Web Masterの日記



2012年12月22日人類滅亡

2008年06月25日(水)

最近、何かとよく話題になっている話がある。
それは……2012年12月22日に人類が滅亡する、
または、それに準ずる壊滅的な何かが起こるという説…。
2012年って、あと4年しかない(・ω・;)
北京の次、ロンドン五輪の年であり、先日開通した地下鉄副都心線が
渋谷から東急東横線に乗り入れする年でもあり、
東京スカイツリーの建設が完成する年でもある。
あと4年…ジュピターズ23年目、Sリーグは20回大会だ。
そして自分は40代最後の年かよ…Σ(・д・;)

この、2012年12月22日人類滅亡は世界最高の予言者である
ジュセリーノも予言しているのだ。
それに、実は他にも多くの予言がこの日をピンポイントで示していたのだ。
これは単なる偶然なのか?それとも……((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

多くの予言とは「ヨハネの黙示録」「マヤの予言」
「ホピ族(ネイティブ・アメリカン)の予言」「エドガーケイシーの予言」
「シュターナーの予言」「シルバーパーチの予言」
その他にもフォトンベルト突入時期だのなんだの色々ありすぎる。

いくつかの予言が掲載されていたサイトから少し転載。

『マヤの暦』
彼らのカレンダーは2012年の12月22日で終わっている。
彼らは2万5640年を大きな歴史のサイクルとして考える
「ロングカウント・カレンダー」を持っていた。
そして、それを5つに分け(1サイクルは5128 年)、
現在は最後の5つ目のサイクルとなっている。
また、5つ目のサイクルのスタートは紀元前3113年、
終わりが2012年12月22日となっている。

『アステカのカレンダー』
彼らもマヤと同様、地球の歴史を5つの時代に分けている。
第一の時代は土、第二の時代は風、第三の時代は火、第四の時代は水によって滅び、
そして現在我々が住んでいる第五の時代はカレンダーによると
「火山の大爆発、食糧危機、大地震によって終わる」と記されているという。
そして気になる滅亡の日付だが、やはり2012年12月22日という。

『インカ文明』
古代インカ族の子孫がケロ族として現存している。
アメリカの人類学の研究家ジョージ・ウィルコックは
ケロ族のシャーマンの元で長期間トレーニングを受けた。
その彼女が著書の中で、「ケロ族の予言では、
世界を“父の時代”“息子の時代”“精霊の時代”の3つに分けている」とし、
さらに「精霊の時代は1990〜93年の間に始まり2012年に終わる」と述べている。

『フォトンベルト』
そもそも実在するのか怪しいが、実在が本当なら、
これは高エネルギー光子の集合体であり、
この中に入ると人間は肉体を維持できなくなり、
別の生命体に変わるとも言われている。
そして2012年12月22日に地球がこの中に入るという。
ちなみに、超高度な文明を持つと言われていたアトランティス文明は
前回のフォトンベルト突入により滅亡したと言われている。

『ホピ族の予言』
世界は今、物質への強欲のためにバランスを失っており、
このままでは世界は終わる。
物質主義の束縛から逃れてスピリチュアルな意識を取り戻し、
地球や自然に対する守り手としての責任や任務に一日も早く目覚めなければ、
私たちの前に待ち受けているのは、ホピ族のいう
「大いなる清めの日」の到来であろう。
それは人類が過去の文明で体験した歴史の再現である。

その他にセレス・ブロアンドとかいう天文学者は、
2011年に地球は隕石と衝突し火の海になるという予言をしていた。
2012年の1年前に隕石と衝突し、1年かけて人類が滅亡?
彼の予言は完全に黙殺されていたが、最近の異常気象やスマトラ地震を予言して
一致させたことで最近は注目されてるみたいである。


この2012年12月22日の人類滅亡説を知って、最初に思い浮かんだのが
「ノストラダムスの大予言」だ。
ちょうど自分が小学生の頃、今から30数年前、大ブームとなった。
「1999年7の月、恐怖の大王が空から降ってくる」
自分は完全なる「ノストラダムス・ブーム」のリアル世代なので
当時のことを鮮明に覚えている。

地球が滅亡すると書かれた本は大ベストセラーになり、
続編も何冊も発売され、さらに雑誌やテレビにも取り上げられ、
映画までもが作られて何年もブームになっていたのを覚えている。
子供心に「1999年って自分は何歳だろう?」と計算したりして
不安な気持ちにも陥った。
同時期に日本は空前のオイルショックがあったのも関係して
日本中が自分と同じような不安な気持ちになっていた。
なんせ、その時に各マスコミは「石油は、あと30年で使い果たされる」と
連呼していたのをよく覚えている。
当時はテレビの深夜番組がなくなったり、ガソリンスタンドが土、日は
全国一斉に休業したり、町のネオンサインが消えたりしていたっけ。

しかし、あれから30年以上経ったが、石油は未だに枯れることなく生産されている。
そしてノストラダムスの大予言で、空から降ってくるはずの
「恐怖の大王」は1999年7の月から9年になろうとしているが、
現在に至っても降りてきていない。
まぁ、当時のマスコミが連呼していた「石油があと30年で枯渇する」というのは、
当時の「予測」と節約させるための「警告」だと思うけどね。
その後、新たな油田が見つかったり、掘削技術や精製技術の向上があり
「予測」は大幅にはずれた。
だが、現在では「あと68年で枯渇する」と言われている。
これも予測に過ぎないが、本当に68年で枯渇するか、もっと早くなるか、
あるいは遅くなるかもしれないだろう。
ただ、石油に関しては永遠に続く資源でないことは確かなことだ。
石油だけでなく天然ガスなどの化石燃料は無限にあるわけではない。
いかに長くもたせるか、そして化石燃料に代わる新たな資源や燃料を
一日も早く開発することが、人類を存続させるカギでもあるだろう。


話を戻すが「2012年12月22日人類滅亡説」
こうも日付までもがピンポイントなのが不安だが、
「1999年7の月」に何も起きなかったので、
「じゃぁ、代わりに…」的な印象が強く感じてしまう。
いわゆる「鞍替え」ってやつ?
はたまた「業界での衣替え」ってやつ?(-ω-)ノ


最後に…興味があったのでフォトンベルトについてだけ少し調べてみた。

<フォトンベルト>
銀河系の中にあるエネルギーの高いドーナッツ状の光の帯で、
ハレー彗星の発見者エドムンド・ハレー氏によって発見された。
その存在をハップル宇宙望遠鏡が1996年12月20日撮影に成功している。
(フォトン=光の粒子:振動数7.8ヘルツのα波)
フォトンは可視光ではないため肉眼で見ることは出来ない。
強力な多相カラー分光器を用いて撮影した後に、光学的な処理を施すことで
はじめて見ることが出来る。
太陽系は1万数千年の周期でこのフォトンベルトに突入し、
2000年をかけて通り抜けるとされている。
前回の突入の1万3千年程前には、ムー大陸やアトランティス大陸が
姿を消したとされる。
そしてまた、その時が間もなくやってくる。
2012年12月22日、太陽系はフォトンベルトに突入する。
そして、その時期がマヤ暦が終了する時期と何故か合致している。
この迫り来る脅威の事実は、米国など国家間で秘密条約が結ばれているとされる。
この事実を知ったとき全世界、全人類がパニックに堕ちる為と考えられる。
米国が宇宙ステーションの開発や月面基地構想の推進を急ぐ理由はここにある。


まったく何が真実で何がウソだか…(-o-;)
まぁ、予言が当たらなくても、どのみちあと100年もしないうちに
地球自体が壊れてしまうとは思うけどね。
それに、ここまで汚れきった人の心を浄化させるためには
1度すべてをリセットするのも、ある意味で有りだと思うよね。
宇宙で一番キレイな水の星である地球を与えられながら、
自分達の欲望だけで自然破壊を続ける我々人類に、神は鉄槌を下すかもしれない。
まぁ、神聖なる気持ちで2012年12月22日を待ちたいと思う。

でも、その前にジュセリーノは今年の8月6日に
関東に大地震が来ることを予言していたっけ。
あと2ヶ月もないじゃないか。
もし本当に大地震が来たら沖縄行けなくなっちゃうよ(ToT)


極大期

2008年06月24日(火)

先日、太陽が新たな活動期に入ったことを示す黒点が観測されたという。
太陽の動きが最も活発になる極大期は11年ごとに訪れると言われていて
前回は2000年だったので、この調子だと2011年頃に次がやってくる計算になる。
極大期にはATMやGPSなどに障害をきたすそうだ。
この活動期に入った太陽は磁場が強い場所を示す黒点が多く現れ、
太陽表面の磁場が増幅し、黒点付近ではフレアという爆発現象が起こり、
極大期には爆発が頻発で、フレアによって吐き出した磁場や放射線が
地球に磁気嵐をもたらし、送電線や電気機器に異常な電流を流して
様々な障害を引き起こすらしい。

活動期入りの指標である黒点は通常、活動期初期に高緯度に出現し、
その後、低緯度に移っていく。
2000年にも極大期がやってきたが、その時は天文衛星の軌道が乱れ、
観測不可能になったり、航空無線に電波障害が起こって通信不能になったりした。
2011年にやってくる極大期は活動度が前回の5倍増と予測されている。
そうなると磁気や放射線による人体への影響も懸念される。
ただでさえオゾン層の破壊が著しいので、太陽から浴びせられる紫外線により
被爆の可能性も否定できないと警告を発する科学者もいるというから
ただ事ではない。

地球上にいる全ての生物は太陽の恩恵を受けて成長しているが、
その太陽が牙を剥いた時、簡単に地球は死滅してしまうだろう。
そういえば2012年12月22日に人類の滅亡が予言されている。
2011年にやってくる太陽の極大期が関係しているのか?

この人類滅亡に関する話題はまた明日にでも。
今日はもう眠い(_ _)zzZ


ご臨終

2008年06月23日(月)

新しいパソコンを使い出してから2週間ほど経った。
毎日のようにネットやメールチェックに使用しているが、
実はXPの旧パソコンも新パソコンの側に置いて
設定を参考にするときなど時々、起動していた。
それにプリンターも新しく買い替えたのだが、
まだ前のプリンターのトナーが、かなり残っているため、
来月に発行予定の会報の印刷は
前プリンターで行なおうと考えていた。←せこい(・ω・;)
前プリンターは新パソコンのOSであるVistaに対応していないため、
必然的にXPの旧パソコンとつないで使わないといけない。
で、昨日の午前中に旧パソコンを起動し、
会報資料を保存したUSBメモリーを差し込み、
前プリンターへ印刷出力を行い、何ページか印刷している途中、
いきなり旧パソコンの電源が落ちた(・ω・;)
まだ全部、印刷が終わっていないのに…。

すぐに電源スイッチを押しても何も反応なし。
仕方ないので、コンセントの抜き差しを行い、なんとか再び起動するものの、
今度は起動途中、デスクトップ画面に行きつく前に電源が落ちる(-o-;)
何度やっても電源は入るものの、再びデスクトップ画面に行き着くことはなく
すぐに落ちてしまう…。

ついに長年の役目を終え、旧パソコンXPは天に召された…。
約5年間、毎日毎日、様々な役目をこなしてくれて心から感謝したい。
本来、ソフマップなどに下取りに出せば、まだ30000円以上の値が付いていたが
あくまでもそれは故障していない場合。
新パソコンに買い替える前から、何度も電源が落ちたりして調子が悪かったので
下取りに出せないパソコンだった。
なので最後の最後まで我が家で看取るつもりだったが、ついに大往生となった。
本当なら会報の原稿の全ページとカラーページの印刷もしてもらいたかったが、
もう無理させることはできない。
すでに全ファイルや全設定は新パソコンのほうに移行済みなので
もう無理やり起動させる必要もない。
長い間、本当にお疲れさまでした。
安らかに眠ってください。

さて、このXPの旧パソコン、どうやって処分しようか…(-ω-)ノ
捨てるにも金がかかるからな〜。
無料の廃品回収に持っていってもらおうかな。
それにしても、前プリンターはまだ使えるだけにもったいないな。
カラートナーなんて、ほぼ満タンに入っていたのになぁ…。


コストコ

2008年06月22日(日)

やっぱり今日の試合は雨天中止。
まぁ、昨日もネッツに行く時に夢の島の横を通ったが、
駐車場に車が停まっていなかったので、中止だったんだろう。
荒川沿いにある足立区のグランドも、ほとんど使われていなかった。
なので今日もある程度、中止を予想していたが、残念である。
それにしても夢の島へ問い合わせの電話、なかなかつながらなくてイライラした。

中止の連絡をみんなにした直後、則ぞーから携帯へ電話が入る。
「コストコに買い物に行きませんか?」
昨日の夜、チャーミンから「中止だったら行きませんか?」と
メールが入っていたので、OKの返事はしておいたが、
朝一で則ぞーからも電話が入るとは…。

「コストコ」とは世界中で展開している会員制倉庫型店舗。
その川崎店で13時頃に待ち合わせ。
ここから大師にある川崎店までなら高速を使えば30分足らず。
12時半頃にチャーミンのプレマシーが迎えに来てくれて出発。
途中からものすごい雨が降ってくる中、予定通り到着したが
駐車場渋滞で入店するのに少し時間がかかる。
則家はすでに到着していて入口で待っていてくれた。
コストコは会員制のスーパーなので、会員である則ぞーと玲子ちゃんが
一緒でないと我々は入店することができない。
会員1名につき2名の友人まで同伴入店できるシステム。
子供は何名でも普通に入店できるのだけど。
ちなみに会員になるには年会費4200円が必要らしい。
来年、三郷に新しく店ができるので、そしたら会員になってもいいかもね。
三郷なら年間10回は必ず行くわけだし。
試合の帰りにみんなで寄れるかもしれないしね。

以前、モーターショーの帰りに幕張のコストコに
やはり則家、西浦家と一緒に行ったけど、川崎のコストコは
昨年できたばかりなので、キレイだし通路も広くて見やすかった。
そして相変わらず、とんでもなくでかい商品ばかり。
さすがアメリカの超大型スーパーだ。
食料品をはじめ、すべての品が業務用レベル。
なので、ひとつのものを3家族で分けてちょうど良い感じ。
だけど、なんだかんだで3家族とも大量買い。
買った物を分けるために鵜の木にある玲子ちゃんの実家というか、
今、玲子ちゃんや亜沙子達が住んでいるマンションへ。
玲子ちゃんのお母さんは今、旅行中のため寄らせてもらった。

なだかんだで今日も帰宅は21時半頃。
野球が中止になれば特に何もする予定がなかった休日だったが、
昨日、今日と家から出ては遅い帰宅時間になり、何気に疲れた感じ。
なんだか今日はコストコ店内にいる時から、
ずーっと「ちぃ」の相手してたから微妙に疲れたヾ(^-^;)
来週は試合予定がないので、少しゆっくりできるかな。
そして、再来週の試合は中止になってほしくないなぁ。


ネッツ

2008年06月21日(土)

朝からネッツに行ってきた。
ドアロックすると自動的にミラーをたたむ
オートリトラクタブルミラーを取り付けてもらった。
(配線工事だけなんだけど)
これで車外から車を見たときに、ミラーがたたんであったら
ドアがちゃんとロックされているというのが分かる。
いちいちエンジン切る前にミラーをたたまなくていいので楽になった。

まぁ、ネッツに行ったのは、これがメインではないんだけど(^-^;)
また1人、ネッツ仲間が増えたな(^^)/
早くナンバープレート「・・・3」の煌が見たいね。

ネッツ後は実家に寄って、結局うだうだして帰宅したのが22時近く。
それにしても今日は、どこの道も混んでいた。
おまけに道路工事が多かった気がする。
だけど実家近くのガソリンスタンドが自宅付近よりも安かったので
満タン入れておいた。
やっぱ江東区よりも練馬区は安いなぁ。

外は雨…( ´・ω・`)。。
明日は夢の島で試合だが、これでは無理かな…。
せっかく田辺が試合後は夢の島公園でピクニックしようと張り切っていたのにな。
雨で中止だと「川崎のコストコに行こう」と則ぞーやチャーミンから
メールが入っていたが、何時くらいに行くのかな?
中止なら少し遅くまで寝ていたいなぁ。

なんだか日記の内容ダラダラだな(-ω-)ノ


野球

2008年06月20日(金)

ジュピターズは今年19年目、来年で20年だ。
来年にはチームが創設した時に生まれた子供が成人を迎えるのか…。
まぁ、亜沙子が今年から制服を着て中学校に通うようになったのだから
本当に長いこと続けているんだなぁ…と実感。
ジュピターズ創設4年目の1993年にSリーグが誕生し、
そのSリーグが先日、15周年で東京ドームで試合をすることができた。
まさしく継続することの素晴らしさである。
Sリーグと同じ年、1993年に誕生したのがサッカーのJリーグだ。
それから常に野球とサッカーはライバル関係だった。

野球とサッカーを比較して、その世界的な普及振興の違いを
野球のルールの複雑さによるものだと言う人がいる。
確かにオフサイドやハンド、PKなどサッカーのルールは
両チームあわせて野球より多い22人で行うのに僅かに17条しかない。
一方の野球は、そのルールブックが文庫本ほどの厚さになるほど複雑であり、
おまけに野球場ごとにローカルなルールが別に定めてあったりして、
実際にプレーしている選手や関係者でも、その全てを熟知している人は
案外と少ないのではないだろうか。
野球を全く知らない人に最初からルールを教えるのは、
とても難しいことだと思う。
なぜストライクが3ヶでアウトなのか?
なぜ4ヶのボールで塁に出れるのか?
なぜ3回アウトになると好守が変わるのか?
野球のことを何も知らない人にとっては基本的なことすら
不思議なことばかりだろう。
また、野球を熟知している者でも、野球無知の人に対して
上記の明確な説明は難しいだろう。

加えてサッカーはボールひとつあれば大勢の子供たちが一緒にプレーできるが、
野球はバットや人数分のグローブといった道具が揃わないと
本格的にプレーすることができない。
プレーする場所もサッカーの場合は大雑把でもゴールが2つあれば良いが
野球の場合だと同じ塁間、マウンドからホームの距離など
正確なダイヤモンドが必要で、親しみやすさという点でも、
サッカーに断然に分があるのは確かである。
それは認める。

しかし、ルールの複雑さがあるからこそ野球の方が見てもやっても
断然に面白いと思うんだけどね。
それに何と言っても、たった一振り、たった一球で
試合がひっくり返ったりする球技って他にはないし、
そんな醍醐味があるからこそ、一振りや一球に賭ける思いも強くなる。
そんな楽しさを今の子供たちにも理解してほしいね。

そして何より野球というのはミスのスポーツであるということを知ってほしい。
よく、どんなスポーツの試合でも「ミスしたら負ける」と言う人がいる。
そしてミスを責める人がいる。
だけど人間なら誰だってミスをするから、これは間違いだと思う。
野球の場合、3割打って一流と言われる。
残りの7割をミスしても一流になれるスポーツなんて他にはない。
100点満点のテストで赤点の30点しか取れなかったら
ショックだし、怒られるだろうが、野球だったら30点でヒーローになれるのだから。

守備でもエラーなんて誰だってするもの。
もし、自分のエラーで出したランナーがホームに帰って
相手に点が入ってしまった時は、かなりショックだし悔しいだろう。
だけど野球って、1人のミスを仲間が全員でカバーするスポーツである。
取られた点を取り返すために全員が打ち、
これ以上、点を取られて傷を深くしないように全員が守る。
仲間がお互いに信頼しあい、助けあい、励ましあう。
これが個人競技ではない野球の素晴らしさである。
そして、それが人間としての心を鍛えてくれたりもする。

みんなミスをする。
でも、みんなでミスをカバーできる。
それが野球であり、ベースボールなんだと思う。

子供たちの野球人口が減り、今はサッカーだけでなく
ゴルフの人口が急激に増えているという。
いつの世もプロ野球選手というのは子供達の憧れる職業だったが
果たして今のプロ野球に子供達は憧れを持つのだろうか?
野球衰退が著しいが、昔に比べて多くの日本人が海を渡って
野球の最高峰であるメジャーリーグでプレーしている時代だ。
それとは逆に五輪では競技として野球とソフトボールが北京で最後となる。

自分が子供の頃、スポーツといえば野球しかなかった。
簡単にキャッチボールや野球ができる空き地もたくさんあった。
そう考えると今の子供達はかわいそうである。
今や野球は「するスポーツ」から「見るスポーツ」に、
そして「見るスポーツ」の地位も危うくなりつつある。

なので20年近くも野球を続けていることに誇りを持っていいね。
途中、何度か「止めたい」と思ったことはあるけど
今は止めたいと思う気持ちは皆無。
まぁ、今後ジュピターズがどれくらい続くのか分からないが、
とりあえずミスをみんなでカバーしながら、これからも続けていきたいね。
だから、今週末も試合がしたいね。
でも、厳しそうだな…。どんなに頑張っても天気にだけは勝てないからな…。


一生勉強一生青春

2008年06月19日(木)

本日、当たり前のようにまたひとつ年を重ねてしまった。
いくつになっても座右の銘「一生青春」でいたいものだ。
そして人生は「一生勉強」でもある。
一生勉強と一生青春は、一枚の紙の裏表のようなもの。
これは詩人・相田みつをの言葉である。

一生勉強と一生青春の言葉通りに生きた人間でもある相田みつをは
「一生勉強一生青春」について、次のように解説している。

青春の特徴は、感動・感激と具体的な行動にあると思います。
感動、感激に理屈や理論は要りません。
理屈や理論は頭の一部、感動、感激は命の全部だからです。
そして、人間を根底から動かすもの、つまり、行動させるもの、それは感動だと思います。
理屈では人は動かせません。
さて、年をとって困ることは、身体が固くなるばかりではなくて、
頭が固くなること、心が固くなることです。
心が固くなると、感動、感激がなくなります。
一生青春を保つためには、心のやわらかさを保つこと、
そのためには、具体的に何かに打ち込んでいくことだと思います。
学校には卒業がありますが、修行には卒業はありません。
一生修行です。一生勉強です。
一生勉強と一生青春は、一枚の紙の裏表のようなものだと思います。


自分も、いくつになってもこの詩「一生勉強一生青春」を心がけ、
ひとつひとつ何かに打ち込んでいくことの大切さを知り、
そこから何かを得て、日々勉強していこうと思っている。
そして、この先の自分の未来を有意義なものとしていきたいとも思っている。
青春とは年齢ではなく心の持ちようだしね。

とりあえずハッピーバースデー♪俺(^-^)v


蔵出し

2008年06月18日(水)

昨日、沖縄で梅雨が明けた。
平年より6日も早く、梅雨期間は26日間と過去3番目に短かった。
東京も例年より早く梅雨入りしたので1日も早く明けてほしいものだ。
明日からまた天候が悪くなるみたいだが、今週末は夢の島だから大丈夫かな?
三郷ほどは心配しなくていいけど、この時期は本当に
天気図とにらめっこの日が続くな。
さて、今日は書こうと思っていたことが溜まってきたので久々の蔵出し。
やっぱり新しいパソコンのキーボードの小ささに慣れていないので
打つのに時間がかかるけど…。


●プリントゴッコ
これも時代の流れだろうか。
年賀状作りに各家庭で活躍した「プリントゴッコ」が販売を終了した。
「プリントゴッコ」は昭和52年に誕生し、
原稿をカーボンを含む筆記具で作成して
器具に装着し、専用フィルムに密着させてフラッシュランプの熱で熱転写。
感応したカーボン部分にチューブ式インクを盛って、
再び器具に装着して1枚ずつ用紙に押し当てることで印刷する仕組み。
印刷屋に頼むより安く簡単にでき、手書き文字もそのまま印刷できるということで
瞬く間にお茶の間に浸透した。
しかし、今はパソコンの普及により、年賀状ソフトを利用して
簡単に年賀状が作成できるようになり、あっという間にお茶の間から姿を消し、
ついに販売終了となってしまった。
だけど「プリントゴッコ」が一時代を築いたことは確かである。

そういえば、うちにも昔「プリントゴッコ」あったな〜。
なんかビビリながら製版した記憶がある。
ランプを装着後、上と下の部分をひっつけてランプを光らせないと
上手に製版できないんだったよな。
でも、光った後の、こげくさいランプのにおい…結構好きだったりしたっけ。



●常用漢字
常用漢字表の見直し作業を行っている文化審議会のワーキンググループは
追加候補として188字を漢字小委員会に提示した。
小委はこのうち、常用漢字にふさわしいか意見が分かれていた
「俺(おれ)」の扱いを議論したが、結論は先送りされた。
「俺」については、委員から「使用頻度が高く、常用漢字にすべきだ」
「子供に使わせたくない言葉。あえて加える必要があるのか」と賛否両論。
他に候補となったのは「藤」「誰」などよく使われる漢字。
単体で使われないものの、熟語での使用頻度が高い
挨拶(あいさつ)の「挨」「拶」、椅子(いす)の「椅」も盛り込まれた。
主に固有名詞で使われる漢字は選ばれなかったが、例外として
県名に登場する「岡」「阪」「熊」など11の表外字は候補に入った。

でもさ………

常用漢字に追加されると
どうなるのかな?(^^;)
常用漢字に指定されようが、されてなかろうが
使う人は普通に使うよね!?



●宮崎勤死刑執行
アキバの通り魔事件が執行を早めたのか?と考えてしまった。
昭和の終わりから平成にかけて世間を震撼させた
幼女連続誘拐殺害の宮崎勤死刑囚の刑が執行された。
宮崎勤死刑囚といえば、埼玉県と東京都で昭和63年から平成元年にかけて
4人の幼女が殺害された「幼女連続誘拐殺人事件」で、
アキバ通り魔より早くワイドショー独占を実現した鬼畜だ。
そして、アキバ系より早くオタを先取りし、
今、振り返ると時代の最先端を走っていたような気がする。
この事件から「オタク」という言葉が世に出たとも思うし。

とは言っても、何も罪のない4人の幼い女の子を殺害したうえ、
遺骨や犯行声明を遺族に送りつけたことは、とても許されることではない。
「今田勇子」と名乗ったり、取調べでは「ねずみ人間が出てきた」などと
訳の分からないことを言って殺意を否定し、反省の色は全く見られなかった。
もちろん判決は一審、二審、最高裁とも死刑で確定。
その最高裁の判決に対し宮崎は「何で死刑なの?」と判決に納得せず…(-o-;)

だけど、死刑確定から2年あまりでの執行。
今までの執行と比べると随分早かったような気がする。
しかし死刑囚の刑務所での食費や住居費も我々の税金から出ているので、
死刑が確定したら、とっとと処刑してほしいのが本音だ。
実際、刑事訴訟法では刑が確定したら6ヶ月以内に執行するよう定められている。
なので今まで平均8年ほどかかっていた執行を早めている鳩山邦夫法相は
言動こそ政治家としては問題が多いものの、
法を守ろうとしている姿は素直に評価してもいいと思う。
実際、鳩山法相になってから平均3年ほどになったし。

被害者の人数や殺害に至るまでの動機、精神鑑定など
様々に考えなくてはならないものがあるけど、
人を1人でも殺したら死刑。
これでいいと思うんだけど過激かな?
過激な暴論ついでに…なんなら死刑執行も
公開してあげたら良いのではないかとも思ってしまう。
悪趣味とか言われそうだが、戒めのためには良いのではないだろうか。
死にまつわることをテレビで放送すると、犯罪に繋がると言われるが
この場合は逆の効果も大きい。
悪いことをすれば自分も死ななければいけないということを知るのは
決して悪いことではないと思う。
それを死刑囚にも人権が…とか言い出して守ってしまうのって
何かちょっとおかしい気がするしね。
小さい頃から命の尊さを教えていれば犯罪は減るはずだ。
逆に教育を間違えると隣の某国の様に、幼稚園児でも人(日本人)を
殺している絵を描くくらいになってしまうだろうし…。

なんにせよ一番良いのは、今後は死刑になるような犯罪が起きないことに尽きる。
ということで?反省の色のない極悪犯に、ご冥福はお祈りしません!



●終身刑
上の記事の内容に少し関連するかも。
裁判員制度まで1年を切った。
この日記でも何度か裁判員制度に触れているが、
来年からは法の素人である我々国民が裁きに参加することになる。
中には死刑か無期懲役かで悩む場面もあるだろう。
自分の基本は前述した通り、人を1人でも殺したら死刑なんだけどね。

まぁ、だけど実際に裁判員に選ばれ、死刑を選択するのは勇気のいることだ。
そんな中、仮釈放のない終身刑を作ろうと与野党を超えた議員連盟が
改正案に向け合意し、法案を提出するという。

終身刑…この刑はひとつの答えになりうるかもしれない。

当初の報道での記憶だが、議連には死刑存続派も廃止派もいる。
そのような立場の違いを乗り越えた同意には、とても意義がありそうだ。
裁判員制度が導入され、量刑を下す立場になったとしたら
躊躇なく死刑の判断を下せる一般国民は少ないだろう。
自分はいまだに裁判員制度に賛成ではないが、
終身刑という選択肢が増えることは歓迎である。

ただ、大きな問題が…。
最近は死刑になりたくて犯罪を犯すバカがいるように、
終身刑になりたいという動機の犯罪も出てくるだろう。
死ぬまで刑務所に居るので食うことや住む場所の心配がないのだから。
ある意味で外よりも安全だし、わずらわしい人間関係に悩む必要もない。
なので刑務所暮らしの方が今の競争社会、格差社会よりは
居心地が良いのかもしれない。
まぁ、刑務所の方が居心地が良いという社会が存在するのもどうかとは思うが…。
それに収容員数や費用の問題も出てきそうだ。
最近、無期懲役囚の数が過去最多になったばかり。
外国人犯罪者の数も増加している。
そこに終身刑の囚人が加われば、刑務所は犯罪者で溢れかえってしまう。
そして、その犯罪者に出される食事は我々の税金である。
刑務所の光熱費だって税金だ。
そのうち犯罪者が増えたから増税なんて本末転倒なことにもなりかねない。
なので刑務所に収容されている囚人は、刑務所内での労働で
食費くらいは稼ぐような法律を作っても構わないと思うのだが。
これ以上、犯罪者を甘やかしてはいけないだろう。

様々な点で、まだまだ終身刑の導入は難しいかもしれないが、
とりあえず議連が合意したということは大きな前進である。



●Peachy's
今、何気に話題のアイドルユニットがいる。
南明奈(アッキーナ)、秋山莉奈(オシリーナ)、小阪由佳(コサカーナ)の
3人によるアイドルユニット「Peachy's」
フジテレビの深夜番組から出てきたアイドルユニットだが、
なんと実際には歌わず…口パクでCDデビューが決定した(・ω・;)

そんなのありなのか!?
ヘタでもいいから歌おうよ( ̄◇ ̄;)
まぁ3人とも人気のグラドルだから、ファンにしてみたら嬉しいのかね!?
でもCDから流れる歌は本人たちの歌じゃないんだぞ(-o-;)

ちなみに本当に歌っている人たちって誰なんだろう?
そっちの方が気になるな。



●マスコミ報道
今回の「岩手・宮城内陸地震」でのマスコミの報道について考えさせられた。
このような大災害の場合「代表取材制度」が取れないものなのだろうか?
各社でヘリを飛ばし、市役所に電話し、取材車をたくさん走らせるなどして
リアルタイムでニュース映像を流している。
もちろん、これにより親族知人らの安否を確認できるという
大きなメリットはあるが、一方で、電話回線がますますつながらなくなる、
市役所の担当者は報道対応だけに追われて
情報収集や災害対策に手が回りにくくなる、
二次災害(ヘリ衝突や余震に巻き込まれるなど)の懸念、
みんなで撮影だけして一切、救助活動などをしないということで
被災者から不信を抱かれる危険性、救助活動の邪魔などが挙げられると思う。

取材は最小限にしたうえで、公表される安否情報や被害情報を
リアルで流すという方が良いのではないかと考えてしまった。
今回も各社の映像とも、ほぼ同じだったし、スポーツ中継のごとく
1社の映像で十分じゃないのかな。

今回に限らず、災害や事故が起きた時に、
このような取材体制が取られることは珍しくない。
現場はまさしく「猫の手も借りたい」状況だろう。
そんな中、マスコミへの電話応対に忙殺される職員のことを考えると
「あんなことさせなければ、もっと現場のための仕事ができるだろうに」と感じる。
ただし「広報」という仕事は情報発信。
現場の状況を全国に伝えることで、全国から支援が寄せられる効果があると思う。
そう考えると、まったくの無駄とは言えず、
むしろ一個人が被災地のための仕事をする以上の効果
(例えば、その広報活動の結果として一万人のボランティアが
現地に救援に訪れれば一万倍の効果が得られる)が得られることもある。

これは「戦場カメラマン」の仕事にも通じるところがある。
戦場写真などでよく議論されることだが、
「写真を撮っている時間があるなら、まず倒れた人を助けろ」
そう感じる人も少なくないだろう。
それに対して報道側の論理は、
「確かに人命が一番尊い。しかし悲惨な現場を報道することで戦争が終われば、
何十万、何百万の命が救われる」

最近起きた秋葉原通り魔事件に於いても被害者が倒れている横で
無表情に携帯カメラを構えていた人が大勢いた。
『週刊新潮』に次のような記事があった。

「友人2人殺害を目撃した電機大生の携帯カメラへの怒り」
倒れている2人の周りにアッという間に人垣ができた。
「僕は、辛いというよりも悔しい。友達2人が死にそうな時、
周りにその姿を携帯やデジカメで撮っている野次馬がたくさんいたんです。
僕は止めたのに――。”不謹慎だから止めてください!”そうはっきり僕は言った。
でもみんな止めようともしない。僕はいまでも、何であの人達は
写真を撮っていたのかわからない。
現場にいることを自慢しているようにしか見えなかった。
多分、あの人達は写真を友達に見せるのかなと思うと、
堪らなく嫌な気分になりました」

確かに自分がこの大学生の立場にいたら、
刺されて苦しむ友人にカメラを向ける群集に殺意すら覚えるかもしれないと思う。
撮っている奴らの携帯を取り上げて壊したくなるだろう。
だが、一方ではこうした映像が報道に二次使用されていた現実がある。
もしも現場に報道機材を携帯したマスコミ関係者がいたら、
どんな行動を取ったか考えてみる。
おそらく救助よりも報道を優先したのではないかと思う。
それこそ前述の戦場カメラマンの論理だ。

冒頭の被災地への取材攻勢、そして秋葉原での撮影行為。
どちらも難しい二択だと感じる。
どちらが正しく、どちらが間違っていると言い切れる問題ではない気がする。
「カルネアデスの板」みたいな難題と感じる。
ひとつだけ言えることは、取材側・報道側の
「こころの問題」が大きいということだ。
たまたま現場に居合わせたことを「ラッキー」と感じ、
「これはスクープが撮れた」という気持ちで報道されれば、
それがたとえプロの報道機関であっても相応しい態度とは思えないし、
逆の態度であれば発信者がたとえ素人でもそれは
「報道」と呼ぶに値する行為のように思える。

まぁ、でも正直なところ秋葉原で携帯カメラを構えていた連中のほとんどは
ただの野次馬で、何の「こころ」も持たない哀れな連中だと思うけどね。
あの冷めた目で被害者や現場を写していた連中を見た時に
通り魔の恐怖よりも恐ろしく感じてしまったのは確かだ。
まるで日本の現実が、そして将来が凝縮されているようで…。


ふぅ〜疲れた(+。+)
明日、いやとっくに日付が変わっているから今日、誕生日だよヾ(^-^;)
またひとつ年齢を重ねてしまった……か(-ω-)ノ
だけど、年だけ重ねているけど何も変わらないなヾ(・ω・o) ォィォィ


副都心線により埼玉ピンチ!

2008年06月17日(火)

先日、副都心線が開通した。
昨日の初めての平日運転で各駅停車なのに駅を飛ばしたりして
終日、ダイヤが乱れはしたが、この副都心線開通により、
和光市から渋谷まで直通最短25分で行けるなど、
ますます通勤通学等に便利になったのは確かである。
一方で、中間点にある池袋や新宿のデパートは、
顧客を渋谷に取られないか懸念しており、様々な戦略に打って出た。
池袋では長年のライバルだった西武と東武が初めてタッグを組み、
打倒渋谷の旗印の下で精力的に活動し、とりあえず先週の土日の売上は
新宿、池袋とも前年比を上回ったようだ。
このように副都心線の開通により、新たな「百貨店戦争」が始まるなど、
いろいろな方面で経済効果が波及している。

練馬から東陽町に引っ越しをしてから、東京西部の電車には乗らなくなったため、
今の自分にはあまり縁のない路線ではあるが、
話題の渋谷駅の卵形ホームは、なんか興味がある。
電車の空気と外気がほどよく混ざってエアコンいらずということらしいので
どんなもんだか早く見てみたい気はある。
そして、以前は池袋のデパートは西武も東武もよく行っていたが、
今回の副都心線開通による百貨店戦争、大いに結構だ。
すべては消費者のため、という基本視点を持ったデパートが勝利するだろうが、
池袋、新宿、渋谷、いずれも鉄道一本でつながったので、
どこか1ヶ所が一人勝ちするということはないだろう。
そういう状態になるなら、既に湘南新宿ラインができた時点で
勝負がついたはずだからね。

ところで、西武線、東武東上線に直接、相互乗り入れする副都心線だが、
埼玉県民は願ったりかなったりだろうね。
渋谷まで手軽に行けるようになったし、付随して表参道や原宿にも足が延ばせる。
2012年には東急東横線とも相互乗り入れするので
横浜方面にも1本で行けるようになる。
なので、これにより東武東上線、西武池袋線沿線の住宅需要がまた伸びるはず。
人口増加も期待できそうだ。
だけど、いい話ばかりではない。
商圏ベースで見たらどうだろうか…。
冷静に考えると、これは悲惨な結果になりそうな予感がしてしまう。
埼玉の大商圏といえば、今や大宮(さいたま新都心)くらい。
川越、春日部、所沢などの商圏は、すでに顧客の大半を
都心に持って行かれてしまっているため、商圏としては衰退の一途をたどっている。
この大宮さえも湘南新宿ライン完成後は、かなり都心に顧客を持って行かれており、
結構、厳しい戦いを強いられているのが現状だ。
今回の副都心線の開通により、川越と所沢の商圏は
壊滅的なダメージを受ける可能性が出てしまう。
それは「百貨店戦争」の影響により、池袋、新宿、渋谷が
「安くて良いものを提供する」場所になってしまうからだ。
せっかくの副都心線開通なのだから、
埼玉県は通勤客を増やして住宅を増やすだけではなく、
やはり「商圏の活性化」を図ることを考える必要もあるだろう。
住環境はむしろより充実するわけなのだから、
「自分の住んでいる町で完結する経済活動」という視点での
街作りを考える必要がある。

埼玉県は、いつまでも東京のおこぼれを貰っている場合ではない。
今のままでは2012年に横浜まで延伸した場合、
埼玉県民は東京、横浜に買い物に行くというのが普通の姿になりかねない。
むしろ逆に「横浜市民が埼玉県に押し掛ける」というような
魅力ある街作りを埼玉県が県主導で動く必要がある。
そうしなければ、魅力のないただの寂れたベッドタウンになってしまうだろう。

ちなみに同じような話は道路建設でも起こっている。
高速道路を造ったがために、逆に地元が廃れていったという話は多い。
このようなことを、道路や鉄道があたかもストローになって
一つの町の経済を反対側の大きな町がすべて吸い上げるということで
「ストロー効果」と呼ぶらしい。
埼玉県から見ると、埼玉南部では鉄道網はものすごく便利になった。
便利になったが、街から店が消え、人の流れも消えた…というのでは困るだろう。
西武池袋線や東武東上線沿線の各街も「百貨店戦争」に参戦するくらいの
勢いがあれば、埼玉県も活気付くし、最終的に日本経済の活性化にもなるはずだ。

副都心線開通のピンチを、逆にチャンスを与える試金石になれば良いのだが
はたして今の埼玉県にそれだけの力があるのか疑問だ…。
千葉県のほうが全然、元気だし、やる気が満ちているのが誰の目にも分かるね。


無題

2008年06月16日(月)

昨日は暑かった。
そして日差しが眩しくて、目に痛かった。
やはりまだ日差しが強いと目に違和感がある。
サングラスを忘れたので実は試合中、けっこう厳しかった。
忘れたと言えば、今日は仕事先にチームやSリーグのファイルの入った
USBメモリーを忘れたので、仕事場からホームページ更新ができなかった。
月曜日はヒマなので更新しようと思っていただけにショックが大きかった。
まぁ、とりあえず早く帰れたので、帰宅後に更新したけど。

なんか書きたいことは溜まっているが、昨夜も睡魔に襲われ
日記はパスしたし、今日も気分が乗らないのでパスだな。

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