Web Masterの日記



海外人気

2005年11月15日(火)

今日は寒かったな。
そろそろコートでも着たほうがいいんだろうが、
まだ着ている人って、あまりいないね。
明日は今日よりも寒くなるっていうし、もう本格的な冬が到来するのかな。
今年は暖冬だというが、それでも寒いことには変わりない。
寒さが苦手な自分としては嫌な季節が来てしまった。
まだ本調子まで戻っていないので明日からマジでコート着よう。

ところで数ヶ月前から耳にして気になっていたことがある。
「PUFFYの二人がアニメ化されて全米で大人気!」という話。
なんか、いくら大々的に宣伝されたところで、眉唾というか、
率直に言って「それはウソじゃないか」って思ってしまう。
「大人気!」の度合いとか、熱量みたいなものが
実感として全く伝わってこないから仕方ないのかな。
日本国内で下火になっている人気をむりやり底上げするために
外国でのことを持ち出して、適当なこと言いまくってるんじゃないかって…。
たとえ、そのアニメの視聴率とかキャラクターグッズの売り上げとか
なんらかの数字で人気の程度を“客観的”に示されたとしても、
外国市場における標準の尺度みたいなものが
自分には、まるで備わってないがために、
それはそれでたぶんあまりピンと来ないと思う。

話のついでに書くと、ドクター中松が外国でいったいどれだけの
「偉人」だというのか、ということも未だによくわからん。
ほんとにすごい人なのか、それとも日本人の目が届かないのをいいことに
外国で駄ボラ吹きまくってるだけに過ぎないのか…。
アメリカのどっかの市だか州だかで制定されているという
「ドクター中松の日」が、はたしてどれだけの意味を持つというのだろうか?
このモヤモヤ感は、いつまでも解消されることがない。
単に日本国内だけで細々と活動していれば、
ただの天才●●発明家として消化できるものを…。

同様に、あのプリンセステンコーのアニメ化やら
キャラクターグッズ化やらというのも
「アメリカ流にとても細かい契約を結んでいる」とかいって
「髪を切っちゃいけないんです」なんてよく語ったりしているが
そこまでたいそうなものなのか?って首を傾げざるを得ない。
確かにイリュージョンの腕前は素晴らしいと思うが、
日本でキャラクターとしてのプリンセステンコーが流行ったことなんて
これまで明らかに一度もないことだから、
なんか、どうもうさんくさいというか…。

また最近バラエティ番組によく出てる湯浅卓という弁護士、
「テレフォンショッキング」で翌日のゲストとして
写真が紹介されてもアルタの客はノーリアクションだったらしいが、
「ウォール街がどうこう」「西海岸が云々」「ビルゲイツがあぁだこうだ」
とかいう妙にスケールの大きい話も、
単なる虚言癖なのか何なのか、よく判断できない。

とにかく日本の有名人のことは、そこに外国が絡むと
ことごとく話がややこしくなってしまって正直ウンザリ。
まだ宇多田ヒカルのアルバムが全米で発売されたが大コケしたという方が
かなり真実味があって素直に受け入れられる。

これって、チョット偏った見方なのかな…。


デジタル化計画

2005年11月14日(月)

昨日、HDD内蔵DVDレコーダーに溜まっていた映画なんかを
DVDにダビングなんかはしたが、我が家のデジタル化計画は一向に進まない。
というのも、膨大な数のカセットテープ&ビデオテープの山が
使われていない洋室にダンボールに入ったまま置きっぱなしである。
すでに新居に引っ越して、もうすぐ1年になるというのに
まったく手付かずの状態なのだ。(^^;)
このカセットテープも仮住まいに引っ越しする際、かなり捨てた。
残っているのはMDにダビングしたいと思っているカセットばかりだ。
仮住まいの前のマンションに住んでいた時、
数十本のカセットをMDにダビングしたが、仮住まいになり、部屋が狭くなったので
カセット類は実家に置いたままだった。
なのでMDにダビングしていたのは2年以上前になる。
それから、ただの一本もダビングしていない。
以前、田辺が水疱瘡に罹ったときに、カセットをMDにダビングして
ヒマをつぶしていたという話を聞いた時、
自分も早くやらなければと密かに焦っている。
すでに空のMDは安売りの時に買っているので大量にある。
MDはMDLP機能を使って録音すると80分のMDも2倍か4倍の容量を録音できる。
よって80分が最大320分間も録音できるので
60分テープだと5本半近くを一枚のMDに収録できる。
ダビングをすれば一気にカセットは減り、
小さく薄く収納に場所をとらないMDの枚数も制限でき
良いことばかりなのだが、ひとつだけ大きな問題があるのだ。
カセットからMDへのダビング録音は、CDからMDの録音と違い
当然、倍速ダビングは不可能。そりゃあカセットはアナログだから仕方ない。
よって60分テープをダビングするには60分かかるということであり、
MDLP機能で4倍の容量を録音するには320分もの時間が必要となる。
たった一枚のMDを作るのに320分…、その他に曲と曲の間を切ったり
カセットを入れ替えたり、そんな時間も含めると
今、洋室に置きっぱなしにしているカセットテープの量からして
とんでもなく多くの時間が必要ということになり、
それを考えただけで、もうやる気が一気に萎えてしまっているのだ。

ビデオテープに関しても同じで、一度HDDにダビング、
それをDVD-Rにコピーするだけの作業だが、
ビデオテープ=アナログのために倍速は無理。
120分テープはHDDにダビングするのに当然120分かかる。
しかし120分テープを三倍モードで録画したりしていたので360分=6時間!
1本のビデオテープをHDDにダビングするだけで6時間もかかってしまう。
さらにHDDに保存してある動画を補正したりCMをカットしたりしてから
DVD-Rにコピーするので、果てしなく時間がかかってしまう。

カセットテープもビデオテープも膨大な数があり、
それこそ水疱瘡にでもかかって自宅に監禁状態でないと絶対にできそうにない。
なので今の状態じゃ、絶対にできそうもない。
しかし、いつかはやろうとは思っている。
カセットテープなんかは青春時代の想い出でもあるし、
そのまま捨ててしまうには、あまりにももったいない。
たまに昔を思い出し聴きたい曲なんかも沢山あるから。
ビデオテープも、もう一台HDD内蔵DVDレコーダーを購入できたら、
それをダビング専用機して、まずはHDD内に貯めておくことくらいはできそうだ。
その中から必要なものだけをDVD-Rにコピーすればいい。
HDDからDVD-Rへのコピーはデジタルからデジタルなので倍速でできる。
なのでカセットよりはビデオのほうが簡単かも。
しかし、もう一台HDD内蔵DVDレコーダー自体を買うことが難題。
DIGAの一番下の機種が4万円を切ったら買い時だと考えているが
これが、人気機種のためか、なかなか価格が落ちない。

まぁ我が家のデジタル化は5年計画くらいで地道にやっていくしかないね。


ロッテ五冠達成

2005年11月13日(日)

千葉ロッテマリーンズが日本プロ野球の威信をかけて臨んだアジアシリーズ、
見事に決勝戦も勝利し、初のアジアチャンピオンの座に輝いた。
先発のサブマリン渡辺は、日本シリーズに比べると
調子が悪かったように思えるが、要所を締めて6回1失点。
その後も藤田、薮田は完璧、小林雅は守備の乱れからペースを乱して2失点したが
最後の打者を三振に仕留め、まさに横綱相撲で大会を駆け抜けた。
これでロッテは交流戦1位、パリーグチャンピオン、日本シリーズ優勝、
そしてアジアシリーズも制して四冠達成。
いや、ファーム選手権でも日本一になっているので一軍、二軍あわせて五冠だ。
まさにロッテ黄金時代の到来を予感させる今シーズンだった。
これでプロ野球の全日程が終了した。
また来年の3月までしばらく寂しい期間になってしまうが、
我がチームの今シーズンはまだ終わっていない。
来週の修善寺遠征試合に、2週間後の韓国人チームとの初の日韓戦、
まだ2試合を残している。
すでに勝敗では今季勝ち越しは決まっているが、なんせチーム打率が悪すぎる。
少しでも良い形で終われて来季につながるように頑張ってもらいたいね。

今日の休みも一歩も外へ出なかった。
2日連続して家の中に閉じこもりっきりというのも久しぶりだ。
なんとか風邪は回復傾向にあるが明日からも無理しないように気をつけないと。
あまりにもヒマなのでHDD内蔵DVDレコーダーに溜まっていた
まだ観ていない映画なんかをDVD-Rにダビングしたりして過ごした。
気づいたらダビングしたDVDの数がものすごいことに…。
いったい、これらはいつ観れるのだろう……。
それにしてもCMをカットする作業が面倒だった。
なんか観るときに邪魔だと思ったので全てのCMをカットしてダビングしたが
ダビングは高速でできるが、CMカットが本当に面倒な作業だと痛感した。

ダビング作業をしている15時くらいに、いきなりシズラーから電話が入り、
その数分後に西浦夫妻がやってきた。
なんかチャーミンの田舎から沢山野菜が送られてきたので
わざわざ、家が近いのでお裾分けで持って来てくれたのだ。
なんか、どこかに出かける途中に寄ってくれたみたいで、
うちには上がらずに野菜だけを置いて、すぐに帰ってしまったが、
今の我が家は夫婦揃って風邪っぴきなので、それが正解かも。

さて、明日からは気温も下がり涼しくなるようだ。
せっかく治りかけてきたのだから、油断しないように注意しないとね。


ブログバトン

2005年11月12日(土)

やっと休みがやってきた。
体が弱っているせいか、今週は本当に長く感じた。
風邪をひいてから1週間以上になるが、まだ夜になると咳が出る。
あと熱いものを食べる時にむせてしまう。
そして、ついに美穂まで風邪をひいたようだ。
症状が全然違うので、自分がうつしたわけではないと思う。
夫婦揃ってこんな調子なので来週の修善寺遠征まで治るか心配…。
今日の休みは家から一歩も出ずに、二人でゆっくりと体を休めることに専念。
なので特に何もネタがないので、以前回ってきたバトン回答を公開。
ブログを書いている人のみのバトンである。



ブログバトン

Q1:アナタのブログの説明をどうぞ(テーマ、内容)

特にテーマとかはない。
書きたいことを誰の干渉も受けずに自由に書いてるだけ。
まぁ、コラム的な事も多いが普通の個人の日記。


Q2:ブログタイトルの由来は?

「気まぐれ勝手日記」…そのままの意味。
気まぐれで勝手に書いているから。
気まぐれで勝手に書かない日もあるし、
気まぐれで勝手に辞めてしまうかもしれないので。
特に何も意識せずに、ひらめいて付けた。


Q3:ブログを始めたきっかけ、動機は?

元々はチームのサイトの隠しページとして遊び心でサイトに置いてみた。
自分の中にいろいろ溜まっていることなどを書いていたら
意外にスッキリするので続いているのかな。


Q4:お使いのブログサーバーを選んだ理由は?

・enpitu
今、一番最初の日記の日付を見ると2001年5月1日…。
随分、長く続けているものだと我ながら感心してしまう。
日記を最初に書き始めた当時は、今のようにブログサービスなんてものはなくて
ただのレンタル日記という名称だった。
なのでいまだにブログという名称には慣れず、日記という名称を使ってしまう。
ちなみに、このサーバーを選んだ理由だが、
たまたま読んだパソコン雑誌に取り上げられていたので選んだだけ。

・ココログ
ふとenpituで書いている日記が何かの拍子で消えてしまったら
悲しいと思い、バックアップの意味も含めて開設。
プロバイダーのブログサービスなので安心。
使い勝っても良いし、いろいろなサービスもあるみたいだが
使い切れていない感ありあり。
元々バックアップ場所だったが、最近は、ここがメインになっている。

・Jenka
年下の友人が開設したのをきっかけに、つい勢いで自分も開設してしまった。
知り合いでも、ごく一部の人にしか公開していない。
使い勝手は悪いが、なんとなく最近は愛着が出てきた。
自分では掲示板やアルバムも設置しておらず、
一方通行のコミュニケーションながらも、
様々な人が訪れてコメントを書いてもらえると嬉しいのは事実。
フレンドリクエストやらも届くようになり、頑張って書く気にもなる。
あと、他の人のブログを読むと、いろいろな考え方があると勉強になるね。
ただ、実名入りの超プライベートな事は掲載しないようにしているので、
通常版とJenka版の日記を分けて書かなくてはならないのが大変。


Q5:ブログを初めて良かった事。

自分の中で思ったことや、おもしろいと思ったことを
すぐに自由に書けるのでストレス発散になるってことかな。
すごく書きたいことを書き終わったら、なんかスッキリするのは確か。
あくまでも個人の日記なので、自分の日常や感情を
書き溜めていくことでストレス発散できるのかもしれない。
形に残るというのも良いかも。
紙に書く日記ほどは確かな形ではないにしろ、
昔に書いた日記を読み返したりすると、
自分でも忘れていたような出来事に出会える。
これは貴重なことなのかもしれない。

あと、ほぼ毎日、日記を書いているのでキーボード操作が早くなった。
自分は日本語ワープロを長年使ってからパソコンに入ったので、
いまだに「かな入力」しかできないが、
今では、その「かな入力」のタイピングも両手で見ずにできるほどになった。
どこに何の平仮名のキーがあるかは目をつぶっていても分かるかも。

最後に、誰かが読んでくれるということは意外に快感である。(^^;


Q6:反対にブログを書いててムカつく事。

言いたいことが、なかなかうまく文章にならない時。
書く気があってパソコンの前に座ってもネタがなかった時。
でも基本的に、あまりムカつくことってないかな。


Q7:好きなブログ

最近は芸能人のブログも多いが、特に気になってチェックしているブログはない。
Jenkaでよくコメントを書いてくれる方のブログは読ませていただいている。


Q8:バトンを渡す人

やりたいと思った人は自由に持っていってください。


こんな感じかな。
まだブログという言葉すら生まれていなかった2001年5月から書いているが、
ここまでブログが市民権を得るとは予想もしていなかった。
4年以上前から書き続けていることは誇りだね。

さて、明日の休みもゆっくりと寝て、美味いもん食べて
体調を元に戻すことに専念しよう。


不動の強さ

2005年11月11日(金)

女子プロゴルフ界は宮里藍や横峯さくらの人気で盛り上がっている。
彼女たちは実力の伴う人気なので、しばらく盛り上がりは続くだろう。
だけど、若い2人が女子プロゴルフ界を牽引はしているように
各メディアは取り上げているが、自分が前から思っていたのは
「どうして不動裕理は人気が無いのだろう?」ということだ。

不動裕理といえば、この5年間ずーっと女子プロゴルフの
「賞金女王」に君臨し続けているとんでもない人で、
この世界の第一人者であることは誰の眼から見ても明らかなのだが、
宮里や横峯に比べると、とにかく人気がない。
もっと率直にいえば「こんなに強いのに人気がない」ということに
気がついたのもここ数ヶ月のことで、
だいたい「強い」ということすら知らなかった。
過去の戦績とか素人目にも震撼するのに。稼ぎすぎだ。

宮里藍、横峯さくら、また諸見里しのぶなんて新鋭を筆頭とする
十代そこそこの若手が台頭して「女子プロゴルフ人気沸騰!」などと
騒がれている一方で、まるで騒がれてない不動。
もちろんゴルフに少しでも興味のある人は
不動のことを十分すぎるほど認識しまくっているに違いないのだが
ミーハー的に薄っぺらな興味しか持っていないゴルフ素人の大半には、
その存在はまったく届いていないと言ってもいいかも。
またメディアも「届けよう」という意識や動向さえ、
まるで存在していないと思う。

その顕著な事例をひとつ挙げると、いつだかの日曜のゴルフ中継に
偶然チャンネルを合わせてみたところ、
たぶん「日本女子プロゴルフ選手権」最終日だと思うが、
『藍とさくら 逆転なるか?』みたいなテロップと共に
彼女ら2人のラウンド風景が流れていたのだが、
最終的に優勝したのは不動裕理だった。
これはすなわち、勝ち負けは別として
テロップで視聴者の耳目を惹きつけるのに有効なのは
『藍とさくら>>>>不動』という判断をテレビ局が下したわけである。

なぜ、藍とさくらばかりが注目されるのだろうか。
やはり「若さ」のせいだろうか。
安定感のあるベテランよりは勢いのある若手に興味がいくのは必然。
それに何よりも藍もさくらも、それぞれ華がある。
でも、それにしたってここまで偏向しないだろう。
不動だって1976年生まれで、まだ老いぼれというわけではなく、
しかもわずか24歳の時に年間の獲得賞金額が1億円を突破している。
だけど全然、そのときも知らなかった…。

あるいは不動の「ルックス」にこそ問題があるのかもしれない。
「愛嬌がある」「クマさんみたい」と
善意で好意的に解釈したいのはやまやまなのだが、
正直あまりそんな積極的に推したい気分にはならない。
体型的にも、その内側に秘めているであろう筋肉はともかく
外観は小柄でぽっちゃりで、いささかシャープさに欠ける。
人柄はいいと「Theサンデー」で以前に徳光さんが力説してたが、
どちらかといえばクラスでも地味なタイプの、まったり文化系の雰囲気がする。
なんか、まちがってゴルフ強くなっちゃった人みたいだ。

もちろん、宮里だって横峯だって、まかり間違っても
アイドル扱いされるほど誉められたルックスでは決してないのだ。
宮里藍は鬼瓦権造だし、横峯さくらは能面顔。
しかし、いかにも負けん気の強そうな獰猛で肉食系の濃い顔であるし、
いっぽうで若者らしい愛嬌もあったりして、世の中的には実にわかりやすい。
また宮里なら宮里三兄弟、横峯なら「さくらパパ」のような
人間関係での広がりもあって「とっつきやすい」というのもある。
そしてたとえば「ジャンクSPORTS」みたいに、
有名スポーツ選手が「アスリート」とか称されて
華やかに躍り出るようなマスメディアの舞台にも、
宮里や横峯が屈託なく出るいっぽうで、
不動が出演しているのをほとんど見たことがない。
もっと言うとスポーツニュースで流される優勝インタビュー以外で
不動の肉声を聞いたことは皆無だ。
「5年連続賞金女王」なのに…。

なにぶん地味な人のことなので、いろいろ丹念に書いているにも関わらず
今ひとつ、ふわふわと要領を得ない感じがして仕方ないのだが、
ひとつ言いたいのは、ここまで存在感のないトップ選手というのは、とても珍しい。
でも珍しいからといって、なにか特別な付加価値があるといえば
別にそんなこともないのである。
普通もっと自動的に目立つと思うんだけどな…。

今日から伊藤園レディースなる大会がスタートした。
宮里藍は出場していないが、不動と横峯は出場している。
どちらも初日-1と好位置発進した。
不動にとっては6年連続賞金王のかかった大事な大会、
しかしネットのスポーツニュースの見出しは横峯さくらばかりだ。
はたして不動が意地を見せるのか少しだけ注目してみたい。


アジアシリーズの台湾興農戦の先発は清水だった。
ということはサブマリン渡辺は決勝戦まで温存だろうな。
それにしてもロッテ強すぎ、というか台湾弱すぎ。


アジアシリーズ開幕

2005年11月10日(木)

今日から待ちに待った初めてのアジアシリーズ。
プレーオフや日本シリーズの時にチェックしていたiモードのスポーツ速報が
なぜかアジアシリーズは速報してくれていなくて、
仕事中も経過が気になって仕方なかった。
日本チャンピオンの千葉ロッテは、いきなり韓国三星との対決だったので
少し心配していたが、タイミング良くマサから実況メールが届いた。
やはり心配は杞憂だった。終わってみれば快勝。
さすが西武、ソフトバンク、阪神と立て続けに敗ってきた実力は本物だ。
いくら韓国チャンピオンといっても、その3チームよりも格下、
そんなチームに千葉ロッテが負けるわけない。
まぁ、いつもの力さえ出せればロッテはアジアでは絶対に一番なので
この調子で初代アジアチャンピオンになってもらいたい。
明日の台湾興農との試合の先発は誰だろう?
清水かな…渡辺をもってくるかな、それとも久保か?
日曜には決勝戦もあるので、決勝まで誰を温存しておくんだろうか。
それにしてもセラフィニがケガで戦列を離れているのに
一流投手が多くて羨ましい限りだ。
うちのチームの投手陣も若くて駒は揃っているが、
いかんせん投げてみなければ分からないのばっかだからな…。ヾ(^-^;)

そういえば11月27日の今季最終戦の相手が決まった。
アジアシリーズを意識したわけではないが、なんと韓国人チームとの対戦だ。
一応、ある意味で初めての日韓戦となる。
なんか日本プロ野球の好きな韓国人が集まって結成したチームだそうだ。
どれほどの実力かは未知数だが、草野球で日韓交流もいいんじゃないかな。
2005年シーズンを締めくくる試合が日韓戦、半端な試合はできないね。
その前に19日には修善寺遠征がある。
そこで対戦するチームは明らかに格が上だし、早朝移動のアウェーと
ネガティブファクターばかりだが、どれほど強豪チームに対して
今のうちのチームが通用するのか楽しみでもある。
ただ痛いのは現在チーム三冠の佐藤が欠場すること…。
これは確実に戦力ダウンだ。
しかし夏合宿でも佐藤抜きで、あれだけ戦えたし、
集中力と緊張感を持って戦えば、きっといい試合ができると思う。

修善寺遠征まで10日をきったし、それが終わればすぐに
今季最終戦となる日韓戦、マジで早く風邪を治さなければ…。


世も末…

2005年11月09日(水)

体調が悪いせいか、今週は異常に長く感じる。
まだ水曜か…、早く休みにならないかな。
あと1日寝ていたら、きっと治ると思うんだけどな。
なんかまだ咳が出るし、鼻水も出る。
いつも風邪といえば、真っ先にやられる喉が今回は無事なのが幸い。
あと熱も出なかったので仕事に差し支えなかったので良かった。
これから空気が乾燥し、風邪だけでなくインフルエンザの季節もやってくる。
夜更かしは一番良くないとは分かっていても、
もともと仕事が終わる時間が遅いので、
深夜帯こそが自分の自由になる唯一の時間だから、
ついつい今日も夜更かし…。
そろそろ寒くもなってきたので床暖房ONも必要かな。
とにかく、これ以上悪くならないように注意しないとね。

ボビーが大晦日に曙と戦うとか、フランスで暴動が起きているとか、
NHK職員が放火して逮捕されたとか、ジャンボ尾崎が破綻したとか、
上戸彩がベストスマイル賞だとか、エチゼンクラゲが異常発生しているとか、
携帯電話に3社が新規参入だとか、東京の紅葉が12月にずれこむとか、
もうすぐアジアシリーズとか、小泉新内閣誕生とか、とかとかとかとか…。
明るいニュースや暗いニュース、いろいろ日記で取り上げたい事もあったのだが、
最近は風邪のためか、なんか考えながら書くことができないので
すべてスルーしてしまっている。
だけど静岡県の母親に毒物を飲ませて逮捕された女子高生の事件を
ニュースや新聞で見たり、一応、彼女が書いていたブログも読んでみたけど
なんか異常というか猟奇的というか…。言葉が出ない。

あと北朝鮮から戻ってきた元オウムの訳の分からない怪しい女、
この前の日曜に「バンキシャ」に出演していたのを観たが、
ジャストミート福沢の苛立ちが画面を通して伝わってくるほど、
いったい、この女は何がしたいんだ?とこちらまでイライラしてしまった。
こんな訳分からん奴はメディアも無視しておくに限る。
だいたい、日朝政府間対話の再開日に合わせて帰国してきたが、
「北朝鮮は自由な国」ということをアピールするための
単なるカードとしか考えられず、相変わらず北の手の内が見え見えの
幼稚で無意味な作戦に失笑してしまう。
こんな女よりも先に返してほしい日本人はいくらでもいるのに、
記者からの「また北朝鮮に行きたいですか?」という皮肉な質問に対して、
「はい、観光で行きたいです」って答えやがった。
周り中の人間に大迷惑をかけたくせに、何をとち狂ったこと言ってるんだ。
こんな女は今すぐ北朝鮮に宅急便で送り返してやれ!

毒殺女子高生や北朝鮮帰国女などのニュースは、ものすごい嫌悪感。
本当に世も末だ。この世は確実に終末に向かっている気がしてならない。


One Way Generation

2005年11月08日(火)

One Way Generation

人ごみの まん中
今居る場所さえ わからないように
自分の生きかたが
見えない時ってあるよね
話してはみたけど
言葉が 一方通行みたいで
遠くの夢なんて
大人はわかってくれない
僕等は
One Way Generation One Way Generation
今 ひとりで何かを探して
One Way Generation One Way Generation
今 知らないどこかに向かって
戻れない片道のチケットと
夢だけを信じたい

恋人を送った
プラットホームは ガランとしていて
空っぽの心が
次の列車を待ってる
サヨナラのかわりに
手に入れたものは 小さな自由と
大きな悲しみと
中くらいの思い出だけさ
僕等は
One Way Generation One Way Generation
もう 地図など必要ないから
One Way Generation One Way Generation
もう まわりを気になどしないさ
青春の終点に 着いた時
何かが待っているのか

止まらないで 自分の道を
少し間違ってもいいから
わき目もふらずに
One Way Generation One Way Generation
今 ひとりで何かを探して
One Way Generation One Way Generation
今 知らないどこかに向かって
One Way Generation One Way Generation
もう 地図など必要ないから
One Way Generation One Way Generation
もう まわりを気になどしないさ
One Way Generation One Way Generation
今 ひとりで何かを探して
One Way Generation One Way Generation
今 知らないどこかに向かって


詩 秋元康
曲 筒美京平
唄 本田美奈子
1987年2月4日発売  TBS系ドラマ「パパはニュースキャスター」主題歌


彼女の曲で一番好きだった曲。
歌詞の内容もメロディーも好きだった。
もう一度、何かの機会の時に歌っている姿を見たかった。
しかし、もう戦う必要も走り続ける必要もない
静かな世界に旅立たれたのかと思うと、
なぜか悲しくて仕方ないです。
心より、ご冥福をお祈りいたします。

本日、彼女の通夜が行われたので、あえて掲載しました。


無題

2005年11月07日(月)

まだ体調は本調子には程遠いが今週も始まってしまった。
今日は遅出なので仕事に行く前に、ちょっとした用があり上野に寄る。
地下鉄の上野広小路駅で降りて目的の場所へ行くも空振り。
少し時間があったので久しぶりにアメ横をウロウロしてみた。
しばらく上野には来ていなかったが、
よく覗いたりしてた店がつぶれていたり、新たな店ができたりと
街は確実に変化していた。
自分が以前、スカジャンを買った店が無くなっていたのには
軽いショックも受けたりした。
仕事へ行かなくてはならない制限時間いっぱいまで上野を歩いてみたが
それでもやはり楽しい街であることには違いない。

地下鉄で仕事場へ向かうために上野駅に行くと、ものすごい混雑。
構内アナウンスでは山手線が内回り、外回りとも止まっているという。
何があったかまでは人込みの中だったので聞き取れなかったが、
山手線に乗れない人達が地下鉄にやってきたため地下は大混雑していた。
切符を買うにも長蛇の列は予想外。
わずか160円区間なのに切符を買うのに時間がかかってしまった。
後で知ったが山手線は架線事故があり全線ストップしていたという。
東京は交通網が遮断されると本当に弱い。
まだ架線事故なので復旧の見込みはあったので良いが、
台風とかで各路線がストップしてしまうと完全に陸の孤島化してしまう。
以前住んでいた練馬は西武線、有楽町線、大江戸線が乗り入れていたが
今の東陽町は東西線のみなので、もし東西線が止まってしまうと
他の路線で帰る手段がなくなる。
でも銀座から5キロ圏内なので徒歩でも十分に平気な距離か。
何か遭った時、帰宅困難者にならないためにも
住居が仕事場の近くにあるということは大事なのかもしれない。
だけど永代橋が落ちたりしたら大変だな…。

なんだか風邪のせいか、それとも飲んだ薬のせいか
頭がボーっとしていて、まともに考えながら書けていない。
なので寝る。


本田美奈子

2005年11月06日(日)

今朝は10時から池袋でSリーグの役員会議があったので早起きして向かった。
昨日、一日中休養していたおかげで体調は戻りつつあったが、
各チームの代表者から「声が変ですね」とか「風邪ひきました?」とか
心配されてしまうほど、自分でもまだ変な声だと分かる状態で参加。
しかし、とりあえず会議のほうは何も問題なく終えることができた。
まだ正式発表できないが、来年からチョット投手陣は
変な神経を使いながら投げなくてはならなくなりそうなので大変かも。
だけど、今大会全体を見ると、それも仕方ないのかな…。
あと再来年の2007年、第15回大会での記念イベントの話も出て盛り上がった。
このまま行けば2年後には再び夢の舞台で野球が出来る可能性が高くなってきた。

せっかく久しぶりに訪れた池袋だったので、いろいろ見てまわりたかったが、
体調が完璧でなかったため、会議を終えて早々に帰宅。
パソコンの電源をつけて、日課のニュースサイトを見て衝撃が走った。

「本田美奈子さん 白血病で死去」

マジで驚いた。まだ38歳、復帰に向け闘病生活を送っていたのは知っていたが、
まさか亡くなってしまうとは…。

実は自分は今から20年位前に本田美奈子と何度か会っている。
自分が大学3年の終わり頃、学園祭の野外ステージ企画の
全てを担当する役職に就いていた。
うちの大学は当時1、2年が八王子の高尾校舎で、
3、4年は文京区の茗荷谷で学ぶことになっていた。
女子学生の多い外国語学部は例外で4年間高尾校舎だったが。
学園祭も5月に高尾校舎で「高尾祭」
10月に茗荷谷校舎で「紅陵祭」と2つあり、
秋の「紅陵祭」が終わるとすぐに「高尾祭」の準備に入った。
大学3年の秋、高尾祭のステージ企画を考え、
その企画に例年だと若手お笑いタレントを呼ぶのが慣例であった。
自分が1年や2年の時は、まだ当時、売れていなかった
「とんねるず」や「コント赤信号」を呼んでステージを盛り上げてもらった。
そして自分が企画考案の中心になった時、例年のようなお笑いタレントではなく、
華のある女性アイドルを初めて呼ぼうと考えた。
まぁ、これは自分がミーハーだったこともあるが、
とにかく、ただでさえ男臭いバンカラな校風の大学だったので、
せめて高尾での学園祭くらいは華が欲しかったという気持ちもあった。

学園祭のコンサートと違い、野外ステージでの企画の進行をするタレントは
予算の都合上、はっきり言って売れていないノーギャラタレントしか呼べなかったが、
ノーギャラでもステージに上がり人前で名前を売れる機会さえあるのなら
使ってくださいと言ってくる芸能事務所は山ほどあり、
直接、プロフィールを持って売り込みに来たり、
本人も連れて売り込みに来る事務所も多くあった。
お笑いタレントの場合はノーギャラの代わりに
ステージでネタを披露させてくれればいい。
アイドルの場合は何曲か歌わせてくれればOKみたいな感じで。

当時はアイドル全盛・花の80年代だったので、次から次へと売り込みは来た。
そんな中、いろいろ打ち合わせなどもあり様々な芸能事務所に訪れたとき、
渋谷の某事務所で本人を直々に紹介されたのが本田美奈子だった。
目がクリっとしていて色白で小さくて細くて、すごく印象深かった。
まだデビュー前で来年のデビュー日も決まっていなかったが
是非、ステージ企画のアシスタントで使ってくださいと
猛プッシュされたのを覚えている。
まだ、その時は本名の工藤美奈子と名乗っていた。
企画担当の中心であった自分は会った瞬間に本田美奈子で決めようと思っていた。
俗に言う一目惚れに近い状態だったかもしれない。
若さからか企画担当の特権を個人的な一目惚れで使う暴挙に出ていた。
ちなみに次の候補は同じ渋谷区にあった某事務所で打ち合わせ中に
お茶を出してくれた南野陽子である。
この2人は本当に可愛かったし、なんかオーラみたいなものを放っていた。
他にも何人か直接、紹介されたがいまいちピンと来ないというか
2人のようなオーラがなかった。
やっぱり本田美奈子にしても南野陽子にしても芸能界で長く生き残っているだけある。
あの衝撃度は忘れられないほどの瞬間だった。

契約直前、本田美奈子の事務所との最終打ち合わせで
事務所側が突然、学園祭でレコードを売りたいと言ってきた。
その場にはデビュー直前の本田美奈子本人も同席していた。
学園祭でプロの販売目的が入ってくると様々な許可が必要になり、
今からだと、とても許可を取るのが厳しく、
また模擬店等の場所も全て決定していたため
売ろうと思っても場所の確保も難しい状況だった。
それに、最初から野外ステージ企画進行のアシスタント、
もちろんノーギャラで、その代わりに数曲をステージで披露という
条件に合ったアイドルしか学校側も認めてくれなかったので
校内でレコード販売などは絶対に無理だった。

この野外ステージ企画は「チャリティーオークション」と
各クラブの代表者がステージに上がり「がまん大会」が行われ、
その司会進行のアシスタントと企画と企画の間に歌を歌ってもらう形だった。
ちなみに司会者は自分の代では適任がいなかったために
企画内容や進行を全て分かっているということで
プロデューサーでもあった自分が行うことになっていた。
自分としては是非、本田美奈子と一緒に司会進行がしたかったが、
残念ながら事務所の突然のわがままにより契約を結ぶことが出来ず
本田美奈子との進行は幻に終わった思い出がある。

結局、学園祭にノーギャラで読んだ女性アイドルだが、
次の候補だった南野陽子もすでに他の仕事が入っていてNG。
で無難なところで つちやかおり に決まり
5月の学園祭の野外ステージで一緒に司会進行した。
それはそれで、かなり盛り上がったけどね。

本田美奈子との思い出はそれだけで終わらず、
契約が出来なかったお詫びみたいな感じなのか、
事務所の方から新宿ミロードの野外ステージで行うデビューイベントに招待された。
確か4年生になっていたので4月の上旬だと思う。
5月の学園祭の準備で忙しかったが、せっかくなのでミロードまで足を運んだ。
デビューイベントといっても、まだレコード発売日前で
観客の前でデビュー曲を歌ってレコードを予約してくれた人と
握手みたいな昔のアイドルにはよくあった屋上イベントみたいなもの。
まだデビュー前で認知されていない頃だったので観客もまばらだった。
何度も打ち合わせで会った事務所の人が自分を見つけ声をかけてきてくれた。
そしてレコードも予約していないのにステージ上で
握手&ツーショット写真まで撮ってくれた。
ちゃんとデビュー曲が出てからレコードと一緒にツーショット写真も送られてきた。
握手した時に本田美奈子が小声で「学園祭行けなくなってゴメンなさい」と
優しく言ってくれた言葉が忘れられず一気にファンになってしまった。

送られてきたデビュー曲「殺意のバカンス」は何度も聴いた。
2枚目「好きと言いなさい」今で言うマキシシングルのような3枚目「青い週末」
4枚目の「Temptation(誘惑) 」も実はレコード屋で発売日に買ってしまった。
代表曲ともなった5枚目の「1986年のマリリン」が出た時は
あの可憐な少女がなぜ?!みたいな感じで少しショックを受けたのも事実。
それから「Sosotte」「HELP」などロック路線に行き、
さらに「MINAKO with WILDCATS」なるものになった時は一気に冷めていた。
というよりも、当時もう1人直接会った南野陽子が一線でデビューしたので
気がそっちにいってしまっていたのかも。ヾ(^-^;)


そのミーハー心丸出しで例年の企画を変えてから20年が過ぎ
その間に本田美奈子は日本を代表するミュージカルスターとなり、
病に倒れてからも復帰を目指して闘病生活を続けていた。
しかし今日、帰らぬ人となってしまった。
本当に残念で仕方ない。
今も新宿ミロードでの本田美奈子とのツーショット写真は
大事にアルバムに貼ってある。
本田美奈子という女性アイドルは、
自分の大学時代の思い出でもあったと言っても過言ではないかもしれない。

ご冥福をお祈りいたします。

 < 過去  INDEX  未来 >


Web Master