Web Masterの日記



W

2004年05月07日(金)

福田官房長官の辞任はさびしい限り。
新聞にて文春の広告に「ホントは8年間払ってませーん」とあったから
ヤバイかなと思ってたが、腹をくくった上での告白のようである。
民主党の管サン、かなり追い詰められたのではないかな。
まぁ、福田サンには素直にお疲れ様でしたと言いたい。
森時代からずーっと影の総理として日本の政局を牛耳っていたしね。
だけど、これでニュースを見る楽しみがひとつ減ったな…。

さて、今日のミュージックステーションでWの全国初披露となったが
あの付け毛した髪型は、あまり良いとは思えないなぁ。
カバー路線はモーニング娘。に居る間だけで、
卒業したらオリジナル曲で勝負するそうだが果たしてどうなるのやら。
今はモーニング娘。よりも、むしろこの2人のほうが
お茶の間では受けるような気もするけどね。
と思ってたら先ほどWとBerryz工房の抱き合わせコンサートが決定した模様。
なぜBerryz工房なんかと一緒なんだ。
まだ×××も来ていないお子ちゃまで商売をする事務所の体質が好きではないな。

Wの衣装、タータンチェックのキルトのようなスカート、
CBCでのテレビ初披露の映像をネットで入手して初めて見たときから、
どこかで見たことある衣装だなと、ずーっと思っていたが、やっと思い出した。
パンプキンのデビュー曲「プレッジハート」の時の衣装に似ている。

漫画家の江口寿史の奥さんである水谷麻里のアイドル時代に、
そのバックで踊っていたのがパンプキン。
松本伊代のバックダンサーだったキャプテンのサンミュージック版と
言ったところかね。まぁ2匹目のどじょう狙いがアリアリだったけど。
その後、水谷麻里から離れて2人でのデビュー曲が「プレッジハート」
しかし、まったく売れず、途中でメンバー交代してもパッとせず
数曲で芸能界から消えてしまったB級アイドル。
パンプキンの画像をネットで検索したが、残念ながら発見できなかった。
確か赤いタータンチェックのキルトのようなスカートの衣装だったと記憶している。
Wはオレンジのタータンチェックだが、形が似ているはず。たぶん…。
どーでもいいことなんだけど。(^_^;)

明日は休みなので床屋にでも行ってこよう。
あと西浦家の引っ越し祝いを買いに行く予定。
今回、我が後藤家はJupitersメンバーと一緒ではなく、
美穂の友人のコバ、クエ、エンミ達と一緒のグループでお祝いを贈ることになった。
以前、エンミがマンションに引っ越した時に西浦家と一緒に
引っ越し祝いを贈ったので、そのお返し的な形でエンミから声がかかったので。
チャーミンからリクエストは聞いているし、ある程度の目星は付けているので
ちょっくら買いに行って日曜の野球の時に渡そうと思うのだが
なんか日曜日の天気が心配だ。Sリーグは延びてほしくないんだよな〜。


藤田田

2004年05月06日(木)

今日の日記は、もっと前に書こうと思っていたことだったが、
ゴールデンウィークがあったので、なかなか書くことができなかった。

先日、日本マクドナルドの創業者でもある藤田田氏が逝去された。
自分が初めて就職したのが、この日本マクドナルドである。
就職内定を受けてから大学時代に藤田氏の著書を何冊か自主的に読んでみたが、
なんでこの人は、こんな突飛な発想が出来るのだろう?
この人の頭の中は、いったいどーなっているのだろう?と驚かされることばかりで
さすが東大在学中から藤田商店という貿易会社を興していただけあり
企業家のカリスマ的存在なのも納得してしまうほどの
偉大な人物だというのがよく分かった。
実際、1971年に銀座にマクドナルド1号店ができた時、藤田氏はまだ45歳の若さ。
それから僅か4年後には年商100億を超え、さらに1号店設立から20年で
年商2000億まで突破してしまった。
近年、ここまで短い期間でこれだけ成長した企業って他には見当たらない。
これも全て「ユダヤ商法」を実践してきた藤田田氏の
実力であるといっても過言ではない。
著書「ユダヤの商法」や「天下獲りの商法」は
企業家にとって、まさにバイブルだろう。
だいたい座右の銘が「勝てば官軍」と言い切るところがスゴイ。
これからはコンピューターの時代ということを80年代初頭に考えていて
ソフトバンク社を設立した孫正義氏が学生時代に
アメリカでコンピューターの勉強を勧めたのも藤田田氏であることは有名な話だ。
まさに有言実行の塊のような人で、
男はこうでなきゃダメだと著書を読みながら思ってしまったことが甦る。
自分が入社した頃、バリバリの外食産業トップで負けなしの時代、
どんどん店舗も増え、勢いのある頃だったので
同じ大学を卒業し、様々な企業へ就職した連中に比べ給料もボーナスも一番だった。
なんせ入社してからすぐにトレノAE86からカリーナEDの
最上級グレード(サンルーフ、スポイラー付き)に現金で買い替えることが出来たし
親元に住んでいたので、毎月かなり金が余っていた。
あの頃、テレビやビデオも新しく買い替えた覚えがあるし、
貯金も毎月けっこうしていたな。
仕事はけっこうキツイけど、見返りはちゃんとある会社だった。
今考えれば、あの頃に貯めた金、もっと大事に使っていればよかった。
あの後、バブル時代が来て、さらに湯水のように使いまくっていたからな。
バブルが去り、気づいたら全然なくなっていた。( ̄◇ ̄;)

日本マクドナルドに入社してから、実際に藤田社長を見たのは2度しかない。
入社式では合えなかった。残念ながらアメリカへ行っていたために
ビデオで社長挨拶が流された。
初めて藤田社長と会ったというか見かけたのは、
配属された新青梅田無店のリニューアルの日、
奥さんと一緒に訪れてくれた。ちゃんと普通に一般客と一緒に列に並び、
確かフィレオフィッシュを注文したことを覚えている。
ちょうど自分はリニューアルオープンの大混雑の中、
まだマネージャートレイニーの段階ながらハンバーガーなどの
製造をコントロールするプロダクションコントローラーの任に就いて
必死に「12バーガー・ターンレイ・プリーズ!」とか
「フライヤー!12フィレ・プルレイ・プリーズ!」とかアルバイトに指示していた。
そこに藤田田社長来店の報。緊張しながら、できたハンバーガーなどを置いておく
トランスファービンの間からレジで注文している藤田社長を見たのが一度目。

2度目は完全なる偶然。マネージャートレイニーは配属店舗で、
ある程度の修行をすると1週間ほど、新宿住友ビルにある本社の中にある
ハンバーガー大学に通い、次なるステップに進む講義や試験を
受けなければならない。
そこを卒業し、はじめてマネージャーとして認められる。
店舗では土、日は必ず出勤だったが、このハンバーガー大学通学中は土、日が休みで
なんか普通のサラリーマン気分になって通勤した記憶がある。
その本社のトイレで偶然にも社長と遭遇してしまった。
講義と講義の間の休み時間、トイレに行ったら社長がトイレから出てきたのだ。
その顔はすぐに藤田田氏だと分かった。
思わず「おはようございます」と挨拶したら「おはよう」と返してくれた。
トイレから教室に戻り、同僚に話したら羨ましがられ、ちょっと優越感に浸ったな。
だけど、社長も社員と同じトイレを使うのか…。
そう考えると、雲の上の存在だった人がなんか身近な人に感じられた。
同じ会社というか、藤田氏の興した会社にいながら、
たった2度しか会ったことはないが自分はまだラッキーな方だろうな。
新入社員で入社1年以内に2度も会ったんだから。
大きくなりすぎた日本マクドナルドの社員の中には
入社してから辞めるまで一度も会ったことない人もいるという。
実際に自分と同期で入った連中でも会ったこと、
見たこともないという人は大勢いた。

尊敬する企業家はマクドナルドを辞めた後でも藤田田氏だった。
自分が辞めた後、マクドナルドは様々な展開を行っていた。
バリューセット、平日半額、80円バーガー、店内公衆電話設置、店内ATM設置、
マックビジョン設置→撤去、米トイザラスと提携し日本トイザ“ら”ス設立などなど。
2001年には株が店頭公開。2002年には社長から会長になり、一線から退いた。
さらに2003年には高齢を理由に日本マクドナルドを退任された。
この時、藤田氏は76歳だった。
それから僅か1年後、様々な波と戦い続けた男は静かにこの世を去った。

藤田田の前にマックなし、藤田田の後にマックなしだろう。
マックがマックとして、マックであり続けたのは、
一重に藤田田氏のマックだったからだ。藤田氏なしのマックなんか考えられない。
だから、マックは藤田氏の退任とともに死んだ…。
客がマックを支えたのは藤田氏の藤田氏っぷりに共鳴したからであって
店舗数がねずみのように激増したのも、集中購買方式で円高に振れても問題なく
食材が買い付けできたのも、バリューセットとかいって小手先のメニューで
客が逃げなかったのも、全て藤田田氏の商才によるものだといってもいい。
能力主義を標榜した人件費の削減、メニューの再編成と称した
各国共通食材のグローバル化と、それに伴うバイヤーの解雇、
地域にあわせた店舗開発という名を借りた不採算店舗のリストラも行い
まさに「勝てば官軍」のモットーに沿った経営を行ってきた。

口は災いの元という理由で口に十字架を加えて
「田」という名前になったと著書で知った。
それとは逆に非常に雄弁なビジネスマンだったという印象が強い。
著書など名前の横には必ずには必ず「“でん”と発音してください」と
書いてあったっけ。
一線を退いてからは、その口からでる言葉を聞く事はなかった。
こんな時代だからこそ、カリスマ企業家としての言葉をもっと聞きたかったと思う。
でも、立ち止まらずに人生を駆け抜けてきた人、
やっとゆっくりと天上界から日本ビジネス界を見ているのかも。
日本の企業界にはもう、これほどクリエイティブな人はいないだろう。
今の企業家・起業家に求められているのは、
ひょっとすると藤田氏が持っていたような「えげつなさ」を伴う
真摯な努力の姿勢なのかもしれない…。
「勝てば官軍」藤田氏のマクドナルドにピッタリの言葉である。
謹んでご冥福をお祈りいたします。


今日の「うたばん」におけるモーニング娘。の扱い…。堕ちたな。
保田の卒業、なっちも卒業し、いじれる人がいなくなった。
内部で第二の保田が作れなかったということで、
外から保田の代わりを連れてきたのだろう。
以前、松浦亜弥のときの企画そのままだったわけだが、
昔からの「うたばん」の手法として、トークの発展が望めない、
いじりずらい相手に対しては芸人や変なおっさん、外国人を呼んできて
そっちをいじるというパターンがあるが、まさに今回は、そのパターン。
今までモーニング娘。で、それがなかったのは、大勢のグループだけに
自前でオチ役、いじられ役を用意できていたからであり、
そこがモーニング娘。の強味であった。しかし保田の印象が強烈過ぎた。
それがなくなったことが「うたばんスタイル」に合わなくなったということ。
このままの現状ではトークよりも昔のようなゲームの方が良いのかもしれない。
ゲームには計算外なおもしろさ、新たなスターが生まれる可能性もある。
しかし、紺野事件以降、それができなくなった事情があるので残念である。
もう、このままトークの時間も短くなり、そのうちMAXのように
ゲストに呼ばれることもなくなってしまうかも…。
まぁ、「うたばん」は基本的に歌番組ではなくバラエティと思っているが
時々、曲のカメラワークなんかベストの時もあり、
やっぱ歌番組としても期待してんだよな。


無題

2004年05月05日(水)

ゴールデンウィークも今日で終わり、また明日から仕事だと思うと
気分も暗くなってしまう。
今年の連休は、一応毎日、必ずどこかに出かけていたので
例年よりも出費があった。だけどワンルームに閉じこもっていたら
気分が滅入ってしまいそうなので仕方なしかな。
今日も大川ホームセンターまで買い物に出かけてしまった。
今年の連休は家にいる時間が短かったせいか、パソコンの前に座る時間も少なく
会報に関しては、まったく手をつけることができなかった…。
本来、毎年、マニュアルを作成したりしていたと思うが、
今年はすでにマニュアルが完成しているので気を抜いてしまったかも。
まぁ、外に出かけていた時間も多かったが、特に大きな出来事もなく
平穏無事なゴールデンウィークだったかな。
次の大型連休は夏休みまでなしか…。
それまで、また明日から頑張らなければ。


中華

2004年05月04日(火)

美穂の誕生日なので、銀座に中華を予約して食べに行った。
久しぶりにふかひれの姿煮、食べたけど美味かった。鮑も食った。
かなりのボリュームだったが、特別料金だったのでリーズナブル。大満足である。
帰りについに銀座にも進出したドンキホーテ銀座店に寄った。
ドンキにしては通路も広く、ゴチャゴチャしていなかった。


ダメだ…。眠くて何書いているのか分からん。


ゴールデンウィーク

2004年05月03日(月)

ゴールデンウィークである。
長い連休なのでここ数日、日記もサボってしまった。
というか家にいなかった日もあるので書きたくても書けなかったのだが。
なので今日はまとめて書きたいと思う。

5月1日
八王子にある村内家具にちょっと新居に必要な家具を見に行った。
久しぶりに中央高速に乗ったが、出た時間が遅かったために渋滞もなく
スンナリと到着。
先日、両親が見に来たときに、自分らが探している丸いダイニングテーブルで
良い品があったということなので、確認しに来たのだが
まず来てみてビックリ。なんか増築したみたいで、かなり売り場自体大きくなっていた。
ものすごい量の家具がおいてあり、全部を見るだけでも時間かかった。
両親が勧めたダイニングテーブルも置いてあったが
それよりも良い飛騨の材木を使った丸いダイニングテーブルを発見。
かなり気に入る品を見つけることができ、収穫有り。
まぁ、引っ越しまでまだ半年以上もあるので購入まではいかないが
一応、心の中でキープしてもいいというテーブルだった。
やはり、いい品だけあって、ちょっと値段は高いけど
以前、従兄弟の家で見た北欧家具に比べれば、まだ安いほうだ。
まだ、これから様々な家具屋を見て回りたいが、今のところ一番かな。
結局、夕方に着いたが、閉店までいろいろ店内を見て回っていた。
大学時代、八王子の高尾に一人暮らししていたので
その頃、何度かこの村内家具には来たことがあったが、
本当に変わっていたな。新館までできて、ほとんどの家具は揃っていた。
大塚家具に比べ、値段も安いし、かなり良いかも。

そのまま村内家具をあとにして、八王子バイパスに初めて乗り、
厚木インターを目指す。ちょっと16号が混んでいたが、
厚木インターから東名高速に乗ってからはスイスイ。目指すは沼津インター。

ゴールデンウィークの連休、この仮住まいのワンルームで過ごすのは
なんか息が詰まってしまいそうだし、なんといっても湯船につかりたい、
そしてベッドで寝たいという気分になり、どこかに泊まろうと思っていた。
ただ泊まるだけではなく、なにか付加価値のある場所がいい。
そう考えたら、以前、ジミー夫妻と一緒に久保田に連れて行ってもらった
寿司屋で美味い寿司を食べたくなり、沼津へ行くことにした。

22時過ぎに沼津に到着、そこで一泊して明日の朝、10時にチェックアウトしてから
寿司屋の11時開店時間に入店を目指した。
久しぶりに湯船につかったが、やっぱり疲れが取れる。
シャワーだけじゃ限界があるよな。
湯船につかったのは開幕戦後に銭湯に行った時以来。
朝起きてからも入ってしまった。
そして布団じゃなくベッド。昨年11月以来のベッドの感触で
運転の疲れのせいもあるが、すぐに熟睡してしまった。

5月2日
10時にチェックアウトし、以前行った寿司屋へ。
しかし、けっこう寿司屋までは近い距離で、あっという間に着いてしまった。
ナビ任せで全然知らない道を走ったが、ほんとすぐに着いてしまい
まだ全然、開店前。仕方がないので近くに本屋があったので、そこで時間をつぶす。
一応、昨日、久保田にメールしてみたが、
残念ながらスケジュールがあわずに会うことはできなかった。
まぁ、急な話だったので仕方ないことだが…。
11時の開店と同時に入店。カウンターに座り一心不乱に寿司を食った。
やっぱ、ここの寿司屋は最高に美味い。
あっという間に満席になり、待っている客も大勢いたが
せっかく沼津まで来たので、悪いけどゆっくりと堪能させてもらった。
以前、ジミーが飲んだカルシン、今回はなかったな。

約1時間くらいいたかな。もうこれ以上は食べれないくらいに堪能できた。
なかでも大トロとアワビ、あと活きサバや活きアジは最高だったな。
もう東京の寿司屋には入れないかも。
前回に来たときは冬のネタだったが、今回は春のネタだ。
次は夏のネタが出た頃にまた行きたいね。

店を出て、どこか遊びにいこうと思ったが、
今回の目的は風呂、ベッド、寿司の3つのみ。すべて満足できたし
下手に伊豆の奥に行ったらゴールデンウィークの渋滞が怖かったので
欲張りせずに今回は素直に帰京することにした。
結局、裾野インターから乗った帰りの高速も渋滞知らず。
環八が少し混んだだけだが、15時前には家でくつろいでいた。
それにしても御殿場インター出口は上りも下りも恐ろしいほどの渋滞だった。
みんなアウトレットに行く人だろうが、なんであんなに人が集まるのだろう。
裾野インターで降りて下で行ったほうが絶対に早く着くだろうな。

よく考えたら昨日の14時30分頃に八王子に向かい、
そこから沼津で一泊し、寿司も食って約24時間後には家に帰ってくることができた。
駆け足のような感じもするが、村内でも沼津のホテルでも寿司屋でも
全てで満足することができたので、なかなか充実した一泊旅行だった。
かかった金額も想像以上に安く済んだし、これならまた寿司を食うついでに
一泊して風呂に入り、ベッドで寝たいね。
とにかく仮住まい生活で一番、飢えているのは風呂とベッドだからね。
朝一番で沼津に行くより、前日の夜から出て、一泊して風呂に入り
ベッドでゆっくりと寝てから、翌日に寿司屋に行きたい。
そんな計画を今後もやっていきたいとマジに思っている。
まず次は夏のネタが出揃った頃かな。
しかし沼津に来るたびに思うことだが、久保田って本当にすごい奴だ。
実際、空いていたら時間的にはそんなにかからないが
東京まで距離は、やっぱかなりある。
以前、ほぼ毎週のように野球のために通っていたんだもんな。
いや〜スゴイ、絶対に真似できないよ。
東京に向かうときはいいが、試合で投げて疲れた体で沼津まで帰るって
並大抵の気持ちじゃ絶対にできない。
ほんと沼津へ行くたびに久保田はスゴイと感心させられてしまう。

5月3日
今日は光が丘に買い物に行った。さすがゴールデンウィークの真ん中。
光が丘も空いていたな。駐車場も楽に入れた。
先日、1歳になった甥っ子の誕生日プレゼントと
伊藤君の次男坊「達也」の出産祝いの品を買いに行った。
帰りに自分のTシャツとチノパンも買ってしまった。
明日は美穂の3?回目の誕生日なので洒落て銀座で中華を食うことになっている。
仮住まい先にはジーパンしか持って来てないので、明日履く用のチノパン購入。
だけど、よく考えたら靴もスニーカーとサンダルしかないぞ。
仕事用の革靴は履きたくないし…。
明日の昼頃に実家に妹夫婦が行くというので、甥っ子のプレゼントを渡しに
実家へちょっと寄って、ついでに靴も取ってこよう。
仮住まいのために荷物が2箇所に分かれて置いてあると本当に不便だ。

今日は朝から、時間の経つのがゆっくりと感じたが、
気がついたら、もう深夜3時半過ぎてる。
どうりで異常に眠いわけだ。書いている文章も訳分からなくなってきているし。

明日も明後日も休みで嬉しいな。


昨日の話

2004年04月30日(金)

昨夜は、さっさと寝てしまったので日記書けなかった。
なんか前も試合のあった日は書けない日があったな…。

昨日の試合、8点差を付けられながら、よく1点差まで詰め寄れたな。
練習試合でも最後まで諦めない姿勢が見れて大変満足。
結局、1点届かずに負けたけど内容では完全に勝っていた。
相手の代表さんからもメールで、そんなことを言われたし、
価値有る敗戦といっていいだろう。
昨日の自分は4打席で2度しかバット振らなかった。
2打席目に一振りでファール。
4打席目に一振りでボテボテの内野ゴロ(エラー出塁)
1打席目と3打席目は一振りもせずに四球、計3四球だった。(^_^;)
四球になった打席、打ちたかったけど打てる球来なかったし、
左肩の具合も相変わらず悪いので、こんな時は無理して変なボール打って
味方の足を引っ張るよりも、選べるならちゃんと選んで
少しでもチームに貢献しないとね。ただでさえ肩痛で迷惑かけてるし。

昨日のメンバー、佐藤も欠場となったため10人。
しかし自分とラスベガス帰りで葬式もあり休んでいない則ぞーと
守備で使えない選手が2名もいた。( ̄◇ ̄;)
なので朝に佐藤から欠場の連絡をもらってすぐに仁上に連絡して
有田クンを手配してもらった。
有田クンが来てくれて本当に助かった。それにしてもいい選手に育っていたな。
本職は投手だというが、ショートも軽やかにこなしていた。
一度、ピッチングも見てみたいね。地元の知り合いのいるチームに入っているそうだが
うちに移籍してこないかな(^_^;)いやマジで思うほどの活躍だった。
しかし暑い中、9イニングを守った連中には本当にお疲れ様といいたい。
最後まで集中力を切らさずに、みんなよく頑張ってくれた。
4日前にSリーグで激戦したばかりなのに。

フラワーズ戦、ゼファーズ戦そして昨日の試合と
3試合連続でフルイニングマスクを被ったジミーは、
なかなか頑張ってくれたな。
則ぞーがベンチでブツブツとリードに対して言っていた通り、
まだまだ勉強しなければならないことも多いが、精神力は鍛えられたと思う。
マスクを被っていると緊張感や自信を持ちながら試合に臨むので
打撃も調子いいしね。
調子に乗らずに日々、勉強の姿勢がある限りは伸びていくと思うよ。
とりあえず「北島聡・炎の三番勝負」は2勝1敗ながらも合格点だな。

試合後、若い連中はメシ食いに行ったのかな?
高橋に対する恋の相談室はサイゼリアでも続いたのかな?
一緒に行きたかったが、昨日は田辺号に同乗させてもらっていたので行けなかった。
田辺はあれから中野にある行きつけの床屋に行ったので
ミキチャンと日菜を家で預からなくてはならなかったし…。
仮住まいになってから誰かが尋ねてきたの初めてだ。
というか、狭すぎるので、そうそう尋ねてもらっても困るのだが…。
日菜に「狭くて驚いちゃうよ」と言っておいたが、
部屋に入るなり「狭くないよぉ」と小さいながら気をつかった発言に微笑。
だけど日菜が泥だらけなのでシャワーを浴びることになったが
洗い場もなくトイレと一緒のユニットバスを見るのが初めてのようで
ちょっとしたカルチャーショックを受けたかも。
なんせ千葉の田辺家の風呂は湯船だけで一畳ある、とんでもなく広い風呂だからね。
床屋が混んでいたのか田辺は約2時間後に迎えに来た。
やっぱ引っ越しても床屋ってなかなか開拓するの勇気がいるみたい。
自分も昔は練馬で一人暮らしした頃、
しばらくは実家側の行きつけの床屋まで通ったし。
東陽町に引っ越したら、しばらくは練馬に通うのかな。
田辺みたいに光が丘で試合があるたび、床屋にも行くのかな(^_^;)

田辺一家が帰ってから、どっと疲れが出てしまい、
ほとんど何も出来ずに寝てしまった。
一応、個人成績のみは田辺を待っている間に更新できたので、
あとは明日でいいや…みたいに諦めてダウンしてしまった。
よく考えたら最初の話に戻るが3四球と1失策出塁で全打席出塁し
そのうち2回ホームに戻ってきたし、珍しく合計3度も滑り込みしたので
疲れていたのかも。
いやいや、月末は仕事も忙しくて疲れが取れていないだけか。

連休中は更新作業したくないので、なんとかヒマを見つけて
今日の仕事中に試合詳細なども更新できた。
さて連休は何をやろうかな。
また沼津に寿司食いに行こうと思っている。

あっ、アルファードの傷、あれじゃスポーツ保険の適用は無理だな…。
完全に自分でこすった傷だもんな。
野球で傷つけたとは言えないよ。保険金詐欺してあげたくても絶対にばれる。
修理費用10万近くするそうだが車両保険に入っていないのが悪い。
かわいそうだが自己負担だね。
少し高くても新車ならいい保険に入っておこうよ。

予告…明日の日記はたぶん書けないと思う。東京にいるか分からない。


無題

2004年04月28日(水)

チェコに勝ったよ〜。今日はいい試合していたな。
やればできるじゃんジーコJapan。
さて、明日は光が丘で試合だ。なので寝る。


スポーツ保険

2004年04月27日(火)

チームで加入しているスポーツ保険は
プレー中のケガや相手にケガさせてしまった場合に保証される。
またケガだけでなくプレー中の事故、たとえばバットやボールで
器物を損壊した場合はもちろん、
野球への往復の時に起こった事故も保障してくれる。
だけど、あくまでも他人を傷つけたり、他人の車を壊したり、
器物を損壊した場合の保障のみで、自損事故の保障はしてくれないんだよな。
ようするに自爆した事故、ぶつけたとか、こすったとかの単独事故はダメ。

今朝、某氏よりメールで初めて知ったが、先日の野球の帰り、
一部有志で「ステーキのどん」で食事をしたが、
その帰りに駐車場から出る際に車をこすってしまったらしい。
自損事故保障の車両保険に入っていないので、保険適用外の事故。
なんとかスポーツ保険で少しでも出ないかという相談メールだったが…。
以前、スポーツ保険を使ったことのあるシズラーにも
なんかいい案がないか相談してみたが、やっぱ車の単独事故の場合は
偽装が難しいよなぁ。
とりあえず29日の試合の時に傷がどんな状態なのか見てみないとね…。

しかしアルファード、でかすぎだよ。
車両保険は入っておこうよ。
せっかくホームラン打ったのにね…。(^_^;)


亀井絵里

2004年04月26日(月)


        亀井絵里
1988.12.23生まれ15歳、東京都出身 AB型。

昨日のハロモニにおける新画伯を探せのコーナーでは、
珍しく亀井が目立ってオイシかった。
てっきり画伯は藤本だと思っていたが、亀井の絵もなかなか笑えたな。

亀井絵里は2003年1月に「モーニング娘。第6期メンバー」として加入。
昨年を振り返ってみると同期の中ではどこか出遅れた感はある。
藤本美貴は別格なので、あえて同期扱いはしない。
しかし田中れいな、道重さゆみという個性の強い年下の2人に
差を付けられたと感じたのは、恐らく自分だけではないはずだ。
亀井には加入当時にちょっとした噂があった。
それはどこにも確証がないので分からないが、
恐らくメンタル面で色々あったのかな。
しかし、今年に入ってそれはどうやら変わったように感じる。
深夜番組「よろしく!センパイ」での発言や、「FUN」での一言、
また、さくら組での活躍を見ていると、
どうやら本人の気持ちの中で何かが吹っ切れたのではないか?と。
昨年は、まだどこか迷っていた。自分自身を出すことに対して。
モーニング娘。に入ったものの、どうしていいか分からず、
同期の2人は個性を出して、どんどん目立っていくし、
私は一体どうすればいいのか…。
今年に入り、年も新たになり彼女の中で何かが変わったのだと思う。
正直、オーディション時に一番かわいいと思ったのは亀井だった。
他の2人とは違って東京の子らしく、何か焦っている感がなく、
自然体の姿が好印象だった。

地方出身者に限り、結果を出さないと故郷に錦が飾れないかのような
強迫観念に似た意識が働き、ガツガツとした雰囲気が
見受けられることが多々あるが東京や神奈川、埼玉出身者というのは、
いつでも帰れる安心感があり、地方出身者に比べ、
心に余裕のようなものがある。
モーニング娘。を含むハロプロを見ても
東京出身の後藤真希や辻希美はマイペースを絵に描いたような存在。
あまり欲を前面に押し出すタイプではない。
そういえば無欲の塊でもあった福田明日香も東京出身だったな。
北海道出身の安倍なつみや藤本美貴、大阪出身の中澤裕子などは
なんか、ぎらついている感があり、貪欲なイメージが先走る。
まぁ、東京生まれで東京育ちの自分だからこその偏見かもしれないが
一概に、全くありえないとは言えないと思うけどね。
実際に大学時代の友人を比べても、地方から下宿していた連中は
何か自分にはない「焦っている感」を感じることがあった。
やっぱり親元を離れ、一人で暮らしている者だけにしか
味わうことの出来ない「何か」なのだろう。

例えば、やらなければならないことがあったら、
地方出身者は睡眠時間を削ってでも、すぐにやって終わらそうと必死だった。
一方、同じ高校から一緒に大学に進んだ東京や埼玉出身の友人は
今日やれないと思ったら、無理してなど絶対にやらない。
明日やればいいや〜的なところがあった。いや、これは自分にもあるかな。
あまり必死さが見えにくいのが都会出身者かも。
たぶん地方出身者から見ると、都会出身者の甘い面は気になっただろう。
ムカついたかも。
だけど都会出身者から言わせてもらうと、
地方出身者の必死さ、焦っている感は分かっていたが別に気にはならなかったな。

そんな東京出身者の亀井も福岡の田中、山口の道重に
遅れを取っても仕方なしだったが
しかし侮るな無かれ。亀井もやりそうな気配がプンプン。
元々、いいものは持ってる素材。
うまく成長すれば、とんでもない美形になる素材だ。
あとは本人がその気になり、それを出せるかどうか。
本気でこの世界で生きていこうと決意出来るか、その点だけなのだと思う。
しかし吉澤ひとみのように素材は良かったのだが、本人の努力がなかったために
大崩れして取り戻せなくなってしまう場合もあるから注意しないとね。

さくら組の「さくら満開」のPVで見た亀井絵里はホント「小悪魔」って感じ。
一瞬でも、見ている者をドキッとさせる仕草や表情が出来るのは
光る素材だからこそ。
甘く見てると痛い目に合う女の子だろう。
これからの亀井の活躍に期待したい。
きっと、いろいろな意味で、とても頭のいい子なんだと思うし。


モーニング娘。6期オーディション国民投票での亀井。


     着物もGood                    将来が楽しみな美形

でも、やっぱ一番は「さくら満開」のプロモーションビデオの、このシーン



そういえば昨日の「サンデージャポン」と「アッコにおまかせ」に
鈴木亜美が出たらしい…。
「サンデージャポン」では生歌も披露したとか…。 _| ̄|○ <ガクッ
しくった…。見逃した…。鈴木亜美が出るならビデオ録画しておいたのに
昨日の朝は野球の用意でドタバタしていたので朝刊見なかった…。
仮住まいのワンルームでは前夜に用意できないんだよな。
布団敷くとバックとか置いておく場所ないので…。
なので当日の朝に用意しているのだが、昨日の朝は新聞見る余裕がなかった…。
あーショック!見たかったなぁ。
昨日の野球の帰り、車内で鈴木亜美の新曲、ヘビーローテーションで
聴いていたというのに、まさかテレビ出演したなんて…。ショック。
誰かビデオっていないかな…。
ネット巡回して、どこかにアップしていないか探してみようかな…。


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2004年04月25日(日)

因縁のゼファーズ戦、とても良い勝ち方ができた。
正直、今日のゼファーズは全然怖くなかったというか弱かったぞ。
うちは先週から打線につながりが出てきたし
今日の高橋は完璧だったので負ける気がしなかった。
ランナー出ても、失点してもなんか安心して見れた。
今日の試合の一番の見所は、自らのミスで相手に得点を与えてしまったことに
動揺してしまい、それを見たピッチャーにマウンドに呼ばれて
励まされているキャッチャーの姿。( ̄◇ ̄;)悪いけど笑ってしまった。

帰宅後、ホームページ更新したり、リーグ記録打ち込んだり、
サッカー見たり、F-1サンマリノGPまで見たりしてたので
今日はこれでパスさせてもらう。
とても眠いのだ。(ρ_ー)。oO

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