Web Masterの日記



八ッ場ダム

2009年09月29日(火)

八ッ場ダムが揉めているね。
八ッ場と書いて「やんば」と読むとは今まで知らなかった。
さて、八ッ場ダムは必要か?と考えると、どうも要らない気がする。
だって50年だよ。
50年前って、どんな時代かと言うと、テレビ放送が始まり
金持ちの家に白黒テレビがお目見えした時代。
そして固定電話が金持ち専用から漸く庶民の家にも普及しはじめた時代だ。
今はカラー放送どころか「アナログ放送はもう受信できなくなります。
地デジに切り替えましょう」と言い、小学生までが携帯電話を所有している。
本当に必要な物だったら、とっくに造られていなければおかしいと思う。

建設中止反対を訴える住民も「必要なダムだから造れ」というのではなく
「ここまで来て中止されたら、もう生きてはいけないから造ってくれ」と
訴えているようだが、そもそも計画当初は地元は猛反対だった。
どうしても造りたい国が、あの手この手で住民を籠絡するために
様々な生活保障を約束して、なんとか建設同意に漕ぎ着けた。
ところが今になって建設中止になれば、生活保障まで白紙に返されてしまうから
困るってことなんじゃないのかと疑ってしまう。

結局は、ずーっと自民党政権が続いてしまったことが、
こうした問題の元凶なんだろう。
ほんのわずかに細川連立政権などがあったが、その時は触れられることはなかった。
もっと早くに政権交代可能な政治が行われていれば、
同じ計画が半世紀にも渡って続けられるなんて無駄は起きなかっただろう。

八ッ場ダム建設続行か中止かの判断基準はひとつしかない。
要るか要らないか。
要るなら造るべきだし、要らないなら造らないべきだ。
50年もの間、造らなくても大丈夫だったので、どうも要らないように思うから
造らない決定は正しいのかな…?
残された問題は、国に乗せられたまま途中で梯子を外される地域住民の生活だけだ。
確かに嫌々移転させられた挙句、補償される筈だった移転後の生活も
知らんぷりされる住民たちは気の毒でしかない。
「お前たちは勝手に死ねば」みたいな物だ。
解決法は、中止後の生活保障しかないだろう。
幸い民主党は後のことは考えずにバラマキが得意そうなので、
これはなんとか解決できるんじゃないかな。
ばら撒いた後、日本という国の未来がどうなろうが、
自分達はすでにこの世からいなくなっているから関係ないみたいだしね。
後に残される今の子供たちが不憫でならないよ。

民主党は結局のところ、今まで「反対の為の反対」しかしてこなかった。
それをそのまま政策にして実行しようとしてるから問題が起きる。
政権交代の準備をしてきて、次の内閣とか決めていたりしていたくせに、
いざ政権を握ってみると何も準備してきていない。
なんせ、ダム建設中止をマニフェストに掲げながら、
選挙前に1度も民主党の議員は視察にさえ来たことが無いどころか、
衆院選でも民主党は八ッ場ダムを擁する群馬5区には候補者を立てなかった。
地域住民の声なんて最初から聞く気がなかったってことだ。

おまけに政権を取っても
「未知との遭遇で失敗するかもしれないけど、そこは寛容に」なんて
早々と逃げ口述までして政権を何だと思っているんだ。
今の日本の内閣に失敗は許されないんだけどな。
失敗したら内閣全員、腹を切って国民に詫びるくらいのことはして貰わないと。
それくらいの覚悟で臨んでもらいたいよ。
まぁ、八ッ場ダムに関しては言い方が悪いが自分にとっては
「対岸の火事」なので、どっちでもいいんだけどね。

最後に住民が恨むべき相手は中止する民主党ではない。
そもそも、こんな計画・政策を実行した自民党の方だろうね。
要は自民党も民主党もアテにはならないってこと。
日本の民主政治は終わっているってことだけははっきりしている。


自民党総裁

2009年09月28日(月)

はるか昔、佐藤栄作総理の後継を自民党の実力者、
三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫の4人が争ったことから
各人の名前の一文字を取って「三角大福」なる流行語が生まれた。
4人はそれぞれの派閥のボスだった。
「角福戦争」なんて熾烈な争いも繰り広げられたが、
結局は4人とも順番こそ違えど全員が総理大臣になった。
まぁ、順当な結果だった。
ちなみにその後になって「三角大福中」と中曽根康弘を加えた言い方も広まった。
当然、中曽根康弘も総理大臣になった。

そして時は流れ、ポスト小泉として2006年に広まった言葉が
「麻垣康三」だったが、当時に比べれば小物感たっぷり。
そして、自民党総裁選は数多くのゴタゴタがあったが、
終わってみれば安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、そして今回の谷垣禎一と
見事に「麻垣康三」の全員が自民党の総裁になった。
35年前と何にも変わってないってことかね…。


Mステ

2009年09月27日(日)

先日、放映された「ミュージックステーション3時間スペシャル」を観た。
相変わらずタモリがマイペースで進行している。
それでも「ミュージックステーション」は今年で23年目だそうだ。
これが調べてみると、とてもスゴイ記録だということが分かった。

「夜のヒットスタジオ」(22年:1968年11月4日〜1990年10月3日)
「ロッテ 歌のアルバム」(21年半:1958年5月4日〜1979年9月30日)
「ポップジャム」(14年:1993年4月4日〜2007年3月16日)
「ザ・ベストテン」(11年半:1978年1月19日〜1989年9月28日)
「NTV紅白歌のベストテン」(11年半:1969年10月6日〜1981年3月30日)
「ザ・ヒットパレード」(11年:1959年6月17日〜1970年3月31日)
「速報!歌の大辞テン」(8年半:1996年10月16日〜2005年3月23日)
「ザ・トップテン」(5年:1981年4月6日〜1986年3月31日)
「歌のトップテン」(4年:1986年4月7日〜1990年3月26日)

蒼々たる過去の歌番組を超えた長寿番組となっていた。
しかも来年には1000回という偉業を成し遂げそう。
タモリの番組おそるべしだな。
しかし3時間も見続けるのは苦行に近い(+_+)


現場検証

2009年09月26日(土)

今日は朝から理事会。
いよいよ来月に理事になって最初の大きなイベントである
マンションの防災訓練があるので、その打ち合わせが大半を占めた。
理事会が終わってからは会報を作成したり、録画していた番組を観たり、
まったりとした休日を過ごした。
夕方に買い物に行き、夜になってからは「逃走中」を観て、
その後に「K-1」を観ている最中に携帯に着信。
知らない番号だったので、あえて出なかったら、次に家電に着信。
うちはナンバーディスプレイが入っているのだが、
携帯に表示された番号と同じ番号だったので仕方なく出る。
するとビルのセキュリティを管理している警備会社からだった。
緊急連絡先に自分の携帯番号と家の電話番号を登録していたので
かかってきたのだが、話を聞くとビルで事件があって
警察が現場検証をしたいので立ち会ってほしいとのこと。
ビルのオーナーの連絡先が分からなかったので、
ビルに貼ってある警備会社の電話番号にかけて、
オーナーに連絡してほしいと頼まれたのだという。
ビルで事件って何事かと思い、すぐに警備会社から教えてもらった番号にかける。
すると警察署の刑事課につながり、その事件の担当者が電話に出た。

どのような事件かは内密にしなければいけないため書けないが、
うちのビルの責任とかではなく、あくまでも現場検証の許可と
立ち会いをしてほしいとのこと。
鑑識の準備ができ次第、また連絡するので携帯番号を刑事に教えて一旦、電話を切る。
すぐにビルオーナーである実家の父にも電話して判断を仰ぐが
警察に協力するように言われたので、自分が現場検証に立ち会うことになった。
父との電話を切った後、すぐに警察より電話か入り、
これから現場に向かうので、御足労ですが来ていただきたいと言われ、
すぐに支度をして車で銀座へ向かう。

店の前に着くと、すでに刑事と警官3人が待機していた。
堂々と駐車禁止でもある店の前に車を止めて、電話で話をした刑事と名刺交換。
しばらくして鑑識の人たちも来て事件のあったビルの現場に行って現場検証。
靴を脱いでビニールスリッパを足にかぶせ、医者が手術の時に使うような
薄いビニールの手袋とマスクを渡され、それらを装着。
さらに「立会人」と書かれた腕章も付けさせられた。
現場検証は刑事ドラマで見たような感じ。
指紋採取や毛髪採取の際は、その場所に行って一緒に写真を撮られる。
立会人には警察が不正を行わないための証人の役割もあるようだ。
さらに毛髪を入れた袋や指紋採取した袋すべてに
立会人の自筆のサインと印鑑が必要。指紋なんて30枚くらいサインした。
鑑識が現場の写真を撮ったりしている時は、刑事からビルに関しての質問を受ける。
なんだかんだで22時30分頃から終わったのは深夜1時30分過ぎ、
帰宅したのは2時近かった。

事件の内容に関しては被害者のプライバシーの問題や守秘義務があるため
立会人である自分にも詳しくは教えられないし、
今回、事件があって現場検証したということも
ビルのテナントには内密にしてほしいと言われた。
しかし刑事同士や鑑識が話している内容から、どんな事件かは
ある程度の推測ができてしまったけど…。
へたしたらマスコミ沙汰になってしまうかもしれない事件である。
そんな事件に、うちのビルが巻き込まれて正直いい迷惑だ。

初めて刑事事件の現場検証に立ち会ったが、本当に刑事ドラマのように
少しでも証拠を見つけようと、大勢の警官、刑事、鑑識が動いていた。
最後に担当刑事が、長い時間協力してくれて助かったと
缶コーヒーをおごってくれた。
場合によっては協力が得られずに満足な検証ができなかったり、
すぐに立会人が来てくれず、現場検証ができないことがあったりするらしい。
今回の場合、電話から15分位で銀座まで来れたし、捜査に協力的だったので
スムーズで満足な現場検証ができたと喜ばれた。
今回の検証が決め手となり、犯人が早く見つかることを願いたい。
現場検証…いきなりの貴重な体験だった。


3連覇

2009年09月25日(金)

少し書くのが遅くなったが、我が読売巨人軍がセリーグ3連覇を果たした。
優勝決定となったドラゴンズ戦をテレビで観たが、
ドラゴンズは本来のローテの順番なら勝ち頭の吉見のはずなのに
なぜか山井が先発なので、もう落合監督の頭の中は完全に
クライマックスシリーズに切り替わってしまっているようだ。
そんな相手に負けるわけもなく、結局ドラゴンズを3タテして
3連戦で一気にマジックを無くして呆気なく優勝を決めた。
今季の優勝によりジャイアンツは3年連続33回目のリーグ優勝。
セリーグの3連覇はV9時代以来36年ぶりだとか。
パリーグでは80年代から90年代のライオンズがV4を達成しているが、
セリーグでは毎年優勝チームが変わっていた。

今季のジャイアンツは開幕連敗スタートで始まったが、
アッという間に首位に立ったと思ったら、その首位の座を最後までキープ、
2位に10ゲーム以上の大差をつけての優勝と、本当に強いチームだった。
特に原監督が指揮したWBC日本代表チームに選手派遣をボイコットした
ドラゴンズに対しては絶対に負けないという強い意志がチーム全体にあった。
だが、原監督がWBCのためにキャンプ途中でチームを離れ、
エースだった上原がFAでメジャーへ移籍、二岡と清水を放出、
高橋由伸や李スンヨプの故障などもあり、不安の大きなシーズンだったに違いない。
新戦力といえば二岡とのトレードでマイケル中村を獲得したぐらいで
大きな補強はなく正直、昨シーズンよりは戦力ダウンした印象だったが、
今季は昨年以上に若手選手の台頭が目についたシーズンだった。
まさに原監督が掲げた「育てながら勝つ」を実践したシーズンとなった。

ジャイアンツの優勝とドラゴンズの2位は確定した。
あとはCS進出をかけての3位争いを3チームが争っているが、
勝率5割にも満たない大きく負け越しているチーム同士で3位争いなんて、
なんだか随分とレベルの低い争いだ。
残り試合を考えても、どこが3位になっても5割に届くのは難しく、
そんなチームが日本シリーズをかけて戦うなんて何だか変な話だな。
そのCSだが、優勝チームのジャイアンツは1勝のアドバンテージを獲得。
アドバンテージの大きさは昨年のCSでも実証されているので、
余程の事がない限りはジャイアンツが日本シリーズへ駒を進めると思う。
セリーグよりも、これから気になるのはパリーグだ。
現在首位のファイターズだって優勝確実とは言えない状況。
今日から1位ファイターズと2位ホークス、
3位楽天イーグルスと4位ライオンズの直接対決もあり、
来週は楽天対ソフトバンクの4連戦も控えている。
こちらは10月まで、もつれることになるだろう。
あの戦力で一生懸命頑張っている野村楽天にCS進出を決めてもらいたい。
ガンバレ東北楽天ゴールデンイーグルス!


頭痛

2009年09月24日(木)

なぜか今日は朝から頭痛。
連休疲れが出たのかな?
なので仕事やる気ナッシングモード。
明日1日頑張ればまた休みだ。
だけど土曜日は朝からマンションの理事会…。
理事長はツライなぁ…。


鳥鳥鳥

2009年09月23日(水)

シルバーウィークも残念ながら最終日。
昨日、年甲斐もなく、はしゃぎ過ぎたせいで遅くまで寝て、
夕方にはジャイアンツの優勝の瞬間をテレビで観戦。
夕飯は久々に肉を食べに行って5連休を締めた。

さて、20日に訪れた掛川花鳥園の続き。
まず、掛川花鳥園とはどんな所かと言うと
「掛川花鳥園は、静岡県掛川市にある、花の中で鳥と遊べるテーマパークです。
インパチエンスやさまざまな植物、熱帯性スイレンが一年中咲き誇る空間で、
オオハシ、インコ、フクロウなど、さまざまな鳥とのふれあいが楽しめます」
掛川花鳥園公式ホームページより

朝7時台にホテルを出たものの清水〜静岡間の
3重衝突事故による渋滞に巻き込まれ、開園に数分間に合わず、
諦めかけていたペンギンとの写真の整理券を無事にゲットし、
園内に入ると、まず左右に土産屋。
この土産屋は様々なフクロウグッズが揃っていた。
そして土産屋を囲むようにフクロウの展示施設があり、
約30種類の世界のフクロウやミミズクを見ることができる。

通路を通って最初の水鳥プールへ向かう途中、トイレの前の通路を
普通にペンギンが歩いていた。
そういえば受付では本物の小さなフクロウが出迎えてくれていた。
通路を挟んで左右にある水鳥プールにはオシドリや鴨と一緒に
ペリカンやペンギン、そして鯉も泳いでいる。
オシドリ、カルガモ、ペンギン、ペリカン、鯉が一緒にいること自体、
すごく珍しい光景だった。
アヒルをそのまま小さくしたコールダックがエサ欲しさに寄って来る姿は
なんか癒されたな。

さらに大温室に入ると沢山の花が天井からぶら下がっていて圧倒させられる。
いよいよ、ふれあいゾーンに入ると、ヨウム、ハヤブサ、鷹、フクロウが
手の届きそうな位置に普通にとまっていた。
「トリビアの泉」「志村どうぶつ園」「ベストハウス123」などでお馴染みの
アフリカオオコノハズクのポポちゃんも普通にいたけど眠そうだったな。
さらに金網の扉を開けて入るスイレンプールゾーンには
色とりどりのインコたちが何百羽も放し飼い状態。
1カップ100円のエサを買おうとエサ売り場に近づくだけで
インコが肩や頭に乗ってきてエサをねだってくる。
ちなみにこの日の服装は、糞をされてもいいように、
捨てようと思っていた長袖シャツを着て、もちろん帽子もかぶる。
ウェットティッシュは当然、必需品。
しかし、糞害は肩にとまったインコに1回されただけで
歩いている途中、上から落ちてくることはなかった。
また園内は常に各所に掃除の人がいてキレイにしていたし
あちらこちらに手を洗う場所も設けられ、
その辺の動物園とか見習ってほしいほど、どこに行っても清潔感のある施設だった。

インコの群れをかき分けて先に進むと、ふれあいの小道では
エボシドリや大型インコ、ヘラサギ、クジャクが放し飼いで、
歩いているだけで寄ってきた。
水辺の鳥のふれあいゾーンにはフラミンゴ、ショウジョウトキ、シロトキ、
クロトキ、クロエリセイタカシギ、オウギバト、オオハシなどがワラワラといる。
オオハシなどエサ箱の上で待機していたので、エサを買うとすぐに腕に乗ってきた。
オオハシと触れ合いができる施設はなかなかないので感激もの。
外に出ると白鳥、黒鳥、ガチョウ、マガモなどと触れ合える水鳥池に
ダチョウに次いで世界で2番目に大きい鳥、エミューのいるエミュー牧場がある。
また、外にはフクロウや鷹の飛行ショーが行われる会場もあり、
鳥好きには本当に最高の施設だった。

しかし、花鳥園は鳥のキャバクラみたいなものだとも思った。
気を引き締めないと際限なく鳥たちに貢ぐハメになる。
入園料は1050円と普通の施設よりも安いのは中で使うエサ代が
結局は入園料よりも高くなってしまった。
100円のエサは朝に回った時はペレットだったが、
昼過ぎからはリンゴを小さく角切りしたエサもあった。
入園料よりも高いフルーツ代を払わされた感じ…。
本当に鳥のキャバクラだな。だけどスゴク楽しかったけど。

結局、10時30分からのショー、13時からのショーも見たし(内容は違う)
ペンギンとも写真を撮れたし、おまけにフクロウを腕に乗せて写真も撮れたし
たくさんのインコやエボシドリになつかれたし、大満足できた。
園内は3周したかな。そのたびにエサ代がかかったけどヾ(^-^;)
開園直後の朝早く入園したので鳥たちも腹をすかせて待っていてくれたので
午前中は食い付きが良かったが、昼過ぎからは明らかに園内も混んできたので
食い付きが悪くなってきた。
駐車場には大型バスも停まっていたし、土産屋も大混雑していたな。
大満足して14時半頃に花鳥園を出たが、駐車場は満車だった。
やっぱり朝早く来て大正解だった。

掛川ICから東名に乗る前にガソリンを入れたが、リッター122円と安かった。
清水では130円近かったのに、同じ静岡県内でこんなに違うのか。
東名に乗り、日本坂PAに寄る。
ここには、ここでしか売っていないというメロンパンならぬミカンパンがある。
それが気になっていたので、あえての日本坂PAだったが、
なんとミカンパンは発酵の真っ最中のため、売りに出るには時間がかかり過ぎ。
夕方からの渋滞も考えないといけないので、
残念ながら諦めて東京へ向かうことにした。
なんで日本坂PA、それも上り車線のみにしか売っていないんだろう…。
もうひとつ寄りたいPAがあった。
駒門PAに寄って、手作りアメリカンドックを食べること。
アド街で紹介されて以来、名物になった手作りアメリカンドックだが
駒門PAに着いたら、外で休憩している人のほとんどが食べていた。
早速、買って食べると、揚げたてのためスゴク熱かったが、スゴク美味い。
名物になるのも分かるような気がする。

駒門PAからはノンストップ。
懸念された大井松田近辺の渋滞は全くなかったが、厚木〜横浜町田間で
衝突事故のため渋滞が始まっていた。
結局、19日も20日も渋滞したのは事故渋滞ばかり。
事故さえなければ、もっと快適なドライブができたのにな。
厚木〜横浜町田の渋滞を超えるのに時間がかかったが、首都高3号線に入っても
まったく渋滞知らずだった。下りは超渋滞していたけど。
14時45分頃に掛川ICから乗って、途中に2度の休憩をはさみ、
枝川ICで降りてからイトーヨーカドーに寄って買い物&夕食をして
家に着いたのは20時45分くらいだったかな。
2日間の走行距離は480キロ。
行きも帰りも渋滞を避けた時間帯を走ったので、
ほとんどストレスなく運転できたし、清水で美味い寿司も食べれたし、
何より、前から行ってみたいと思っていた鳥好きにとっての聖地である
掛川花鳥園に行けて、ものすごく充実した2日間だった。
掛川くらいなら日帰りでも大丈夫かも。
絶対にまた訪れたい場所である。
その前に、もう少し近い富士にも花鳥園があるので、そっちもいいかな。


結婚式

2009年09月22日(火)

昨日の続きの掛川花鳥園に関してはまた後日。
今日はマサの結婚式。
錦糸町と亀戸の間にあるアンフェリシオン。
今まで数え切れないほど結婚式に出席しているが、
一番、家から近い場所だったかも。
14時頃にチャーミンから「亀戸駅にいますが、もう式場にいますか?」と
電話が入ったが、まだ家にいて着替えてもいなかった(^^;)
14時半からの受付だったが、連休中ということもあり
式場までは車で10分もかからずに着くのでゆっくりできた。

会場の7階にあるチャペルでの挙式、
いきなりマサが入ってきたが、やっぱり背が高いとあの手の服は似合うな。
けっこう前の人が邪魔で写真があまり撮れなかったのは残念。
披露宴の席は相変わらずのうるさい連中と一緒。
潤太の時もそうだったが、田辺やチャーミンと一緒のテーブルだと
おちおち席を空けるのも用心しなければならない。
チャーミンが席を立っている隙に田辺がチャーミンのクロワッサンに
大量の塩をかけるイタズラはお約束。
マサ達の写真を撮りに行った時に自分のパンにもコショウがかけられていた。
絶対に何かやられると思っていたので、披露宴が始まる前に
田辺がトイレに行った時に魚用のナイフと肉用のナイフを逆にしておいたけどね。
何も知らない田辺は肉用ナイフで魚料理を食べて
肉料理が出てきたときはギザギザのない魚用ナイフしか残っておらず、
チャーミンの肉用ナイフを奪って肉料理を食べていたがヾ(^-^;)
もう40過ぎているのだから、そろそろ落ち着かなければと思いつつも、
いつも楽しい披露宴の座席だ。

しかし、マサはやっぱりいつも通り堂々としていたな。
最後の挨拶といい、しっかりと胸に響いた。
それに比べマサと同い年の殿は……(・ω・;)
ラストのスタッフロールでの「殿」には
マサのユーモアセンスが感じられ笑わせてもらったな。

披露宴に続き二次会も盛り上がった。
移動がないのが楽で良かった。
それにしても随分と景品が高額だったな。
今までの二次会で一番の高額商品だったんじゃないかな。
結局、着信音は鳴らなかったが(ToT)
「東宝シネマ」のペアチケットが当たったシズラーは
最初、よく聞こえなかったみたいで「東宝シネマ」じゃなく
「東方神起」と勘違いしていたらしいけど。

二次会も締めに入り、なぜか再び殿やハセが前に出て恥を晒すが、
奴らじゃ何も分かっていなかった。
頼みの子供たちも恥ずかしがって何も言わないし…。
そこで一番奥の席から亜沙子が堂々と「キスはないんですか〜?」の声。
さすが亜沙子、マサよりもチームでは先輩なだけあって
一番空気がよく分かっていた。Good jobだ。
いざ!の段階で日菜も里紗も亜美も前の良く見える位置に移動してくる。
日菜なんて「え!チューするの?見に行かなくちゃ!」と言って前へ来た。
なぜ子供たちって、かぶりつきで見に来るのだろう(^^;)

二次会が終わり、ラストに恒例の胴上げ。
天井が低かったので心配だったが、思ったよりもマサが重かったため
高く上がらず、逆に良かった。
とても良い挙式であり、披露宴であり、二次会だった。
若い人の結婚式って、やっぱりいいね。
こっちまで幸せな気分にさせてくれる。

帰りは田辺と日菜、西浦家を東陽町駅まで送ってから帰宅。
と言っても式場から15分ほど。
二次会終了後にテーブルの花を沢山もらっていたみたい。
会場の人がマサ達が座っていたテーブルの豪華な花までくれた。
家まで近いし車なので簡単に持ち帰ることができたけど。
家の中が珍しく華やかだ。

昨年は潤太、今年はマサ。
次は誰だろう?あと残っているのは………
当分、結婚式はないな(・ω・;)
マサが我がチーム最後の大物独身選手ってことだな。
良い式でした。改めておめでとう!


清水へ

2009年09月21日(月)

世間は5連休シルバーウィーク真っ只中。
自分も初日の19日に出かけてきた。
と言っても、早朝から渋滞に巻き込まれながらの移動は勘弁だったので
あえて時間を外し、朝の渋滞が解消されたころを見計らい、昼の12時30分頃に出発。
塩浜ICから首都高に乗って、レインボーブリッジを渡り、3号線から東名へ。
首都高の渋滞は皆無。東名の渋滞もまったくなく、快調に久々の東名ドライブ。
沼津ICの先を走るのは何年、いや何十年振りだろうか?
初日の目的地は清水ICで降りて清水港近くにあるエスパルスドリームプラザ。
ここには「清水すし横丁」といって全国の有名寿司店が10件も入っている。
早くて16時位には着くと思っていたが、あまりにも東名が快調に走れたので
足柄SAで長い休憩をとったにもかかわらず15時前には清水ICに着いてしまった。
それにしても台風の影響で富士ICから清水ICまで海岸沿いを走るのだが、
高波の波しぶき影響で白く霞んでいた。
夜には富士〜清水間は長い時間通行止めになったみたいなので
早い時間に通れて良かったかも。

エスパルスドリームプラザの「清水すし横丁」では
迷わず「魚がし寿司」に入って頼みまくり。
ちょうど「アワビ祭り」をやっていたために
アワビの踊り焼きが半額だったので
それも当然、注文して久しぶりの本格的な寿司を堪能。
その後、館内をウロウロしたり清水駅の方へ散策したり。
初めて訪れた清水の街だが、やはりサッカーで有名な場所だけあって
街の至る所にエスパルスのキャラクターが描かれていたり、
サッカーをする子供の像が立っていたり、フットサルコートも多かった。

この日は清水で一泊し、今回の旅の本当の目的は翌日にあった。
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教共通の聖地としてエルサレムがあるように、
アニメオタにとってアニメイトやビックサイトのコミケがあるように、
鳥好きならココへ行け!の鳥好きの聖地である掛川花鳥園。
http://www.kamoltd.co.jp/kke/
それが今回の旅の最大の目的である。
この場所を知ったのは最近だが、知ってからはずっと行きたい場所だった。
リンクしてあるホームページを見れば分かる通り、様々な鳥たちが放し飼い状態。
鳥と触れ合える貴重な施設であり、沖縄に行く度に
ネオパークを訪れるほどの鳥好きの自分にとっては、
まさに聖地であり楽園でもある。

朝7時にはチェックアウトし、清水ICから花鳥園のある掛川ICを目指す。
花鳥園は9時開園だが途中、牧の原SAにある朝食バイキングを食べようと思い
余裕を持って2時間前に出発。
受付でペンギンを抱いて一緒に写真が撮れる整理券が配られるのだが、
それが先着20名しかないので、開園直後になくなってしまうらしい。
なので以前、アドベンチャーワールドに行った時に
パンダのバックヤードツアーをゲットした時のように
少し早く着いて並ぶつもりであった。
せっかく行くのだから、そこでしか体験できないものは、
やはり体験してみないと、もったいないし。
ところが清水ICから静岡ICまで3重衝突事故の影響で朝から大渋滞…。
10キロ70分の表示が…。
迂闊にも朝、携帯で渋滞情報をチェックし忘れて高速に乗ってしまった。
鳥の楽園に行けることで少々、舞い上がっていたのかも。
乗る前に知っていたら、たった1区間なので静岡ICまで一般道で行ったのに…。
1区間なので途中で降りることもできずに大渋滞に巻き込まれてしまった。
前日はシルバーウィーク初日にもかかわらず、渋滞知らずだったのに
まさか、こんな朝っぱらから大渋滞なんて…。
これで牧の原SAの朝食バイキングもペンギンとの写真も一気にパーだ。

本当に静岡ICまで1時間以上もかかってしまったが、その後は快調。
このまま飛ばせば開園時間には間に合いそうだったが、朝食抜きはツライ。
なので予定通り、牧の原SAに寄って何か食べることにした。
ちなみに夏にあった地震で崩落した現場は全然わからないほど復旧していた。
ゆっくり朝食バイキングをする時間はもったいないので、
牧の原SA名物のお茶パンなどを買って車中で食べることにして
一縷の望みを持って、少しでも早く目的地をめざす。
しかし掛川ICに着いた時は9時を超えていた。
幸いなのが花鳥園は掛川ICのすぐ近く、車なら2分位の場所。
ナビ通りに進むと、聖地・掛川花鳥園が見えた。
しかし400台入れる駐車場には早くも30台くらい車が停まっていたし
チケット売り場も人が並んでいた。
この時点で9時10分くらい。
とりあえずチケットを買いに受付の列に並び、恐る恐る受付の女の子に聞いてみる。
「ペンギンとの写真、もう一杯ですよね?」
「午前の部ならまだありますよ」
なんとラッキーなことに午前の部の整理券がまだ余っていたので当然購入。
午後の部より午前の部を希望していたので本当にラッキーだ。
朝から予想外の大渋滞に巻き込まれて諦めかけていたが最初の目的は達成できた。

さて、いよいよ園内へ。
長くなったので興奮の園内の様子はまた明日にでも。


これから

2009年09月19日(土)

今、19日の朝11時半前。
これから出かけてくる。
行先は内緒。
マサの結婚式がある22日までには帰ってくる。
どれくらい渋滞しているかな…。

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