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2005年09月30日(金)
昨日の日記でドカベンVS野球狂の詩に関して書いたが、 今日は作者である水島新司について少し書いてみたい。 生粋の野球好きで有名な水島先生だが、 野球に対しての考え方は、通常の野球バカとは遥かに次元が違う。 あの人の頭の中は全て野球関係のことしかないのでは?と思うほど 野球に対する考え方が普通と違っている。 これは水島作品の野球マンガを読めばはっきりと分かることだ。 自分はもう30年以上も前から水島作品を読んでいる。 少年マガジンに当時隔週で連載されていた「野球狂の詩」が大好きだった。 まだ水原勇気が登場せずに一話完結作品の頃。 その中から、例えば盗塁一つとってみても、 ピッチャーの癖を見極めて云々なら誰でも考えつくものだが、 水島氏は“もう一歩”踏み込んで、だったらメチャメチャ走塁が速けりゃ、 そんなの関係ないじゃないかという究極の境地まで行ってしまう。 その結果が超俊足のアフリカ先住民マサイ族を代走要員として 入団させる話(他マンガだと巨人の星に飛雄馬と一緒に 入団テストを受けるスプリンターが出たり、 その昔、代走要員で陸上の選手が巨人に入団した実例もある)とか、 短編の「たそがれちゃってゴリ」では、野球ができるゴリラが メジャーリーガーになって大活躍する話とか…。 因みにこのゴリラ、最初は阪神に入団する予定だったのだが オーナー会議で却下されたなんてことは今の若い人は知らないんだろうな。 ゴリラが入団なんてダメに決まっているだろ、で思考を止めてはいけない。 阪神が駄目ならってんでメジャー行ったら受け入れられちゃったってのは、 マンガ≠フィクションだからだとしても、 MLBには日本球界にないリベラルさがあるという隠喩としては充分過ぎる。 劇中での村山監督の科白「人間かて動物です。野球協約のどこに ゴリラが駄目と書いてありますか!」が印象的だった。
こうした野球の可能性としての極北を探っていった結果として、 ついに水島新司は“水原勇気”という答えを出すことになった。
●女性投手の可能性 リリーフとしてならあり得るかもって現実味がミソ。 現在は六大学野球等に女性投手が複数人在籍し、 野球協約も女性OKに改定されているから、 かなり現実味のあるものになっているが、当時はやはり衝撃だった。 水原勇気入団に際しては、岩田鉄五郎の協約突破作戦に “敢えて”乗ってみせた南海の野村監督の功績がかなり大きいと思う。 取り合えずマンガの中のノムさんはいい人だった。
●左腕の下手投げと“魔球”の関係 とどのつまり、打者が打てない球は、魔球と同じじゃないかという 逆転の発想が素晴らし過ぎ。 一流の打者だって10打席中7打席は普通の球で抑えられるんだから、 そういう球まで魔球に仕立て上げるというのが面白い。 高度な情報操作(水原が魔球を完成させたという情報を記者に流す)と 打者との心理戦(投げるぞ投げるぞと思わせて投げない)で 野球マンガではなく“野球そのもの”に魔球を持ち込んだ功績は大きい。 それで本当は水原勇気は魔球なんか完成させてないんじゃないか、と 皆が思った頃に一球だけドリームボールを投げさせる岩田鉄五郎が痛快。 ドリームボールの正体はナックルとスクリューを併せたような球。 ハッキリ言って存在してもなんら不思議はない(と思う)。 それを同じく未だ存在しない左腕下手投げ投手が投げたら、 それは充分魔球であろう、という解釈が秀逸。 さらに女性特有の男性にない身体のしなやかさがドリームボールを 生み出していると言い切っているのも流石だ。
一時期の巨人・松井に対する阪神・遠山の決め球だとか、 オリックス時代にイチローが打てないと言った チームメイト佐藤義則の「ヨシボール」だって魔球である。 と考えたら解り易いのではないだろうか。 そうした球を物凄い魔球に思わせることがポイント。 球の軌道ではなく“存在”を最大限利用し魔球を演出している。
確かコミックスでは最終話として、若き日の岩田鉄五郎が 人類初のフォークを放ったエピソードが掲載されている。 今でこそ一般的な球種であるフォークですら当時は魔球扱いで、 あんなのは邪道だ禁じ手だと言われたという話。 これは深い話なので知らない人は一読する価値がある。
昨今の野球マンガはよく知らないが、 これから野球マンガを描こうって思ってる漫画家には言いたい。 野球を通して恋愛とか友情なんか伝えて貰わなくて結構。 野球を通して野球道を伝える野球マンガって水島作品以外、まだ見当たらない。
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