そう。
金がある奴は金を出そう。
『自分は何にも出せないよ…』っていう奴は
元気出せ」と言っていた。
やっぱ千春、すげーよ。


ガソリン不足&パンダ公開延期

2011年03月16日(水)

なぜガソリン不足なのか?
多数の精油所が被災したことと、緊急車両や被災地優先に輸送してること、
そして何よりも不安になった人が必要以上に給油していることが原因だろう。
それに加えてガソリン価格が中東情勢の緊迫から150円に迫る勢い。
これらがさらに不安を増幅してオイルショックみたいになってるんだろう。
我が家の近くにあるスタンドも毎晩、長蛇の列がバルコニーから見える。
ガソリンなんて絶対どこかにあるのは間違いないんだけど、
流通がうまく機能していないんだろうな。
この状態はいつまで続くのだろうか。

そして、もうひとつ残念なニュース。
上野動物園のパンダの公開が延期になった。
一般公開だけじゃなくマスコミ向けの事前公開も中止どころか、
なんと明日から上野動物園が休園するらしい。
上野だけでなく、他にも多摩動物公園、葛西臨海水族園、井の頭自然文化園も
当分の間、休園するらしい。
こんな時、パンダや動物たちが見れなくなるというのは、なんとも寂しいね。


おかしい

2011年03月15日(火)

明日、明後日に予約の入っていたお客さん、みんなキャンセルになった。
今月は商売にならないな。
今日も早終いで帰宅してテレビを点けたらドラマやっていた。
東日本大震災の死者・不明者が1万人を超して、原発が深刻な時に…、
でも、なんだかちょっとだけ癒された気がした。
だけどACのCMは見飽きたよ。

ドラマの途中、緊急地震速報。
すぐに大きな揺れ。
23区は震度3だったが、相変わらず14階はよく揺れた。
またエレベーターが止まってなければいいが…。
静岡県東部で震度6。
東海地区は東北とは違うフィリピン海プレート上。
画面はドラマから報道に切り替わった。
幸い、大きな被害はなかったようだが、明らかに日本がおかしい。
もしかして、人類滅亡は来年2012年の予定なのに、
日本が世界に先立って人類滅亡への序章担当なのか?


無計画な計画停電

2011年03月14日(月)

大地震による電力不足で日曜の夜に告知された計画停電。
概要を発表したのが夜の10時くらいだったし、
東京電力のサイトは重くて閲覧できないし、
いったい、どれだけの人が把握できていたのか…。
実際、節電しろと言いながらも計画停電の内容を知る道具は
新聞以外に全部、電気で動くものなんだし。
都内はパニックになるのではと懸念していた。

まず、各電車が始発から最低限の運行スタート。
中央線が東京〜立川間のみとか、西武線が池袋〜練馬高野台間と
西武新宿〜鷺ノ宮間のみとか、都内でも少し郊外に行くと電車が走ってない状態。
郊外に住む人は仕事や学校を休んでいいのか?
そんなこんなで電力を節約したおかげ?で、早朝からの計画停電は実施を見送り。
大パニックはひとまず避けられた。
夕方に一部の地域のみの停電で済んだが明日は早朝から実施とか。
どんな状況になるのか予想ができない。
原発の問題にしても東京電力と政府や各自治体などとの連携が不十分に感じる。
情報だけが錯綜していて国民は何を信じていいのか分からないぞ。
計画停電と言いながら、全然計画的じゃない。

そんなに節電したいなら2008年3月7日の「温暖化対策」の日記に書いたが、
自動販売機とパチンコ屋の電力を全て止めれば、かなり節電できるのでは?
まぁ、当時も暴論だと書いたが、緊急時に娯楽産業は必要ではない。
それとコンビニの深夜営業の停止とか、東京電力じゃなく政府が主導となって
計画停電を実施すれば混乱もしないと思うのに。
なんか政府は東京電力に丸投げしている感じがする。

今日も朝、携帯から緊急地震速報のイヤな音が流れた。
この地震により再びマンションのエレベーターはストップ。
さらに地下鉄全線もストップしたが、すぐに動き出した。
銀座の中央通りは人もまばら。
多くの店が閉まっていたし、デパートも18時で閉店。
いつもは眩しいくらいのネオンも点いていない。
しかし、どの道路も車は大混雑。
郊外から仕事に来る人は電車が通っていないんだから
車で来るしかないんだろうが、ガソリンも不足しているんだから、
何か考えてほしいよね。

国会は国会法に基づく議決による休会は見送り、臨機応変に対応となった。
当面1週間の参院本会議と委員会はすべて中止、参院予算委員会中央公聴会も中止。
当然、被災地で予定されている統一地方選挙も延期だ。
まぁ、これは当然の話だ。
統一地方選挙延期のみならず、未曾有の大災害に対して
当然、組まなければならない補正予算もあるはずであり、
とにかく日本が法治国家である以上、法の整備が必要なものに対しては
急いで立法しなければならない。
政局などでやっている場合じゃないのは与野党共に分かっているだろうけど。

今、この瞬間にも被災地では被災民も自衛隊、警察、消防などが
命懸けの戦いを続けている。
この国の国権の最高機関たる国会では、彼らを最大限に支援できる体制を作るために、
国会議員も死ぬ気で戦ってもらいたい。
どうしたら被災地を救うのに最も良い対策を取れるのか?
何が法的に必要なのか?などを全ての国会議員が脳みそから
血の汗が流れ出るまで知恵を絞って戦ってほしい。
国民から選ばれた国会議員には国会議員しかできないことがある。
それを自覚して後世、最高の国会審議が行われたと評価される、
そんな国会であってほしいものだ。

東日本ではあまりニュースにならないが、新燃岳が再び噴火したらしい。
地震、津波、原発、放射線漏れ、そして噴火…。
日本がマジで、さいとうたかおの「サバイバル」みたいになってきた。

今回の震災でホワイトデー完全に吹っ飛んだな。


地震の影響

2011年03月13日(日)

地震発生から3日が経過。
マグニチュードが9.0に訂正され、とんでもない大震災だったんだと改めて痛感。
次第に明らかになっていく部分と、まだまだ全容が見えない部分とが混在している。
民間のテレビ局がCMを一切流さないで2日半も報道一色になったのは放送史上初。
この先、こんな報道一色になるような時代が来ないことを祈るのみだ。
本来なら今日は全体練習だったが、やはり中止の決定は正しかったと思う。
使う予定だった潮見のグランド、買い物途中に前を通ったが4面とも空いていたね。
オフになったので録画して観ていないバラエティ番組が沢山あったが、
あんな悲惨で衝撃的な津波の映像を見たら、やっぱりこんな時に観る気にはなれない。

昨日は一歩も外へ出る気にならなかったが、今日は買い物に出かけた。
食材もなかったし、マジでトイレットペーパーのストックが切れそうだったので、
近くのスーパー3件ほど行ってみたが、トイレットペーパーだけでなく
パンやインスタント食品、野菜や米などが品切れ状態。
被災地が優先になるので覚悟はしていたが、本当に何もなかった。
仕方ないので、飲食店の営業許可証がないと会員になれない
卸専門スーパーである辰巳のMETROに行くと、日曜にしては買い物客が多かったが、
トイレットペーパーもインスタント食品や野菜、米など全て揃っていた。
さすが卸専門だけある。
最初からここへ来れば良かった。
無事にトイレットペーパーを手に入れて帰宅するが、
途中、ガソリンスタンドに入る車がものすごい渋滞。
地震のために輸送路が分断されているためガソリンも品薄状態のようだ。
とりあえず夜遅くに車列に並んでガソリンを入れたが、
3000円分か20リッターまでの制限があった。

明日から計画停電も実施される。
とりわけ荒川区以外の23区での実施はないので直接的な影響はない。
しかし、以前の阪神大震災やニューヨークの9.11の時は、
どこか他人事のような感もあったが、今回の地震は他人事には思えない。
実際、震度5強だったが経験したし、仕事場から自宅まで徒歩で帰宅した。
エレベーターが止まり、14階まで階段で登ったし、
大きな揺れで部屋の中はヒドイ状態になっていた。
いまだ余震に脅えている。
ちなみに我が家のあるマンション、最初の揺れで
機械式駐車場のシステムが壊れたらしく、
今日になっても機械式駐車場から車を出せないらしい。
逆に地震前に機械式駐車場から出ていた車は機械式に入れないので
マンション前や駐車場への車路に多くの車が停まっている。
週明けには復旧できると思うが、この土日、車を使えなかった人が多い。
自分は幸い、平置きのために自由に出し入れできたけど。
そんなこんなで決して他人事ではない。
微々たることだけど、節電に協力したいと思う。
大津波を受けた地域の事を考えると、文句や愚痴なんて言ってられない。
被災した地域が復興するまで、相当の時間を要すると思うので、
今の我々が最低限できることをやっていきたいと思う。
微々たる節電とコンビニの募金箱に義援金を
寄付することくらいしかできていないが、
何か自分にできることがあれば精一杯のことをしたいと思う。
日本に住んでいる限り、地震という自然災害から逃れることはできない。
明日は我が身であって何の不思議もないのだから、できることは何でもしたいよね。


東北地方太平洋沖地震

2011年03月12日(土)

マンションのエレベーターは朝には動いていた。
しかし、今日はどこにも行く気が起きなかった。
テレビからは目を覆いたくなるような惨状が流されている。
余震は続いた。
なんか14階だと震度1程度でも大きな揺れに感じる。
実際、揺れが収まっていても、まだ揺れている。
そして揺れていない時でも常に揺れているような感覚になる。
波間に漂う船に乗っている感じと同じ感覚だ。

明日の全体練習も中止を決定した。
とりあえずチームのメンバー全員の無事は確認できた。
出産のため山形に里帰りしていた千穂ちゃんや、幹ちゃんの実家の黒磯、
岩手にある金子の実家の無事も確認できた。
グランドは使用できるようだが、借りているチームのほとんどが
キャンセルしたらしい。
グランド側も、こんな状況なのでキャンセルにも応じていた。
たぶん大丈夫だとは思うが、もし万が一にも何かあったらイヤだし、
全体練習の中止は仕方ない。

それにしても、これほどの規模の地震は全く想定されていなかったようだ。
どうやら東海・東南海・南海地震が連動発生した場合の想定規模よりも
大きいと言うし、さらに信じられない規模の津波の発生が追い討ちをかけたことで、
死者、行方不明者は1000人を超えているのは間違いないようだ。
さらに、被害範囲が広いことで現場の指揮系統がうまく伝わっていない箇所もあり、
行方不明であることすら判明していない不明者も多数いるだろうから、
被害の規模の大きさに慄然としてしまう。

映画などで見る津波は壁のような大波が押し寄せる感じだが、
そんなものではなく、まさしく強い力と意思を持った海水の塊が
押し寄せてくる怖さと、それが引く時の全てを奪い持ち去っていく様は
想像を絶するものだった。
家が基礎ごと持って行かれ、車なんて木の葉のように流され、
コンテナすら積み木が流されるように流れていく。
巨大なタンカーですら波に抵抗できないし、石油タンクなども簡単に流されていく。
まさに地獄絵図のようだ。

今回の地震は太平洋プレートで起きたもので、
東海・東南海・南海地震が想定されるフィリピンプレートとは別。
なので、そちらの地震の可能性は全く減っていないらしい。
また、これほど強大なエネルギーが一気に放出されると、
その歪みが出て、それを修正しようとまだまだ多くの地震が発生する可能性がある。
恐らく震源地が中越や長野の地震がその一端なのだろう。

それにしても、阪神淡路の時は村山内閣で今回は菅内閣。
最低の総理が率いる内閣の時に、このような大災害が起きるのは本当に怖い話だ。
ただ、それでも今回は、阪神淡路の教訓が生き、自衛隊への出動命令も速く出たし、
官邸も素早く対策本部を立ち上げたようだ。
とにかく、国家が総力を挙げて被災地域を救うため、
出来ることの全てをやるべきだと言うのは間違いない。

だけど、昨日の東京を見ると震度5で、しかも遠隔地での大地震で
多数の帰宅難民が発生した。
これを見ると、本当に関東大震災や東海大地震が発生した時、
今の対策で大丈夫なのか?と心配になってしまう。
結局は自分の身は自分で守るしかないのだろう。

西では火山が噴火を続け、東では大地震に大津波が発生。
そして最も怖い原発の放射能漏れの危険性もある。
なんか日本でとんでもない事が起きている。
この世の終わりが近づいているのか?
だが、大事なのは流言蜚語に惑わされること無く、
今、自分が何が出来るのかを考え、出来る限りの事を全ての国民がする事だろう。

被災された皆様にお見舞い申し上げ、今も助けを待っている方に
一秒でも早く救助の手が差し伸べられる事を祈り、
亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げます。


国内最大規模の大地震

2011年03月11日(金)

昨日の日記で、三陸沖は東海地区より大地震が起きる可能性が高い…
なんて書いてしまったからか、三陸沖などを震源地とするM8.8という
最大級の大地震が発生。
東北は最大震度7に加え、10m級の津波で壊滅的な打撃。
関東も人的被害に加え、電車や高速道路や通話がストップ、
かつて経験したことが無いほどの大混乱。
国内で観測史上最大規模の地震。
世界でも5番目の規模だとか…。

東京でも激しく、そして長く揺れた。
幸い銀座の店は地下だからかグラスや食器類の落下はなく、
店に大きな被害は及ばなかった。
揺れが収まり外へ出ると、周辺のビルからも大勢の人たちが外に出ていた。
窓ガラスが割れているビルもあったが、うちのビルは大丈夫。
だけど当然、エレベーターは止まっていた。

とりあえず余震は続いていたが17時に店を開けるものの
首都圏の電車がすべてストップしていたので商売にはならないと判断、
近くの焼肉屋や立ち食いソバ屋、てんやも早々にシャッター閉めていた。

19時くらいに初めて徒歩で帰宅。
いったい14階の我が家はどうなっているのか不安だった。
上に行くほど揺れは激しいからね。
自宅まで5.5キロなので1時間くらいで着くと思ったが、
どこの道も人が多くて自分のペースで歩くことができず、
結局、自宅に着いたのが20時20分頃だった。
やっと着いたと思ったが、当然エレベーターは止まっている。
14階まで階段で登って祈るような気持ちでドアを開けた。

心配していた通りだった。
台所の食器棚からワイングラスが落下し合計6ヶのグラスが割れていた。
天井まである寝室の本棚は扉が開かないようにストッパーが付いているのに
ストッパーを破壊して扉が開き、さらに本棚自体も歪んでしまい
扉もひとつ外れていた。
リビングのコンポを置いてあるラックが180度回転していたのには驚いた。
ハンガーラックも倒れていた。
風呂場のシャンプー類は当然散乱。
そして風呂に溜めていたお湯が半分くらい減っていた。
パソコンも危うく落下寸前で何とか踏みとどまっていた。
しかし、外付けハードディスクは落下していたが、
運よくゴミ箱の中に落下したのでセーフだったけど。

やっぱり14階、相当揺れたんだと思う。
風呂のお湯が半分になるくらいだから、かなりの揺れだったんだろう。
しかし心配していた液晶テレビや冷蔵庫などは1mmも動いた形跡がない。
不思議なことに朝、テーブルの上に置きっぱなしだったコップも
そのままの状態だった。いったい、どんな揺れ方だったんだろう…。

荒れた室内、しばらく途方にくれてしまったが、
全部きれいに片付け終えたのが深夜1時過ぎだった。
まだ頻繁に余震は続いている。
1週間くらいは予断を許さない状況のようだ。
やっぱり地震は怖いね。
阪神大震災が局地的で死者6434人の犠牲者を出したのに対して、
今回の東北地震は岩手県から千葉県までの太平洋沿岸を中心に
津波被害を出したことが一番の違いだ。
岩手県大船渡市の沿岸の集落が津波に飲み込まれ、
家や車がいとも簡単に流されている様は映画を見ているかのようだ。
家やコンテナがプカプカ浮いている。あの重たいものが浮いている。
この津波は海岸から2キロも離れた仙台空港をも飲み込んでしまった。
その間も田畑や町を飲み込みながら仙台空港まで到達したのだろう。
津波被害もさることながら、心配されるのは原子力発電所だ。
福島第1原発では半径3キロ以内に避難指示が出たし。

すでに多くの犠牲者が出ている。
1日も早く地震が収まってほしい。

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