|
2010年02月20日(土)
五輪ネタが続いているので鮮度が古くなってしまったネタだが、 アントニオ猪木が現在、世界最大の団体であるWWEの「殿堂」入りするらしい。 アントニオ猪木と言えば、WWEの前進であるWWFのヘビー級チャンピオンとして、 MSGで防衛戦を敢行したこともあるし、それ以前に異種格闘技戦が評価され、 WWF格闘技ヘビー級チャンピオンにも認定された過去もある。 もともとは当時、世界最大の団体であったNWAへの挑戦権が、 すべて全日本プロレスのジャイアント馬場に握らていたため、 おそらく猪木が標榜したストロングスタイルとはちょっと異質ではあっても、 有力団体であったWWWF(後にWWF→その後WWE)と提携するしかなかった訳だが、 それでも、当時のチャンピオンであったブルーノ・サンマルチノの首を折った男、 スタン・ハンセンや、後に世界最大のスーパースターとなったハルク・ホーガン、 そしてボブ・バックランドなどのレスラーが 新日マットを飾ったのは懐かしい思い出だ。
アントニオ猪木が、モハメッド・アリの 「ジャンルを問わず日本人の挑戦を受ける」と言う不用意な一言を 捉えて追い詰め、ついに実現した時は子供ながらに興奮した。 あれを見て「世紀の茶番劇」とか「八百長」とか言うのは違う気がした。 アリと猪木という2人が、本当に単なるショーとして「八百長」をやるのなら、 もっと上手なシナリオができるはずだからね。 後に総合格闘技などが知れ渡る中で、 かなりガチンコな試合だったと評価されてきたし。 当時からショーの色合いが強かったアメリカではなく、 シリアスな試合が好まれたヨーロッパの方が圧倒的に評価が高かったらしいしね。 アリの掲げたルールを全て採用したので、猪木にとって超不利な状況で あのような戦い方しかできなかったことを知らない人には評価してほしくないね。
まぁ、猪木に興味がない人には本当にどうでも良い話だろうが、 自分が子供の時のヒーローでもあるので、猪木信者には嬉しい話である。 とにかく、現役中のみならず、引退後でも会場に猪木が登場するだけで どんな広い会場でも一気に盛り上がる。全く別格のスーパースターだと思う。
結局、力道山亡き後、ジャイアント馬場とアントニオ猪木、 2人のスバ抜けた個性が競い合ったことが、当時のプロレスブームを巻き起こした。 今もたまにYou Tubeとかで、当時の試合とか見ると、 今のプロレスはもとより、総合だろうがK-1だろうが一切ない、 会場が一体となった雰囲気は他では有り得ない物だった。
いやいや懐かしいね。 ずっと楽しんで応援してきた人が、なんであろうと認められると言うのは とても嬉しい事である。 そう言えば、スポーツ平和党があった頃は、 選挙の投票先に悩まずに済んだのになぁ。 池袋で選挙演説が終わり車から降りてきた時は、真っ先に握手しに行った。 迫力というかオーラというか、やっぱり凄い人だった。 また今の「政界に卍固め」してくれないかな。
|
|
|