Web Masterの日記



不安定な天候

2008年08月30日(土)

今日も朝から変な天気。
朝はすごく晴れていたのに、アッという間に怪しい雲行きになったと思ったら、
ものすごい豪雨で外が全く見えなくなるほど。
しばらくしたら雨は上がるが曇り空。
夜には再び、雨が降ってくる。
こんな不安定な状態じゃ、どう考えたって三郷は壊滅だろうな…。
来週は試合がしたいんだけどなぁ。


ゲリラ雷雨で早くも順延決定

2008年08月29日(金)

日本列島に停滞している低気圧の影響で日本各地で大雨の被害。
心配していたが案の定、三郷も例外ではなかった。
今朝、サンケイスポーツセンターより電話でグランドの冠水を聞かされた。
なんでも三郷近辺の降水量はそれほどでもなかったようだが、
横を流れる江戸川上流、北関東の降水量がハンパなく、
上流から大量の水が押し寄せて川が氾濫し、冠水してしまったようだ。
ちなみに江東区も昨夜はそんなに雨は降っていなかったのになぁ。

2004年に長谷川が入団してからは常に、どんな試合にも
投手陣三本柱の誰かは参加していた。
しかし、今週末の試合は初めて投手陣三本柱が揃って欠場だった。
なので緊急措置として5年ぶりにテッチャンの先発で、
マサに終盤を締めてもらう予定だったが、
前日に沖縄から戻ってくるテッチャンの先発には、やはり多少の不安はあった。
その場合、9年ぶりとなるマサを先発にして、
後ろをテッチャンに替えるつもりもあった。
いずれにしても2人とも久しぶりの先発、それもフィッシャーズ戦、
さらに参加人数もギリギリだったので、
多少は「順延でも良いかな〜」という気があったのも事実。
しかし、ここまでヒドイ被害での順延は想定外。
台風直撃でもないのに、まさかグランドが水没するとは…(-o-;)
今後の天候次第では来週の試合もヤバそうだ。
今週は日本列島で常に晴れていたのは沖縄くらい。
テッチャンは本当に良い時期に沖縄に行ったな〜。
うらやましいよ。

さて、31日の試合が延びてしまったために今季の試合消化は
1992年以来の悪いペースとなってしまった。
試合消化の悪いペースに関しては以前の日記でも書いたが、
http://www.enpitu.ne.jp/usr2/bin/day?id=20779&pg=20080824
1992年は9月6日に10試合目を消化し、年間合計15試合しか消化できなかった。
ちなみにSリーグが始まったのは翌1993年からなので、
今年はSリーグ開始以降で最悪の試合消化ペースになっている。
この調子でいくと年間試合合計は15試合いけば良いほうかな。
とりあえずSリーグ公式戦で4試合を残しているし、
修善寺遠征で1〜2試合ある。
11月に練習試合が1〜2試合できればいいけどな…。
しかし、それはあくまでもSリーグの試合が順調に消化した場合。
順調に消化できれば10月19日で終わるので、11月は練習試合に充てられる。
だけど延びてしまった場合は11月もSリーグで埋まってしまうかも。
しかも来週のグランド状態だって不安だし…。

今週に入ってから局地的な「ゲリラ豪雨」が続いている。
交通機関がストップしたり遅れが出たり、床上・床下浸水の被害も出てるし
死者、行方不明者も出てしまった。
巷では「ゲリラ豪雨」とか「ゲリラ雷雨」などと言われているが、
本当に突発的な豪雨なので「ゲリラ」の名に相応しい。
やはり異常気象なのだろうか?
気象庁によると今年6月から今月28日までに1時間雨量が観測史上最多を
更新した地点は、全国29道府県で45ヶ所にものぼる。
7月下旬から今月にかけ、各地を襲った急な大雨は30度を超える気温の上昇に伴い、
大気の状態が不安定になり、積乱雲が所々で発達して大雨を降らせた。
今回の大雨は日本の南海上から非常に温かく湿った空気が流れ込み、
次々と積乱雲が発達、長時間にわたって関東や東海地方の同じ地域を
通過して大雨をもたらしたという。
しかし一方で、平年なら台風の発生が最も多い時期なのに、
今夏は日本列島への台風上陸はゼロ。
もう8月中には上陸がないので2002年以来6年ぶりとなる。
まさしく異常気象と言っていいだろう。
やはり終末は近いのか?


今、この日記を書いているのは深夜の2時過ぎだが、いまだに雷雨。
今日は東京でも日中は晴れていたのに夜になって大雨だ。
本当に今夏の天気はおかしい。
前述した気象庁の分析よりも、まさかとは思うが、
お隣の国が大きなスポーツの祭典の最初と終わりに
人口消雨ミサイルを多数打ち上げたりして自然をいじったので、
そのとばっちりが日本に降り注がれているのではないのかと疑ってしまう。
某国で舞い上がった黄砂が日本に降り下りる。
某国で発生する大気汚染の影響で日本に光化学スモッグが起きる。
某国で人口消雨ミサイルを打ち上げると……やはり日本に害が及ぶのかな?

さて、異常気象の中、今季はいったい最終的に何試合できるのだろう?
とりあえず来週9月7日は、ある程度のメンバーが揃っているので、
なんとかやりたいよなぁ。


クロックス

2008年08月28日(木)

先月、流行のサンダル「クロックス」のケイマンを
ネットショップで初めて購入した。
サイズのチェックは東急ハンズで実際に履いて試してから
定価のハンズよりも格段に安いネットショップを利用して購入。
実際に履いてみた感想としては「すごく履きやすい!」
今まで様々なサンダルを愛用してきたが、
ついに究極の一品に巡りあった気がした。
ストラップを前にすると普通のサンダルになり、
ストラップを後ろにすると、踵をしっかりとホールドするので
車の運転にも適したサンダルである。

実は昨年の夏、クロックスに似た感じの、クロックスの半額以下の
安い偽物を購入したが、これに比べると格段に履いた感じが違う。
まったく足が痛くならないと言うか、逆に優しい感じの履き心地。
昨年の夏は、この偽物を履いて沖縄に行ったが、途中で足が痛くなり、
それ以来、下駄箱の中で眠り続けている。
それに比べると、やはりクロックスが売れている理由が本当に良く分かった。
こんなにも履きやすいサンダルは今までにないもんな。
今年の沖縄旅行で履き続けても全然、足が疲れなかった。

クロックスの誕生は2002年7月、アメリカのコロラド州に住む3人の創業者が、
一風変わったシューズを市場に売り出そうと決めたことが始まりだという。
最初は滑りにくく足跡のつきにくい靴底という特徴から、
ボートやアウトドアのシューズとして売り出そうと考えたが、
その靴をすべてのユーザーが楽しく履けるように、機能性、ファッション性を持ち、
スリップ耐性があり、水を通さず、匂いがしない、おしゃれで快適なシューズとして
現在のクロックスを生み出した。
そして2002年11月に「フォート・ローダーデール・ボートショー」にて、
ファーストモデルの“ビーチ”を発売すると、一気に人気が膨れ上がり、
注文も殺到し、2003年になる頃にはアメリカ全土で社会現象となり、
快適でファッショナブルな多目的シューズとして、広く一般に受け入れられた。

日本に入ってきたのは、ほんと最近である。
今や街中のどこでも見かけるようになったクロックスだが、
日本には2005年の1月にワゴンショップで地味に販売をスタートした。
販売戦略として、機能性をあえて封印し
「体感」してもらう試し履きで高機能をアピール、
おしゃれなイメージに引かれて来店した客は、多くの説明よりも
一回の試し履きで、より効果的に機能性が伝わりクチコミが広がっていき、
2006年の4月に日本初の直営店がオープンし、その後毎月100店舗ペースで
契約販売店が増えていった。
その後、偽物も多く出回るようになったが、値引き競争にあえて乗らず、
値引きによる商品価値の損失を避けると共に、
最先端のファッションアイテムとして認知され、
偽物が出ることにより、逆に商品のイメージを高めることに成功。
昨年の3月にはジビッツ(甲の穴につけるアクセサリー)が日本に上陸し、
100種類以上のジビッツを取り付けられるようにしたことで、
カスタマイズ性を高め、オリジナル性も出てきて商品価値がますます上昇した。

短い期間でクロックスが、こんなにも流行った理由として、
元々、おしゃれアイテムに敏感な若者の支持を集めたことが挙げられる。
色とりどりのポップさやユニークな見た目に引かれた購入者が、
履き心地の快適さを実感してクチコミで広がっていったのが大きい。
だけどそれが一過性ではなく、なぜここまで売り上げを伸ばし続けているのか?
牽引役となったのは、意外にも20〜30代の「ママ」たちかも。
流行に敏感で、常にトレンドを意識する世代の感性にクロックスはマッチした。
更におしゃれママさん達の競争心を刺激したのは、多様な商品展開と
100種類以上もある甲の穴に取り付けるアクセサリーであるジビッツ。
新しいモデルやジビッツを買い集めながら、若いママ達は、
どんどんカスタマイズしていき、自分の子供達にも色違いを履かせたりした。
クロックスの履き心地の良さと、ジビッツは子供達の心にもウケて
則家のように親子でクロックスを愛用する家族は多いと思う。

そもそもアメリカでクロックスのブームに火を点けたのは、
ブッシュ大統領と言われている。
キャンプデービッドに滞在していた時、ブッシュ大統領の足元にはクロックスが。
さらにパリス・ヒルトンやジャックニコルソンなども愛用している。
日本でも、フィギュアスケートの浅田真央やキムタクなど、
多くのスポーツ選手や芸能人が愛用していることで話題になっていた。

クロックスの素材には、独自開発した「クロスライト」という
特殊樹脂を使っている。
これが多くの偽物と違うところである。
このクロスライトという素材は、プラスチックやゴムとも違う。
クロックス社が開発したオリジナル素材であり、驚異的な柔軟度を持ち、
履き心地も良くクッション性があり、非常に軽量。
柔軟性があるので履く人の足に合わせて変形し、履いていくうちに
足に馴染みフィット感も抜群となる夢の素材と言われている。
多くの足病治療医もクロスライトは医学的にも良いと言い、
アメリカでは人間工学の分野でも証明された。
また、クロスライトの分子構造をクローズドセルと呼び、
これは分子間の隙間が全くないので、分子間の隙間に付く足の匂いや
バクテリアなどが実質的に入りこむことができないので、靴に足の匂いが移らない。
埃や泥で汚れても簡単に水洗いできる素材も大衆にウケた理由かも。

また、靴底の厚さや前後に可動するストラップなどにもこだわりがあり、
画期的かつ機能的なデザイン、全32色というバリエーションの豊富さも
人気なんだろうな。実際、どの色にしようか迷うもんな。
先月に購入したクロックスの色は、最初ということもあり、どこでも履けるよう
無難な色を選択してしまったが、次に買うときはちょっと冒険して
派手な色のクロックスを買いたいと思っている。

ところでクロックスの名前の由来だが、
地上でも水中でも非常に強く、頑丈なシューズ、
それがまるでワニ(crocodile・クロコダイル)のようであることから、
クロックス(crocs)と名付けられたらしいとか。


定期健診

2008年08月27日(水)

今日は久しぶりに東京女子医科大病院へ。
5月に手術した瞼の定期健診だ。
とりあえず現状維持で問題なし。
次は術後半年となる11月。
これに問題なければ、一応診察終了となる予定。

なんだか最近、この症状に悩んで来院する人が増えているみたいだ。
「ためしてガッテン」や「最終警告たけしの本当は怖い家庭の医学」
なんかでも取り上げられていたので、その影響も大きいのかも。
特に自分のような先天性ではなく、様々な要因で発症する後天性の人が多いとか。


眼瞼下垂の簡単チェック方法
1) まず、顔を正面に向け目を軽く閉じる。
2) 目を閉じたまま両側の眉の上を人指し指でギュッと押さえる。
3) 眉の上を押さえたままの状態で目を開ける。
   おでこに力を入れずに目を開けることができるかがポイント。
   この時、目が開きにくかったり、おでこに力がかかってしまう人は
   眼瞼下垂の可能性が高い。

ちなみに手術前の自分は、数ミリしか開くことができなかったので
完全なる先天性眼瞼下垂であると診断され、手術も保険適用でできた。
現代社会では後天性眼瞼下垂の人が増えている。
加齢により誰もが瞼が下垂してくるものだが、
加齢が原因ではない後天性眼瞼下垂の原因としては
以下のようなものが挙げられる。

・目をよくこする癖がある
・コンタクトレンズ(特にハードタイプ)を使っている

これらの影響で瞼板から瞼を挙げる筋肉が壊れてしまい
眼瞼下垂になってしまうという。
また、コンタクト未使用者でも以下の症状がある場合は
後天性眼瞼下垂予備軍である。

・眠くないのに目や瞼が重く感じる
・肩こりがヒドイ
・偏頭痛がある
・昔に比べ、目が小さくなった
・おでこのシワが多い、深い
・上瞼(まぶた)が窪んでいる
・眼精疲労が強い
・埋没法など過去に美容整形の治療を受けている
・夕方になると目の奥や額部分に痛みや苦痛を感じる
・1日のうちパソコンを使う時間が長い
・著しい逆まつげ

見た目でも正面から瞳を見て、黒目の部分が半分ほど隠れていれば
完全なる眼瞼下垂であり、1/3ほど隠れていると眼瞼下垂予備軍で
将来的には眼瞼下垂になる可能性が極めて高いらしい。


なぜ眼瞼下垂になるかは解明されていない部分も多いのだが、
一度、眼瞼下垂になると、それを改善するには形成外科による手術以外の手はない。
決して薬で治るものではないのだ。
しかも手術しても場合によっては数ヶ月〜数年後に再び下垂する可能性もある。
だけど手術さえすれば、以下のような症状が緩和される。

・血流改善→むくみ解消、基礎代謝向上、冷え性改善、思考能力向上
・姿勢改善→疲労緩和、基礎代謝向上、腰痛等防止、声量・声質向上
・顎、肩、首弛緩→頭痛解消、肩こり解消、顎関節症解消
・ミュラー筋使用頻度低下→自律神経整調→原因不明の諸症状改善

はっきり言って良いことばかり。
自分も長年、あんなに悩まされていた突如、襲ってくる原因不明の頭痛や
慢性化していた肩こりから解放されたし、視野が広がったために
今まで見えていなかった部分が見えて、世界が変わった感は多大にある。
もし、不幸にも再び下垂してきた場合は、即、再手術を受けるだろう。
と言うか、悩むことなく再手術をお願いするだろうね。

だけど術後、3ヶ月以上も経つが、いまだに瞼や目をこすることには
すごく抵抗があるのは事実。
もう大丈夫と医者からは言われているが、
やっぱ怖い感じがするのは仕方ないことかな。


ヤマト発進!

2008年08月26日(火)

1983年の劇場公開を最後に完結した宇宙戦艦ヤマトが、
なんと新作劇場映画として復活するというではないか。
著作権をめぐる法廷闘争の問題もあったため、
2004年に凍結していた企画が再始動となったらしい。
そして、当時の企画製作に携わったヤマトの産みの親でもある西崎義展氏が、
自身の最後の作品として拠点となる「ヤマト・スタジオ」を設立し、
当時と同じように製作総指揮に当たる。
さらに総監督には舛田利雄氏、総作画監督は湖川友謙氏と、
いずれもヤマトの製作に携わっていたスタッフが集結し、2009年に劇場公開予定だ。

今作は西暦2220年が舞台。
あれから約20年の時が経ったことになる。
移動性ブラックホールの膨張で地球に危機が迫り、3億人の移民作戦が展開。
その途中に移送船団が攻撃を受け、ヤマトが反撃するというストーリー。
38歳になった古代進が艦長になり、妻の雪との間に美雪という娘もいる設定。

この宇宙戦艦ヤマトは、当時のテレビ放映では39話での製作放映予定だったが、
裏番組の「アルプスの少女ハイジ」や「SFドラマ 猿の軍団」など
視聴率の取り合いで苦戦し、全26話に短縮、再構成されて放送された。
その後、再放送されてから人気が急上昇し、劇場映画が公開される頃には
社会現象を巻き起こす「ヤマト」の大ブームとなった。
今思えば、現在のアニメブームの先駆けとなった作品だと言っても過言ではない。
だいたい当時はアニメが映画館で公開されるなんて
「東映マンガまつり」くらいで、ひとつの作品だけで2時間近くの
劇場用アニメ作品が公開されることはなかった。
その後、ガンダムやイデオン、ルパン三世、そしてスタジオジブリ作品などが公開、
まさしくヤマトはアニメ映画の先駆けである。

アニメでは数々の偉業といえる功績を残している西崎義展氏だが、
実は1998年に覚せい剤取締法・大麻取締法・麻薬及び向精神薬取締法違反で逮捕、
翌年にはM16の銃砲刀剣類所持等取締法・覚せい剤取締法・火薬類取締法違反で
2度目の逮捕と服役の経歴を持っている困った人物である。
しかし、ヤマトに対しての情熱は熱く、さらに数々の逮捕と服役経歴がありながらも、
周囲に人々が集う人徳、カリスマ性を持っている。
倒産、破産経験もあり、逮捕、服役歴もある人間が、
ここまで這い上がることが出来たのは、
ヤマトへの情熱が成し得たことなのだろうか…。

今の世代のアニメファンにどのようなメッセージを込めるのか?
はたして今の世代のアニメファンの心を動かすことが出来るのか?
硬派なイメージを持つヤマトが、今のアニメ世代にも作風的に受け入れられるのか?
様々な面で興味深いものだ。
だけど自分は完全なるヤマト世代、早く新たな宇宙戦艦ヤマトの発進を観たいね。


北京五輪戯言

2008年08月25日(月)

17日間に渡って開催された北京五輪も昨日で閉幕。
開催前から何だかんだとあり、開催中もいろいろあったが、
とりあえず今大会も面白く観させてもらった。
今回の日本のメダルは金9、銀6、銅10の合計25個。
前回のアテネ大会では金16、銀9、銅12の合計37個だったので、
それと比べると少ない感じもするが、その前のシドニー大会での
金5、銀8、銅5の合計18個を考えれば、
十分に健闘したと言えるのではないだろうか。
だけど韓国(金13、銀10銅8)に負けたのが何だか悔しい。
人口も経済的にも日本が上なのに、この差は何なのかは
日本政府が中心となって考える必要があるのではないかと思う。
とりあえず、選手の皆さんには本当にお疲れさまでしたと感謝したい。

で、その上であとは戯言を(^^;)

●偽装開会式
開幕直後、この話題が目立ったけど、まぁ中国のやることなので
ただの演出だと思って大目に見てあげよう(^^;)
実際、この程度の演出は日本のテレビ局だって、かなりやるでしょ。

●閉会式
開会式で、あれだけニセモノを演出しまくっていただけに、
どの演出もウソっぽく見えてしまうのは何故だろうか?
カウントダウンの数字を出した花火も実はCGだったりして(^^;)
開会式はニュースで観ただけだが、閉会式は一応、テレビで最初から最後まで観た。
とにかく人と金と火薬を使えば何でもいいと思い込んでる漢民族らしい閉会式。
花火が多すぎで、鳥の巣が爆発したんじゃないかと思えるほどだった。
それに開会式と同じく、発光ダイオードと鳴り物と原色と作り笑いだらけ。
次のロンドン五輪のセレモニーと比べると、自由な表現の少なさは一目瞭然。
それに…閉会式でさえ自分の国にしか声援を送らない気がするイメージの
中国人って、やっぱり少し異常だと思うのは自分だけ?

しかし、この国が選手の育成・強化と大会の運営・保守管理に、
どれだけの国力を費やしたか計り知れない。
デモの統制や取材・言論の抑圧も行ってきたのも紛れもない事実。
国内にも抑え込まれた地域・民族・団体などが無数に居たはずだ。
なので国際的にはマイナスなイメージも多く伝わった。
北京五輪終了後、中国という国が何ヶ月維持できるかを見守りたい。

●女子選手が大活躍
今回の大会も「女子選手が頑張った」という印象。
ところが、メダル獲得数は男子とほぼ互角で、割合としては52対48で男子の勝ち。
なので、メダルだけで判断すると男女とも互角に戦っていたと言える。
では、なぜ今回「女子が頑張った」というイメージがあるのか?
おそらくは「男子の予選落ちが続出」が、かなり目立ったことと、
出場選手の割合に対してメダル、または入賞した人が女子には多かったこと。
そして、やはり「男子の世界のレベルは高い」という点だろう。
特に「男子予選落ち」については、前半戦の柔道で相次ぐ敗退が
そういうイメージを作るきっかけになってしまったと思われる。
また、サッカー、バレーなどメダルはともかく
注目競技で男子は1勝もできなかったことも
イメージとしては大きいのかもしれない。
そして、とどめは「ソフトは金。野球は4位」
これに尽きるのではないだろうか。
こういったイメージが、どうしても先行しているような気がする。
だけど実際は、フェンシングや陸上など、今までメダルに手が届かない分野で
男子選手も大活躍したのは事実である。
もちろん、女子選手の大活躍。これは称賛に値する。
でも、男子選手も実はかなり頑張っていたという点、
マスコミはもう少し評価してあげても良いのではないだろうか。

●「**ジャパン」の呪縛
今回の大会では「**ジャパン」と名乗る競技団体が、かなりあったが、
不思議なことに、その全てがメダルを獲れなかった。
サッカー男子の「反町ジャパン」サッカー女子の「なでしこジャパン」
バレー男子の「植田ジャパン」バレー女子の「柳本ジャパン」
そして野球の「星野ジャパン」等々…。
逆にソフトボールは「**ジャパン」などの愛称は、なぜかなく、
「ソフトボール日本代表チーム」と称されていて見事に金メダルを獲得。
これを考えると、ひょっとして「**ジャパン」はオリンピックでは鬼門かも?
特に監督の名前が付くことの多い「**ジャパン」に関しては
前からあまり良い気がしていなかった。
もちろん監督の戦略や戦術は勝負では大事であるけど、
実際にプレーするのは選手である。
なので監督が目立つようなチームでは好成績は挙げられない。
これが自分の持論であるから。
監督は目立たず、あくまでも裏方に徹していればこそ、
強いチームが作れると思う。
その点、女子サッカーの「なでしこジャパン」は監督名が冠になかったので
過去最高順位の4位と大健闘したのかも。

いつから「**ジャパン」という名称が普通に呼ばれるようになったのだろう?
たぶんサッカーW杯の日韓大会で「トルシエジャパン」と
呼ばれたのが最初だと思う。
その時はW杯に於いてグループリーグ突破を果たしベスト16入りした。
その後、代表選手の誰よりも世界的に見ても知名度のある
ジーコが監督になり「ジーコジャパン」も定着。
それからは監督の手腕うんぬんより、日本代表チームは
誰が監督になっても「**ジャパン」と言われているような気がする。
ただ、WBCの時は「王ジャパン」と言われていたっけ?
あの時はイチローという強烈な個性のある選手がチームを牽引した。
監督よりも選手が目立った代表チームだったので、世界一の強さを発揮した。
やはり監督が目立つチームではダメだと思う。
選手が目立ってこそ強いチームなのだ。

●門戸開放、ここからが本番
今回、比較的マイナー競技の選手の大活躍が目立った。
太田選手のフェンシングなど、その筆頭で協会に対して問い合わせが多いと言う。
その他にも、カヌー、バドミントンなどでも入賞をするなど大健闘。
マイナー競技に光を当てるというのもオリンピックの醍醐味である。
ただ、協会としては「これを一過性のブーム」としないで
「ここから有望な選手を育てがあげる」という視点で、
このブームをうまく使ってほしいと思う。
そうしないと、かつて岡本選手が後に協会問題で翻弄されてしまった
「テコンドーブーム」や、トリノで大活躍の「カーリング娘ブーム」のように、
その時だけのブームに終わってしまいかねないから。

●責任者クビ!これだけではロンドンは勝てない
一部競技では、すでにコーチ監督の責任問題が出始めている。
日本の場合、いつも「現場監督」に責任を押しつけて、
連盟のお偉いさん(選手を選んだ人達)の責任は
曖昧にしてしまう悪い傾向にある。
これは、日本の風土として企業も官庁も同じような傾向があるからだろうか?
現場監督をクビにするだけなら簡単。その人1人に責任を押しつけるのも簡単。
だけど、体質が変わらなければ次の結果も同じ、いや、それ以下になるだろう。
いわば「毒樹の実をもいでも次になるのは毒樹」なのだ。
特にメジャー競技の場合、今回の敗因を客観的かつ冷静に分析する作業を
先に行うべきである。その上で強化方針を決める。
そうすると自ずと「それに見合う現場監督は誰か」
「選手はどういうタイプを選べばよいか」が必然的に見えてくる。
当然、フロントもそれを踏まえて考えれば良いだけのこと。
「監督辞任」だけが報じられて、それで円満解決。
みたいな感じの協会が、もしあったとしたら
4年後はもっと成績が悪くなるだろうね。

●2016年は東京?
東京都だけが頑張っても今の政府の外交力ではかなり微妙。
良し悪しはともかく、石原都知事1人が頑張っても、
それだけでは東京に誘致することは困難だろう。
国としてやる気があるか?そして都民ではなく国民が
日本でのオリンピックを望んでいるのかどうか?
これがすべて。
どうなるのかね、普通に考えたらシカゴだと思うんだけど…(^^;)

●オリンピック出場
競技をしていなくてもオリンピックに出る近道、
それは「審判」として出場すること。
特にマイナー競技の審判であれば、今から資格を取って必死にやれば
8年後くらいには「審判」として出場できるかもしれない。
もちろん「まじめにやる」というのが大前提だけどね(^^;)

以上が勝手な戯言でした。
あらためて選手の皆様、お疲れさま&ありがとうございました。


やっぱり中止

2008年08月24日(日)

これで今季5度目の雨天中止である。
今年は本当に試合消化がうまくいかん。
いまだに9試合しか消化できていないなんて…。
もし来週の31日に10試合目が消化できた場合、
歴代4番目に遅い試合消化となる。
創設2年目の1991年が11月17日、創設年の1990年が11月3日に
10試合目を消化している。ただ、この2年は年間13試合しか行っていない。
創設3年目の1992年は9月6日に10試合目を消化し、年間15試合。
今年はその1992年に次ぎローペースとなっている。
はたしてシーズン合計何試合消化できるのだろうか?
2000年に年間16試合を消化してから7年連続して年間20試合以上を行ってきた。
どう考えても今年は20試合以上は無理だ。
Sリーグで残り4試合なので年間13試合は確実だが、
その他に練習試合が何試合できるか?
Sリーグの三郷が台風などで冠水とかしてしまい、順延が続けば
練習試合の数も限られてくる。
Sリーグ4試合が順調に消化できれば10月上旬で終わるので
それ以降、約2ヶ月は練習試合ができるが、連休に試合を入れないなど
日程を考えれば、できても僅かだろう。
やはり1992年同様に年間15試合か16試合くらいが妥当な数字かもね。

だけど…来週はマジでピッチャー困っている。
前日に沖縄旅行から帰ったばかりのテッチャンと
マサに頑張ってもらうしかないんだけど、
欠場者が増えたので今度は参加人数までヤバイ状況になってきた。
様々なことを考えると、ほんと順延してくれると有難いんだけど
試合消化のことを考えると、やっぱり出来た方がいいんだよなぁ…。
う〜ん、困ったもんだ。


敗戦

2008年08月23日(土)

今日はVOXYの6カ月点検。
ネッツに行く間、ずっとラジオで北京五輪、野球の3位決定戦を聴き、
ネッツに着いて車を点検に預けている間も、ショールームにあるテレビで試合を観ていた。
そして帰りの車の中で星野Japanの敗戦を聴いた。

思えば、星野監督に決まった時から不安な気持ちはあった。
コーチの人選や選手選考でも?な部分が多かった。
だけど、心のどこかで期待もしていたのは確かだ。
しかし、不安は的中してしまった。
正直、あんなに覇気のない選手を国際試合で見たのは初めてだ。
なんか一体感がないというか、何を目指して戦っているのか分からなかった。
まぁ、細かいことを挙げればキリがないが、技術、体力、精神力、戦術、
すべての面に於いて、とても金メダルはおろか3位以内に値するチームではなかった。
予選リーグの結果がそのまま決勝の結果の順位になったのは当然かもしれない。

代表チームの選考で一番疑問だったのは攻守に柱となる存在がいないこと。
チームを鼓舞するようなムードメーカー的な選手がいなかったのが痛い。
WBCの時のようにイチローの存在が、どれだけみんなの力になったことか。
メジャーで活躍している選手を五輪に参加させるのは無理でも、
国内プロ野球のベストメンバーとはとても呼べない布陣であった。
国際経験豊富な強打者が1人もいないし、かと言って機動力をフルに
活用できるような構成にもなっていない。
投手陣にしてもペナントレース最多勝の岩隅を選ばず、
代表の中では絶対エースのはずのダルビッシュは準決勝でも決勝でも
先発させないのは全く解せなかった。
まぁ、ダルビッシュ自体、故障していたみたいなので、
早くも初戦から誤算は始まった。

プロ集団という名の下に選手村にも滞在せず、五つ星の高級ホテルに泊まって
本気でオリンピックで金メダルを獲るつもりがあったのか?韓国チームとは対照的だ。
韓国は予選、決勝トーナメント通じて全勝。技術、体力、精神力、戦術と
すべて日本より上だったのは紛れもない事実。
ただ、だからと言って現状の野球が韓国の方が
日本よりレベルが上だという意味ではないけどね。
日本は指導陣の人選、代表選考のあり方、本番の戦い方、
オリンピックを戦う上でのプロセスから結果に至るまで
間違いだらけだったということだ。
それはWBCでの優勝と対比すれば誰にでも分かるはず。

だけどさ、同じ負けるにしても、もう少し気迫に満ちた日本代表を見たかった。
でも、また見る楽しみができたのも事実。
危なげなく金メダル獲ってから来年のWBCを見るより、
屈辱から這い上がって巻き返す日本野球が見れるから。
なので、この敗戦を来年3月に始まるWBCに生かせばいい。
生かせない選手は落ちてゆけばいい。
そして日本プロ野球機構も選手会も本気でバックアップしてもらいたい。
WBCでもう1度、日本野球の実力を世界に知らしめてほしい。

敗戦後、ひとり妄想が勝手に出てきてしまった。
1番センター イチロー
2番ショート 松井(稼)
3番ライト  福留
4番DH    金本
5番レフト  松井(秀)
6番サード  岩村
7番ファースト小笠原
8番キャッチャー 城島
9番セカンド 井口
先発投手   松坂 岩隈 和田
抑え 上原 藤川 斎藤
監督 落合
コーチ 古田 桑田 
これで負けたら日本野球は終わり、納得。なーんてね。


ところで、うちの明日の試合は中止っぽいな(ToT)
明日は9イニング制だし、やりたいんだけどなぁ。
どうせ中止なら投手陣3本柱のいない来週31日が流れてほしいよ。


2008 沖縄旅行記3

2008年08月22日(金)

北京五輪での星野Japan、もう終わってしまったので今さらだが、完敗だった。
何が悪いかと言ったら…打線、投手、監督の采配と全てが悪かった。
今日の試合を含めて4勝4敗という成績がそれを物語っていると思う。
それに予選とはいえ、負けられないと言っていたキューバ、韓国、アメリカ相手に
全敗しているようでは、やはり金メダルを獲る資格はなかったのかもしれない。
対して韓国は予選も全勝だったし…。

今日の試合も韓国が強かったというのは正直認めざるを得ないが、
日本は、やっぱり打てなかった。これが決定的だったと思う。
ライバル3ヶ国との対戦で日本の得点は、どの試合も3点以下だったからね。
これでは、どれだけ投手陣が頑張っても無理があるとしか…。

あとはアメリカとの3位決定戦、銅メダルを賭けての戦い。
次のロンドン五輪では野球は行われないので、今回が金メダルを獲る
ラストチャンスだったので銅メダルを獲ったとしても何か虚しさは残る。
だけど獲らないより獲った方が良いのは確かだ。
最後の試合、死に物狂いで勝利をつかんでもらいたい。
もし、メダルを逃すことになった場合、バッシングはさらに加速するのでは…。
それくらい今日の負けは日本野球界にとって大きいものだったと思う。
ほんと昨日のソフトボールとは対照的になってしまい非常に残念である。


また今日も前置きが長くなってしまったが、沖縄旅行記の3日目から。
今年も旅行記は三部作になってしまった。
なんとか今日で完結させたいね。
まぁ、だけど、それだけ楽しい旅行だったということだね(*'-^)-☆


●8月12日
沖縄3日目は旅行前に申し込んでいた西海岸恩納村真栄田岬での
シュノーケリング&青の洞窟ツアーのため早起きである。
9時からのコースに申し込んでいたので7時半頃にはホテルを出発予定。
朝食バイキングは6時45分からやっているので、朝食を食べて、すぐに出る感じ。
しかし6時頃に起きてカーテンを開けると外は雨…。
小雨ではあるが、朝方はかなり降っていたようで路面はびっしょり。
空を見上げると薄暗く厚い雨雲に覆われ、
いつまた大雨が降ってもおかしくない天候。
一応、雨が降っても青の洞窟は青く見えるというが、
海洋状況によっては厳しいかも。
また雨の日は魚が潜ってしまうためシュノーケリングをしても
海面にいる魚は少ないとか。
そして自分は元気だったが、美穂の体調も本調子ではなかったために
残念ながらシュノーケリング&青の洞窟ツアーを断念。
電話でキャンセルして、もう少し寝てから遅めの朝食バイキングへ。
朝食後、天気が少し回復してきたので、あえて国際通りへ。
ホテルは国際通りの南端だが、乗ったことがないので県庁前から
沖縄唯一のモノレール「ゆいれーる」に乗車して国際通り北端の牧志へ。
そこから歩いて南下しながらホテルに戻るルートをとってみた。
「ゆいれーる」2両編成だが意外と混んでいて狭かった。
たった2駅だが200円は高いな。
それでも那覇に通うビジネスマンの大切な足なんだろうな。
でも、もう次は乗らなくていいや(^^;)

いつもは夜の国際通りしか歩いていないが、午前中の国際通りは人も少なく、
落ち着いてゆっくりと様々な店を見て周ることができる。
国際通り牧志市場にも行って、色とりどりの食用魚を見る。
巨大なハリセンボンが針のついた皮を剥かれて売られていたのには驚いた。
沖縄県人はハリセンボンも食べるのか…(-ω-)
ゆっくりと国際通りを南下して昼になったので昼食を国際通りの南にある
最近、有名になってきたステーキハウスに入ってステーキランチを食べる。
2日前に宜野湾のステーキハウスで食べたステーキとは少し違う感じ。
どこのステーキハウスでも、その店の特色みたいなものがあるんだな。
だけど230グラムのステーキだったが、あっという間に完食してしまった。

昼食を食べて腹一杯になり、ホテルへ一旦戻る。
国際通りで買った物を部屋に置き、今度は車に乗り込み出動。
あえて高速には乗らず、下の道で名護方面を目指す。
普天間、嘉手納などの米軍基地を見ながら北谷を越え、西海岸恩納村へ。
昨年は高速に乗っていたために飛ばしてしまった場所である。
本来なら今日の朝、ここまで来る予定だったんだけどね…。
万座毛、恩納の道の駅、お菓子御殿などに寄りながら名護の農協へ。
西海岸には高そうなリゾートホテルが多い。
約20年前に行った頃はANAがやっている万座ビーチホテルと
当時、中日ドラゴンズがキャンプで泊まっていた
ムーンビーチホテルしかなかったのに、さらに豪華なリゾートホテルばかり。
いつかは泊まってみたいと思うが、リゾートホテルは大浴場がないからなぁ(^^;)
それにビーチはみんなホテルのプライベートビーチなので
自由にシュノーケリングとかできないと言うか、ほぼ人工ビーチなので
クラゲやナマコ対策で魚も入れない網で囲まれているし。
でも、リゾートホテルに泊まる人は海なんか入らずにホテル施設のプールか。

初日に続き昨日もネオパーク後に寄った名護の農協即売所。
また今日も来てしまい、まさかの3日連続だ。
こんなに毎日、名護を中心とした場所に行くなら、那覇を拠点とせずに
名護のホテルが拠点でもいいのでは?
だけど前述した通り、名護には大浴場付きのホテルがないからなぁ。
あればホント名護拠点でもいいと思うよ。
なぜ3日連続で名護の農協即売所に来たかというと、
実家や親戚には、ここからすでにマンゴーを送ったが、
自分の家にはまだ送っていない。
ここの即売所には贈答用のマンゴーの他、自宅用の安いマンゴーも売っている。
食べ頃によって値段が変わってくるのだが、6ヶで2500円という超破格値。
自分の家には安いマンゴーを手荷物として持ち帰ろうと思い、
まさかの3日連続の来店になった。

この即売所にはマンゴーだけでなくドラゴンフルーツやシークワーサー、
パイナップルなどの沖縄フルーツはもちろん、
、農協だけに各地の県産フルーツや野菜も売っている。
また沖縄特産の食料品も安い値段で売っているので、土産選びにも最適な場所だ。
昨年、偶然に見つけた場所であるが、とても広くて見ていて飽きない
お気に入りの場所のひとつだ。
買いに来ているのは「わ」ナンバーの車より、現地の人の方がはるかに多いし。

自宅用マンゴーを購入し、農協即売所を後にしたが那覇には向かわず、
瀬底島手前にあるドライブインで夕食を食べるために北上。
この店も旅行前にチェックしていた店である。
最初は、この旅3度目のステーキを食べるつもりでいたが、
メニューを見て気が変わる。
まぁ、昼も国際通りでステーキを食べたからね。
メニューにAランチ、Bランチ、Cランチが写真付きで載っていた。
もう夕食の時間なのに、なぜかランチである。
各ランチの違いはボリュームの違いであるが上から
1200円、800円、600円と以上に安い。
Aランチはとんかつ、ハンバーグ、チキンの竜田揚げ、焼肉、ウインナー、
エビフライ、スパゲティナポリタン、厚焼き玉子、そしてご飯が
一枚の皿にどーんと乗っていた。
エビフライ以外は自分の好きなおかずばかり。
なんて夢のようなプレートランチなんだ♪と思い、Aランチを注文してしまった。
Aランチには、この他にスープとサラダが別に付いている。
ちなみにBランチになると焼肉や玉子焼きがなくなり、とんかつも小さかった。
Cランチはハンバーグの代わりにコロッケになったっけ。

好きな物ばかりの夢のAランチが目の前に運ばれてきて唖然(-ω-)ノ
想像以上のボリュームに食べる前からグロッキー気味。
そして、何から食べていいのか悩むほど。
しかし、ギャル曽根になったつもりで勇気を出して食べ始める。
だけど、なかなか減らない。
とんかつも大きいし、竜田揚げも異常にでかい。
メニューの写真では1枚の大きい肉だけかと思っていた焼肉も
実は隠れて大きな肉が3枚もあった。
ナポリタンの量もハンパないし、ご飯も大盛り。
これで1200円は安すぎる。けど食べるのがツライ。

ちなみに美穂はこの店の一押しメニューである北部上等ご膳という
沖縄料理三昧の幕の内弁当みたいな料理を注文した。
ラフテー、海ぶどうサラダ、刺身4点盛、ジューシー、ぜんざいまで付いていて
やはりボリューム満点で、とてもこちらを助けられるような状態ではなく、
仕方ないので1人で全部食べきった。
この旅1番の超満腹状態になり、さすがに帰りの運転は美穂にお願いした。
助手席に座り、シートを倒した状態でも苦しくて仕方なかった。
やっぱり当初の予定通りにステーキを食べれば良かったと後悔。
そして、昨日、一昨日よりも早めのホテル着。
結局、この日は朝からほとんど太陽が出ることもなく、どんよりした天気だった。
雨に降られることはなかったが、沖縄らしからぬ涼しい1日だった。

ホテル着後、いまだ苦しいまま大浴場で疲れを取り、部屋に戻って明日の帰京準備。
先ほど買ったマンゴーを箱のまま上手に手荷物に入れたり
土産物のチェックをしたり、ここまでの使った金額のチェックをしたり、
明日のチェックアウト前は何もしないでOKという状態にして就寝。
しかし…夜中に腹が痛くて目覚める。
やはり食い過ぎで腹を壊してしまった(-o-;)
もうAランチは永遠に封印だ。

この日はデジカメをホテルに置き忘れてしまったために万座毛の美しい景色を
撮ることができなかったが、Aランチは運ばれてきた時に携帯で撮影。
このボリュームが伝わるかな?


●8月13日
深夜に腹が痛くて起きたが、朝は快適に起きれた。
あんなに腹一杯で苦しかったのに朝食は普通に食べれる状態だったが、
なんとなくまだ不安だったので、連日のパン食を止めて、
この日の朝食バイキングは、お粥をメインにしておいた。
ホテルは11時のチェックアウトだったが、11時近くは
フロントも駐車場も混みあうと思い、10時過ぎにチェックアウト。
3日間走り回った金デミオとも今日でサヨナラ。
この3日間で給油1回、走行距離は500キロ以上にも達した。
沖縄最後のこの日も金デミオには走り回ってもらう。

今回の旅行中、最終日が最も暑かった。
エアコンを効かせ、ラジオから高校野球が流れる金デミオが
まず向かったのは昨年は行けなかった東側の海中道路。
那覇から向かうと思いのほか遠かった。
海中道路の途中の道の駅ならぬ海の駅に寄り、そのまま先の島々へドライブ。
海の先に石油を採掘しているような施設があったが、
平安座島には出光の石油コンビナートが幾つもあった。
この辺って石油が採れるとは知らなかったな。
平安座島から宮城島へ渡り、一番先の伊計島まで行ったが、
海の色が西側の東シナ海よりもキレイ。
本当に澄んだブルーで、見ているだけで気持ちが安らいでくる色だ。
伊計島には島に入ってすぐの所にある伊計ビーチと
島の先に大泊ビーチがあるが、この大泊ビーチは
沖縄では数少なくなった個人のシュノーケリングが可能のビーチ。
大半のビーチは個人が持ち込んでのシュノーケリングは禁止され、
ビーチでのオプションツアーのみが認められていることが多いが、
この大泊ビーチは自由にシュノーケリングができる。
あと自由にできる設備の整っているビーチと言えば瀬底ビーチくらいかな。
だけど瀬底ビーチは昨年からリゾートホテルの建設が始まってしまったので
ビーチから大型クレーンが何本も見え、工事の音もうるさくて
風情も何もあったものではない。
その点、ここの大泊ビーチは、ほとんど手を加えられていないビーチで
海の色も魚の数もハンパないくらいだと言う。
ただ、駐車場代が1台ではなく1人につき500円かかってしまうが…。
この日が帰京の日でなければ、このビーチでシュノーケルをレンタルして
やってみたかった。まぁ、次回のお楽しみということにしておこう。

伊計島をUターンし、再び海中道路を渡って沖縄本島に戻り、
今度はそのまま南下して知念岬を目指す。
知念岬から見えるニライカナイ橋を通って糸満市街へ向かって
昨年も昼食を摂ったA&Wに入る。
そして今回の沖縄初のルートビアを飲んだが、昨年より美味しく感じたのは
腹が減っていたためか、喉がすごく渇いていたからか(^^;)
だけど、おかわりするほどではなかったけど。
A&Wの横には沖縄ならではのスーパー「丸大」があり覗いてみると
「サンエー」「かねひで」より安いスーパーだという事が分かった。
「サンエー」や「かねひで」ほど店舗数は多くないが本当に安かった。

A&Wで食べた後、アウトレット「あしびなー」の横にある
複合商業施設「TOMITON」へ。
アウトレットは那須でも行ったし、基本的に興味ないのでパス。
「TOMITON」は昨年も訪れたが、ちょうどオープン直後のため大混雑していた。
今年は誕生一周年記念セールをしていた。
三越が出資したレストラン街みたいなのもあったが、
目もくれずに「TOMITON」の平置き駐車場内にある「ブルーシール」へ。
そういえばまだ沖縄に来てブルーシールアイスクリームを食べていなかったので
食後のデザートをここに食べにきた。
昨年もあった夏限定のブルーウェーブというアイスクリームが一推し。
今まで食べたことのない味で本当に美味しい。
ワッフルコーンにブルーウェーブをのせ、その上にバナパコというソフトクリーム。
バナパコとはバナナ、パイン、ココナッツの略。
この組み合わせが最強である。

ブルーシールを出た後、まだ少し時間があったので
那覇空港の滑走路先にある瀬長島へ初めて行ってみる。
ここは離陸する飛行機の真下にある場所なので飛行機を間近に見られる。
橋を渡っている途中に、いきなりANAのポケモンジェットが真上を横切る。
ピカチュウの顔や他に書かれているポケモンまではっきりと見れるくらい近い。

瀬長島で時間をつぶし、ゆっくりとレンタカー屋へ向かう。
途中、Coco!という去年はあまり見かけなかった沖縄県内のみのコンビニに寄り
機内に入る前に食べようと沖縄ではメジャーなポーク玉子のおにぎりを買う。
レンタカー屋に指定されたGSで最後の給油。1リッター162円の安さだった。
せめて東京もこれくらい安くなってほしいなぁ。

4日間、600キロ以上走った金デミオに感謝とお別れし空港に送ってもらう。
ちなみにデミオの燃費は昨年同様18キロくらいだったかな。
なんだかんだと空港内の店を見ていたらアッという間に搭乗時間。
ポーク玉子おにぎりを食べておいたので機内ではグッスリ寝ることができた。
だけど何だか機内暑すぎでスゴイ寝汗をかいてしまった。
だけど22時10分到着より少し早く到着したみたい。
荷物を受け取り、VOXYを預けてある民間駐車場に電話して送迎バスを待つ。
自宅に着いたのは23時くらいだったかな。
羽田から近いのって楽だな。

こうして2年連続6度目の沖縄旅行も無事終了。
昨年に比べると天候に恵まれない日もあったが、昨年と違って時間に追われず
ゆっくり、のんびりとした沖縄旅行ができたと思う。
3日目のシュノーケリング&青の洞窟ツアーに行けなかったのが悔やまれるが、
このリベンジは来年こそ!と早くも思っている。
本当に沖縄は何度来ても飽きないし楽しい所だ。
また来年のために沖縄貯金を開始しなくちゃ。


明日はVOXYを6ヶ月点検に出す。
なかなか取り付けられなかったマフラーカッターを
点検と一緒に取り付けてもらうことにした。

明後日の日曜日は久々の試合だが、天気が不安だね。
明後日の試合は中止になってほしくないが、翌週の31日のSリーグ第七節は
今から雨天順延を何気に願っていたりする。
なぜなら仁上、高橋、長谷川の投手陣三本柱が揃って欠場が決まっているから。
仁上は仕事、高橋は友人の結婚式に出席、長谷川は渡米中…(-ω-)ノ
ピッチャーどうしようか実は3人の欠場がはっきり決まった時から
ひそかに悩んでいるのだ(-o-;)
相手はフィッシャーズだし、雨天順延でもいいんだけど、
そう思っている時に限って絶好の野球日和になったりするんだよな。


2008沖縄旅行記2

2008年08月21日(木)

今朝、東陽町駅に着くと妙典で人身事故のために東西線が止まっていた。
以前、住んでいた練馬なら西武池袋線が止まっていても、
有楽町線や大江戸線が同じ練馬駅から出ていたので、替わりの行き方をすぐ探せたが、
東陽町駅は東西線のみなので、急に替わりの行き方が思いつかずに困ってしまった。
とりあえず地上に上がり、駅前のバスに飛び乗る。行き先は門前仲町駅。
門前仲町には大江戸線が通っているので、それに乗れば何とかなる。
しかし、やはり朝のバスは道路混雑のために遅い。
と言うか、バスに乗ること自体、何年ぶりだったろう?
今、都バス料金って200円だったんだ。
約30分かかって門前仲町に到着。
普段の東西線なら5分もかからないのに。
早速、大江戸線に乗ろうと地下に降りると、なんと東西線が葛西〜中野間の
折返し運転をしているではないか。
もう少し東陽町駅で待っていれば良かった…(-ω-)ノ
結局、約30分遅れで仕事場に到着。
まぁ、家から仕事場が近いから良いが、遠い人はこんな時って本当に大変なんだろうなぁ。


前置きが長くなったが、沖縄旅行の2日目から。

●8月11日
朝食はホテルのバイキングだが、ここのホテルの朝食バイキングは
ネットのクチコミでも評価が高かったが、まさに豪華なバイキングだった。
通常の朝食だけでなく沖縄料理もあって、まさしく和洋琉球朝食。
かなりの種類が揃っていて、何を取ろうか目移りするほど。
さらにヤクルトも飲み放題だし、カップのヨーグルトも食べ放題。
パンの種類も豊富だし、ワッフルまであって朝からかなり食べまくってしまった。

昨年の2日目はネオパーク・オキナワの開園時間に合わせて出発したために
かなり早起きして名護まで行き、ネオパーク後は最北端の辺戸岬を周る
ロングドライブだったが、今年は辺戸方面には行かないために、ゆっくり目の朝食。
とにかく今年は時間に追われない旅行にしたかった。
ゆっくり目の朝食を食べた後、金デミオを北へ走らす。
再び高速に乗り、一番北の許田ICで降りる。
今年のレンタカーはETCが付いていたので、高速の乗り降りも楽々であった。
目指すは古宇利大橋を渡った先の古宇利島。
昨年は夕方に行ったが、今年は日中の景色を見たかった。
古宇利島にある店も17時で終わってしまった後に行ったが、今年は余裕で間にあう。
ここで有名な黒糖ソフトクリームが乗っている沖縄黒糖ぜんざいを食べ、
しばらく景色を見ながら、のんびりと過ごす。
コバルトブルーの海の色に気持ちが癒された。

古宇利島を後にし、古宇利島の隣の屋我地島の道の途中の無人販売所に
沖縄名産の紅芋が袋に大量に入って500円なので一袋購入。
重いけど、手荷物で東京まで持ち帰り。
後日、国際通りの市場で見た金額より安かった。
今日の最大の目的はネオパーク・オキナワ。
昨年も来たけど、開園直後に入園したために、ほとんど人がいない寂しい状態で
フライングゲージ内の鳥たちも腹を空かせていたのか鬼気迫るものがあったが、
今年は昼過ぎから入園。
古宇利島に入る前のファミリーマートで安いチケットを購入したが、
昨年は乗らなかった園内を走る沖縄唯一の鉄道の乗車券付きのチケットにした。

ネオパークの駐車場に入ると、昨年とは違い多くの車が停まっていてホッとする。
昨年は自分達の赤いデミオだけだったもんな(^^;)
入り口で今年も鳥の餌を2袋購入し、まずは鉄道の駅舎に向かう。
ここネオパークには昔、沖縄に走っていた鉄道の3/4サイズの汽車が
園内をグルッと周るように線路が敷かれている。
ちなみに、この機関車は昔の軽便鉄道を再現したものである。
大正3年に南部の与那原駅から那覇駅を経由し嘉手納駅まで走っていた汽車。
名護までの路線延長も計画されていたが、第二次世界大戦で鉄道は姿を消してしまったらしい。
駅舎には、そんな昔の鉄道資料や写真なども展示してあり、
それを眺めていたら汽車が入ってきた。
乗客は自分たち2人を含めて僅か6名だったが、定刻通り出発。
普通に園内の景色を眺めながらグルッと一周するだけかと思いきや、
各所に汽車を停めて、そこに飼育されている鳥や動物たちの説明を運転手兼車掌が
マイクで話してくれた。車掌は操縦席より餌も投げ入れるので
鳥や動物たちは汽車の方に寄ってくる。
後で徒歩で周るコースでは来れない場所も汽車は通るので、
昨年は見ることのできなかったダチョウやラマなどの動物も見ることができた。
走っては停まり、説明の繰り返しで約20分くらいの乗車時間ではあるが
全然、長く感じず、むしろ楽しく大満足した汽車だった。

乗車した所と同じ場所に戻ってきた汽車を降り、いざフライングゲージへ。
小さな子供と一緒の親子連れは、その鳥の数に圧倒されて入らない人も多いと言うが、
ここでの鳥への餌付けはネオパークならではの楽しみ。
昨年同様、相変わらず、わらわらとアフリカクロトキやカンムリヅルが寄ってくる。
まん丸の体をしたホロホロチョウが駆け寄ってくる姿は可笑しかった。
しかし、午後の時間帯でもあったし、他にも入場者がいたので昨年ほどがっついて来ない。
なので、ゆっくりと周りを見ながら歩くことができた。
木の上にキツネザルがいたり、鳥の巣があったり、
昨年は見落としていたものがかなり見れた。
第1フライングゲージから第2フライングゲージへ進むと、
ショウジョウトキやヘラサギ、フラミンゴたちが出迎えてくれる。
第2ゲージの次は犬や子ヤギ、ウサギ、モルモット、ポニーなどとのふれあいコーナー。
昨年はなかった施設である。
ふれあいコーナーの中にはゾウガメもいた。
また犬に育てられたイノシシに似たペッカリーの子も混じっていた。
さらに第3フライングゲージに入るとワラビーがピョンピョン跳ね回る。
今年はワラビーにも手から餌付け成功。
あと孔雀のメスが数羽のヒナを連れて歩く姿も見れた。

第3ゲージの次は国際種保存研究センター。
他の施設とは違い、少し場違いにも思えるようなキレイな建物の中に入る。
ここにはサイチョウ、オオハシ、カラスバト、コノハヅク、リュウキュウリクガメ、
ナマケモノなどの絶滅危惧種が保護されていて見学することができる。
センター内はゲージで区切られていて、保護の対象となっている動物が
各ブースで手厚く飼育されていた。
見学者は通路からガラス越しにその様子をうかがうことしかできず、
今までのように餌を与えたりなどはできない。
廊下には研究室的な知的で冷たい空気が流れている。

昨年は多くの動物が繁殖中のために見ることができなかった。
ホームページにも、その旨は記載されていたが、
今年はホームページには何も書いていなかったので
昨年は入れなかった場所まで入ることができ、多くの動物を見学できた。

そして一番奥にいた!

地球上、全世界でも沖縄県のやんばる地区にしか棲息していない貴重な鳥、
ヤンバルクイナが2羽、飼育されていた。
卵みたいな形の黒い体から長く伸びた細く赤いくちばし。
まさに写真でしか見たことのない鳥が目の前に。
世界中の動物園を探しても、ヤンバルクイナを飼育しているのは、ここだけである。
なので、もっと全国的に宣伝してもいいのでは?と思ったが、
あくまでもここは絶滅しそうな動物の保護センター。
決して動物園のような見世物ではなく、保護、繁殖が目的の場所。
だから、あえて大々的に宣伝したりしないのかな。
だけど昨年はお目にかかれなかったヤンバルクイナ、
2年越しの初対面に感激。しばらくその場から動けなかった。

ようやく会えた感動からガラスのこちらで興奮している自分を尻目に、
あちら側のヤンバルクイナは冷めた目のままである。
2人を隔てるガラスはとても分厚く感じた。
ようやく会えた感動の後には、どこか物寂しさが残ったのも事実。


・ヤンバルクイナは1981年に発見された。
・羽はあるが、ほとんど飛ぶことはできない。
・生息地は沖縄本島北部(ヤンバル地方)に限られる。
・現在の個体数は1200羽〜1800羽前後。
・人間の持ち込んだマングースや野良猫に食べられ極端に減少。
・森林の伐採により棲みかも減少。
・偶然、見つかることもあるが昼間はめったに見られない。
・夜は木の上で眠っているが、ほとんど見つからない。
・最近は交通事故に遭って命を落とすヤンバルクイナが多い。


ヤンバルクイナをはじめ、この国際種保存研究センターのゲージ内の動物達は、
生きることに関してはかなり恵まれた環境にあるといえるかもしれない。
だけど…園内で放し飼いにされている他の動物達の方が生き生きとして見えた。
乱獲や環境破壊によって激減した種を、今度は一転して大切に保護する施設を作り
手厚く閉じ込める…。人間ってなんて勝手なんだろう…。
ここに来て、いまさらながらに思ってしまった。
2年越しの初対面となったヤンバルクイナは、感動を与えると共に
大きな問題を提起していたようにも見えた…。


この国際種保存研究センターの中池には世界最大の淡水魚ピラルクが何十匹も泳いでいる。
中池の上にあるテラスからピラルクにも餌をあげることができる。
昨年は時間が早すぎて営業前だったためにできなかったが、今年は餌付けをしてみた。
池に餌を投げ入れると、まるで鯉のように集まってくるが、その迫力はものすごい。
なんせ体長2メートルから大きいピラルクだと4メートル近い。
そんな巨大魚がでかい水しぶきを上げながら集まってくる。
餌を食べる時に大きく口を開き、エラから「バコンッ!」と大きな音を出す。
今まで経験したことのない大迫力な餌付けだった。

結局、ネオパークには美ら海水族館以上の滞在時間だった。
特に次の予定もなかったので、心ゆくまで堪能できたし、いろいろと考えさせられた。
だけどヤンバルクイナも見れて大満足なのは確かである。
今年は2年連続の沖縄だったために、あまりデジカメで写真を撮らなかったが
ここでの写真は、やはり一番多くなってしまった。

ネオパークを後にし、夕方近くなったために食事に行くが、
行こうと決めていたネオパーク近くにある沖縄そばとコーヒーが有名な店が
月曜定休のためにやっていなかった(ToT)
昨日のコザのステーキハウスといい、食事の場所には2日連続で振られてしまう。
仕方ないので許田IC手前の沖縄料理の店に行ってみる。
なんだか、店構えを見ると入りにくそうな感じだったが、
ここもかなりの有名店で、昔はジミーも入ったことがあるそうだ。
そして入ってビックリ、メニューの数が異常に多くて悩んでしまう。
だけど、どれもこれも安い。
結局、自分は沖縄そばを食べる予定だったので、沖縄そば定食、
美穂はソーメンチャンプル定食にし、単品でジーマーミ豆腐や海ぶどう、
島らっきょう等も頼んで、少し早い夕食にした。

腹一杯になった後、高速に乗り、今日も沖縄南ICで降りて北谷アメリカンビレッジへ。
ここの一角のビルの中にある土産物屋は那覇の国際通りよりも少し安いのだ。
特にSHI-SAのTシャツは国際通りの半額という安さのために今年も2着購入。
だけど腹一杯のために、日本ではアメリカンビレッジにしかない
アメリカの有名なホットドッグ屋でホットドッグを今年も食べられなかった(ToT)

アメリカンビレッジから国道58号を南下して那覇を目指すが、
途中、沖縄にしかないスーパーマーケットの「サンエー」「かねひで」などに立ち寄る。
8月15日の旧盆に向け、沖縄は旧盆セール真っ最中で、いろいろ安売りしていた。
沖縄ならではの商品もあり、地元スーパーは見ているだけでも楽しい。
昨年はホテルの近くにあったマックスバリューしか覗かなかったが、
今年は沖縄にしかないスーパーを覗くことも旅の目的のひとつに挙げていた。
沖縄はスパムが有名でスパムのコーナーだけでも充実していたが、
シーチキンも各種チャンプル料理に入れるためにツナ缶コーナーも大きかった。
ツナ缶を箱買いできるようにもなっていて驚いた。
そういえば何かの番組で沖縄はツナ缶消費が日本一と言っていたことを思い出した。
沖縄限定のお菓子も国際通りや空港の土産物屋で買うよりも、
地元スーパーで買う方が断然安い。
ちょっとしたディープな品を探す楽しみもあるし。

なんだかんだでホテルに戻ったのは22時近くだった。
すぐに大浴場に行き、翌日は今回の旅で一番の早起きのためにすぐに寝てしまった。

翌日、早起きしたはいいが………明日につづく。

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