Web Masterの日記



実写版ヤマト

2009年10月07日(水)

すごい雨が降っている。
ここ10年で最大の台風が上陸か…。
どれくらいの被害が出るのかな?
もちろん三郷も冠水必至…。
次の試合、最終決戦の18日まで復旧するのだろうか心配だ。
それより明日は早出なんだが、電車は大丈夫か?


さて、突然だが…ガンダムもエヴァンゲリオンも好きだが
「何世代?」と聞かれたら迷わず「ヤマト世代」と答える。
「これで最後」と言いながらも何作も製作されるたびに駄作となり、
西崎プロデューサーと松本総監督の対立や挙句は西崎の逮捕などと、
晩節を汚した感はあるが、それでも日本アニメ史上に残る金字塔だったと思う。
そんな宇宙戦艦ヤマトがかねてからの噂通り、実写で映画化することになった。
その名も「SPACE BATTLESHIP ヤマト」
昨年8月と今年5月の日記にも書いたが、12月に復活編が劇場アニメで公開される。
それとは全く別に来年の12月に劇場公開予定だ。

ある程度の配役も発表された。

古代進――木村拓哉
森雪――黒木メイサ
島大介――緒形直人
真田志郎――柳葉敏郎
沖田十三――山崎務
徳川彦左衛門――西田敏行
相原――マイコ
佐渡先生――高島礼子
斉藤始――池内博之
古代守――堤真一
藤堂平九郎――橋爪功


森雪役は当初、沢尻エリカの予定だったが、一連のトラブルで変更になったらしい。
確かにエリカ様では、ちょっとイメージが悪いかも。
その名の通り「雪」のような汚れないイメージのキャラだからね。
だけど黒木メイサが良いかは疑問だけど。
今回の映画では、なぜか森雪がブラックタイガー隊という設定らしい。
これには、やはり違和感を感じるな。
ブラックタイガーは加藤三郎と山本明じゃなきゃね。

そして何と言っても古代進とキムタクって…年齢が…。
確かガミラス戦の時の古代進って、宇宙戦士訓練学校を卒業したばかりの18歳。
36歳のキムタクじゃ倍じゃん…(-o-;)
島大介も同級生だから、やはり老け過ぎだな。
真田の柳葉や沖田の山崎、徳川の西田なんかは良いと思うが、
驚きなのは佐渡先生の高島礼子。
ヤマトの乗組員で主要な女性キャラは森雪だけだから、
実写にすると女っ気が無いので苦肉の策だろうが、佐渡先生が女性ってどうなの?
やはり常に一升瓶を持ってアナライザーとつるんでないと。
映画でも女性の佐渡先生が常に一升瓶を持ってるならば許すけど。
それよりアナライザーはどうするんだろう?CG使うのかな?
西田敏行が佐渡先生の方が合っていると思うんだけどな。
同じくアニメでは男だった通信班長の相原もマイコという女性だ。
発表されていないが南部や太田は出ないのかな?
そして乗組員しか発表されていないが、むしろデスラーやスターシャなどを
誰が演じるのかが気になるな。デスラーの横に常にいるタランも。
デスラーは伊武雅刀本人が演じるって線も考えられるね。

ストーリーはイスカンダルまで行くヤマト最初の航海らしいが、
空間騎兵隊の斉藤が出るってことは白色彗星とも戦うのか?
監督は「ALWAYS〜三丁目の夕日」の山崎貴監督だそうで、
当然、VFXがふんだんに使用されるんだろう。
映像的にも楽しみだが、製作がTBSということが少し不安だけど。

まぁ、とりあえずは正直なところ、期待もあるけど不安も大きい。
我が青春の「宇宙戦艦ヤマト」を汚すような作品にはしないでほしい。
そう「キャシャーン」や「デビルマン」「ドラゴンボール」の
二の舞にだけは、ならないでほしいね。
あと、俗に言う「キムタク映画」にもなってほしくない。


逗子デニ・アメリカ村・TOKIO…80年代

2009年10月06日(火)

R134「渚橋」近くにあり、海に面したテラス席が有名なデニーズ逗子店が
9月28日で閉店したらしい。
自分も若かりし頃、湘南に行った時は何度も入ったことがあるれど、
なんか常に混んでいたイメージがあるな。
「逗子デニ」の名称で若いカップル定番ファミレスだったが
オープンは1981年7月と他のファミレスが湘南地区に進出する前にいち早く出店。
海岸沿いの立地条件を生かした景観の良さと広い駐車スペースが売りで、
28年間も湘南の代名詞のような店だった。
ちなみに赤字経営で閉店ではなく、契約が切れたためらしい。
赤字どころか逗子店は全国約500店舗あるデニーズの中でも
1日当たりの売上高がトップになったこともある「超優良店」だった。
神奈川県内に約100店舗あるデニーズの中でも年間売上高は常に上位だし。

そんな「逗子デニ」だけど…特に思い入れはないなぁ。
もう何年も湘南に行っていないけど、確かに自分が車の免許を取った頃、
湘南に行っても食事する場所がなくて困った。
あの頃は今のようにファミレスやらオシャレなレストランなど
乱立していなかった。
そんな中で「逗子デニ」は重宝したけど、逗子で食事するよりも
東京に戻ってきて環八瀬田にあったアメリカ村の
「イエスタディ」や「プレストンウッド」に入って
メシ食った方がシャレていたからな。
これからバブル期がやってくるぞーみたいな、ハイソな気分にさせてくれる
アメリカ村の雰囲気は好きだった。

環八沿いにアメリカのホワイトハウスを彷彿とさせるような白亜の建物が並び、
いずれも店内はアーリーアメリカン調のデザインが施され、
「アメリカが空から飛んできた」という感じの異空間が創造されていた。
新しモノ好きな若者がそこに群がるようになり、駐車場には白いソアラや
グロリア、スープラなどのハイソカーが順番待ちをして列を作っていた。

環八瀬田に誕生したアメリカ村…美しいといえば美しい。
しかし、虚しいといえば虚しい。
歳を重ねた今にして思えば、アメリカ村は夢の美しさと
夢の頼りなさを同時に持ったゲーム空間のようなエリアだったのかもしれない。
バブルがはじけたように今は跡形もないけど…。
いや、逆車線のデニーズ用賀店だけが、かろうじて残っているか。

あの頃の東京って、一瞬だけ飛んだのかもしれない。
着地点を見定めることもなく飛んで、思い切り虚空を駆け昇り、
そして泡のように消えた。
奇しくも1980年に発売された沢田研二の「TOKIO」は、
上昇気流に乗って夜空に舞い上がる東京の姿を、的確に表現した歌となった。

♪空を飛ぶ 街が飛ぶ 雲を突き抜け星になる
 火を吹いて 闇を裂き スーパーシティが舞い上がる♪

電飾衣装にパラシュートを背負って沢田研二は歌った。
実態から逸脱したものがリアリティを持ち始める80年代そのもののように思える。
そこに描かれる浮遊感とゴージャス感は、まさにその後に到来する
バブル時代の気分を、ものの見事に先取りしていた。
確か作詞は糸井重里だったが、今さらながら時代を先取りするセンスには驚かされる。
バブルを呼んだのは、まさにこの歌自体だったかもしれないとすら思う。
「TOKIO」の歌詞には以下のような一節もある。

♪欲しいものなら何もかも手に入る 海に浮かんだ光の泡♪

この歌が「バブルの精神を体現する」と言われるときに引用されるフレーズだ。
泡のように消えることが美しい。
そういう感性はモノを次から次へと生産し続けるためには、
片端から消費しなければいけないという、あの時代の感覚を反映している。
消費という概念に美意識が結びつき「消費の美学」などという言葉が
大手を振っていたのも80年代の特徴だったように思う。
だが、その消費の美学は地球の温暖化やエネルギー資源の枯渇、
そして大量のゴミの排出など、様々な副産物を後の時代に残してしまった。
あの時「TOKIO」と呼ばれたい異様な東京の姿も
「何だったのだろう?」という疑問とともに、
いまだに記憶の彼方から突然甦ってきたりする。

バブル世代、自分はまさしく、そう呼ばれていた世代のど真ん中。
バブルの恩恵を受けもしたが、バブルに弾かれた世代でもある。
だからこそ「TOKIO」の歌詞も理解や納得できるし、
「逗子デニ」にしても「アメリカ村」にしても記憶がすぐに甦る。
80年代、本当の青春時代はバブルと共にあった。
もう、あんな時代は自分が生きている間には来ないだろう。
いや、来なくていいと思う。と言うか、来ちゃいけない時代だろうな。


話を最初に戻すと、逗子デニの近くにはヨットマリーナや披露山公園などの
名所があるが、小坪トンネルも、ある意味で名所だった。
「車で通るとバックミラーに幽霊が写り、その幽霊を見ると気が狂う」とか
怖い怪談が口コミで広まった「隠れたスポット」だった。
実際、小坪トンネルって3つのトンネルが連続して連なっていて、
途中には右折するためのレーンがあり、怪談の広まった20年程前は信号がなく、
トンネルを抜けた直後に60km前後のスピードで疾走する
直進対向車の間を縫って横断するという構造になっていた。
この欠陥を見て「これじゃ、霊の仕業でなくても事故が起こる」と思ったけどな。
今も小坪トンネルって存在しているのかな?
確かめに行く気は全くないけどね。


あとひとつ

2009年10月05日(月)

昨日の試合は精神的に疲れた。
一時は9点差つけられて負けていたが、本当によく勝ったと思う。
奇跡?執念?意地?まぐれ?実力?
何だか分からないが、これだけは言える。
何年やっても、やっぱり野球って怖いし面白いね。

これで連覇まであとひとつ。
勝てば優勝、負ければ3位まで落ちてしまう可能性もある。
またギリギリの戦いになると思うが、悔いのない試合をしたい。
そして来年1月にはみんなで優勝旅行だ。
ちなみに場所は大洗か鴨川か伊豆あたりを田辺が探してくれている。
今年は夏合宿や修善寺がなかったので、納会を兼ねた優勝旅行は
ぜひとも実現したいね。


修善寺中止

2009年10月03日(土)

楽天、クライマックスシリーズ進出おめでとう!
このままの勢いで日本シリーズにも進んでほしいぞ。

さて、残念ながら今年の修善寺遠征試合は中止が決まった。
今年は詳細をみんなになかなか発表できなかったが、
実は宿泊はできても志太スタジアムが借りられないかもしれなかった。
予定していた連休中は、全日本女子ソフトボール連盟の動向次第だった。
結局、連休中の土曜から月曜午前までは全日本女子ソフトボール連盟が
志太スタジアムを使用するため、貸し出し不可になってしまった。

今から志太スタジアム以外のグランドを探すのも困難だし、
まして対戦相手を見つけるのも難しい。
志太スタジアムは通常、あそこのホテルに宿泊したグループにしか貸し出しせず、
一般の使用はできないため、地元チームから見ると憧れの場所。
なので志太スタジアムでの対戦相手募集なら
地元チームからの応募は、ある程度の期待はできる。
それこそ昨年、対戦してもらったチームに声をかければ決まる可能性は高い。
しかし、志太スタジアム以外のグランドが取れたとして募集しても
対戦相手が見つかる保障はない。
何より、修善寺遠征は志太スタジアムで行うからこそ意味がある。
よって志太スタジアムが借りられないなら、経済的に厳しい中で
わざわざ遠征試合を開催する意味がない。
ということで田辺と相談した結果、苦渋の決断ではあるが、
残念ながら5度目の修善寺遠征は夏合宿に続き中止を決定した。
結局、今年は宿泊行事は無し…、これも時代の流れなのかもしれないが、
なんだか寂しいね。
だけど今回の修善寺遠征の出欠は未定者が多かったし
決めかねているのか出欠自体を出していない人も多かったので
以前よりは明らかに盛り上がりに欠けていた事実は否めない。
今まで便宜を図ってくれたシダックス勤務の田辺の友人が
シダックスを退職してしまったために融通が利かなくなったのも痛い。
なので、志太スタジアムが借りられない以前に、
中止になるべくして中止になったのかもしれないな。
とりあえず明日の試合後、みんなに報告しなくては。

このまま夏合宿も修善寺も中止になってしまったのは残念なので、
田辺とも相談したが、来年の納会を伊豆長岡で開催して以来、
久しぶりに一泊で行いたいと思う。
このままだと来年の夏合宿も開催は微妙な感じだし、
修善寺遠征だって、今までのような優遇措置がないので厳しい状況だ。
チームの歴史を作ってきた親睦をはかる宿泊行事が、
完全に消滅してしまうのは寂しいので
優勝旅行を兼ねた一泊二日の納会を開催したい。
明日、修善寺中止と合わせて、みんなに話したい。
納会を優勝旅行にするため残り2試合、絶対に勝たなければ。


東京落選

2009年10月02日(金)

2016年の夏季五輪開催地がリオデジャネイロに決まった。
ブラジルでの五輪開催は史上初、南米でも史上初となる。
まぁ、公平かつ公正な目で見ればリオデジャネイロしかないかな。
正直、外交力の弱い日本だと難しいだろうなんて思っていたが、
それでもやはり、いざ落選となると結構がっかりなものだ。
ただ、1回目の投票でまさかのシカゴ落選となった時は
「シカゴが落ちた?」という、まさかの展開に
「東京いけそう?」なんて一瞬、期待してしまった。
しかし、喜びもつかの間、2回目の投票で
「あぁ、やっぱそうだよね」という感じだった。

最初から個人的な予想としては2012年にロンドンで五輪が開催されるので、
同じヨーロッパ圏のマドリードはダメだと思っていたし、
2008年に北京でオリンピックが開催されたことから、
順番を考えれば同じアジアの東京も選ばれないと思っていたので、
シカゴかリオの一騎打ちと予想していた。
順番的に1996年のアトランタ以降、夏季五輪開催から遠ざかっている
大国アメリカのシカゴが20年ぶりに選ばれるのではないかというのが
自分の開催地予想だった。
しかし、オバマ大統領まで現地入りしたシカゴが
最初の投票で落選するという予想外のスタートには本当に驚いた。

東京は4都市の中で国内支持率が最低だった。
自分も以前の日記で書いたが、東京五輪開催には前向きではなかった。
もちろん自分の国でオリンピックが開催されるなら嬉しいし、
まして、それが生まれ育った東京なら嬉しさも倍増だけど
それでも北京五輪の記憶が新しい2016年のアジア開催は無理だと思っていた。

まぁ、敗因はいろいろ考えられるが、その中で
「複数開催に対する批判」が挙げられる。
東京は既に開催実績があり、世界的に知名度の高い都市でもある。
それなら東京以外の地で五輪開催をやった方がいいと思った。
せめて「横浜」とか「神戸」なんかが名乗りを上げても良かったのかな。
その方が日本には東京以外にも素晴らしい街ということを
世界にアピール出来るからね。
それにしても、今回の落選で石原都知事の立場が悪くなったしまっただろうし、
招致合戦に出席した鳩山首相も就任早々に躓いてしまった格好となったな。

ブラジルは2014年にサッカーのW杯が開催され、その2年後に五輪開催。
治安が悪いイメージがあるし、それなりに金がかかってしまうと思うが、
果たして大丈夫なのか心配はある。
ただ、このW杯と五輪の連投で国が大きく発展する可能性もある。
そう考えると、次にアジアで開催する時はインドあたりが良いかも。
公正な目で見ればアフリカ大陸でも開催されるべきだ。
南アフリカはW杯を開催するからエジプトあたりが良いかな。
リオ開催を機に日本だけでなく、アメリカや西欧の先進国は
しばらくの間、五輪開催地の立候補辞退をしてもいいのかもね。

さて、2016年まであと7年。
7年後なんて、アッという間に訪れてしまうだろう。
リオデジャネイロ五輪の成功を願いたい。

というか…2012年に世界は終焉を迎えるのでは?


楽天&五輪開催地

2009年10月01日(木)

今日から10月。
今年も気付けば残り3ヶ月しかない。
本当に1年はアッと言う間に過ぎてしまうんだな。

さてさて、スゴイね。
東北楽天ゴールデンイーグルス(長っ!)が
今日も福岡ソフトバンクホークスに競い勝って2位に浮上。
球団創設から4年目、ついにクライマックスシリーズ進出も目前だ。
あの戦力でここまで戦えるチームにした野村采配って本当にスゴイ。
どう考えたって、他チームより戦力が劣っているのに
就任3年目でチームをここまで成長させたのは、やっぱり名監督なんだな。
このままの勢いでクライマックスシリーズにも勝ち上がって
日本シリーズ進出なんて決めたら、まさに奇跡。
そんな奇跡が見てみたい。
けっこう、いやかなり応援しているので頑張ってもらいたい。
とりあえず明日はマー君と杉内の投げ合いになると思う。
明日、勝てば2位以上は確定じゃないかな。
頑張れ楽天!

明日の深夜には2016年のオリンピック開催地が決まる。
東京はどうなんだろう?
この終盤に来てリオデジャネイロやオバマ効果でシカゴが息を吹き返した。
マドリッドを加え、4都市ともかなりの激戦だと思う。
最初の投票で過半数に達する都市はないだろう。
そうなると一番投票の少なかった都市が最初に敗退するが、
変な話、どこが開催地に選ばれてもおかしくないが、
逆に、どこが最初の投票で最下位となって敗退してもおかしくない。
東京の一次投票敗退も十分に考えられる。
リオだってシカゴだって安泰じゃない。
明日の深夜、テレビ中継されるだろうから注目して観たい。
東京に決定の歴史的瞬間になればいいのだが、
東京一次で敗退の歴史的敗北を観てしまうかもしれないが…。


理事長として

2009年09月30日(水)

先週の土曜日、理事会が終わってから買い物に出かけたが、
その時にマンション駐車場の出入り口の走路に白いワゴン車が駐車してあった。
日曜日も朝と夕方、車を出して出かけたが、白いワゴン車は停まったままだった。
マンション駐車場の出入り口となっている走路は、壁ギリギリに駐車すれば
駐車場に出入りする車の走行に問題はないのだが、
自分が理事長になってから、たびたび駐車車両がいて、
車同士のすれ違いができないと苦情が何件もあった。
対策として、パイロンとポールを設置し、駐停車の全面禁止と住民に告知した。
以前、テッチャンやチャーミン、則ぞーが我が家に来た時、
自分の指示で、そこに停めさせたこともあったが、この夏から全面駐停車禁止。
なので、前回に来た時はイトーヨーカドーの駐車場に停めてもらい、
そこから自分が車で送り迎えした。

土曜から日曜にかけて停まっていた白いワゴン車、
土曜の午後から日曜の全日は管理人不在となる。
そのスキに駐車されてしまったようだが実は今年の2月頃から
たびたび見かける車だった。
管理人さんがいる時に見かけた場合は、日時、ナンバー等を控えておいてもらい、
5月初旬には車のウインドウに
「駐車禁止・次回見かけた場合は通報します」と張り紙も貼ったこともあり、
また管理組合でパイロンとポールを設置したので
しばらくの間、見かけることはなかった。

この白いワゴン車、堂々と会社のマークが車体に付いている。
そして、その会社のマークは、この辺の地域では有名な会社のマークであり、
自分も一目見た時に「あの会社か…」と分かったほど。
5月以降、しばらく駐車していなかったが、
以前も毎週のように駐車されていたので、またここで見逃したら
毎週のように駐車されることを危惧した。
日曜の朝に証拠の写真を撮っている時、駐車場に車を入れていた
マンションの住民からも
「昨日からずっと停まっているので警察に不審車両として通報した方がいい」
と言われたので、自分が理事長という立場を明かし、
会社のマークが付いている車なので、自分がマンションを代表して
会社に直接、文句を言うので通報を待ってもらった。
マンション居住者に対して、全面駐停車禁止と言っているのに、
明らかに外部の社用車が無断で停まっているのは問題である。
住民から管理組合に苦情が来ては困る。
特に自分が理事長の時に大きな問題を抱えたくないので、
悪い芽は早めに摘み取っておく必要がある。
なので月曜の朝、そのマークの会社にマンション理事長として苦情の電話を入れた。

電話の応対に出た人いわく、社用車は保有していないが、心当たりがあるので
調べてから折り返し電話すると言われ、約3時間後に電話があった。
すると、そのマークの入った会社の本社ビル内にある
クリニック保有の車だということが分かり、
さらにクリニックの事務長に替わると最初から平謝り状態。
事実関係を調べ、実際に駐車した人物にも事情を聞いたようだ。
本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんと最後まで謝っていた。
さらに、そちらにお伺いして直接、謝罪したいと言ってくる。
そこまでしなくていいと断ったが、どうしても謝りたいと言うので仕方なく
今日の朝、自分は遅出だったのでマンションに来てもらった。

昨日の朝に管理人にも今回の件について話しを通しておき、
相手側が訪ねてきたら一緒に対応してもらうことにした。
で、今朝10時頃に某クリニックの事務長と部長がスーツ姿で
菓子折り持ってマンションまでやって来た。
管理人から連絡が入ったので1階まで降りてエントランスで挨拶。
とりあえず証拠のために自分が日曜に撮っておいた
駐車車両の写真を見せて確認してもらい、
さらに管理人がチェックしていた今までの駐車記録を提示。
部長も事務長も電話以上の平謝りだった。
ちなみに駐車した本人は、うちのマンションに知り合いがいたので、
その人を訪ねた時に駐車していたらしい。
社用車を会社に無断で私用に使っていたことも判明し、
管理体制、指導ともしっかりとして今後、2度と同じようなことが
ないようにすると約束してくれた。

そのクリニックは地元の大きな会社の直系でもあり、
(車体のマークは、この大きな会社のマーク)
自分は行ったことがないが、うちのマンションの住民も通っていたりする。
この辺もマンションが立ち並び、堂々とマーク付きの商用車が
無断でマンション敷地内に停まっている姿は、普通に考えればヤバいだろう。
なので本社から迅速に対処するよう言われたのかもね。
ちなみに持ってきた菓子折りは、自分個人が迷惑したわけではなく、
マンション全体の問題として理事長の自分が代表して応対しているだけなので
受け取りを断ったが、どうしても受け取ってほしいと言われたので、
仕方なく受け取り、管理人さんと、いつもマンションの掃除をしてくれる
おじさんとおばさんがいるので、みんなでオヤツで食べてくださいと渡しておいた。

今回は急だったために他の理事や管理会社の担当者には知らせず、
理事長特権で自分単独で動いてしまったので問題かな?とも思ったが、
管理人いわく、住民の代表の理事長として動いたことには何も問題はないらしい。
それだけ理事長は特権を持っているってことなのかも。
とにかく自分が理事長の任期が切れる3月の総会まで、あと半年、
大きな問題もなく何とか平和に過ごしたいね。


八ッ場ダム

2009年09月29日(火)

八ッ場ダムが揉めているね。
八ッ場と書いて「やんば」と読むとは今まで知らなかった。
さて、八ッ場ダムは必要か?と考えると、どうも要らない気がする。
だって50年だよ。
50年前って、どんな時代かと言うと、テレビ放送が始まり
金持ちの家に白黒テレビがお目見えした時代。
そして固定電話が金持ち専用から漸く庶民の家にも普及しはじめた時代だ。
今はカラー放送どころか「アナログ放送はもう受信できなくなります。
地デジに切り替えましょう」と言い、小学生までが携帯電話を所有している。
本当に必要な物だったら、とっくに造られていなければおかしいと思う。

建設中止反対を訴える住民も「必要なダムだから造れ」というのではなく
「ここまで来て中止されたら、もう生きてはいけないから造ってくれ」と
訴えているようだが、そもそも計画当初は地元は猛反対だった。
どうしても造りたい国が、あの手この手で住民を籠絡するために
様々な生活保障を約束して、なんとか建設同意に漕ぎ着けた。
ところが今になって建設中止になれば、生活保障まで白紙に返されてしまうから
困るってことなんじゃないのかと疑ってしまう。

結局は、ずーっと自民党政権が続いてしまったことが、
こうした問題の元凶なんだろう。
ほんのわずかに細川連立政権などがあったが、その時は触れられることはなかった。
もっと早くに政権交代可能な政治が行われていれば、
同じ計画が半世紀にも渡って続けられるなんて無駄は起きなかっただろう。

八ッ場ダム建設続行か中止かの判断基準はひとつしかない。
要るか要らないか。
要るなら造るべきだし、要らないなら造らないべきだ。
50年もの間、造らなくても大丈夫だったので、どうも要らないように思うから
造らない決定は正しいのかな…?
残された問題は、国に乗せられたまま途中で梯子を外される地域住民の生活だけだ。
確かに嫌々移転させられた挙句、補償される筈だった移転後の生活も
知らんぷりされる住民たちは気の毒でしかない。
「お前たちは勝手に死ねば」みたいな物だ。
解決法は、中止後の生活保障しかないだろう。
幸い民主党は後のことは考えずにバラマキが得意そうなので、
これはなんとか解決できるんじゃないかな。
ばら撒いた後、日本という国の未来がどうなろうが、
自分達はすでにこの世からいなくなっているから関係ないみたいだしね。
後に残される今の子供たちが不憫でならないよ。

民主党は結局のところ、今まで「反対の為の反対」しかしてこなかった。
それをそのまま政策にして実行しようとしてるから問題が起きる。
政権交代の準備をしてきて、次の内閣とか決めていたりしていたくせに、
いざ政権を握ってみると何も準備してきていない。
なんせ、ダム建設中止をマニフェストに掲げながら、
選挙前に1度も民主党の議員は視察にさえ来たことが無いどころか、
衆院選でも民主党は八ッ場ダムを擁する群馬5区には候補者を立てなかった。
地域住民の声なんて最初から聞く気がなかったってことだ。

おまけに政権を取っても
「未知との遭遇で失敗するかもしれないけど、そこは寛容に」なんて
早々と逃げ口述までして政権を何だと思っているんだ。
今の日本の内閣に失敗は許されないんだけどな。
失敗したら内閣全員、腹を切って国民に詫びるくらいのことはして貰わないと。
それくらいの覚悟で臨んでもらいたいよ。
まぁ、八ッ場ダムに関しては言い方が悪いが自分にとっては
「対岸の火事」なので、どっちでもいいんだけどね。

最後に住民が恨むべき相手は中止する民主党ではない。
そもそも、こんな計画・政策を実行した自民党の方だろうね。
要は自民党も民主党もアテにはならないってこと。
日本の民主政治は終わっているってことだけははっきりしている。


自民党総裁

2009年09月28日(月)

はるか昔、佐藤栄作総理の後継を自民党の実力者、
三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫の4人が争ったことから
各人の名前の一文字を取って「三角大福」なる流行語が生まれた。
4人はそれぞれの派閥のボスだった。
「角福戦争」なんて熾烈な争いも繰り広げられたが、
結局は4人とも順番こそ違えど全員が総理大臣になった。
まぁ、順当な結果だった。
ちなみにその後になって「三角大福中」と中曽根康弘を加えた言い方も広まった。
当然、中曽根康弘も総理大臣になった。

そして時は流れ、ポスト小泉として2006年に広まった言葉が
「麻垣康三」だったが、当時に比べれば小物感たっぷり。
そして、自民党総裁選は数多くのゴタゴタがあったが、
終わってみれば安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、そして今回の谷垣禎一と
見事に「麻垣康三」の全員が自民党の総裁になった。
35年前と何にも変わってないってことかね…。


Mステ

2009年09月27日(日)

先日、放映された「ミュージックステーション3時間スペシャル」を観た。
相変わらずタモリがマイペースで進行している。
それでも「ミュージックステーション」は今年で23年目だそうだ。
これが調べてみると、とてもスゴイ記録だということが分かった。

「夜のヒットスタジオ」(22年:1968年11月4日〜1990年10月3日)
「ロッテ 歌のアルバム」(21年半:1958年5月4日〜1979年9月30日)
「ポップジャム」(14年:1993年4月4日〜2007年3月16日)
「ザ・ベストテン」(11年半:1978年1月19日〜1989年9月28日)
「NTV紅白歌のベストテン」(11年半:1969年10月6日〜1981年3月30日)
「ザ・ヒットパレード」(11年:1959年6月17日〜1970年3月31日)
「速報!歌の大辞テン」(8年半:1996年10月16日〜2005年3月23日)
「ザ・トップテン」(5年:1981年4月6日〜1986年3月31日)
「歌のトップテン」(4年:1986年4月7日〜1990年3月26日)

蒼々たる過去の歌番組を超えた長寿番組となっていた。
しかも来年には1000回という偉業を成し遂げそう。
タモリの番組おそるべしだな。
しかし3時間も見続けるのは苦行に近い(+_+)

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