いいことあった
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2008年05月12日(月) 沖縄その1

朝6時おきで、昨日用意した荷物を持って羽田空港近くのパーキングへ。車を預ってもらってバスで羽田空港へ。今回は家人職場の報奨旅行についてきたので、職場の皆さんにご挨拶。

ケロには事前に「飛行機乗るんだよ、楽しみだね」と言い聞かせて、その時は「でも飛ぶときに斜めになるでしょ(ケロは何度か飛行場近くで飛行機の離着陸を見ているので詳しい)あれがちょっと心配」と、ごくまっとうな意見を吐いていたが、窓の外を見ているうちに飛んで、大丈夫だった。気圧の変化で耳が痛くなるんじゃないかと、持参の水筒で水を飲ませていたら、耳の方も大丈夫だった。

行きは台風の端を通るとかで結構揺れたが、ケロは大丈夫。どうやら乗り物酔いするわけではなく、うちの車だけが駄目らしい。(家人によるとマフラーの上だから座席自体が熱くなりやすいらしい。)

そして那覇へ。昼食会でビール飲んでご飯食べて、デューティーフリーに連れて行かれたら、デューティーフリーの上のフードコートがやたら美味そうでとても後悔。デューティーフリーでジバンシーのジャルダン・ダンテルディを嗅いだら、昔使っていたフルール・ダンテルディを髣髴させるスイカっぽい香りで懐かしい〜!(でも買わなかった。使い切れないし。)

夕飯はホテルでの夕食会。ケロと家人はその前にホテルのプールで一泳ぎ。私は一休み。夕食会はまたビール飲んでご飯食べて、太鼓を叩いて踊る沖縄舞踊と獅子舞に子供たちが次々と泣きながら脱落する中、ケロはなんとか最後まで残れて「おっ、おっとなー」と私たちを感心させた。(小学生以上は学校があるからついてきてないので、ケロが最年長くらいだった。)

昼食会も夕食会もケロの分のお子様プレートを頼んでいたが、ケロは魚食いで大人口なので、結局私たちのお刺身とか天ぷらとかを食べたがって、お子様プレートにはほとんど手をつけなかった。頼まなくて良かった。

あとケロは口に食べ物をくわえて私や家人に「大変、(ケ)ちゃん、口からお魚出てるよ!」とか言われて笑いを取って遊ぶが、同じことをやってる子どもが「ちゃんと食べなさいっ!」と怒られていて、ケロは甘やかされているのではと反省。まあその代わり、小さい頃から大人のいる場所に連れて回っていたので食事の場所で席を立って走り回ったりする習慣がなくて、一長一短というところか。



2008年05月13日(火) 沖縄2日目

朝からレンタカーを借りて美ら海水族館へ。那覇のホテルからは高速を使ってほぼ2時間。地元のFMを聞きながら2時間走って、到着した水族館の前の遊び場にケロがひきつけられ、一遊びしてから水族館へ。(綺麗だから行ってみろ行ってみろ言われて行ったけど、大阪の海遊館も私はなかなか良いと思います。)

その後、公園の中のビュッフェで昼食を食べて、それから海へ。気温は大丈夫だったけど風が強くて、私と家人は鳥肌を立てて「なぜケロは平気で泳いでいるんだろう?」と我慢大会をしていたが、ケロも水から上がって風に当たり「さむーい、うわーん」と泣いていた。

それから着替えてまた遊び場へ。行きにはびびって登れなかったネットを組み合わせた遊具に帰りはほいほい登って、他の子どもが「あのおねえちゃんみたいにしなさい」と親に言われてお手本になるくらいのびのびと遊んでいた。

帰りに首里城の周囲を車で一走り。ケロが「なんだかふるさとににてるわー」とまた妙なことを言い出したので、翌日再訪することにしてホテルに帰還。

ホテルでの夕飯はビュッフェ。沖縄とは全く関係ないがオーストラリアフェアをやっていたので、ビーフステーキとか子羊のローストとか、しみじみ美味しくて、特に子羊はあんまり人気がなかったので心おきなく大量に取らせて頂いた。ケーキも5種類くらい取って、いつまでも食べ続けていたいくらい幸せだった。

今日はほとんど私が運転したが、車がないと生活しにくい土地ならではで上手い人と下手な人が混在してて突然右折左折するので、那覇市内は走りにくかった。

今日は携帯電話がどーにもこーにも電池が持たなくなって、乾電池式の充電器を買ったが、これで充電しても電話がかかってきた途端に切れるようなありさまなので、戻ったら携帯を買い換えると強く決意。



2008年05月14日(水) 沖縄3日目

旅行は今日まで。朝ご飯を食べて、支度をして荷物を預け、タクシーで首里城公園へ。中の見学をして、資料映像を視聴。

首里城の再建で、戦火で焼かれた首里城を再建するのに瓦の色が赤か灰色か分からなくて往時を知っているお年寄りに聞き取り調査をしたり古瓦を研究して結局赤に決めたというエピソードが出てきた。そんなの分からなくなるものだろうか?と疑問だったけど、沖縄戦で亡くなった方が多くて往時を知っている方が少なかったのか、昔の琉球王国は身分制度が厳しかったと読んだことがあるので、城に上がったことのある人自体が少なかったのかと想像。実際のところはどうなんだろう。

中の係の方は琉装らしき姿で、男性の帯が面白い締め方をしていて、前が小物入れのようになっていて色んなものが入っていた。あれいいなぁ。あと琉球美人図の屏風があって、身分ごとに違っていた服装の例として説明がついていた。最上流階級の女性(王子の婦人くらい)以外は足袋を履いていなかったらしい。踊りも少し見せて頂いたが、広袖なのは涼しいからでしょう。
昨日に続き風が涼しくて、日差しがきついけどからっとしている。この気候で高い場所なら、首里城で暮らしていた人たちは快適だっただろう。

お城を下って、公園内の龍潭(人工池)の縁を散歩。ケロが残したパンをバッグに入れて持っていたので、鯉にパンを投げていたら七面鳥のような鳥が集まってきて、一度保育園で七面鳥に追いかけられたことがあるケロに「ほら、べべべんちょう(七面鳥)来たよ」と言うとものすごい勢いで逃走。私と家人でげらげら笑ってケロは不機嫌。実際はバリケンという鳥だそうだ。(帰宅後にネットで検索。)

それからホテルに戻り、土産物店を見せてもらう。みんさー織の半幅帯となごや帯は、買えない額ではなかったがぜひにというものでもなかったので見送り。紅型染めの反物は20数万の値札がついていたが、たしかに美しかった。あと城間さんの工房の紅型や藍型デザインのハンカチ。あれこれ見て楽しんで、私が目を離した隙にケロはココナッツの実でできたウクレレを手に入れていた。(家人曰く「(ケ)ちゃん、ほかのものはぜんぶがまんできるから、これかって」と言い出したらしい)空港でも手に持っていたので、周囲の子どもの羨望の的だった。

泊まっていたホテルでオウゴマダラを飼育していたので、黄金に輝くサナギの写真を撮ったが、嫌いな人もいると思うのでここには載せない。

飛行機に乗って戻ると帰路は1時間40分で到着。そして気温15度。さよなら南国。

朝、保育園に電話をして火曜日だった遠足が延期になったことを知り、さらに仲良しHちゃんのお母さんが親切にメールでも知らせてくれたので、メールで持っていくものを教えてもらって(充電器さしっぱなしの携帯電話で)明日の準備。


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