Web Masterの日記



FNS歌謡祭

2003年12月04日(木)



昨日のFNS歌謡祭、長すぎっ!FNSのビデオ観てたら日記書けなかった。
とりあえず最初からビデオで観たが、2時間くらいで断念。
まだあと2時間以上あるのか…。リアルタイムで観ていたら地獄だな。
去年も流したような昔の懐かし映像まで流して…。
でも紅白よりいいメンバー出ているな。
speedのメドレーは2曲じゃなく、もっと聴きたかった。
あれじゃメドレーとはいえないな。
モーニング娘。のメドレーは、まぁ良かったかな。
でも、もうLOVEマシーンは飽きた。
どうせ歌うのなら、後藤真希が会場にいるのだから一緒に歌ってよ。
昨年はソロでの出演だった藤本美貴は複雑な気持ちだろうな。
しかし大勢の中に入ると埋もれてしまうな、藤本は。

「シャボン玉」のとき、石川梨華は網タイツ&スカートだったから
どーするのかなって思っていたら、全く関係なくやってくれた。
プロだな、石川…。(^_^;)


レコード大賞

2003年12月02日(火)

今日は別に何もなかったな〜。そんな日もあるわな。
ところで今年のレコード大賞最有力だと思っていたSMAPが
レコ大出演自体を辞退したそうだ。
新人賞最有力の森山直太朗も辞退。
これによって本当につまらないレコード大賞になりそうだ。
見る気も失せるような出演者ばかり。
もうレコード大賞も終わりだね。だいたいレコードじゃなくCDだし。(^_^;)
明日はフジテレビFNS歌謡祭。
昔はFNS音楽祭としてFNS大賞を与えていたが、
日本歌謡大賞が無くなるのと同時くらいに各局とも賞レースを辞めた。
しかしTBSだけは最も古く権威のあったレコード大賞だけは辞めずに
頑固に残したが、その後も有力歌手の辞退が続いている。
今の時代、レコード大賞を貰ったからといって自慢にも誇りにもならないのだろう。
それより1枚でも多くCDさえ売れればいいのだろうな。
今年はあまりにも魅力に欠ける歌手ばかりなので、
たぶんレコード大賞は見ないだろう。
まだ年末の番組チェックはしていないが、他局は何をやるのかな。
しかし1年はあっという間だな。あと1ヶ月もしないで2004年だもんな。
仮住まい生活が終わるのも、きっと早いんだろうな。

明日はうちのメンバー4名が東京ドームでプロ野球OBによる
大人の野球教室に参加する。
ものすごく貴重な機会なので、しっかりと楽しんで勉強してきてほしい。
あぁ、東京ドームのグランドにまた立ちたいな…。


いろいろ

2003年12月01日(月)

小学5年生頃からずーっとベッドで寝ていたので
どうも布団で寝るというのに慣れない。
敷布団が薄く感じ、地べたに直接寝ている気分になってしまい、
なんか朝起きると腰や首が痛く感じてしまう。
そろそろ慣れてもらわないと困るのだが、毎朝快適な目覚めが出来ない。
困ったものだ。まぁ、人間の身体というのは順応力があるので
もうすぐ慣れるとは思うのだけど。

今日は特に書くことがないので、最近感じたことをダラダラと…。

●男子バレー
思ったとおりの結果だった。
開幕3連勝後は8連敗で全日程終了。
最後の強豪との3連戦は1セットしか取れなかった。
女子はアテネへの希望があるが、男子は難しいね。
あまりにもミスが多いし、選手層が薄すぎる。
結局、加藤と山本しか頼りになる選手が居ない。
女子はメグとカナだけじゃないもんな。
5月に行われる世界選手権で女子はアテネ行きをつかみ、
男子は再びガッカリさせてしまうのではないか…。そんな予感ヒシヒシ。

●マリノス優勝
アントラーズのバカ!せっかくの優勝チャンスを…。
ジュビロもそうだが、やっぱり守りに入っちゃダメなのかな。
攻撃は最大の防御だしね。
10人しかいないマリノスは攻めるしかなかったもんな。
前期もあわせマリノスは完全優勝か。
だけど汚いサッカーばかりしてちゃダメだよ。
全国のサッカー少年たちが見ているんだから。退場者多すぎだ。
まぁ、マリノスが完全優勝してくれたおかげでチャンピオンシップがなくなり、
東アジア選手権に向けての代表召集が楽になった。
今回は欧州組がいないからマリノスやアントラーズ、ジュビロから
代表召集できなかったら勝負にならなかったもんね。

●あややドラマ
日本って本当に平和なんだな。
こんなクソドラマを平気でゴールデンで流せるんだから。
まさにフジテレビバラエティの集大成。思わず見ていて苦笑してしまった。
それにしても共演の加賀美早紀、平山あや、ベッキーと濃い連中ばかりだ。
視聴率は10%も行かず大失敗だったみたいだね。

●後藤真希ドラマNHK
あややドラマの後、NHKで放映されたが、宮部みゆきが原作だけあって
しっかりとしたドラマだった。
伊藤四郎や風吹じゅんなど本物の役者と対等に渡り合っている後藤真希は
やっぱりスゴイ。脚本も役者も良かったので思わず引き込まれた。
あややドラマが本当にクソに感じた。

●ハロモニフットサル
先日、大阪ドームと東京ドームで行われたハロプロ運動会の模様が
ハロモニで放映されたが、中でも最も力を入れていたのがフットサル。
素人とは思えないほど頑張っていた姿が映し出された。
石川の歴史的ゴールには少し感動。
辻の超攻撃的キーパーも良かった。
とめることが出来るのだから、キャッチングさえもう少し良くなれば
いいキーパーになれるはず。
だけど最近のアイドルって本当に大変だな。
歌を歌っているだけじゃダメなんだ。
特に東京ドームでの運動会では肉離れなどで最終的に10人以上が負傷したというじゃないか。
まさに傷だらけのアイドルか…。
今日発売になったハロプロスポーツフェスティバル速報、買っちゃったけど…。

あとは特にないかな…。


オフ突入

2003年11月30日(日)

やっぱり今日の試合は雨天中止になってしまった。
最終戦が中止でシーズン終了ってのは初めてのことかな。
せっかく各タイトルとも熾烈な争いだったのに残念だ。
結局、11/16のダブルヘッダーが最終戦になってしまい、
2年連続で最終戦黒星になってしまった。
開幕戦も黒星スタートだったな…。
まぁ長いことやってると、こんな年もあるよね。
だけど今季は過去最多の試合数もこなせたし、全体的には良い年だったかな。
一部のメンバーしか知らないことだけど、
春にちょっとした波乱があったけどね(^_^;)

今日の試合が中止になってしまったので12/3のプロ野球OBによる野球教室の
チケットを渡すことが出来なかったので、
近くのサイゼリアに仁上と長谷川を呼び出してメシ食ってチケットを渡した。
帰宅後はホームページの更新を一心不乱に行った。
引っ越しのゴタゴタ中は長時間パソコンの前に座ることはなかったので
ほんと久しぶりに座りっぱなしだったので、かなり疲れてしまった。
なんとか無事に更新は完了したけど(^^)v

さて4ヶ月ほど試合はなくなるが、これからオフ期間が実は最も忙しくなる。
会報やマニュアルの作成やSリーグ資料の作成など
やらなければならないことが目白押し。
ホームページも2004年版にリニューアルしないといけないし。
なのでMVP投票と登録名簿が早く集まるといいな。
トロフィーの注文や賞品購入がまず片付くし。
すでに今日は2人から送信されてきた。
毎年思うのだが、やる気のある人って送信してくるの早いね。
そうゆう奴って意外と好きかも。(^_^;)
そのうちの1人が好きなタレントに書いてきた娘。
実は何気に俺もいいなぁ〜って思っているんだな。
Web Masterのページのグラビア系でも1位だし。(^_^;)


かなりのレベルの高さだ!



2003年11月29日(土)

明日の今季最終戦はたぶん中止だろうな…。
いくら大宮とはいえ、これだけ雨が降ったらダメだろう。
明日の天気も悪そうだし。
やっぱりこの前のダブルヘッダーで終わりにしておけってことなのかな。
まぁ、自分としてはタイトル争いに絡めなかったが今年も3割打てたし、
40歳としては上出来だったのではないかな。
まだ来年もやれるって自信にもなったしね。
さて、明日が中止と予想して、いろいろホームページとかいじらないと。
でも、前と違って今の部屋はワンルームなので、あまり夜更かしできない。
すぐ横で美穂が寝ているし。
だから今夜はもう止めとこう。
また明日、時間はあるしね。

ほんとに中止だよね。残念だけど仕方ないか。
長いことやっていたら、こんな終わり方のシーズンがあるよね。


引渡し

2003年11月28日(金)

今日は約15年間住んでいたマンションの引渡し日である。
引渡し場所は池袋のとみん銀行。
買主のメインバンクであり、そこでローンを組んでいるそうなので、その場所になった。
待ち合わせの13時に銀行へ行き、2階の応接室のような部屋で
売主である自分と長谷工の仲介の人、買主と仲介をした東急リバブルの人、
そして登記の移転や抹消をしてくれる司法書士の5人で決済と引渡しを行う。
長谷工も東急リバブルも大手なので、慣れた感じで引き渡し作業は進む。
しかし、こちらは初めての経験のため、ちょっと戸惑い気味。
司法書士の先生はいろいろ分かり易く教えてくれた。
権利書や印鑑証明、実印、住民票などの書類を司法書士に渡し、
いろんな書類に捺印していく。
月末なので着金に少し時間がかかったが、
無事に自分の口座にマンションを売った残金が振り込まれた。
それを確認し、最後に売るマンションのカギを渡し終了。
結局、正味1時間半くらいかかったが、アッと言う間の引渡しだった。

仕事に行く途中、振込先の口座の記帳をすると
今までとは桁がいくつも違う金額が印字された。
なんか一気に金持ちになった気分。
だけど来年の秋には全部引き落とされてしまうんだけど…。
とりあえずこれで今まで住んでいたマンションの売却に関しては終了。
約15年も住んだ愛着のあったマンションだったが、
もう自分のものではなくなってしまった。
15年の間、あのマンションではいろんなことがあったな…。
ちょうとジュピターズを結成した頃から住んでいた。
沢山の思い出が詰まっている。
その思い出は、こんな日記では語りつくせないほどある。
ちょっと感傷に浸りたい気分だ…。
まだ1年は練馬に住んでいるので、近くを通ることがあったら見上げてみたい。

マンション売却に関しては終了、ローン関係も問題なし。
しばらくはマンション関係についてのことは何もないだろう。
来年の夏までに指定された銀行に口座を開設するくらいかな。
東陽町のマンションのメニュープランやオプション関係は
来年3月頃までで平気だというし。
晩夏から始まったマンション購入物語も第一幕が終わり、しばらくお休みだ。


つづき

2003年11月27日(木)

昨日の続き。
すべての引っ越しが終わったのは20時を過ぎていたが、これからが大変。
しばらく実家で休んでから新居であるマンションに戻ると
部屋中、荷物でいっぱいとなっているので早速、片づけをすることになる。
ちなみに引っ越し業者は実家に荷物を下ろし終わると
廊下に置きっ放しになった処分品を積み込みにすぐに練馬へ向かった。
これには立ち会う必要がなかったので良かった。

新居のマンションはキッチンは別になっているがワンルームである。
風呂もトイレと一緒のユニット式。小さな冷蔵庫と洗濯機、
そして乾燥機は最初から付いている。
誰がどう見ても一人暮らし用の部屋である。
そこに2人で1年間住むことになり、極力、荷物は少なくしたつもりだが、
それでも、かなり多く、いったい全部収納できるのか不安だった。
このマンションは父が所有し、人に貸していたのだが、
偶然、先月に賃貸契約が切れたので、自分達に1年間だけ貸してくれることになった。
本当なら、練馬近辺で2部屋あるアパートかコーポみたいな所を借りて
1年間、生活しようとしていたのだが、敷金、礼金や家賃など含めると
かなりの金額になってしまう。だいたい練馬相場で月10万以上の家賃がかかる。
狭さだけをガマンすれば、敷金も礼金も要らないし、家賃も格安で借りれるので
悩むことなく、この部屋を選択したが、荷物を入れてみると本当に狭い。
結局、この日は片付かない荷物のせいで布団を敷くスペースさえも確保できずに
今まで住んでいたマンションへ布団を持っていき、そこで風呂に入り、寝ることにした。

台車に布団を積んで、今まで住んでいた11階のマンションへ。
島忠で業務用の台車を購入して本当に良かった。
いったい、この数日間で今まで住んでいた藤和のマンションと
これから住むライオンズマンションの間を何往復したことだろう。
普通に歩いても5分くらいの距離だが、大きな荷物があると台車は便利。
おまけに最近、練馬の駅周辺はバリアフリー化が進み、
スムーズに台車が通れるようになっている。
藤和マンションは南口、ライオンズマンションは北口だが、踏み切りもなく
段差も少なく、快適に荷物を運べるので楽だった。
駐車場は駅の地下にある東京都営の駐車場なのでエレベーターは当然、
完全バリアフリーなので駐車場経由でも楽々。

何もなくなって肌寒ささえ感じる今まで住んでいたマンション。
しかしガス、水道、電気はまだ生きているので、ゆっくりと風呂に入り、
布団を敷いて眠りについたのが午前2時過ぎだった。
長い長い1日が終わった。
そういえば引っ越し業者が来る前、昼過ぎに食事をした後、
ほとんど何も食べずにいたが、気が張っていたのか、全然腹が減らなかったな。

●24日(引っ越し1日後)
コンビニで買っておいたパンを食べ、今日も長い1日が始まった。
まずは今まで住んでいたマンションの掃除である。
壁紙や絨毯は新しく入る買主が全て新品に変えることは
内装業者を連れてきたことがあるので知っていたが、
やはり少しでもきれいにして渡したい。というわけで珍しく丁寧に掃除した。
思ったのだが、15年もの間、まったく動かしていなかった家具の後ろは酷い汚れ。
さらに15年間のタバコのヤニを吸った壁紙は汚く変色。
それを見たら、なんか今までお世話になっていた部屋に対し、
申し訳ない気持ちになってしまった。
タバコは今のところ、止められそうにないが、新しい部屋や
来年11月から入居する東陽町のマンションでは極力、吸わないようにしようと
心に誓った。そこまで思わせるほど汚れていた。

ある程度、掃除が終わったら、次は荷物だらけの新居のマンションの片付け。
今日中に、とりあえず寝る場所だけは確保したい。
結局、入りきらず、というか、よく考えると1年間は不要な荷物もあり、
それは実家で預かってもらうことにして車に移動。
なんとかほとんどの荷物が片付きスペースを確保できた。
しかし昨夜もそうだったが、今まで、ずーっとベッドで寝ていたためか
布団で寝ることに慣れず、朝起きたら腰や首が痛い。
早く慣れないとな…。

●25日(引っ越し2日後)
朝からとんでもない雨。引っ越しの日がこんな雨でなくて本当に良かった。
9時半頃にNTTが来て電話が開通。
なぜか、この部屋には電話のモジュラーがなかった。
最初からインターホンやドアホンと共用の電話機が備え付いていたのだが
自分はFAXも使うし、パソコンもADSLで接続するので
この備え付け電話機は必要なく、新たにモジュラーを付けてもらう必要があった。
工事はすぐに終わり、無事に電話が使えるようになった。
明日になればADSLも復活するので、ネット生活も復活だ。
しかしワンルームのため、美穂が寝てからはあまりできないかな。
電気がついていても寝れるので平気とは言うが
あまり同じ部屋で長い時間、ネットにつないでいるのもな…。
タバコのことといい、生活自体が少し変わりそうな感じ。
まぁ、環境が変わったので仕方ないか。

部屋でタバコを吸わなくなったので必然的に本数は減った。
朝一番でベランダで一服すると頭がくらくらしてしまう。
これをきっかけに止められかな?無理だろうな。

さて1年間、このワンルームで頑張って暮らしていかなければ。
ユニットバスは狭くて、洗っている時によく、いろんなとこをぶつけてしまう。
ちょっと物を取ろうとしても、いちいちその前にある物をどかさなければならない。
布団は腰が痛いし、座れるところはパソコンの椅子のみ。
今までソファー生活から、いきなり地べた生活。
いろいろ不自由を書けばきりがないが、我慢、我慢。
1年後は広い場所に引っ越しが決まっているのだから。
でも引っ越しって本当に疲れるな。精神的にかなりくるね。
荷物が多すぎって言われれば、それまでなんだけど…。(^_^;)

もう美穂が寝ているので、そろそろ電気を消さなければ。
というわけで明日からは普通の日記に戻る予定。
ちなみに25日に住民票は移したので26日は警察署に免許の住所変更に行った。
あとはカードや保険や、その他いろんなものの住所変更しなきゃ。
まだまだ落ち着かないな。


引っ越し一部始終

2003年11月26日(水)

やっと電話およびADSLの移転が済み、ネットが再開通した。
今日は22日から今日までの引っ越しに関する一部始終を書いてみたい。
わずか数日間の出来事だったが、本当に長い時間だった…。

●22日 引っ越し前日
朝から荷造りのラストスパート。
引っ越しって言っても実際は当日まで使う物とかも、かなりあるので
なんか中途半端なダンボールばかり。
朝9時〜10時までの間に引っ越し先のガス開栓に立ち会わなければならないので
自分だけ引っ越し先に1人で向かい待機。
その時、一緒に引っ越し業者に運ばせたくない通帳や重要書類、
コンポなどの電化製品も台車に載せて持っていく。
その間に美穂は荷造りラストスパート。
結局、9時半頃に東京ガスが来てくれたので早めに戻ることができた。
荷造りひと段落すると、今度はエアコンの取り外しに業者が来る。
管理人にも明日、引っ越しするということを再度、伝えたりで
なんかあっという間に1日が終わった。
明日はパソコンとテレビやビデオの配線を全て抜かなければ…。

●23日 引っ越し当日
この日も早起きして最終的な荷物のチェック。
パソコンやテレビ、ビデオ等の配線を全てはずした。
引っ越し業者が到着するのは14時頃なので、少し余裕はあったが
すべての物を閉まってしまったので、何もできない状態が続いた。
14時を過ぎても引っ越し業者は来ない。なんか待ちくたびれた状態の中、
15時近くなって、やっと到着。
午前中の引っ越しが長引いてしまったみたいだ。
午前の引っ越しより午後からの引っ越しの方が半分くらい安くなるので
有無も言わさず午後からを指定したが、これが結構大変だったな。
まず引っ越し屋が荷物を確認。
今回の引っ越しは特殊で、実家に預かってもらう物と、
新たに住む場所に持って行く物、そして処分してもらう物と3つに分けられる。
引っ越し業者のトラックは2トンロングだったが、
全ての荷物はいっぺんに入りきらないので、まず新たに住む場所の荷物と
実家行きの荷物を積み、処分品はマンションの廊下に置いといて
全て降ろした後に、また取りに来て積み込むという。
本来なら4トントラックが必要な量なのかもしれないが、
新たに住む練馬のマンションの前の道は一方通行で道幅が狭く、
4トントラックだと止めておくことができないので仕方ない。

最初に新居の練馬、そして実家の上石神井と行くので、まずトラックの奥に
実家行き荷物を積み込む作業に入ってくれたが、
どちらから行くのかは当日の作業員の判断という契約だったため、
ダンボール荷物を分けて置いておかなかったので、かなり大変だったかも。
でも2階に借りていたトランクルームに多くのダンボールは保管していたので
11階から降ろすよりは楽だったかな。
一応、全ての荷物に「実家」「練馬」「処分」の貼り紙はしておいたので
こちらで指示することは、ほとんどなかった。
さすが引っ越し業者、作業員は手際よく全ての荷物をトラックに積み込んでいく。
ベッドや食器棚なども簡単に解体し、梱包して部屋から出ていった。
32インチテレビ、エアコン、冷蔵庫、カウンター、椅子、レンジ台などの処分品は
きれいに廊下に並べられ、全ての荷物が部屋の中からなくなった。
予想外だったのは、引っ越し当日、10階に住んでいる人も同じくらいの時間に
引っ越しが入っていた。
管理人が言うには、当日引っ越し業者が来てから「引っ越しします」と
管理人に伝えてきたそうだ。なんてアバウトでいい加減な奴なんだ。
こちらは約一ヶ月前に引っ越し日と時間を伝え、前日にも当日の朝にも
管理人に挨拶しておいたのに。
同じ日、同じ時間に一度に2件もの引っ越し、それも両方とも高い階なので
他に住んでいる住民に迷惑がかかるということで管理人は10階の人と
引っ越し業者に対し「今、引っ越しするな!共同生活を何だと思ってる!」と
怒って言ったそうだ。引越し中に管理人が来て一部始終を話してくれた。
ちゃんと筋道を通しておいて本当に良かった。
結局、こちらの荷物が半分くらい出た頃、10階の引っ越しも始まったが、
これがまたビックリ。うちは3人の作業員が2台の台車を使って荷物を運び出していたが、
10階の引っ越し業者は、なんと1人。さらに台車もなく手で荷物を運んでいた。
マンションには2台のエレベーターがあるが、1台は住民専用にしておき
引っ越しは1台のエレベーターしか使えない。
なので10階の引っ越し業者がエレベーターに荷物を手で積んでいる時や
降ろしている時はエレベーターが止まってしまい、こちらの引っ越しの荷物が
降ろせない状態になってしまった。
外に止まっていた10階の引っ越し業者のトラックを見たら
うちが頼んだダック引っ越しサービスと同じ2トンロング。
確かに10階にはワンルームはなく、狭くてもうちと同じ2DKなので
同じ大きさのトラックが必要かもしれないが、1人で積み下ろしって大変じゃないか…。
トラックには「さくら運送」と書いてあったが、随分安くあげた引っ越しだな。

結局、10階の引っ越しのせいでエレベーターが順調に動かずに
処分品を除く全ての荷物をトラックに積み終えたのは17時を過ぎていた。
しかし、あの狭い部屋に、よくこれだけの荷物が入っていたなと改めて感心。
ほんと荷物の多い家庭かも…。
先に美穂が歩いて駅の反対側にある新居、練馬のマンションへ行って
カギを開けて待っている。自分も最後に管理人に挨拶して、
トラックが出発する頃、歩いて新居へ向かった。
その時、10階の引っ越しトラックの中を見たら、まだ1/4も入っていなかった。
1人で全部積み込むのには、あとどれくらい時間がかかるのだろう…。

トラックよりも歩いた自分のほうが早く新居には着いた。(^_^;)
数分後にトラックも到着。一方通行の狭い道ギリギリにトラックを止め
早速、「練馬」と貼り紙の付いた荷物が降ろされていく。
とりあえず、どんどん部屋に運び入れてもらったので降ろす時間はアッという間。
まぁ、狭い部屋なので荷物自体、そんなに多くの量はなかったが。
降ろし終わると続いて上石神井の実家へ。
すでに両親は車庫から車を出し、門も開けて待っているという。
18時を超えていたので、あたりは暗くなっていた。

新居近くの駐車場からWISHに美穂と乗り込み、一路上石神井へ。
トラックはすでに出発していたが、またまた自分の方が早く着いた。
まもなくトラック到着。すぐさますばやい降ろし作業。
上石神井の実家の2階、一番奥の部屋が元々、自分が使っていた部屋。
そこに全ての荷物を運んでもらうが、かなり量がある。
2メートル近い高さの本棚とダブルベッドのマットが階段を上がれないという。
本棚に関しては、なんとか作業員3人がかりで上げることができたが
ベッドマットは幅も広く厚さもあるため、どうやっても無理なので
1階リビングの壁とソファーの間に梱包したまま置いておくことにした。
引っ越し業者との最初の見積もりや契約時に、実家で預かってもらい
1年間使わない家具は、1年後の引っ越しの時に、そのまま運べるように
湿気を防ぐ梱包をしておいてもらうという契約を交わしたのだが、
現場である作業員には、はっきり伝わっていなかったのか、
梱包されず、むき出しのまま置かれていた。
美穂が気づき、クレームを言うと、すぐに梱包してくれた。
すべての荷物が部屋に運ばれ、引っ越し自体が終わったのは20時過ぎだった。

久々のネットで目が疲れてきたので続きはまた明日。σ(^◇^;)


疲れてます…

2003年11月21日(金)

引越しをあさってに控えたが、まだ終わりが見えない状態だ。
今日は店に義弟が来て、閉店時間を過ぎた23時近くまで居たので
必然的に帰宅時間も遅くなり、何も出来なかった。
すべては明日1日にかかっている。
しかし朝9時〜12時までの間に引越し先のガスの開栓に
立ち会わなければならないので行っていなければ…。
いっぽう、ダンボールの山となっている我が家には引っ越し業者が
エアコンの撤去にも来る。
なんか慌しい週末になりそうだ。
身体の疲れもピークを迎えている。もうひと踏ん張り頑張らなくては。

最終戦のグランド、無事取れてよかった。
あとは雨が降らないことと、無事に引越しが終わり
家の中が片付いていることを願うのみ。


バレーボール

2003年11月20日(木)

どうしてバレーボールって女子は気になるけど男子は気にならないんだろう。
今やっているワールドカップにしても、女子の試合結果は
仕事中でも携帯を使って早く知りたがるのに、男子になってからは
全く気にならないし、「すぽると」でも見る気がしない。
はるか昔、東京オリンピックで東洋の魔女として恐れられた時から
日本にとってバレーボール=女子なんだろうな。
実際、実績に関しては男子なんか全然追いつけない。
いまや世界でも普通の技となってしまったがクイックやブロードなどは
世界に比べて身長にハンデのある日本女子が編み出した技だしね。

なんか男子のバレーって速さと高さだけで、あまりラリーが続かず
見ていて疲れてしまうのも原因かな。
それにコート全体が狭く感じて画面に圧迫感があるし、何より華がない。
プリンセス・メグこと栗原恵のようなフレッシュでテレビ栄えする人材が居ない。
女子の放送を見ていて笑ったのが、完全に栗原用のカメラがあることだった。
スパイクを決めたりして映るなら分かるが、
ベンチに引っ込んでからも、何かあるたびに栗原が映る。
放送の終わり、エンディングでNEWSの曲が流れているバックで、
その日の試合のダイジェストが流れるが、必ず最後は栗原の笑顔で終わっていた。
まぁ、それだけ久々にバレー界に出たヒロインなのは分かるけど
同じ年の大山加奈の立場は?と心配してしまう。
可愛さから言えば、栗原のほうが何十倍も上だけど…。

それに比べ男子は、加藤陽一と山本隆弘くらいしか知らないもんな。
山本も始まるまでは全然聞いたことのない選手だったけど…。
加藤だって昔の川合俊一のような華はない。
だいたい加藤と山本の2人だけでバレーをやるわけでもないし
層が女子に比べ薄いので攻撃が単調になり魅力を感じないのかも。
加藤と山本って俺らの世代が聞くとコスモタイガー隊かよって思っちゃうし。σ(^◇^;)

あとバレーに関して本当に大きな疑問があるのだが
なんでワールドカップとかグラチャンとか大きな国際大会って
必ず日本で開催するんだろう?それも昔から。
治安、設備等の問題?それとも世界各国ではあまりバレーボールは重視されていないからか?
オリンピック以外の大会で日本代表が他国へ遠征したって話も聞かないし
なんで日本開催ばかりなのか、それに関して他国から文句が出ないのか
誰か真実を知っている人は教えてほしい。マジで。
ちなみに来年5月の五輪切符をかけた世界選手権も日本開催だそうだ…。

日本はバレーボール大国なのか?正直言って違うだろう。
今、中学、高校で一番部員の減っているスポーツ部はバレー部だそうだ。
野球、テニス、陸上、柔道、スキーなどは昔とあまり変わらないそうだ。
サッカー、バスケ、ゴルフなどは急激に増加し、
その反面、バレーボールをやる人は大幅に減っているという。
バレーは、あまりテレビで見る機会のないスポーツに入っているらしい。
野球、サッカー、バスケなどは日本だけでなく海外のプレーが簡単に見れる時代だが
バレーボールは海外のリーグとか、あるんだろうが全然分からないもんな。
ましてや前回、オリンピックにも出ていないので最近の若い人にとって
馴染みのないスポーツになってしまったのかも。
もし今回のワールドカップや春高バレーなどのスポンサーになっている
フジテレビが降りたら、完全に見る機会はなくなるな。
そうならないためにも、なんとしても来年アテネのオリンピックに出場しないとね。
男子は別にいいけど、女子は頑張ってほしいな。世界の壁は高いけどね。

 < 過去  INDEX  未来 >


Web Master