ぶらい回顧録

2008年09月23日(火) nightmare right now

ベッドに寝ていると窓の向こうを何かが横切る。
びっくりしてかけよると風に煽られてビニール傘が舞い窓に叩き付けられるのが見える。
ここは12階なのにこんなことがあるんだと思う。
傘は何度も煽られ何度も上下し何度も窓に叩きつけられる。
無視して寝ようと思う。
部屋はベッドが8個放射状に並べられている。
部屋にベッドのほかは何もない。
ほかのベッドには誰も寝ていない。
こんな部屋に慣れるかなと思ったが慣れたなと思う。
別の窓を見ながらあそこに瞳が映るのではと恐れたこともあったが慣れたなと思う。
傘は窓の向こうを横切り続けている。

こういう恐怖は懐かしいなと思う。
こういう恐怖は慣れないなと思う。



2008年09月20日(土) 同じ行動

高校2年生のとき、ポールマッカートニーとウイングスのライブ映画「ロックショウ」が公開される。秀樹は秀樹の友達と、僕は僕の友達と、それぞれ観に行く。何故か同じ日、同じ回。広い映画館のあちらに秀樹と秀樹の友達。こちらに僕と僕の友達。上映が終わる。僕はもう1回観ることにする。友達は皆帰ったのでひとりでもう1回観る。再び上映が終わる。立ち上がると映画館のあちらで、やはりひとりでもう1回観ていた秀樹が立ち上がる。

高校、たしか1年のとき。ビートルズのフィルムコンサートに行く。ロビーの机は物販に群がるファンでいっぱい。スタッフがファンの熱気を警戒しつつ、海賊盤のLPレかコードを数枚、机の上に置く。黒いジャケットには「Royal Variety Performance」との文字。慌てて手を伸ばし、レコードをつかむ。すると向こうの人ごみから手が伸び、同じレコードの反対側をつかむ。しばらく引っぱり合いが続く。スタッフは尻込みして一度出した他のレコードをしまってしまう。混乱の中、引っ張り合っているうちに互いの顔が見えそれが自分の兄弟だと気付く。



2008年09月07日(日) 嘔吐

酒でつぶれた秀樹を介抱したことは2回ある。

1回目。高校卒業間際か、卒業した直後か。秀樹が同じ高校のバンド連中と家で酒を飲み始めた。いや、外で飲んでさんざん酔っぱらってそれで皆で家に来たのだったかな。平日、まだ明るいうち。外で飲んでいたとしたらいったいどこで飲んでいたのやら。とにかく普段からよく知るバンド連中全員がぐでんぐでんになっていて、同世代の酔っ払いなど見たことない僕はただびっくりしている。全員が訳のわからないマントラのような言葉を喚き散らし、秀樹は僕を見て「俺、今すごい酔っぱらっているからー」と自慢げに叫ぶ。

シナリオ通り。全員が頭をかかえうーうーうなりながら床に転がり始めた。メンバーの一人が台所の床に吐く。僕は激怒して秀樹に「何だこれ、お前ら何やってるんだ」と怒鳴る。酒を飲み過ぎて苦しいとき怒鳴られたりすることがどれぐらいつらいかは18歳の僕にはわからない。両親は仕事で家におらず、素面の人間は僕一人。とにかく吐瀉物を掃除する。しばらくすると同様に床に倒れていた秀樹が吐いた。黙々と秀樹の吐瀉物を掃除し、ソファーに寝かせる。

後で誰かが「あのとき茂樹が秀樹のゲロを掃除しているのを見て、ああやっぱり兄弟だな、と思った」と言った。

2回目。大学1年生。椎名町の6畳間のアパートで二人暮らし。秋のある晩、秀樹は大学のバンドサークルのライブにでかけ、僕は一人で本を読んでいた。深夜。誰かがドアを叩く。秀樹のサークルの部長ともう一人が、酔いつぶれた秀樹を抱えて部屋に入ってきた。池袋の公園でサークルの屋外ライブに参加したあと、秀樹と秀樹のバンド仲間はしこたま飲んだのだそうだ。そのうちバンド仲間はぶっ倒れ、秀樹は「◯◯(バンド仲間)は俺が連れていくんだー」と宣言、彼を自転車の荷台に乗せ、ペダルを踏んで走り出し、2秒で転倒、そのまま秀樹もつぶれてしまったとのこと。

「じゃあよろしくなー」と、これまた酔っぱらっている部長ともう一人は帰っていく。よろしくな、って。ため息をついてとにかく秀樹を布団に寝かせる。すでに吐いてきたのか、唇の端がかすかに汚れており、それを拭き取る。本の続きに戻ろうとしたら、今度は秀樹の口からなんだか泡みたいなものが吹き出してくる。透明で、不潔な感じはしないが不安になる。まさかこのまま急性アルコール中毒か何かで死ぬんじゃないだろうな。いよいよ容態がおかしくなったら救急車を呼ぼう。

徹夜することに決め、秀樹の手を握る。たまに吹き出す泡を拭き取る。秀樹の手は暖かく、これなら心配ないかな、と思いつつ、それでも心配でずっと手を握る。秀樹の寝顔を観察する。

秀樹の手を握るなんて、と思う。小学生低学年のとき以来じゃないか?

空が白みはじめ、鳥の鳴き声が聞こえる。僕は、今はもう眠っているだけの秀樹の右手を握り、顔を見ている。



2008年09月06日(土) frustration

秀樹と組んだビートルズバンド。バンド名は"The Frustration"。いかにも中学生らしい、ひねったようでひねりのないバンド名。

秀樹の担当パートはリードギターとジョンの歌。ギターも歌も一番うまいのが秀樹だから自然とこうなる。僕はドラム。

レパートリー。覚えている限り。

初めてスタジオに入ったとき。
Twist and shout
Get back
If I fell
Ticket to ride
A hard day's night
Yesterday
All my loving
タブーのテーマ
Hey, Jude

Twist and shoutは僕が初めて買った「ビートルズ・アット・ハリウッドボウル」収録と同じショートバージョン。でもむしろ僕と秀樹が繰り返し繰り返し繰り返し見ていた、日本テレビビートルズ特番、日本公演の、その前段、シェア・スタジアムの、超かっこいいジョンを、秀樹がコピーした、そういうバージョン。

初スタジオはカセット録音に記録され、今でも聴ける。Twist and shout、端正と言えば端正な演奏。声変わり前後の秀樹、シャウトがきつそう。と言うか。「シャウト」という概念のない中学生(秀樹)。シャウトにはなってない。当然だ。概念がないのはつらい。

タブーのテーマは、ドリフ、カトちゃん、ちょっとだけよ。中学生だから、馬鹿だから。演奏中ずっと、メンバー全員が忍び笑い。ぐぐぐ。くすくす。終わってげらげら笑い。馬鹿だから。

If I fell、最初、秀樹はポールのパートを一人で歌った。高音ボイスが甘い。スタジオで見学していたのは僕の友達、そのコメント「秀樹の声はバラード向きだ、甘い声」。

2回目か3回目のスタジオ練習で追加されたレパートリー。
Rock and roll music
Words of love
I feel fine

Rock and roll musicは僕が「走った」せいで、曲の最初と最後でテンポが倍ぐらい違う。しょっちゅう皆で録音テープを聴き、この演奏を早送りし、最初と最後のテンポの違いに爆笑した。

Words of love、ギターソロ、どうして秀樹はこんなフレーズが弾けるようになったんだ、ただ感心。

メンバー全員が違う高校に進学、バンドは一度も人前で演奏することなく自然消滅した。

でも秀樹は中学生でありながら市内のライブハウスを訪ねるなどして、デビューライブのチャンスを探っていた。

すごいな秀樹。何なんだ、秀樹、すごいな。どうしてそんなふうに大人と話ができるんだ。

すごいな、と思った。







2008年09月05日(金) I need you

ビートルズバンドを始めた秀樹が、初めて買ったギターはレスポールのコピーモデル。メーカーは"Fresher"。日本製なのか何なのか。調べたことはない。意味は「新人」、転じて「初心者」か。ピックガードを外すと本来ハムバッキングであるべきピックアップがシングルコイルだと気付いたのはずいぶん後。

秀樹はうまかった。最初から。譜面(タブ譜)のある曲もない曲も、どんどんマスターしてゆく。耳と勘が良いのだな。

あれ、秀樹、いつの間に、すごいな、と思ったのは、ある日突然、僕には突然と思えたわけだけど、ビートルズの、ジョージハリスンの"I need you"を1曲通して弾いてみせたこと。

あれ、秀樹、いつの間に、すごいな、と思った。

僕は今、"I need you"をアレンジしてピアノで弾く。でも、秀樹が初めて僕の前で弾いてくれた"I need you"に、瑞々しさも、切なさも、遠く、及ばない。



2008年09月04日(木) 母の腰

秀樹と二人で卓球を習いに行っていた。小学4年か、5年かな。中学生にはなっていなかったと思う。

家からバス停まで子供の足で歩いて10分。そこからバスに乗り、市の中心部にある体育館。今思えば、あれは何だったのか。学校の卓球部ではもちろんない。卓球教室のようなもの?と言っても何度通っても細かな指導があるわけではなかった。放置に近い。あれはないよなと今でも思う。お金払っていたんだろうし。いたのかな。

ある日、理由は忘れたが、体育館を出る時間が遅くなった。理由は忘れたが。覚えているのは、周りの人間、大人も含め、僕と秀樹に何のケアもなかったこと。外が暗くなっていくことに、周りも、自分たちも何も対処しなかった。

経緯は忘れたが、とにかく帰宅のバスに乗る。バス停を降りると真っ暗だ。バス停から家までの10分間。民家はあるにはあるが、灯りはわずか。田んぼの黒ばかりが目に映る。真っ暗。

僕と秀樹は話をするわけでなく、手をつなぐわけでもなく、ただ二人で家路を急ぐ。

どちらかが口を開けばあっと言う間に泣き出す。それはもうあまりにも明白で、そのことはお互い手に取るようにわかる。ひたすら歩く。

もう少しで家だ。家がある集落の近く。その集落の暗闇から誰か歩いてくる人影が見える。人影はどんどん大きくなり、懐かしさもどんどん募る。母が僕と秀樹を心配してバス停に向かうところだ。

僕と秀樹はあっと言う間に泣き出す。泣きわめいて、走り出す。二人同時に走り出す。二人同時に手を広げた母の腰に突進する。

母の腰に二人でしがみついて泣きじゃくった。

母は笑っていたような記憶がある。


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