ぶらい回顧録

2006年01月04日(水) Miami 2005

ハロー、マイアミ!ハロー、フロリダ!ハロー、アメリカ!!

ポールのアメリカツアー「US」がいよいよ明日からはじまる。9月のマイアミ、思ったよりずっと過ごしやすい。空気も乾燥している。会場となるAmerican airlines arenaの近くにとった宿。すぐそこには広がるマイアミ・ビーチ。バック・イン・ザ・「US」。

flew in from Miami beach B.O.A.C, didn't get to bed last night,
on the way the paper bag was on my knee, man I had a dreadful flight

乗った飛行機はアメリカン・エアラインズ。BOACにはもう乗れないけど、歌詞と違って日本からの機中はそこそこ快適なフライトだった。よく眠れた。

前夜。ツアー初日のために世界中から集まったポールファン、その集まりに友人が連れて行ってくれる。屋外、ホテルの中庭のような場所。マイアミの夜景がきれいだ。ポールが好きで、いまこの場にいる幸せをかみしめている人たちの集まり。漂うグッドグッドグッドバイヴレーションズ!

日本人は僕らふたりだけだ。友人はあちこちで旧交を温めている。何人かを紹介してくれた。アメリカ出身のアメリカ人やメキシコ出身のアメリカ人、オランダから来たポール・ファン。初対面なのに当たり前のように話は弾む。"I will"?私もその曲が大好きなの、明日、演奏してくれるかしらね。君はポールのコンサートはこれで何回目なんだ?ポールは何度日本に行ってるの?なにか飲む?あ、ビールを。バドワイザー?(笑)僕の友人は2002年の東京公演最終日、ポールに呼ばれてステージで踊ったよ。本当か?それはすごい!

パーティー会場の片隅からギターの音色と歌声が聴こえる。ああいるんだな、僕みたいな奴がやっぱり。男性ふたりが奏でるギターに合わせて、10人ぐらいが歌っている。ギターはとてもうまい。ビートルズの曲がほとんど、ジョンの曲も数曲。あ、"Maybe I'm amazed"だ、当たり前だけど、みんなこの曲が大好きなんだ。曲は途切れることなく続いていく。普段ならこんなシチュエーションでおとなしくなどしていないのだけど、遠慮しました。

パーティーはお開き。友人の仲間7,8人でこれからマイアミ・ビーチに向かうとのこと。僕も便乗させてもらう。夜のマイアミをタクシーは進む。車中でも話題はポールのこと。ビーチ到着。観光客が賑わう華やかな通りから砂浜に降り、海に向かって進む。通りの喧騒が急に遠くなり、暗闇から聴こえる潮騒のやさしい響きに包まれる。これがマイアミ・ビーチ。

比較的若く見える男性ファンと一緒に歩きながら皆の後方をついていく。最初に聴いたポールのアルバム?バック・トゥ・ジ・エッグだ。へえ、僕もそうだよ。ゲッティング・クローサー、かっこいいよな。Say you don't love me、そう、my Salamander!。あの頃のシングルもみんなイカシてたよ。グッドナイト・トゥナイト、ワンダフル・クリスマスタイム。うんうん。はじめて観た映画は?僕は「ヘルプ!」。へえー。大学で上映してたのを背伸びして観に行ったんだ。僕は住んでた田舎町の映画館になぜかビートルズ映画の3本立てが来たんだよ、中学生のとき。それはラッキーだな。ちょっと聞くけど、君はいまいくつ?え!僕ら同じ年だよ。そうか、すごいな、同じ年に生まれてビートルズを好きになって、今マイアミ・ビーチに一緒にいて、それで明日ポールの初日を観るんだね。そうだな。握手。

上空をヘリコプターが飛んでいく。全員で思わずヘリの灯りを見上げる。ハロー、ハロー。

賑やかな通りに戻り、飲める店を探しながら歩く。歩道は観光客でいっぱいだ。君の名前は?シゲキだよ。シゲ…なんだって?発音しにくいんだよ。shake itの発音が日本語のシゲキに一番近いんだけどね。なんて呼べばいいんだ?ニックネームは?ニックネーム…。いいよ、リンゴ、って呼ぶから。ボンゴ!(笑)まあ、いいか…(笑)。

ステージでバンド演奏をやっている店に入り、屋外のテーブルに皆で座り込む。ひとり、やや年配の男性は70年代のウイングス、アメリカ・ツアーを観ている、とのこと。本当に?!!興奮する僕に、まわりの人たちはにこにこしている。もう、何度も彼の話を聴いているんだろう。僕みたいに興奮する相手にも馴れているらしく、まあまあ、という感じで当時の話を聞かせてくれる。席はずっと後ろのほうで、ステージなんて遠くて見えたものじゃなかったけどね、それでも、"Venus & Mars"のイントロがはじまった瞬間、あれはマジックだった、今でもよく覚えているよ。あれ以来、僕はポールのトリコだ。2005年の今でも、ポールがアメリカをツアーしてくれるなんて信じられないね、嬉しいよ。こういうファンが普通にいるアメリカ。こういうファンの想いをも受け止めて、ポールは明日、アメリカツアー初日のステージに立つんだな。

あのときのツアーはたしか日本にも行く筈じゃなかったっけ?でも日本のバカなお役人が許可しなくて。80年にもウイングスは日本に行ったよね。そう。僕は当時中学生だった。朝起きて、朝食を食べに2階から1階に降りていったら、僕の母親が普通の顔で言ったんだ、ポール捕まったわよーって。素晴らしい経験になるはずだったのに。あれから25年だよ。でも、あれから25年、ようこそマイアミまで。ありがとう。ポールは明日、僕のこんな想いもすべて受け止めてくれるんだ。

万国共通のオタク話も尽きない。ねえ、あなた知ってる?"Jenny Wren"では、ポールはやっぱりwingをwinkって発音してるのよ。そう?(やっぱりってどういう意味だろう)あのとき演奏してたのはブライアン・ハインズだね。ブライアン・ハインズって誰のことかわかるかな。(何人かが同時に)デニー・レインの本名!そうそう。(これは日本代表として僕も答えるべきだったな)。"Too many people"の最初の部分で、ポールはなんて歌ってるか知っているかしら。思わず、知ってる知ってる、と言ってしまう。全員の目が僕に注がれる、なに?あ、ヤバイな。ちょっとこの場では言えない、不適切な言葉なので、ごめんなさい。質問をした女性はにやにや笑っている、どうやらからかわれたみたいだ。*ポールは"peace of cake"という歌詞を実際には"piss off"と歌っているという説あり。

夜はすっかり更けた。名残惜しかったけど、今日マイアミに着いたばかり。体力を温存するために先に帰ることにする。どうも、ありがとう。会えてよかった、楽しかった。また明日、アリーナで。よい夜を!

タクシーでホテルの近くまで戻る。晩ごはんをちゃんと食べてなかったので、ビーチ近くのカウンター・バーに行き、軽く食べる。チキンを頬張っていると、すぐ隣のテーブルでさっきから賑やかに飲んでいた団体から背の高い白人男性が立ち上がり、いきなり僕の肩越しに話しかけてくる。歳は50代なかばぐらい、ひげをたくわえがっしりとした体型。だいぶ酔っているようだ。近くのお店はだいたい閉まっていて、人通りも少なくなっている。やや警戒して、彼に向き合う。

ハイ。ハロー、どこから来たんだ?東京から。東京、日本から?そんな遠くからわざわざマイアミまでいったいなにしに来たんだ?知らないだろうな、と思いながら、彼の後ろに見えるアメリカン・エアラインズ・アリーナを指差す。あそこで、明日の夜、誰がパフォームするか、知ってる?知ってるよ、ポール・マッカートニーだろ。え、あなたも行くの。行きたかったんだけど行けないんだ。うん。とても残念なことに、明日、オレの息子が結婚するんだよ、そのパーティーがここマイアミであるんだ。

思わず大爆笑、「残念なことに(unfortunately)」じゃないだろう!それはおめでとう!一気に警戒が解けて、彼の肩をばしばし叩いてしまう。ふたりでげらげら笑っていると、彼の友人らしき夫婦も会話に加わってくる。夫のほうは眼鏡をかけていて、ひげの男性と同年輩に見える。それほど酔ってもいず、とても穏やかに話をしてくれる。

ようこそマイアミへ。ポール・マッカートニーのコンサート、僕も行きたかったんだけど、そこの彼とは長いつきあいでね。息子も小さい頃から知っている。彼は酔っぱらっているけど、許してやってほしい、嬉しくてしょうがないんだよ。日本でビートルズが人気あるのは知ってるよ、でもわざわざマイアミまで来るなんて、よっぽど好きなんだね。ポールのソロ・アルバム、僕もよく聴いたな。一番好きなアルバム?そうだな、やっぱり「ラム」だね。"too many people goin' underground…"大好きなアルバムだ。特に好きな曲は"the back seat of my car"だ。知ってる?君も好きな曲なの?それはよかった。あの曲に、こんなフレーズがあったろう、"we believe that we can't be wrong"。そう、そのメロディ。あのアルバムを聴いたとき、僕は今よりずっと若かった。ほら、若かったからさ、反抗の日々だよ。親にも反抗ばかりしてた。でも自信なんかなかったし、自分がこれからどうなっていくのか本当に不安でしょうがなかった。自分がやりたいことはあったけど、それが正しい道筋をたどっているという確信もまるでなかった。そういうときに、ポールが歌うこのフレーズにどれだけ励まされたかわかるかい?「僕らなにも間違ってなんかいない we believe that we can't be wrong, we believe that we can't be wrong」この曲には、ポールにはどれだけ感謝してもしたりないよ。ポールが僕の人生を幸せにしてくれたんだ(he made my life happy)。

素敵な話だった。彼の話を聞きながら思った、僕はポールと、そしてポールのファンに会うためにわざわざアメリカまで来たんだと。さっきまでビーチで一緒だった人たちのような、そしていま目の前にいる彼のような、素晴らしいファンの人たちに会うために。ポールへの想いを彼らとわかちあうために。いまポール・マッカートニーと同じ時代を生きている幸運を、ポール・マッカートニーという素晴らしいミュージシャンに人生を彩られている幸運を共に祝うために。そしてなにより彼らと共に、ポールに感謝するために。そのために来たんだ。

思わずこう口走っていた。そう、ポールは世界を幸せにしてくれたんだよ(yes, he made the world happy)。そう言うと彼はニコっと笑い、握手を求めてきた。僕の差し出す手を力強く握り、彼はこう言った。その通りだ(exactly)。

友人と、コンサートで掲げるメッセージボードの言葉をずっと考え続けていた。友人は、かつてポールが来日した際、成田空港で"THANK YOU PAUL"と掲げたことがあった。それは僕もポールに伝えたいメッセージであり、どうしてもその言葉は入れたかった。そしてマイアミの夜のあと、言葉は決まった。白い紙に3色のマジックを使って、友人とふたりでこう書いた。

You make the world HAPPY. Thanks!





special thanks to my friend a


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