Web Masterの日記



小はげ天

2006年07月09日(日)

今日は先週、店に様々な業者から数々のお中元が届いていたので、
そのうち自宅で使う物を運びに車で銀座まで行ってきた。
お中元を車に積み込み、そのまま駐車場に車を停めて
前から気になっていたところに飯を食いに行った。
天ぷらの老舗「銀座・はげ天」が経営している
天ぷらカジュアルレストラン「小はげ天」
銀座4丁目の交差点近くにあり、とてもリーズナブルな値段で
天丼が食べられ、味も量も満足。
なんせ、あの「はげ天」の天ぷらだから間違いはない。
お気に入りの店に追加してもいいだろう。

その後、銀座のユニクロでクールビズシャツなどを買って帰宅。
銀座のユニクロは既存店には置いていない銀座店限定の服が多いので
なかなか良いものが見つかる。

今夜でW杯も終わる。
1ヶ月、よく頑張って見続けた。
4年後は南アフリカか…。
時差はどれくらいなんだろう。


二大政党制

2006年07月08日(土)

もう、あんまり政治的な話題は書きたくないんだよね。
この国の政治は終わっているので、なんかアホらしくて。
だけどネタもないので、少し前に思っていたことをダラダラと書いてみる。

小沢一郎が民主党の党首に就任してから、
少しは国会に緊張感が出てきたのは確かである。

「二大政党制の実現のためにも生まれ変わった気持ちで頑張る」

党首選の時に小沢氏が述べた言葉だ。
しかし、本当に生まれ変われるのか疑問だ。
小沢代表になったからといっても民主党のイメージは悪い。
偽メール問題で一度死んだも同然の状態になった。
その前には学歴詐称していた党員。
選挙中に覚せい剤をうってた党員。
弁護士名義貸しがバレてつかまった党員。
ありとあらゆるアホが所属していた党ってイメージが強い。

こんなアホ党のせいで、いつもはもめる予算も簡単に通ってしまい、
ますます数で有利な自民党が幅をきかせている。
このままでは民主党は自民党に飲み込まれてしまいかねないのでは?
先の衆院選選挙の時、こんな状態になると思っていた人は少ないんじゃないかな。

だけど二大政党制ってどうなのかね?
それすら興味ない人が世間の半分くらいはいると思うけど…。
選挙の度に「二大政党の流れが加速」なんて言われてるが、
そりゃあ、選挙区で1つや2つの議席ばかりになって
少数意見の票が捨てられれば、弱小政党は抹殺されていくのは当然だ。
(都議会選挙なんかはまだマシなほうだけど)
二大政党制って、自民党がダメなら民主党に投票すれば
民意が反映されるってことだと勘違いしている人も多いだろう。


「二大政党制」とは、単に二つの大政党が対峙する政治のことではない。
その二つの政党は対立する価値観を持ち、互いに牽制しながら、
結果的に政治を間違いなく運営していく制度でなければならないのだ。

例えばアメリカの共和党と民主党。
イギリスの保守党と労働党の関係のように。
アメリカの場合、資本主義が野放しになって恐怖を招くと、
ルーズベルトの民主党が政権をとって政府が国民生活に
より関与する政策でバランスをはかり、その社会主義的なやり方が破綻した頃、
共和党のレーガン大統領が「市場主義」を引っさげて登場し、
新たな繁栄をもたらしてきた。
イギリスでも戦後の労働党政権で復興を果たすと、
サッチャー政権が経済のグローバル化をはかって成功した後、
労働党のブレア政権がバランスを上手く取っているところだ。

つまり「二大政党」は、一方が政府の関与をできるだけ少なくして
社会を活性化させることを旨とすれば、
他方は、その結果に起きる弊害を是正するために国の関与を強めるという
政策を掲げることが求められる。
言い直せば「小さい政府」対「大きい政府」を目指す
二つの政党が必要ということなのだ。

今の自民党・小泉政権は「民にできることは民に」と
政府の関与をできるだけ少なくするという
言わば「小さい政府」の政策を実施し、それなりの成果も挙げてきた。
しかし、その結果「格差社会」などと言われるようにもなってきたが。

小沢民主党が打倒・小泉政権を目指すなら「大きい政府」を
打ち出さなければならないだろう。
だが、本当に今の民主党に未来を託して大丈夫なのか?
そもそも民主党の上の人達は自民党だった人たちである。
しかも、政党名を変えては離れてくっついてを繰り返してた人達だ。
こんな人達の集まりに何を期待していいのか…。
また、こんな人達の集まりは国民の何を幸せにしてくれるのか?
もし、政権交代して何か変わるのか?
現状を冷静に見れば、全国民が自民党員になって、
どっちの派閥がいいか投票してるようなものにしか思えない。

民主党は「二大政党制」の本当の意味を
勘違いしているのではないだろうか?
いつも対・自民党で白か黒かを決めようとしている。
小沢党首となって少しは勢いの出てきた民主党だが、
それを少し見ただけで、ムードに流されやすい日本の国民性は
何かとても今後が不安になってしまう。
こういう状況って、共産党が政権取る以上に
恐ろしいことなのかもしれないのかも。


ミサイル

2006年07月05日(水)

昨夜というか早朝、W杯のドイツ対イタリアを観ていたら
北朝鮮からミサイルが発射されたとの速報が。
朝、家を出るまでは3発だったが、帰宅後には計7発になっていた。
W杯がNHK教育テレビに移行するという貴重な現象が見れたが、
楽しみに録画していた人は、ちょっとかわいそうだな。

しかし、愚かな国の愚かな指導者には開いた口がふさがらない。
奇しくもアメリカ時間では独立記念日、
さらにスペースシャトル打ち上げとほぼ同時刻の発射。
これはアメリカの気を惹こうとしているか?
アメリカによる金融制裁措置に北朝鮮国内が参っているために
なんとかアメリカの関心を引いて交渉に引きずり込むために行った暴挙か。
もう、北は正気を失っている。

それに何だか、どさくさに紛れて、竹島近海では
韓国の調査船が日本EEZに侵入しているし…。
その近くに北のミサイルが何発も飛んだのだから、
日韓はいがみ合っている場合じゃないだろ。
韓国も今すぐに北への対応を考え直すべきだ。
だいたい、横田めぐみさんの夫とされる金英男氏の発言だって
あまりにも、胡散臭すぎて、誰があんな発言を信じるというのだ。

日本は北朝鮮に対し、経済制裁発動を決めた。当然のことだ。
ミサイル発射の猶予を盛り込んだ「日朝平壌宣言」に違反しているのだから。
北は、いつまで経っても約束を守らない体質は変わっていない。
日米だけでなく、韓国や中国も世界的世論に基づき、
一刻も早く、世界規模での経済制裁で圧力をかけて
愚かな指導者をあぶり出し、今回の真意を問いたい。
もし、漁船や航空機に被弾していたら、どうするつもりだったんだ。
また、ミサイルは日本全土が射程内だという。
原発なんか狙われたら、ひとたまりもないぞ。


しかし北朝鮮も、思惑通りアメリカを交渉の場に引きずり出せなければ
7発も無駄撃ちということになる。
これは、北朝鮮の台所事を更に厳しいものにするだろうな。
今後、友好国の中国やロシアからまでも強烈な経済制裁なり
経済封鎖が実施された場合、今回の日本海に捨てた燃料の
補填すらできなくなるだろう。
金も物もないのに、残った物を生きるために使わず、
ドブに投げ込むこの国を狂っていると称してはいけないのだろうか?
こんなことをやる連中が計画経済なんてできるわけがない。
ミサイル7発分の燃料で、何人の貧困に苦しむ北朝鮮国民が
食事にありつけるのかさえわからないのだから。

国家の定義を国際的なルールや約束事に則った体制の下にあるものとするなら、
平気でルールを破り、条約を無視する北朝鮮を国として認めることはできない。
しかも、ニセタバコや覚醒剤製造、さらにはニセ札作りで
外貨を稼ごうとする姿勢は泥棒である。
実際、日本人や韓国人を拉致するという「人の生活そのものを盗む」という行為を
ずっと続けていたのだから、この呼び名に嘘はない。
もう、こんな連中に気を揉む必要などどこにもない。

今のブッシュ大統領の父ちゃんが大統領時代、
アメリカがパナマを侵攻した時の名目は、
ノリエガ将軍を麻薬密売容疑で逮捕するというものだった。
ならば金正日にだって同じことはできるはずである。
現在の体制を打破し、それを再生させることはイラクの時と同様、
今や国連の仕事として認知されている。
国際的寄生虫にこれ以上猶予を与えることは得策ではないのではないか?

何にしても日韓でも日米でもいいから、北朝鮮制裁への共同宣言を表明すべきだ。
日本は遠慮なく「遺憾」以外の対応をしてもいいのだ。
もう、こいつらの為に時間を割くだけ無駄なのだから。
マジで、そろそろDeleteと参ろうではないか。


それにしても最近、日本全体が意気消沈し疲弊している気がする。
凶悪犯罪は相変わらず起こるし、特定アジアや牛肉輸入などの外交問題、
大雨等の異常気象、一向に上がらない株価、ガソリンやタバコの値上げ、
駐車禁止も厳しくなったし、巨人は弱いし、W杯での惨敗、中田の引退に
今日の王監督の身体問題等のスポーツ界の暗い話題…。
もし、これで地震なんかが起こったら、なかなか回復できないダメージを
受けてしまうだろうな。
あぁ、タイミング良く?もうすぐ「日本沈没」が上映されるね。

なんかこう明るい話題はないものかね。
6年連続でオールスターに出場するイチロー1人が頑張っているだけだ。


もうすぐポルトガル対フランスの試合が始まる。
4強の戦いなのでレベルが高いのはわかるが、
昨夜のような延長戦にまで突入されると体がキツイな。
ドイツ対イングランドやポルトガル対アルゼンチンもそうだったが
90分で決着がつかないで延長、PKとかまでになると
深夜早朝に観てると睡眠時間がさらに削られて非常にツライ。
なので今日の試合は、できれば90分で決着をつけてほしいとマジで思う。


サムライとサッカー

2006年07月04日(火)

昨夜の中田引退の衝撃のまま、今夜いよいよW杯の準決勝が行われる。
ドイツ対イタリア。そして明日はポルトガル対フランス。
4強全て欧州の国が残った。

2大会連続、史上最多6度目の優勝を狙っていたブラジル、
40年ぶりの優勝を狙っていたイングランド、
自分の応援していた国は消えた。
ブラジルにしてもイングランドにしても、
史上最強と言われていたチームだというのに勝てなかった。
これがW杯だ。
他にもアルゼンチン、スペイン、オランダと応援していた国は
ことごとく敗退していった。( ̄◇ ̄;)

そうそう、あれはもう遠い話、ジーコジャパンも早々に消えた。
もちろん日本国民として、また現役時代のジーコの素晴らしさを知る者として
力の限り、応援していた。
だけど「サムライブルー」とか言ってたからダメだったんじゃないの。
どうしても「サムライブルー」という表現には抵抗があった。
サムライとサッカーとは全く関係がない。

サッカーとは、走って、走って、殴る蹴る。
走って、走って、突き倒す。
ウソ転びする、オレのボールだもんと抱えて逃げる。
相手を陥れて退場させる。
こんなスポーツのどこがサムライだ?
お上品で気位の高い日本人に、こんな野蛮なスポーツは向かないと思う。
極端な話、野球と柔道だけしていれば良いと思う。

そう、サムライにサッカー特有の「マリーシア」は不似合いだ。
「マリーシア malicia」とはポルトガル語で「狡猾さ=ずる賢さ」
真面目な日本人にはフェアプレーではないと思われるかもしれないが、
フェアとは公平という意味だ。
相手がマリーシアを仕掛けてきたら、こちらもマリーシアで返さないと
フェアな試合ではない、これが国際サッカーでもある。
サッカーの歴史の浅い日本人には到底無理なことだね。

W杯では選手だけでなく観客も「マリーシア」を仕掛ける。
自国の選手の調子が悪ければブーイングを送り、
控えの選手の名前をコールして奮起を促したりする。
ブラジルのロナウドがクロアチア戦で調子が悪くて
観客たちは「ロビーニョ」コールをしていた。
ところが日本の応援といえば「みんなで奇跡を信じましょう」的な
実に日本人らしい謙虚な振る舞いであった。
残念ながら試合も勝負と言うには程遠い、まるで練習のような試合。
走って疲れたら休み、パスを回すことだけに終始し、
ゴール前のチャンスでも自分で撃たずに味方にパス…。( ̄◇ ̄;)
W杯という最高の舞台でも、勝つことではなく
「自分たちのサッカーをする」ことのみに固執していた結果、惨敗。

なので、やはりサムライにサッカーは向いていない。
もし今後、W杯で少しでも上に行きたいのなら、
サムライスタイルを貫くのは止めてもらいたい。
泥臭く、狡猾に、そして野蛮に世界と戦ってもらいたい。


しかし世界の狡猾な野蛮人たちの十字を切る姿がキライだ。
ゴールしたといっては十字を切り、
シュートを外したといっては十字を切り、
ピッチに入るから、ピッチを出るから、と十字を切りまくる。
なんて美しいんだ、このギャップは。

そして敗れ去る者こそが印象的かつ美しい。
勝者は歌う、踊る、走り回るなどバカっぽい。
あっ!そうか、敗者の美しさがサムライなのか?
それじゃダメじゃん、やっぱ負けるのが似合うなんて…。

まぁ、真面目な話、今大会の日本は惨敗という表現でいいだろう。
それなのに、その原因や責任が総括されないまま、
次へ向けてどんどん手続きが行われてゆくことが
今後の日本サッカー界にとって不安を抱かずにはいられない。
川淵キャプテンの「オシムが…」という発言も
口を滑らしたのではなく、責任問題から話題を逸らすために
確信犯的に出た言葉ではないのかと勘ぐってしまう。
確かに時間がないのは分かる。
だからと言って、今やるべきことに目をつぶってしまったら、
4年後にまた同じような悔しさを味わうことになるのではないだろうか?
サムライスタイルを貫くなら、誰かが責任を取って腹を切らなければならないはず。
4年後に向け、かなり不安は大きい。


不安と言えば、サッカーとは全然関係ないが、
先日、プレスリーの家を訪ねて大はしゃぎだった小泉総理の訪米。
あんな姿を晒して「この国は大丈夫?」と不安になってしまったね。
なんとも脳天気な映像だった。
まぁ、エアフォースワンに乗ったこと自体はスゴイことではあるけど。
もうすぐ任期も切れて辞めるので良い卒業旅行になったかもしれないけどね。

同じニュース内で橋本元総理の死去が伝えられたが、
かつては自民党最大派閥を率いた政治家で
「橋本派にあらずば、自民党にあらず」そんな一時代もあった。
晩年は、小泉政治の勢いに押され見る影なし。
日歯連のヤミ献金問題で政治の一線を退いた。
栄枯盛衰が世の習いとはいえ、無念な思いが強かったろう。
テカテカのポマード頭が消え、モジャモジャのライオン頭が踊った日、
なんとも不思議な気持ちになった。


中田引退!

2006年07月03日(月)

中田が現役引退だって!!
帰宅後、ネットでニュースを見てビックリした。
W杯もベスト4が出揃い、ますます盛り上がりを見せている中で
日本サッカー界に衝撃が走った。
今大会でも日本代表選手としてプレーしていた中田英寿選手が
現役引退を自身の公式HPで表明した。

まだ彼自身は29歳だけに、W杯は今大会で最後でも、
クラブチームではプレーすると思っていた。
まさかプロサッカー選手そのものを引退するとは…。
まだまだやれるだけに惜しい気がする。
思えば、あのブラジル戦終了後にセンターサークル付近で
大の字になって涙を流していたが、あの試合で彼自身は
「これで終わりだ!」と決断していたのだろう。

中田ヒデといえば、フランス・日韓・ドイツと日本が過去出場した
W杯3大会の全試合に出場し、五輪でもアトランタ・シドニーを経験。
各世代のユース代表にも常に選ばれるなど、まさに「エリート中のエリート」
フランスW杯終了後にイタリア・セリエAのペルージャに移籍、
移籍最初の試合で2ゴールを決めるなど海外に行っても
素晴らしい実績を挙げていた。
ペルージャ、ローマ、パルマ、フィオレンティーナそしてボルトン。

中田選手のサッカー以外にスゴイ部分といえば、
やはりイタリア語を流暢に話すことが出来ること。
英語だったら学校でも習うので片言でも話したりすることは
とりあえず可能だが、イタリア語なんて大学でも取り入れている所は少ないはず。
そんな日本にとってはマイナー語ともいえるイタリア語を完璧にマスターし、
記者会見の一問一答でも瞬時にイタリア語で切り返すヒデを見て
「やっぱ凄いなぁ」と感心していた。
やはり中田は才人だと思う。自分というものをしっかりと持っている。
イタリア語がペラペラになっていて驚いたし、
プレミアリーグに移籍した時には英語がペラペラになっていてやっぱり驚いた。
この人はなんて努力家なんだろうとも思った。
他にも事業をやっているし、まさに才人である。

日本のサッカーと言えば中田。いつしか誰もがこう思っていた。

彼のプレーには本当に気持ちがこもっていたし、
唯我独尊に思われがちだけど、彼ほどチームのことを真剣に考える選手は
他にいないと思う。

年齢が年齢だけに「お疲れ様」とは言いづらいが、
いつの日か選手とは違った立場で日本サッカーの発展のために
ピッチに戻ってくることを信じたい。

円熟味を増した中田英寿のサッカーを見られなくなったのは
とても残念ではあるが、本人の決断なので仕方のないこと。
何にせよ引き際は難しいものだが、きっちり決断して見せたところは
むしろ立派だと思う。

彼の新たなる旅立ちに幸おおからんことを…。


フジテレビのスポーツニュース「すぽると」の冒頭で
ジョン・カビラが中田のホームページの全文を熱く熱く読んだ。
声だけでジョン・カビラだとわかる熱い朗読だった。泣いた…。



“人生とは旅であり、旅とは人生である”2006.07.03

〜1985年12月1日 - 2006年6月22日〜

俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
必死でゴールを決めることだけを目指した。
そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
サッカーボールは常に傍らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
山梨の県選抜から関東選抜、U−15、U−17、ユース、そしてJリーグの一員へ。
その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。

五輪代表、日本代表へも招聘され
世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。

サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。
サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に
約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

サッカーは世界で最大のスポーツ。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後
サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。

ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国のどんなスタジアムにもやってきて
声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”


(ホームページから原文のまま引用)


願い

2006年07月02日(日)

今日、家の近くのケーキ屋に行った時、
七夕の笹が置いてあり、横には短冊とペンが置いてあり
自由に願い事を書き込めるようになっていた。
笹にぶら下がっている短冊を見ると、ほとんど子供の書き込みばかり。
会計を待っている間に短冊に「祈願・Sリーグ優勝」と書いてぶら下げておいた。
今年は本気で優勝したい。


寝不足

2006年07月01日(土)

昨夜はドイツ対アルゼンチンを観て、
その後に全英オープンの杉山対ヒンギスを観てから
イタリア対ウクライナまで観てしまったために
今日はかなりの寝不足状態だった。
とりあえず10時に起きたが、起きてからずっと頭痛が続いた。
頭痛薬を飲み、なんとか夕方頃には頭痛は治まったが、
完全なる寝不足状態だ。
しかし今夜も先ほどまでイングランド対ポルトガルを観戦。
そして早朝4時からのブラジル対フランスも観る予定。
明日も寝不足頭痛は覚悟しておこう。


無題

2006年06月30日(金)

今日からW杯もベスト8の戦いとなった。
先ほどまでドイツ対アルゼンチンの試合を観戦していたが、
世界レベルの凄さを改めて知った。
こんな場に歴史の浅い日本はおろかアジアが出てはいけないのかも。
それほどまで素晴らしい試合だった。
早朝4時からのイタリア対ウクライナの試合も気になる。
明日は休みだし、このまま頑張って起きていて観てしまうかも。
なんせドイツ対アルゼンチン後に
全英オープンの杉山対ヒンギスの試合を観戦中。
このままの流れで4時からの試合も観そうな勢いだ。

少し遅い情報だが松浦亜弥&藤本美貴がハロプロ期間限定新ユニット
「GAM」を結成し、9月に松浦亜弥主演の「スケバン刑事」の主題歌をリリースする。
しかし「GAM」ってなんか女子プロレスラーみたいな名前だな。
実際、GAMIっていう女子プロレスラーがいるし…。
「GAM」はGreat AYA&MIKIの略だそうだが、グレートムタみたいだ。
宣伝写真を見るとミニスカートでまるで平成のピンクレディー?
本来、平成のピンクレディーを名乗ろうとしていたW(ダブルユー)が
加護亜依の喫煙写真流失によって消えてしまったので
松浦亜弥と藤本美貴に託したのかな?
まぁ、どうでもいいけどね。

明日はお台場に映画「デスノート」でも観に行こうかな。


東大阪大生リンチ事件

2006年06月29日(木)

主犯格の男が逮捕され、埋められた人も
遺体で発見されたようだが、なんとも凄まじい事件だった。

最初、新聞で「東大阪大生」という文字を読んだ時、
東大生と阪大生がリンチ事件を起こしたのかと思ってしまった。
まったく、なんて世の中だ…頭の使い方を間違っちゃったのか?と。
しかし、紛らわしい大学名だな。東大阪大(ひがしおおさかだい)かい。
こども学部こども学科ってのも微妙…。
まぁ、そんなことはいいとして…。

殺人事件が報道される度に「あぁ、またか」と
ため息が出ると同時に心が痛む。
それにしてもこの事件は「凶悪・卑劣」で許しがたい。
よってたかって集団リンチをしたあげく「生き埋め」なんて…。
とても信じられない。
人の心が通っていたら、こんな惨いことできるはずがない。
命の尊さを「どう思っているのか?」と犯罪者に問いてみたい。

しかし、最近の犯罪って、だんだんエスカレートしてないか。
まるでマンガやドラマのようになってきている。
徹底的にやらないと気がすまないのが最近の社会現象なのだろうか。
すっかり冷え切ってしまっている心理状態に疑問を持ってしまう。

今回の事件、よく事の経緯を聞いてみると後味が悪い。
当然、殺人を犯した方が悪いに決まっているが、
なんていうか、どっちもどっちというか…。
被害者は気の毒だとは思うのだが、加害者もなんだか被害者のような。

加害者グループは最初は被害者だったというのに驚いた。
被害者グループの女に手を出して、加害者グループが初め被害者グループにボコられて、
おまけに恐喝されていたという。しかも暴力団を騙って恐喝…。
なんとも…。
恐喝された加害者グループが警察に被害届を出したっていうのに、
警察はマトモに捜査をしなかったんだろうな。
被害届を取り下げてしまったようだ。
もし、ここで警察が動いていれば、ここまでの事件には
ならなかったのではないだろうか。
まったく、なにやってんだか。
つい、この間の誘拐事件で「日本の警察は素晴らしい」なんて
言われているみたいだが、この事件に関しては警察が怠慢すぎだ。

この時点では主犯格の男はまるで関わっていなかった。
加害者グループがボコられたあと、主犯格の男に相談したって話。
主犯格の男は、やりすぎたってことなんだろうが、
友達に相談を受け、ある意味で友達のために男気を見せたと言えるのかも。
もちろん集団暴行して、おまけに恐喝した挙句、生き埋めなんて
やりすぎにも程があるわけだが。
しかし、主犯格の男にしてみれば、こんなことをしても何の得にもならないのに、
困っている友達のために一肌脱いだって感じにも取れてしまう。
まぁ、暴走列車になってしまったのは愚かであるけどね。
友達のために、ここまでやってしまうのはある意味すごすぎる。
だけど頼まれ仕事だから、暴力を振るうことについての
自分の責任が軽いと思ってしまったのかもしれないね。
責任は頼んだ人間が負うのだから、思う存分興奮して、
歯止めが利かなくなって…みたいな。

警察がなんですぐに生き埋めになっている場所を掘り返さなかったのか。
結構、日数が経ってから掘り返したが、
もう絶対に死んでいるってことだったのかもしれないが、
もしかしたら生きているかもしれないとは考えなかったか疑問。
リンチやらの状況から、もうダメだと思っていたのかもしれないが
そのあたりも納得がいかない事件だった。
そもそも、最初に被害届が出されたときに、ちゃんと動いていれば…、
まぁ、こんなこと言ってもあとの祭りだけど。

あと気になったのは、主犯格の男と母親の会話。
なんだか普通に話せるようなことじゃない会話だった。
端折って報道されているとは思うのだが、
「人を殺した」「何人??」ってのは信じられない会話だ。
この事件の発端となった女性、生きた心地がしないだろうな。
名前バレ、顔バレしていないのが唯一の救いだろうけど
地元では噂になってるに違いない。
それと、この東大阪大学の在校生も気の毒だ。
スポーツやら学業やらで有名になるならともかく、
こんな凄惨な事件で有名になるのは正直イタイね。
地元では、しばらく「あぁ、あの学校か」とか「あの生き埋めの…」
なんて言われてしまうのだろうね。

なんだか、後味の悪い世も末な事件だった。
なんにせよ、暴力団関係者でもないのに暴力団関係者だなんて
騙るべからずってことだ。
大きなしっぺ返しが来るのは間違いないのだから。


今日、いつものように銀座松屋デパートの前を歩いていたら
ショーウィンドウに「秋の予感」と書かれ、
もう秋物の洋服がディスプレイされていた。
まだ梅雨も明けず、夏も来ていないのに秋物の売り出しか…。
そろそろ夏物のバーゲンでもあるしね。
なんか年々、デパートの売出しって早くなっている気がする。
というか、このクソ暑い日に秋物のコートとか着てるマネキンなんて
見たくないんだけど…。


団塊の世代と祭

2006年06月28日(水)

来年2007年度より団塊の世代が大量に退職していく。
それにはらむ問題が2007年問題と名付けられている。
団塊ジュニア世代は現在30歳前半。
若者の側から見れば、世代交代のチャンスで
職にありつけるチャンスとなる。
現状の年金システムだと若い世代の金が今の団塊の世代以降の
人々に年金として支払われる。

何もしない政治活動の極点として国民年金の不払いがある。
若くなればなるほど支払わないのは当然?
今のままだとあの制度がもって10年?無理矢理20年か…?
あの国民年金の制度は明らかにおかしいので、
このまま不払いを続け、改正またはオルタナティブな
選択肢を持つ必要があると思う。


少し前に菅直人・元民主党代表が「団塊党」なるものを立ち上げた。
党といっても政党ではなく、甘党とか辛党とかと同じ党。
団塊の世代は高度経済成長を支えた功労者である反面、
終身雇用制、年功序列制さらには年金の受益者としても
恩恵を受けれる立場でもある。
一方、今の若い世代は低経済成長を支え、終身雇用制はなく
年功序列もなく、年金ももらえない非常に不安定な世代に当たるわけだ。
加えて情報社会化によって、個々がばらばらになっている。
菅氏が主張する団塊党の人の意見を聞いてみると、
どうやら若い世代のこうした感受性を理解できていないらしい。
彼ら団塊の世代は学生紛争の当事者であり、
いわゆる共通体験をしてきた祭をよく知る世代でもある。
マルクスも、ろくに読まないで、ただ彼らは共通前提のもとで
祭がしたかった。そして実行した。
しかし結果は、浅間山荘事件に終息してしまい
未だにその不完全燃焼感が聞いた話だとあるそうだ。

若い世代には祭がない。バラバラだからだ。
祭には共通の前提が必要。共に生き、顔の見える共通の体験があるからこそ、
祭りでカタルシスが得られる。
2002年の日韓ワールドカップでは、偶然舞い降りた
プチナショナリズムでバラバラになった若い人でも祭的な体験ができた。
あの味が今も忘れられず、若い人は祭がしたいのかもしれない。
今回のドイツW杯やWBCでは遠い地のために
日韓W杯の時のような祭にはならなかったし。

だが、祭を実行するそのノウハウが分からないのだろう。
バラバラになってしまって…。

そこで団塊の世代の登場だ。
彼らが祭を実行し、ノウハウを若い世代に伝えてもらいたい。
自分は安易にナショナリズムを勧めているわけではない。
もっと小さな、小さな地域での顔の見えるコミュニケーションでの
祭の重要さを主張しているだけ。
だって、誰にだってバーッとやりたくなる時ってあるでしょ。
若い人たちは今後、不安定な社会でも、
どうにか生きていかなければならない世代だしね。
顔の見えるコミュニケーションに対しては、個室化情報化で免疫がないだけ。
なので、たまにはカタルシスが必要だ。
それが広い意味で若い人たちの犯罪の抑制にもなるはずだ。

具体的にどういう祭を創っていくかは、これからの創意工夫。
ネットや携帯、メールなどコミュニケーションツールを十分生かして、
みんなでひとつになれる新しい祭を創りあげられたら最高だ。
ノウハウは団塊の世代に教えてもらって、
若い世代で創造していける世の中がくれば幸せだと思う。
そうそう祭自体には、とりあえず一緒に盛り上がればいいので
今の若い人が不得意なコミュニケーションなんて
ある意味ではいらない楽しさがあるしね。

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