Web Masterの日記



ヤマト発進!

2008年08月26日(火)

1983年の劇場公開を最後に完結した宇宙戦艦ヤマトが、
なんと新作劇場映画として復活するというではないか。
著作権をめぐる法廷闘争の問題もあったため、
2004年に凍結していた企画が再始動となったらしい。
そして、当時の企画製作に携わったヤマトの産みの親でもある西崎義展氏が、
自身の最後の作品として拠点となる「ヤマト・スタジオ」を設立し、
当時と同じように製作総指揮に当たる。
さらに総監督には舛田利雄氏、総作画監督は湖川友謙氏と、
いずれもヤマトの製作に携わっていたスタッフが集結し、2009年に劇場公開予定だ。

今作は西暦2220年が舞台。
あれから約20年の時が経ったことになる。
移動性ブラックホールの膨張で地球に危機が迫り、3億人の移民作戦が展開。
その途中に移送船団が攻撃を受け、ヤマトが反撃するというストーリー。
38歳になった古代進が艦長になり、妻の雪との間に美雪という娘もいる設定。

この宇宙戦艦ヤマトは、当時のテレビ放映では39話での製作放映予定だったが、
裏番組の「アルプスの少女ハイジ」や「SFドラマ 猿の軍団」など
視聴率の取り合いで苦戦し、全26話に短縮、再構成されて放送された。
その後、再放送されてから人気が急上昇し、劇場映画が公開される頃には
社会現象を巻き起こす「ヤマト」の大ブームとなった。
今思えば、現在のアニメブームの先駆けとなった作品だと言っても過言ではない。
だいたい当時はアニメが映画館で公開されるなんて
「東映マンガまつり」くらいで、ひとつの作品だけで2時間近くの
劇場用アニメ作品が公開されることはなかった。
その後、ガンダムやイデオン、ルパン三世、そしてスタジオジブリ作品などが公開、
まさしくヤマトはアニメ映画の先駆けである。

アニメでは数々の偉業といえる功績を残している西崎義展氏だが、
実は1998年に覚せい剤取締法・大麻取締法・麻薬及び向精神薬取締法違反で逮捕、
翌年にはM16の銃砲刀剣類所持等取締法・覚せい剤取締法・火薬類取締法違反で
2度目の逮捕と服役の経歴を持っている困った人物である。
しかし、ヤマトに対しての情熱は熱く、さらに数々の逮捕と服役経歴がありながらも、
周囲に人々が集う人徳、カリスマ性を持っている。
倒産、破産経験もあり、逮捕、服役歴もある人間が、
ここまで這い上がることが出来たのは、
ヤマトへの情熱が成し得たことなのだろうか…。

今の世代のアニメファンにどのようなメッセージを込めるのか?
はたして今の世代のアニメファンの心を動かすことが出来るのか?
硬派なイメージを持つヤマトが、今のアニメ世代にも作風的に受け入れられるのか?
様々な面で興味深いものだ。
だけど自分は完全なるヤマト世代、早く新たな宇宙戦艦ヤマトの発進を観たいね。


北京五輪戯言

2008年08月25日(月)

17日間に渡って開催された北京五輪も昨日で閉幕。
開催前から何だかんだとあり、開催中もいろいろあったが、
とりあえず今大会も面白く観させてもらった。
今回の日本のメダルは金9、銀6、銅10の合計25個。
前回のアテネ大会では金16、銀9、銅12の合計37個だったので、
それと比べると少ない感じもするが、その前のシドニー大会での
金5、銀8、銅5の合計18個を考えれば、
十分に健闘したと言えるのではないだろうか。
だけど韓国(金13、銀10銅8)に負けたのが何だか悔しい。
人口も経済的にも日本が上なのに、この差は何なのかは
日本政府が中心となって考える必要があるのではないかと思う。
とりあえず、選手の皆さんには本当にお疲れさまでしたと感謝したい。

で、その上であとは戯言を(^^;)

●偽装開会式
開幕直後、この話題が目立ったけど、まぁ中国のやることなので
ただの演出だと思って大目に見てあげよう(^^;)
実際、この程度の演出は日本のテレビ局だって、かなりやるでしょ。

●閉会式
開会式で、あれだけニセモノを演出しまくっていただけに、
どの演出もウソっぽく見えてしまうのは何故だろうか?
カウントダウンの数字を出した花火も実はCGだったりして(^^;)
開会式はニュースで観ただけだが、閉会式は一応、テレビで最初から最後まで観た。
とにかく人と金と火薬を使えば何でもいいと思い込んでる漢民族らしい閉会式。
花火が多すぎで、鳥の巣が爆発したんじゃないかと思えるほどだった。
それに開会式と同じく、発光ダイオードと鳴り物と原色と作り笑いだらけ。
次のロンドン五輪のセレモニーと比べると、自由な表現の少なさは一目瞭然。
それに…閉会式でさえ自分の国にしか声援を送らない気がするイメージの
中国人って、やっぱり少し異常だと思うのは自分だけ?

しかし、この国が選手の育成・強化と大会の運営・保守管理に、
どれだけの国力を費やしたか計り知れない。
デモの統制や取材・言論の抑圧も行ってきたのも紛れもない事実。
国内にも抑え込まれた地域・民族・団体などが無数に居たはずだ。
なので国際的にはマイナスなイメージも多く伝わった。
北京五輪終了後、中国という国が何ヶ月維持できるかを見守りたい。

●女子選手が大活躍
今回の大会も「女子選手が頑張った」という印象。
ところが、メダル獲得数は男子とほぼ互角で、割合としては52対48で男子の勝ち。
なので、メダルだけで判断すると男女とも互角に戦っていたと言える。
では、なぜ今回「女子が頑張った」というイメージがあるのか?
おそらくは「男子の予選落ちが続出」が、かなり目立ったことと、
出場選手の割合に対してメダル、または入賞した人が女子には多かったこと。
そして、やはり「男子の世界のレベルは高い」という点だろう。
特に「男子予選落ち」については、前半戦の柔道で相次ぐ敗退が
そういうイメージを作るきっかけになってしまったと思われる。
また、サッカー、バレーなどメダルはともかく
注目競技で男子は1勝もできなかったことも
イメージとしては大きいのかもしれない。
そして、とどめは「ソフトは金。野球は4位」
これに尽きるのではないだろうか。
こういったイメージが、どうしても先行しているような気がする。
だけど実際は、フェンシングや陸上など、今までメダルに手が届かない分野で
男子選手も大活躍したのは事実である。
もちろん、女子選手の大活躍。これは称賛に値する。
でも、男子選手も実はかなり頑張っていたという点、
マスコミはもう少し評価してあげても良いのではないだろうか。

●「**ジャパン」の呪縛
今回の大会では「**ジャパン」と名乗る競技団体が、かなりあったが、
不思議なことに、その全てがメダルを獲れなかった。
サッカー男子の「反町ジャパン」サッカー女子の「なでしこジャパン」
バレー男子の「植田ジャパン」バレー女子の「柳本ジャパン」
そして野球の「星野ジャパン」等々…。
逆にソフトボールは「**ジャパン」などの愛称は、なぜかなく、
「ソフトボール日本代表チーム」と称されていて見事に金メダルを獲得。
これを考えると、ひょっとして「**ジャパン」はオリンピックでは鬼門かも?
特に監督の名前が付くことの多い「**ジャパン」に関しては
前からあまり良い気がしていなかった。
もちろん監督の戦略や戦術は勝負では大事であるけど、
実際にプレーするのは選手である。
なので監督が目立つようなチームでは好成績は挙げられない。
これが自分の持論であるから。
監督は目立たず、あくまでも裏方に徹していればこそ、
強いチームが作れると思う。
その点、女子サッカーの「なでしこジャパン」は監督名が冠になかったので
過去最高順位の4位と大健闘したのかも。

いつから「**ジャパン」という名称が普通に呼ばれるようになったのだろう?
たぶんサッカーW杯の日韓大会で「トルシエジャパン」と
呼ばれたのが最初だと思う。
その時はW杯に於いてグループリーグ突破を果たしベスト16入りした。
その後、代表選手の誰よりも世界的に見ても知名度のある
ジーコが監督になり「ジーコジャパン」も定着。
それからは監督の手腕うんぬんより、日本代表チームは
誰が監督になっても「**ジャパン」と言われているような気がする。
ただ、WBCの時は「王ジャパン」と言われていたっけ?
あの時はイチローという強烈な個性のある選手がチームを牽引した。
監督よりも選手が目立った代表チームだったので、世界一の強さを発揮した。
やはり監督が目立つチームではダメだと思う。
選手が目立ってこそ強いチームなのだ。

●門戸開放、ここからが本番
今回、比較的マイナー競技の選手の大活躍が目立った。
太田選手のフェンシングなど、その筆頭で協会に対して問い合わせが多いと言う。
その他にも、カヌー、バドミントンなどでも入賞をするなど大健闘。
マイナー競技に光を当てるというのもオリンピックの醍醐味である。
ただ、協会としては「これを一過性のブーム」としないで
「ここから有望な選手を育てがあげる」という視点で、
このブームをうまく使ってほしいと思う。
そうしないと、かつて岡本選手が後に協会問題で翻弄されてしまった
「テコンドーブーム」や、トリノで大活躍の「カーリング娘ブーム」のように、
その時だけのブームに終わってしまいかねないから。

●責任者クビ!これだけではロンドンは勝てない
一部競技では、すでにコーチ監督の責任問題が出始めている。
日本の場合、いつも「現場監督」に責任を押しつけて、
連盟のお偉いさん(選手を選んだ人達)の責任は
曖昧にしてしまう悪い傾向にある。
これは、日本の風土として企業も官庁も同じような傾向があるからだろうか?
現場監督をクビにするだけなら簡単。その人1人に責任を押しつけるのも簡単。
だけど、体質が変わらなければ次の結果も同じ、いや、それ以下になるだろう。
いわば「毒樹の実をもいでも次になるのは毒樹」なのだ。
特にメジャー競技の場合、今回の敗因を客観的かつ冷静に分析する作業を
先に行うべきである。その上で強化方針を決める。
そうすると自ずと「それに見合う現場監督は誰か」
「選手はどういうタイプを選べばよいか」が必然的に見えてくる。
当然、フロントもそれを踏まえて考えれば良いだけのこと。
「監督辞任」だけが報じられて、それで円満解決。
みたいな感じの協会が、もしあったとしたら
4年後はもっと成績が悪くなるだろうね。

●2016年は東京?
東京都だけが頑張っても今の政府の外交力ではかなり微妙。
良し悪しはともかく、石原都知事1人が頑張っても、
それだけでは東京に誘致することは困難だろう。
国としてやる気があるか?そして都民ではなく国民が
日本でのオリンピックを望んでいるのかどうか?
これがすべて。
どうなるのかね、普通に考えたらシカゴだと思うんだけど…(^^;)

●オリンピック出場
競技をしていなくてもオリンピックに出る近道、
それは「審判」として出場すること。
特にマイナー競技の審判であれば、今から資格を取って必死にやれば
8年後くらいには「審判」として出場できるかもしれない。
もちろん「まじめにやる」というのが大前提だけどね(^^;)

以上が勝手な戯言でした。
あらためて選手の皆様、お疲れさま&ありがとうございました。


やっぱり中止

2008年08月24日(日)

これで今季5度目の雨天中止である。
今年は本当に試合消化がうまくいかん。
いまだに9試合しか消化できていないなんて…。
もし来週の31日に10試合目が消化できた場合、
歴代4番目に遅い試合消化となる。
創設2年目の1991年が11月17日、創設年の1990年が11月3日に
10試合目を消化している。ただ、この2年は年間13試合しか行っていない。
創設3年目の1992年は9月6日に10試合目を消化し、年間15試合。
今年はその1992年に次ぎローペースとなっている。
はたしてシーズン合計何試合消化できるのだろうか?
2000年に年間16試合を消化してから7年連続して年間20試合以上を行ってきた。
どう考えても今年は20試合以上は無理だ。
Sリーグで残り4試合なので年間13試合は確実だが、
その他に練習試合が何試合できるか?
Sリーグの三郷が台風などで冠水とかしてしまい、順延が続けば
練習試合の数も限られてくる。
Sリーグ4試合が順調に消化できれば10月上旬で終わるので
それ以降、約2ヶ月は練習試合ができるが、連休に試合を入れないなど
日程を考えれば、できても僅かだろう。
やはり1992年同様に年間15試合か16試合くらいが妥当な数字かもね。

だけど…来週はマジでピッチャー困っている。
前日に沖縄旅行から帰ったばかりのテッチャンと
マサに頑張ってもらうしかないんだけど、
欠場者が増えたので今度は参加人数までヤバイ状況になってきた。
様々なことを考えると、ほんと順延してくれると有難いんだけど
試合消化のことを考えると、やっぱり出来た方がいいんだよなぁ…。
う〜ん、困ったもんだ。


敗戦

2008年08月23日(土)

今日はVOXYの6カ月点検。
ネッツに行く間、ずっとラジオで北京五輪、野球の3位決定戦を聴き、
ネッツに着いて車を点検に預けている間も、ショールームにあるテレビで試合を観ていた。
そして帰りの車の中で星野Japanの敗戦を聴いた。

思えば、星野監督に決まった時から不安な気持ちはあった。
コーチの人選や選手選考でも?な部分が多かった。
だけど、心のどこかで期待もしていたのは確かだ。
しかし、不安は的中してしまった。
正直、あんなに覇気のない選手を国際試合で見たのは初めてだ。
なんか一体感がないというか、何を目指して戦っているのか分からなかった。
まぁ、細かいことを挙げればキリがないが、技術、体力、精神力、戦術、
すべての面に於いて、とても金メダルはおろか3位以内に値するチームではなかった。
予選リーグの結果がそのまま決勝の結果の順位になったのは当然かもしれない。

代表チームの選考で一番疑問だったのは攻守に柱となる存在がいないこと。
チームを鼓舞するようなムードメーカー的な選手がいなかったのが痛い。
WBCの時のようにイチローの存在が、どれだけみんなの力になったことか。
メジャーで活躍している選手を五輪に参加させるのは無理でも、
国内プロ野球のベストメンバーとはとても呼べない布陣であった。
国際経験豊富な強打者が1人もいないし、かと言って機動力をフルに
活用できるような構成にもなっていない。
投手陣にしてもペナントレース最多勝の岩隅を選ばず、
代表の中では絶対エースのはずのダルビッシュは準決勝でも決勝でも
先発させないのは全く解せなかった。
まぁ、ダルビッシュ自体、故障していたみたいなので、
早くも初戦から誤算は始まった。

プロ集団という名の下に選手村にも滞在せず、五つ星の高級ホテルに泊まって
本気でオリンピックで金メダルを獲るつもりがあったのか?韓国チームとは対照的だ。
韓国は予選、決勝トーナメント通じて全勝。技術、体力、精神力、戦術と
すべて日本より上だったのは紛れもない事実。
ただ、だからと言って現状の野球が韓国の方が
日本よりレベルが上だという意味ではないけどね。
日本は指導陣の人選、代表選考のあり方、本番の戦い方、
オリンピックを戦う上でのプロセスから結果に至るまで
間違いだらけだったということだ。
それはWBCでの優勝と対比すれば誰にでも分かるはず。

だけどさ、同じ負けるにしても、もう少し気迫に満ちた日本代表を見たかった。
でも、また見る楽しみができたのも事実。
危なげなく金メダル獲ってから来年のWBCを見るより、
屈辱から這い上がって巻き返す日本野球が見れるから。
なので、この敗戦を来年3月に始まるWBCに生かせばいい。
生かせない選手は落ちてゆけばいい。
そして日本プロ野球機構も選手会も本気でバックアップしてもらいたい。
WBCでもう1度、日本野球の実力を世界に知らしめてほしい。

敗戦後、ひとり妄想が勝手に出てきてしまった。
1番センター イチロー
2番ショート 松井(稼)
3番ライト  福留
4番DH    金本
5番レフト  松井(秀)
6番サード  岩村
7番ファースト小笠原
8番キャッチャー 城島
9番セカンド 井口
先発投手   松坂 岩隈 和田
抑え 上原 藤川 斎藤
監督 落合
コーチ 古田 桑田 
これで負けたら日本野球は終わり、納得。なーんてね。


ところで、うちの明日の試合は中止っぽいな(ToT)
明日は9イニング制だし、やりたいんだけどなぁ。
どうせ中止なら投手陣3本柱のいない来週31日が流れてほしいよ。


2008 沖縄旅行記3

2008年08月22日(金)

北京五輪での星野Japan、もう終わってしまったので今さらだが、完敗だった。
何が悪いかと言ったら…打線、投手、監督の采配と全てが悪かった。
今日の試合を含めて4勝4敗という成績がそれを物語っていると思う。
それに予選とはいえ、負けられないと言っていたキューバ、韓国、アメリカ相手に
全敗しているようでは、やはり金メダルを獲る資格はなかったのかもしれない。
対して韓国は予選も全勝だったし…。

今日の試合も韓国が強かったというのは正直認めざるを得ないが、
日本は、やっぱり打てなかった。これが決定的だったと思う。
ライバル3ヶ国との対戦で日本の得点は、どの試合も3点以下だったからね。
これでは、どれだけ投手陣が頑張っても無理があるとしか…。

あとはアメリカとの3位決定戦、銅メダルを賭けての戦い。
次のロンドン五輪では野球は行われないので、今回が金メダルを獲る
ラストチャンスだったので銅メダルを獲ったとしても何か虚しさは残る。
だけど獲らないより獲った方が良いのは確かだ。
最後の試合、死に物狂いで勝利をつかんでもらいたい。
もし、メダルを逃すことになった場合、バッシングはさらに加速するのでは…。
それくらい今日の負けは日本野球界にとって大きいものだったと思う。
ほんと昨日のソフトボールとは対照的になってしまい非常に残念である。


また今日も前置きが長くなってしまったが、沖縄旅行記の3日目から。
今年も旅行記は三部作になってしまった。
なんとか今日で完結させたいね。
まぁ、だけど、それだけ楽しい旅行だったということだね(*'-^)-☆


●8月12日
沖縄3日目は旅行前に申し込んでいた西海岸恩納村真栄田岬での
シュノーケリング&青の洞窟ツアーのため早起きである。
9時からのコースに申し込んでいたので7時半頃にはホテルを出発予定。
朝食バイキングは6時45分からやっているので、朝食を食べて、すぐに出る感じ。
しかし6時頃に起きてカーテンを開けると外は雨…。
小雨ではあるが、朝方はかなり降っていたようで路面はびっしょり。
空を見上げると薄暗く厚い雨雲に覆われ、
いつまた大雨が降ってもおかしくない天候。
一応、雨が降っても青の洞窟は青く見えるというが、
海洋状況によっては厳しいかも。
また雨の日は魚が潜ってしまうためシュノーケリングをしても
海面にいる魚は少ないとか。
そして自分は元気だったが、美穂の体調も本調子ではなかったために
残念ながらシュノーケリング&青の洞窟ツアーを断念。
電話でキャンセルして、もう少し寝てから遅めの朝食バイキングへ。
朝食後、天気が少し回復してきたので、あえて国際通りへ。
ホテルは国際通りの南端だが、乗ったことがないので県庁前から
沖縄唯一のモノレール「ゆいれーる」に乗車して国際通り北端の牧志へ。
そこから歩いて南下しながらホテルに戻るルートをとってみた。
「ゆいれーる」2両編成だが意外と混んでいて狭かった。
たった2駅だが200円は高いな。
それでも那覇に通うビジネスマンの大切な足なんだろうな。
でも、もう次は乗らなくていいや(^^;)

いつもは夜の国際通りしか歩いていないが、午前中の国際通りは人も少なく、
落ち着いてゆっくりと様々な店を見て周ることができる。
国際通り牧志市場にも行って、色とりどりの食用魚を見る。
巨大なハリセンボンが針のついた皮を剥かれて売られていたのには驚いた。
沖縄県人はハリセンボンも食べるのか…(-ω-)
ゆっくりと国際通りを南下して昼になったので昼食を国際通りの南にある
最近、有名になってきたステーキハウスに入ってステーキランチを食べる。
2日前に宜野湾のステーキハウスで食べたステーキとは少し違う感じ。
どこのステーキハウスでも、その店の特色みたいなものがあるんだな。
だけど230グラムのステーキだったが、あっという間に完食してしまった。

昼食を食べて腹一杯になり、ホテルへ一旦戻る。
国際通りで買った物を部屋に置き、今度は車に乗り込み出動。
あえて高速には乗らず、下の道で名護方面を目指す。
普天間、嘉手納などの米軍基地を見ながら北谷を越え、西海岸恩納村へ。
昨年は高速に乗っていたために飛ばしてしまった場所である。
本来なら今日の朝、ここまで来る予定だったんだけどね…。
万座毛、恩納の道の駅、お菓子御殿などに寄りながら名護の農協へ。
西海岸には高そうなリゾートホテルが多い。
約20年前に行った頃はANAがやっている万座ビーチホテルと
当時、中日ドラゴンズがキャンプで泊まっていた
ムーンビーチホテルしかなかったのに、さらに豪華なリゾートホテルばかり。
いつかは泊まってみたいと思うが、リゾートホテルは大浴場がないからなぁ(^^;)
それにビーチはみんなホテルのプライベートビーチなので
自由にシュノーケリングとかできないと言うか、ほぼ人工ビーチなので
クラゲやナマコ対策で魚も入れない網で囲まれているし。
でも、リゾートホテルに泊まる人は海なんか入らずにホテル施設のプールか。

初日に続き昨日もネオパーク後に寄った名護の農協即売所。
また今日も来てしまい、まさかの3日連続だ。
こんなに毎日、名護を中心とした場所に行くなら、那覇を拠点とせずに
名護のホテルが拠点でもいいのでは?
だけど前述した通り、名護には大浴場付きのホテルがないからなぁ。
あればホント名護拠点でもいいと思うよ。
なぜ3日連続で名護の農協即売所に来たかというと、
実家や親戚には、ここからすでにマンゴーを送ったが、
自分の家にはまだ送っていない。
ここの即売所には贈答用のマンゴーの他、自宅用の安いマンゴーも売っている。
食べ頃によって値段が変わってくるのだが、6ヶで2500円という超破格値。
自分の家には安いマンゴーを手荷物として持ち帰ろうと思い、
まさかの3日連続の来店になった。

この即売所にはマンゴーだけでなくドラゴンフルーツやシークワーサー、
パイナップルなどの沖縄フルーツはもちろん、
、農協だけに各地の県産フルーツや野菜も売っている。
また沖縄特産の食料品も安い値段で売っているので、土産選びにも最適な場所だ。
昨年、偶然に見つけた場所であるが、とても広くて見ていて飽きない
お気に入りの場所のひとつだ。
買いに来ているのは「わ」ナンバーの車より、現地の人の方がはるかに多いし。

自宅用マンゴーを購入し、農協即売所を後にしたが那覇には向かわず、
瀬底島手前にあるドライブインで夕食を食べるために北上。
この店も旅行前にチェックしていた店である。
最初は、この旅3度目のステーキを食べるつもりでいたが、
メニューを見て気が変わる。
まぁ、昼も国際通りでステーキを食べたからね。
メニューにAランチ、Bランチ、Cランチが写真付きで載っていた。
もう夕食の時間なのに、なぜかランチである。
各ランチの違いはボリュームの違いであるが上から
1200円、800円、600円と以上に安い。
Aランチはとんかつ、ハンバーグ、チキンの竜田揚げ、焼肉、ウインナー、
エビフライ、スパゲティナポリタン、厚焼き玉子、そしてご飯が
一枚の皿にどーんと乗っていた。
エビフライ以外は自分の好きなおかずばかり。
なんて夢のようなプレートランチなんだ♪と思い、Aランチを注文してしまった。
Aランチには、この他にスープとサラダが別に付いている。
ちなみにBランチになると焼肉や玉子焼きがなくなり、とんかつも小さかった。
Cランチはハンバーグの代わりにコロッケになったっけ。

好きな物ばかりの夢のAランチが目の前に運ばれてきて唖然(-ω-)ノ
想像以上のボリュームに食べる前からグロッキー気味。
そして、何から食べていいのか悩むほど。
しかし、ギャル曽根になったつもりで勇気を出して食べ始める。
だけど、なかなか減らない。
とんかつも大きいし、竜田揚げも異常にでかい。
メニューの写真では1枚の大きい肉だけかと思っていた焼肉も
実は隠れて大きな肉が3枚もあった。
ナポリタンの量もハンパないし、ご飯も大盛り。
これで1200円は安すぎる。けど食べるのがツライ。

ちなみに美穂はこの店の一押しメニューである北部上等ご膳という
沖縄料理三昧の幕の内弁当みたいな料理を注文した。
ラフテー、海ぶどうサラダ、刺身4点盛、ジューシー、ぜんざいまで付いていて
やはりボリューム満点で、とてもこちらを助けられるような状態ではなく、
仕方ないので1人で全部食べきった。
この旅1番の超満腹状態になり、さすがに帰りの運転は美穂にお願いした。
助手席に座り、シートを倒した状態でも苦しくて仕方なかった。
やっぱり当初の予定通りにステーキを食べれば良かったと後悔。
そして、昨日、一昨日よりも早めのホテル着。
結局、この日は朝からほとんど太陽が出ることもなく、どんよりした天気だった。
雨に降られることはなかったが、沖縄らしからぬ涼しい1日だった。

ホテル着後、いまだ苦しいまま大浴場で疲れを取り、部屋に戻って明日の帰京準備。
先ほど買ったマンゴーを箱のまま上手に手荷物に入れたり
土産物のチェックをしたり、ここまでの使った金額のチェックをしたり、
明日のチェックアウト前は何もしないでOKという状態にして就寝。
しかし…夜中に腹が痛くて目覚める。
やはり食い過ぎで腹を壊してしまった(-o-;)
もうAランチは永遠に封印だ。

この日はデジカメをホテルに置き忘れてしまったために万座毛の美しい景色を
撮ることができなかったが、Aランチは運ばれてきた時に携帯で撮影。
このボリュームが伝わるかな?


●8月13日
深夜に腹が痛くて起きたが、朝は快適に起きれた。
あんなに腹一杯で苦しかったのに朝食は普通に食べれる状態だったが、
なんとなくまだ不安だったので、連日のパン食を止めて、
この日の朝食バイキングは、お粥をメインにしておいた。
ホテルは11時のチェックアウトだったが、11時近くは
フロントも駐車場も混みあうと思い、10時過ぎにチェックアウト。
3日間走り回った金デミオとも今日でサヨナラ。
この3日間で給油1回、走行距離は500キロ以上にも達した。
沖縄最後のこの日も金デミオには走り回ってもらう。

今回の旅行中、最終日が最も暑かった。
エアコンを効かせ、ラジオから高校野球が流れる金デミオが
まず向かったのは昨年は行けなかった東側の海中道路。
那覇から向かうと思いのほか遠かった。
海中道路の途中の道の駅ならぬ海の駅に寄り、そのまま先の島々へドライブ。
海の先に石油を採掘しているような施設があったが、
平安座島には出光の石油コンビナートが幾つもあった。
この辺って石油が採れるとは知らなかったな。
平安座島から宮城島へ渡り、一番先の伊計島まで行ったが、
海の色が西側の東シナ海よりもキレイ。
本当に澄んだブルーで、見ているだけで気持ちが安らいでくる色だ。
伊計島には島に入ってすぐの所にある伊計ビーチと
島の先に大泊ビーチがあるが、この大泊ビーチは
沖縄では数少なくなった個人のシュノーケリングが可能のビーチ。
大半のビーチは個人が持ち込んでのシュノーケリングは禁止され、
ビーチでのオプションツアーのみが認められていることが多いが、
この大泊ビーチは自由にシュノーケリングができる。
あと自由にできる設備の整っているビーチと言えば瀬底ビーチくらいかな。
だけど瀬底ビーチは昨年からリゾートホテルの建設が始まってしまったので
ビーチから大型クレーンが何本も見え、工事の音もうるさくて
風情も何もあったものではない。
その点、ここの大泊ビーチは、ほとんど手を加えられていないビーチで
海の色も魚の数もハンパないくらいだと言う。
ただ、駐車場代が1台ではなく1人につき500円かかってしまうが…。
この日が帰京の日でなければ、このビーチでシュノーケルをレンタルして
やってみたかった。まぁ、次回のお楽しみということにしておこう。

伊計島をUターンし、再び海中道路を渡って沖縄本島に戻り、
今度はそのまま南下して知念岬を目指す。
知念岬から見えるニライカナイ橋を通って糸満市街へ向かって
昨年も昼食を摂ったA&Wに入る。
そして今回の沖縄初のルートビアを飲んだが、昨年より美味しく感じたのは
腹が減っていたためか、喉がすごく渇いていたからか(^^;)
だけど、おかわりするほどではなかったけど。
A&Wの横には沖縄ならではのスーパー「丸大」があり覗いてみると
「サンエー」「かねひで」より安いスーパーだという事が分かった。
「サンエー」や「かねひで」ほど店舗数は多くないが本当に安かった。

A&Wで食べた後、アウトレット「あしびなー」の横にある
複合商業施設「TOMITON」へ。
アウトレットは那須でも行ったし、基本的に興味ないのでパス。
「TOMITON」は昨年も訪れたが、ちょうどオープン直後のため大混雑していた。
今年は誕生一周年記念セールをしていた。
三越が出資したレストラン街みたいなのもあったが、
目もくれずに「TOMITON」の平置き駐車場内にある「ブルーシール」へ。
そういえばまだ沖縄に来てブルーシールアイスクリームを食べていなかったので
食後のデザートをここに食べにきた。
昨年もあった夏限定のブルーウェーブというアイスクリームが一推し。
今まで食べたことのない味で本当に美味しい。
ワッフルコーンにブルーウェーブをのせ、その上にバナパコというソフトクリーム。
バナパコとはバナナ、パイン、ココナッツの略。
この組み合わせが最強である。

ブルーシールを出た後、まだ少し時間があったので
那覇空港の滑走路先にある瀬長島へ初めて行ってみる。
ここは離陸する飛行機の真下にある場所なので飛行機を間近に見られる。
橋を渡っている途中に、いきなりANAのポケモンジェットが真上を横切る。
ピカチュウの顔や他に書かれているポケモンまではっきりと見れるくらい近い。

瀬長島で時間をつぶし、ゆっくりとレンタカー屋へ向かう。
途中、Coco!という去年はあまり見かけなかった沖縄県内のみのコンビニに寄り
機内に入る前に食べようと沖縄ではメジャーなポーク玉子のおにぎりを買う。
レンタカー屋に指定されたGSで最後の給油。1リッター162円の安さだった。
せめて東京もこれくらい安くなってほしいなぁ。

4日間、600キロ以上走った金デミオに感謝とお別れし空港に送ってもらう。
ちなみにデミオの燃費は昨年同様18キロくらいだったかな。
なんだかんだと空港内の店を見ていたらアッという間に搭乗時間。
ポーク玉子おにぎりを食べておいたので機内ではグッスリ寝ることができた。
だけど何だか機内暑すぎでスゴイ寝汗をかいてしまった。
だけど22時10分到着より少し早く到着したみたい。
荷物を受け取り、VOXYを預けてある民間駐車場に電話して送迎バスを待つ。
自宅に着いたのは23時くらいだったかな。
羽田から近いのって楽だな。

こうして2年連続6度目の沖縄旅行も無事終了。
昨年に比べると天候に恵まれない日もあったが、昨年と違って時間に追われず
ゆっくり、のんびりとした沖縄旅行ができたと思う。
3日目のシュノーケリング&青の洞窟ツアーに行けなかったのが悔やまれるが、
このリベンジは来年こそ!と早くも思っている。
本当に沖縄は何度来ても飽きないし楽しい所だ。
また来年のために沖縄貯金を開始しなくちゃ。


明日はVOXYを6ヶ月点検に出す。
なかなか取り付けられなかったマフラーカッターを
点検と一緒に取り付けてもらうことにした。

明後日の日曜日は久々の試合だが、天気が不安だね。
明後日の試合は中止になってほしくないが、翌週の31日のSリーグ第七節は
今から雨天順延を何気に願っていたりする。
なぜなら仁上、高橋、長谷川の投手陣三本柱が揃って欠場が決まっているから。
仁上は仕事、高橋は友人の結婚式に出席、長谷川は渡米中…(-ω-)ノ
ピッチャーどうしようか実は3人の欠場がはっきり決まった時から
ひそかに悩んでいるのだ(-o-;)
相手はフィッシャーズだし、雨天順延でもいいんだけど、
そう思っている時に限って絶好の野球日和になったりするんだよな。


2008沖縄旅行記2

2008年08月21日(木)

今朝、東陽町駅に着くと妙典で人身事故のために東西線が止まっていた。
以前、住んでいた練馬なら西武池袋線が止まっていても、
有楽町線や大江戸線が同じ練馬駅から出ていたので、替わりの行き方をすぐ探せたが、
東陽町駅は東西線のみなので、急に替わりの行き方が思いつかずに困ってしまった。
とりあえず地上に上がり、駅前のバスに飛び乗る。行き先は門前仲町駅。
門前仲町には大江戸線が通っているので、それに乗れば何とかなる。
しかし、やはり朝のバスは道路混雑のために遅い。
と言うか、バスに乗ること自体、何年ぶりだったろう?
今、都バス料金って200円だったんだ。
約30分かかって門前仲町に到着。
普段の東西線なら5分もかからないのに。
早速、大江戸線に乗ろうと地下に降りると、なんと東西線が葛西〜中野間の
折返し運転をしているではないか。
もう少し東陽町駅で待っていれば良かった…(-ω-)ノ
結局、約30分遅れで仕事場に到着。
まぁ、家から仕事場が近いから良いが、遠い人はこんな時って本当に大変なんだろうなぁ。


前置きが長くなったが、沖縄旅行の2日目から。

●8月11日
朝食はホテルのバイキングだが、ここのホテルの朝食バイキングは
ネットのクチコミでも評価が高かったが、まさに豪華なバイキングだった。
通常の朝食だけでなく沖縄料理もあって、まさしく和洋琉球朝食。
かなりの種類が揃っていて、何を取ろうか目移りするほど。
さらにヤクルトも飲み放題だし、カップのヨーグルトも食べ放題。
パンの種類も豊富だし、ワッフルまであって朝からかなり食べまくってしまった。

昨年の2日目はネオパーク・オキナワの開園時間に合わせて出発したために
かなり早起きして名護まで行き、ネオパーク後は最北端の辺戸岬を周る
ロングドライブだったが、今年は辺戸方面には行かないために、ゆっくり目の朝食。
とにかく今年は時間に追われない旅行にしたかった。
ゆっくり目の朝食を食べた後、金デミオを北へ走らす。
再び高速に乗り、一番北の許田ICで降りる。
今年のレンタカーはETCが付いていたので、高速の乗り降りも楽々であった。
目指すは古宇利大橋を渡った先の古宇利島。
昨年は夕方に行ったが、今年は日中の景色を見たかった。
古宇利島にある店も17時で終わってしまった後に行ったが、今年は余裕で間にあう。
ここで有名な黒糖ソフトクリームが乗っている沖縄黒糖ぜんざいを食べ、
しばらく景色を見ながら、のんびりと過ごす。
コバルトブルーの海の色に気持ちが癒された。

古宇利島を後にし、古宇利島の隣の屋我地島の道の途中の無人販売所に
沖縄名産の紅芋が袋に大量に入って500円なので一袋購入。
重いけど、手荷物で東京まで持ち帰り。
後日、国際通りの市場で見た金額より安かった。
今日の最大の目的はネオパーク・オキナワ。
昨年も来たけど、開園直後に入園したために、ほとんど人がいない寂しい状態で
フライングゲージ内の鳥たちも腹を空かせていたのか鬼気迫るものがあったが、
今年は昼過ぎから入園。
古宇利島に入る前のファミリーマートで安いチケットを購入したが、
昨年は乗らなかった園内を走る沖縄唯一の鉄道の乗車券付きのチケットにした。

ネオパークの駐車場に入ると、昨年とは違い多くの車が停まっていてホッとする。
昨年は自分達の赤いデミオだけだったもんな(^^;)
入り口で今年も鳥の餌を2袋購入し、まずは鉄道の駅舎に向かう。
ここネオパークには昔、沖縄に走っていた鉄道の3/4サイズの汽車が
園内をグルッと周るように線路が敷かれている。
ちなみに、この機関車は昔の軽便鉄道を再現したものである。
大正3年に南部の与那原駅から那覇駅を経由し嘉手納駅まで走っていた汽車。
名護までの路線延長も計画されていたが、第二次世界大戦で鉄道は姿を消してしまったらしい。
駅舎には、そんな昔の鉄道資料や写真なども展示してあり、
それを眺めていたら汽車が入ってきた。
乗客は自分たち2人を含めて僅か6名だったが、定刻通り出発。
普通に園内の景色を眺めながらグルッと一周するだけかと思いきや、
各所に汽車を停めて、そこに飼育されている鳥や動物たちの説明を運転手兼車掌が
マイクで話してくれた。車掌は操縦席より餌も投げ入れるので
鳥や動物たちは汽車の方に寄ってくる。
後で徒歩で周るコースでは来れない場所も汽車は通るので、
昨年は見ることのできなかったダチョウやラマなどの動物も見ることができた。
走っては停まり、説明の繰り返しで約20分くらいの乗車時間ではあるが
全然、長く感じず、むしろ楽しく大満足した汽車だった。

乗車した所と同じ場所に戻ってきた汽車を降り、いざフライングゲージへ。
小さな子供と一緒の親子連れは、その鳥の数に圧倒されて入らない人も多いと言うが、
ここでの鳥への餌付けはネオパークならではの楽しみ。
昨年同様、相変わらず、わらわらとアフリカクロトキやカンムリヅルが寄ってくる。
まん丸の体をしたホロホロチョウが駆け寄ってくる姿は可笑しかった。
しかし、午後の時間帯でもあったし、他にも入場者がいたので昨年ほどがっついて来ない。
なので、ゆっくりと周りを見ながら歩くことができた。
木の上にキツネザルがいたり、鳥の巣があったり、
昨年は見落としていたものがかなり見れた。
第1フライングゲージから第2フライングゲージへ進むと、
ショウジョウトキやヘラサギ、フラミンゴたちが出迎えてくれる。
第2ゲージの次は犬や子ヤギ、ウサギ、モルモット、ポニーなどとのふれあいコーナー。
昨年はなかった施設である。
ふれあいコーナーの中にはゾウガメもいた。
また犬に育てられたイノシシに似たペッカリーの子も混じっていた。
さらに第3フライングゲージに入るとワラビーがピョンピョン跳ね回る。
今年はワラビーにも手から餌付け成功。
あと孔雀のメスが数羽のヒナを連れて歩く姿も見れた。

第3ゲージの次は国際種保存研究センター。
他の施設とは違い、少し場違いにも思えるようなキレイな建物の中に入る。
ここにはサイチョウ、オオハシ、カラスバト、コノハヅク、リュウキュウリクガメ、
ナマケモノなどの絶滅危惧種が保護されていて見学することができる。
センター内はゲージで区切られていて、保護の対象となっている動物が
各ブースで手厚く飼育されていた。
見学者は通路からガラス越しにその様子をうかがうことしかできず、
今までのように餌を与えたりなどはできない。
廊下には研究室的な知的で冷たい空気が流れている。

昨年は多くの動物が繁殖中のために見ることができなかった。
ホームページにも、その旨は記載されていたが、
今年はホームページには何も書いていなかったので
昨年は入れなかった場所まで入ることができ、多くの動物を見学できた。

そして一番奥にいた!

地球上、全世界でも沖縄県のやんばる地区にしか棲息していない貴重な鳥、
ヤンバルクイナが2羽、飼育されていた。
卵みたいな形の黒い体から長く伸びた細く赤いくちばし。
まさに写真でしか見たことのない鳥が目の前に。
世界中の動物園を探しても、ヤンバルクイナを飼育しているのは、ここだけである。
なので、もっと全国的に宣伝してもいいのでは?と思ったが、
あくまでもここは絶滅しそうな動物の保護センター。
決して動物園のような見世物ではなく、保護、繁殖が目的の場所。
だから、あえて大々的に宣伝したりしないのかな。
だけど昨年はお目にかかれなかったヤンバルクイナ、
2年越しの初対面に感激。しばらくその場から動けなかった。

ようやく会えた感動からガラスのこちらで興奮している自分を尻目に、
あちら側のヤンバルクイナは冷めた目のままである。
2人を隔てるガラスはとても分厚く感じた。
ようやく会えた感動の後には、どこか物寂しさが残ったのも事実。


・ヤンバルクイナは1981年に発見された。
・羽はあるが、ほとんど飛ぶことはできない。
・生息地は沖縄本島北部(ヤンバル地方)に限られる。
・現在の個体数は1200羽〜1800羽前後。
・人間の持ち込んだマングースや野良猫に食べられ極端に減少。
・森林の伐採により棲みかも減少。
・偶然、見つかることもあるが昼間はめったに見られない。
・夜は木の上で眠っているが、ほとんど見つからない。
・最近は交通事故に遭って命を落とすヤンバルクイナが多い。


ヤンバルクイナをはじめ、この国際種保存研究センターのゲージ内の動物達は、
生きることに関してはかなり恵まれた環境にあるといえるかもしれない。
だけど…園内で放し飼いにされている他の動物達の方が生き生きとして見えた。
乱獲や環境破壊によって激減した種を、今度は一転して大切に保護する施設を作り
手厚く閉じ込める…。人間ってなんて勝手なんだろう…。
ここに来て、いまさらながらに思ってしまった。
2年越しの初対面となったヤンバルクイナは、感動を与えると共に
大きな問題を提起していたようにも見えた…。


この国際種保存研究センターの中池には世界最大の淡水魚ピラルクが何十匹も泳いでいる。
中池の上にあるテラスからピラルクにも餌をあげることができる。
昨年は時間が早すぎて営業前だったためにできなかったが、今年は餌付けをしてみた。
池に餌を投げ入れると、まるで鯉のように集まってくるが、その迫力はものすごい。
なんせ体長2メートルから大きいピラルクだと4メートル近い。
そんな巨大魚がでかい水しぶきを上げながら集まってくる。
餌を食べる時に大きく口を開き、エラから「バコンッ!」と大きな音を出す。
今まで経験したことのない大迫力な餌付けだった。

結局、ネオパークには美ら海水族館以上の滞在時間だった。
特に次の予定もなかったので、心ゆくまで堪能できたし、いろいろと考えさせられた。
だけどヤンバルクイナも見れて大満足なのは確かである。
今年は2年連続の沖縄だったために、あまりデジカメで写真を撮らなかったが
ここでの写真は、やはり一番多くなってしまった。

ネオパークを後にし、夕方近くなったために食事に行くが、
行こうと決めていたネオパーク近くにある沖縄そばとコーヒーが有名な店が
月曜定休のためにやっていなかった(ToT)
昨日のコザのステーキハウスといい、食事の場所には2日連続で振られてしまう。
仕方ないので許田IC手前の沖縄料理の店に行ってみる。
なんだか、店構えを見ると入りにくそうな感じだったが、
ここもかなりの有名店で、昔はジミーも入ったことがあるそうだ。
そして入ってビックリ、メニューの数が異常に多くて悩んでしまう。
だけど、どれもこれも安い。
結局、自分は沖縄そばを食べる予定だったので、沖縄そば定食、
美穂はソーメンチャンプル定食にし、単品でジーマーミ豆腐や海ぶどう、
島らっきょう等も頼んで、少し早い夕食にした。

腹一杯になった後、高速に乗り、今日も沖縄南ICで降りて北谷アメリカンビレッジへ。
ここの一角のビルの中にある土産物屋は那覇の国際通りよりも少し安いのだ。
特にSHI-SAのTシャツは国際通りの半額という安さのために今年も2着購入。
だけど腹一杯のために、日本ではアメリカンビレッジにしかない
アメリカの有名なホットドッグ屋でホットドッグを今年も食べられなかった(ToT)

アメリカンビレッジから国道58号を南下して那覇を目指すが、
途中、沖縄にしかないスーパーマーケットの「サンエー」「かねひで」などに立ち寄る。
8月15日の旧盆に向け、沖縄は旧盆セール真っ最中で、いろいろ安売りしていた。
沖縄ならではの商品もあり、地元スーパーは見ているだけでも楽しい。
昨年はホテルの近くにあったマックスバリューしか覗かなかったが、
今年は沖縄にしかないスーパーを覗くことも旅の目的のひとつに挙げていた。
沖縄はスパムが有名でスパムのコーナーだけでも充実していたが、
シーチキンも各種チャンプル料理に入れるためにツナ缶コーナーも大きかった。
ツナ缶を箱買いできるようにもなっていて驚いた。
そういえば何かの番組で沖縄はツナ缶消費が日本一と言っていたことを思い出した。
沖縄限定のお菓子も国際通りや空港の土産物屋で買うよりも、
地元スーパーで買う方が断然安い。
ちょっとしたディープな品を探す楽しみもあるし。

なんだかんだでホテルに戻ったのは22時近くだった。
すぐに大浴場に行き、翌日は今回の旅で一番の早起きのためにすぐに寝てしまった。

翌日、早起きしたはいいが………明日につづく。


2008 沖縄旅行記1

2008年08月20日(水)

長い夏休みが終わり、今日から仕事再開。
やる気ナッシングモードは仕方ない。
今年は店内改装工事が入ったおかげで、例年より長い休みとなったので
やる気ナッシングモードも、いつもより高めである。
おまけに工事が終わったのは15日だったにも関わらず、
店内はまだ何気にペンキ臭い。
地下なので、ただでさえ換気が悪く、休業していたので臭いがこもったまま。
とりあえず早く、このペンキ臭がなくなってもらいたいものだ。

さて、先日10日〜13日、3泊4日で行ってきた沖縄旅行に関して
記憶を辿りながら書いてみたい。
沖縄には2年連続6度目の旅行。
いつの間にかハワイへ行った回数を抜いてしまった。

●8月10日
JAL朝一番の便で沖縄へ向かうため、早朝4時半に家を出て
羽田近くの民間駐車場に車を預ける。
昨年と違い、京浜島の中の駐車場ではなく、首都高速の高架下にある駐車場。
一応、高架下のために屋根付きをウリにしている駐車場だ。
羽田までは送迎バスに乗り5分もかからず到着。
自動チェックイン機で航空チケットを受け取り、出発まで時間をつぶす。
飛行機に搭乗してからすぐに爆睡。
飲み物サービスの時に目が覚めただけで、その後もまた爆睡。
起きたら沖縄に着いていたのは昨年と変わらず。
数日前に妹家族が沖縄に行った時は雷雲発生のために那覇空港に着陸できず、
米軍基地でもある嘉手納基地に緊急着陸し、その後雷雲がなくなるまで約6時間以上も
機内に缶詰状態となっていたが、この日は天候は悪かったものの、
無事、ほぼ時間通りに那覇に着陸。

荷物を受け取り、レンタカー会社の送迎バス乗り場へ。
今回のレンタカー会社は昨年、テッチャンが借りたABCレンタカー。
空港から近い場所にあり、すぐに到着し、説明を受けた後に案内されたのは
金色に光るデミオ。
昨年は真っ赤なデミオだったが、今年は真っ金々のデミオだった。
6月に納車されたばかりで、まだ3000キロほどしか走っていない車だった。
カロッツェリアのナビ操作に最初は手間取ったが、すぐに慣れた。
レンタカー屋を出て最初に目に飛び込んできたのは御存知ハンバーガーショップのA&W。
昨年は朝食を摂らず、高速に乗って美ら海水族館を目指し、
途中でスゴク腹が減って弱ってしまったために、今年は余裕を持ってA&Wで朝食を摂った。
しかし、着いてすぐにA&W名物であるルートビアは飲む気は起こらなかった。

朝食後、高速に乗った金デミオは途中のPAにも寄らず、許田ICまでノンストップ。
許田の道の駅で昨年同様に美ら海水族館の安いチケットを購入して、さらに北上。
名護を過ぎた辺りでスコールのようなものすごい豪雨に見舞われるが、
すぐに天気は回復し、美ら海水族館に着く頃には再びピーカン。
沖縄特有の強い陽射しが肌に痛かったが、館内はとても涼しい。
昨年同様に大水槽の中を悠然と泳ぐジンベイザメやマンタに圧倒され、
癒しの時間を過ごすことができた。

昨年はイルカショーも見たが、正直ここのショーは大洗や鴨川に比べると
かなりショボいので今年はパス。
それでも3時間位は水族館にいたかな。
昨年よりも空いていたからね。
水族館を出てから、近くの道の駅を見たりした後、ゆっくりと宿泊地である那覇を目指す。
2年連続の沖縄旅行のため、今回は時間に追われず、
のんびり過ごすことを目標とした旅行である。
高速に乗る前に名護にある農協即売所で沖縄マンゴーの価格チェック。
行きに許田の道の駅で見た価格より、やはり農協の方が安い。
今年も実家や親戚にチルド宅配で送ったが、本土までの郵送代もバカにならないなぁ。

高速に乗り、途中の沖縄南ICで降り、米軍が統治していた頃から営業している
50年以上の歴史のある有名なステーキハウスを目指す。
現在の沖縄市(旧・コザ市)で昔ながらの沖縄の雰囲気のあるステーキハウスだ。
昨年は行けなかったので、今年は是非とも行ってみたい店であった。
しかし…、店の看板は出ているものの、店内に灯りはなく、人影もない。
休みなのか?と思い、ネットで調べておいた電話番号にかけてみると…
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」( ̄◇ ̄;)
なんと知らない間に閉店していたのだ(-o-;)
旅行前に調べた「ぐるなび」「yahooグルメ」などにも掲載されていたし、
JALの夏のキャンペーンの加盟店としても載っていた店なのに、いつの間に閉店?
50年以上も続いている店で沖縄では、かなりの有名店なのに…。

東京に帰ってきてからネットでいろいろ調べてみたら、
同じ商店街の人が書いているブログに5月中旬に閉店したと書いてあるのを発見。
ん〜ショック!。
結局、1度も食べることができなかった(ToT)。
それにしても閉店したなら「ぐるなび」とか「yahooグルメ」とかの情報、
早く削除しておいてほしかったよ。
だけど、この店のあった沖縄市(旧・コザ市)の商店街は、かなり寂れていた。
シャッターの閉まっている店も多く、人気もまばらで活気もない。
昔は米軍相手に栄えた街だが、今では閑古鳥状態で、どこの店もヤバそうな雰囲気。
昔ながらの沖縄の風景が残る街だけに、なんだかちょっと寂しいね。

結局、この商店街で他の店を見つけることができなかったので、
車を北谷を抜けて那覇方面に走らせ、宜野湾のステーキハウスで夕食にありつく。
あまりガイドブックには出ていない小さなステーキハウスだが、
店内には沖縄宜野湾キャンプで訪れた横浜ベイスターズの選手のサインだらけ。
そして、ステーキもかなりのボリュームと安さ、やはり沖縄ならではだ。
ハーフパウンドステーキを食べて満足。
そのままDFSに寄ってみたものの、特に昨年と変わり映えせず、
ブランド物には無関心のために、グルッと一回りしてすぐに出てしまった。
そしてホテルにチェックイン。
昨年のホテルは国際通りの一番北端だったが、今年のホテルは国際通りの一番南端。
ホテルを選ぶ第1条件として、大浴場があること。
沖縄の場合、移動手段がレンタカーのため、長時間、長距離運転は当たり前。
1日の終わりに足を延ばして、ゆっくりと入れる大浴場でその日の疲れを取る、
それが沖縄に旅行する際の自分のポリシー。
西海岸に点在するリゾートホテルは大浴場がない。
那覇にある半分ビジネスっぽいホテルに大浴場がある。
なので今年も拠点を那覇にした。

チェックイン後、荷物を部屋に置き、すこし休んでから国際通りまで足を延ばす。
すでに閉店間際の時間であったが、まだまだ人は多く、通りも明るかった。
あまり国際通りの土産物屋で買う物はなかったが、亜沙子から頼まれていた
スティッチのストラップを探しに、国際通りの南端から半分くらいまで歩いて、
Uターンしてホテルに帰って、大浴場で時間をかけて風呂に浸かり疲れを取った。
ここのホテルの大浴場は7月に改装を終えたばかりだったので、
ものすごくキレイで、広さも十分にあり、全身シャワーが3台も備え付けられていた。

今年はオリンピックがやっていたが、テレビもあまり観ずに
風呂から上がって翌日に備えて早めに就寝した。

長くなったので2日目以降は明日につづく。


夏休み最終日

2008年08月19日(火)

長かった夏休みも今日で最終日。
今年は店内改装があったために、例年よりも2日ほど休みが多かった。
だけど、先日のディズニーシーで少し体調を崩したので
昨日同様に今日も、のんびりと過ごした。
休日は身体をゆっくりと休めるという、休み本来の使い方である。
しかし、せっかくの夏休み、午後からは身体が疼き出し、
新橋というか、内幸町にある中沢乳業のアンテナショップである
「フルーゼハウン」へ最近、巷で話題のプリンパフェを食べに行った。
この店は以前「VVV6」で紹介されてから気になっていたのだが、
土曜、日曜、祝日が休業日のため、行く機会に恵まれなかった。
今日は平日であり、自分はまだ夏休みだったので、
今日を逃せば行く機会はないと思い、14時過ぎにブラッと行ってみた。
ちなみに話題のプリンパフェは夏季限定なので本当にチャンスは今日だけ。

すでに昼時を過ぎていたため、新橋近辺のOLで賑やかになると思われる店内は
ガラガラ状態のため、すぐに入ることができた。
中沢乳業のアンテナショップということもあり、様々な乳製品メニューがあったが、
迷わず「プリンパフェ」を注文。
運ばれてきたパフェは上から生クリームにバナナが乗っている。
下にはプリン、アイスクリーム、コーンフレークのようで
コーンフレークではないパリパリしたモノ、ヨーグルト、キャラメルソース。
見た目以上かなりのボリュームがあって、食べごたえ満点。
これで680円は安いかも。

待望のプリンパフェを食べたら、地元で買い物をして帰宅。
その後は家でHDDコンポに溜めた曲をポータブルHDDにバックアップしたり
録り溜めていたテレビ番組を見たりして普通に過ごし、
今年の夏休み最終日は過ぎていった。

明日から仕事再開。
身体がちゃんと動いてくれるか少し心配だ。


初シー

2008年08月18日(月)

昨日は西浦家、則家、手塚家と一緒にディズニーシーへ。
1983年4月に開園したディズニーランドへは、ほぼ毎年訪れ、
その来園合計数は50回以上にも達しているため、アトラクションの内容、位置、
ショップやレストランにトイレの場所すら記憶しているが、
2001年9月に開園したディズニーシーに関しては、実は自分は初来園である。
なので、まったくパーク内の位置関係など分からない状態。
なぜ今までシーに行ったことがなかったのか?
まぁ、簡単に言えば、シーよりランドの方がはるかに魅力的だからかな。
同じ値段出していくならシーよりランドを選ぶ。
なので行く機会がなかっただけ。

今回は手塚家と則家がシーに行くので、良い機会だと思い
西浦家も誘って仲間に加わらせてもらった。
それに併せての亜沙子と里紗子の我が家泊にもなったし。

朝7時半に則号が迎えに来る。
そのままシーまでは15分位だが、途中でガソリンを入れたりしたので
シーの駐車場に着いたのは8時少し前。
すでに手塚家、西浦家とも到着しており、チケット売り場に並んでいた。
開園は9時だが、5分早まり8時55分。
開園を待つ時間に、いつもはシズラーが中心となって作戦を決めるが、
今回はシーということもあり、あまり細かな作戦は立てていなかった。
というか、自分自身が初めての場所のため、作戦をあまり分かっていなかったのかも。
とにかく最初は入園したら亜沙子にパスポートを渡し、
一番人気のアトラクションでもあり、シーで唯一乗りたいと思っている
タワーオブテラーのファストパスを貰うためにそこまでダッシュ。
園内マップでタワーオブテラーの場所は園内ゲートから近い感じだが、
これが実際は意外と遠く、途中にアップダウンもあり、
走るにはかなり大変な道であった。
亜沙子に置いて行かれないように頑張って走るが、さすがに途中で振り切られた。
とりあえず亜沙子が全員分のパスポートを持っていたので、
早い時間のファストパスを獲得成功。
自分が走る必要、あんまなかったみたい…(-o-;)
ファストパス取得後、みんなが待つ場所まで、汽車に乗って移動。
何て名前のアトラクションか分からないが、この汽車がシーでの初アトラクション。
続いて水の上をみずすましの様にクルクル回って移動する
「アクア何とか」というアトラクションに乗るが、
これが普通コースと、びしょ濡れコースがあり、
里紗と一緒になぜかびしょ濡れコースへ。
どこからともなく水流が乗っている自分達に向かって飛んでくる。
そして濡れるの覚悟で乗るびしょ濡れコースなので本当にびしょ濡れになる…。
いきなり朝から、こんなに濡れるとは( ̄◇ ̄;)
この日は天気が良くなかったので、完全に乾くまで時間かかった…。

その後もテレビの紹介番組などで見たことのある様々なアトラクションに乗るが、
う〜ん、やっぱりランドとは何かが違う。
途中、雨が降ってきたりもして、モチベーションが下がったこともあるが
やはりシーは自分には合わないな。
まず、ランドのようにシンデレラ城を中心として
放射状に道があるわけではないので、位置関係を把握しづらい。
今、自分がどこにいるのかもわからなくなる。
一応、火山がシンボルになっているのかもしれないが、
火山の正面がどちらなのかが分かりづらい。
さらに道はアップダウンが多いし、くねくねしていて歩きづらい。
パークの真ん中に海があるので仕方ないのかもしれないが、
海を避けて歩かなければいけないので確実にランドよりも歩く距離が増える。
アトラクションも思ったほど盛り上がらないし、名前も複雑というか
難しいので覚える気にならない。エリアの名前も難しい。
そして喫煙場所がスゴク分かりづらい場所にある。
まぁ、ランドと比べてはいけないのかもしれないが、ちょっと性に合わなかった。

この日の一番の目的であったタワーオブテラーもアッという間に終了。
乗車時間2分ほどかな(・ω・;)
どれだけ怖いのかと期待とドキドキして乗ったが、かなり期待はずれ。
正直、サマーランドにあるフリーフォールの方が怖い。
帰る間際、夜にも乗ったけど、やっぱりサマーランドに軍配。

実は前日から、あまり体の調子が良くなかった。
この日は朝から喉が痛くなり、朝一でびしょ濡れになったり、
途中、雨が降ってきたりして体が冷えて寒気も感じたりした。
なので素直な気持ちで楽しむことができなかったのかもしれないが、
それを差し引いても、同じ値段を出すなら次はシーよりランドに行くかな。

帰宅後、冷えた体を熱い風呂で温め、すぐに寝たので発熱には至らなかった。
家が近いと楽である。
今日は何もせずに、溜まったビデオを観てのんびりと過ごした。
夏休みも残すは明日のみ。
特に予定はないので、ダラダラと身体のリカバリーに充てたい。


毎夏恒例ポケモン映画

2008年08月16日(土)

今日は毎夏恒例、すでに4年目となった亜沙子と里紗子を連れて
「ポケットモンスターDP ギラティナと氷空の花束 シェイミ」を
豊洲のららぽーとに観にいった。
すでにポケモン映画は公開して約1ヶ月、1日3回しか上映がなく、
スクリーンもキャパの小さな所になっていたので
朝一で、ららぽーとまで行って最終上映回の座席を確保。
確保後、行きつけのケーキ屋に寄って、亜沙子と里紗子のバースディケーキを購入、
一旦、帰宅して2人の到着を待つ。
12時頃に到着してからWiiで時間を潰して、再びららぽーとへ。

映画の感想としては「相変わらず面白い!」これに尽きる。
ギラティナもかっこいいし、シェイミもかわいかった。
ただ、レジギガスについては……別に必要なかったような気が( ̄◇ ̄;)
その他、レギュラー出演ポケモンも良かった。
特にポッチャマは人気があるのか、何度かスゴイ顔になったり、
キャラが変わった感じで、かなり子供たちにウケていた。
ストーリーは、やっぱり解りやすい。
それでも単調と言うわけではなく、盛り上がるシーンも多くある。
さらに笑いと感動もあり、まさしくポケモン映画の王道であった。

すでに公開1ヶ月になろうとしているのに、子供たちで満席状態。
上映前はガヤガヤしていたが、上映が始まるとスクリーンに釘付けになる子供たち。
おかしい場面での笑い声はあっても、おしゃべりなどは一切なし。
これは毎年、ポケモン映画を観に行っているが、本当にスゴイことだと思う。
どんな子供たちも、おしゃべりを忘れて映画に夢中にさせる
ポケモンは本当にスゴイ。
映像はテレビ版に比べると雲泥の差。
金のかかっている感じの綺麗なCGのオンパレード。
相変わらず本当にアニメか?と疑ってしまうような映像が多かった。

声優も「山ちゃん」こと山寺宏一は今年もしっかり出ていて、
相変わらずイイ仕事をしていた。
悪役の声優は誰だろうと思っていたら、中村獅童。
デスノートのリュークなど、最近は声優の仕事が多いようだが、
このまま声優になったりして(-o-;)
「しょこたん」こと中川翔子は2年連続出演。
ポケモンフリークなので、今後も出続けるかもしれないかも。
ゲスト声優としては去年に引き続きアイドル部門とお笑い部門から起用、
アイドル部門は南明奈、お笑い部門はTIMのレッド吉田とゴルゴ松本。
アッキーナは、やっぱりというか、スゴイへたくそで一瞬、冷めてしまった。
まぁ、去年の加藤ローサ同様に声優じゃないのだから仕方ないんだけど…。
人気タレントが声優を担当すると話題になるので起用された感がプンプン。
だけど、去年のことがあったからか、今年はアマチュア声優陣のシーンが
激減していた…。
やっぱり声だけで演技をするってのは、難しいんだろうけどね。

実は今年は同日に公開されたジブリ作品のポニョと
評価が分かれると報道されていたが、本当のところはどうなのだろうか?
ジブリ作品は以前の作品と比べられてしまうから賛否両論なのだが、
それと比べるとポケモンは高いものを望まない、
無難で解りやすければ良いって感じ。
全体を通してみてもポケモンクオリティは保たれている作品で、
大人も子供も安心してしっかり楽しめると思う。
今年のポケモン映画も映画館まで観に行って損はない作品だった。


映画が終わった後、一度帰宅してからバレーボールの終った
西浦家、則家と合流して久しぶりの「焼肉の会」を開催。
いつもは4人で食べているが、今回は則家も参加なので
大勢で鉄板を囲み、ワイワイガヤガヤと楽しかった。
焼肉を死ぬほど食べた後は我が家でお茶&朝に買った
亜沙子と里紗子のバースディでケーキをみんなで食べて再び盛り上がる。
しかし明日は早朝からディズニーシーに行くので早々に解散。
亜沙子と里紗子も疲れたのか、風呂に入ってすぐに寝てしまった。
自分にとっても、なんだか長い1日だった。
だけど明日も1日が長いんだろうなぁ。

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