Web Masterの日記



高田みづえ

2007年05月14日(月)

高田みづえが20年ぶりにテレビ出演するというので
先週の金曜に録画しておいた「Dのゲキジョー」を観た。
20年ぶりに見た高田みづえは、高田みづえのままだった。
1986年に元大関の若嶋津と電撃結婚して、今や松ケ根部屋のおかみさん。
結婚してから全くテレビの世界から離れていたが、
頑張っている若い力士たちを世間に知ってもらうために
今回限りのテレビ出演となった。

実は…自分が中学時代、高田みづえ…意外と好きだった。
まぁ、今と変わらずミーハーだったので好きなアイドルは多かったけど
当時は一番好きだったかも。
昭和52年にデビュー、同期には清水健太郎、狩人、太川陽介、
榊原郁恵、清水由貴子なんかがいたな。
翌年には石野真子がデビューしたっけ。
今、思うとスゴイ昔だ。
デビュー曲の「硝子坂」は今聴いても名曲だと思う。
他にも「だけど…」「ビードロ恋細工」「私はピアノ」「花しぐれ」
「そんなヒロシに騙されて」「秋冬」など良い曲に恵まれたアイドルだった。
今と違い、当時のアイドルは歌唱力もあったし。

番組を観ていて懐かしくなった。
実家の物置にあると思われる高田みづえのレコードでも探してみようかな。
でもレコードプレーヤーがないので聴くことができない…。


Wii

2007年05月11日(金)

今日、仕事に行く前にビックカメラ有楽町店に寄って
先日のディズニーランドで撮った写真をプリントしていたら
店内にアナウンスが入った。
「任天堂Wiiが緊急入荷しました」
思わず売場に行って衝動買いしてしまったよ(・ω・;)
もちろん手持ちの現金はなかったし、クレジットカードは持ち歩かない主義、
なので、こんな時はJ-Debitで。
J-Debitならポイントもそのまま付くし。

先日、あちりさが泊まりに来た時にWiiを持って来たので一緒に遊んだが、
なかなかコントロール捌きが上手にできなかった。
今度一緒にやるときまで家で練習できるぞヾ(^-^;)
しかしWiiの本体って意外と重いね。


ネーミングライツ

2007年05月10日(木)

「味の素スタジアム」やら「グッドウィルドーム」とか、
スタジアムや球場の命名権を取引するネーミングライツビジネスが
日本でもかなり浸透し、一般的になってきた。
その顕著な例が3月から「箱根ターンパイク」が
「TOYO TIRESターンパイク」になったこと。
東洋ゴム工業が命名権を取得し、日本初の道路ネーミングライツとなった。

世界的に見ても、通称ならともかく、正式名称に
企業名が付いている道路は珍しい。
まぁ、ターンパイク自体、企業が所有する私道だったため、
このネーミングライツが可能だったわけだが。
すでに周辺の道路案内や標識もリニューアルされ、
ターンパイク自体も東洋ゴム工業により整備されて
より安全に走りやすくなったと評判だという。
もともと箱根ターンパイクは、年間100万台が訪れる
有数のドライビングルートであり、一気に箱根の山を上がって、
一気に下るために時間も短縮できるし、周辺道路に比べて
事故件数が圧倒的に少ない安全対策にも定評のある道路だった。
よって、企業名の宣伝とともに、自動車のタイヤを作る会社としては
安全面でも社会に貢献できると考えたのかもしれない。

今回のネーミングライツの成功により、新しいインフラの利用方法として
政府や自治体所有物にかかわる命名権も動き始めているという。
一般道や国有財産も命名権のビジネスが可能か検討に入っているらしい。
その分野に詳しい政治家で構成されたプロジェクトチームは、
レインボーブリッジや明石海峡大橋などを
ネーミングライツ導入の候補に挙げていて、
そのうち名前が変わるかもしれないという。

あと驚いたのが「渋谷公会堂」って、いつの間にかネーミングライツで
「渋谷C.C.Lemonホール」に変わっていたこと。
昔、NHKの「レッツゴーヤング」を観に行ったことのある
伝説の「渋公」の名前が無くなったのは寂しすぎるね。
「大阪ドーム」だって今は「京セラドーム大阪」が正式名称だし、
「新潟スタジアム(通称・ビッグスワン)」は
「東北電力ビッグスワンスタジアム」になっている。
昨年まで「インボイスSEIBUドーム」だった西武ドームも
今年から「グッドウィルドーム」に変更された。
元を辿れば2003年に「東京スタジアム」が「味の素スタジアム」になってから
命名権ビジネスが始まったのかと思ったら、
実は東伏見に西武グループが建てたアイスアリーナの名称が
1997年に「サントリー東伏見アイスアリーナ」とネーミングライツされた。
これが日本初の命名権導入だったという。
その「サントリー東伏見アイスアリーナ」も今年からは
「ダイドードリンコアイスアリーナ」に変わったらしい。

だけど、コロコロと名称が変わったりしたら地図メーカーは
さぞかし悲鳴を上げているんだろうね。


風神雷神

2007年05月09日(水)

大阪の遊園地「エキスポランド」のジェットコースター「風神雷神2」の
2両目の車輪が脱落し、乗っていた女性が亡くなった事故。
身近な事故なので少しだけ触れておこう。

「風神雷神2」は立ち乗りコースターで、同様のものが
「よみうりランド」にもあるというが自分は乗ったことがない。
しかし、思うにジェットコースターは安全だと思うからこそ
遊具なのであって、あの恐怖心が楽しめると思う。
先日、遊びに行ったディズニーランドでも「スペースマウンテン」や
「ビッグサンダーマウンテン」に乗って思い切り楽しんだ。
なので、この事故はあってはならない事故である。

大阪はUSJが新しいジェットコースター「ハリウッド・ドリーム・ザ・ライド」を
投入して大人気ということで「エキスポランド」の客足に
影響が出ていることは容易に想像できる。
しかし、だからと言って経費削減のために安全を疎かにしては本末転倒なのだ。

まぁ「エキスポランド」の責任は重大だが、記事を読む限りでは
たまたま「エキスポランド」で発生したと思えてならないのも怖いことだ。
報道では「点検が延期されていた事実」ばかり強調されているが、
毎朝、毎月の目視点検、義務づけられている「毎年の目視点検」は既に行われており
延期された「分解検査」「探傷検査」は、あくまで自主的な点検なんだそうだ。
つまり、法律上は「分解検査」「探傷検査」は行わなくても問題ないわけで、
「目視点検自体」の有効性も含め「法律の不備」が大きくないだろうか?

「部品を交換する期間」の安全基準も無かったため、
コースターが作られてから15年もの間、車軸が1度も交換されていなかった。
これを考えると、法律上では全国のコースターが「目視点検のみ」で、
安全が保たれていることに驚きを感じる。
1985年に起こった日航ジャンボ機墜落事故で「金属疲労」が注目され、
この20年で「コースター」も「検査技術」も発達したが、
法律だけが「人間任せの時代」のまま取り残されていたのではないか?

俗に「ヒヤリ・ハット」と呼ばれるが、このような「重大事故」の背景には
いくつもの「小さな事故」が存在すると言われる。

先日、楽しんだディズニーランドの「スペースマウンテン」ですら、
2003年に車軸が折れて脱輪事故を起こしている。
この時は単純な「車軸の発注ミス」が原因だった。
同じく2003年に「長島スパーランド」の「スチールドラゴン2000」でも
車輪44個が落下する事故があったし、
今年の3月には「西武園ゆうえんち」で「ハングライダー」の部品が破損し、
地面に接触する事故があったばかりだ。
昨年6月の「シンドラーのエレベーター事故」の時も、
メディアは「シンドラー叩き」に終始したが、
今年4月の「六本木ヒルズのエレベーター火事」により、
「日本オーチス」の「ずさん管理」が発覚した。

責任追求、原因究明とともに、事故の背景となった
「システムの改善」「法律の整備」などを行わない限り、
忘れた頃に他の会社が同じような事故を繰り返す。
このように「死亡事故」が起こるまで「ヒヤリ・ハット」が見過ごされてしまう。

人が亡くなった後に責任者を袋叩きにしても人は生き返らないのだから、
「小事故」を教訓に「大事故」を食い止められる世の中になってほしいものだ。
福知山線の脱線事故も含めて日本の安全神話はどんどん崩壊しているようだ…。

それにしても「風神雷神」と2人の神様の名前がにあったにもかかわらず、
神に見放されてしまったような事故だったな。
亡くなった方のご冥福をお祈りします。


第3のパーク

2007年05月08日(火)

GW最終日の6日に行ったディズニーランド。
雨でパレードもなく、アトラクションの待ち時間もほとんどなかったので
常に歩きっぱなしだった気がする。
なのでいまだに足に痛みが残っている。
元々、左足のアキレス腱痛はあったが、太ももに張り、膝の裏も痛い。
年を重ねると痛みが引くのにも時間がかかるので困ってしまう。
さて、そんなディズニー関連で大きなニュースが発表された。

今日、ディズニーリゾートを経営するオリエンタルランドから
ディズニーランド、ディズニーシーに次ぐ第3のパーク建設の発表があった。
昨年あたりから噂にはなっていたが、正式決定となったのか。
内容は2010年以降に関東圏以外の大都市中心部で
「屋内型エンターテインメント施設」を開設。
「エンターテインメントや食事、ショッピングを通じて
テーマパークとは異なるディズニーの世界を身近に感じられる施設」を目指すという。
まぁ、要は今後の日本の少子化が原因で、ディズニーに来る人が減るのではないかと
予測しての商業ビルなどの内部に大人向けのパークを開設するということである。
アトラクションの類はないというが、どんなパークになるのやら。

しかし今、商業ビルは人気だからな。
この第3のパークができたらGWの人の流れも変えちゃたりしてね。
ディズニーキャラクターと遊べてショッピングもできて美味しい食事もできるなら
お台場や丸の内はかなわないかもしれないな。

だけど残念なことに関東圏以外の大都市中心部に建設…。
予想は名古屋か神戸かな。
3年後なんてアッと言う間、今から楽しみかも。


ディズニー珍道中

2007年05月07日(月)

さすがに昨夜は早めに就寝。
ぐっすり寝たが、疲れは微妙に残っていた。
特に足が痛い。
今日はGW明けということもあり店は超ヒマだったので少しホッとした。
果たして子供たちはちゃんと起きて小学校や幼稚園に行けたのかな?


さて、昨日のディズニーランドは雨のために集合時間が開門15分前に変更。
則ぞーが7時15分に迎えに来てくれるはずが、
寝坊をしたらしく7時45分頃に到着。
セレナに乗り込んで激しく降る雨の中、いざディズニーランドへ出陣。
すでに西浦家、田辺家、手塚家はゲートに並んでいた。
西浦家は2人で雨の中、原チャリで来たという。
田辺家と言っても田辺と日菜だけだが、電車で来ていた。

ディズニーランドの駐車場に到着した時はすでに開門5分前。
初めて駐車場内に建設中の新しいホテルに隣接している立体駐車場にINし、
急いで待ち合わせのゲートへ。
開門直前にみんなと合流してインパして、全員のパスポートを預かり
今回も田辺と一緒に「プ〜さんのハニーハント」の
ファストパスを取るためパーク内をダッシュ。
しかしゴールデンウィークの最終日、さらに雨ということもあり
パーク内はガラガラ状態。
簡単にファストパスをゲットし、みんなとの待ち合わせ場所である
トゥーンタウンのミッキーの家の前でみんなが来るのを待つ。
ラッキーなことに雨はほとんど上がっていた。
なかなかみんなが来ないので40過ぎたオヤジ2人でミッキーに
会いに行っちゃおうかと相談してたら、トゥーンタウン内を走る
しょぼい電車が来たので乗ってみることに。
この電車には生まれて初めて乗った。
ちょうど、その頃に子供たちが到着し、子供たちと一緒に電車に乗る。
しかし、一周してくれるのかと思ったら一駅で降ろされてしまい
そこから歩いてミッキーの家まで戻り、全員でミッキーに会いに行く。
4家族、総勢15名が一緒にミッキーのスタジオへ。
シズラーの仕切りで、まず各家族ごとに記念撮影。
その後になぜかオヤジ5人とミッキーという変な写真を撮り、
さらに子供たちとミッキー、そして最後は全員で撮影。
自分たちのグループだけだったので、かなり長時間、
ミッキーと一緒にいることができた。
本当はこんなに時間をもらえないものなんだけどね。
さすがシズラーだ。
ちなみに握手したミッキーの手は・・・・男だったような感じ。

ミッキーの家を出た後に子供たちは「ガジェットコースター」へ。
自分はなぜか拓に手をつかまれてロジャーラビットのカートゥーンへ。
拓と一緒に乗ってからトゥーンタウンを後にして、朝一でとったプ〜へ。
プ〜を降りたら再び田辺と一緒にバズのファストパスを取りに行く。
途中、一服もしたかったが、喫煙場所が少なくなったと痛感。
夢の国であるファンタジーランドとトゥーンタウンに喫煙所はないものだが
以前、あった場所も移動したり縮小されたりと、
喫煙者はかなり肩身の狭い思いをしなければいけない場所である。

それからピーターパンだのホーンテッドマンションだの
ジャングルクルーズだのイッツアスモールワールドだの
ガラガラ状態のパークをかなりの距離、移動して
どのアトラクションも最高20分待ち程度だったのでいろいろ乗った。

リフレッシュメントコーナーで約30センチのロングフットホットドックを食べてから
ビッグサンダーマウンテンのファストパスを取りに男5人+里紗で行く。
途中、チャーミンがチキンレッグを買って1人で食べながら歩く。
ビッグサンダーのファストパスの時間がバズと重複していたため、
取らない方がいいと判断。
そのまま6人で乗車してしまうことにした。
チャーミンは急いでチキンを食べきって山を登って小屋に入ってから
「え!乗るの?」ここまで来て何を今さら。

雨の中のビッグサンダーはテンションが上がる。
2年前同様にチャーミンは田辺に両手をつかまれ上げたまま状態。
さらにレインコートのフードも取られていた。
その後、ビッグサンダーはシステム調整のためストップしたので
先に乗っていてラッキーだったかも。
続いてスプラッシュマウンテンのファストパスを取ろうと移動。
しかしスプラッシュはファストパス自体が必要ないほどガラガラ。
なので続けて乗ることに決めて、また6人で乗車。
かなりチャーミン弱っていた。
でも落下時に撮られた写真のチャーミンはものすごい笑顔だった。

バズの時間になったのでみんなと合流。
チャーミンがビッグサンダー&スプラッシュの連続コンボで弱っていた頃、
女性陣や子供たちはショーベースで平和にショーを観賞していたらしい。
バズにみんなで乗ってから雨の日限定のパレードを見たり、
スペースマウンテンに乗ったりなんだりで
とにかくガラガラだったので、かなりのアトラクションに乗れた。
順番とかも覚えられないほど乗った気がする。
結局、スペースマウンテンもスプラッシュもホーンテッドマンションも
ハニーハントも2回乗ったし、バズは3回乗ったっけ。
雨のために大きなパレードではないので、パレードの待ち時間もなく、
見る時間もあっという間なので時間が余ってしまう感じ。
結局、閉園は22時だったが、20時半前にはパーク内で解散となった。
ゲートを出て駐車場へ向かう途中に中止だったと思っていた
ファンタジーインザスカイの花火が上がり、終わるまで観賞し
途中リタイアした則ぞーとチィの待つ車へ。

ディズニーランドから我が家まで15分足らず。
家に着いた時は20時55分くらいだったが、とても長く充実した一日だった。
雨の日のディズニーランドは2度目の経験だが、
やはり空いているし、考えようによっては十分に「有り」である。
ちなみに最後まで一番テンションの高かったのは、やはり田辺だった。
年間パスポートを持っている手塚家は早く帰る予定だったが、
結局、みんなと一緒に最後までつきあってくれた。
今回は特別なショーも大きなパレードもなかったので作戦はなかったが、
また大勢で行ってみたいね。

待ち時間がない分、歩き回る時間が多かったので足の裏がやたら痛かった。
靴は防水スプレーをかけておいたので、水が沁み込む事はなかったけどね。
ちなみにチャーミンは裸足にサンダルだったな。
雨の日なので、それも「有り」だったのかも。

我が家のバルコニーから見える距離のディズニーリゾート。
車なら10分〜15分で行ける場所でもあるが、次はいつ行けるのかな。


れっつ!でぃずにー!(雨)

2007年05月06日(日)

かなり楽しかった。
声を出しすぎたせいで少し喉が痛い。
そして疲れた。
だけど、楽しかったな。
詳細は後日、元気だったら書こう。


覚悟

2007年05月05日(土)

明日は大荒れの天気の中、2年ぶりのディズニーランド。
かなり天気は荒れるようなので覚悟して臨まないと…。
ちなみに亜沙子と里紗子は我が家に泊まっていて今からテンション高めだ。
はたして子供たちは雨の中のディズニーランド楽しめるかな?
降り方にもよるが、ヘタしたらショーもパレードもないんだよね。

10年以上前に1度だけ大雨の中、行ったことあるが
日曜なのにアトラクションの待ち時間もなく、
これがなかなかテンションが上がって面白かった記憶がある。
もう20回以上はディズニーランドに行っているが、
もしかしたら一番、記憶に残っているかも。
ただ、雨の中のビックサンダーマウンテンは雨が顔に当たってかなり痛い。
覚悟を決めて明日、出陣だ。

メールでは田辺が一番、やる気満々みたいだなヾ(^-^;)


ゴールデンウィーク

2007年05月04日(金)

世間はゴールデンウィーク。
どこに行っても混雑しそうなので今年も近場で済ませている。
昨夜は秋葉原にある通称・肉ビル「肉の万世本店」にて、
今日は嫁の誕生日と言うこともあり、東京丸の内にある丸ビルで食事をしてきた。
旅行などには行かないので、せめて食事くらいは贅沢しようと思ってね。
丸の内の新丸ビルも覗いたが、やはり大勢の人、
その分、丸ビルのほうは空いていたかも。
秋葉原にしても丸の内にしても、我が家からすぐに行けるので本当に便利だ。
ちょっとそこまでメシ食いに行くか感覚で出かけられる場所である。

明後日のゴールデンウィーク最終日の6日は大勢でディズニーランド。
そのために明日、亜沙子と里紗子が前回同様に我が家に前泊しにくる。
なんかゴールデンウィークと夏休みに泊まりに来るのが
恒例になってしまったな。


日本学生野球憲章って何?

2007年05月02日(水)

高校球界が揺れている。
西武ライオンズの裏金問題から端を発したスポーツ特待制度の憲章違反。
この日本学生野球憲章違反となる特待制度の実施校の申告は合計は334校、
4都府県高野連からまだ申告があるので最終的には400校近くなる見込み。
申告した高校を見ると甲子園に出場したことのある名前がズラーッと並ぶ。
優勝校だけでも21校もある。

日本高野連が全加盟校を対象に実施した特待制度の実態調査の申告は
甲子園優勝経験のある作新学院、崇徳、横浜などが申告し、
今春センバツ優勝の常葉学園菊川も申告。同準優勝の大垣日大も
春季大会出場辞退を高野連に申し入れた。

専大北上の野球部解散に始まり東北高校の県大会出場辞退、
そして横暴・高野連の野球部狩りは全国に大きな波紋となってしまった。
群馬県大会では4強入りした桐生一と前橋育英が共に辞退、
同大会準決勝は「高校野球特別規則16ハ」により、
出場辞退する高校が最後に試合を行ったチームである太田商と高崎商が
代替出場することになった。
山梨県大会でもベスト8中、日本航空など3校が出場辞退。
準々決勝1試合が消滅するという前代未聞の異常事態となっている。


素朴な疑問だが、特待生のどこが悪いのか高野連に問い質したい気持ちだ。
特待生以外にも野球留学に否定的な発言もしていたが、何を今さらだ。
特待生にしても野球留学にしても自分は肯定派というか
今まで何の問題にもなっていなかったのに、なぜ今さら?という気持ちが強い。
特待生になれるほど一芸に秀でた子の力を伸ばしてやるためにも
「特待生」である事は、その子の誇りにもなると思うし、
野球留学にしても親元を離れてまで慣れない環境下での生活をするのだから
並大抵の気持ちでは野球留学なんて出来るわけがない。
子供達の気持ちを考えると、やはり肯定的な見方をしてしまうね。

特待制度…学業でもスポーツでも、常人より優秀な成績を修め、
且つ今後も期待出来る生徒に「特待=特別待遇」を与えるって事でしょ?
特別待遇とは授業料などの金銭面、その他諸々。
別に悪いことなのか?
高野連っていうのは常にピントがズレているな。
一昔前のボウズ頭強要だったり「連帯責任」問題だったり、
他の競技や学業でも通例の特待制度を全廃するとか…。

ハッキリ言って、今まで実態の把握すらせずに
分かっていて黙認していたくせに何を今さら。
超有名プレーヤーは勿論のこと、プロに進んだ殆どの選手って
特別待遇じゃなかったの?
現役の子達にしてみれば「何で先輩達はOKだったのに俺らはダメなの?」
って思っても仕方ないよね。
中学生のうちから注目株の高い運動能力やセンスの有る子は
このままじゃサッカーや他に流れてしまうだろう。

野球以外の他のスポーツでは特待生制度を容認されているし、
スポーツを活かしての越境入学は野球だけでない。
駅伝やラグビーは海外からの留学生が全国大会に出ているくらいだしね。
それにスポーツだけではない。
勉強ができる子は超進学校へ越境入学するケースもあるし、
学内でも優秀な成績を挙げれば、特待生で学費免除までしてもらっていた子が
いるのを自分は身近で知っている。
勉強以外にも音楽や学校関係者の縁故での特待生だっているはずだ。

それなのに、なぜか野球ばかりが批判の対象となってしまう。
全ては高野連の姿勢がそうさせているのではないだろうか。
一体「高野連」って組織は何様のつもりなんだろうか?
高校野球は「高体連」に加盟していないのも不思議だし、
会長にしても年寄りから年寄りへと引き継いでいたりもする。
昔気質の古い体質、古い精神が高校野球をも時代錯誤にされそうだ。

ほんと、くそったれ高野連である。
球児達がひたむきに取り組む高校野球の後ろに
高野連の影が見え隠れするのがムカつく。
いっそのこと、高野連を解体させるか?
もしくはプロレス団体のようになってしまうかもしれないが
甲子園常連校が中心となって高野連から脱退宣言すべきかもしれない。
高野連から脱退し、他のスポーツ競技と同じ高体連に加盟。
そうすれば高野連だって慌てて考えを変えるなんて事も…。

そもそも、特待生制度を認めていないとされる「日本学生野球憲章」って何なんだ?
「日本学生野球憲章」ってことは、大学でも特待生制度は
認められていないってことになるんだよな?
じゃあ、大学野球機構は高野連のように実態調査しないのかね?

時代は刻一刻と変化しているのに「日本学生野球憲章」だけは
断固変えるつもりは無いという頭の固い高野連。
プロ野球のテレビ放映はメジャーリーグに食われて視聴率低迷、
高校野球は高野連に翻弄されるし、
日本の野球の未来って何か微妙だな…。

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