Web Masterの日記



足の痛み&イトシア

2007年10月15日(月)

昨日、久しぶりの試合で走ったせいで左足が信じられないくらい痛い。
今年に入ってから、アキレス腱が時々、
何かで刺されて千切れるような痛みに悩まされているが、
今日はさらに踝周辺にイヤな痛みが…。

昨日は16人体制だったために1打席しか周って来なかったが、
四球で出塁し、まず盗塁で走る。
さらにマサのヒットで三塁へ向かった時に三塁コーチのジミーが
「行っちゃいましょう!」と言うので、そのままノンストップで
ホームへ向かうが、マサのリーサルウエポンから放たれた打球は早いし、
今の自分の足の状態を考えると絶対に無理!と自己判断し、
ホームへ向かって半分くらい走って急ブレーキをかけて三塁へ戻った。
案の定、外野からの返球はホームへ戻されていた。
あのまま走っていれば完全にアウトだっただろう。
ただ、自分が途中まででもホームへ向かったおかげで
返球がホームへ来たので打ったマサは二塁まで行くことができた。
結果的にナイス走塁だったのかなヾ(^-^;)
その後、ワイルドピッチで楽々とホームも踏めたしね。
だけど顔には出さなかったが、アキレス腱が痛くて仕方なかった。
年々、いろいろな箇所の痛みに悩まされ、
満足なプレーができなくなっているのを痛感するよ。
なんとかならないかね。


そんな痛い足を引きずりながら、今日は仕事に行く前に
10月12日にオープンした有楽町イトシアを覗いてみた。
有楽町駅前再開発の一環として建設されたマルイに隣接する商業複合ビルで
地下に新宿南口サザンテラスにあるクリスピークリームドーナツの
日本2号店が出店されているので、ちょっと覗いてみたらビックリ。
開店30分後位に行ったのだが、すでに長い人の列。
最後尾には1時間30分待ちと書いてある。
新宿南口の店も常に行列ができ、1時間待ちなんて当然だが、
やはりここも大行列となっていた。
しかしドーナツを買うのに1時間30分も並んで待つなんて考えられない。
確かに、ここまで人気だと、どんな味なのか興味はあるが、
自分は絶対に並んでまで食べたいとは思わないな。
明らかに仕事中のサラリーマン姿もあったが、
1時間半も仕事をサボって並んでいるのかな?

有楽町イトシアは思ったよりも狭い中にゴチャゴチャと小さな店が多く、
人も多くて落ち着いて見ることができなかった。
マルイまでは行くことができなかった。
明日は早出なので明後日にでもマルイを覗いてみようかな。


星野JAPAN

2007年10月12日(金)

北京五輪アジア予選の野球代表の最終候補メンバーが発表された。
北京の次のロンドンでは野球は公式競技から外されてしまうので
来年の五輪は金メダルを獲る最後のチャンスかもしれない。
メンバー34名を見ると最多は千葉ロッテの6人。
次に巨人が5人選出され、楽天からは1人も選ばれなかったが、
アマチュアからただ1人、愛知工大の長谷部康平投手が選出された。
最終メンバーは11月の直前合宿を経て登録選手24人が選ばれる。
セパともシーズンが終了し、現在はクライマックスシリーズ真っ只中での
発表となったが、クライマックスシリーズや日本シリーズ次第では
怪我人も考えられるので慎重な選考になり、人数も当初予定していた
30人から34人である。

そのうち投手は15人が選ばれたが、アジア予選は3試合しかないので
先発は3〜4人で、残りは中継ぎ、抑えとなるが、おそらく6〜7人の
計10人で編成されるのではと予想する。
捕手は3人で内野手6人、外野手5人(指名打者含む)の
合計24人で星野JAPANは構成されるのではないだろうか。

今回のメンバーを元に自分なりに考えて見たが、
先発投手はダルビッシュ(日本ハム)、成瀬善久(ロッテ)、
渡辺俊介(ロッテ)の3人。

中継ぎに涌井秀章(西武)、杉内俊哉(ソフトバンク)、高橋尚成(巨人)、
武田久(日本ハム)で抑えには藤川球児(阪神)、岩瀬仁紀(中日)
そして上原浩治(巨人)

国際試合では先発完投より、いかに中継ぎが重要かは
WBCで嫌というほど経験しているので、抑えについては
3人で121セーブのFIU体制を構築し、状況に応じて藤川、岩瀬が
7回から登板し、国際大会で滅法強い上原がラストを締める。
中継ぎは35ホールドの安定感のある日本ハムの武田久と
今季は先発だったが、昨シーズンは抑えを務めて最優秀防御率の
左腕、高橋尚投手をスタンバイ。

先発はダルビッシュを軸に、成瀬、渡辺、涌井、杉内の残り4人の中で
調子の良い投手を先発させる。
しかし、この5人とも中継ぎ経験が殆どないので中継ぎで使う場合は
延長に入った時だけと考えた方が良いだろう。

捕手は里崎智也(ロッテ)、阿部慎之助(巨人)、相川亮二(横浜)
国際経験を考えたらこの3人が妥当だと思う。
矢野(阪神)も経験は豊富なものの五輪やWBCなどの国際経験がなく
国際大会の戦い方を熟知している3人が順当に選ばれるのではないだろうか。

内野手に関しては1塁・小笠原道大(巨人)、2塁・西岡剛(ロッテ)、
3塁・村田修一(横浜)、遊撃・川崎宗則(ソフトバンク)
内野の控えに新井貴浩(広島)、宮本慎也(ヤクルト)…主将。
色々な組み合わせを考えると、長打&1、3塁の控えと
内野の守備要員を考えたら、この攻勢がベストだし
国際経験を考慮すると、このメンバーになるだろう。
巨人の二岡が候補に選ばれていないのがチョット不思議だったけど。

外野はレフト・高橋由伸(巨人)、センター・青木宣親(ヤクルト)、
ライト・稲葉篤紀(日本ハム)あたりかな。
そしてDHは和田一浩(西武)控えに多村仁(ソフトバンク)
こちらも国際経験を考えたらサブローや森野よりも多村の経験は捨て難い。
首位打者を獲得した稲葉選手以外は国際大会経験があるので
このメンバーがベストでは?と思う。

考える人によりメンバー選考は変わるのだろうが、
どのメンバーが選ばれても納得して代表選手として送り出したい。
星野JAPANに受け継がれた野球の伝道師たちが、
五輪へ導いてくれる事を信じているし、絶対に期待を裏切らないはずだ。
う〜ん、今から楽しみだな。


ドラマ「モップガール」何気に観たけど、かなり面白いかも。
秋ドラマは何も観ない予定だったが「モップガール」次回も観ちゃうな。
北川景子ってまだ21歳なんだ。意外と好きかも。


世界タイトルマッチ

2007年10月11日(木)

内藤大助VS亀田大毅。
世間的に完全なヒールとなりつつある亀田次男と、
世間的に人気&知名度が低すぎる王者・内藤。
まぁ、個人的には、どうでもいい試合だけど録画して全部観た。

ひとことで言うとレベルが低い。

試合前の舌戦も、会場&TBSの演出も、そして試合内容&マナーも。
途中、何度も日本タイトル戦かと思った。
これって世界タイトル戦だったんだよね。
というか、総合格闘技のマットで対戦したほうが良かったんじゃ…。
だけど最もひどかったのは、ある程度は予測できたが
TBSの偏向報道は本当に酷いな。
もうTBSはスポーツ中継しちゃダメだ。
あ〜、くだらなかった。

世間の予想通り、判定で王者・内藤が初防衛。
低いレベルの中で、かなりの技術の差があったように感じた。
あくまでも実力ではなく技術の差ね。
で、観ていて気付いたことをいくつか。

●内藤
打った後のガードが甘すぎる。
パンチ力が世界レベルじゃない(年齢的なものが原因か?)
顔と動きがゴキブリヾ(^-^;)

●大毅
口とパンチ力だけ。
ガードしてても打たれすぎ。
パンチが単発で手数が少ない。
カウンターが下手。
脚や上半身を使った避け方を覚えるべき。
ポイントで負けてるって教えてくれているのに前半と戦い方が何も変えられない。


ちなみに亀田家は嫌いって訳じゃ無いけど、
試合前とか、ごちゃごちゃ言うのは、もうやめた方がよい。
値打ちを下げるだけ。
実力がないわけではないんだからね。
だから結果は分かっているのでリングを降りるのはいいが
せめて大毅には最後まで聞いていて欲しかった。
その悔しさが次へと繋がるはずだからね。


ゆとり教育?

2007年10月10日(水)

安倍内閣時代、国会で教育再生会議で土曜授業の実施などを柱とした
第二次報告がまとめられた。
一応、安倍前首相の功績のひとつになっているが、
あれって、結局どんな内容だっけ?
土曜休みを考え直すとか言っていたと思ったが、その後はどうなったんだろう。

「ゆとり教育」という大義名分の名の下に
土曜日が休みになったのは、いつからだっけ?
自分がガキの頃は、土曜はしっかり半日、学校に行って授業を受けて
半日授業なので給食がないから急いで家に帰って
「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」のデンセンマンとか観ながら
昼飯を食べていたのを思い出す。

もう一度、土曜に授業をやると“親子のふれあいが減る”とか
“教師の負担が増す”とか様々な意見も多いというが、
やっぱり土曜日にも学校があったほうがいいと思う。
親子のふれあいって言ったって、土曜が休みじゃない親だって大勢いるし、
教師の負担を増しているのは、その事ばかりじゃないだろう。
それに土曜が休みのお父さん方だって、仕事で疲れてるから
朝はゆっくりと寝たいだろう。
せめて半日、子供が学校に行って家にいなければ、どれだけ助かるか。

政府主体の会議って「こんなエライ(偉そうな)人たちで、現場の何が分かるのか」
ほんと疑問に思うことがある。
イスに座ったまんま長々と、あーだこーだ言っている前に
荒れた学校で給食費を払わない親がいる学校に行ってみて
いかに現場が大変かを経験してから話し合ってもらいたい。
現場の教師と同じノルマでやってみれば、いかに上の人たちが考えたことが
現場を見ていないか分かるだろうしね。

ちょっと視点がずれてしまったが、やっぱり学校で先生と生徒が
ちゃんと関われる時間って大切だし必要じゃないかな。
そう考えると土曜日に塾に行くだけのための休みよりも
半日でもいいから学校に行って先生や友達と話したり遊んだりするほうが
今後の人生にも役立つ時間だと思うんだけどな。


ショーパン

2007年10月09日(火)

10月15日の深夜にスタートするフジテレビの新番組「ショーパン」
ん?「ショーパン」って何だ?

2000年の秋から2001年の秋までの1年間、フジテレビの新人(当時)
千野志麻アナがメイン司会を務めた深夜のトーク番組「チノパン」
「チノパン」の後を受け、2001年の秋から2002年の秋まで、
同じ枠、同じスタイルで放送されていたのが、2001年入社の新人(当時)
高島彩アナが司会を務めた「アヤパン」
それに続く新人アナウンサー冠番組第3弾で、
生野陽子(しょうの ようこ)アナの「ショーパン」なのだ。

4月に入社したばかりの新人アナの名前を冠にした番組が放送されるのは
異例中の異例でもあり、当時も大きな反響を呼んだ番組だった。
初代の千野アナは入社当初から1年先輩の内田恭子や大橋マキに
引けを取らない注目を集めていたが、「チノパン」での大胆不敵な言動や
あっけらかんとした振る舞いが、その後のアイドルアナとしての
資質を開花させたと言っても過言ではない。
ただ一気に天狗になってしまい(もともと政治家の娘だから天狗だったのか)
その後の番組起用には恵まれずにフジテレビを去ったっけ。

「チノパン」よりバラエティ色の強くなった「アヤパン」では、
アイドル顔負けのルックスの高島アナが、番組企画の一環として
「着信のドレイ」で歌手デビューを果たしたりもした。
そして、この番組が昨今のフジテレビのアイドルアナ路線を
加速させた一因となったのは間違いない。
高島彩は「アヤパン」でブレイクし、いまやバラエティの進行だけでなく、
情報番組の進行としてもフジテレビになくてはならない存在となった。

話題性の面で「チノパン」「アヤパン」の成功により、
フジテレビはその後も同じように新人アナを抜擢した番組を作るのかと思いきや、
以降、中野美奈子、森本さやか、中村仁美、斉藤舞子、高橋真麻、平井理央、
本田朋子など、アイドル路線まっしぐらな女子アナがいたにも関わらず、
この「○○パン」シリーズは制作されることがなく現在に至っていた。
ただ言えることは、高島彩以降、華のある女子アナがいない。

森本さやかは、モデルの域から脱せず、
中野美奈子は、全くと言っていいほど成長せず、
中村仁美は、スキャンダルでつぶれ、
斉藤舞子は、おバカなところはいつになっても変わらず、
高橋真麻は、七光りがあるのに全く光らず、
平井理央も本田朋子も、タレントの域から脱せず、
フジテレビとしては焦っているのではないだろうか。

そんな中「アヤパン」から5年の沈黙を経て、遂に「○○パン」シリーズが復活、
10月15日から新人の生野陽子アナをメイン司会に据えた「ショーパン」
(関東ローカル、月〜木、0時45分から)が放送されることになった。
大抜擢された生野陽子アナは福岡大学出身というフジテレビには珍しい経歴、
しかし学生時代には地元・福岡でタレント活動をしており、
ローカルCMやローカル番組などに出演していたこともあるという。
現在はまだBSフジのニュース番組程度でしか目にする機会はないだけに、
「ショーパン」で一気にブレイクする可能性は高い。
メディアが「新人アイドルアナの登竜門」と
捉えている「○○パン」シリーズへの起用は、
フジテレビが今後、生野アナを猛プッシュしていくことの現れでもある。
彼女は入社式で「10年後、フジテレビの看板アナになっていたい」
と宣言したという逸話を持つ。
もしかしたら本当に10年後にはそうなっている……のかな?


電王深読み

2007年10月08日(月)

日曜の電王を観て思ったのだが、最初は違和感のあったコハナが
何気にフィットしてきていて、このままコハナでもいいのかな…
なんて思えてきた。
もうハナ役の白鳥百合子は本当に戻ってこないのだろうか。
しかしネットで見つけたのだが、恐るべしおこちゃま雑誌に以下の記述が。


新しい路線が生まれ、時空が変化してしまったために、
なぜかハナが子供のすがたになってしまった!
すがたは子供だけれども、心はもとの、おとなのまま。
コハナと名付けられたハナは、元のすがたに
もどることができるのだろうか!?がんばれ、ハナ!
早く元に戻れるように、みんなも応援してね!!


「テレビくん」とかいう、おこちゃま雑誌に書かれていたようだが、
この文章が、どの程度オーソライズされたものなのか判断できないが、
一応、メインターゲットである、おこちゃまど真ん中の雑誌である以上、
スポンサーど真ん中な情報と考えるのが妥当だろうということで、
それなりに練られた文章ということを前提にするなら、
いろんな背景情報、それも「確実」な情報が読み取れることになるはず。

まず冒頭「新しい路線が生まれ、時空が変化してしまった」と
理由が明記してあるにも関わらず、これを受ける言葉に
「なぜか」が付いてしまっている件。
事情を熟知した大人が書いたものとすれば、この「なぜか」の文言は
疑問の余地なく当然のように付いてしまうのだろうが、
逆に考えるなら大人的には「新しい路線」云々は
コハナの理由付けになっていないということを白状していることになる。
つまり、コハナに関する限りにおいて、この理由付けは
緊急避難の取って付けであり、コハナは白鳥百合子ダウンにより
急遽設定されたということになるのだろう。

次に「早く元に戻れるように、みんなも応援してね!!」だが、
これは、よく考えると、とんでもない文章だと思う。
みんな(おこちゃま)の応援が足りなければ、
コハナはハナに戻れないということであり、とすれば
ハナに戻れない責任は、おこちゃまにある!ということになってしまう。
はっきり言ってこれはマズイだろ。
こんなことをスポンサーの手前、無責任に書くことはまかり成らないはず。
さらに言うなら、ネタバレ的にハナ復帰の確証がなければ、
こんなことを書けるはずがないと思うのだが。

う〜ん、あまりにもヒマだったので深読みしすぎだろうか…。


あまりにもセンスの悪いライナーフォームが誕生したが、
来週はデンライナーの駅長とイマジンの親玉らしき少年が登場するらしい。
駅のシーンは幕張メッセを全て使って壮大なロケが行われたという。
そしてデンライナーもパワーアップか…。
またバンダイから玩具発売だね(-o-;)
もうすぐゼロノスもパワーアップするし、
どんどん話はクライマックスに向かっているな。
上記の深読みが正しければ、すでに白鳥百合子は現場に復帰していなければ
最終話まで間に合わないと思うのだが、どうなんだろうか。


空模様

2007年10月07日(日)

今週末の好天が恨めしい。
我が家からは夢の島と潮見のグランドの照明灯が見えるが
昨日も今日も21時まで煌々と光っていた。
あの光の下ではきっと熱戦が繰り広げられていたのだろう。
もう試合から離れて1ヶ月以上。
早く試合がしたいね。

しかし、明日から暫く雨になるとの予報。
来週はぐずついた天候が続くという。
はたして来週末に予定されているSリーグ第八節、
二度あることは三度あるの順延になってしまうか、
それとも三度目の正直で無事に決行できるか、
今から空模様とグランド状態が気になってしまうよ。

あとSリーグは3試合も残っている。
早く消化して、スッキリした気持ちで修善寺へ行きたいね。

今日の電王の感想はまた明日にでも。


ナイトライダー

2007年10月06日(土)

車の保険の更新で池袋近くにあるネッツトヨタに行ってきた。
そこで新型VOXYを試乗させてもらった。
なぜか流れで、その間にWISHを査定してもらうと驚くべき結果が。
自分のWISHは過去にぶつけたこともなく、ボディに傷もないし
走行距離の少なさや最上級グレードということもあり
中古車市場では入荷を待っている人も多く人気の車なので
想像以上に査定額が良かったのには驚いた。
さらになぜか流れで、その査定額を基にして
見積もりまで出してくれることになった。
すると手が出ない金額ではない見積り額が…。

実際に試乗してみたVOXYだがWISHよりも
ひとつ上のランクに位置する車だけあって、なかなか運転しやすいし
装備も充実している。車としては完成された域にある。
しかし…今のVOXYってあまり好きな顔ではない。
前の型の方がちょっと悪っぽいイメージがあって好きだった。
それにボディカラーに好きな色がない。
兄弟車であるノアのスポーツタイプに設定されているダークグレーが
なぜかVOXYには設定されていないで、VOXYスポーツタイプだけの設定色は
紫色がベースとなった奇抜なカラー。
あのノアのダークグレーは以前に乗っていたチェイサーと似た色で
少し気になっていたのだが、VOXYにはないのが残念。
だけど自分の予想ではもう少し経ったらVOXYにも追加されると思うような…。
それに前モデルで人気だった「煌」も後で追加されるのでは?と予想している。
というか、そもそも今のWISHに何の不満もないので
今のところ乗り換える気はないんだけどね。
まぁ、だけど車って新しいのを見たり乗ったりすると
やっぱり意外と気持ちが揺れるものだね。
ちなみに今年はモーターショーの年だが、
WISHに関してフルモデルチェンジの予定は今のところ全くないそうだ。
まだまだ売れている車なので、そう簡単に
フルモデルチェンジはできないだろうけどね。
それにしても、あんなに査定が良いのは驚いたと同時に嬉しいね。


さて、車の話といえば、1982年からアメリカで放映された特撮テレビドラマ
「ナイトライダー」が、アメリカのNBCで新番組として
リメイクされることが決定したニュースを目にした。
日本では1987年から放送されたのだが、このドラマって大好きだったな。

「陰謀と破壊と犯罪の渦巻く現代に甦る正義の騎士、
人は彼をナイトライダーと呼ぶ」

こんなオープニングで始まったっけ。
真っ黒なトランザムのフロントグリルに右〜左〜右と電飾が流れるのが
なんともかっこよくて、当時はオートバックスなんかにも
「ナイトライダー」と称した電飾が売っていたっけ。
あの頃、自分が乗っていたAE86トレノにもナイトライダーを
取り付けようと思ったくらい。
だけどチョット恥ずかしくて実際には買わなかったけど。

劇中ではナイト2000に搭載された人工知能の『K.I.T.T(キット)』の
人間臭さが好きだった。
全シーズンを通してみると、マイケルをはじめとする
様々な登場人物達と接していくうちに、人間の感情を理解して
自らも成長していることがよく分かる。
反面、普通の車と同等の扱いをされることを嫌い、バイクを「原始的」と
格下扱いする等、自分なりのプライドを持っているのも面白かった。

ただ、アメリカのオリジナル版のK.I.T.Tは、財団の創始者である
ウィルトン・ナイトに近い性格で、話し方も友達感覚のフランクな口調らしい。
日本語版のK.I.T.Tは知的な敬語を使い、ちょっと女性的なカマっぽい感じも。
これはK.I.T.Tの声を演じた声優がディレクターと2人で考えて、
マイケルに惚れているような感じでK.I.T.Tの役作りを行ったためだという。
なので、マイケルとK.I.T.Tの掛け合いは、日本語版ならではの
面白さがあったんだろうと思う。
もし、今回のリメイク版が日本で放送される場合も
是非ともK.I.T.Tの声は同じ人でやってもらいたいものだ。
そして、もちろんマイケルの声は当時同様に佐々木功で。

今回のリメイクの背景には、実は映画「トランスフォーマー」の
成功によるものだとか。
今年中にも2時間スペシャル番組がアメリカ国内で放送される予定で、
早ければ来秋には本放送が始まるそうだ。
もちろん日本にも入ってくることは間違いないだろう。

この「ナイトライダー」は主役のマイケル・ナイトを演じた
デビッド・ハッセルホフが権利を買って、「Super Knight Rider 3000」という
続編を作る企画もあったらしいが、スポンサーが付かなくて
お流れになった経緯がある。
さらに本人は確か今年に入ってアルコール依存症になってしまい、
その姿を娘が撮影しYou Tubeに公開されてしまっている( ̄◇ ̄;)

まぁ、何はともあれ、再びナイトライダーの新作が見れるのは嬉しいニュースである。
個人的には新しい要素を入れながらも「新ナイトライダー2000」や
「TEAM KNIGHT RIDER」のような大胆なアレンジは避けて、
なるべく前作のオリジナルに近い雰囲気でやってもらいたいね。


郵政民営化スタート

2007年10月04日(木)

いつの間にか今年も残るところ、あと3ヶ月しかない。
いや〜本当に1年って早いなぁ。
10月に入って一番の話題と言えば、今週の土曜日から
新しいガンダムがスタートすること…ではなく、
やはり郵政民営化がスタートしたことかな。

国営・公社として136年も続いた郵政事業がついに民営化され、
持ち株会社が4事業会社を傘下に置く社員約24万人の
日本郵政グループ「JP」が誕生。
これほど大規模な国営事業の民営化は1987年の旧・国鉄以来だね。
一昨年、当時の小泉首相が政治生命を懸けてまで実現させた制度だが、
はたして今後、どのように郵便事業が変わっていくのだろうか?

まだ郵便局を覗いていないので、どのように変わったのかは不明だが、
スタート時点では、料金などの大きな変化はないようだ。
そういえば先月初め頃に郵便局から郵政民営化の案内が届いたが、
読んでもさっぱり分からないパンフレットだった。
とりあえず分かるのは、こちら側で手続きはしなくても
当面はそのまま継続できるってことだけだが、
先がどうなるのか非常に不安でもある。

民営化によって「サービスの低下はない」という公約も掲げている。
しかし、民営化の影響は地方の方が大きいようで、
郵便貯金や簡易保険の将来へ不安を抱えている人は多いだろう。
民営化となった以上は赤字で採算の採れない郵便局は淘汰されてしまうだろうし、
過疎化の進んだ地区となると尚更である。
確かに世は競争社会だ。
競争に勝つために障害になるものはカットしていくというのが、
今の世の中の流れ。それは人でもシステムでも。
当時、郵便局は減らさないと大見得を切っていたのも覚えているが、
すでに特定郵便局のいくつかが閉鎖の報道があった。
また、集配局の削減はすでにかなり行われているらしい。
自分のような都会に住んでいる人間には影響はないので
報道で見てもピンと来ないというか人事にしか感じないが、
過疎の郡部では相当ひどくなっているらしい。

あと、自分も簡保に入っているが、保険会社も潰れるような今の時代に
民営化になって簡保が保証されるのか心配である。
様々な点で問題は数年経ってから起きてくるのかもしれない。

何かと不安要素も多い郵政民営化だが、国民の総意とはいえ、
強引に政策を実現させた以上は、政府には確りとした対応をしてもらいたい。
どうせなら、この際に社会保険庁やNHKも民営化してくれないかなぁ。


さて、土曜日スタートの「ガンダム00」観ようか観まいか悩んでいる。
1度観て、また「ガンダムSEED DESTINY」の時のようにハマってしまうのも
なんとなくイヤなんだよね。
ただでさえ今は「仮面ライダー電王」にハマっちゃったからね。
とりあえず、あと1日悩もう。


F1日本GP

2007年10月03日(水)

先日の日曜日に1977年以来、30年ぶりに富士スピードウェイで
F1の日本グランプリが開催された。
初開催の1976年を髣髴とさせる悪天候の中で予選も決勝も行われたが、
67周中23周にセーフティーカーが入るという前代未聞のレースとなった。
試合が雨天順延となったためにリアルタイムでテレビ観戦できたが、
開催前から色々と言われていたが、現地に行った人にとっては
予想通り、最悪だったみたいだね。

レースは荒れた天候の中、終始安定した走りを見せた
マクラーレンのルイス・ハミルトンが優勝してワールドチャンピオンに
王手をかけたが、水しぶきが上がる戦いは観客席からよく見えず、
セーフティカーの先導が3分の1以上を占めたレースは、
大雨のうえに気温19度という寒い中で集まったファンにとって、
ちょっと物足りなかったのではないだろうか。
それでも、レース中はそれなりに見所はあったけどね。

しかし、今回はレース自体よりも興行の点でトラブルが続出。
富士スピードウェイは初開催の1976年は台風を伴う大荒れの天気で
自らリタイアするドライバーが続出し、翌1977年はコースアウトした
ジル・ヴィルヌーヴのフェラーリに巻き込まれて2人が死亡するという
大事故が発生した因縁の場所。
そんなこともあり開催わずか2年でF1は富士からというか日本から去ってしまい、
その後の日本開催は鈴鹿サーキットに、その座を譲ってしまった。
30年前の当時も安全性に加えて問題となっていたのが交通渋滞。
サーキットまでは一本道なので迂回路がなく、
御殿場ICまで6時間以上もかかったとか。
1977年に優勝したジェームス・ハントは、渋滞を避けるためという理由で
なんと表彰式を欠席していた。

30年ぶりの開催となった今回、富士スピードウェイ側は、
指定の駐車場や駅から会場までのアクセスをシャトルバスに限定し、
徒歩すらも禁止するという渋滞対策を講じた。
ところが29日の予選終了後、雨のためにシャトルバスの場内走路3ヶ所が
陥没したため9万人の観客のうち約2万人(一説には4万人という説も)が
足止めされるというトラブルが発生。
雨の降る気温の低いの富士山の麓で、5時間以上待たされた人もいたようだ。
しかも、お詫びにと富士スピードウェイ側が配ったのは冷たい飲み物であり、
トイレは常に1時間待ちの状態だったとか。
バスに乗っても渋滞していたため、降りて歩く人の姿もあったそうだ。

それでも翌日の決勝には約14万人が来場したが、会場へ向かうシャトルバスが
大渋滞となり、午後1時半のスタートに間に合わなかった観客が続出。
さらに第1コーナー寄りのC指定席の一部からレースが見えないことが判明し、
この席を買った観客約7000人分の指定席料金を返却し、
スタートに間に合わなかった85人にもチケット代の他、
交通費や宿泊費なども含めて全額返却することになった。
この払い戻しの総額は3億5000万円にものぼるそう。
レース終了後は帰りのバスに乗るために大混乱を起こしたようで
雨の中でバスを待つ観客の群れはまるで難民キャンプか、
はたまたシベリア拘留者たちのようだったとか。
バスに乗るまで4時間待ち、やっと出発しても大渋滞でまったく動かず。
やっと御殿場の駐車場に着いたのが23時半だったとか。

こうした混乱から観客達から「この混雑が改善されない限り、もう来たくない」
「やっぱり鈴鹿でやれ」などと厳しいというか怒りの声が上がっており、
鈴鹿サーキットと比較して、そのお粗末な運営を非難する人も少なくなかった。
やはり30年の空白は埋められなかったようだ。
また、鈴鹿と比べて弁当が高かったことにも不満が続出している。
なんと1万円もする「F1グランプリ弁当」なるものまで売られていたし、
カレーパン1ヶ500円とかフランクフルト1本500円、焼そば1000円…。

日本GPは来年も富士で開催され、2009年以降は鈴鹿サーキットと
交互で開かれることがFIAにより決定しているのだが、
このままではファンの心が離れ、来年以降の開催も危ぶまれるのではないかな。


さて31年前の1976年に初めて日本にやってきたF1GP。
当時はマルボロカラーのマクラーレンに乗るジェームス・ハントや
大やけどを負う事故から不死鳥のように復活したフェラーリのニキ・ラウダ、
珍しい6輪タイヤのタイレル(ティレル)に乗るロニー・ピーターソン、
真っ黒のボディにゴールドのラインとロゴでJPSと描かれた
ロータスのマリオ・アンドレッティ、
雨のレースには滅法強かったサーティースのヴィットリオ・ブランビラや
フェラーリのセカンドドライバー、クレイ・レガッツォーニ、
史上最年少チャンピオンにも輝いたブラジルの英雄、
コパスカーのエマーソン・フィッツパルディ、
金色のアロウズに乗るルーキー、リカルド・パトレーゼ、
その他にもブラバムのジョン・ワトソンやリジェのジャック・ラフィーなど
蒼々たるF1ドライバーが来日した。

当時、中学生だった自分が好きだったマシンは
ブラックにゴールドラインのJPSロータスかな。
ロータスと言えば1980年代、中嶋悟やアイルトン・セナが乗った
キャメルイエローのロータスホンダのイメージのほうが強いのかもしれないが、
やはり自分の中ではロータス=JPSカラーだ。
なのでJPSがスポンサー撤退の時は何気にショックだった。
そしてタイレル6輪も愛嬌があって好きだったな。
決してキワモノマシンではなく1、2フィニッシュをあげるほどの速いマシンだった。
本当の名称はティレルなのに、なぜ当時はタイレルと呼んでいたのか不思議だ。
1976年の日本GP参戦時にはノーズの「Tyrrell」ロゴの下に「たいれる」と
平仮名でチーム名が表記されていた。
そのユニークなデザインはスーパーカーブームに沸く日本の子供達にも受け、
当時に放映されていたアニメ「アローエンブレム グランプリの鷹」にも
オリジナルの6輪車が登場したっけ。
田宮模型から発売されたプラモデルやラジコンも好評だったが、
模型化の際チーム側にロイヤリティーを支払うようになったのは
このマシンが最初だったという。


初の日本開催ということで日本から富士だけのスポット参戦として
星野一義、長谷見昌弘、高原敬武という当時の日本トップ3もグリッドに並んだ。
しかし日本勢が乗るマシンは2年落ちのポンコツマシン。
さらに日本人レーサーなんて三流以下と見られていたために
レース前のドライバーズミーティングでチャンピオンシップ・ポイントトップの
ジェームス・ハントに「日本人は抜いてほしい方の手を上げろ」などと
ヒドイことを言われたのは有名な話。
それにカチンときた日本一速い男・星野一義は予選21番スタートながら
大雨の富士で鬼神のような走りを見せて2年落ちのマシンながら
その当事者であるジェームス・ハントを抜き去り、
一時は3位を走るという快挙を見せてくれた。
まさか、カーナンバー52番を付け2年落ちのマシンを操る日本人が
並み居る一流レーサーと肩を並べて3位を走るなどとは
全世界中がその目を疑ったが、台風の影響で大荒れとなった
富士スピードウェイは、マシンやタイヤの性能ではなく
ドライバーの腕と度胸が順位を決めていた。
当然、一流と呼ばれるドライバー達は富士のコースを走ったこともなかったので
地の利を生かし、レース前に屈辱的な言葉を浴びせられた反骨心から
星野一義は快走を見せ、当時生放映されたTBSを観ながら
テレビの前で大興奮した思い出がある。
しかし残念ながら、今では信じられないことだが、
用意していたタイヤを全て使い切ってしまいレース半ばでリタイア。
だが日本人でも世界で戦えることを証明してくれた。

翌1979年にも富士にF1がやってきたが、このレースで
日本でのレース史上、最も大きな事故が起こってしまい、
自分の記憶も大事故の記憶しか残っていない。
ジル・ビルヌーブのフェラーリとロニー・ピーターソンのタイレルが接触し
フェラーリがガードレールを飛び越えて芝生へ飛び込んでしまう。
そこは観客席ではなかったが、数名の観客が勝手に入って観戦していた。
結局、コースマーシャルと警備員の2人が死亡。
観客からも数十人の怪我人が出て、一時は騒然となった。
FIAから安全対策の不備を指摘され、レース不適格サーキットとされてしまい、
翌年以降は日本にF1が来ることはなかった。

もう15年以上も前だが、富士山の麓にある
「河口湖自動車博物館」に行ったことがある。
まったく知らないで入ったのだが、そこには、あのタイレル6輪と
JPSロータスが展示してあり、すごい興奮したっけ。
1976年と1977年のF1日本GPのポスターも貼られていて
当時の懐かしい思い出を甦らせてくれた。
久しぶりに行ってみたいね「河口湖自動車博物館」
ちょっと調べてみたら今は飛行館もできてゼロ戦や
ブルーインパルスも展示されているようだ。
だけど気になったのは「展示物は年度で変更される」という。
今もタイレル6輪やJPSロータスは展示しているのかな?



中学生ながら当時から「AUTO SPORTS」を毎月読んでは
世界各地を転戦するF1サーカスを気にしていた。
そういえば「赤いペガサス」ってF1マンガがあったな。
当時は日本ではマイナーな存在だったF1グランプリを描いた
先駆的な作品だった。
時期尚早でブームを呼ぶまでには至らなかったけど、
F1の世界を世間に認識させたといえるのではないかな。
確か実家に全巻あると思うので、今度機会があったら読み直してみたいね。

1987年にホンダの力で中嶋悟がF1デビューし、それ以来、
毎年、鈴鹿サーキットにF1は来るようになった。
1994年と1995年にはパシフィックGPなどという名前で
TIサーキット英田(現:岡山国際サーキット)にも来日し、
年に2度の日本開催の時期もあったくらい
今や日本でのF1人気や知名度は上がった。
しかし70年代、日本人のほんの一握りしかF1なんて興味がなかった。
やっと30年ぶりに富士にF1が帰ってきたのだから、
当時、不適格のレッテルを貼られた安全対策は万全かもしれないが
観客が帰りに「楽しかった」と言えるような運営を行ってもらいたいと思う。
鈴鹿は遠くて行く気になれないが、富士なら行こうと思えばいける場所。
やっぱり死ぬまでに一度はF1マシンが走っているところを生で観てみたい。
当時を知るF1ファンとして、富士にはしっかりとした運営を望みたいものだ。

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